のび太「ドラえもんが消えて、もう10年か……」
Part1
1 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)19:27:56 ID:MOZaDl5ts
思わず、曇り空に向かって呟いてしまった。
高校を卒業した後、僕は大学には行かなかった。確か、ドラえもんは僕が1浪して大学に行くと言ってたけど、大学は到底無理だった。
今僕が働いているのは、しがない中小企業だ。これも、ドラえもんが言っていたのとは違う。就職活動に失敗することもなく、起業することもなく、高校卒業した後に、いとも普通に就職をした。
……まあ、これが人生なのかもしれない。ちょっとしたことで、未来は変わるのかもしれない。
未来ってのは、なんとも脆いものなんだろうな。
8 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)19:38:49 ID:MOZaDl5ts
会社での生活は、学校の時と何一つ変わらない。
毎日上司に怒られて、落ち込んで……
ーーだけど、あの頃と違うものもある。
ローカル線沿いにある小さな古いアパートが、今の僕の家だ。
実家から通うことも出来たけど、父さんも母さんももう歳だ。僕が独り立ちすれば少しは安心するだろうし、穏やかな老後を過ごすことが出来るだろう。
薄暗い部屋の電気を付ければ、1Kの小さな部屋に明かりが灯される。
部屋には必要最低限のものしかない。テレビ、冷蔵庫、コンロ、電子レンジ……
寂しい部屋ではあるが、これが、僕の住まいだ。
11 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)19:50:43 ID:MOZaDl5ts
誰もいない部屋の隅に鞄を置き、スーツのままボロボロの畳に寝転がった。
もう見慣れた天井。相変わらず染みだらけだ。スーツもずっと着続けているからか、ところどころ色落ちしている。
「………」
ーーふと、部屋の片隅にある事務机に目をやった。
机の上には仕事のために買ったノートパソコンと、仕事で使う資料が置かれている。マンガはない。
布団から立ち上がり、机に歩み寄る。そして、しばらく机を見つめた後、静かに引き出しを開けてみた。
ーー当然だけど、引き出しの中には、何もなかった。
12 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)19:52:34 ID:QyGKDM7Sh
むなしい
13 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)19:52:40 ID:I5r9nIIm0
泣ける
14 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)19:57:57 ID:7qqgNIMQl
期待
15 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:02:30 ID:MOZaDl5ts
次の休みの日、久しぶりに、僕らは集まった。
「ーーホント、久しぶりだな!!」
ジャイアンは、相変わらず豪快に笑う。
彼は今、企業の社長をしている。高校を卒業した後、彼は一度就職した。だが、そこはかなりのブラック企業だったらしく、部下を何とも思わない心無い上司に激怒し、半ばケンカ別れのように辞職した。そして、自分で会社を立ち上げたんだ。
会社は好調のようだ。それは偏に、彼の人柄のおかげだろう。部下を大切にし、得意先に社長自ら赴き交渉する。引く時には引き、行くときには行く。彼のいい部分が、全面的に作用しているようだ。
「ジャイアン、相変わらず声が大きいなぁ……」
スネ夫は苦笑いをしながら、ビールをちびちび飲んでいた。
彼は今、デザイナーを目指している。なんでも、その道で有名な人に頼み込んで、弟子入りをしたとか。
彼は父親の会社を継がなかった。両親とはかなり口論となったようだが、父の会社を振り切り、自らの道を切り開いたんだ。今では、両親も彼を応援している。だが彼は、両親の支援を一切受けていない。『夢は自分の力だけで叶えたい』……それが、彼の言葉だった。
17 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:09:38 ID:MOZaDl5ts
「二人とも、本当に立派になったよな……」
笑ながら話す二人を見ていて、言葉が漏れていた。
「よせやいのび太。そんなんじゃねえよ」
「そうそう。お前だって、ちゃんと働いてるじゃないか」
「……僕は、ただそれだけだよ。何かをしようとしているわけでもない。ただスーツに着替えて、会社に行って、怒られてるだけだ……」
「……そんなに卑屈になるなよ。働いてるってのは、大人になったってことなんだよ」
「そ、それより、今日はしずかちゃんは来ないの?」
スネ夫は慌てながら話題を逸らした。気を、遣わせてしまったかもしれない。
「……しずかちゃんは、今日は仕事だよ」
「そっか……残念だな」
「しょうがないよ。しずかちゃんは、大手の企業に勤めているからね。ーー出木杉と一緒に……」
「………」
18 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:13:35 ID:W5U2lqmVJ
…
19 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:16:27 ID:MOZaDl5ts
それから、僕らは夜遅くまで宴会をして別れた。
二人とも、立派に自分の道を歩いている。……片や、僕はどうだろう……
(……僕は、ダメだな……)
考えれば考える程、鬱な気持ちになってくる。もしドラえもんがいたのなら、助けてくれたかもしれない。
……でも、彼はもういない。そして、いくら考えても、何か現状が変わるわけでもない。
(……帰るかな……)
考えるのを止めた僕は、夜道を再び歩き出した。空を見上げてみたけど、あいにく星は見えなかった。雲に隠れた朧月だけが、逃げるように光を放っていた。
20 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:25:58 ID:MOZaDl5ts
「ーー野比!!何度言わせるんだ!!」
「す、すみません……!!」
オフィスの一角で、僕は相変わらず上司に怒鳴らていた。提出した書類に、不備があったからだ。
「……まったくお前は、なぜそういつもいつもミスばかりするんだ。お前が作ってるのは、ただの紙きれじゃないんだぞ?この会社の、必要な書類なんだ。少しは自覚しろ」
「はい……」
この上司は、本当に口煩い。だけど、本当は優しいのも僕は知っている。以前僕がとても大きなミスを犯した時、必死に僕を守ってくれた。そのおかげで、なんとか始末書だけで済んだことがある。
感謝はしているが、こう毎日毎日怒鳴られては凹むものは凹む。
……まあ、僕が悪いんだけど……
「ーー大変だったね……」
落ち込み通路のソファーに座ってると、突然横から声をかけられた。
「咲子さん……」
「お疲れ様。のび太くん」
……咲子さんは、いつもと変わらない笑顔を僕に向けていた。
21 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:28:02 ID:uUdz0PRHP
ほう…ここで咲子さんか…
22 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:30:03 ID:jWRc7aAsL
咲子って何者だ?
細かい登場人物はわからねぇ
23 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:31:12 ID:uUdz0PRHP
>>22
のび太の同僚
原作でもいる
31 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:48:04 ID:MOZaDl5ts
「ーーもう、のび太くんは本当にいっつも怒られてるよね」
「う、うん……ごめん……」
「なんで私に謝るのよ。だいたいのび太くんはね、ちょっと気が弱すぎるよ?もうちょっと男らしくしてみたら?」
咲子さんは、ちょっと気が強い。こうやって毎回慰めてくれてはいるが……けっこう、言葉がキツイ。
「……ってことで、ちょっと言ってみて!!」
「……え?え?」
「もしかして、聞いてなかった?」
「ああ……ご、ごめん……」
「はあ……もういいわ。ーーはい、じゃあ私の言葉に続いて!」
「う、うん!」
「ーー今度!」
「こ、今度!」
「お礼に!」
「お礼に!」
「食事でも!」
「食事でも!」
「行きませんか?」
「行きませんか?」
「ーーええいいわ!行きましょ!」
「………へ?」
32 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:49:21 ID:uUdz0PRHP
ほう…
33 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)21:03:28 ID:MOZaDl5ts
次の休日、僕はなぜか咲子さんと街を歩いていた。
……そう言えば、紹介が遅れていた。
花賀咲子さんは、僕の仕事場の同僚だ。小学生の時にドラえもんが道具の“ガールフレンド・カタログ”で見たことがあった。……もっとも、それを思い出したのは、ごく最近だが。
咲子さんは、職場では人気者だ。仕事が出来て、明るくて、世話好き。彼女がいるところからは、いつもみんなの笑い声が聞こえてきていた。
僕は、咲子さんとは同期になる。同じ時期に入社したのだが、全然ダメな僕とは全然違う。
正直に言えば、少しだけ、嫉妬してしまってる。
「ーーそれでのび太くん。今から、どこに連れてってくれるの?」
「え、ええ?僕が決めるの?」
「当然でしょ。男なんだし」
「……それは偏見だよ……」
「いいから!ほら、さっさと決めて!」
無茶振りされても困る。こうやって女の人と出かけたことなんて、しずかちゃんぐらいしかないのに……
でも、咲子さんは何かを期待するように僕を見ていた。何か決めないと、またどやされる。
「……じゃあ……え、映画…とか?」
「う〜ん……ちょっとベタすぎるけど……まあ合格ね。ーーさ!行きましょ!」
僕の前で一度クルリと回った咲子さんは、そのまま歩き出した。しかたなく、僕もそれに続くのだった。
「」
36 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)21:40:59 ID:MOZaDl5ts
「ーー面白かったね!!」
「う、うん……」
映画館を出た後、咲子さんは上機嫌だった。よほど気に入ったようだ。
映画は、咲子さんが選んだ。というより、僕は何もしていない。映画館に着くなり、咲子さんは有無を言わさずその映画のチケットを購入したからだ。
咲子さんが選んだ映画は、外国の恋愛ものだった。まあ、よくあるパターンの映画だから、内容は割愛しよう。
ただ、僕としては少し退屈なものだった。もちろん、それは彼女には言わないけど。だって彼女はこんなに上機嫌なんだ。それにわざわざ水を差すこともないだろう。
「ねえねえ!次、どこ行こっか!」
「つ、次?ええと……」
「もう……女の子とデートするんだよ?デートプランくらい立ててよね」
「で、デート!?」
「何驚いてるのよ。当然じゃない」
「ま、まあそうなんだけど……」
……全然、そんな自覚なかった。昼過ぎに集まるように言われてたから、晩御飯まで時間つぶしのために映画を選んだんだけど……これは、デートだったのか……
「まあいいわ。じゃ、ついて来て」
「え?で、でも……」
「いいからいいから!ほら!」
咲子さんは、僕の腕を引っ張り始めた。人通りの多い道路を、僕らは歩く。すれ違う人は不思議に思うかもしれないな。笑顔で男を連れまわす女性と、腕を引っ張りまわされる男。
(完全に、立場が逆だな……)
そうは思いつつも、なされるがままになるしかなかった。
52 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)22:03:08 ID:MOZaDl5ts
「ーーふ〜。さすがに疲れたね。ちょっと休憩しよ」
少しだけ強く息を吐いた咲子さんは、ショッピングモールの片隅にあるベンチに座り込んだ。そして僕もまた、そこに座った。
「……賛成」
さんざん町内を連れまわされた僕は、けっこう限界に来ていた。さすがの咲子さんも疲れたようだが……それでもまだ余裕がある。タフだな、この人。
「私、ちょっと飲み物買って来るね」
「うん。分かった」
「待っててね!」
そう言い残し、咲子さんは走り去って行った。遠くなる彼女の背中を見送った後、上を見上げてみた。
ショッピングモールの天井は透かし窓になっていて、青い空が見えていた。雲はゆっくりと進んでいる。こんな日は河原で昼寝でもしたいものだが……
「……なんでこんなことになったのやら」
心の声が、漏れてしまった。
「ーーあら?」
背後から、何かに気付いた声が聞こえた。どこか、聞き覚えのある声だった。僕は無意識に、後ろを振り返った。
「ん?」
そこにいた人物を見た僕は、思わず立ち上がった。
「……しずかちゃん……」
「……久しぶりね。のび太さん……」
ーー実に、1年ぶりの再会だった……
54 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)22:17:29 ID:MOZaDl5ts
「本当に久しぶりだね。今日はどうしたの?」
「……ちょっと職場の買い物。のび太さんは?」
「……僕も、買い物だよ」
「………」
「………」
沈黙が、僕達を包んでいた。
本当は色々と話したいことがあった。ジャイアンのこと。スネ夫のこと。僕のこと。そして聞きたかった。しずかちゃんのことを……
だけど、こうして思いがけず会うと、なぜか言葉たちが引っ込んでしまっていた。
それでも、言葉こそないが、とても懐かしい雰囲気だった。とても心地よい、あったかい雰囲気だった。
ただ、いつまでもこうして黙っておくわけにもいかなかった。
「……しずかちゃん、仕事忙しそうだね」
「う、うん……休みがほとんどないわ」
「そっか……大変だね」
「うん。でも、とても充実してるわ」
「そっか……。ーーあ、でも、体には気をつけてよ?忙しい時こそ、体調を壊しやすいんだし」
「そのあたりは大丈夫よ。相変わらず心配性ね、のび太さん。フフフ」
「しずかちゃんこそ。相変わらずだね。フフフ」
「………」
「………」
……再び、沈黙が訪れた。
58 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)22:33:54 ID:MOZaDl5ts
流れる沈黙の中で、必死に自分を奮い立たせていた。今しかない。今しか、チャンスはない……
震える唇を噛み締めて、ようやく、声を絞り出した。
「……ええと、しずかちゃん」
「……なぁに?」
「こ、今度、二人でご飯でもーーー」
「ーーごめんしずか!資料がなかなか見つからなくて!待たせてしまっーーー」
「ーーー」
……あと少しのとこまで来ていた言葉は、再び喉の奥へと逃げていった。いや、正確には、飲み込んでしまった。
しずかちゃんの元に駆けよって来た、その人物を見たせいでーーー
「……で、出木杉……」
「……野比、くん……」
「で、出木杉さん……」
「………」
三人とも、言葉を失ってしまった。まるで石になったかのように、全員動けずにいた。
ーーそんな僕らに向かって、更に声がかかった。
「ーーのび太くんお待たせ!自動販売機が思ったより遠く…て……」
「……さ、咲子さん……」
「………」
その場に固まるのが、4人に増えてしまった。
60 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)22:46:35 ID:MOZaDl5ts
「……やあ野比くん。久しぶりだね」
沈黙の中、一番最初に口を開いたのは出木杉だった。
「あ、ああ。久しぶりだね……」
「今日は、出木杉さんと職場の備品を買いにきてたのよ……ね?出木杉さん?」
「そうなんだ。しずかと、二人きりで、ね……」
「………」
久々に会った出木杉は、しずかちゃんを呼び捨てにしていた。そして、二人で出かけていたことを、やけに強調させる。
今の彼は、以前会った時とは全く違う。ーーまるで、僕に対して、威嚇をするようだった。
「……ところでのび太さん。その人は?」
しずかちゃんは僕の背後に立つ咲子さんに視線を向けた。
「あ、ああ。この子は……」
「ーーーッ」
そう言いかけたところで、咲子さんは僕の前に出た。そして、しずかちゃんの正面に立ち、少し速めに一度だけ会釈をした。
「……初めまして。私、花賀咲子といいます。のび太くんとは、職場の同僚です」
「え、ええ……はじめまして。源しずかです。よろしく」
「……出木杉です。花賀さんは、野比くんとお出かけかな?」
「ええそうですよ。今日は、二人で出かけてるんです。」
「………」
「のび太くん。もう行こ」
「え?ーーあ、ちょ、ちょっとーー」
咲子さんは、僕の手を強引に掴み、ツカツカとその場を離れはじめた。慌ててしずかちゃんの方を見る。しずかちゃんは、一度僕に視線を送り、そのまま出木杉と歩いて行った……
67 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)23:31:32 ID:MOZaDl5ts
「………」
「……さ、咲子さん……?」
「………」
「……ね、ねえ……」
「………」
(……まいったな……)
さっきから、ずっとこの調子だ。
それまでの上機嫌とは打って変わって、とにかく不機嫌になっている。こうやって僕の前をただ歩き。一言も口にしない。
本当はしずかちゃんが気になったけど……しばらく僕の手を放してくれなかったし、こんな調子の彼女をほっとくわけにもいかず、結局しずかちゃんとの久しぶりの再会は、ほんのわずかな時間しか叶わなかった。
「……さっきの人、誰?」
「え?」
「さっきショッピングモールにいた人!!誰!?」
「ええと……」
……そうか、出木杉か。確かにあいつ、かなりのイケメンになってたな。身長だって高いし。
この世の中、イケメンこそ、男の中でもっとも位の高い身分なのだ……
「……あいつは出木杉って奴で、大手の企業に勤めてて……」
「ーーそうじゃなくて!!」
そう叫ぶと、彼女はようやく足を止めた。そしてしばらく黙り込み、ゆっくりと振り返った。
「……あの女の人……誰よ……」
「……え?」
「」
思わず、曇り空に向かって呟いてしまった。
高校を卒業した後、僕は大学には行かなかった。確か、ドラえもんは僕が1浪して大学に行くと言ってたけど、大学は到底無理だった。
今僕が働いているのは、しがない中小企業だ。これも、ドラえもんが言っていたのとは違う。就職活動に失敗することもなく、起業することもなく、高校卒業した後に、いとも普通に就職をした。
……まあ、これが人生なのかもしれない。ちょっとしたことで、未来は変わるのかもしれない。
未来ってのは、なんとも脆いものなんだろうな。
8 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)19:38:49 ID:MOZaDl5ts
会社での生活は、学校の時と何一つ変わらない。
毎日上司に怒られて、落ち込んで……
ーーだけど、あの頃と違うものもある。
ローカル線沿いにある小さな古いアパートが、今の僕の家だ。
実家から通うことも出来たけど、父さんも母さんももう歳だ。僕が独り立ちすれば少しは安心するだろうし、穏やかな老後を過ごすことが出来るだろう。
薄暗い部屋の電気を付ければ、1Kの小さな部屋に明かりが灯される。
部屋には必要最低限のものしかない。テレビ、冷蔵庫、コンロ、電子レンジ……
寂しい部屋ではあるが、これが、僕の住まいだ。
11 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)19:50:43 ID:MOZaDl5ts
誰もいない部屋の隅に鞄を置き、スーツのままボロボロの畳に寝転がった。
もう見慣れた天井。相変わらず染みだらけだ。スーツもずっと着続けているからか、ところどころ色落ちしている。
「………」
ーーふと、部屋の片隅にある事務机に目をやった。
机の上には仕事のために買ったノートパソコンと、仕事で使う資料が置かれている。マンガはない。
布団から立ち上がり、机に歩み寄る。そして、しばらく机を見つめた後、静かに引き出しを開けてみた。
ーー当然だけど、引き出しの中には、何もなかった。
12 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)19:52:34 ID:QyGKDM7Sh
むなしい
13 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)19:52:40 ID:I5r9nIIm0
泣ける
期待
15 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:02:30 ID:MOZaDl5ts
次の休みの日、久しぶりに、僕らは集まった。
「ーーホント、久しぶりだな!!」
ジャイアンは、相変わらず豪快に笑う。
彼は今、企業の社長をしている。高校を卒業した後、彼は一度就職した。だが、そこはかなりのブラック企業だったらしく、部下を何とも思わない心無い上司に激怒し、半ばケンカ別れのように辞職した。そして、自分で会社を立ち上げたんだ。
会社は好調のようだ。それは偏に、彼の人柄のおかげだろう。部下を大切にし、得意先に社長自ら赴き交渉する。引く時には引き、行くときには行く。彼のいい部分が、全面的に作用しているようだ。
「ジャイアン、相変わらず声が大きいなぁ……」
スネ夫は苦笑いをしながら、ビールをちびちび飲んでいた。
彼は今、デザイナーを目指している。なんでも、その道で有名な人に頼み込んで、弟子入りをしたとか。
彼は父親の会社を継がなかった。両親とはかなり口論となったようだが、父の会社を振り切り、自らの道を切り開いたんだ。今では、両親も彼を応援している。だが彼は、両親の支援を一切受けていない。『夢は自分の力だけで叶えたい』……それが、彼の言葉だった。
17 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:09:38 ID:MOZaDl5ts
「二人とも、本当に立派になったよな……」
笑ながら話す二人を見ていて、言葉が漏れていた。
「よせやいのび太。そんなんじゃねえよ」
「そうそう。お前だって、ちゃんと働いてるじゃないか」
「……僕は、ただそれだけだよ。何かをしようとしているわけでもない。ただスーツに着替えて、会社に行って、怒られてるだけだ……」
「……そんなに卑屈になるなよ。働いてるってのは、大人になったってことなんだよ」
「そ、それより、今日はしずかちゃんは来ないの?」
スネ夫は慌てながら話題を逸らした。気を、遣わせてしまったかもしれない。
「……しずかちゃんは、今日は仕事だよ」
「そっか……残念だな」
「しょうがないよ。しずかちゃんは、大手の企業に勤めているからね。ーー出木杉と一緒に……」
「………」
18 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:13:35 ID:W5U2lqmVJ
…
19 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:16:27 ID:MOZaDl5ts
それから、僕らは夜遅くまで宴会をして別れた。
二人とも、立派に自分の道を歩いている。……片や、僕はどうだろう……
(……僕は、ダメだな……)
考えれば考える程、鬱な気持ちになってくる。もしドラえもんがいたのなら、助けてくれたかもしれない。
……でも、彼はもういない。そして、いくら考えても、何か現状が変わるわけでもない。
(……帰るかな……)
考えるのを止めた僕は、夜道を再び歩き出した。空を見上げてみたけど、あいにく星は見えなかった。雲に隠れた朧月だけが、逃げるように光を放っていた。
20 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:25:58 ID:MOZaDl5ts
「ーー野比!!何度言わせるんだ!!」
「す、すみません……!!」
オフィスの一角で、僕は相変わらず上司に怒鳴らていた。提出した書類に、不備があったからだ。
「……まったくお前は、なぜそういつもいつもミスばかりするんだ。お前が作ってるのは、ただの紙きれじゃないんだぞ?この会社の、必要な書類なんだ。少しは自覚しろ」
「はい……」
この上司は、本当に口煩い。だけど、本当は優しいのも僕は知っている。以前僕がとても大きなミスを犯した時、必死に僕を守ってくれた。そのおかげで、なんとか始末書だけで済んだことがある。
感謝はしているが、こう毎日毎日怒鳴られては凹むものは凹む。
……まあ、僕が悪いんだけど……
「ーー大変だったね……」
落ち込み通路のソファーに座ってると、突然横から声をかけられた。
「咲子さん……」
「お疲れ様。のび太くん」
……咲子さんは、いつもと変わらない笑顔を僕に向けていた。
21 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:28:02 ID:uUdz0PRHP
ほう…ここで咲子さんか…
22 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:30:03 ID:jWRc7aAsL
咲子って何者だ?
細かい登場人物はわからねぇ
23 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:31:12 ID:uUdz0PRHP
>>22
のび太の同僚
原作でもいる
31 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)20:48:04 ID:MOZaDl5ts
「ーーもう、のび太くんは本当にいっつも怒られてるよね」
「う、うん……ごめん……」
「なんで私に謝るのよ。だいたいのび太くんはね、ちょっと気が弱すぎるよ?もうちょっと男らしくしてみたら?」
咲子さんは、ちょっと気が強い。こうやって毎回慰めてくれてはいるが……けっこう、言葉がキツイ。
「……ってことで、ちょっと言ってみて!!」
「……え?え?」
「もしかして、聞いてなかった?」
「ああ……ご、ごめん……」
「はあ……もういいわ。ーーはい、じゃあ私の言葉に続いて!」
「う、うん!」
「ーー今度!」
「こ、今度!」
「お礼に!」
「お礼に!」
「食事でも!」
「食事でも!」
「行きませんか?」
「行きませんか?」
「ーーええいいわ!行きましょ!」
「………へ?」
32 :名無しさん@おーぷん :2014/08/10(日)20:49:21 ID:uUdz0PRHP
ほう…
33 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)21:03:28 ID:MOZaDl5ts
次の休日、僕はなぜか咲子さんと街を歩いていた。
……そう言えば、紹介が遅れていた。
花賀咲子さんは、僕の仕事場の同僚だ。小学生の時にドラえもんが道具の“ガールフレンド・カタログ”で見たことがあった。……もっとも、それを思い出したのは、ごく最近だが。
咲子さんは、職場では人気者だ。仕事が出来て、明るくて、世話好き。彼女がいるところからは、いつもみんなの笑い声が聞こえてきていた。
僕は、咲子さんとは同期になる。同じ時期に入社したのだが、全然ダメな僕とは全然違う。
正直に言えば、少しだけ、嫉妬してしまってる。
「ーーそれでのび太くん。今から、どこに連れてってくれるの?」
「え、ええ?僕が決めるの?」
「当然でしょ。男なんだし」
「……それは偏見だよ……」
「いいから!ほら、さっさと決めて!」
無茶振りされても困る。こうやって女の人と出かけたことなんて、しずかちゃんぐらいしかないのに……
でも、咲子さんは何かを期待するように僕を見ていた。何か決めないと、またどやされる。
「……じゃあ……え、映画…とか?」
「う〜ん……ちょっとベタすぎるけど……まあ合格ね。ーーさ!行きましょ!」
僕の前で一度クルリと回った咲子さんは、そのまま歩き出した。しかたなく、僕もそれに続くのだった。
「」
36 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)21:40:59 ID:MOZaDl5ts
「ーー面白かったね!!」
「う、うん……」
映画館を出た後、咲子さんは上機嫌だった。よほど気に入ったようだ。
映画は、咲子さんが選んだ。というより、僕は何もしていない。映画館に着くなり、咲子さんは有無を言わさずその映画のチケットを購入したからだ。
咲子さんが選んだ映画は、外国の恋愛ものだった。まあ、よくあるパターンの映画だから、内容は割愛しよう。
ただ、僕としては少し退屈なものだった。もちろん、それは彼女には言わないけど。だって彼女はこんなに上機嫌なんだ。それにわざわざ水を差すこともないだろう。
「ねえねえ!次、どこ行こっか!」
「つ、次?ええと……」
「もう……女の子とデートするんだよ?デートプランくらい立ててよね」
「で、デート!?」
「何驚いてるのよ。当然じゃない」
「ま、まあそうなんだけど……」
……全然、そんな自覚なかった。昼過ぎに集まるように言われてたから、晩御飯まで時間つぶしのために映画を選んだんだけど……これは、デートだったのか……
「まあいいわ。じゃ、ついて来て」
「え?で、でも……」
「いいからいいから!ほら!」
咲子さんは、僕の腕を引っ張り始めた。人通りの多い道路を、僕らは歩く。すれ違う人は不思議に思うかもしれないな。笑顔で男を連れまわす女性と、腕を引っ張りまわされる男。
(完全に、立場が逆だな……)
そうは思いつつも、なされるがままになるしかなかった。
52 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)22:03:08 ID:MOZaDl5ts
「ーーふ〜。さすがに疲れたね。ちょっと休憩しよ」
少しだけ強く息を吐いた咲子さんは、ショッピングモールの片隅にあるベンチに座り込んだ。そして僕もまた、そこに座った。
「……賛成」
さんざん町内を連れまわされた僕は、けっこう限界に来ていた。さすがの咲子さんも疲れたようだが……それでもまだ余裕がある。タフだな、この人。
「私、ちょっと飲み物買って来るね」
「うん。分かった」
「待っててね!」
そう言い残し、咲子さんは走り去って行った。遠くなる彼女の背中を見送った後、上を見上げてみた。
ショッピングモールの天井は透かし窓になっていて、青い空が見えていた。雲はゆっくりと進んでいる。こんな日は河原で昼寝でもしたいものだが……
「……なんでこんなことになったのやら」
心の声が、漏れてしまった。
「ーーあら?」
背後から、何かに気付いた声が聞こえた。どこか、聞き覚えのある声だった。僕は無意識に、後ろを振り返った。
「ん?」
そこにいた人物を見た僕は、思わず立ち上がった。
「……しずかちゃん……」
「……久しぶりね。のび太さん……」
ーー実に、1年ぶりの再会だった……
54 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)22:17:29 ID:MOZaDl5ts
「本当に久しぶりだね。今日はどうしたの?」
「……ちょっと職場の買い物。のび太さんは?」
「……僕も、買い物だよ」
「………」
「………」
沈黙が、僕達を包んでいた。
本当は色々と話したいことがあった。ジャイアンのこと。スネ夫のこと。僕のこと。そして聞きたかった。しずかちゃんのことを……
だけど、こうして思いがけず会うと、なぜか言葉たちが引っ込んでしまっていた。
それでも、言葉こそないが、とても懐かしい雰囲気だった。とても心地よい、あったかい雰囲気だった。
ただ、いつまでもこうして黙っておくわけにもいかなかった。
「……しずかちゃん、仕事忙しそうだね」
「う、うん……休みがほとんどないわ」
「そっか……大変だね」
「うん。でも、とても充実してるわ」
「そっか……。ーーあ、でも、体には気をつけてよ?忙しい時こそ、体調を壊しやすいんだし」
「そのあたりは大丈夫よ。相変わらず心配性ね、のび太さん。フフフ」
「しずかちゃんこそ。相変わらずだね。フフフ」
「………」
「………」
……再び、沈黙が訪れた。
流れる沈黙の中で、必死に自分を奮い立たせていた。今しかない。今しか、チャンスはない……
震える唇を噛み締めて、ようやく、声を絞り出した。
「……ええと、しずかちゃん」
「……なぁに?」
「こ、今度、二人でご飯でもーーー」
「ーーごめんしずか!資料がなかなか見つからなくて!待たせてしまっーーー」
「ーーー」
……あと少しのとこまで来ていた言葉は、再び喉の奥へと逃げていった。いや、正確には、飲み込んでしまった。
しずかちゃんの元に駆けよって来た、その人物を見たせいでーーー
「……で、出木杉……」
「……野比、くん……」
「で、出木杉さん……」
「………」
三人とも、言葉を失ってしまった。まるで石になったかのように、全員動けずにいた。
ーーそんな僕らに向かって、更に声がかかった。
「ーーのび太くんお待たせ!自動販売機が思ったより遠く…て……」
「……さ、咲子さん……」
「………」
その場に固まるのが、4人に増えてしまった。
60 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)22:46:35 ID:MOZaDl5ts
「……やあ野比くん。久しぶりだね」
沈黙の中、一番最初に口を開いたのは出木杉だった。
「あ、ああ。久しぶりだね……」
「今日は、出木杉さんと職場の備品を買いにきてたのよ……ね?出木杉さん?」
「そうなんだ。しずかと、二人きりで、ね……」
「………」
久々に会った出木杉は、しずかちゃんを呼び捨てにしていた。そして、二人で出かけていたことを、やけに強調させる。
今の彼は、以前会った時とは全く違う。ーーまるで、僕に対して、威嚇をするようだった。
「……ところでのび太さん。その人は?」
しずかちゃんは僕の背後に立つ咲子さんに視線を向けた。
「あ、ああ。この子は……」
「ーーーッ」
そう言いかけたところで、咲子さんは僕の前に出た。そして、しずかちゃんの正面に立ち、少し速めに一度だけ会釈をした。
「……初めまして。私、花賀咲子といいます。のび太くんとは、職場の同僚です」
「え、ええ……はじめまして。源しずかです。よろしく」
「……出木杉です。花賀さんは、野比くんとお出かけかな?」
「ええそうですよ。今日は、二人で出かけてるんです。」
「………」
「のび太くん。もう行こ」
「え?ーーあ、ちょ、ちょっとーー」
咲子さんは、僕の手を強引に掴み、ツカツカとその場を離れはじめた。慌ててしずかちゃんの方を見る。しずかちゃんは、一度僕に視線を送り、そのまま出木杉と歩いて行った……
67 :◆IAvTSYr7MA :2014/08/10(日)23:31:32 ID:MOZaDl5ts
「………」
「……さ、咲子さん……?」
「………」
「……ね、ねえ……」
「………」
(……まいったな……)
さっきから、ずっとこの調子だ。
それまでの上機嫌とは打って変わって、とにかく不機嫌になっている。こうやって僕の前をただ歩き。一言も口にしない。
本当はしずかちゃんが気になったけど……しばらく僕の手を放してくれなかったし、こんな調子の彼女をほっとくわけにもいかず、結局しずかちゃんとの久しぶりの再会は、ほんのわずかな時間しか叶わなかった。
「……さっきの人、誰?」
「え?」
「さっきショッピングモールにいた人!!誰!?」
「ええと……」
……そうか、出木杉か。確かにあいつ、かなりのイケメンになってたな。身長だって高いし。
この世の中、イケメンこそ、男の中でもっとも位の高い身分なのだ……
「……あいつは出木杉って奴で、大手の企業に勤めてて……」
「ーーそうじゃなくて!!」
そう叫ぶと、彼女はようやく足を止めた。そしてしばらく黙り込み、ゆっくりと振り返った。
「……あの女の人……誰よ……」
「……え?」
「」
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