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のび太(31)「いらっしゃいませ。」

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Part7
182 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:18:31.01 ID:6oDeqyfAO


1週間後の休日 のび太のアパート

午後5時過ぎ。

この日、のび太は正午からずっとPCに向かっていた。

明日の店長会議の資料作りである。

本当は出勤日である昨日、暇な時間を利用して店のPCで作ってしまうつもりでいたのだが、予想以上に来客数が多く、ほぼ1日接客に時間を割く事となった。

その為、こうして自宅に持ち帰って作らざるを得なくなってしまったのである。



のび太「あっ・・・・・・あ~、やっと終わったぁ! ホント、いくつになっても宿題は大嫌いだぁ!」



183 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:19:46.86 ID:6oDeqyfAO


体をのけ反らせて盛大に伸びをする。

そして椅子から立ち上がると、半ば倒れ込むようにしてソファに寝そべった。



のび太(あ~、もう5時だよぉ。晩ごはん面倒くさぁ。卵かけご飯とかですませようかなぁ・・・)

のび太(って、ダメだダメだ。昨日も一昨日も卵かけご飯だったじゃないか。もうそろそろ、まともな物を食べないと。)

のび太(あ~、でもホント面倒くさいなぁ。外に食べに行こうかなぁ。)

のび太(外に・・・)チラッ

カレンダーに視線を送る。

のび太(しずかちゃんの店、今日から営業再開だったなぁ。)



184 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:20:26.50 ID:6oDeqyfAO


しずかと義雄がのび太の店を訪れた2日後、しずかの祖父はこの世を去った。

のび太はシフトの都合上、通夜への参列は難しそうだったので、翌日に半休を取って告別式に参列した。

人間の人望は葬儀の参列者の人数に表れるとはよく言ったものである。

厳格で尊敬できる人物だったと言う義雄の言葉通り、焼香を待つ人々が成す長蛇の列はセレモニーホールの外まで続いていた。

のび太もジャケットの内ポケットから数珠を取り出し、その最後尾に加わる。

のび太まで焼香が回ってきたのは、それから実に20分後である。


185 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:21:43.67 ID:6oDeqyfAO


親族席で義雄は参列者の一人一人に深々と頭を垂れていた。

おろしたての黒のダブルスーツに、のび太が選んだ黒のストレートチップ。

その毅然とした立ち振舞いは、まさに喪主の模範例だとのび太は思った。

そしてその隣に、ワンピースタイプの喪服に身を包んだしずかが立っていた。

普段なかなか見る機会のない清廉な喪服姿のしずかに、不謹慎ながら見とれてしまった事は否めない。

焼香を済ませ親族席に礼をし、顔を上げた時、しずかと目が合った。

しずかは優しくのび太を見つめ、小さく笑った・・・ような気がする。

いや、気のせいかも知れない。


186 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:23:23.38 ID:6oDeqyfAO


その後、のび太は店に出勤した。

のび太は普段から通勤靴と仕事靴を分けており、店で履くための仕事靴は全てスタッフ控え室に置きっぱなしにしている。

略礼装のブラックスーツなので、靴とベルトとネクタイをワインレッドの物に変えれば1日ぐらいはどうにかなる。

そして1日の仕事を終え、帰路についていた頃にしずかからメールが届いた。

明日と明後日は祖父の遺品整理と休暇を兼ねて引き続き休みを取り、明明後日から再開するらしい。

その明明後日というのが今日なのである。




187 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:24:22.70 ID:6oDeqyfAO


のび太(・・・行こうかなぁ。)

のび太(でもなぁ・・・再開と同時にいきなり顔を出すなんて、何か必死すぎて引かれないかなぁ・・・)

のび太(いや、でも、やっぱりきちんと会ってお悔やみの挨拶をするのがマナーだよな。)

のび太(うん。やっぱり行こう。挨拶するのもそうだけど、何よりしずかちゃんに会いたい。)

のび太(だけど・・・)チラッ

時計に目を向ける。

時刻は5時5分だった。


188 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:25:25.84 ID:6oDeqyfAO


のび太(6時にオープンだもんなぁ。まぁ、6時ジャストで行くのはさすがに迷惑だろうから、6時15分ぐらいに行けば良いか。となると、家を出るのは5時半ぐらいかな。あと約30分、何をして時間を潰そうか・・・)

のび太(録画してた番組を見るには中途半端だよなぁ。本も全部読み終えたのばかりだし・・・)

のび太(・・・)チラッ

PC(・・・・・・)

のび太「・・・・・・ネットかな。」ムクッ



のび太はゆっくりと起き上がり、椅子に腰掛けた。


189 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:27:42.41 ID:6oDeqyfAO


ネットをする時は気を付けなければならない。

ついつい時間を忘れて没頭してしまう事があるからだ。



のび太「何か面白いスレは・・・おっ、新しいおっさんスレだ。どれどれ?」カチカチ

PC(彼氏が「お尻は英語で何?」って真剣に訊いてくる(´;ω;`))

PC(シリアス)

のび太「・・・・・・あっ、あ~“尻ass”って事か。なるほど。」

のび太「『俺は評価するぜおっさん』っと。」カチャカチャ

のび太「さぁて、他は・・・・・・ん?」



190 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:30:29.07 ID:6oDeqyfAO


PC(ZAKK Da GGGの新曲かっこよすぎワロチェケラッタwwwwwwww)



ZAKK Da GGG(ザック ダ スリージー)。

メジャーと契約を交わしていながらリア充やスイーツ()とは一切迎合しない本格派のラップを披露するMCとして日本のヒップホップシーンを牽引するカリスマであり、のび太の旧友ジャイアンその人である。



のび太「ZAKKの新曲? 発売は来週じゃ・・・あっ、そっか。今日からつべでPVが先行公開されるんだっけ。」

のび太「よし、早速つべに飛んでっと。」カチャカチャ



191 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:33:53.13 ID:6oDeqyfAO


のび太「おっ、これだな。なになに? 新曲のタイトルは・・・」



『Gianism』



のび太「ジャイアニズム、ってヲイ!」

のび太「はははっ。まさにジャイアンって感じのタイトルだなぁ。きっとまたゴリゴリのヤンチャな曲なんだろうな。」

のび太「よし、再生。」カチッ



PC『It's all mine,Suga baby.俺の物。夢に見たSeventh Heaven手も届く。Yo! その声、瞳、髪も肌もすべて欲しいんだ、ありのまま。そうさ。金、地位、車、Bitch、酒。すべて手にしても足りねえ。俺に身預けて。No one.It's you.お前の愛が要る。だから手に入れる。これがGianism。』



のび太「えっ!? ラブソング!!!?」



192 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:38:58.63 ID:6oDeqyfAO


ハイトーンのシンセサイザーが紡ぎだすメロウなトラックに、肩の力を抜いたスムースなフロウが舞い踊るレイドバックしたナンバー。

Gファンクの王道とも言うべきスタイルである。

ヒップホップを学んだ場こそニューヨークではあるが、ジャイアンは自身のサウンドに西海岸・東海岸といったこだわりは持たず、良いと思った物は何でも取り入れてきた。

その結果、プロとして活動する事になった現在、そのレンジの広いトラックメイキングのセンスは強力な武器となって多くのファンを掴むにいたった。


193 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:40:08.65 ID:6oDeqyfAO


また、今回の新曲はリリックこそ甘美な愛の言葉で綴られてはいるが、安直にメロディを導入しないラップからは昨今のいわゆる歌物ラッパー達に対する強烈なアンチテーゼが感じられる。

常にヒップホップに対するリスペクトを忘れない芯の通ったスタンスも、彼の人気の一つなのである。



のび太「『Gianism』でまさかのラブソングだとは。でも、良い曲だなぁ。トラックがキレイだし、何よりジャイアンのラップって思わず聞き入っちゃう不思議な魅力があるんだよなぁ。」


194 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:40:49.16 ID:6oDeqyfAO

のび太「・・・・・・“お前の愛が要る。だから手に入れる。”、か。」



『お前の物は俺の物』を座右の銘とするジャイアンらしい言い回しである。

しかし、その中身は意中の女性との愛に真っ向から向き合った、極めて実直な愛情表現に他ならない。

そのリリックに、本場ニューヨークで磨いたフロウが更なる説得力を加える事で、極上のラブソングに仕上がっていた。



195 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:42:13.07 ID:6oDeqyfAO


のび太(そうだよなぁ。“手に入れる”物なんだよな。黙ってても転がり込んで来るような物じゃないんだ。手に入れなきゃ手に入らない。)

のび太(うん。やっぱり、今日しずかちゃんに会いに行くって決めて正解だったな。)

のび太「ははっ。またジャイアンに背中押されちゃったな。」



その後、のび太はジャイアンのメジャーデビュー曲『My name is G』他、数曲のPVを視聴し、家を出た。



196 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:48:56.76 ID:6oDeqyfAO


6時15分 しずかのダイニングバー

ガチャッ

しずか「いらっしゃいませ。」

のび太「やぁ。」

しずか「あっ、のび太さん!」

のび太「一番乗りかな?」

しずか「えぇ。まだ開店から15分だもの。さっ、カウンターにどうぞ。」

のび太「ありがとう。しずかちゃん、この度は誠に御愁傷様でした。お悔やみ申し上げます。」ペコッ

しずか「ありがとうございます。色々お世話になりました。」ペコッ

のび太「お世話だなんて。僕は何もしてないよ。」


197 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:50:47.52 ID:6oDeqyfAO


しずか「そんな事ないわ。最高の靴を選んでくれたじゃない。本当にすごく気に入ってたのよ。」

のび太「あぁ、それはね。まぁ、喜んでもらえたなら僕も嬉しいよ。」

しずか「それに、私の事を心の底から心配してくれたじゃない。」

のび太「あ、あぁ・・・・・・」

しずか「本当に嬉しかったわ。」

のび太「・・・そっか。」

しずか「告別式にも来てくれたでしょ?」

のび太「うん。」

しずか「実は私、あのとき少し気が滅入ってたの。ほら、お葬式って何だか『悲しみなさい』っていうような雰囲気が出るじゃない?」


198 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:51:35.26 ID:6oDeqyfAO


のび太「分かる分かる。確かにそうだね。」

しずか「もちろん祖父が亡くなって悲しいし寂しいけど、何だか私が感じてる以上の悲しみを演じなきゃいけないような気がして。少し疲れてたの。」

のび太「うん。」

しずか「だから、のび太さんの顔を見た時、なんだかすごく心が軽くなったような気がしたわ。」

のび太「えっ?」ドキッ

しずか「お焼香の後、目が合ったでしょ? あのとき私、嬉しくて笑いそうだったの。もちろんお葬式の最中だからグッと堪えたんだけど。」

のび太「そうだったんだ。」

のび太(やっぱりしずかちゃんは笑ってたんだ・・・)


199 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:53:13.77 ID:6oDeqyfAO


しずか「ありがとう。」

のび太「いや、別に・・・」

しずか「お礼に一杯おごるわ。何が良いかしら?」

のび太「えっ? 良いの?」

しずか「えぇ。遠慮しないで。」

のび太「じゃあ、ジャックダニ・・・いや、ワイルドターキー8年をロックで。」

しずか「えっ? ロック? 大丈夫なの? ターキーの8年はジャックより10度も高いのよ?」

のび太「良いんだ。何だか今日はガッツリ飲みたくなってきた。」

しずか「そうなの? 分かったわ。」



200 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:54:05.01 ID:6oDeqyfAO


天にも昇る気持ちとはこの事だ。

しずかの力になれた。

しずかの心の中に自分の居場所はあった。

こんな日に飲まなくていつ飲むというのか。



しずか「はい。ターキー8年お待たせしました。」コトッ

のび太「ありがとう。」カラン

グビッ

のび太「!!」

のび太(キッツ!!)

しずか「大丈夫?」

のび太「えっ? う、うん。平気平気! ははっ。」

のび太(もうちょっと氷が溶けるまで置いとこう。)

しずか「もしキツかったらソーダを足してハイボールにするから言ってね。」


201 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:54:54.40 ID:6oDeqyfAO


のび太「ありがとう。それにしてもさ、おじいさんのお葬式、すごい参列者だったね。」

しずか「そうね。若い頃から人望のある人だったとは聞いてたけど、まさかあれほどとは思ってなかったわ。」

のび太「変な言い方だけど・・・・・・羨ましいよね。あれだけたくさんの人に偲んでもらえたら。」

しずか「えぇ。最高の人生の終幕じゃないかしら。」

のび太「そうだね。」

しずか「私もあんな風に人生を終えられる人間になりたいわ。」

のび太「大丈夫だよ。しずかちゃんなら。少なくとも、その・・・」

しずか「???」



202 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:55:34.74 ID:6oDeqyfAO


のび太「・・・もししずかちゃんが死んだら・・・僕はあの人数を全部足しても足りないぐらい泣いて偲ぶよ。」

しずか「のび太さん・・・」

のび太「って、縁起でもないね。ごめんごめん。この話やめ。」

しずか「ふふふっ。ありがとう。ところで、のび太さん。」

のび太「なに?」

しずか「のび太さんの次のお休みはいつなの?」

のび太「休み? あぁ、えっと、次は5日後だね。」

しずか「5日後? あっ、良いタイミングじゃない。」

のび太「えっ? 何が?」

しずか「5日後ならこのお店の定休日よ。」


203 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:56:30.60 ID:6oDeqyfAO


のび太「あぁ、そうだね。」

しずか「そうなのよ。」

のび太「・・・。」

しずか「・・・。」

のび太「・・・。」

しずか「・・・・・・覚えてないの?」

のび太「えっ?」

しずか「ジャイ子ちゃんの映画。」

のび太「あっ!!」

しずか「一緒に行こうって約束したじゃない。」

のび太「ご、ごめん! すっかり忘」アセアセ

しずか「すっかり忘れる程度の用事なのね。なら行かなくても良いんじゃないかしら? 私一人で見てくるわ。」ツンッ


204 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:57:48.66 ID:6oDeqyfAO


のび太「あわわわわっ! ごめんなさい! 死ぬほど大事な用事です! どうかご一緒させて下さい!」アタフタ

しずか「ふふふっ。冗談よ。一緒に行きましょう。」

のび太「う、うん! 行こう! 予定空けておくね!」

のび太(やった!)



のび太はグラスを引っ掴むとターキーを一気に飲み干した。



しずか「えっ!? ちょ、ちょっと!」



氷が溶け出して多少は味も薄まっているが、ハイボールに飲み慣れているのび太からすればキツい事に変わりはない。

だが今はそのキツさがむしろ心地よい。

しずかと二人で出掛ける約束をした。

天を昇り切って火星に頭をぶつけそうな気持ちだ。

今日は潰れるまで飲んでやろうとのび太は思った。



205 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 23:58:32.82 ID:6oDeqyfAO


しずか「そんなに一気にあおって・・・」

のび太「おかわり!」

しずか「・・・大丈夫なの?」

のび太「大丈夫! 超大丈夫!」



明日は二日酔いだろうなと思った。

しかも地獄の店長会議だが、もうどうでも良かった。

どうにでもなるという自信もあった。

資料は作ってあるし、何より口八丁手八丁は幼少時代からの得意技だ。

それよりも今はこの時間をもっと楽しみたい。



しずか「あんまり無茶しちゃダメよ。」コトッ

のび太「平気平気~♪」カラン

しずか「もう。」


206 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:06:30.52 ID:zCedFO2AO


のび太「えへへっ。でもアレだね、僕たちもすっかり良い歳になっちゃったね。」

しずか「嫌味?」ジロッ

のび太「あっ、ごめん! そういう意味じゃないよ! たださ、ホラ、お互いこうやって仕事も板についてきて、お酒も飲むようになって。空き地でサッカーとかラジコンとかやってた頃から、もうずいぶん経ったんだなぁって思ったんだ。」

しずか「そうねぇ。あの頃は自分が大人になるなんて夢にも思ってなかったわね。」

のび太「うん。何かずっとこうやって、毎日勉強して遊んでってのを繰り返すような気がしてたね。」


207 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:07:32.04 ID:zCedFO2AO


しずか「あら? のび太さんは毎日勉強してたのかしら?」

のび太「そ、それは・・・」ギクッ

しずか「ふふふっ。でもホント、あの頃からずいぶん時間が経ったわね。スネ夫さんも結婚するみたいだし。」

のび太「そうだね。」

しずか「たけしさんはどうなのかしら?」

のび太「えっ? どうとは?」

しずか「結婚よ。ラッパーの人ってモテないのかしら?」

のび太「そりゃあモテるんじゃないかなぁ? 特にジャイアンぐらい売れてれば尚更。」

しずか「そうよねぇ。たけしさん、彼女はいないのかしら?」


208 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:08:19.67 ID:zCedFO2AO


のび太「いるみたいだよ。確かギャル系雑誌のモデルさんだって。」

しずか「そうなの!?」

のび太「うん。PVに出てもらった事がきっかけで付き合ったんだって。メールでそう言ってたよ。」

しずか「あっ、たけしさんと連絡取ってるのね。」

のび太「半年前にジャイ子ちゃんからメアドを教えてもらってね。でも、ジャイアン忙しいみたいだから5通に1通ぐらいしか返事は来ないよ。」

しずか「プロの歌手だものねぇ。仕方ないわよ。それにしても、たけしさんとモデルさんかぁ。予想外の組み合わせねぇ。」


209 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:09:05.20 ID:zCedFO2AO


のび太「そうだねぇ・・・・・・ぷっ!」

しずか「ど、どうしたの?」

のび太「くくくくく・・・いや、10センチヒール履いたイケイケの女の子とB系の大男がさぁ、剛田家の居間で正座して結婚の挨拶してる場面を想像したら、もうおっかしくておかしくて! くふははははは!」

しずか「ぷっ! ちょ、ちょっと! くくく・・・失礼よ!」

のび太「Put your 結婚! Put your 結婚!」

しずか「あはははははは! もう! 言うワケないでしょ!」

のび太「はははははっ!」


210 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:13:42.52 ID:zCedFO2AO


しずか「あぁ~、もう。涙が出てきたわぁ。」フキフキ

のび太「今日イチの大当たりだね。」

しずか「ごちそうさまでした。」

のび太「お粗末さまです。」

しずか「あぁ~、おかしい。でも、たけしさんならきっと良い旦那さんになりそうね。」

のび太「そうだね。昔から兄貴肌なところはあったし、包容力はあるんじゃないかな?」

しずか「そうよね。」

のび太「あ、待てよ。むしろ逆かな? イケイケギャルの尻に敷かれてたりして。」

しずか「それも考えられるわね。それぐらいの人じゃないとたけしさんの奥さんは務まらないような気がするわ。」

のび太「だね。それに、男は母親似の人を好きになるって言うし。あのカーチャンに似た女の子だとしたら、確実に尻に敷かれてるね。」

しずか「ふふふっ。そうね。ところで、のび太さんは?」

のび太「えっ?」


211 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:14:32.16 ID:zCedFO2AO


しずか「結婚の予定は?」

のび太「い、いやいやいや!」アタフタ

しずか「ないの?」

のび太「ななな、ないよないよ!」ワタワタ

しずか「彼女はいないんだったかしら?」

のび太「いないよ。もちろん・・・」

しずか「気になってる人は?」

のび太「それも別に・・・」



(さぁ、お前ならどうする。)

のび太(!?)



不意に脳内にあの歌が響いた。



(幸福我で掴み取るか。)



のび太(・・・。)



(降伏してなるのか敗北者。)



のび太(僕は・・・。)



(敗北者。)



のび太(僕は・・・。)



212 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:15:27.37 ID:zCedFO2AO


のび太「・・・いや。気になってる人なら・・・いるよ。」







のび太(掴み取る。)







しずか「あらっ!? そうなの!? 」

のび太「うん。」

しずか「私が聞いても良い話かしら?」

のび太「う、うん・・・・・・もちろん。」

しずか「どんな人なの? その、気になってる人って。」



先ほどまでの酔いが嘘のように引いてゆく。

口の中が粘つくほどに乾燥している事に気付き、慌ててターキーで潤そうとするが、そのグラスに伸ばした手は小刻みに震えていた。

これじゃまるでアル中じゃないか。



214 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:16:12.23 ID:zCedFO2AO


のび太「あのね・・・・・・」



アバラを粉砕せんとばかりに鼓動が高鳴る。

声を発しようとする自分と、それを妨げる自分。

相反する二つの自我に翻弄され、言葉は喉の奥で右往左往を繰り返していた。

だが、引き返すワケにはいかない。

今までの自分は、いつも目先の利益や楽しみに埋没する事で大事な課題から目を背けてきた。

今回だってそうだ。

しずかと映画の約束をした事自体は確かに前進と呼べよう。

だが、それはゴールなどでは決してない。


215 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:17:55.90 ID:zCedFO2AO


大事なのはその先だと分かっていながら、その微細な前進から得られた満足感に身を委ているようでは、何も変わらない。







(がんばれ。)



(ドラえもんをがっかりさせない為にもな。)







のび太「・・・・・・しずかちゃん・・・だよ。」

しずか「えっ?」

のび太「・・・・・・僕の気になってる人。」

しずか「・・・・・・あの・・・えっ?」

のび太「・・・・・・僕は、しずかちゃんが好きだ。」

しずか「・・・・・・のび太さん?」


216 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:18:49.73 ID:zCedFO2AO


のび太「・・・ごめん。急すぎるよね。普通はもっとデートしたりメールで思わせ振りな事言ったりして段階を踏む物なんだろうけど、僕にはそんな器用な事できそうにない。お酒の力借りてこんな事言うのも不誠実だって分かってる。でも、僕はやっぱり意気地無しだから、その・・・」

しずか「・・・・・・。」


217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/20(水) 00:20:35.32 ID:svzv1GtHo
うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/20(水) 00:24:46.72 ID:M9POEUKPo
やっと言ったか


219 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:25:17.80 ID:zCedFO2AO


のび太「ずっと好きだったんだ。小学生の頃からずっと。こんな何も良いトコのない僕に優しくしてくれて、しずかちゃんに会えるってだけで毎日楽しかったんだ。ホント、何年片想いしてるんだって話だよね。ははっ。昔から意気地無しでぐうたらで、その結果今の今までずっと言えなくて。」

しずか「・・・・・・。」

のび太「でもさ、今回おじいさんの事でしずかちゃんと連絡つかなくなってさ、僕、たった2日連絡取れなかっただけで死ぬほど焦ったんだよね。しずかちゃんと二度と会えないんじゃないかとか、そんな想像してヤキモキしてさ。今から考えたら情けない事この上ないよね。」


220 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:26:06.32 ID:zCedFO2AO


しずか「そんな、情けないだなんて・・・・・・。」

のび太「でさ、しずかちゃんからメールが来た時、もうそれこそ大学の合格発表を見るぐらい緊張したんだ。それで翌日うちの店に来てくれて、しずかちゃんの姿を見た時にさ、すごくホッとしたんだよね。『あぁ、僕はこの2日間こんなに強ばって過ごしてたのか』と思ったよ。それと同時にさ・・・その・・・・・・」

しずか「・・・・・・その?」

のび太「僕はその・・・・・・やっぱり、しずかちゃんの事が大好きなんだなぁって。好きで好きで仕方ないんだなぁって、思ったんだ。僕にはしずかちゃんしかいないんだなぁって。」


221 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:27:00.15 ID:zCedFO2AO


しずか「のび太さん・・・・・」

のび太「ははっ・・・・・・良い歳して何言ってるんだろ。かっこ悪いよね。」

しずか「・・・そんな事ないわよ。」

のび太「いや、かっこ悪いよ。客観的に見て『うわぁ、こんな奴にはなりたくないなぁ』って思うもん。まぁ、なりたくないも何も、他ならぬ自分なんだけどさ。ははっ。」

しずか「ふふっ。」

のび太「えっと、それから・・・・・・他にもその・・・」

しずか「もう良いわよ。」

のび太「いや、まだまだあるんだよ。だって、小学生の頃から」


222 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:27:47.66 ID:zCedFO2AO


しずか「もう十分よ。十分伝わったわ。大切なのは言葉じゃなくて、気持ちでしょ?」

のび太「あっ・・・・・・そ、そうだね・・・」

しずか「嬉しいわ。」

のび太「あ、あのさ、しずかちゃん。僕は・・・僕は・・・」ぜぇぜぇ



いつの間にか息が上がっていた。

思い付くままの思いを思い切りぶつけたため、つい興奮して話しすぎてしまっていたらしい。

のび太は呼吸と気持ちを整えるため、グラスに残っていたターキーを一気に飲み干した。



のび太「僕はしずかちゃんが好きだ。だから・・・」

しずか「うん。」


223 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:28:57.05 ID:zCedFO2AO


のび太「ぼ、僕と付き合・・・う゛!!!!」

しずか「えっ?」



突如、胃から喉へと突き上げるような衝撃を感じた。

それに合わせて、のび太の肩も大きく上下する。

みるみる内に口内に塩味の強い唾液が充満しはじめた。

更には涙が滲み、ボヤけだす視界。

のび太は瞬時に悟った。

これは、マズい。



のび太「ご、ごめん!! ちょっとタイム!!」ガタッ

しずか「のび太さん!?」



のび太は転がり落ちるように椅子から離れ、一直線にトイレへと駆け込んだ。

その間にも更に一度、肩を激しく上下させる。


224 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:29:53.53 ID:zCedFO2AO


トイレのドアを後ろ手で乱暴に閉めたのび太は、鍵をかける事すら忘れて便座の前にしゃがみこんだ。

そして



う゛えっ!! おう゛えっ!! カハッ!! ゲッホゲッホ!!



しずか(・・・・・・最悪。)



ため息と共にしずかの肩ががっくりと落ちた。

その落ちた肩を上げる様子もなく、しずかはカウンターに取り残されたのび太のウィスキーグラスを洗い桶に放り込む。

そして、食器棚からジョッキを一つ取り出した。

クリスタルガイザーをなみなみと注ぎ、カウンターに置く。

今日はもうこれ以上飲ませない方が良い。


225 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:30:41.99 ID:zCedFO2AO


とりあえず、のび太がトイレから出てきたら飲めるだけ水を飲ませよう。

血中アルコール濃度を下げなくては。



しずか「ホントにもう・・・・・・ふふっ。」



昔から決めるべき場面で決められないのがのび太だった。

“ドジ”という言葉がここまで似合う男をしずかは他に知らない。

ドジで臆病で、そのクセ無計画なお調子者。

今日だって大して酒に強くもないクセに忠告を聞かず、50.5度のウィスキーをロックで2杯もあおって自爆している。


226 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:31:34.12 ID:zCedFO2AO


幼少時代はその無計画さと慢心でもってドラえもんの道具を乱用し、とんでもない事態を引き起こした事もあった。

これだけの長い付き合いの中で、のび太のそういった性格に対して一度たりとも苛ついた事がないと言えば嘘になる。

いや、大嘘になる。

すなわち、一度や二度ではない。

もしものび太と付き合ったりしようものなら、今後更にそういった機会は増えるだろう。

だがそれでも良いと思えた。

何故なら、ここまで愚直で心優しい人間もまた、しずかは他に知らないからである。


227 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:32:34.07 ID:zCedFO2AO


昔からイジメられっ子で損な役回りばかり押し付けられてきたのび太。

だが彼は自分がどれだけ傷付けられる事があっても、自分から誰かを傷付けた事は一度たりともない。

常に大真面目で、他人と真っ向から向かい合い、慈しむ気持ちを忘れない人物。

それが野比のび太である。

その証拠に、のび太は先般の祖父の一件においても、誰よりもしずかの事を心配してくれていた。

それはあの必要最低限の言葉で綴られたメールや、2日ぶりにしずかの姿を目にした時に浮かべた安堵の表情からもヒシヒシと感じる事ができた。


228 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:38:04.31 ID:zCedFO2AO


しずか自身も今回の祖父の一件で不安や悲しみに心が囚われそうになった時、何度となくのび太の事を頭に思い描いた。

そうすると、不思議と心が軽くなってゆくのだ。

のび太はこんなにも自分を気にかけてくれている。

とても大きな安心感がそこにはあった。

葬儀の最中ものび太に会いたいと何度も思った。

すると、のび太は本当に現れた。

まるでクリスマスの朝を迎えた子供のように心が弾んだ記憶が、今でも鮮明に残っている。

しずかは思った。

私ものび太さんを必要としているのかな。


229 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:38:57.07 ID:zCedFO2AO


のび太は小学生の頃からしずかに想いを寄せていたと言う。

さすがに、しずかはその頃はまだそんな気持ちを持ち合わせてはいなかった。

だが、やがてその心もいつの間にかのび太の方へと少しずつ引き寄せられていたらしい。

それこそ、“好き”という実感も湧かないほどの、極めてのび太らしいスローな引力によって。

そんなのび太と恋愛しながら共にゆっくり歩んでゆく。

それもまた悪くないんじゃないかとしずかは思った。



230 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/20(水) 00:40:05.69 ID:zCedFO2AO


ゲッホゲッホ!! おえっ!!



なおものび太の聞き苦しい嗚咽は続く。

しずかは苦笑いを浮かべ、ラジオのスイッチを入れた。

店内の四隅に設置されたスピーカーから、小気味の良いビートが聞こえてくる。

トイレからの呻き声も少しは紛れるというものだ。



DJ『いや~、非常に甘い愛の歌ですね。大切な誰かと一緒に聴いたりなんかしてもらえば、二人の愛がますます深まったりするんじゃないでしょうか? はい、というワケで、お送りしましたナンバーは、ラジオネーム・ブタゴリラさんからのリクエスト。来週水曜日発売となりますZAKK Da GGGのニューシングル。「Gianism」でした。』







しずか「のび太さん。不束者ですがよろしくお願いします。」



Fin

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