魔女「果ても無き世界の果てならば」
Part5
185 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:48:42 ID:AnbStrNE
更新します。
186 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:50:35 ID:AnbStrNE
結局、その日勇者に追いつくことは出来なかった。
空には、銀色の月がぼんやりと浮かんでいる。
魔法使い「この辺には魔物も居ないんだね」
僧侶「えぇ、この付近は清浄な空気に包まれているようです」
野営をしている川辺で、僧侶と空を見上げて話す。
月の光に反射したその長い銀髪を見て、素直に美しいと思った。
187 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:51:13 ID:AnbStrNE
僧侶「あの月を今、勇者様は一人で見上げているのでしょうか」
魔法使い「案外新しい仲間を見つけていたりしてね」
僧侶「杖で殴ります」
魔法使い「はは、手伝うよ」
旅にでてから、そんなに長い時間が経った訳では無いのに、僧侶とこうして自然に話せている自分に時々関心する。
あのまま村に居たらきっと、よぼよぼで人間嫌いの魔女にでもなっていただろうから。
188 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:52:20 ID:AnbStrNE
僧侶「戦士さん、遅いですね」
魔法使い「食料を集めてくるとは言ってたけど」
そう言えば、戦士は戦斧を折られたから、小さなナイフしか持っていないけどどうするのだろう?
戦士「すまない、待たせたな」
そんな事を考えていると、戦士が戻ってきた。
僧侶「あぁ、なんて事……」
持ってきたのは、なんとも立派な牡鹿だ。
比較的大柄な戦士よりも更に二周りは大きい。
あの小さなナイフで、どうやったら巨大な牡鹿を仕留める事が出来るのだろう?
189 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:52:53 ID:AnbStrNE
戦士が手際よく牡鹿を肉にしていく。
案外料理上手だったりするのだろうか?
戦士「森からの頂き物だ。 必要な分以外は森に返してくる」
今日食べる部分以外を持って森へと消えていく戦士。
彼独自の考え方なのだろうが、この考えは嫌いではなかった。
あの牡鹿の魂と肉体はまた、森を巡り、森の一部になるのだと考えればそれも供養だと思う。
焚き火にかけられた鍋を見ながら、心の中で戦士の考え方に賛同していると、戦士が戻ってきた。
焚き火に温められた鍋の中身はシチューらしい。
戦士お手製の料理は初めて食べるな。
割と楽しみだ。
190 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:53:51 ID:AnbStrNE
全身が危険信号を送っていた。
生命に害を為すソレをこれ以上摂取するなと消化器系の内臓が講義の声を上げている。
これは。
――――マズい。
戦士「?」
流石は剛の者、といったところか。
人という種の味覚を的確に攻めてくる、この恐るべきシチューを咀嚼し、嚥下するという行為で完全に支配するなんて。
191 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:54:05 ID:AnbStrNE
僧侶「おぉ、主よ。 これもまた我々子羊に対する試練なのですね」
僧侶は痛苦に顔を歪めながらこの、人類の天敵たるシチューに挑んでいる。
僕の器に盛られている分だけで、大国と渡り合えるようなこの兵器を口に運ぶ。
口に運ぶたびに、後頭部を鈍器で殴られるような衝撃に襲われながらもなんとか感触を目指す。
勇者め……これを食べずに済むとは運のいい奴だ。
195 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/03(月) 21:49:43 ID:zyanBX0o
二日後、勇者に追いついた。
人の居ない、美しい廃街で。
僧侶「ここは?」
戦士「人の気配はしないな」
確かに人はおろか、生き物の気配すらしない。
ただ、空気中に存在する魔力が濃い。
魔法使い「あ、勇者」
おかしい。
勇者の気配はしなかったのに。
勇者「あぁ、心配かけた」
彼の魂の形が、より洗練されたものになっているような感じがした。
196 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/03(月) 21:50:30 ID:zyanBX0o
僧侶「無事なら何よりです、が……その方はどなたですか?」
魔法使い「え?」
驚いた。
少女「私かー? 私はこの国の姫だぞ」
勇者の横にいたのは、艶やかな黒髪の少女だった。
戦士「おまえ、本当に人か?」
戦士が腰のナイフを構える。
戦士の言う事はもっともだ。
魂、魔力の波長、肉体。
どれをとっても人のソレとは違う。
まるで、存在している世界が一段ずれているような、ソコにいるのに触れられないような。
197 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/03(月) 21:51:25 ID:zyanBX0o
少女「勿論人だとも。 なぁ勇者?」
勇者「ん? あぁ、コイツは人だよ」
ずいぶん親しげだね。 人がどんな気持ちで居たかもしらないで
僧侶「……」
無言の僧侶が勇者の前まで歩く。
振りかぶられた両手。
響く快音。
戦士「良い切れだな」
魔法使い「うわ、痛そう」
僧侶「私が、私達がどのような気持ちで勇者様を追っていたかおわかりですか!?」
ふん、いい気味だ。
人を不安にさせておきながらそっちは女とイチャついてるんだからね。
僕だって殴りたいくらいだよ。
198 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/03(月) 21:52:06 ID:zyanBX0o
――――――――――――
――――――――
魔女「この時の少女が今の王国の祖となる人間だ」
少年「なんなのその人は?」
ぽっと現れて勇者を奪われた僧侶が可哀想です。
魔女「彼女が選ばれたのには理由があるんだ」
少年「それって?」
魔女「ん」
魔女は催促するように空のティーカップを差し出しました。
このペースだと、そろそろ茶葉がなくなります。
―――――――――――
―――――――――――――
208 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/16(日) 22:24:47 ID:9xB54/Z.
少女「勇者は呪いを受けていたぞ? 気がつかなかったのか?」
時間が止まってしまったような荘厳な玉座で聞いたその言葉は、余りにも衝撃的だった。
戦士が勇者を連れ出してから数時間が経つ。
明らかに様子が変わった勇者の事が気になり、この少女に真相を訪ねたのだが、返ってきた言葉は聞きたくない事実だった。
僧侶「私は神に仕える身、その呪いを解けるやもしれません」
少女「無理だな。 おまえが世界から全ての悲しみをなくす事ができる程の力があれば別だけど」
209 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/16(日) 22:25:27 ID:9xB54/Z.
私と同じ程度の年齢に見えるというのに、この少女の雰囲気はまるで、老練たる賢者を思わせる。
魔法使い「随分と詳しいね。 さっきははぐらかされたけど、いったい君は何者なんだい?」
目の前で玉座の上で胡座をかく少女の正体が気になって仕方がない。
少女「そりゃあ詳しいさ。 アレは家の一族だしな」
僧侶「どういう事です?」
少女「今、外の世界で暴れ回ってる奴な、アレは元はうちの兄貴なんだ」
つくづく色々と予想外な少女だ。
これが物語ならば、僕は読むのを止めている。
こんな話の中核人物の癖に登場が遅すぎやしないかい?
210 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/16(日) 22:26:24 ID:9xB54/Z.
僧侶「そんな事は今聞かされた所でどうしようもありませんし、私には興味がありません。 勇者の呪いについて詳しく教えて下さい」
確かにそうかもしれない。
賢くはないと思っていたけれど、見直さなきゃ。
少女「おぉ、ソレもそうだな。 勇者にかけられたのは短命、種絶、恐慌の呪いだ。 すぐには命を奪わない癖に、生命としての本質を奪う厭らしい呪いだよ」
勇者の気配が変わったのはそのせいか。
いや、でも呪いのように禍々しい気配ではなかった。
むしろ、神聖ささえ感じるものだった。
魔法使い「君は勇者に何かした?」
考えられる理由はコイツくらいか。
211 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/16(日) 22:27:37 ID:9xB54/Z.
少女「ん、特にしちゃいないぞ。 彼が紛れもなく勇者だったというだけだ。 彼は、自分で切り開いたのさ」
僧侶「…………」
魔法使い「この都はなぜ人がいないの?」
少女「みーんな殺された、魔王?にな」
魔法使い「なぜ君は生きている?」
少女「この国で一番臆病だったからだな」
魔法使い「なぜ君の兄が魔王に?」
少女「魔術の本質に触れたから」
魔術の根元にある物に触れてしまったら人間では居られなくなると噂で聞いたことがある。
魔法使い「魔王が人為的なものなら何故勇者が生まれる?」
おとぎ話を丸ごと信じるわけではないけど、魔王も勇者ももっと特別なものではないのだろうか?
225 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/02(火) 19:05:40 ID:YN3o5xuk
少女「勇者とは、誰しもなれる物なんだよ? 逆もまた然り」
少女「幾千、幾万の絶望を踏破し、諦観を斬り伏せたその先に立つ物を結果、勇者と呼ぶ」
魔法使い「納得いかないよ」
ならばなぜ、勇者は雷の精霊の寵愛を受けることが出来るのか?
少女「それは単に彼の人柄を精霊が気に入ったんだろう」
そんな理屈で納得なんかできない。
少女「抗わず、流されず、全てを受け入れる事が出来る」
魔法を使う為の基本的な心構えだ。
魔法使い「それが勇者だと」
少女「そーいうことだな」
226 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/02(火) 19:06:40 ID:YN3o5xuk
そうこうしている内に、勇者達は帰ってきた。
二人は剣を交えていたのだろう。
どちらもボロボロだ。
戦士「迷いは、無いようだな」
勇者「やっぱり強いな、どうしてもかなわない」
どうやら、二人は闘っていたようだ。
戦士が笑った顔を初めてみた気がした。
何があったか分からないけど羨ましいね。
でも、まだ何も解決してない。
魔王を倒すことも。 勇者の呪いを解く事も。
227 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/02(火) 19:06:56 ID:YN3o5xuk
少女「悩んでいるんだな、魔術の僕よ」
深夜、少女に呼び出された。
品のある調度品に囲まれた少女の私室。
革張りのソファに身を預けた少女の顔は燭台の明かりに照らされ仄かに赤みを帯びていた。
233 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/15(月) 00:35:43 ID:Cw.2dPWc
魔法使い「なんでもお見通しみたいなその態度は腹立たしいんだけど」
少女「君ほどじゃあない」
少女はニコリともしない。
少女「今のままじゃあ君たちは魔王に勝てない、違う?」
魔法使い「やってみなければわからない……といいたい所だけと」
少女「流石、君は聡明だな」
少女がにやりと笑った。
234 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/15(月) 00:36:17 ID:Cw.2dPWc
少女「戦士、彼は戦闘力だけならなんの問題はないね。 問題なのはむしろ、彼に見合う武具が無いことくらいだ」
知ってる。
少女「僧侶の回復能力は素晴らしいよ。 信心からではない純然たる慈愛の心がそれを産み出してるんだろう」
知ってる。
少女「勇者も、もう大丈夫だろう。 彼の迷いはもうないからね」
知ってる。
少女「魔法使い、君はただの人間が到達できうる最高峰の場所に居るだろう、だが、君には足りないものがある」
魔法使い「知ってる! だけど、どうすればいいっていうのさ!?」
燭台の明かりの中、不敵に笑う少女。
少女「すべて私が解決してやろう、ただし……」
235 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/15(月) 00:36:40 ID:Cw.2dPWc
翌朝、玉座に皆を集めて少女は話を始めた。
少女「魔王は私の一族からでたものだ。 責任をとる為にも僅かながら助力をさせてくれ」
少女はそう言って頭を下げた。
女狐め。
昨夜の条件が頭を過ぎる。
――全て済んだ後でいい、勇者を私にくれ。 私と、これからの世界の為に。
236 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/15(月) 00:37:25 ID:Cw.2dPWc
少女「まずは、戦士。 これを使ってくれ」
少女が、戦士に白金に輝く戦斧を渡す。
淡く全体が光っている。 目視できる程に、濃密な魔力が込められている戦斧。
神代の武具でも無ければこんな業物は存在しないだろう。
これほどの業物を所有していること事態が驚きだが、それを簡単に譲ってしまうことにも驚きだ。
少女「次は僧侶、君にはこれを」
少女が僧侶に渡したのは同じく神錆びた銀色の大杖。
僧侶「これは?」
少女「君の所の聖人さんが使っていた杖らしい。 君が奇跡を起こす依代にはこれ以上ない逸品だと私は考える」
この城にはいったいどれだけの物が在るのだろうか?
どれも国の象徴として崇められても良い程の逸品だった。
237 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/15(月) 00:37:48 ID:Cw.2dPWc
少女「勇者、君にはもう何も必要はないね。 その強き心で、長らく続いた夜を切り裂き、世界に新しき朝を呼んでくれ」
少女が満ち足りた笑みを浮かべて勇者に声をかけた。
勇者は照れくさそうに笑い返すと、「おう」と短く返事をする。
少女「後は、魔法使い、君なんだが……」
僕の番か……。
少女「君を正真正銘の魔法使いにしてあげよう」
望むところだ。
少女の手招きに応じ、先の見えない地下への階段に向かう。
冷たい空気が満ちている階段を下りながら、案外小心者な自分に気が付いた。
242 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 22:31:01 ID:g1qnneE6
階段を降りると石造りの書庫だった。
少女「君は私の正体を知りたがっていたな?」
魔法使い「あぁ、君の高慢な態度を維持するにはよっぽどの事がある筈だと僕は思ってる」
少女「酷い言われようだな」
魔法使い「自覚はあるさ」
243 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 22:31:13 ID:g1qnneE6
冷たい石造りの書庫の中に少女の足音だけが微かに響く。
少女「私、私達一族が、魔法というものを見つけたと言ったら?」
突拍子もない事を言い出した。
確かに魔法の発祥については明記されているような書物もなかったけど。
だからといってハイそうですかと信じられる訳もない。
魔法使い「証拠は?」
少女「証拠に値するか分からないが、君に禁忌を犯す機会を与えよう」
その言葉を聞いて、長らく静まっていた知的探求心が首を擡げる。
魔法使い「君を少しだけ好きになったよ」
少女「そいつは光栄だ」
244 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 23:30:08 ID:g1qnneE6
魔法使い「なる程」
術式は理解した。 ただ、使用する魔力が馬鹿げてる。
魔法使い「机上の空論と何ら変わらないね」
こんな量の魔力を有しているのは、それこそ世界の始まりから生きているような古龍種か、信仰の対象になるような高位の精霊くらいだろう。
245 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 23:31:46 ID:g1qnneE6
少女「使えるさ、全ては心ひとつ。 抗わず、流されず、全てを受け入れる。 魔術を用いる人間の基本だよ?」
魔法使い「精神論で何とかなる量じゃないだろう。 僕の魔力を限界まで溜め込んでも半分にも満たない」
少女「それは君が自分の事を理解していないからだ」
少女が僕を見据える。 その瞳は夕闇のような深紫色だった。
246 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 23:32:09 ID:g1qnneE6
少女「魂という魔力の塊から漏れ出た上澄みだけを使っているから足りないのだよ」
少女「更に、その気になれば周囲に満ちる魔力だって使う事が出来る筈さ」
場の空気の重さが変わったような錯覚に陥る。
目の前に居るこの少女は一体‘何’だ?
少女「私は」
少女「魔女、だよ」
253 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/29(月) 10:39:40 ID:NV.TSR/c
魔女。
魔法使いとは似て非なる存在。
例えば、魔法使いが泳ぎが得意な人間だとすると、魔女は大海を泳ぐ魚。
走るのが得意な人間が魔法使いだとすれば、魔女は荒野を駆け抜ける駿馬だ。
ソレほどの根本的な違いがある。
人の身では到達出来ない魔の真髄を極めんとする種。
そして、空想上の存在。
254 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/29(月) 10:40:14 ID:NV.TSR/c
少女「信じられないかい? 当然だよね」
少女は夕闇よりも濃い紫の瞳を愉快そうに細める。
少女「うん、君達が最初に感じた通り種族的な意味合いでは人間とは少し違う」
少女は指先から淡く輝く紫色の光を発して空中に文字を書く。
走り書きで読み辛いが、人間、化け物、心、等の文字が綴られている。
少女「けれど勇者曰わくそんな物は些細な事らしい」
空中に浮かんだ‘心’という単語が‘人間’と‘化け物’という単語の間を行ったり来たりしている。
少女「大事なのは、‘コレ’がどこにあるかさ」
255 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/29(月) 10:41:17 ID:NV.TSR/c
少女の指の動きに応じて‘心’という単語が‘人間’という単語の下で止まる。
魔法使い「だから人間だと」
少女「私はそう思って無いけどね。 勇者が『誰かの苦しみを考えてそんな顔するのなんて化け物には無理だ』って言ってくれてね」
少しはにかむような少女は確かに寓話に出てくる老獪な魔女になんかは見えなかった。
更新します。
186 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:50:35 ID:AnbStrNE
結局、その日勇者に追いつくことは出来なかった。
空には、銀色の月がぼんやりと浮かんでいる。
魔法使い「この辺には魔物も居ないんだね」
僧侶「えぇ、この付近は清浄な空気に包まれているようです」
野営をしている川辺で、僧侶と空を見上げて話す。
月の光に反射したその長い銀髪を見て、素直に美しいと思った。
187 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:51:13 ID:AnbStrNE
僧侶「あの月を今、勇者様は一人で見上げているのでしょうか」
魔法使い「案外新しい仲間を見つけていたりしてね」
僧侶「杖で殴ります」
魔法使い「はは、手伝うよ」
旅にでてから、そんなに長い時間が経った訳では無いのに、僧侶とこうして自然に話せている自分に時々関心する。
あのまま村に居たらきっと、よぼよぼで人間嫌いの魔女にでもなっていただろうから。
188 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:52:20 ID:AnbStrNE
僧侶「戦士さん、遅いですね」
魔法使い「食料を集めてくるとは言ってたけど」
そう言えば、戦士は戦斧を折られたから、小さなナイフしか持っていないけどどうするのだろう?
戦士「すまない、待たせたな」
そんな事を考えていると、戦士が戻ってきた。
僧侶「あぁ、なんて事……」
持ってきたのは、なんとも立派な牡鹿だ。
比較的大柄な戦士よりも更に二周りは大きい。
あの小さなナイフで、どうやったら巨大な牡鹿を仕留める事が出来るのだろう?
189 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:52:53 ID:AnbStrNE
戦士が手際よく牡鹿を肉にしていく。
案外料理上手だったりするのだろうか?
戦士「森からの頂き物だ。 必要な分以外は森に返してくる」
今日食べる部分以外を持って森へと消えていく戦士。
彼独自の考え方なのだろうが、この考えは嫌いではなかった。
あの牡鹿の魂と肉体はまた、森を巡り、森の一部になるのだと考えればそれも供養だと思う。
焚き火にかけられた鍋を見ながら、心の中で戦士の考え方に賛同していると、戦士が戻ってきた。
焚き火に温められた鍋の中身はシチューらしい。
戦士お手製の料理は初めて食べるな。
割と楽しみだ。
全身が危険信号を送っていた。
生命に害を為すソレをこれ以上摂取するなと消化器系の内臓が講義の声を上げている。
これは。
――――マズい。
戦士「?」
流石は剛の者、といったところか。
人という種の味覚を的確に攻めてくる、この恐るべきシチューを咀嚼し、嚥下するという行為で完全に支配するなんて。
191 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/02(日) 21:54:05 ID:AnbStrNE
僧侶「おぉ、主よ。 これもまた我々子羊に対する試練なのですね」
僧侶は痛苦に顔を歪めながらこの、人類の天敵たるシチューに挑んでいる。
僕の器に盛られている分だけで、大国と渡り合えるようなこの兵器を口に運ぶ。
口に運ぶたびに、後頭部を鈍器で殴られるような衝撃に襲われながらもなんとか感触を目指す。
勇者め……これを食べずに済むとは運のいい奴だ。
195 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/03(月) 21:49:43 ID:zyanBX0o
二日後、勇者に追いついた。
人の居ない、美しい廃街で。
僧侶「ここは?」
戦士「人の気配はしないな」
確かに人はおろか、生き物の気配すらしない。
ただ、空気中に存在する魔力が濃い。
魔法使い「あ、勇者」
おかしい。
勇者の気配はしなかったのに。
勇者「あぁ、心配かけた」
彼の魂の形が、より洗練されたものになっているような感じがした。
196 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/03(月) 21:50:30 ID:zyanBX0o
僧侶「無事なら何よりです、が……その方はどなたですか?」
魔法使い「え?」
驚いた。
少女「私かー? 私はこの国の姫だぞ」
勇者の横にいたのは、艶やかな黒髪の少女だった。
戦士「おまえ、本当に人か?」
戦士が腰のナイフを構える。
戦士の言う事はもっともだ。
魂、魔力の波長、肉体。
どれをとっても人のソレとは違う。
まるで、存在している世界が一段ずれているような、ソコにいるのに触れられないような。
197 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/03(月) 21:51:25 ID:zyanBX0o
少女「勿論人だとも。 なぁ勇者?」
勇者「ん? あぁ、コイツは人だよ」
ずいぶん親しげだね。 人がどんな気持ちで居たかもしらないで
僧侶「……」
無言の僧侶が勇者の前まで歩く。
振りかぶられた両手。
響く快音。
戦士「良い切れだな」
魔法使い「うわ、痛そう」
僧侶「私が、私達がどのような気持ちで勇者様を追っていたかおわかりですか!?」
ふん、いい気味だ。
人を不安にさせておきながらそっちは女とイチャついてるんだからね。
僕だって殴りたいくらいだよ。
198 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/03(月) 21:52:06 ID:zyanBX0o
――――――――――――
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魔女「この時の少女が今の王国の祖となる人間だ」
少年「なんなのその人は?」
ぽっと現れて勇者を奪われた僧侶が可哀想です。
魔女「彼女が選ばれたのには理由があるんだ」
少年「それって?」
魔女「ん」
魔女は催促するように空のティーカップを差し出しました。
このペースだと、そろそろ茶葉がなくなります。
―――――――――――
―――――――――――――
208 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/16(日) 22:24:47 ID:9xB54/Z.
少女「勇者は呪いを受けていたぞ? 気がつかなかったのか?」
時間が止まってしまったような荘厳な玉座で聞いたその言葉は、余りにも衝撃的だった。
戦士が勇者を連れ出してから数時間が経つ。
明らかに様子が変わった勇者の事が気になり、この少女に真相を訪ねたのだが、返ってきた言葉は聞きたくない事実だった。
僧侶「私は神に仕える身、その呪いを解けるやもしれません」
少女「無理だな。 おまえが世界から全ての悲しみをなくす事ができる程の力があれば別だけど」
209 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/16(日) 22:25:27 ID:9xB54/Z.
私と同じ程度の年齢に見えるというのに、この少女の雰囲気はまるで、老練たる賢者を思わせる。
魔法使い「随分と詳しいね。 さっきははぐらかされたけど、いったい君は何者なんだい?」
目の前で玉座の上で胡座をかく少女の正体が気になって仕方がない。
少女「そりゃあ詳しいさ。 アレは家の一族だしな」
僧侶「どういう事です?」
少女「今、外の世界で暴れ回ってる奴な、アレは元はうちの兄貴なんだ」
つくづく色々と予想外な少女だ。
これが物語ならば、僕は読むのを止めている。
こんな話の中核人物の癖に登場が遅すぎやしないかい?
210 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/16(日) 22:26:24 ID:9xB54/Z.
僧侶「そんな事は今聞かされた所でどうしようもありませんし、私には興味がありません。 勇者の呪いについて詳しく教えて下さい」
確かにそうかもしれない。
賢くはないと思っていたけれど、見直さなきゃ。
少女「おぉ、ソレもそうだな。 勇者にかけられたのは短命、種絶、恐慌の呪いだ。 すぐには命を奪わない癖に、生命としての本質を奪う厭らしい呪いだよ」
勇者の気配が変わったのはそのせいか。
いや、でも呪いのように禍々しい気配ではなかった。
むしろ、神聖ささえ感じるものだった。
魔法使い「君は勇者に何かした?」
考えられる理由はコイツくらいか。
211 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/09/16(日) 22:27:37 ID:9xB54/Z.
少女「ん、特にしちゃいないぞ。 彼が紛れもなく勇者だったというだけだ。 彼は、自分で切り開いたのさ」
僧侶「…………」
魔法使い「この都はなぜ人がいないの?」
少女「みーんな殺された、魔王?にな」
魔法使い「なぜ君は生きている?」
少女「この国で一番臆病だったからだな」
魔法使い「なぜ君の兄が魔王に?」
少女「魔術の本質に触れたから」
魔術の根元にある物に触れてしまったら人間では居られなくなると噂で聞いたことがある。
魔法使い「魔王が人為的なものなら何故勇者が生まれる?」
おとぎ話を丸ごと信じるわけではないけど、魔王も勇者ももっと特別なものではないのだろうか?
225 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/02(火) 19:05:40 ID:YN3o5xuk
少女「勇者とは、誰しもなれる物なんだよ? 逆もまた然り」
少女「幾千、幾万の絶望を踏破し、諦観を斬り伏せたその先に立つ物を結果、勇者と呼ぶ」
魔法使い「納得いかないよ」
ならばなぜ、勇者は雷の精霊の寵愛を受けることが出来るのか?
少女「それは単に彼の人柄を精霊が気に入ったんだろう」
そんな理屈で納得なんかできない。
少女「抗わず、流されず、全てを受け入れる事が出来る」
魔法を使う為の基本的な心構えだ。
魔法使い「それが勇者だと」
少女「そーいうことだな」
226 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/02(火) 19:06:40 ID:YN3o5xuk
そうこうしている内に、勇者達は帰ってきた。
二人は剣を交えていたのだろう。
どちらもボロボロだ。
戦士「迷いは、無いようだな」
勇者「やっぱり強いな、どうしてもかなわない」
どうやら、二人は闘っていたようだ。
戦士が笑った顔を初めてみた気がした。
何があったか分からないけど羨ましいね。
でも、まだ何も解決してない。
魔王を倒すことも。 勇者の呪いを解く事も。
227 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/02(火) 19:06:56 ID:YN3o5xuk
少女「悩んでいるんだな、魔術の僕よ」
深夜、少女に呼び出された。
品のある調度品に囲まれた少女の私室。
革張りのソファに身を預けた少女の顔は燭台の明かりに照らされ仄かに赤みを帯びていた。
233 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/15(月) 00:35:43 ID:Cw.2dPWc
魔法使い「なんでもお見通しみたいなその態度は腹立たしいんだけど」
少女「君ほどじゃあない」
少女はニコリともしない。
少女「今のままじゃあ君たちは魔王に勝てない、違う?」
魔法使い「やってみなければわからない……といいたい所だけと」
少女「流石、君は聡明だな」
少女がにやりと笑った。
234 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/15(月) 00:36:17 ID:Cw.2dPWc
少女「戦士、彼は戦闘力だけならなんの問題はないね。 問題なのはむしろ、彼に見合う武具が無いことくらいだ」
知ってる。
少女「僧侶の回復能力は素晴らしいよ。 信心からではない純然たる慈愛の心がそれを産み出してるんだろう」
知ってる。
少女「勇者も、もう大丈夫だろう。 彼の迷いはもうないからね」
知ってる。
少女「魔法使い、君はただの人間が到達できうる最高峰の場所に居るだろう、だが、君には足りないものがある」
魔法使い「知ってる! だけど、どうすればいいっていうのさ!?」
燭台の明かりの中、不敵に笑う少女。
少女「すべて私が解決してやろう、ただし……」
翌朝、玉座に皆を集めて少女は話を始めた。
少女「魔王は私の一族からでたものだ。 責任をとる為にも僅かながら助力をさせてくれ」
少女はそう言って頭を下げた。
女狐め。
昨夜の条件が頭を過ぎる。
――全て済んだ後でいい、勇者を私にくれ。 私と、これからの世界の為に。
236 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/15(月) 00:37:25 ID:Cw.2dPWc
少女「まずは、戦士。 これを使ってくれ」
少女が、戦士に白金に輝く戦斧を渡す。
淡く全体が光っている。 目視できる程に、濃密な魔力が込められている戦斧。
神代の武具でも無ければこんな業物は存在しないだろう。
これほどの業物を所有していること事態が驚きだが、それを簡単に譲ってしまうことにも驚きだ。
少女「次は僧侶、君にはこれを」
少女が僧侶に渡したのは同じく神錆びた銀色の大杖。
僧侶「これは?」
少女「君の所の聖人さんが使っていた杖らしい。 君が奇跡を起こす依代にはこれ以上ない逸品だと私は考える」
この城にはいったいどれだけの物が在るのだろうか?
どれも国の象徴として崇められても良い程の逸品だった。
237 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/15(月) 00:37:48 ID:Cw.2dPWc
少女「勇者、君にはもう何も必要はないね。 その強き心で、長らく続いた夜を切り裂き、世界に新しき朝を呼んでくれ」
少女が満ち足りた笑みを浮かべて勇者に声をかけた。
勇者は照れくさそうに笑い返すと、「おう」と短く返事をする。
少女「後は、魔法使い、君なんだが……」
僕の番か……。
少女「君を正真正銘の魔法使いにしてあげよう」
望むところだ。
少女の手招きに応じ、先の見えない地下への階段に向かう。
冷たい空気が満ちている階段を下りながら、案外小心者な自分に気が付いた。
242 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 22:31:01 ID:g1qnneE6
階段を降りると石造りの書庫だった。
少女「君は私の正体を知りたがっていたな?」
魔法使い「あぁ、君の高慢な態度を維持するにはよっぽどの事がある筈だと僕は思ってる」
少女「酷い言われようだな」
魔法使い「自覚はあるさ」
243 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 22:31:13 ID:g1qnneE6
冷たい石造りの書庫の中に少女の足音だけが微かに響く。
少女「私、私達一族が、魔法というものを見つけたと言ったら?」
突拍子もない事を言い出した。
確かに魔法の発祥については明記されているような書物もなかったけど。
だからといってハイそうですかと信じられる訳もない。
魔法使い「証拠は?」
少女「証拠に値するか分からないが、君に禁忌を犯す機会を与えよう」
その言葉を聞いて、長らく静まっていた知的探求心が首を擡げる。
魔法使い「君を少しだけ好きになったよ」
少女「そいつは光栄だ」
244 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 23:30:08 ID:g1qnneE6
魔法使い「なる程」
術式は理解した。 ただ、使用する魔力が馬鹿げてる。
魔法使い「机上の空論と何ら変わらないね」
こんな量の魔力を有しているのは、それこそ世界の始まりから生きているような古龍種か、信仰の対象になるような高位の精霊くらいだろう。
245 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 23:31:46 ID:g1qnneE6
少女「使えるさ、全ては心ひとつ。 抗わず、流されず、全てを受け入れる。 魔術を用いる人間の基本だよ?」
魔法使い「精神論で何とかなる量じゃないだろう。 僕の魔力を限界まで溜め込んでも半分にも満たない」
少女「それは君が自分の事を理解していないからだ」
少女が僕を見据える。 その瞳は夕闇のような深紫色だった。
246 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/25(木) 23:32:09 ID:g1qnneE6
少女「魂という魔力の塊から漏れ出た上澄みだけを使っているから足りないのだよ」
少女「更に、その気になれば周囲に満ちる魔力だって使う事が出来る筈さ」
場の空気の重さが変わったような錯覚に陥る。
目の前に居るこの少女は一体‘何’だ?
少女「私は」
少女「魔女、だよ」
253 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/29(月) 10:39:40 ID:NV.TSR/c
魔女。
魔法使いとは似て非なる存在。
例えば、魔法使いが泳ぎが得意な人間だとすると、魔女は大海を泳ぐ魚。
走るのが得意な人間が魔法使いだとすれば、魔女は荒野を駆け抜ける駿馬だ。
ソレほどの根本的な違いがある。
人の身では到達出来ない魔の真髄を極めんとする種。
そして、空想上の存在。
254 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/29(月) 10:40:14 ID:NV.TSR/c
少女「信じられないかい? 当然だよね」
少女は夕闇よりも濃い紫の瞳を愉快そうに細める。
少女「うん、君達が最初に感じた通り種族的な意味合いでは人間とは少し違う」
少女は指先から淡く輝く紫色の光を発して空中に文字を書く。
走り書きで読み辛いが、人間、化け物、心、等の文字が綴られている。
少女「けれど勇者曰わくそんな物は些細な事らしい」
空中に浮かんだ‘心’という単語が‘人間’と‘化け物’という単語の間を行ったり来たりしている。
少女「大事なのは、‘コレ’がどこにあるかさ」
255 :以下、名無しが深夜にお送りします:2012/10/29(月) 10:41:17 ID:NV.TSR/c
少女の指の動きに応じて‘心’という単語が‘人間’という単語の下で止まる。
魔法使い「だから人間だと」
少女「私はそう思って無いけどね。 勇者が『誰かの苦しみを考えてそんな顔するのなんて化け物には無理だ』って言ってくれてね」
少しはにかむような少女は確かに寓話に出てくる老獪な魔女になんかは見えなかった。
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