百物語2013
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91 :KMT ◆nqnJikEPbM.8 :2013/08/23(金) 23:59:09.97 ID:1Ytbuggr0
『待つわ』
(1/3)
もう三十年近くタクシーを走らせているベテランの運転手Aさんが、
「後にも先にも、あんなに怖い目にあったのはあれだけだよ」と話してくれた。
バブル絶頂期のその日、Aさんは県外までタクシーで客を送り、上機嫌で帰路に着いた。
たった一人の客を送るだけでその日のノルマは達成。そのお客も感じのいい人で道中も全く苦ではなかった。
深夜帯の仕事だったため、高速道路には後にも先にも車は走っていない。
まるで自分だけの貸切だな、とAさんは呟き、気持ちよく車を走らせていた。
最初は楽しんで飛ばしていたものの、段々と単調な光景に飽きてくる。
眠気を覚まそうと、ラジオのスイッチを入れた。
ザーーー、というノイズの奥で、何かが囁くような声がした。
チャンネルを合わせようと何度かツマミをひねるが、一向にクリアな声は聞こえてこない。
「普通、ここだと聞こえるんだけど、あれぇ? おっかしいなぁ?」
ひとしきりチャンネルと格闘したが、やがてAさんは諦めてラジオのスイッチを切った。
調子良く走ってきただけに、なんだか水を差された気分だった。
高速道路の脇には幾つもの道路灯が並んでいる。
ふ、と前方にある道路灯に目がいった。
道路灯の煌々とした明りに照らされて、その下に何か赤い物があるのが分かった。
「え、あれ、人かぁ?」
距離が近づくにつれて赤いドレスを来ている女だった。
カクテルドレスというのか、地面に付きそうな長いスカートは下に行くにつれて大きく広がっている。
「うわぁ、気味悪いなぁ……」
無視して通り過ぎることを決めたが、やはりなんとなく気になる。
Aさんは車がその女とすれ違う瞬間、チラリと女のほうを見た。
92 :KMT ◆nqnJikEPbM.8 :2013/08/24(土) 00:00:43.77 ID:kFPsVjJM0
(2/3)
女はAさんを見ていた。
直立不動で、身じろぎ一つしないが、その女の目は見開かれ、Aさんを凝視していた。
「おいおいおい、なんだよ、あれ……」
Aさんの背筋に冷たいものが走る。
ルームミラーで後方を確認すると、女はまだ道路灯の明りの中に立っていた。
その姿が見えなくなって、Aさんはようやく息を吐き出した。
ザザッ、ザザザッ、ザーーーーッ、という激しいノイズとともに、ラジオが入った。
Aさんは叫んで、ハンドル操作を誤りそうになったが、慌てて立て直す。
『ま………いつ…で…ま………』
Aさんは必死でラジオをスイッチを叩くが、一向に止む気配が無い。
『ま…わ…いつ…でもま…わ…』
もう半狂乱になりながらAさんはラジオのスイッチを叩いた。
しかし、Aさんの願いも虚しくラジオのノイズ音がじわじわと収まり、その代わり、声がクリアに聞こえてくる。
『まつわ…いつ…でもまつわ…』
“あみん”の『まつわ』だった。
ただ、それは普通の調子ではない。ただワンフレーズだけを狂ったように繰り返していた。
『まつわ…いつまでもまつわ…まつわ…いつまでもまつわ…』
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
耐え切れなくなったAさんの口から絶叫が漏れた。
同時にグイッとハンドルが助手席側に回された。
ハンドルを掴むAさんの手とは別の手が助手席から伸びていた。
高速道路脇の壁に突っ込む寸前にAさんが見たものは、
助手席に座ってAさんをじっと見つめながら、
引きつった笑みを浮べる赤いドレスの女だった。
93 :KMT ◆nqnJikEPbM.8 :2013/08/24(土) 00:02:56.37 ID:kFPsVjJM0
(3/3)
「目を覚ましたら、病院だった。
壁に突っ込んだ後、何とか自分で車から這い出たのまでは覚えているけど、その先はサッパリ」
話を終えたAさんが茶をすすって一息ついた。
一体なんだったんでしょうねその女、と問う俺に対して
「なんだったかは分からないけど、車から這い出た時、高速道路の壁の脇に花束が置いてあった。
普通、高速道路で事故が起きても献花なんて出来ないと思うけど……あれは確かにあったんだよ。
それで、関係あるかは分からないけど、その花束、赤い包装紙に包んであった。
事故の衝撃か、それとも元々そうなってたのかは知らないけど、それが上下さかさまになっててさ……」
気を失う直前のAさんは、それを見て、まるで赤いドレスのようだ、と思ったそうだ。
【了】
『待つわ』
(1/3)
もう三十年近くタクシーを走らせているベテランの運転手Aさんが、
「後にも先にも、あんなに怖い目にあったのはあれだけだよ」と話してくれた。
バブル絶頂期のその日、Aさんは県外までタクシーで客を送り、上機嫌で帰路に着いた。
たった一人の客を送るだけでその日のノルマは達成。そのお客も感じのいい人で道中も全く苦ではなかった。
深夜帯の仕事だったため、高速道路には後にも先にも車は走っていない。
まるで自分だけの貸切だな、とAさんは呟き、気持ちよく車を走らせていた。
最初は楽しんで飛ばしていたものの、段々と単調な光景に飽きてくる。
眠気を覚まそうと、ラジオのスイッチを入れた。
ザーーー、というノイズの奥で、何かが囁くような声がした。
チャンネルを合わせようと何度かツマミをひねるが、一向にクリアな声は聞こえてこない。
「普通、ここだと聞こえるんだけど、あれぇ? おっかしいなぁ?」
ひとしきりチャンネルと格闘したが、やがてAさんは諦めてラジオのスイッチを切った。
調子良く走ってきただけに、なんだか水を差された気分だった。
高速道路の脇には幾つもの道路灯が並んでいる。
ふ、と前方にある道路灯に目がいった。
道路灯の煌々とした明りに照らされて、その下に何か赤い物があるのが分かった。
「え、あれ、人かぁ?」
距離が近づくにつれて赤いドレスを来ている女だった。
カクテルドレスというのか、地面に付きそうな長いスカートは下に行くにつれて大きく広がっている。
「うわぁ、気味悪いなぁ……」
無視して通り過ぎることを決めたが、やはりなんとなく気になる。
Aさんは車がその女とすれ違う瞬間、チラリと女のほうを見た。
92 :KMT ◆nqnJikEPbM.8 :2013/08/24(土) 00:00:43.77 ID:kFPsVjJM0
(2/3)
女はAさんを見ていた。
直立不動で、身じろぎ一つしないが、その女の目は見開かれ、Aさんを凝視していた。
「おいおいおい、なんだよ、あれ……」
Aさんの背筋に冷たいものが走る。
ルームミラーで後方を確認すると、女はまだ道路灯の明りの中に立っていた。
その姿が見えなくなって、Aさんはようやく息を吐き出した。
ザザッ、ザザザッ、ザーーーーッ、という激しいノイズとともに、ラジオが入った。
Aさんは叫んで、ハンドル操作を誤りそうになったが、慌てて立て直す。
『ま………いつ…で…ま………』
Aさんは必死でラジオをスイッチを叩くが、一向に止む気配が無い。
『ま…わ…いつ…でもま…わ…』
もう半狂乱になりながらAさんはラジオのスイッチを叩いた。
しかし、Aさんの願いも虚しくラジオのノイズ音がじわじわと収まり、その代わり、声がクリアに聞こえてくる。
『まつわ…いつ…でもまつわ…』
“あみん”の『まつわ』だった。
ただ、それは普通の調子ではない。ただワンフレーズだけを狂ったように繰り返していた。
『まつわ…いつまでもまつわ…まつわ…いつまでもまつわ…』
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
耐え切れなくなったAさんの口から絶叫が漏れた。
同時にグイッとハンドルが助手席側に回された。
ハンドルを掴むAさんの手とは別の手が助手席から伸びていた。
高速道路脇の壁に突っ込む寸前にAさんが見たものは、
助手席に座ってAさんをじっと見つめながら、
引きつった笑みを浮べる赤いドレスの女だった。
93 :KMT ◆nqnJikEPbM.8 :2013/08/24(土) 00:02:56.37 ID:kFPsVjJM0
(3/3)
「目を覚ましたら、病院だった。
壁に突っ込んだ後、何とか自分で車から這い出たのまでは覚えているけど、その先はサッパリ」
話を終えたAさんが茶をすすって一息ついた。
一体なんだったんでしょうねその女、と問う俺に対して
「なんだったかは分からないけど、車から這い出た時、高速道路の壁の脇に花束が置いてあった。
普通、高速道路で事故が起きても献花なんて出来ないと思うけど……あれは確かにあったんだよ。
それで、関係あるかは分からないけど、その花束、赤い包装紙に包んであった。
事故の衝撃か、それとも元々そうなってたのかは知らないけど、それが上下さかさまになっててさ……」
気を失う直前のAさんは、それを見て、まるで赤いドレスのようだ、と思ったそうだ。
【了】
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