少しずつ小説を書いていこうと思います。
・ssというよりは小説に近い文体
・死を連想させる話があります
それでもよければ。
2: cuckoo:2019/4/27(土) 21:53:09 ID:TFGij/X28E
◇4月◇
1
圭はその日何故だか疲れていた。昨晩夜更かししてネットをし過ぎていたせいか、もしくは夢見が悪かったせいか、もしくは誰かの鳴き声のせいか。
頭の中に瞬時に様々な理由が浮かぶということは、つまりその全部のせいである。
普段から浮かない顔をして日中過ごしている圭だが、友達にある陽向に寝不足を指摘され、重々しく項垂れていた顔を上げる。
「何かあった?」
「まあ」
でもまさか、子供でもあるまいし「夢見が悪くて気分が悪いんですぅ」とも言えるはずもなく、一部だけ事実を語った。
「猫の鳴き声が煩くて寝れなかった」と。
3: cuckoo:2019/4/27(土) 21:53:56 ID:TFGij/X28E
2
「猫ォ?そんなの無視すりゃいいだろうに」
「だって無視したら猫ちゃんが可愛そうだろうが」
「……」
圭は猫が好きだった。
「ずっと外で鳴き声が聴こえてさ、それがすっげえ小さくて、でも可愛いんだよ。声から察するにあれはまだ生まれて間もないな。そんな奴が外にいたら春とはいえ寒いだろ。だから中に入れてやろうと思って窓開けたらさ、あ、ちなみにその声は俺の部屋のベランダから聞こえたんだけど、それで開けたら予想通り猫がいてさ、そいつがすげえ可愛いんだ」
「うわ、急に語り出した」
やや鬱陶しげな顔をする陽向だが、圭は無視をする。
お前が話を振ってきたんだから聞く義務があると、弁当を持ち逃げようとする陽向を捕まえる。
「この可愛さは口では上手く語れねえ。今日家に来いよ」
「はなせよ。袖が伸びるだろうが」
「今日来てくれるか?」
「わかったからはなせって」
「よし」
掴んでいた服の袖をぱっと離す。突然解放されたたらを踏み、袖を数度なで付ける。
「死にそうな顔してるから何だと思ったけど、そんなことかよ。聞かなきゃよかった」
「そう言ってられるのも今のうちだ。あいつに会ったらきっとお前も虜になる」
また圭が語り出そうとしたところで、陽向の携帯が鳴った。画面を見ることもせず、陽向は焦ったように教室の外へ向かう。
「じゃ、また後でな!」
陽向が手を振るのに軽く振り返し、姿が完全に消えたのを見て、圭は窓の外に視線を向けた。
天気がいい日は、外で弁当を食べたくなる。しかし今日はどうも食欲が湧かなかった。全て、寝不足のせいだ。
4: cuckoo:2019/4/27(土) 21:56:07 ID:TFGij/X28E
3
圭の夢の世界は、常に闇に包まれている。
これは比喩表現ではなく事実だった。物心ついた頃から変わらない闇を湛えている。もし夢というものが現実の出来事や心理状態を反映するものならば、圭の頭の中は長年空虚なままなのかもしれない。
圭はその日夢を見た。
変わらない空虚の中を、果てなく彷徨い続ける。
時折車の外を流れる景色のように、明かりが線を引いて通り過ぎたと思えば、背後で爆発音が鳴り響く。
耳鳴りのようなそれを、慣れていた圭は受け流しひたすら歩いた。
数時間彷徨っていたところで、遠くに留まっている光を見つける。
ゆっくりと歩きたどり着いたそこで、圭はある光景を見た。
マッチに火を灯したような枠の光の中、一人の少女が佇んでいた。
黒髪をツインテールにした小学生くらいの少女。少女にしては冷静な瞳で、毅然と何かを見据えている。
表情の伺いしれない瞳の先を辿れば、そこには一つのトラックがあった。
それを目に収めた瞬間、耳の中で再び爆発が生まれる。
圭は直感で、この先何が起こるのかを察した。
トラックが狙いを定めた獣のように少女に突進する。
助けなければ、と思った。
思うより先に体が動いた。
迷わず光の中へ飛び込んでトラックを見据える。少女が刹那、驚いた顔をしたのが見えたがそれも1秒に満たない僅かな時間のことであった。
体が砕ける衝撃を身に受けたまま、圭は夢の世界から現実へと戻ってきたのだ。
汗が吹き出し服を濡らす。荒くなった呼吸を整え、視界を真っ暗な部屋の中に馴染ませた。
ここはもう夢ではない。現実だ。という事実を求め、五感を辺りに散らす。
聞こえたのは、猫の声だった。
5: cuckoo:2019/4/27(土) 21:56:45 ID:TFGij/X28E
今日は落ちます。失礼致しました。
6: cuckoo:2019/4/28(日) 22:03:17 ID:TFGij/X28E
「おい、これ……」
自宅の前で番犬ならず番猫のごとく立っていた猫を見つけた陽向の一言目である。
「黒猫じゃねえか」
「それがどうした。可愛いだろ」
「そりゃ見た目は可愛いけどよ。知らないのか、黒猫の噂」
黒猫は人々に不幸をもたらす。
神妙な顔で呟いた陽向に、圭は思わず吹き出す。
「そんな迷信まだ信じてんのか」
「信じてはないけど、ちょっと気分が悪いだろ」
「それなら安心しろ。本来日本では、黒猫は元々幸運を運ぶものだったらしいから。他国でも黒猫を幸福の象徴だと考える所は多い」
「そうなのか」
「ああ。今朝ネットで調べた」
「お前もちょっと気にしてんじゃねえかよ……」
7: cuckoo:2019/4/28(日) 22:04:09 ID:TFGij/X28E
猫は、圭の姿を見つけると近寄ってきて、制服のズボンに体を擦り付ける。
「小さいな、こいつ」
「ああ。目は開いているから生後10日以上は経ってるといったところだな」
「猫育てるのは大変だろ。飼うわけ?」
「外で飼うならいいと親に許可も得た」
「ふーん……猫の名前はもう決まってるのか」
「クロ(仮)だ」
「うわ。超単純。もっといい名前はないのかよ」
「そうだな……」
圭は暫し目を閉じて考える。
「メイ……なんてどうだろう」
「何でその名前を?」
「何となく」
「やっぱテキトーだな……でも、悪くないんじゃねえの。なあ、メイ」
陽向が名前を呼ぶと、メイはとことこ歩き、陽向をじっと見つめるとニャアと泣いた。ゴロゴロと喉の音を鳴らす。これには思わず陽向も破顔した。
「おお、なんだこいつ。超可愛いんだけど」
「メイはお前にはやらん」
「お前はメイの父ちゃんかっての。でも可愛いな、お前。目も大っきくて毛並みもいいし。なあ、これからも遊びに来ていいか」
「もちろんいいが、変なことしたら速攻追放するからな」
「猫相手に何想像してんだお前……」
マタタビあげて酩酊状態にするのも、「変なこと」のうちに入るのだろうか。
陽向はメイの体を抱き抱え、あ、と呟いた。
「あ、こいつメスじゃん」
「この不埒者がああああぁぁっ!!」
「お前は一体何を言ってるんだ!!?」
圭に殴られそうになる前に、陽向は逃げ帰った。
走りながら、圭は謎に怖いが猫は可愛いのでまた会いに行こうと思った。
8: cuckoo:2019/4/28(日) 22:06:00 ID:TFGij/X28E
圭はその日の夜、ベッドに横になりながら猫の飼い方を調べていた。
しかし気がつかないうちに眠ってしまったらしい。
目を開けると暗闇の中にぽつねんと佇んでいて、夢であることに気がつく。
そして夢の中の少女を思い出した。
初めてだった。この夢に自分以外の人間が出てくることが。
「誰か、いないのか?」
空間に向かって話しかける。
暗闇は声を吸収し、再び無言に戻る。
やはり、誰もいない。
圭は肩を落とし、その場を離れようとした。その時。
「お兄ちゃん!」
少女の声が聞こえた。あの少女の声だった。
「お兄ちゃん、こんばんは」
「ああ……」
普通にこんばんは、と挨拶をしそうになってはたと昨日の夢を思い出し、まじまじと少女を見つめた。
どこにでもいる小学生の女の子だ。髪を二つ括りにして、半袖のシャツとスカート、水色のサンダルを履いている。
服の袖から覗く手足は子供らしく骨ばっていて細い。
やや不健康に見えるが、この体型が少女の常なのだろう。
一切の不自由や不安を感じさせない軽快なリズムで、サンダルを鳴らし圭に近づく。
圭はこの時、この空間の床が何で出来ているかを初めて知った。
圭自身は普通のスニーカーを履いていたから気がつかなかったが、どうやらコンクリートで出来ているようだ。
少女が圭を見上げる。
「お兄ちゃん、昨日はありがとう」
「体、いいみたいだな」
「?」
「無事みたいでよかった」
少女は大きな目を瞼の裏に隠し、笑う。
お兄ちゃんが助けてくれたから、と。
少女は圭の手を握りしめた。突然熱に触れられ、驚く。
「ねえ、お兄ちゃん」
「あ?」
「外に出ようよ」
「外?」
「私、お腹空いちゃった。お菓子買いにいきたい」
「何言ってんだお前、ここには外なんて」
突如吹き荒れる風に言葉を奪われる。
悲鳴を上げながら空間を通り抜ける風を目を瞑りやり過ごし、風が穏やかになった時に目を開けた。
目を開けると、景色が一変していた。
9: cuckoo:2019/4/28(日) 22:07:04 ID:TFGij/X28E
「ほら、お兄ちゃんも行こう!」
少女は戸惑っている圭に構わず走り出す。これだけ年が離れていれば、少女の腕の力くらいで引きずられるはずもないのだが、氷の上を滑っているように圭の体は移動する。
ゆっくりと変わる景色。
視線を辺りに巡らせると、そこがどこであるかわかった。
かつて圭が住んでいた街にあった商店街だだ。
古いコンクリートの上は踏み鳴らすと音が鳴る。
どこからともなく昭和の音楽が聞こえてきた。
左右にわかれる商店街の中央を、車が去来する。
懐かしい景色だ。
商店街は今やその全域がシャッター街に成り果て、店を見ることはできない。
懐かしさに、気がつけば圭は自らの足で移動していた。引きずられるだけだった体は先導するように少女の手を引いている。
夢の中くらい楽しくありたかった。
この懐かしい街並みを探索したかったのだ。
「はぐれるなよ」
「うん」
少女と共に商店街を巡る。
本屋、電気屋、服屋、散髪屋、八百屋、花屋、ケーキ屋、銭湯。
色とりどりのラインナップ。ショッピングモールを平面にして一列にしたような光景。エレベーターもなくエスカレーターもない。だから移動には時間がかかる。しかし全てを見て回りたかった。
最後に行きついたのは、駄菓子屋だった。
駄菓子屋についた途端、少女は圭の手を離れて店の中に入っていく。
「おい、待てって」
「お兄ちゃんも早く!」
「店が逃げるわけじゃないんだからよ……」
とは言いつつ、圭も子供の頃は少女のようにはしゃいでいたのを思い出す。
些細な小遣いで沢山のお菓子を買えるここは、子供にとって聖域だった。大型ショッピングモールが登場してもなお、学校付近に居を構えるここは子供の憧れでもあったのだ。
10: 名無しさん@読者の声:2019/4/28(日) 22:38:56 ID:Qx/FghDl6Y
支援!
11: cuckoo:2019/4/29(月) 20:50:16 ID:TFGij/X28E
>>10
支援ありがとうございます。
遅筆なので話の展開は遅いですがちまちま書いていくつもりです。
懐かしい。
圭は目を閉じながら当時の光景を思い出し……
バリバリという音に目を開けた。
「何食ってんだお前」
「おふぁひ」
「馬鹿かお前。食べる前にお金払わなきゃ怒られるだろうが」
少女は口の中のものを飲み込む。
「大丈夫だよ。ここには誰もいないから」
圭は、さっとレジに目を向ける。確かに誰もいない。
そういえば、さっきから少女以外の誰とも遭遇していない。
そうだ、ここは夢だったんだ。
「夢ってことを忘れるなんざ、俺もかなりの馬鹿だな」
恥ずかしいが、羞恥に顔を赤くするほど純情でもない。
「お兄ちゃんも食べなよ」
「ああ……」
圭は一瞬レジを見てから、陳列台を見渡す。その中からきな粉の棒を見つけると、それを数本手に取った。
ポケットを探ると、財布が見つかる。中にはお札が入っていた。
「……」
後悔するくらいなら払ってやらあ。
と何故かべらんめい口調が頭の中を過ぎりながら、お札をレジに叩きつける。この金があれば、腹一杯(駄菓子で腹を満たすことができるか謎だが)食べられるだろう。
12: cuckoo:2019/4/29(月) 20:51:49 ID:TFGij/X28E
駄菓子屋を出た後は二人で銭湯に行くことになった。
手を繋ぎながら、誰もいない商店街を歩く。
「満足したか?」
「うん」
「そりゃよかった……あーっと……」
そういえば少女の名前を知らない。
「なあ、お前の名前って」
聞こうとした時。
背後から、突如何かが崩れる音がした。
はっとして振り向くと、先程まで滞在していた駄菓子屋が燃え盛っていた。
赤く燃え上がる建物。火が燃え移り、次第に商店街を巻き込む大火災となる。
圭は震える少女を抱きしめながら、炎を見つめていた。
それはテレビの中でしか見たことのない姿だった。
炎は生き物のようにうねり、うなり、姿を大きくして飲み込んでいく。
「お兄ちゃん……」
少女は泣きそうになりながら圭の服の袖を持つ。
「大丈夫だ。だってこれは」
夢なんだから。
そう思った途端、肌を焼く熱も色も音も消えていた。
真っ暗な闇の世界が辺りを包む。少女もいない。いるのは圭のみだ。
圭は辺りを見回す。
目が慣れたところで、圭はようやく気がついた。
そこはとっくに夢の世界ではない、圭の部屋だったことに。
13: cuckoo:2019/4/29(月) 20:54:12 ID:TFGij/X28E
翌日、メイを愛でに来た陽向と共に学校に向かった。鳥が優雅に舞っている、綺麗な青い空。それを見ると、対照的な色の赤を思い出した。
「そういえば、あの商店街って何で使われなくなったんだったか」
「確か火事があったんじゃなかったか?煙草の火が燃え移って、本屋を経営してた男が逮捕されたって聞いたけど」
「へえ……」
「あそこ、取り壊して住宅街にするんだってさ」
「住宅街?」
「学校から近いから何かと便利なんだろうよ」
「ふーん……祟られなきゃいいけどな」
言った後、はっとして口を噤んだ。しかし時既に遅し。陽向がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。
「あれあれぇ?お前、そういう迷信は信じないじゃなかったっけ?」
「うるせえ。誰かが言いそうなことを言ってみただけだ。悪いか」
「悪かねえけどお。そんな不機嫌な態度じゃ嫌われるぜ。ただでさえ顔面で損してるタイプなんだからよ。ほらほら、笑ってみ、俺みたいに」
陽向がニコニコと笑みを浮かべてみる。
人好きしそうな笑顔を無性に殴りたい衝動に駆られたが、そこは堪えた。分が悪い。
だが。
夢の中の少女を思い出す。
彼女の笑顔は自然と、こちらを笑顔にさせるような力があった。
純粋無垢な子供の笑顔。何の穢れも所以もないのだとわかる。
彼女と共にいれば、笑えるような気もする。
「きったねえ面」
「……んだとコラ」
「俺は笑いたいと思った時以外は笑わないんだよ。お前とは違って」
陽向はみるみるうちに顔を赤くして叫んだ。
前言撤回じゃ、怖面、不機嫌、性悪野郎!
二度と俺の前に姿現すんじゃねえぞ馬鹿野郎!
もう宿題見せてやんねえからなボケ!
散々そのようなことを言って、学校がある方へ走り去っていった。
圭は頭をかきながら。
「聞き飽きたっての」
何度も聞いたその言葉を受け流した。
14: cuckoo:2019/4/29(月) 20:56:34 ID:TFGij/X28E
やはり、というか予想通り。
昼頃には何事もなかったかのように陽向が現れた。
そして猫に会いにいくからと、一緒に帰る約束を取り付けられたのである。
圭は、陽向はMなんじゃないかと思った。そして確信した。
思い出せば奴の歴代彼女は全員個性が強い……まあ悪く言えば毒がある人間だ。よくも悪くも圭に似て正直者である。
だから、「不機嫌だとモテない」などという陽向の口舌は彼自身が否定してしまっているのだが、陽向はそれに気がついていない。
圭は、陽向が彼女とどうなろうと知ったこっちゃねえ、と思っているだが。
「今週末、病院に行こうぜ」
「誰と」
「俺と」
「は?」
突如そんなことを言われてしまい、圭は混乱した。
何故野郎が二人揃って病院に行くなどという気持ち悪い状況に身を置かなければならない。
「検査すんだよ。病気がねえか」
「やめろよ。何かこう、とてつもなく気持ち悪い」
「何で俺、何もしてないのに罵倒されてんだ」
「勘違いされるだろうが!」
「何のだよ!?」
陽向が名前を呼ぶと、黒猫は嬉々として登場し二人の前に現れた。シャワーを浴びせたおかげでだいぶ綺麗になった美人の猫。
陽向はメイを抱き上げる。
「お前のお父さんは随分と変態さんだなあ、よしよし」
「何だよそれ」
陽向はジト目で圭を睨む。
「お前が一体どんな勘違いをしているかは想像したくもないが、俺が話してるのはこの子のことだ」
「メイのこと……?」
「猫を飼う時は定期的に病院に連れていく必要がある。その他にも病気がないか調べたり。ただ餌を与えてりゃいいってもんじゃない。結構猫飼うのは大変なんだよ。まあ、おじさんの受け売りだけど」
「おじさん?」
「俺のおじさん獣医で、近くで動物病院やってんだ。メイの話したら安くしとくよって」
「つまり俺は今まさにキャッチをされてるってわけか」
「病院選ぶのは結構大変だろ。身内の俺が言うのもなんだけど、おじさんの腕は確かだ。気に入らなければ別の医者選べばいいし、とりあえず今度行ってみれば?」
「……」
なるほど確かにその通りだ。
15: cuckoo:2019/4/29(月) 20:57:30 ID:TFGij/X28E
「メイ。お前はどうする?このドMのお兄さんの知り合いに腕のいい医者がいるんだが、行きたいか?」
「俺のことは関係ないだろ」
ドMは認めるらしい。
「注射とか痛くて怖いんだぞ」
「脅してどうする」
陽向が呆れたように、メイの背を撫でる。
「怖くねえからな。あっという間だし、もし痛かったら、この怖面変態ジジイにご褒美を貰ったらいい」
「誰がジジイだ」
「他は突っ込まねえのか」
「事実だからな」
陽向の腕からメイを受け取る。
「何が欲しい?」
メイに尋ねてみる。もちろん意味は理解できない。
だが、じっと見つめられて甘える声を上げられると、何だか可愛らしいことを言っている気がする。
取り敢えず都合よく受け取り、高校生の財布にも痛くない餌を褒美に与えることにした。
16: cuckoo:2019/4/30(火) 20:15:14 ID:TFGij/X28E
その日の夜も、その次の日も夢を見た。夢の中には少女がいて、圭を見つけるととても嬉しそうに笑う。圭も少女に笑い返そうとして、しかし夢故か己の表情筋が硬すぎるせいか、笑い返すことはできなかった。
取り敢えず、返事の代わりに頭を撫でてやる。
少女は目を細めてご満悦の顔になると、圭の体にすり寄ってきた。
メイの体を抱きしめてやると、風が強く吹く。
世界が変わる合図だ。
初日や商店街に言った日とは違い、大抵は現在の圭の部屋の中が作られる。その部屋で二人して、遊ぶのだ。
たとえば二人で漫画を読んだ。二人でゲームをした。少女がスマホを興味津々に見つめるので、ネットを見せてやった。
しかしそのうち、悠然と流れる時間と一体化するように何かをすることはなくなる。何もしない、ということをする。
二人で布団の上に横になり眠った。少女の小柄な体は布団の中にすっぽり収まってなお圭が入る余裕もある。
二人で身を寄せ合って眠った。そうしていると次第に意識が浮上する。
目を開けると、そこは現実の世界の圭の部屋だ。
このようなことを何度も繰り返し、気づけば週末になっていた。
17: cuckoo:2019/4/30(火) 20:16:06 ID:TFGij/X28E
「まさか、餌があんなに高いとはな」
病院の帰り、檻に入れた猫を担ぎながら圭と陽向は連れ立って歩く。
歩く度にガシャガシャと檻が音を鳴らし、圭は不甲斐なさげに檻を抱きしめ、少しでも音を少なくしようとした。
メイは、少し不機嫌に圭を睨む。注射を打たれたところを頻りに舐めていた。
「人間だって同じだ。健康志向の人間は高いものを選ぶだろ」
「だからって、うちの食費より高くなると困るんだけど」
「まあ、本格的に困った時に買えばいい。市販でもダイエットフードなんてのは沢山あるし、自分が納得できるものを買えばいいさ」
「納得するまでにお金がかかりそうだな」
「……飼うの止めたくなった?」
「馬鹿言え」
圭を睨む猫。しかし睨まれても、怒りが湧くどころか愛おしさすら覚える。このような些細なことで業腹になる人間は、そもそも人間的に小さいのだ。
「こんな可愛い子を捨てるなんてできない」
「うっわ、気持ち悪い」
「お前のにやけ面よりはマシだと思うが?」
「それに関してはノーコメントで。……じゃあ、例の件はどうするつもりだ?」
例の件とは、病院で言われたことだ。
ペットにするなら、絶対室内飼いの方がいいと言われた。
車が多い現代、昔よりも圧倒的に轢かれる確率が高いらしい。特に常識を知らない子猫や、人に懐き切っている飼い猫なんかは。
「でも、親に言われてんだよな。外で飼えって」
「お前はどうなわけ?」
「俺はできれば、家で飼いたいけど」
「じゃあ話し合わねえとな」
「ああ」
家に戻り、ケースからメイを出すと、一目散に逃げ出していった。圭は肩を落とす。
「ああ……今までの信頼関係が」
「まあ見てな」
陽向が自信満々に胸を張り、鞄から取り出したのは。
「◯ゅ〜る……!」
妙に耳に残るCMのアレ、結構濃厚な匂い漂わせるアレである。
「ほら、ご褒美だ」
陽向がチューブの中身を僅かに出し、手の甲に乗せる。
メイは匂いにつられたCが恐る恐るやってきた。
興味津々に鼻を鳴らし、目を見開き、そして_____
ぺろりと舐める。一口舐めその美味しさのトリコとなったメイは、ぺろぺろとメイの手の甲を舐め出した。
18: cuckoo:2019/4/30(火) 20:16:49 ID:TFGij/X28E
「凄え、猫の舌ってほんとにザラザラしてんだな。ちょ、待てお前、そこには何もないっての、舐め過ぎだろ。ほら、おかわりやるから」
流石知り合いに獣医を持つ男だ。扱いに慣れている。
「凄え……気持ち悪い……」
「もしかしてだけど、お前の『気持ち悪い』って褒め言葉だったりする?」
「んなわけないだろ」
「ですよねー」
気持ち悪いのは、この男と愛猫の仲睦まじい光景を羨望の眼差しで見つめる自分である。
「俺もやっていいか?」
「あたり前だろ。お前がこの子の頑張りを褒めてやんねえと」
陽向は笑って圭にチューブを手渡す。
そこからは、全ての動作が緊張の連続だった。
チューブから餌を取り出し、手の甲に乗せ、ゆっくりと近づける。
未だ恨まれていたらどうしよう。避けられたらどうしよう、そのような恐怖を抱きながらメイの動作を見守る。
そして。
「おお……」
陽向は堪らず吹き出す。
「オッサンみてえな反応」
「だってこんなの、言葉で表しようがねえだろ」
全て思ったことは陽向が先に言っていた。残るは、漠然とした喜びや胸の奥の擽ったさのみだ。
凄え嬉しい。という陳腐なことしか言えない。
「気持ち悪い……」
やはり自分が気持ち悪い。
陽向はそんな圭の心中を察してか、笑いながら「元々だから安心しろ」と言う。
「そんなことより褒めてやれよ」
「ああ……」
圭は、メイの背中をそっと撫でる。
「あー、今日は……お疲れ様、でした。ご苦労様、でした……これからもよろしくな」
改めて言葉にすると、この猫と本当に家族になれたような気がして嬉しかった。
◆4月・終わり◆
19: cuckoo:2019/4/30(火) 20:18:29 ID:TFGij/X28E
「やっぱ首輪は必要だよな」
そう思った圭は鈴付きの首輪を一つ買った。
赤色の上品な色合いの首輪。圭も気に入った色だった。
しかし、付けて数分も経たずに、メイが自分で外してしまった。
「……まあ、玄関から離れようとはしないから大丈夫か」
せっかく買った首輪は、結局つけられることなく圭の部屋の引き出しに仕舞われることになった。
20: cuckoo:2019/4/30(火) 20:19:26 ID:TFGij/X28E
一旦終わり。書き溜めてきます。
21: cuckoo:2019/5/3(金) 20:23:56 ID:fOPnKBm3e2
◇5月◇
5月になると、クラスメイトは途端にそわそわし始めた。動物の雑誌の購読を始めた圭にとってそれは「興奮から来る忙しない行動」に見えたのだが強ち間違いではなさそうだ。
「お前、彼女とか作る気ねえの?」
「……」
証拠として、ここに年がら年中興奮してそうな男がいる。
「藪から棒に何だお前は。兎野郎」
「ちょっとそれ可愛いじゃねえかよ」
「変態」
「お前には言われたくねえけどなぁ?」
失礼な。自覚しているが。
「俺はお前の心配をしてんだよ。そろそろ修学旅行があるだろ。自由時間。誰と回るつもりなんだよ」
「修学旅行?今月だっけ?」
「はあ?修学旅行の時期覚えてないとはさては俄かだなお前」
「何のだよ」
高校生の、である。
「修学旅行なんて面倒なだけだろ。行きたくねえ」
「うっわー、冷えてるぅ〜、かわいそー」
「可哀想で結構。俺はお前みたいに常夏頭じゃないんでね。わざわざ行きたくもない所に行かないだけだ」
「……お前って生きづらそうな性格してるよな」
陽向の携帯が鳴った。陽向は「あっちゃー」とでも言いたげな表情でそれを見る。
「もしもし?何?今すぐ来い?今日は友達と食べるからお前は来んなって言ってただろ。……予定変更?しょうがないな。待ってろ、すぐ行くから」
携帯を切る。
「てなわけで、彼女にお弁当お呼ばれしたので行ってきます!じゃ!」
音速で去った陽向を圭は見つめる。
「生きづらいのはどっちなんだか」
彼女に振り回されるくらいなら彼女なんていらない、そう思うくらいには女性不信である。
元々異性と話すのは苦手だったが、責任の一端はあの男のせいなんじゃないかとさえ思えるくらい、奴は情けない。
22: cuckoo:2019/5/3(金) 20:25:24 ID:fOPnKBm3e2
「なぁ、修學旅行って知ってるか?」
家に帰ると、貓が玄関の前で待ち伏せていた。
メイの名を持つ黒貓のメス。未だ両親の説得は出來ずに室外で飼っている。しかし心配する必要はさほどなかった。彼女は玄関が縄張りのようで、そこから鵜あまり動かない。
家の中は図らずも親の目があったから、プライベートなことは、家の裏で貓にだけ話す。
「學校の奴らと一緒に旅行に行くんだけどよ、正直俺は生きたくない。行きたくなさ過ぎて存在すら忘れてた」
とっくに金は支払われている。だから行くしかないのだが、乗り気になれない。
「しかも北海道。この季節に何しに行くんだってな。スキーするわけでもないだろうし。遊び場もなさそうだし」
道民が聞いたら多分怒る。
「お前が一緒に行ってくれるなら俺も行く気になれるけど、貓だしなぁ……」
もしくは、夢の中のあの少女と。
「……俺はロリコンか」
彼女に恋愛感情を持つわけでも、そもそも夢の中の存在に感情を覚えるなんて不毛なことをするつもりもない。ただ、彼女と一緒に過ごす夢の中は心地がいい。
今までの暗闇を忘れてしまったみたいに。
その代償に、今まで何気なく過ごしていた現実の日々がいかに空虚であるかを思い知ってしまった。
友達はろくにいない。彼女もいない。両親は健在だが共働きで基本家にいない。
孤独のスペシャリストたる圭の心を本当の孤独で満たしてくれるのは、孤独を認められるのは、良くも悪くもあの夢だけだった。心地よい孤独を提供するのが、あの夢だった。
現実では圭はただの「地味で可哀想な人間」なのである。無駄に人が多い故、圭の孤独が浮き彫りになる。世間は孤独を許さない。
昔から知っている。
「彼女いないの、か……」
いたとして果たして、「ああも」献身的になれるとは思えない。
圭の中で優先順位が高いのは恐らく、両親と猫、はたまた少女、百歩譲って陽向なのだ。
「本格的にヤバい奴だな、俺……」
彼女や友達が欲しいとは未だ思わない。しかし、異常な方向へ進まないためにもある程度の往来は大切かもしれない。
自ら進んで「何か色々ヤバい奴」になる気はさらさらない。
「行くか。修学旅行」
メイが、ニャアとか細く鳴いた。
23: cuckoo:2019/5/3(金) 20:26:07 ID:fOPnKBm3e2
「お兄ちゃん」
「何?」
いつもの自室で、少女と二人きりでいる。
少女は圭の隣で寝転び、圭を見つめた。
「もうすぐ遠足の季節なの」
「そうか、楽しみだな」
「うん、でもね、私行けないかも」
「どうして?」
「遠足の前の日、風邪引いちゃったりするから」
子供は遠足など楽しみなイベントがあると、眠れなくなったり風邪を引いたりする。
逆に大人の場合、嫌なことがありすぎて眠れなくなったり体調を崩したりするのだけど……要するに程々が一番だ。
圭は少女の頭を撫でた。
「きっと行けるよ、今度は。行く時は一緒にお菓子買いに行ってやる」
少女はやったあ、と眠たげに言うと重たい瞼を下ろした。
穏やかな寝顔につられて、圭も眠りにつく。そして目覚める。
24: cuckoo:2019/5/3(金) 20:26:56 ID:fOPnKBm3e2
修学旅行に結局参加することになり、予想外に苦労したのは飛行機だった。
飛行機に乗るのは初めてだ。沢山の人々が行き交う空港内で緊張したのはもちろん、機内でも。
「あ、めっちゃ耳痛そう(笑)」
と陽向馬鹿にされたので、痛くないふりを装うのが大変だった。
というかお前は彼女と席が隣じゃなかったのか。
そう聞くと
「一緒になろうと思ったけどさあ、先に別の友達と席取っててさあ、しかもそいつ男なんだよ、何考えてんだろう、あいつ」
「……」
誰かを心配できる立場ではないが、大丈夫なのだろうか、こいつらは。
25: cuckoo:2019/5/3(金) 20:27:20 ID:fOPnKBm3e2
落ちます。
26: 名無しさん@読者の声:2019/6/19(水) 00:26:20 ID:7A2gP0vTKY
こういうの大好きです!
つCCC
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