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黒猫が運ぶ
[8] -25 -50 

1: cuckoo:2019/4/27(土) 21:50:29 ID:TFGij/X28E
少しずつ小説を書いていこうと思います。

・ssというよりは小説に近い文体
・死を連想させる話があります

それでもよければ。


2: cuckoo:2019/4/27(土) 21:53:09 ID:TFGij/X28E
◇4月◇


1

圭はその日何故だか疲れていた。昨晩夜更かししてネットをし過ぎていたせいか、もしくは夢見が悪かったせいか、もしくは誰かの鳴き声のせいか。
頭の中に瞬時に様々な理由が浮かぶということは、つまりその全部のせいである。
普段から浮かない顔をして日中過ごしている圭だが、友達にある陽向に寝不足を指摘され、重々しく項垂れていた顔を上げる。

「何かあった?」
「まあ」

でもまさか、子供でもあるまいし「夢見が悪くて気分が悪いんですぅ」とも言えるはずもなく、一部だけ事実を語った。

「猫の鳴き声が煩くて寝れなかった」と。


3: cuckoo:2019/4/27(土) 21:53:56 ID:TFGij/X28E


2

「猫ォ?そんなの無視すりゃいいだろうに」
「だって無視したら猫ちゃんが可愛そうだろうが」
「……」

圭は猫が好きだった。

「ずっと外で鳴き声が聴こえてさ、それがすっげえ小さくて、でも可愛いんだよ。声から察するにあれはまだ生まれて間もないな。そんな奴が外にいたら春とはいえ寒いだろ。だから中に入れてやろうと思って窓開けたらさ、あ、ちなみにその声は俺の部屋のベランダから聞こえたんだけど、それで開けたら予想通り猫がいてさ、そいつがすげえ可愛いんだ」
「うわ、急に語り出した」

やや鬱陶しげな顔をする陽向だが、圭は無視をする。
お前が話を振ってきたんだから聞く義務があると、弁当を持ち逃げようとする陽向を捕まえる。

「この可愛さは口では上手く語れねえ。今日家に来いよ」
「はなせよ。袖が伸びるだろうが」
「今日来てくれるか?」
「わかったからはなせって」
「よし」

掴んでいた服の袖をぱっと離す。突然解放されたたらを踏み、袖を数度なで付ける。

「死にそうな顔してるから何だと思ったけど、そんなことかよ。聞かなきゃよかった」
「そう言ってられるのも今のうちだ。あいつに会ったらきっとお前も虜になる」

また圭が語り出そうとしたところで、陽向の携帯が鳴った。画面を見ることもせず、陽向は焦ったように教室の外へ向かう。

「じゃ、また後でな!」

陽向が手を振るのに軽く振り返し、姿が完全に消えたのを見て、圭は窓の外に視線を向けた。
天気がいい日は、外で弁当を食べたくなる。しかし今日はどうも食欲が湧かなかった。全て、寝不足のせいだ。
4: cuckoo:2019/4/27(土) 21:56:07 ID:TFGij/X28E


3


圭の夢の世界は、常に闇に包まれている。
これは比喩表現ではなく事実だった。物心ついた頃から変わらない闇を湛えている。もし夢というものが現実の出来事や心理状態を反映するものならば、圭の頭の中は長年空虚なままなのかもしれない。

圭はその日夢を見た。
変わらない空虚の中を、果てなく彷徨い続ける。
時折車の外を流れる景色のように、明かりが線を引いて通り過ぎたと思えば、背後で爆発音が鳴り響く。
耳鳴りのようなそれを、慣れていた圭は受け流しひたすら歩いた。
数時間彷徨っていたところで、遠くに留まっている光を見つける。
ゆっくりと歩きたどり着いたそこで、圭はある光景を見た。

マッチに火を灯したような枠の光の中、一人の少女が佇んでいた。
黒髪をツインテールにした小学生くらいの少女。少女にしては冷静な瞳で、毅然と何かを見据えている。
表情の伺いしれない瞳の先を辿れば、そこには一つのトラックがあった。
それを目に収めた瞬間、耳の中で再び爆発が生まれる。
圭は直感で、この先何が起こるのかを察した。
トラックが狙いを定めた獣のように少女に突進する。

助けなければ、と思った。
思うより先に体が動いた。
迷わず光の中へ飛び込んでトラックを見据える。少女が刹那、驚いた顔をしたのが見えたがそれも1秒に満たない僅かな時間のことであった。
体が砕ける衝撃を身に受けたまま、圭は夢の世界から現実へと戻ってきたのだ。

汗が吹き出し服を濡らす。荒くなった呼吸を整え、視界を真っ暗な部屋の中に馴染ませた。
ここはもう夢ではない。現実だ。という事実を求め、五感を辺りに散らす。

聞こえたのは、猫の声だった。
5: cuckoo:2019/4/27(土) 21:56:45 ID:TFGij/X28E
今日は落ちます。失礼致しました。
6: cuckoo:2019/4/28(日) 22:03:17 ID:TFGij/X28E

「おい、これ……」

自宅の前で番犬ならず番猫のごとく立っていた猫を見つけた陽向の一言目である。

「黒猫じゃねえか」
「それがどうした。可愛いだろ」
「そりゃ見た目は可愛いけどよ。知らないのか、黒猫の噂」

黒猫は人々に不幸をもたらす。
神妙な顔で呟いた陽向に、圭は思わず吹き出す。

「そんな迷信まだ信じてんのか」
「信じてはないけど、ちょっと気分が悪いだろ」
「それなら安心しろ。本来日本では、黒猫は元々幸運を運ぶものだったらしいから。他国でも黒猫を幸福の象徴だと考える所は多い」
「そうなのか」
「ああ。今朝ネットで調べた」
「お前もちょっと気にしてんじゃねえかよ……」

7: cuckoo:2019/4/28(日) 22:04:09 ID:TFGij/X28E
猫は、圭の姿を見つけると近寄ってきて、制服のズボンに体を擦り付ける。

「小さいな、こいつ」
「ああ。目は開いているから生後10日以上は経ってるといったところだな」
「猫育てるのは大変だろ。飼うわけ?」
「外で飼うならいいと親に許可も得た」
「ふーん……猫の名前はもう決まってるのか」
「クロ(仮)だ」
「うわ。超単純。もっといい名前はないのかよ」
「そうだな……」

圭は暫し目を閉じて考える。

「メイ……なんてどうだろう」
「何でその名前を?」
「何となく」
「やっぱテキトーだな……でも、悪くないんじゃねえの。なあ、メイ」

陽向が名前を呼ぶと、メイはとことこ歩き、陽向をじっと見つめるとニャアと泣いた。ゴロゴロと喉の音を鳴らす。これには思わず陽向も破顔した。

「おお、なんだこいつ。超可愛いんだけど」
「メイはお前にはやらん」
「お前はメイの父ちゃんかっての。でも可愛いな、お前。目も大っきくて毛並みもいいし。なあ、これからも遊びに来ていいか」
「もちろんいいが、変なことしたら速攻追放するからな」
「猫相手に何想像してんだお前……」

マタタビあげて酩酊状態にするのも、「変なこと」のうちに入るのだろうか。

陽向はメイの体を抱き抱え、あ、と呟いた。

「あ、こいつメスじゃん」
「この不埒者がああああぁぁっ!!」
「お前は一体何を言ってるんだ!!?」

圭に殴られそうになる前に、陽向は逃げ帰った。
走りながら、圭は謎に怖いが猫は可愛いのでまた会いに行こうと思った。

8: cuckoo:2019/4/28(日) 22:06:00 ID:TFGij/X28E


圭はその日の夜、ベッドに横になりながら猫の飼い方を調べていた。
しかし気がつかないうちに眠ってしまったらしい。
目を開けると暗闇の中にぽつねんと佇んでいて、夢であることに気がつく。
そして夢の中の少女を思い出した。
初めてだった。この夢に自分以外の人間が出てくることが。

「誰か、いないのか?」

空間に向かって話しかける。
暗闇は声を吸収し、再び無言に戻る。
やはり、誰もいない。
圭は肩を落とし、その場を離れようとした。その時。

「お兄ちゃん!」

少女の声が聞こえた。あの少女の声だった。

「お兄ちゃん、こんばんは」
「ああ……」

普通にこんばんは、と挨拶をしそうになってはたと昨日の夢を思い出し、まじまじと少女を見つめた。
どこにでもいる小学生の女の子だ。髪を二つ括りにして、半袖のシャツとスカート、水色のサンダルを履いている。
服の袖から覗く手足は子供らしく骨ばっていて細い。
やや不健康に見えるが、この体型が少女の常なのだろう。
一切の不自由や不安を感じさせない軽快なリズムで、サンダルを鳴らし圭に近づく。
圭はこの時、この空間の床が何で出来ているかを初めて知った。
圭自身は普通のスニーカーを履いていたから気がつかなかったが、どうやらコンクリートで出来ているようだ。
少女が圭を見上げる。

「お兄ちゃん、昨日はありがとう」
「体、いいみたいだな」
「?」
「無事みたいでよかった」

少女は大きな目を瞼の裏に隠し、笑う。
お兄ちゃんが助けてくれたから、と。
少女は圭の手を握りしめた。突然熱に触れられ、驚く。

「ねえ、お兄ちゃん」
「あ?」
「外に出ようよ」
「外?」
「私、お腹空いちゃった。お菓子買いにいきたい」
「何言ってんだお前、ここには外なんて」

突如吹き荒れる風に言葉を奪われる。
悲鳴を上げながら空間を通り抜ける風を目を瞑りやり過ごし、風が穏やかになった時に目を開けた。
目を開けると、景色が一変していた。

9: cuckoo:2019/4/28(日) 22:07:04 ID:TFGij/X28E
「ほら、お兄ちゃんも行こう!」

少女は戸惑っている圭に構わず走り出す。これだけ年が離れていれば、少女の腕の力くらいで引きずられるはずもないのだが、氷の上を滑っているように圭の体は移動する。
ゆっくりと変わる景色。
視線を辺りに巡らせると、そこがどこであるかわかった。
かつて圭が住んでいた街にあった商店街だだ。

古いコンクリートの上は踏み鳴らすと音が鳴る。
どこからともなく昭和の音楽が聞こえてきた。
左右にわかれる商店街の中央を、車が去来する。

懐かしい景色だ。
商店街は今やその全域がシャッター街に成り果て、店を見ることはできない。

懐かしさに、気がつけば圭は自らの足で移動していた。引きずられるだけだった体は先導するように少女の手を引いている。
夢の中くらい楽しくありたかった。
この懐かしい街並みを探索したかったのだ。

「はぐれるなよ」
「うん」

少女と共に商店街を巡る。
本屋、電気屋、服屋、散髪屋、八百屋、花屋、ケーキ屋、銭湯。
色とりどりのラインナップ。ショッピングモールを平面にして一列にしたような光景。エレベーターもなくエスカレーターもない。だから移動には時間がかかる。しかし全てを見て回りたかった。

最後に行きついたのは、駄菓子屋だった。
駄菓子屋についた途端、少女は圭の手を離れて店の中に入っていく。

「おい、待てって」
「お兄ちゃんも早く!」
「店が逃げるわけじゃないんだからよ……」

とは言いつつ、圭も子供の頃は少女のようにはしゃいでいたのを思い出す。
些細な小遣いで沢山のお菓子を買えるここは、子供にとって聖域だった。大型ショッピングモールが登場してもなお、学校付近に居を構えるここは子供の憧れでもあったのだ。

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