ここでは、まとめの怖い系に掲載されている『師匠シリーズ』の続きの連載や、古い作品でも、抜けやpixivにしか掲載されていない等の理由でまとめられていない話を掲載して行きます
ウニさん・龍さん両氏の許可は得ています
★お願い★
(1)話の途中で感想等が挟まると非常に読み難くなるので、1話1話が終わる迄、書き込みはご遠慮下さい
(代わりに各話が終わる毎に【了】の表示をし、次の話を投下する迄、しばらく間を空けます)
(2)本文はageで書きますが、感想等の書き込みはsageでお願いします
それでは皆さん、ぞわぞわしつつ、深淵を覗いて深淵からも覗かれましょう!!
60: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:40:02 ID:loeHvyRIOA
880 :本 ◆oJUBn2VTGE :2013/08/24(土) 00:33:15.52 ID:oCTAATKm0
図書館の膨大に存在する本のどれかに逃げたかも知れない、なんて言われてもすぐには確認のしようがないが、そのことにはついては自信があった。
何故かと言われても上手く答えられないのだが、俺のこれまでの経験に裏打ちされたカンだ。
なにより、ループを破る方法を思いついた瞬間に冷めてしまった自分自身と、こたつに入って眠ったその俺になにも出来なかったという、怪現象としての、こう言ってはなんだが、しょぼさ、がそれを補強している。
音響も似たような感想を持ったのか、あっさりと納得したようだ。
「ありがとう。さすが」
さすが、の後、師匠のしの字が続く前に俺は被せて言った。
「お前、いつまでこんなことに首突っ込んで行くつもりだ」
するとキョトンとして、「だって」と言うのだ。
「だって、これからじゃない。大学に入ったら、もっと色々楽しいことできそうだし」
その言葉を聞いた瞬間、自分が老人になってしまったように感じてしまった。
61: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:41:36 ID:loeHvyRIOA
そうか、こいつはこれからなのか。
俺がオカルト道にどっぷりと浸かって無茶ばかりやっていたあの無軌道な日々が、こいつにはこれからやってくるのか。
自分にはもう戻って来ない時間が全方位に向かって開かれている少女に、目を開けられないような眩しさを感じて俺は目を逸らした。
「そういえば」
と、音響はカレーを掬おうとしていたスプーンを止める。
「昨日瑠璃ちゃんに会ったよ」
一瞬意味が分からず、「アメリカへ帰ったんじゃないのか」と言いそうになってから、「ああ、そういうことか」と一人ごちた。
「わたし、地元の大学に行くのはさ、瑠璃ちゃんと遊びたいってのもあるんだよね」
「あいつ、この街にしかいられないのか」
「うん」
そうか――
The king stays here,The king leaves here.
ふいに、頭の中に瑠璃の好きだった言葉が蘇った。
62: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:44:01 ID:loeHvyRIOA
881 :本 ◆oJUBn2VTGE :2013/08/24(土) 00:35:35.67 ID:oCTAATKm0
王は留まり、王は離れる。
自分の名前を紹介する時に、いつも好んでこの言葉を使っていた。
もちろん本名ではない。自分でつけた名前だ。
それは本来彼女の顔のある部位を端的に表す言葉だったが、ここに奇妙な符合が生まれていた。
I stay here, I leave here.
キングを自分に変えることで、生まれついて彼女に起こっているその不思議な現象を表す言葉になるのだ。それも、ニューヨークへ帰った彼女を表す時にはその言葉が逆転する。
面白いな。
俺は人間を取り巻く、目に見えない偶然というものや、運命というものを改めて感じた。
「今度会ったら、目を傷めないように気をつけろって言っておいてくれ」
「なにそれ。カラコンのこと? 瑠璃ちゃん、もうしてないよ」
音響が不思議そうにそう言う。
「いや、いい」
俺は、見えざる悪意の主要な標的となった四人の、ある共通点のことを考えていた。四人のうちの三人。それが偶然なのか、そうでないのか、すべてが終わった今でも分からないのだった。
63: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:45:54 ID:gGNvDtuvts
カレーを食べ終わったころ、腰を浮かしかけた俺に音響が言う。
「じゃあ、春からよろしくね、師匠」
相変わらず上から下まで黒尽くめの格好でそんなことを言うのだ。
腹の内を読み取れない表情で。
俺は一瞬、自分が別の人間になったような錯覚に陥り、うろたえた。
うろたえながらも、なんとか言い返したのだった。
「受かってから言え」
師匠だと? この俺が。
これまでただイタズラのようにそう呼ばれていたのとは違う、ぞわぞわする感覚があった。
これについては断じて運命ではない。と、思う。
しいて言えば……
しいて言えば、そう。
やっぱり、no fate ということになるんだろう。
(完)
64: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:47:04 ID:loeHvyRIOA
今夜は、以上です。
【了】
65: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:17:29 ID:z881GwDpBI
1です。次に投下するのは『ペットの話』です
ウニさんは最初『喫茶店の話』を書いた際、○○の話、というタイトルは「これは怖くない話です、だけど、伏線になったり登場人物の誰かに関係のある話ですよ」という意味で使っていたそうです
しかし次の『すまきの話』で一気に怖くなってしまったので、怖くても怖くなくても別にいいや、となってしまったようです
さて、この『ペットの話』は…?
66: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:20:35 ID:UjZCWpAm.I
『ペットの話』
京介さんから聞いた話だ。
高校一年生の春。
私は女子高に入ってからできた友だちを、自分の家に招待した。ヨーコという名前で、言動がとても騒がしく、いつもその相手をしているだけでなんだか忙しい気持ちになるような子だ。
そのころの自分にできた、唯一の友だちだった。
私の家は動物をたくさん飼っていて、その話をすると「見たい見たい」と言い出してきかなかったのだ。
「でか。猫でか!」
リビングで対面するなり、ヨーコはそう言って小躍りした。
「名前は? 名前」
「ぶー」
「ぶー?」
妹や母親は『ぶーちゃん』と呼んでいる毛の長い猫だ。アメリカ原産のメインクーンという種類で、子猫の時に知り合いからもらってきたのだが、元々かなり大きくなると聞いていたのに、さらにこいつは底なしの食欲を発揮するに至って、実に体重は十キロを超えてしまっている。『ブマー』というのが彼の本名だが、家族の誰も今はそう呼ばない。
「重っ」
ヨーコはぶーを抱きかかえて嬉しそうに喚いている。ぶーは身じろぎするのもめんどくさい、というように眠そうな顔をしてされるがままになっている。
その騒ぎを聞きつけてラザルスが部屋の中にやってきた。
「あ、犬だ」
ウェルシュ・コーギーという種類で、とても賢い男の子だ。おとなしく、また言いつけをよく聞くので室内で飼っている。こげ茶色の背中に、胸は白い。手足が短くてちょこちょこと走るのでかわいらしい。成犬だけど小柄なので、猫のぶーと同じくらいの大きさに見える。
67: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:22:09 ID:UjZCWpAm.I
ラザルスは舌を出しながら、ぶーを抱えたヨーコの周りをくるくると回転し始めた。ぶーは抱きかかえられたままその動きを目で追っている。
ヨーコは「わわわわわ」と言いながら同じようにきょろきょろしてはしゃいでいる。
うちには他にも「もも太」という名前の雑種のオス猫がいるが、いつも外に遊びに出ていてあまり家には帰ってこない。
「お姉ちゃん、お客さん?」
いつの間に帰ったのか、妹までも制服のまま顔を覗かせた。
「そうだよ。お前、いいから引っ込んでろ」
友だちに家族を見られるのが気恥ずかしくて、邪険に追い払うと、妹は「べ」と舌を出して顔をしかめて見せた。そして廊下から首を引っ込める。
ヨーコは驚いて目を丸くしていた。妹の消えた廊下の方を指差して「まじで?」と訊いてくる。そうだよ。と答えておいた。
それからひとしきりぶーとラザルスに遊んでもらった後、ヨーコは「他には? 他には?」と訊いてくる。
「あと、九官鳥の『ピーチ』と、ハムスターを二匹飼ってる」
私がそう言うと、ヨーコは少し顔色が悪くなった。「ハムスター飼ってんだ……」と強張ったような表情を浮かべる。
どうしたんだろう。
「いや、子どものころ毒ハムに噛まれてから、どうも苦手なのさ」
毒ハムスター? 冗談のわりには嫌に真剣な口調だった。
「好きなんだけどね」と空笑いをしている。よく分からない。
「見るだけ見るか?」と訊くと、「……うん。見るだけ見る」と言うので隣の部屋に案内する。
棚の上にオレンジ色のケージを置いていて、その中にゴールデンハムスターのつがいを飼っていた。そのころはなかなか子どもを生まないなあと思っていたのだが、後に分かったところによると、結果的に両方オスだったので無理からぬことだった。
68: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:24:32 ID:UjZCWpAm.I
「かわいいなあ」
ヨーコは部屋の入り口のドアの後ろに隠れ、顔を半分だけ出してそう言う。そんなに離れていたらよく見えないだろうに。
「毒なんてないよ」
人に慣れているから、よほど気が立ってない限り、指を差し出しても噛まれることはなかった。しかしそう言って呼んでもヨーコは頭を振る。
後から知ったのだが、ヨーコはハムスターにアレルギーを持っていて、その抜け毛やフケにも反応して、咳き込んだり発疹が出たりする身体だった。以前友人の家でハムスターに噛まれた時にはショック症状を起こし、救急車で運ばれることになったのだそうだ。
それでもよほどハムスターが好きなのか、ヨーコにはその後も時々市内の百貨店にあるペットショップに行くのに付き合わされた。そんな時ヨーコは離れた場所からハムスターのコーナーをじっと見つめていて、その小動物たちがどんな様子か逐一私に訊いてきた。そのたびに私は苦笑しながらエサを食べる様子や小さな手の動きなどを身振り手振りで説明したものだった。照れくさいというより、正直恥ずかしかったが、嬉しそうなヨーコを見ていると、そんな思いもどこかへ行ってしまった。
「こっちがピー助だ」
私は部屋の隅にいた九官鳥のピーチを鳥籠ごと持ち上げて、ドアの方へ向かった。
ヨーコが部屋の中に入ってきそうになかったからだ。
「わー、かわいい」
そんなことを言うヨーコの脇をすり抜けて、元のリビングに戻る。ピーチは自分の居城が動き出したことに興奮して、頭を振りながら甲高い声でさえずっている。
背の低いタンスの上に鳥籠を乗せるとピタリと鳴きやみ、今度はここが城下町かい、とでも言うようなふてぶてしい顔で周囲を見渡した後、またピョロピョロと鳴き始める。
「ピースケちゃん」とヨーコが呼びかけると、ピーチはすぐに返事をする。
「ピーチャン、ピーチャン」
「男の子?」
「そう」
「ソウ、ソウ、ピーチャンイイコ、ピーチャンイイコ」
ピーチは鳴きながら鳥籠の中を歩き回る。
「ピー助、ももたろうは?」
私がそう言うと、首を傾げる。
「むかし、むかし、あるところに」
導入部分を口にすると、やがて真似をするように「ムカシ、ムカシ、アルトコロニ……」とやけに低い声で始める。ピーチはこれが得意なのだ。
69: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:32:29 ID:z881GwDpBI
「オジーサント、オバーサンガ、スンデ、オリマシタ、ピョロピョロ……」
「すごーい。上手」
ヨーコが手を叩いて喜んでいる。
ピーチのももたろうは、結局猿を仲間にしたあたりでまた最初のムカシ、ムカシに戻ってしまい、鬼が島までは到着しなかった。
以前父親が頑張って教え込んでいた時には、鬼をやっつけて故郷に凱旋するところまで通して言えたのだが、少し時間が空くともう忘れてしまうものらしい。
私が分析するに、犬、猿、キジを仲間にする過程で、焼き回しというか、同じ展開が繰り返されるのが一番の原因ではないかと思う。
「オコシニツケタ、キビダンゴ、ヒトツ、ワタシニ、クダサイナ」という印象的なフレーズがあるが、犬を仲間にしたあと、また猿の時にも繰り返されるので、そこでわけが分からなくなるらしい。
それでもヨーコは大喜びで、餌をやっていいか、とせがんできた。仕方がないのでオヤツを少しだけあげることにして、大好きなひまわりの種をいくつかヨーコに持たせ、それを鳥籠越しに手ずから食べさせた。
ピーチがくちばしを伸ばしてくるたびにヨーコはきゃあきゃあと騒ぐ。
その騒ぎを訊きつけてまたラザルスが尻尾を振りながらリビングにやってきて、ふんふんとヨーコの足のあたりを嗅いで回る。
「ねえ、ピースケちゃんはどこかで買ったの? 人にもらったの?」
「ああ、親戚からもらった。三歳の時にもらって来て、今二年目だから、四歳か五歳くらいだな」
「ふうん。うちも九官鳥とかオウムを飼いたいなあ」
無邪気にそう言うヨーコに、軽いいじわるのつもりで私はこんなことを言った。
「でも、こいつはたまに気持ちの悪いことを言うぞ」
「ええ? 気持ちの悪いことってなに」
「……誰も教えてないこと」
それを聞いてヨーコは少し気味悪そうな顔をした。
そもそもピーチは親戚の家で飼われていたが、その家のお祖父ちゃんが亡くなった後、奇妙な言葉をさえずり始めたのだ。
「メシガマズイ。アジガシナイ。メシガマズイ」
「タバコガナイ。タバコヲスイタイ。タバコスワセロ」
いずれも亡くなる前の入院中に祖父が口にしていたことだ。そんな言葉を生前の祖父は家で口にしたこともなかったのに。
それだけではなく、まるで祖父そのもののように、小言めいたことを喋ることもあった。
「トイレノ、トハ、チャントシメナサイ」
「ヤサイハ、サイゴノ、ヒトカケマデ、ツカイナサイ」
などのような言葉だ。それらだけならば、普段から祖父が口にしていたので、ピーチが覚えていてもおかしくはないのだが、祖父が亡くなってまだひと月と経っていないころに、ふいにこんな言葉を発したのだ。
70: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:34:45 ID:UjZCWpAm.I
「カミダナニハ、チャント、シロイカミヲ、ハリナサイ」
確かにピーチは神棚に白い紙を貼れ、と言った。家族は始めなんのことか分からなかったが、あまりその言葉を繰り返すので気味が悪くなり、近所の年寄りに訊いてみると、それは古来からの風習の一つだった。
神棚封じ、と言って、その家から人死にが出ると四十九日があけるまで白い紙で神棚を封じ、拝んだりもしてはいけないのだそうだ。
黒不浄、つまり死の穢れを神棚に近づけないためだ。
しかしそんなことは家族の誰も知らなかった。そんな慣習を知っているのは古い人である祖父くらいだったからだ。ピーチはまるで祖父が乗り移ったかのようにそのことを教えてくれたのだった。
そんなことが続き、気味悪がったその親戚の家はピーチを手放すことにした。そこで動物好きの私の両親の悪い癖が出て手を挙げ、うちにもらわれてきたという経緯だ。
前の家で喋っていたようなことも段々と口にしなくなり、というよりもうちの家族みんながこぞって好き勝手なことを覚えさせようとするのでトコロテン式に忘れていった。特に、親戚が怖がっていた、亡くなったお祖父ちゃんのような口ぶりの言葉は、うちに来てからはピタリと止まり、本当にそんなことを言っていたのかと逆に疑ったものだった。
しかし、親戚の話の裏付けは別のところからやってきた。ピーチがうちの家族になってから半年ほど経った時、急に「コロシテヤル」という汚い言葉をさえずり始めたのだ。
本人はいたって楽しそうにさえずっているのだが、聞いている方はゾッとした。
誰が教えたのか、犯人探しが行われたのだが、家族みんなが知らないという。私も身に覚えはなかった。
テレビを置いていない部屋で飼っていたので、勝手に覚えることはない。家族の誰かが教えたはずなのだ。犯人と疑われた妹が憤慨して、プチ家出をしたのを覚えている。
結局どこでその「コロシテヤル」という言葉を覚えてしまったのかは分からなかったが、ピーチはそのころから時おりそういう誰も教えていないはずの言葉をさえずるようになった。
71: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:37:39 ID:UjZCWpAm.I
「コウエンノスナバ、ポシェットガ、オチテル」
「カキザワサンノ、ゴシュジン、ブチョウニナッタ」
「センキョカー、ウルサイ」
そのほとんどは他愛のないものだったが、みんな全く身に覚えがなく、それどころか誰も知らなかったような情報まであった。例えば、選挙カーがうるさい、とピーチが言った時点ではまだ、選挙カーはうちの家のあたりにはまだ来ていなかった。
いったいどうしてピーチがそんな言葉を喋るのか分からないので、気持ちが悪かった。
妹の説では、ピーチは言わば生きたラジオのようなもので、周波数のあった誰かの意思を受信してそれを自動的に口にしているのではないかとのことだった。
飼われていた親戚の家ではお祖父ちゃんが亡くなったが、その霊魂がまだその家に漂っていて、時々ピーチの口を借りて喋るのだという。
そんなわけあるか、と言ってやったが、動物は人間よりもお化けに対する霊感が強いのだと主張する。『猫のぶーちゃんだって、時々なにもない壁を見ている』というのがその補強材料だった。あれは確かに私もなんでだろうと思ったことがある。
妹が言うには、うちにやってきたピーチは近くにお祖父ちゃんの霊もいなくなったので、今では近所の人の思念や、浮遊霊の声を受信してしまっているのだ、ということだった。
そんなことを説明すると、ヨーコは嫌そうな顔をして後ずさった。
72: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:40:08 ID:z881GwDpBI
「うそだあ」
今まさについばもうとしていたひまわりの種を引っ込められたピーチが、苛立ったように籠の枠を内側から噛んでガシャガシャと揺らせた。
「あたしそういうの苦手なんだから、やめてよね」
「悪い悪い」
私は笑ってそう言いながら、どこか胸の片隅でふと凍りつくような冷たいものに撫でられたような感覚をおぼえた。それは妹の主張する怪談めいた話とはまた別の、異質な想像であり、ある時ふいに自分の頭の中にするりと入り込んだそれは、ある種の茫漠とした不安と、眩暈とを私にもたらした。
それを思い出してしまったのだった。
「ああ、もう」
ヨーコは顔を強張らせた私に気づきもせず、頭を振りながら、ピーチにひまわりの種をもう一度あげようと手を伸ばす。
その足元ではまだラザルスが上目遣いに鼻先を近づけていて、そうしてあんまり匂いを嗅いでいるのが気になったのか、部屋の隅で丸くなっていたぶーまでが起き上がって反対のヒザ側から匂いを嗅ぎ始めた。
「ねえちょっと、なんかさっきからこの子たち、レディーに失礼じゃない?」
立ったまま変な顔をするヨーコに私は笑って言う。
「初めて見るような人には、いつもこうだよ」
「ほんとにぃ?」
「本当だ」
腕組みをしながら私は無駄に力強く断言した。
73: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:44:51 ID:z881GwDpBI
◆
そんなことがあった数日後。
夜中にふと目が覚めた私は、喉の渇きを覚えて寝床から起き上がった。
いま何時だ?
明りをつけようとしたが、目が眩むのが嫌で結局そのまま歩いて自分の部屋を出る。
二階の廊下は階段の脇の小さな照明だけがぽつんと点いていて、その明りを頼りに一階に降りていく。
家族はみんな寝ていて家の中はしん、としている。私は足音を忍ばせて台所に入り、炊飯器についているディスプレイの青い光を頼りに冷蔵庫からお茶を取りだす。
コップ一杯を飲みきると一息ついた。
静寂に、耳の奥が甲高く鳴っている。夜中に目が覚めたのはいつ以来だろうかとふと考える。
家族を起こさないようにひっそりと台所を出て、忍び足で廊下を進んでいる時だった。
私の耳は、静寂以外のなにかをとらえた。
立ち止まり、それが聞こえた方向に目をやると、居間のドアが少し開いている。それが微かに揺れた気がした。キィ、という聞こえなかったはずの音を、頭の中で勝手に再生する。
普段から鍵を掛けるわけでもなく、また冷房や暖房をつけている季節でもないのでドアが半開きなのはいつものことだったが、私の直感はなにか得体の知れない予感を告げていた。
そっと近付いてドアの隙間を広げると、暗い室内がその奥にのびる。
「ピー助?」
声をひそめながら、九官鳥のピーチをいつもの愛称で呼ぶ。
×××
また、なにか聞こえた。
部屋の中から。
誰かの声だ。
ハムスターの鳴き声とは明らかに違う。人間の、声のように聞こえた。
「ピーチ?」
部屋の中に入り込むと、窓のカーテン越しに月の光が微かに差し込み、海の底のような暗い空間に奇妙な縞模様を浮かび上がらせていた。
×××
まただ。
また聞こえた。
部屋の隅にある鳥籠の方から。
鳥籠には黒い布を被せてある。光が入り込まないように。ピーチが寝る時にはいつもそうするのだ。
その黒い布の内側から、ぼそぼそという話し声が聞こえてくる。
ああ、ピーチが喋っている。人の言葉で。
私はわけもなく湧いてくる寒気が身体の表面を走り抜けるのを感じた。いったいなにを喋っているのだろう。
×××
私はゆっくりと近づきながら耳をすませる。
こんな時間にピーチはどうして起きているのだろう。たまたまだろうか。
74: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:46:21 ID:UjZCWpAm.I
それともいつも起きているのだろうか。いつも家族が寝静まった深夜に、小さな籠の中でひとり、私たちの知らないなにかを話しているのだろうか。
妹の言葉が頭をよぎる。
ピーチは、ここにいない人や死んでしまった人の思念を受信して、それを言葉にして囀るのだと。まるでラジオのように。だから時おり、誰も教えていないはずの言葉を流暢に発するのだ。
今もそうなのだろうか。誰も教えていない言葉を、あるいは家族の誰も知らないはずの話を……
だったら、今この暗い部屋の中には目に見えない人間の言霊が漂っているのか。あるいは、見ることも、触れることもできない死んだはずの人間が今、この部屋の中に立っているのか。
鳥籠の形をした布の先に手が触れ、私は動きを止める。
妹の主張がもたらしたそんな恐ろしい想像がふいに希薄になり、また別の想像が自分の中のどこか暗いところから湧いてくるのを感じた。
妹の話をなかば笑いながら聞いた時、私はそれとは全く別の想像をしてしまっていた。とっさに気味の悪いそれを心の奥に押し込め、忘れようとしていた。今まで。
なのに。
私のした想像。いや、してしまった想像。
それは
夜中にふいに寝床から起きる私。
しかし私には意識がない。私としての意識が。
夢遊病のように階段を降り、鳥籠の前に立つ。
そしてその中に話しかける。
無意識の私が。いや、あるいは私という器の中に入り込んだ、もう一人の別の私が。
その言葉は
…………ソウムド…………
耳に入った音に、私は我に返った。
鳥籠の中から声が聞こえる。
押しつぶされたような声。ひどく聞き取りづらい。
私は息を飲んで耳をすませる。
布越しに声は続く。
75: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:49:08 ID:UjZCWpAm.I
…………ミツカ…………
…………シキチ…………
…………ルノサン…………
ようやくそれだけが聞こえる。
それで声は止まり、しばらくするとまた同じ言葉が繰り返される。
…………ソウムド…………
…………ミツカ…………
…………シキチズ…………
…………ルノサンポシャ…………
やはり良く聞き取れない。
なぜか背筋がぞくぞくする。
…………ソウムドイ…………
…………ミツカイ…………
…………シキチズ…………
…………ルノサンポシャ…………
四つの言葉が繰り返されているようだ。いったいこれは誰の言葉なのか。
私ではない。そう直感が告げている。想像してしまっていたように、記憶のない時間、私自身がピーチに教えた言葉などではない。
ピーチ自身の言葉?
いや、それも違う。イメージが浮かぶ。鳥の、小さな頭は空洞で、遠くから目に見えない波のようなものが押し寄せてきて、その空洞の中で反響し、くちばしが言葉として再生する。誰もいない部屋で、誰にも聞かれず。
なぜこんなに怖いのだろう。ガチガチと歯が音を立てる。
悪意。
夜に滲み出る、目に見えない悪意が、ほんの気まぐれに寝静まった住宅街を通り過ぎていく。
そんな気がした。
…………キケン…………
…………キケン…………
…………ゼンイン…………
…………ケス…………
最後にそう言って、鳥籠の中の声はぴたりと止まった。
微かな月明かりの中に沈む部屋に、静けさが戻ってきた。私はハッとして腕を伸ばし、布を取り払うと、駕籠の中のピーチが驚いたように頭を振って小さく鳴いた。
不思議そうに首を傾げながら、口の中で小さくウロウロという低い声をこねている。それが私には、「我に返った」姿のように思えた。
仄かな月の光を反射し、ピーチの瞳が一瞬くるりとまたたく。それが妖しく艶かしい黒い宝石のように見えた。なにか、恐ろしいことが起こる前触れのようだった。
76: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:50:48 ID:UjZCWpAm.I
次の話は先日貼ったのより前に書かれた話です
順番が狂ってしまって申し訳ありません
前後編の為、貼るのに時間がかかりますが御容赦下さいませ
77: 風の行方・前編 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:53:57 ID:UjZCWpAm.I
風の行方 前編
183 :風の行方 ◆oJUBn2VTGE :2012/05/11(金) 21:09:55.96 ID:wBpB+Oun0
師匠から聞いた話だ。
大学二回生の夏。風の強い日のことだった。
家にいる時から窓ガラスがしきりにガタガタと揺れていて、嵐にでもなるのかと何度も外を見たが、空は晴れていた。変な天気だな。そう思いながら過ごしていると、加奈子さんという大学の先輩に電話で呼び出された。
家の外に出たときも顔に強い風が吹き付けてきて、自転車に乗って街を走っている間中、ビュウビュウという音が耳をなぶった。
街を歩く女性たちのスカートがめくれそうになり、それをきゃあきゃあ言いながら両手で押さえている様子は眼福であったが、地面の上の埃だかなんだかが舞い上がり顔に吹き付けてくるのには閉口した。
うっぷ、と息が詰まる。
風向きも、あっちから吹いたり、こっちから吹いたりと、全く定まらない。台風でも近づいてきているのだろうか。しかし新聞では見た覚えがない。天気予報でもそんなことは言っていなかったように思うが……
そんなことを考えていると、いつの間にか目的の場所にたどり着いていた。
住宅街の中の小さな公園に古びたベンチが据えられていて、そこにツバの長いキャップを目深に被った女性が片膝を立てて腰掛けていた。
手にした文庫本を読んでいる。その広げたページが風に煽られて、舌打ちをしながら指で押さえている。
「お、来たな」
僕に気がついて加奈子さんは顔を上げた。Tシャツに、薄手のジャケット。そしてホットパンツという涼しげないでたちだった。
「じゃあ、行こうか」
薄い文庫本をホットパンツのお尻のポケットにねじ込んで立ち上がる。
彼女は僕のオカルト道の師匠だった。そして小川調査事務所という興信所で、『オバケ』専門の依頼を受けるバイトをしている。
今日はその依頼主の所へ行って話を聞いてくるのだという。
僕もその下請けの下請けのような仕事ばかりしている零細興信所の、アルバイト調査員である師匠の、さらにその下についた助手という、素晴らしい肩書きを持っている。
あまり役に立った覚えはないが、それでもスズメの涙ほどのバイト代は貰っている。
78: 風の行方・前編 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:57:22 ID:z881GwDpBI
184 :風の行方 前編 ◆oJUBn2VTGE :2012/05/11(金) 21:12:15.96 ID:wBpB+Oun0
具体的な額は聞いたことがないが、師匠の方は鷹だかフクロウだかの涙くらいは貰っているのだろうか。
「こっち」
地図を手書きで書き写したような半紙を手に住宅街を進み、ほどなく小洒落た名前のついた二階建てのアパートにたどり着いた。
一階のフロアの中ほどの部屋のドアをノックすると、中から俯き加減の女性がこわごわという様子で顔を覗かせる。
「どうもっ」
師匠の営業スマイルを見て、少しホッとしたような表情をしてチェーンロックを外す。そしておずおずと部屋の中に通された。
浮田さんという名前のその彼女は、市内の大学に通う学生だった。三回生ということなので、僕と師匠の中間の年齢か。
実は浮田さんは以前にも小川調査事務所を通して、不思議な落し物にまつわる事件のことを師匠に相談したことがあったそうで、その縁で今回も名指しで依頼があったらしい。
道理で気を抜いた格好をしているはずだ。
ただでさえ胡散臭い「自称霊能力者」のような真似事をしているのに、お金をもらってする仕事としての依頼に、いかにもバイトでやってますとでも言いたげなカジュアル過ぎる服装をしていくのは、相手の心象を損ねるものだ。
少なくとも初対面であれば。
師匠はなにも考えてないようで、わりとそのあたりのTPOはわきまえている。
「で、今度はなにがあったんですか」
リビングの絨毯の上に置かれた丸テーブルを囲んで、浮田さんをうながす。
学生向きの1LDKだったが、家具が多いわりに部屋自体は良く片付けられていて、随分と広く感じた。師匠のボロアパートとは真逆の価値観に溢れた部屋だった。
「それが……」
浮田さんがポツポツと話したところをまとめると、こういうことのようだ。
彼女は三年前、大学入学と同時に演劇部に入部した。高校時代から、見るだけではなく自分で演じる芝居が好きで、地元の大学に入ったのも、演劇部があったからだった。
定期公演をしているような実績のあるサークルだったので部員の数も多く、一回生のころはなかなか役をもらえなかったが、くさらずに真面目に練習に通っていたおかげで二回生の夏ごろからわりと良い役どころをやらせてもらえるようになった。
79: 風の行方・前編 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:59:53 ID:UjZCWpAm.I
185 :風の行方 前編 ◆oJUBn2VTGE :2012/05/11(金) 21:15:08.37 ID:wBpB+Oun0
三回生になった今年は、就職活動のために望まずとも半ば引退状態になってしまう秋を控え、言わば最後の挑戦の年だったのだが、下級生に実力のある子が増えたせいで、思うように主役級の役を張れない日々が続いていた。
下級生だけのためではなく、本来引退しているはずの四回生の中にも、就職そっちのけで演劇に命を賭けている先輩が数人いたせいでもあった。
都会でやっているような大手の劇団に誘われるような凄い人はいなかったのだが、バイトをしながらでもどこかの小劇団に所属して、まだまだ自分の可能性を見極めたい、という人たちだった。
真似はできないが、それはそれで羨ましい人生のように思えた。
そしてつい三週間前、文化ホールを借りて行った三日間にわたる演劇部の夏公演が終わった。
同級生の中には自分と同じように秋に向けてまだまだやる気の人もいたが、これで完全引退という人もいた。
年々早くなっていく就職活動のために、三回生とってはこの夏公演が卒業公演という空気が生まれつつあった。
だが、彼女にとって一番の問題は、就職先も決まらないまま、まだズルズルと続けていた四回生の中の、ある一人の男の先輩のことだった。
普段からあまり目立たない人で、その夏公演でも脇役の一人に過ぎず、台詞も数えるくらいしかなかったのだが、卒業後は市内のある劇団に入団すると言って周囲を驚かせていた。
誰も彼が演劇を続けるとは思っていなかったのだ。同時に、区切りとしてこれで演劇部からは引退する、とも。
その人が、夏公演の後で彼女に告白をしてきたのだ。
ずっと好きだったと。
なんとなくだが、普段の練習中からも粘りつくような視線を感じることがあり、それでいてそちらを向くと、つい、と目線を逸らす。そんなことがたびたびあった。いつも不快だった。気持ちが悪かった。
その男が、今さら好きだったなんて言ってきても、返事は決まっていた。
はっきりと断られてショックを受けたようだったが、しばらく俯いていたかと思うと、蛇が鎌首をもたげるようにゆっくりと顔を上げ、ゾッとすることを言ったのだ。
『髪をください』
口の動きとともに、首が頷きを繰り返すように上下した。
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