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師匠シリーズ《続》
[8] -25 -50 

1: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/1/24(火) 20:30:02 ID:1lmoPahM2s

ここでは、まとめの怖い系に掲載されている『師匠シリーズ』の続きの連載や、古い作品でも、抜けやpixivにしか掲載されていない等の理由でまとめられていない話を掲載して行きます

ウニさん・龍さん両氏の許可は得ています

★お願い★

(1)話の途中で感想等が挟まると非常に読み難くなるので、1話1話が終わる迄、書き込みはご遠慮下さい
(代わりに各話が終わる毎に【了】の表示をし、次の話を投下する迄、しばらく間を空けます)

(2)本文はageで書きますが、感想等の書き込みはsageでお願いします

それでは皆さん、ぞわぞわしつつ、深淵を覗いて深淵からも覗かれましょう!!





51: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:11:24 ID:gGNvDtuvts



店員がコップの水を入れに来たので、音響がそこで話を止めた。俺はテーブルに置かれた『ソレマンの空間艇』をまじまじと見つめる。

「で、そのお前の同級生の弟くんは、真っ暗な部屋でこれを読んでたってわけか」
「そう」
「どんな様子だったんだ」
「明かりをつけたら目が血走ってて、なんか訳の分かんないことを言ってたらしいよ。とにかく取り上げたら落ち着いたらしいけど」
「ふうん」
俺はテーブルの上の本に手を伸ばした。手に取ってパラパラと捲る。かなり古い本なのか、表紙や小口は色が褪せてしまっているが、あまり読まれてはいないようだ。中はわりに綺麗だった。
音響が少し驚いた顔で俺を見ている。
それに気づいて「なに」と訊くと、「ホントの話なんだけど」と言う。
「別に嘘だなんて言ってないぞ」


52: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:13:43 ID:gGNvDtuvts

870 :本  ◆oJUBn2VTGE :2013/08/23(金) 20:59:58.30 ID:/4sM9Swo0

だいたい、どんな信じ難い話でもそれなりに耐性はついている。
それに音響が持ってくるやっかいごとは、これまですべて実体を伴っていた。それが良いことなのかどうかは置いておくとしても。

「よくそんなあっさり触れるね」
呆れたように言われてようやく、ああ、そういうことか、と気づく。
普通の人の感覚ならば、そんな話を聞かされた後では気持ちが悪くて触れないのだろう。いくら昼間は普通の本だと聞かされていてもだ。
オカルトにどっぷりと浸かっていた日々が、意識しなくともこの善良な小市民たる俺の脳みそをやはり非常識側にシフトしてしまっているということか。
しかしこいつに言われると何故かショックだ。
「それで、どうしたいんだ」
本を置き、表紙をトントンと指先で叩く。「どうせ、その話聞かされて、なんとかするからって安請け合いしたんだろ」

『夜の書』というやつはある意味、夜の闇の中でしか実体がない存在だ。
今のこの『ソレマンの空間艇』にしたところで仮の宿主に過ぎず、燃やすなり破り捨てるなりしたって、図書館の別の本に寄生し直すだけということだろう。
少なくとも噂の構造がそうなっている。

「その話を聞かされて、なんとかするからって言っちゃったの」
あ、そう。
「で?」
「なんとかして」
「自分ですれば」
「お願い師匠」
わざとらしいお願いポーズを無視して、もう一度俺は本のページを開く。
「真っ暗なのに読めるって、どういう現象なんだ」
音響に向かって、「お前、読んだか」と訊く。
すると両手の指を胸の前で組んだまま、首を左右に振った。
「だって怖いの」
「嘘つけ」
「だって受験生だから」
「受験生だから?」
俺がそう問い返すと、音響は口の端だけで笑った。
「……面白かったら、やばいじゃん」
こいつも筋金入りだ。
あらためてそう思う。


53: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:18:42 ID:loeHvyRIOA

872 :本  ◆oJUBn2VTGE :2013/08/23(金) 21:03:09.85 ID:/4sM9Swo0

「で、お前の同級生も怖くて読んでない、と。……弟はなんて言ってんだ」
「ええと。とにかくなんでか読めたんだって」
実に有益な情報だ。すばらし過ぎる。
「弟はどうしてこの本がそうだと気づいたんだ」
「別に『夜の書』だと思って借りたんじゃないんだって。たまたま借りた本がそうだっただけってさ」
「それは、ちょっとおかしいぞ」
「なんで」
俺は少し頭の中を整理する。
「だったら、どうして部屋を真っ暗にして読んだんだ」
「え」
「部屋を暗くして読まないと、そもそもそういう本だと気づかないだろ」
そう言われて、音響はふうん、と唸った。
「さあ。たまたまなんじゃない?」
これ以上情報は出てきそうになかった。
「『夜の書』は一冊なのか」
「そう聞いてる」

つまりひとつの寄生体のような存在が、見つかって宿主の本を破棄されるたびに別の本へと移動しているということか。
その間に子どもたちを魅了し、危険な状態に追い込みながら。

それにしても。
と、俺はふと思った。「『夜の書』ってのは、小学生らしくないネーミングだな」と呟く。
噂の出所は案外教師なのかも知れない。
考え込んでいる俺を音響がじっと見ていた。
「なんだ」
「なんとかしてくれそう」
そう言ってまた両手の指を組んだ。
俺はそれを見ながら言った。
「ゴスロリって、そんな感情表現豊かでいいのか」



その夜のことだ。


54: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:22:06 ID:gGNvDtuvts

874 :本  ◆oJUBn2VTGE :2013/08/23(金) 21:15:47.49 ID:/4sM9Swo0

俺は自分の部屋で一人、パソコン上でダービースタリオンというゲームをしていた。
いい競走馬が出来たので、それを育てるのに熱中していて、気がつくと夜の一時を回っていた。
時計を見た時、なにかすることがあった気がして軽く不安になる。
ああ、音響から預かった本のことだ。
それを思い出してホッとする。
心置きなくゲームに戻ろうとしたが、なんだかそういうわけにもいかない気がしてきて、しぶしぶセーブをしてからパソコンの電源を落とした。

どこに置いたかいな。と、部屋の中を見回す。
するとベッドの上に放り出してあった。
『ソレマンの空間艇』石川英輔 作
とある。
そう言えばどういう話だったか思い出そうしていたのが途中だった。
俺はこたつに移動し、本を広げた。

その本は、文夫という少年が学者先生と浅間山に登山に出かけた時に、ソレマン人と名乗る宇宙人のUFOに捕らえられ、冒険をすることになる話だった。
実は現生人類以前に存在した地球上の知的生命体であったソレマン人たちが、旅立った先の遠い宇宙で滅亡の危機に瀕していて、それを救うため、かつて彼らの先祖が地球に残したというある遺産を一緒に探す、という筋だ。


55: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:23:57 ID:loeHvyRIOA

子どものころに読んだ時は、SFというちょっと大人のお話という感覚でいたのだが、今読むとやはりジュブナイルであり、文体には違和感があった。こんなだったかなあ、と。
しかしそれでも読み始めると意外に面白くて、俺はそのまま読み進めた。すると物語が佳境に差し掛かったあたりで、ふいに妙な文章が出てきた。
《そんなことより、遊ぼうよ》
ん? とそこで止まった。
地の文からいきなり読者へ語り掛けてきたのだ。不自然なメタレベルの文章だ。
次の一文を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
《うしろをむいてごらん》
地の文は続けて今この本を読んでいる俺に呼び掛けている。うしろをむいてごらん、と誘っているのだ。
これは……
気がつくとなんとも言えない嫌な耳鳴りがしている。空気がヒリつく。
呼び掛けの内容のことだけじゃない。俺は全く気づかなかったのだ。
今の今まで、同じ本を同じように読んでいるつもりだった。しかし、いつの間にか部屋の電気は消えていた。


56: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:28:10 ID:gGNvDtuvts

876 :本  ◆oJUBn2VTGE :2013/08/24(土) 00:25:28.47 ID:oCTAATKm0

部屋の中は真っ暗で、俺は一人闇の中に座り、本のページを開いていた。
あたりは、しん、としている。
明かりがないのに、本の内容が読める。
ゾクリとした。
これか。
俺は胸の中でそっと呟いた。

この感覚は確かに説明し難い。完全に視覚的なものではない。
普段この目で見ているように見えているわけではなかった。
だが、まるで視覚情報から抜き出されたような言語的な情報が直接頭の中に入り込んで来ている。
そしてそれが本来そこにあるべき視覚的情報を補い、あたかも幻覚のように文字を浮かび上がらせている。
頭で、目の前に文字があるように想像した状態がそれに近いだろうか。
闇の中で文字を想像した時、黒一色の世界に、同じ黒で文字が書ける。不思議な現象だった。

これだ。このことだ。
緊張しながら、今の状況を再確認する。なぜ部屋の電気が消えているのか。冷静に記憶をたどる。すると、直前に立ち上がり、電燈の紐を引っ張った自分を思い出す。
記憶が消えかけていたことにゾッとする。
思考でたどっても多分だめだった。直前の、立ち上がった身体の感覚がうっすらと、そしてそれでもまだ俺の脳に正しい情報を送ってくれたのだ。
なるほど。部屋の明かりは無意識に自分で消してしまうのか。消したという記憶とともに。
俺は異常な状況に背中をゾクゾクさせながら、《うしろをむいてごらん》という文字情報をもう一度確認する。何度確認してもそこに目を向けた途端、強制的に脳が文字のイメージを浮かび上がらせる。
振り向くか。
いや。
だめだ。
振り向いてはいけない。
そこには部屋の壁があるだけのはずだ。
だが、だめだ。
振り向きたいという欲求が、頭の中を嵐のようにぐるぐると回る。それでもその欲求が自分の中から出てきたものではないということが分かる。


57: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:31:57 ID:gGNvDtuvts

878 :本  ◆oJUBn2VTGE :2013/08/24(土) 00:29:15.16 ID:oCTAATKm0

耐え難い衝動に俺は耐えた。
そのページにはその文章だけが書いてある。
俺は次のページを捲らず、じっと考える。この異常な現象の根源のことを。
それは物質としてのこの本ではない。なぜなら燃やしても破り捨てても、『夜の書』は次の本へ移るからだ。
だったら根源とはなんだ。
このループはどうやって打ち破る?
思考が音もなく走る。

夜の書。
夜にしか読めない本。
夜にしか……

いつからかははっきりしないが、この怪現象が七不思議に数えられ、過去から現在までまだ続いているということは、現象を破るには誰もやっていないことをしなければならない。

考える。
考える。
なんだ。
それは、なんだ。

しばらく考えた後、俺は思考の流れを変えた。
逆はどうだ。誰もやっていないことをする、の逆。それは。
誰もがやったことをしない……
ハッとした。
誰もがやったこと。
誰もが。燃やした人も、ズタズタに破り捨てた人も。
誰もがやっていること。それをしなければいい。
俺はふいに、冷めていく自分に気づいた。
そうか。こんなことか。
肩の力がふっと抜けて、俺は闇の中で本を掴んだ。そのまま手探りでベランダのある窓の近くに持って行く。
そうして、本のページを開いたまま窓際に置いた。
欠伸をして、こたつに入る。最近は不精が過ぎてベッドにも入らず、こたつに首まで潜り込んで寝るのだった。
歯を磨いてないな、と思ったが、まあいいやと眠りに落ちた。


58: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:35:55 ID:loeHvyRIOA

879 :本  ◆oJUBn2VTGE :2013/08/24(土) 00:31:25.88 ID:oCTAATKm0



次の日、目が覚めるとカーテン越しに朝の光が眩しいほど射し込んでいた。天気予報通りの快晴だ。
こたつからムクリと這い出て、俺は窓際の本を確認する。昨日置いたままの格好で、本は朝の陽光を浴びていた。
開いているページには、昨日のソレマン人の遺産に関する物語の続きが載っていて、奇妙な文章など一つも見当たらなかった。もちろんどのページにもだ。
怪異の源はいまひとつはっきりしなかったけれど、たいていの夜の怪現象はこいつには適わない。
朝の光には。

これまでに恐らく誰もがやってしまったこと。
それは本を閉じてしまったことだ。つまり、夜中に開いた『夜の書』としてのページを閉じてしまい、結果として怪異の根源が朝の光を浴びることがなかった。
そんなことで良かったのに。
まあ、こんなもんかね。
俺は一晩中こたつに包まっていてこり固まった筋肉をほぐすべく、大きな伸びをした。


59: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:37:17 ID:loeHvyRIOA

次の日の夜、俺はまた自分の部屋で『ソレマンの空間艇』を通して読んでみた。最後まで読んだが、特に異変は起こらなかった。
その後、電気を消してみたが、開いたページのあたりにはやはり何もなかった。暗闇があるだけだ。

念のためにもう一日様子を見てから、俺は音響を前回のカレー屋に呼び出した。

概要を説明し、本をテーブルに置いてからそっちへ押しやる。
「朝の光で、ねえ」
ふうん、という表情で音響は小さく頷いている。
「死んだの?」
本を指さしてそう訊くので、「たぶん」と答える。
「燃やした時と同じで、結局別の本に逃げてるとか」
「それはないな」
たぶん、と付け加える。


60: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:40:02 ID:loeHvyRIOA

880 :本  ◆oJUBn2VTGE :2013/08/24(土) 00:33:15.52 ID:oCTAATKm0

図書館の膨大に存在する本のどれかに逃げたかも知れない、なんて言われてもすぐには確認のしようがないが、そのことにはついては自信があった。
何故かと言われても上手く答えられないのだが、俺のこれまでの経験に裏打ちされたカンだ。
なにより、ループを破る方法を思いついた瞬間に冷めてしまった自分自身と、こたつに入って眠ったその俺になにも出来なかったという、怪現象としての、こう言ってはなんだが、しょぼさ、がそれを補強している。
音響も似たような感想を持ったのか、あっさりと納得したようだ。
「ありがとう。さすが」
さすが、の後、師匠のしの字が続く前に俺は被せて言った。
「お前、いつまでこんなことに首突っ込んで行くつもりだ」
するとキョトンとして、「だって」と言うのだ。
「だって、これからじゃない。大学に入ったら、もっと色々楽しいことできそうだし」
その言葉を聞いた瞬間、自分が老人になってしまったように感じてしまった。


61: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:41:36 ID:loeHvyRIOA

そうか、こいつはこれからなのか。
俺がオカルト道にどっぷりと浸かって無茶ばかりやっていたあの無軌道な日々が、こいつにはこれからやってくるのか。
自分にはもう戻って来ない時間が全方位に向かって開かれている少女に、目を開けられないような眩しさを感じて俺は目を逸らした。

「そういえば」
と、音響はカレーを掬おうとしていたスプーンを止める。
「昨日瑠璃ちゃんに会ったよ」
一瞬意味が分からず、「アメリカへ帰ったんじゃないのか」と言いそうになってから、「ああ、そういうことか」と一人ごちた。
「わたし、地元の大学に行くのはさ、瑠璃ちゃんと遊びたいってのもあるんだよね」
「あいつ、この街にしかいられないのか」
「うん」
そうか――

The king stays here,The king leaves here.

ふいに、頭の中に瑠璃の好きだった言葉が蘇った。


62: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:44:01 ID:loeHvyRIOA

881 :本  ◆oJUBn2VTGE :2013/08/24(土) 00:35:35.67 ID:oCTAATKm0

王は留まり、王は離れる。
自分の名前を紹介する時に、いつも好んでこの言葉を使っていた。
もちろん本名ではない。自分でつけた名前だ。
それは本来彼女の顔のある部位を端的に表す言葉だったが、ここに奇妙な符合が生まれていた。

I stay here, I leave here.

キングを自分に変えることで、生まれついて彼女に起こっているその不思議な現象を表す言葉になるのだ。それも、ニューヨークへ帰った彼女を表す時にはその言葉が逆転する。
面白いな。

俺は人間を取り巻く、目に見えない偶然というものや、運命というものを改めて感じた。
「今度会ったら、目を傷めないように気をつけろって言っておいてくれ」
「なにそれ。カラコンのこと? 瑠璃ちゃん、もうしてないよ」
 音響が不思議そうにそう言う。
「いや、いい」
 俺は、見えざる悪意の主要な標的となった四人の、ある共通点のことを考えていた。四人のうちの三人。それが偶然なのか、そうでないのか、すべてが終わった今でも分からないのだった。


63: 本 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:45:54 ID:gGNvDtuvts

カレーを食べ終わったころ、腰を浮かしかけた俺に音響が言う。
「じゃあ、春からよろしくね、師匠」
相変わらず上から下まで黒尽くめの格好でそんなことを言うのだ。
腹の内を読み取れない表情で。
俺は一瞬、自分が別の人間になったような錯覚に陥り、うろたえた。
うろたえながらも、なんとか言い返したのだった。
「受かってから言え」

 師匠だと? この俺が。
 これまでただイタズラのようにそう呼ばれていたのとは違う、ぞわぞわする感覚があった。
これについては断じて運命ではない。と、思う。
しいて言えば……
しいて言えば、そう。

やっぱり、no fate ということになるんだろう。

(完)
64: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/1/30(月) 03:47:04 ID:loeHvyRIOA
今夜は、以上です。

【了】
65: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:17:29 ID:z881GwDpBI

1です。次に投下するのは『ペットの話』です
ウニさんは最初『喫茶店の話』を書いた際、○○の話、というタイトルは「これは怖くない話です、だけど、伏線になったり登場人物の誰かに関係のある話ですよ」という意味で使っていたそうです
しかし次の『すまきの話』で一気に怖くなってしまったので、怖くても怖くなくても別にいいや、となってしまったようです
さて、この『ペットの話』は…?


66: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:20:35 ID:UjZCWpAm.I

『ペットの話』

京介さんから聞いた話だ。


高校一年生の春。
私は女子高に入ってからできた友だちを、自分の家に招待した。ヨーコという名前で、言動がとても騒がしく、いつもその相手をしているだけでなんだか忙しい気持ちになるような子だ。
そのころの自分にできた、唯一の友だちだった。
私の家は動物をたくさん飼っていて、その話をすると「見たい見たい」と言い出してきかなかったのだ。
「でか。猫でか!」
リビングで対面するなり、ヨーコはそう言って小躍りした。
「名前は? 名前」
「ぶー」
「ぶー?」
妹や母親は『ぶーちゃん』と呼んでいる毛の長い猫だ。アメリカ原産のメインクーンという種類で、子猫の時に知り合いからもらってきたのだが、元々かなり大きくなると聞いていたのに、さらにこいつは底なしの食欲を発揮するに至って、実に体重は十キロを超えてしまっている。『ブマー』というのが彼の本名だが、家族の誰も今はそう呼ばない。
「重っ」
ヨーコはぶーを抱きかかえて嬉しそうに喚いている。ぶーは身じろぎするのもめんどくさい、というように眠そうな顔をしてされるがままになっている。
その騒ぎを聞きつけてラザルスが部屋の中にやってきた。
「あ、犬だ」
ウェルシュ・コーギーという種類で、とても賢い男の子だ。おとなしく、また言いつけをよく聞くので室内で飼っている。こげ茶色の背中に、胸は白い。手足が短くてちょこちょこと走るのでかわいらしい。成犬だけど小柄なので、猫のぶーと同じくらいの大きさに見える。

67: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:22:09 ID:UjZCWpAm.I

ラザルスは舌を出しながら、ぶーを抱えたヨーコの周りをくるくると回転し始めた。ぶーは抱きかかえられたままその動きを目で追っている。
ヨーコは「わわわわわ」と言いながら同じようにきょろきょろしてはしゃいでいる。
うちには他にも「もも太」という名前の雑種のオス猫がいるが、いつも外に遊びに出ていてあまり家には帰ってこない。
「お姉ちゃん、お客さん?」
いつの間に帰ったのか、妹までも制服のまま顔を覗かせた。
「そうだよ。お前、いいから引っ込んでろ」
友だちに家族を見られるのが気恥ずかしくて、邪険に追い払うと、妹は「べ」と舌を出して顔をしかめて見せた。そして廊下から首を引っ込める。
ヨーコは驚いて目を丸くしていた。妹の消えた廊下の方を指差して「まじで?」と訊いてくる。そうだよ。と答えておいた。
それからひとしきりぶーとラザルスに遊んでもらった後、ヨーコは「他には? 他には?」と訊いてくる。
「あと、九官鳥の『ピーチ』と、ハムスターを二匹飼ってる」
私がそう言うと、ヨーコは少し顔色が悪くなった。「ハムスター飼ってんだ……」と強張ったような表情を浮かべる。
どうしたんだろう。
「いや、子どものころ毒ハムに噛まれてから、どうも苦手なのさ」
毒ハムスター? 冗談のわりには嫌に真剣な口調だった。
「好きなんだけどね」と空笑いをしている。よく分からない。
「見るだけ見るか?」と訊くと、「……うん。見るだけ見る」と言うので隣の部屋に案内する。
棚の上にオレンジ色のケージを置いていて、その中にゴールデンハムスターのつがいを飼っていた。そのころはなかなか子どもを生まないなあと思っていたのだが、後に分かったところによると、結果的に両方オスだったので無理からぬことだった。


68: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:24:32 ID:UjZCWpAm.I

「かわいいなあ」
ヨーコは部屋の入り口のドアの後ろに隠れ、顔を半分だけ出してそう言う。そんなに離れていたらよく見えないだろうに。
「毒なんてないよ」
人に慣れているから、よほど気が立ってない限り、指を差し出しても噛まれることはなかった。しかしそう言って呼んでもヨーコは頭を振る。
後から知ったのだが、ヨーコはハムスターにアレルギーを持っていて、その抜け毛やフケにも反応して、咳き込んだり発疹が出たりする身体だった。以前友人の家でハムスターに噛まれた時にはショック症状を起こし、救急車で運ばれることになったのだそうだ。
それでもよほどハムスターが好きなのか、ヨーコにはその後も時々市内の百貨店にあるペットショップに行くのに付き合わされた。そんな時ヨーコは離れた場所からハムスターのコーナーをじっと見つめていて、その小動物たちがどんな様子か逐一私に訊いてきた。そのたびに私は苦笑しながらエサを食べる様子や小さな手の動きなどを身振り手振りで説明したものだった。照れくさいというより、正直恥ずかしかったが、嬉しそうなヨーコを見ていると、そんな思いもどこかへ行ってしまった。
「こっちがピー助だ」
私は部屋の隅にいた九官鳥のピーチを鳥籠ごと持ち上げて、ドアの方へ向かった。
ヨーコが部屋の中に入ってきそうになかったからだ。
「わー、かわいい」
そんなことを言うヨーコの脇をすり抜けて、元のリビングに戻る。ピーチは自分の居城が動き出したことに興奮して、頭を振りながら甲高い声でさえずっている。
背の低いタンスの上に鳥籠を乗せるとピタリと鳴きやみ、今度はここが城下町かい、とでも言うようなふてぶてしい顔で周囲を見渡した後、またピョロピョロと鳴き始める。
「ピースケちゃん」とヨーコが呼びかけると、ピーチはすぐに返事をする。
「ピーチャン、ピーチャン」
「男の子?」
「そう」
「ソウ、ソウ、ピーチャンイイコ、ピーチャンイイコ」
ピーチは鳴きながら鳥籠の中を歩き回る。
「ピー助、ももたろうは?」
私がそう言うと、首を傾げる。
「むかし、むかし、あるところに」
導入部分を口にすると、やがて真似をするように「ムカシ、ムカシ、アルトコロニ……」とやけに低い声で始める。ピーチはこれが得意なのだ。


69: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:32:29 ID:z881GwDpBI

「オジーサント、オバーサンガ、スンデ、オリマシタ、ピョロピョロ……」
「すごーい。上手」
ヨーコが手を叩いて喜んでいる。
ピーチのももたろうは、結局猿を仲間にしたあたりでまた最初のムカシ、ムカシに戻ってしまい、鬼が島までは到着しなかった。
以前父親が頑張って教え込んでいた時には、鬼をやっつけて故郷に凱旋するところまで通して言えたのだが、少し時間が空くともう忘れてしまうものらしい。
私が分析するに、犬、猿、キジを仲間にする過程で、焼き回しというか、同じ展開が繰り返されるのが一番の原因ではないかと思う。
「オコシニツケタ、キビダンゴ、ヒトツ、ワタシニ、クダサイナ」という印象的なフレーズがあるが、犬を仲間にしたあと、また猿の時にも繰り返されるので、そこでわけが分からなくなるらしい。
それでもヨーコは大喜びで、餌をやっていいか、とせがんできた。仕方がないのでオヤツを少しだけあげることにして、大好きなひまわりの種をいくつかヨーコに持たせ、それを鳥籠越しに手ずから食べさせた。
ピーチがくちばしを伸ばしてくるたびにヨーコはきゃあきゃあと騒ぐ。
その騒ぎを訊きつけてまたラザルスが尻尾を振りながらリビングにやってきて、ふんふんとヨーコの足のあたりを嗅いで回る。
「ねえ、ピースケちゃんはどこかで買ったの? 人にもらったの?」
「ああ、親戚からもらった。三歳の時にもらって来て、今二年目だから、四歳か五歳くらいだな」
「ふうん。うちも九官鳥とかオウムを飼いたいなあ」
無邪気にそう言うヨーコに、軽いいじわるのつもりで私はこんなことを言った。
「でも、こいつはたまに気持ちの悪いことを言うぞ」
「ええ? 気持ちの悪いことってなに」
「……誰も教えてないこと」
それを聞いてヨーコは少し気味悪そうな顔をした。
そもそもピーチは親戚の家で飼われていたが、その家のお祖父ちゃんが亡くなった後、奇妙な言葉をさえずり始めたのだ。
「メシガマズイ。アジガシナイ。メシガマズイ」
「タバコガナイ。タバコヲスイタイ。タバコスワセロ」
いずれも亡くなる前の入院中に祖父が口にしていたことだ。そんな言葉を生前の祖父は家で口にしたこともなかったのに。
それだけではなく、まるで祖父そのもののように、小言めいたことを喋ることもあった。
「トイレノ、トハ、チャントシメナサイ」
「ヤサイハ、サイゴノ、ヒトカケマデ、ツカイナサイ」
などのような言葉だ。それらだけならば、普段から祖父が口にしていたので、ピーチが覚えていてもおかしくはないのだが、祖父が亡くなってまだひと月と経っていないころに、ふいにこんな言葉を発したのだ。


70: ペットの話 ◆LaKVRye0d.:2017/2/3(金) 01:34:45 ID:UjZCWpAm.I

「カミダナニハ、チャント、シロイカミヲ、ハリナサイ」
確かにピーチは神棚に白い紙を貼れ、と言った。家族は始めなんのことか分からなかったが、あまりその言葉を繰り返すので気味が悪くなり、近所の年寄りに訊いてみると、それは古来からの風習の一つだった。
神棚封じ、と言って、その家から人死にが出ると四十九日があけるまで白い紙で神棚を封じ、拝んだりもしてはいけないのだそうだ。
黒不浄、つまり死の穢れを神棚に近づけないためだ。
しかしそんなことは家族の誰も知らなかった。そんな慣習を知っているのは古い人である祖父くらいだったからだ。ピーチはまるで祖父が乗り移ったかのようにそのことを教えてくれたのだった。
そんなことが続き、気味悪がったその親戚の家はピーチを手放すことにした。そこで動物好きの私の両親の悪い癖が出て手を挙げ、うちにもらわれてきたという経緯だ。

前の家で喋っていたようなことも段々と口にしなくなり、というよりもうちの家族みんながこぞって好き勝手なことを覚えさせようとするのでトコロテン式に忘れていった。特に、親戚が怖がっていた、亡くなったお祖父ちゃんのような口ぶりの言葉は、うちに来てからはピタリと止まり、本当にそんなことを言っていたのかと逆に疑ったものだった。

しかし、親戚の話の裏付けは別のところからやってきた。ピーチがうちの家族になってから半年ほど経った時、急に「コロシテヤル」という汚い言葉をさえずり始めたのだ。
本人はいたって楽しそうにさえずっているのだが、聞いている方はゾッとした。
誰が教えたのか、犯人探しが行われたのだが、家族みんなが知らないという。私も身に覚えはなかった。
テレビを置いていない部屋で飼っていたので、勝手に覚えることはない。家族の誰かが教えたはずなのだ。犯人と疑われた妹が憤慨して、プチ家出をしたのを覚えている。
結局どこでその「コロシテヤル」という言葉を覚えてしまったのかは分からなかったが、ピーチはそのころから時おりそういう誰も教えていないはずの言葉をさえずるようになった。


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名前:
sage:


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うpろだ
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