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師匠シリーズ《続》
[8] -25 -50 

1: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/1/24(火) 20:30:02 ID:1lmoPahM2s

ここでは、まとめの怖い系に掲載されている『師匠シリーズ』の続きの連載や、古い作品でも、抜けやpixivにしか掲載されていない等の理由でまとめられていない話を掲載して行きます

ウニさん・龍さん両氏の許可は得ています

★お願い★

(1)話の途中で感想等が挟まると非常に読み難くなるので、1話1話が終わる迄、書き込みはご遠慮下さい
(代わりに各話が終わる毎に【了】の表示をし、次の話を投下する迄、しばらく間を空けます)

(2)本文はageで書きますが、感想等の書き込みはsageでお願いします

それでは皆さん、ぞわぞわしつつ、深淵を覗いて深淵からも覗かれましょう!!





406: 幽霊物件 ◆LaKVRye0d.:2017/3/26(日) 02:11:12 ID:di6NFRnXyA




その日の夜。僕らは102号室の依頼人の部屋にいた。
目の前には月明かりに浮かび上がった首吊り死体がある。いや、実体はない。首吊り死体の霊だ。
生前、田岡早苗と呼ばれた女子生徒だった。今ではただ、寒々とした部屋でなにも言わずドアに背中をつけてぶら下がっている。口から出た舌はだらりと伸び、それでも苦痛の表情を浮かべず、ほぼ無表情で目を見開いている。ぞっとする姿だった。
「会ってきたよ。あなたの恋人に。酒井良平。大学生だったんだね。高校生だったあなたには、ずいぶん大人に見えたんだろうね」
師匠はその首吊り死体の霊に語りかける。
「遊び人だったんだな。あなた以外にも付き合っている女は何人かいたみたいだ。一度部屋に上げたのも、気まぐれだったってさ。そんなまだ子どもの女子高校生が、結婚してくれないと死ぬ、なんて思いつめちゃって、困ったって。もう別れる、なんて言っても聞きやしない。死ぬ死ぬ死ぬの繰り返し。だったらしね(1注:原文は漢字です)って言ったんだってね。リストカットは致死率の低い自殺方法だ。成功率は5%もないくらい。何度か未遂を繰り返したある日、あなたはとうとう本当に死んでしまう」
開け放ったベランダの窓から、さらさらと木の葉を揺らす風の音がする。張り詰めたような月の光を背負い、師匠は真っ直ぐに前を見据えて続ける。
「自分の家の浴槽に身を横たえて。たった1人で。酒井良平はそのニュースを見て、驚く。それでも自分には関係がないと、言い聞かせて。でも次の日の夜。あなたはこの部屋で首を吊った。死んでなお、恋人に自分の思いの深さを知って欲しかったから。どれほど愛していたかを、知って欲しかったから。あなたは、霊魂になってから、首を吊ったんだ。舌が伸びているのは、ドラマで見たことがあったから。首吊り死体について知っていることは、無意識に再現した。そうなるはずの死体になりきるために。でも喉の爪痕は知らなかったんだね」
師匠は静かに語り掛ける。
田岡早苗の霊は、なんの表情も浮かべないままだ。
「酒井良平は驚いた。死んだはずのあなたの霊が部屋に現われたことに。そして次の日、すぐさま引越しをする。あなたは彼の引っ越し先を知らない。次の日の夜もこの部屋に出た。首吊り死体の霊として。だれもいない部屋に。次の日も、その次の日も。だれもいないこの部屋に。そうして数年が経ち、住人が入れ替わっても、あなたはこの部屋に現われた。思いは消えない。消えていない。恋人はあなたの元を去ったけれど、ほかにどうしようもなかった。いつかまた、恋人がこの部屋に戻ってきて、俺が悪かった、結婚しようと言ってくれるかも知れない。その日が来るまで、あなたはこの部屋から離れられなかったんだ」
違うかな。
師匠は首を軽く傾けた。死体の霊は何も語らない。


407: 幽霊物件 ◆LaKVRye0d.:2017/3/26(日) 02:14:19 ID:F.ceRSUuyA

「だけどあなただって本当はわかっている。恋人はもう戻ってこない。あいつは、たくさんいる女友だちの1人としてしか自分を見てくれていないことも。高校生はめんどくせえ。友人にそう言っているのを、あなたに聞かれてしまったこともあったんだってね。あいつは女たらしのクソ野郎だ。私も話していて胸糞が悪くなったよ」
師匠はそこで言葉を切り、ゆっくりと酒井良平の住所を告げた。
「あいつは今、そこにいる。もうこの部屋に出るのはよせ。でも、今のあいつの部屋に行くのもよしなよ。くだらないから。なにもかも」
師匠は右手を挙げて見せた。手のひらから、拳にかけて包帯が巻かれている。
「話していて、つい手がでちまった。まさか殴るつもりはなかったんだけどな。あなたのやりたかったこととは、違うだろうけど。ちょっとは気が晴れたかな」
師匠がそう笑いかけると、首吊り死体はゆらりと揺れた。
「あ」
見ている僕らの前で、その姿が徐々に薄くなっていった。存在が揮発していく。音もなく、溶けるように。すべてが消え行くその瞬間、表情のないその頬に、一筋の涙が流れたような気がした。
「消えた」
息を飲んですべてを見守っていた依頼人の三好が、そう呟いた。
「消えた」
もう一度繰り返す。
いつもの霊の消えるときとは、あきらかに様子が違うのだろう。今度は本当に、そして永遠に消えてしまったのかも知れない。
「凄いな、あんた」
三好は真剣な表情で師匠を見つめる。僕もまた、同じ気持だった。
「多分、もう出ないと思うよ。一応念のため、今夜はまた友だちのところにでも泊めてもらって、この部屋にはいない方がいい」
明日また見にくる、と言って、師匠と僕は102号室を出た。
「あ〜、終わったぁ」
師匠は両手を上げて伸びをしながらそう言った。
「幽霊が首を吊るなんて、そんなことがあるんですね」
僕がそう言って感慨深い溜め息をついていると、師匠はこちらを振り返る。
「盲点だったな。浮遊霊なら色々な現れ方をするけど、ああいう一見典型的な地縛霊に見えるやつが、そういうことになるなんて。思いつかなかった。奥が深いな」
この世界は。
そう言いながら、師匠は右手の包帯をクルクルと剥がし、近くのゴミ袋に投げ捨てた。
 

(完)


408: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/3/26(日) 02:16:14 ID:F.ceRSUuyA

失踪(書籍版)、幽霊物件

【了】


409: 風の谷の名無しか:2017/4/2(日) 08:28:58 ID:7NpPPkRlYk
いつもありがとうございます!
加奈子さんの亡くなった原因は、いつかとりあげられるのかな〜
410: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/4/4(火) 02:46:32 ID:xvjAz8nVuI

>>409
有難うございます
私が把握してる限りでは未だ死因は出て来ませんが、いずれ書いて下さると信じて待ちます

すみません、次の更新予定作品は前・中編しか書かれておらず、後がまだ無いので後回しにしようかと思っていましたが、
現在発表されている話の残りがもう僅かなので、やはり書かれた順にしよう…とバタついている内に随分お待たせしてしまいました
一週間を目安に次の更新の予定ですが、いつもお待たせして申し訳ありません


411: 風の谷の名無しか:2017/4/27(木) 00:33:06 ID:78sJZ6mQ/g
帰って来るの待ってるよー
保守保守
412: 風の谷の名無しか:2017/5/12(金) 08:44:58 ID:Q1b1gahRH.
お帰りお待ちしてます♪
413: 風の谷の名無しか:2017/5/18(木) 16:35:08 ID:ei9QG12O.w
保守
414: 風の谷の名無しか:2017/6/4(日) 23:54:06 ID:yYo5iIviSU
保守保守
415: 風の谷の名無しか:2017/6/12(月) 18:06:00 ID:T1T6IXCxRQ
保守
ずっと待ってます!!
416: 風の谷の名無しか:2017/6/21(水) 00:14:46 ID:7iX.2xWtjE
保守
417: 風の谷の名無しか:2017/7/7(金) 13:04:22 ID:1ZO2afkhOQ
ほしゅ
418: 風の谷の名無しか:2017/7/27(木) 02:22:40 ID:3i5sHT.5WI
ほす
419: 風の谷の名無しか:2017/8/19(土) 01:18:07 ID:a7TtWoh1Kk
保守
420: 風の谷の名無しか:2017/9/6(水) 04:02:06 ID:Vu4LcD4XH.
待ちます
421: 風の谷の名無しか:2017/10/4(水) 21:31:35 ID:a0tuh2oODQ
ほしゅ
422: 名無しと申します:2018/7/16(月) 00:00:12 ID:UYS2vbUMHY

423: 令和最初の名無しさん:2019/8/25(日) 18:51:42 ID:xGb3eNc5qw
保守
424: 令和最初の名無しさん:2019/10/27(日) 17:37:48 ID:EDMJho3bZ2

425: 東京名無しンピック2020:2020/10/19(月) 21:51:18 ID:DVkLhpvj66

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