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師匠シリーズ《続》
[8] -25 -50 

1: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/1/24(火) 20:30:02 ID:1lmoPahM2s

ここでは、まとめの怖い系に掲載されている『師匠シリーズ』の続きの連載や、古い作品でも、抜けやpixivにしか掲載されていない等の理由でまとめられていない話を掲載して行きます

ウニさん・龍さん両氏の許可は得ています

★お願い★

(1)話の途中で感想等が挟まると非常に読み難くなるので、1話1話が終わる迄、書き込みはご遠慮下さい
(代わりに各話が終わる毎に【了】の表示をし、次の話を投下する迄、しばらく間を空けます)

(2)本文はageで書きますが、感想等の書き込みはsageでお願いします

それでは皆さん、ぞわぞわしつつ、深淵を覗いて深淵からも覗かれましょう!!





317: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:35:20 ID:.b2ry9Rk3M

 完全にオンラインゲームに依存しており、そののめり込みぶりは相当な重症だった。寝ても覚めても考えるのはゲームのことばかりだ。ちかごろはパチンコに行く暇も惜しんで、仮想空間での冒険に没頭していた。
 パソコンのある机の前に座ったまま手が届くよう、冷蔵庫の位置を変え、トイレに立つ時間以外は延々とオンラインゲームをプレイしていた。
30時間ほどぶっ通しでプレイすることもしばしばで、疲れ果てて寝るときも目覚まし時計を3時間後に設定して布団に入る徹底振りだった。寝るときはすべて仮眠、が日常のキーワードだった。
 その日も、買い込んだ食料を自転車のカゴに乗せ、MMO世界の入り口である部屋へ急いでいた。
 我が大学前の通りを抜けるとき、ふと見覚えのある自転車が停まっているのを見つけてペダルをこぐ足を止めた。
 そこは学生が集うゲームセンターで、俺も1、2回生のころはよく遊びに来ていたものだ。
 もうどのくらい来ていないだろう。アーケードゲームのラインナップも知らないものばかりになっているに違いない。
 すぐに出てくるつもりだが、食料を盗まれないように念のため、入り口の自動ドアからよく見える位置に自転車を停め、ゲームセンターのなかに入った。
 薄暗い店内で、たくさんの学生たちがたむろしている。メダルゲームやUFOキャッチャーの類を置いていない、割と硬派な店だ。格闘ゲームがメインで、人気台の近くには大勢の若者が囲むようにして対戦を眺めている。
 そんな店だから当然のことだが、男ばかりだ。狭い空間に男たちがひしめき合い、仲間内で奇声をあげているやつらもいる。ほとんどなにを言っているのかわからない。少しゲームセンターから離れた身からすると、異様な空間だということを再認識させられる。
「このキスケ、ウソをつく男に見えますか!」
 そんな奇声を耳にして、そちらに近づいてみる。ギルティギアという格闘ゲームらしい。人気があるらしく、その一角はとりわけ人だかりができていた。
 筐体の画面を覗き込むと、紙袋を被った変な男が倒れていて、その前で貴公子然としたキャラクターが細身の剣を持って決めポーズを取っている。
 勝ったほうのプレイヤーが立ち上がってあげたその奇声に、周囲はやんやの喝采だった。


318: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:38:05 ID:.b2ry9Rk3M

 筐体の前に座るそのプレイヤーは小柄で、ボサボサの頭を無造作な手つきでボリボリ掻いている。前髪は伸ばし放題で、ほとんど目元まで隠れていた。そしてなぜか大型のヘッドホンを耳につけている。
 服装は上下ともジャージだったが、ヨレヨレで、その下からシャツが左側の半分だけはみ出ている。一見してだらしない格好だった。
「くっそー」という声とともに、反対側の筐体の男が席を立ち、すぐに別の男が入れ替わりに座った。
 改めて、なんとも言えない気持ちの悪さを感じた。
 しかし、すぐに自分の顎に手をやり、その無精ひげの手触りに、(他人のことは言えない)と苦笑する。オンラインゲームにハマッて世捨て人同然の暮らしをしている己を省みての、冷静な評価だった。
 立ち上がっていた小柄なプレイヤーが、また席に座ろうとした瞬間、俺と目があった。向こうの目は髪で隠れて見えないが、反応からすると間違いなく目が合ったのだろう。ギョッとしたようだった。
 すぐに新しい対戦に入ったが、剣を持ったキャラクターの動きは悪く、あっという間に修道女のようなキャラクターに連敗してしまった。
 さっきの勝ち名乗りの威勢はどこに行ったのか、小柄なプレイヤーはそそくさと立ち上がり、次の人に席を譲った。そして、俺のほうに歩み寄ってくる。
「おまえ、なにやってんの」
 こちらからかけた言葉に、「しーっ、しーっ」と人差し指を口に立てて、そいつはそのまま店の外へ向かった。
 ゲームセンターを出てから、改めて俺はその格好を上から下までしげしげと見回した。
「なんでわかったんですか、師匠」
 さっきと声色が違う。男の声から、女の声に変わった。
俺が『音響』と呼んでいる小娘だった。この春で大学2回生になったはずだ。
「あいつら、大学の同級生なんですよ。私だって全然気づかないでやんの」
 そう言って、顎を店内に向ける。ボサボサの前髪の奥で、目が笑っていた。
「なのに、なんでわかったんですか」
 音響は、大学に入ってから興信所でバイトを始めていた。雑居ビルのなかにある、服部調査事務所という小さな興信所だ。
 音響は形から入るのが好きなのか、尾行用に変装の練習をいつもしている。服部所長直伝の尾行術だそうだ。


319: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:40:39 ID:.b2ry9Rk3M

 中学、高校時代は常にゴスロリ姿をしていたが、今ではその格好をあまり見なくなった。
 去年、つまり大学1回生の秋に、大学の学園祭でミスキャンパスのコンテストがあったのだが、音響はそれにゴスロリ姿で参加し、惜しくも2位になったのだそうだ。
 その際、「もう駄目だ」と言って、壇上から逃げたという話を人づてに聞いた。
 なぜ逃げたのかよくわからないが、とにかくそれ以来ゴスロリをやめたのかも知れない。
「どこでバレたんだろう」
 音響は自分の格好を眺めてぶつぶつ言っている。
 耳につけている大きなヘッドホンから、シカシカと音が漏れているのに気づいて、俺は「よく音楽聴きながら人と喋れるな」と言った。
 ジャージの上着のポケットからヘッドホンまで、黒いコードが延びている。
「音楽じゃないです」
 そう言って音響はヘッドホンを耳から外して、差し出してきた。俺はそれを受け取り、片方の耳にくっつける。
 ヘッドホンからは、外国語の会話が流れていた。
 英語じゃない。ドイツ語でもない。何語だ。これは。
 変な顔をして耳を傾けている俺を見て、音響は「スペイン語です」と言った。
 そう言えば、こいつは高校時代からアメリカに語学留学するくらい英語が得意だった。大学ではフランス語を習っていると聞いていたが、それだけではなく、さらに他の国の言語まで身につけようとしているのか。凄いバイタリティだ。
 感心していると、音響は自分の自転車を見て、なにかに気づいたようだ。
「これか!」
 そう言って、悔しがっている。
「まあ、そういうことだ。つめが甘いな」
 俺はそう言って、ヘッドホンを返そうと差し出したが、音響は自転車に目を落とし、「リバーシブルにできないかな」などと呟いていて、気づかない。
 仕方なく、ヘッドホンを無理やり元の場所に戻そうとすると、ボサボサの髪で耳が隠れていた。数年来のつきあいの気安さで、なんの気なしに髪をどかしながらヘッドホンを取り付ける。
 その瞬間、髪の毛に隠れていた、こめかみの下あたりに伸びる傷が目に入った。刃物傷だ。
 心臓が冷たくなる。
 俺のなかの負い目が、体のなかでモゾリと顔を上げる。嫌な記憶が蘇りかけるのを抑えようとした。


320: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:43:29 ID:igNubrZ3Ko

 音響は「やん」などと言ってヘッドホンに手をやったが、俺の様子に気づいて体を起した。
「最近思ったんですけど」
 音響は傷が隠れるように髪を直しながら、軽い口調で言った。
「『助けて』って言葉は、どこの国の言語でも短い音節なんです。英語だと、『ヘルプ』だし、フランス語なら『オスクール』、スペイン語なら『ソコーロ』、中国語なら『ジゥミンア』と言ったりします。言葉の成り立ちにかかわらず、悠長に言えない言葉だから、短いんだと思います。『熱い』とか『痛い』も同じです。『助けて』が短かければ短いほど、その国で生きることの過酷さを表しているような気がするんです。いつか、『助けて』が冗談みたいに超長い国に行ってみたい。そこで暮そうとは思わないけど、そこで暮す人たちを見てみたい」
 こいつは、強いやつだ。
 助けられなかった俺の、負い目がそう囁く。
 音響はヘッドホンを外し、自転車のカゴに放り込んでいた帽子を入れ替わりに手に取って、頭をねじ込んだ。
 ちかごろ愛用のハンチング帽子だ。いかにも探偵らしい帽子だった。俺は自転車よりも、むしろこちらで持ち主がわかったのだった。
「おまえ、似てきたな」
 俺のオカルト道の師匠が後生大事に隠し持っていた黒いキャップを見つけたとき、音響にあげたはずなのだが、やつは断固としてそれを被らなかった。
 これを被るべき人間は別にいる。そう言っていた。
「え。なんです?」
「いや……」
 俺は今晩予定されているオンラインゲームの大型イベントのことを考えた。早く帰って、祭りに備えないと。
「じゃ」
 そう言って立ち去ろうとした俺に、音響は「師匠、今夜ヒマですか」と訊いてきた。


321: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:47:09 ID:igNubrZ3Ko

「凄い心霊スポット見つけたんです。久しぶりに一緒に行きましょうよ」
 ニコリとしてそう言うのだ。
「忙しい。無理」
「うそでしょう。ゲームばっかやってると、バカになりますよ」
 食い下がる音響を振り切って、俺は家路に就いた。
『師匠』ねえ……。
 師匠らしいことなんてした覚えがない。音響は放っておいても1人で成長していった。
 彼女は服部調査事務所で、『オバケ』と呼ばれる奇妙な事案を、時に失敗しながら、少しずつ解決していた。
 その興信所が小川調査事務所という名前だったころに、その周囲を彩った『写真屋』や、『情報屋』などといった人間たちが、いま音響の周りに再び集い始めていた。
 まだまだ頼りないところもあるが、彼女の進むべき先を、まばゆいばかりの輝きが照らしている。
 俺はその輝く道に背を向けて、自転車のペダルをこぐ足を速めるのだった。



「うそだろ」
 フィールド上で固まった俺の氷魔法使いを見て、キーボードをガチャガチャと叩く。ラグ落ちだ。
 テレホーダイというNTTのサービスがある。夜の11時以降の電話料が定額になるというものだ。インターネットに長時間接続するオンラインゲームプレイヤーは、よくこのサービスを使っていた。そのため、この『テレホタイム』には大勢のプレイヤーが大挙してMMO世界にやってくるので、サーバーが重くなるという弊害あった。
 俺はウインドウズキーを押してGを強制終了させた。俺のパソコン上はGの世界が完全に動きを止めているが、他の人から見るとはそうではない。止まっているのは俺だけだ。いくら無抵抗でも、そこそこのレベルに達している俺の氷魔法使いを殺せるモンスターは、そのマップにはいないはずだったが、他のプレイヤーになにをされるかわからない。アイテムを盗む『ルーター』や、プレイヤーキャラクターを狙って殺しにくる『PK』といった迷惑なことをするやつらが、G世界には溢れていた。


322: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:51:28 ID:.b2ry9Rk3M

「急げ急げ」
 俺はデスクトップのGアイコンをクリックして、再度オンラインの世界に入り込む。
 今夜から明後日まで、フィールドのモンスターが一定の確率で特殊な宝箱を落とすようになっているのだ。稀少なアクセサリー類をゲットしたという報告が、すでに2ちゃんねるのGスレに書き込まれ始めている。
 もう1台のパソコンでそれらの情報を確認しながら、俺は同時進行でGをプレイしていた。いざとなったら、デュアルプレイもできる。
 今日はテレホタイムを加味しても接続プレイヤーがめちゃくちゃ多い。祭り状態だった。いやがおうにもテンションが高まる。明日卒論指導があるはずだが、俺は早くも家から出ない方向で予定を変更しつつあった。
 卓上の携帯電話が鳴った。
 画面を見ると、音響からの着信だった。とりあえず無視していると、かわりにメールがきた。
『かわいい弟子が遊びにきたよ』
 そして外からドアを叩く音が聞こえてきた。
「師匠、いるのはわかってるんだ。でてこい」
 ガンガンとドアを叩く音と、そんな声が聞こえる。
 何時だと思ってるんだ。近所迷惑な。時計を見るとちょうど日付が変わるところだった。
「心霊スポット行こうよ。今度のは凄いから。おい、こら聞いてんのか師匠」
 ガチャガチャ。ガンガン。
「女の子が夜中に部屋の外で1人なんて、物騒ですぞ!」
 うるさい。
 それどころじゃないんだ。今、宝箱から最強の指輪ゲットの報告があって、その真偽でスレが荒れている。マジなら、卒論指導どころじゃない。明後日までノンストップで狩りを続けなきゃ。
「今日は瑠璃ちゃんも来てるよ。久しぶりでしょ、師匠。凄いよ瑠璃ちゃん。今日凄い綺麗な格好だよ。美女ッスよ。ハリウッド女優みたいになってるよ!」
 天の岩戸か。
 心のなかで突っ込みながらも、俺はマウスを操作する手を止められない。
 本当に瑠璃が来ているなら、鍵を開けられるはずだ。その気配がない以上、音響のブラフに決まっている。
「でてこい師匠。ネトゲばっかやるな。現実を直視しろ」
 直視しているよ。仮想現実こそが俺の居場所だという現実を。
 ドアを叩く音が急に小さくなった。そしてフェイドアウトするように、そのままなにも聞こえなくなった。
 帰ったのか?
 そう思いながらオークたちをまとめて殺せる地形へ誘導していると、携帯にメールがきた。音響からだ。


323: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:53:32 ID:.b2ry9Rk3M

『師匠、今どこっスか』
 少しして、2通目。
『今、友だちと駅裏のカラオケに来てたんですけど、師匠に似た人がいて』
 そこで文面が切れている。すぐに3通目が来た。
『今夜は家にいるんですよね』
 なにをやってるんだ、こいつは。さっきまで俺の部屋のドアを叩いていたのに、カラオケにいたと言い張っている。わけがわからない。
 おれは、いえを、でない、はやく、かえれ。
 そんな文面で、素早くメールを返した。
 すぐに返答が来る。
『やっぱ他人の空似かぁ。すっごい似てたけど』
 それきり静かになった。
 しかし5分ほどして、また音響からメールがきた。
『あなた、だれ』
 その一言だけ書かれている携帯の画面を見て、考えた。
 どうやら、カラオケ屋で見た俺に似ているというヤツのほうが本物だったらしい。なるほど。
 それはそれとして、ケルベロスにアイスミサイルを叩き込む仕事を続けていると、またドアの外から喚き声が聞こえてきた。
「師匠! 普通気になるでしょ、こんなメールきたら。なんでそこで無視できるの。びっくりだよ!」
 ガンガン。
 いい加減しつこいな。仮にメールが本当だったとしても、俺は今忙しいんだ。
「オバケ見ようよぅ!」
 音響は泣き落としに入った。声の位置が下がったので、床に崩れ落ちているらしい。芸が実に細かい。
 しかし俺は、なにを言われても響かなかった心に、なにか棘のようなものが刺さったことを感じていた。
 オバケ。
 オバケか。
 幽霊ならこのG世界にもいるぞ。平原の洞窟の5階に。すっかり忘れていた。1週間前に、俺はそいつと会った。


324: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:57:41 ID:.b2ry9Rk3M

 なにかが繋がりそうだ。
 なぜだろう。ドキドキしてきた。
 幽霊。
 文字化け。
 見たことのない装備。
『助けて』って言葉は、どこの国の言語でも短い音節なんです。『ヘルプ』『オスクール』『ソコーロ』『ジゥミンア』
 ……
 俺はハッとして、狩りを中断し、テレポート用のコマンドを打ち込んで平原の洞窟へ飛んだ。
 最強装備のまま、5階へ突入する。
 真っ暗なフィールドとドロドロとした音楽が、プレイヤーの心を折ろうとする。人間の力が及ばない怪物たちが闊歩する世界を、俺はたった1人、必死で踏破した。
 そして。
 そのダンジョンの最深部で、幽霊を見た。戦士の姿をしている。1週間前と同じだ。
 俺を見た瞬間、戦士はなにか喋った。やはりそれは文字化けをおこしている。
 この文字化けは、もしかして日本語以外の言葉で書かれたものが、対応したフォント環境のない俺のパソコン上で表示できないせいで発生しているのではないか。
 そしてこのGと呼ばれるMMOは、韓国で開発されたゲームだった。最初は韓国と台湾でそれぞれ運営されていたが、日本版がサービス開始されるころ、先行していたその2つのサーバーは経営上の理由で閉鎖されてしまっていた。
 次々と新しいMMOが開発されるなかで、顧客離れをおこして破産したのだという。
 サーバーの閉鎖により、育てたキャラクターや、獲得したレアアイテムが文字通り消えてしまったのだ。このG世界に今やどっぷり浸かっている俺には、その韓国や台湾のプレイヤーたちの怒りや悲しみは痛いほどわかる。
 幽霊。
 その消えてしまったはずのサーバーのキャラクターのデータが、なんらかの理由でこちらのサーバーに表示されているのだとしたら……。
 見たことのない装備をしているのは、あちらのほうがゲーム世界の時間がはるかに進んでいるからだ。ずっと先に開放されるはずの、高レベル用装備なのかも知れない。
 モンスターに認識されず、すり抜けをおこし触れることもできないのは、やはりデータの幽霊だからか。あの戦士は、言葉だけでこの世界と繋がっている。


325: MMO ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 00:58:44 ID:.b2ry9Rk3M

 ハッとした。プレイヤーだ。ただのデータじゃない。プレイヤーがいるんだ。
 必死で魔神たちの攻撃をかわしながら考える。
 新しい幽霊。
 絵にとりつく幽霊。写真に、そしてビデオに映る幽霊。そして今オンライン世界という、新しい概念のなかに生まれた、新しい幽霊。
 おまえは、幽霊なのか。
 戦士の向こうにいるはずの、マウスを持つ手に語りかける。
 俺が1週間前に撮ったはずのスクリーンショットは、後で確認するとやはりデータ破損をおこしていて、開けなかった。
 心霊スポットでカメラが壊れた。そういうことなのか。
 袋小路のマップ上を逃げ回る俺のディスプレイには、文字化けした単語が会話ログに張り付いている。そのダンジョンの最深部にやってきたプレイヤーたちに、何度も何度も語りかけてきたその短い言葉。
『助けて』ではない。
 俺たちのサーバーではだれも到達していない高レベル装備をつけて、今まで一度も死んだことのない強大な魔神たちがひしめいているこんな恐ろしい空間にいることの意味。
 俺たちが、死んで貴重なアイテムをドロップしてしまわないよう、裸でやってくるこの場所に、見たこともない武器を持って立っていることの意味。
 日常の光景なんだ。
 普通のフィールドでみんなそれぞれ好きな狩り場を持つように。ここが、彼らの狩り場なんだ。
 だから、そこにやってきた新しいキャラクターに対して向けられる、短い、短い言葉は。
『あそぼ』
 一緒に、狩りをしようと誘っている。
 ふいに、それがわかった。理屈じゃない。通じない言葉の向こうに、人間として持っている心が、それを受け取った。
 韓国語や台湾の言葉はわからない。でも、きっとそれは短い言葉に違いない。そう思ったのだ。
 顔の見えないそのだれかは、こんな暗い、ダンジョンの最も深い場所で、いなくなってしまった他の仲間たちがやってくるのを、たった1人で待っている。
 俺は立ち止まって、チャット機能をアクティブにする。なにを返事しようとしたのか。きっと相手には読めないのに。自分でもわからない。
 次の瞬間には、モンスターの強力な攻撃を受けて俺の氷魔法使いは即死した。
 画面が暗くなる。ローディング用の絵が表示されている。
「遊ぼうよぅ、師匠。うぇえええん」
 ドアの外では音響がまだ喚いている。
 俺はGからログアウトし、パソコンの電源を落とした。バキバキに硬くなった肩や腰をぐるぐると回し、ゆっくりと立ち上がる
 鍵を開け、ドアを押すと、音響が立っていた。ハンチング帽子に、シャツとジャケット、パンツはチェック柄だ。今日はちゃんと目が出ている。それにしても探偵じみた格好だった。コスプレにしか見えない。格好から入るこいつらしかった。
「ウソ泣きでした」
「わかってる」
 俺は、首を傾けて、体のなかに響くボキボキと鳴る音を聞いた。

(完)


326: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/3/12(日) 01:00:45 ID:igNubrZ3Ko

『医者の話』『MMO』

【了】


327: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 02:59:35 ID:/vcnLMBLkI

また暫く間が空いてしまいました、申し訳ありません
今夜は上下の京介編の話をご紹介します


328: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:02:23 ID:/vcnLMBLkI

訂正。上下の京介編の話と、書籍版の2話をご紹介します


329: :2017/3/18(土) 03:03:51 ID:uojtOBMxmY

『赤』(書籍版)


双葉社『師匠シリーズ 師事』に載ったお話です。

最終校了版ではないので、誤字脱字等あったらすみません。

あと、データを貼り付けた時点で文頭位置などがバラバラになってしまったのを
手作業で直したりしているので、変なところがあるかも知れませんがご容赦を。

あと、前にも書きましたが、商業目的でない限り、転載は自由にしていただいて構いません。
リンクじゃなくて、文字貼り付けでも可( ・ω・ )


330: :2017/3/18(土) 03:05:20 ID:/vcnLMBLkI

『赤』(書籍版)

大学1回生の秋だった。
土曜日だったので、俺は家で昼間からネットに繋いでいろいろ覗いていた。やがていつものオカルトフォーラムに入り込み、同じように暇をしているメンバーたちと雑談を交わす。
話題は2年後に迫るノストラダムスの大予言の終末についてだった。この夏も散々語り合ったのに、まだ話題が尽きないというのが凄い。これほど後世で有名になるとはノストラダムス氏自身は予見していたのだろうか。

伊丹  :なんか最近、LUCAってよく聞くなぁ

名無し :なにそれ

ドラ  :あー聞くわ。るか

みら吉 :救世主とかいうやつですね

名無し :あんごるもあの大王はどうしたんだ!

ドラ  :それはそれなんじゃね

ひとで :なにそれ聞いたことない

伊丹  :1999年にLUCAが降臨するって。うわさ

ひとで :初耳だ。どこに降臨すんの

ドラ  :おらが街に!

名無し :おらがまちにローカルヒーローきた

ひとで :ルカによる福音書と関係あるの?

名無し :聖書暗号説きた

みら吉 :『また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。地上では、すべての民が悩み、海と高波のなすとどろきに
怯え惑い、人々は世界に起ろうとする災厄に、恐れと不安を抱く。もろもろの天体が揺り動かされるからである。そのとき、大いなる力と光輪をともなって、人の子が雲に乗ってやって来るのを、人々は見るであろう』 ……ルカによる福音書第二十一章より 以上コピペ

名無し :ルカってつづり違わね? Lucam

ドラ  :スザンヌ・ヴェガの『ルカ』は

伊丹  :それはLUKA

ひとで :懐かしい! 泣けてきた
…………


331: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:07:40 ID:/vcnLMBLkI

たしかに俺も聞いたことがあった。LUCAという名前を。
この夏、ノストラダムスの大予言の話をしていると必ず耳にした。そのたびに少し奇妙な気持になった。
なぜなら、中学、高校時代も散々ノストラダムスの話を見たり聞いたりしてきたのに、その間一度もそのLUCAという名前を聞いたことがなかったからだ。
つまり、ここ1年ほどで急に出てきた話なのではないか。しかし、オカルトフォーラムの過去ログを見ていると、それ以前からちらほらとその名前が出ていた。
不思議だった。大学の先輩などにも訊いてみると、以前からLUCAの名前とその噂を知っている人は多かった。なんだかムズムズする。これではまるで本当にローカルヒーローではないか。
卓上のPHSが鳴った。師匠だった。行くところがあるが、一緒に来ないかというのである。
「行きます」
そう言って俺はログアウトし、PCの電源を切る。
ブラックアウトする画面のなかに、『L・U・C・A』の文字だけが最後まで残っているような気がして、目を擦った。

外に出ると秋晴れの空が広がっていて、気持のよい風が吹いていた。待ち合わせ場所に着き、師匠と2人、自転車で街なかを走り出した。
「そうそう。今夜、『赤い館』に行くからな」
師匠が自転車をこぎながら思い出したように言う。俺は、おお、赤い館と呟く。よく噂を聞く心霊スポットだ。今まで場所がよくわからなかったが、さすがに師匠は知っているらしい。


332: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:09:27 ID:uojtOBMxmY

しかし……と、その師匠の横顔を見ながら思う。
これほどオカルトにどっぷりと浸かり、昼と夜となく徘徊しては退廃的な快楽に溺れていて、バイトなどほとんどしていなかったはずなのに、師匠が金に困っている様子を見ることがほとんどなかった。
それどころか、どこから入手しているのかも分からない怪しげなオカルト関係のアイテムを家に溜め込み、ことあるごとに新作を俺に見せびらかしてくる。
どこにそんなものを買う金があるのだろう。
住んでいるアパートはたしかにボロ屋だが、それを差っ引いてもまだ帳尻が合わない。俺など日々の暮らしにキュウキュウで、駅で甘栗を焼いたり売ったりするバイトをしていた。さらにバイトを増やそうかと考えているくらいだ。
当の本人は口笛など吹きながら、ある場所に差しかかったところで、自転車の速度を緩めた。
「ここだ」
顔を上げると、板壁が左右に伸びていて、その向こうに日本家屋の一部が見えた。敷地内には木が生い茂っている。
大きなお屋敷だ。そう思いながら自転車をゆっくりと走らせていると、板壁は続く続く……どこまでも続いていた。だんだんと、唖然としてくる。
どんな豪邸だ!
想像できないほどの広大な敷地を持った屋敷なのだ。ただ土地が広いだけではない。敷地をぐるりと囲む木々のその向こうに、家屋の一部が常にちらちらと見えている。
このおっさん、まさか……。
なぜ金に困っていないのか、ということについて考えを巡らせていたばかりだったので、思わず勘繰ってしまった。


333: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:11:44 ID:/vcnLMBLkI

ようやく玄関らしき門にたどり着き、そこで師匠はインターホンを押した。その通話口で、ただいま、とは言わなかった。またちょっとホッとする。
大きな木製の門が開き、その向こうに長い石畳が見えた。その正面には、明らかにこの家の家族ではなさそうな老人が正装をして頭を下げている。
執事、という単語どころか、家令という言葉が似合いそうな人物だった。
お帰りなさいませ、おぼっちゃま、とは言わなかった。ちょっとホッとする。
玄関のそばに自転車を停め、わけもわからないままに敷地のなかを案内された。一度日本家屋のなかに靴を脱いで入ったはずだが、また外に出る。用意されていた外履きを履いてだ。
広大な敷地の庭のなかに屋敷があり、その屋敷のなかにさらに庭があった。
静かな空間だった。築山があり、大小さまざまな庭石があり、苔むした草木があり、水鳥が毛繕いをしている大きな池があった。きめの細かい玉砂利のなかの石畳を進み、ここは本当に市内かと目を疑う。
奈良か京都の寺社の敷地内ではないのか。見上げると、すがすがしい秋の空に小さな雲がいくつか浮かんでいる。電線の1つも見えない。
途中の木々や何重もの家屋の壁に吸収されるのか、車などの文明の音はなに1つ聞こえてこない。
静謐な箱庭のような場所だった。


334: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:13:58 ID:/vcnLMBLkI

「こちらです」
箱庭のなかに平屋の建物があった。玄関を抜けると、木の香りのする廊下を通り、和室に通された。天然の明かりのよく入る部屋だった。
部屋の奥に、老人が座っていた。和服を着ている。黒く重そうな木の机で、なにかを書いていた手をピタリと止めた。
「よく来た」
その声で、ここまで案内してくれた執事だか家令だかが無言で頭を下げ、部屋から出ていく。
「どうも」
師匠がぞんざいな口調で返事をする。そして俺を指し示して「こいつは弟子みたいなやつです」と言った。
老人は俺に一瞥をくれると、それきり興味をなくした様子で師匠を見つめた。
「かわりはないか」
「ないです」
老人と正対した位置の座布団に師匠と並んで座っているが、なんだか落ち着かない。師匠はさっきまで口笛など吹き機嫌が良さそうだったのが嘘のように、仏頂面をして胡坐をかいている。
「あれがどこぞに出てくる気配は」
「ないですよ」
「……」
老人は失望も落胆もした様子もなくただ頷くと、和服の裾から懐紙を取り出し、咳き込んで痰を取った。
「心臓に管を通してな」
枯れ木のような手が胸元を指さした。なにかの器具が取りつけられているのか、服が少し盛り上がっている。ペースメーカーというやつだろうか。
師匠は老人から目をそらし、強張った顔で俯いたままひとことなにか呟いた。
僕の裏切られた心臓よ
そう聞こえた気がした。
「あれが現れたら、知らせよ」
会見はなにも起こらないままに、もう終わりのようだ。師匠にならって僕も頭を下げ、その老人が1人でいるには広すぎる部屋を出る。
帰り道、来たときと同じように正装の老執事が先導するあとをついていく。玄関の門へ続く長い石畳まで来たとき、老執事が封筒を師匠に差し出した。なにも言わず、師匠はそれを受け取る。金だ。俺は直感した。


335: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:15:55 ID:/vcnLMBLkI

頭を下げる老執事に背を向けて門のほうへ向かおうとすると、門のそばに停めていた自転車のところに、女性がしゃがみ込んでいた。
近づくと顔を上げる。知った顔だったので驚いた。
「やっぱり」
彼女はそう言って笑った。角南さんという大学の同級生だ。髪を染めている大学生ばかりのなかで、今どき珍しいくらい艶のあるショートの黒髪がトレードマークだった。
今日は動きやすそうなパンツに、秋物のセーターを着ている。
「見たチャリだと思ったんだよな」
そんなことより、俺はどうして彼女がここにいるのか、ということが不思議でならなかった。それをぶつけると、あっさりと言うのだ。
「ここ、わたしんち」
なんてこった。あの、学業もそこそこにバイトに明け暮れている彼女がこんな家のお嬢さんなのか。
罰ゲームで、周りに好奇の目で見られながらゲーセンの脱衣麻雀を、ギャラリーなしでクリアさせられていた彼女が。最初の全体コンパで炸裂した奇矯な言動が伝説となり、学部で知らない人はいないといわれる彼女が!
今日一番の衝撃に頭を殴られて、かなり混乱していた俺は、「そう。よかったね」などという間の抜けた感想を吐くと、そんなやりとりなど無視して先に門をくぐろうとしている師匠を慌てて追いかけた。
「今度遊びに来いよぉ」という声を背中に聞きながら。


336: 赤 ◆LaKVRye0d.:2017/3/18(土) 03:18:36 ID:/vcnLMBLkI

その夜だ。
俺は師匠と『赤い館』と呼ばれる郊外の廃屋に来ていた。元々ラブホテルだったというその建物は、ケバケバしかったであろう外観の面影は残しつつ、今は汚れきって灰色に染まっていた。
赤い館という名前の由来は、オーナーの1人娘が赤い服や赤い装飾品を好んだことによるらしい。ホテルの外装も一面真っ赤だったそうだ。
そのホテルが経営難で廃業するときに、一家全員である一室に篭り、火を放って心中したという噂がある。
そのとき焼け死んだ娘の霊が今もこの敷地に漂い、興味本位で廃屋に乗り込んでくる輩を襲ってくるのだそうだ。
「それも、赤いものを身につけている人間を襲ってくる」
師匠が声を潜めて、敷地に足を踏み入れていく。秋だというのに、上はTシャツ1枚という格好だ。僕もそれに合わさせられている。長袖なのが救いか。
ただ、白のシンプルなTシャツなのだが、ワンポイントとして胸元にだけ別の色があしらわれている。もちろん赤だった。この心霊スポットに挑むにあたっての師匠からの支給品だ。
このおっさんは……。
かすかな月光の下で、荒れた敷地と、その向こうの廃屋が一面の灰色に沈み込んでいる。そこへ静かに歩を進めながら、あきれて喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
かわりに出た言葉は、「あの金、なんなんですか」だった。今さら答えてくれるとも思わない。
「老い先短いジジイの妄想に、つき合ってやってるだけだ」とだけ返ってくる。
「出た!」
師匠が短い言葉を発した。その視線の先を追うと、なにか黒い塊が、半分傾いた玄関ドアの隙間からどろどろと漏れ出てくるところだった。
ゾクッとする。
黒い塊は、宙を飛んで一直線にこちらに向かってきた。早い。瞬間に足が硬直し、動けない。
「やばい」
師匠が玄関のほうを向いたまま、身構える。俺はその隣で目を閉じそうになる。
異様な気配をまき散らしながら、黒い塊は俺たちの頭上に迫った。
見上げた先に、髪の毛。振り乱した髪の毛が塊のなかに見えた気がした。
覆いかぶさってくるかと思った次の瞬間、漏れ出るような悪意が硬直した。黒い塊が戸惑うように輪郭がぼやけた。その隙をついて、師匠が俺の肩を叩きながら振り向いて走り出す。
逃げた。逃げた。なにかが再び迫ってくる気配を背中に感じながら。2人で走って逃げた。


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