ここでは、まとめの怖い系に掲載されている『師匠シリーズ』の続きの連載や、古い作品でも、抜けやpixivにしか掲載されていない等の理由でまとめられていない話を掲載して行きます
ウニさん・龍さん両氏の許可は得ています
★お願い★
(1)話の途中で感想等が挟まると非常に読み難くなるので、1話1話が終わる迄、書き込みはご遠慮下さい
(代わりに各話が終わる毎に【了】の表示をし、次の話を投下する迄、しばらく間を空けます)
(2)本文はageで書きますが、感想等の書き込みはsageでお願いします
それでは皆さん、ぞわぞわしつつ、深淵を覗いて深淵からも覗かれましょう!!
2: 風の谷の名無しか:2017/1/24(火) 20:32:57 ID:0vOrDYdCSs
田舎の中編(1注:このサイトのまとめでは後編)はあれで終わりではありませんでした。
後編どころか、中編の途中で力尽きて投げ出したのです。
せっかく書いていたので、その中編の投げ出したところまでを載せようと思います。
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俺はなにか予感のようなものに襲われて、自分の前に置かれた湯飲みを掴んだ。
冷たかった。
思わず手を離す。
出された時は確かに湯気が出ていた。間違いない。
あれからほんのわずかしか時間は経っていないというのに。一瞬のうちに熱を奪われたかのように、湯飲みの中のお茶は冷えきっていた。
まるで汲み上げたばかりの井戸水のように。
ここまでが、投下済みのもの。
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ここからが、未投下分です。
(2行ほどあけて)
「あれは地震じゃないな。家が揺れたんだよ」
先生の家を半ば追い出されて、庭先にとめていた車に乗り込む。
「犬神という言葉に明らかに反応していた」
こいつは、なんとしても探し出さないとな。
師匠はエンジンをかけながらそう言う。
しかし京介さんのきっぱりした声が、それを遮った。
「待った。探し出してどうするつもりだ」
一連の出来事は普通じゃない。ありえないようなことが立て続けに起きている。へたに首を突っ込みすぎると、危険だ。
師匠は目の前に並べられるそんな言葉に薄ら笑いを浮かべて、「怖いんだ」と煽るようなことを言う。
京介さんは刺すような視線を向けると、「そうだよ」と言った。
コンコン。
車の窓をバイクにまたがったままユキオが叩き、ウインドをおろすと「さっきはすまざった。先生、今日は機嫌が悪かったみたいじゃき。でもこのあとどうする? ゆかりの史跡とかやったら案内するけんど」と首を突き出した。
少し考えてから、京介さんは「それと、他にいざなぎ流に詳しい人がいたら紹介してほしい」と言った。
「ああ、ヨシさんやったらたぶん家におるき、いってみようか」
俺は思わず師匠を見たが、思案気な顔をしたあと「一人で戻ってるよ」と言う。
3: 風の谷の名無しか:2017/1/24(火) 20:33:17 ID:0vOrDYdCSs
バイク貸してくれる?
とユキオに声をかけながら運転席から降りた。
なにも言わず、京介さんが入れ替わりに運転席に座る。助手席に乗り込みながら、ユキオが「あの家にとめといてくれたらいいスから」となぜか申し訳なさそうに言った。
「僕がいないほうが、話を聞けそうだしな」
じゃ、部屋で寝てるから。
師匠はそう言って手を振った。
その時、ズシンという軽い振動がお尻のあたりに響いた。
思わず周囲を見回す。
師匠が音のしたらしい山の上のあたりを睨むように見上げている。ユキオは今思い出したという表情でぼそりと言った。
「そういえば、先週から発破やってるなぁ」
それを聞いて京介さんが、ニヤっと笑いながら言う。
「たしかに地震じゃないな」
師匠は口を歪めて、なにも言わずにバイクにまたがった。
それから俺たちは太夫をしているヨシさんというおじいさんの家にお邪魔して、いざなぎ流のあれこれを聞いた。
ヨシさんは愛想のよい人で、ユキオの先生とはえらい違いだったが肝心な部分の説明ではするりと焦点をぼかすようにかわし、結局その好々爺然とした姿勢を崩さないままに、俺たちの知識になに一つ価値のあるものを加えてはくれないのだった。
「……それで、神職の太夫さんと吾が流の太夫を区別するときゃあ、ハカショ(博士)というがよ」
そこまで語ったところで家の電話が鳴り、ヨシさんは中座をするとしばらくしてから戻って来て、これから出掛ける旨を俺たちに伝えた。
「ありがとうございました」
とりあえずそう言って辞去したものの、不快というほどでもないがいずれ肌触りの悪い場の空気に、自分たちは余所者なのだということをまた思い知らされただけだった。
それを感じているユキオもまた、ますます申し訳なさそうな表情になり、そのあと案内してもらったいざなぎ流ゆかりの地所でもたいして得られるものはなかった。
なんだかどっと疲れが出て、俺たちはとりあえず家に帰ることにした。
くねくねと山道をのぼり、ようやくたどり着いて車から降りるとユキオは庭先にとまっていた自分のバイクにまたがり、「仕事、少し残っちゅうき」とやはり申し訳なさそうに去っていた。
家に入ると「おそうめん食べんかね」と叔母にすすめられ、「氷乗っけて」という俺の注文の通りキンキンに冷えたそうめんがすぐにちゃぶ台に並べられた。
師匠を呼ぼうとして部屋を覗いたが、扇風機の首を振らないようにした状態でまともに風を浴びながらそれでも寝苦しそうに掛け布団を抱きしめて眠っていた。
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ここで筆をへし折っています。2007年の夏のことです。
師匠が布団を抱きしめて眠り続けて、はや四年・・・
まだしばらく寝続けることになるかも知れません。
【了】
4: 風の谷の名無しか:2017/1/25(水) 16:56:42 ID:M9xMoCsD1.
スレ立て乙。
ここまで書いたのが10年前かぁ。
早く完結して欲しいけど、書きたい時に書きたい話が書けるとは限らないもんね。
支部でも、ずっと待ってます!!とか沢山言われてるみたいだったけど。
5: 風の谷の名無しか:2017/1/25(水) 19:40:56 ID:KZyCpdPW/s
結構沢山新しい話出てますよね、楽しみにしています!
6: 1 ◆LaKVRye0d.:2017/1/25(水) 21:53:37 ID:BPamNT3ng2
>>4-5
有難うございます!
最初の投稿はオマケみたいなモンで、
感想もそう出ないでしょうから、明日か明後日には次の話を載せますね
順番は完全に書かれた順番とは限らず、多少狂う可能性もありますが御了承下さい
次に掲載予定の『絵』T〜Vも、Tだけかなり古くに書かれていますが、T〜V合わせてひとつのお話になっているので纏めて投稿し、
【了】の表示はTとUには付けず、Vの最後にのみ表示します
7: 『絵』《T》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:21:37 ID:/.Q2kT1tPE
『絵』《T》
大学の研究室のメンバーが行きつけにしているバーがあるのだが、そこで知り合った研究室のOBからちょっと不思議な話を聞いた。
大学時代半年ほど付き合った彼女がいた。
一コ上で美術コースにいた人だった。
バイト先が同じだったので、お互いなんとなく、という感じで付き合い始めたのだった。
彼女が描いている絵を何度か見せてもらったことがあるが、前衛的というのか、絵は詳しくないのでよくわからないけれど、どれも「身体の一部が大きい人間の絵」だった。
グループ展用の完成作品も、スケッチブックのラフ画も、ほとんどすべてがそうだった。もちろんちゃんとした絵も描けるのだが、そのころ彼女はそういう絵ばかりを好んで描いていたようだった。
たとえば半裸の白人が正面を向いている絵があるが、左目だけが顔の半分くらいの大きさで、輪郭の外にまではみ出ていた。
他にも右足の先だけが巨大化した絵だとか、左手、鼻、口、右耳…… どれも身体の中でその部分だけが巨大化していた。
写実的ではない、抽象画のような作風だったが、なんとも言えない気持ち悪さがあり、吐き気を覚えて口元を押さえてしまったことがある。
そんな時彼女は困ったような顔をしていた。
8: 『絵』《T》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:24:44 ID:jsJ4QOAmCk
彼女と付き合い始めてふとあることに気がついた。
子供のころからずっと何度も何度も繰り返し見ていた夢を見なくなっていたのだ。
その夢は、悪夢と言うべきなのか、よくあるお化けに追いかけられたりするような脅迫的なものではなく、静かな、静かな夢だった。
眠りにつくと、それは唐突にやって来る。
袋が見えるのだ。
巾着袋のような艶かしい模様をした大きな袋。子どもくらいなら隠れられそうな。
それまで見ていたのがどんな夢だったのかは関係が無い。とにかく気がつくと場面は昔、小学生のころに住んでいたアパートの一室になり、夕日が窓から射し込む中で袋がぽつんと畳の上に置かれている。
ただそれだけの夢だ。
この夢が自分にはとてもとても恐ろしかった。
夢なんてものは奔放に目まぐるしく変わるものなのに、この部屋に入り込むとそれが凍りついたように止る。
何故か部屋には出入りする扉はどこにもなく、ただ僕は畳の上の袋と向かい合う。目を逸らしたいのに、魅入られたように動けない。
やがてわずかに開いている袋の口に出来た影を、負の期待感とでも言うものでじっと見つめてしまうのだ。
ああ、はやく。はやく夢から覚めないと。
その部屋はいつも夕日が照っている。
それが翳り始めると、袋の口が開いていくような気がして……
そんな夢だ。
目が覚めて、深く息をつき、そしてもうあの部屋には行きたくないと思う。しかしどんなに楽しい夢を見ていても、ドアを開けるとあの部屋に繋がってしまうことがある。
そして降り返るとドアはないのだ。
その夢が、大学に入るまで、そして頻度は減っていったが、入ってからも続いた。
自分でも夢の意味についてよく考えることがあるが、あの袋に見覚えはない。
畳敷きのあの部屋も、今はアパートごと取り壊されているはずだ。 脈絡がなく、意味がわからない。
だからこそ怖く、両親にも友人にも、誰にもこのことを話したことはなかった。
それが彼女と付き合い始めてから何故か一度も見なくなった。
ホッとする反面、長く続いたしゃっくりが急に止った時のような気持ち悪さもあった。
9: 『絵』《T》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:28:37 ID:jsJ4QOAmCk
彼女にこのことを話してみようかと思っていたころ、彼女に「夜、美術棟に忍び込んでみない?」と誘われた。
美術棟は夜は戸締りされ、入れなくなるのだが学生たちは独自に侵入路を持っていて、仲間で忍び込んではこっそり夜の会合を開いたりしているらしい。
面白そうなのでさっそくついて行った。
深夜、明かり一つない美術棟の前に立つと彼女は、スルスルと慣れた様子で足場を辿って壁をよじ登り、窓のひとつに消えて行った。
やがてガチャリと音がして裏口が開いた。
美術棟自体初めて入ったのだが、中は想像以上に色々なものが煩雑に転がっていて、思わず「きったねえなあ」と言ってしまった。それには彼女も同意したように頷いた。
持参した懐中電灯で足元を照らしながら、描きかけの絵やら木工品といった学生たちの創作物の中をかき分ける様に廊下を進み、三階の一つの部屋に入った。
「ここ、私の作品を置かせてもらってる物置」
たしかにその部屋の一角には、見覚えのある作風の絵が所狭しと並んでいる。
夜、こんな風にわずかな明かりの中で改めて見ると、言い様のない不気味な雰囲気だった。
「前から気になってたんだけど、どうしてこういう一部だけがデカイ人を描くの?」
今までなんとなく訊けなかったことを勢いで訊いてしまった。
10: 『絵』《T》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:34:58 ID:/.Q2kT1tPE
彼女は右目だけが異様に大きい人物画を懐中電灯で照らしながら答えた。
「私ね。子どものころ、家族で南の島に行ったの。ポリネシアのほう。そこでこんな民話を聞いたの。むかし人間が今よりもっと大きくて尊大だった時、その行ないに怒った精霊が呪いをかけて人間たちの体を小さくしてしまった。人間たちは嘆き悲しみ、この世のすべてを司る偉大な精霊に心から謝ったわ。精霊は情けをかけて、人間の身体の一部だけは元のまま残してくれた。大きい手。大きい鼻。大きい目。大きい耳。大きい足…… でも人間たちは大きい目や手、鼻や耳をやがてうとましく思うようになった。そして精霊にお願いしたのよ。どうか残りの身体も小さくして下さいって」
思わずまじまじと絵を見つめた。
「つまりね、これは小さくなってしまった巨人なのよ。彼はこの大きな右目だけで真実の世界を見ている。でもそれは今の世界を生きるにはむしろ邪魔だったのね。人間はそうして愚かで矮小な生き物になることを自ら選んだと、そういうお話だった。すごく面白いモチーフだと思ったから……」
そういう彼女の顔にはかすかな翳りがあった。
「私ね。信じられないかもしれないけど、本当に見たのよ。その島の至るところで、この絵みたいな人。見えていたのは私だけだった。それから日本に帰ってからも見た。周りにいるの。見えなくなっちゃえって思った。でもそうはならなかった。ゲゲゲの鬼太郎だったかな。漫画に出てくるの。目に見えないお化けを退治する方法。とり憑かれた人に質問をしながら、石に描いた点線を結ぶとお化けの正体が現れてその石に閉じ込めることができるっていうお話。小学生の時、それを読んで、描いたの。こんな絵を」
彼女はゆっくりと絵の表面をなぞるように指を動かす。
僕はその動きをじっと見ていた。
「そしたら見えなくなったのよ。身体の一部が大きい人。でもそれから不思議なものをたくさん見るようになったわ。え? 言っても信じないよ。とにかく私はそんなもの見たくなかった。ね、あの民話みたいでしょう。普通の生活がしたいから、真実かもしれないものを捨てるの。そうして見たものをもう絵には描かなくなった。ただ見ないふりをするだけ。まだこんな絵を描きつづけているのは単純に、本当に面白いモチーフだと思ったから」
バカバカしい話だと思う?
彼女はいつもの困ったような顔をしていた。
信じられない話だ。荒唐無稽とも言える。
しかし僕は息を飲んで、震える膝を必死で押さえつけていた。
彼女の話の途中から、見てしまっていたのだ。その背中の後ろに並ぶ棚の、一番奥まったところにある絵を。
それは夢に出てくるあの袋の絵だった。
11: 『絵』《U》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:37:51 ID:jsJ4QOAmCk
『絵』《U》
みかっちさんから聞いた話だ。
わたしの先輩にね、凄い霊感体質の人がいたの。先輩っていっても、わたしが大学に入る前に卒業してるから、直接は知らないんだけど。その先輩ね、女の人なんだけど、変な絵ばっかり描いてた人で、なんか、手とかがやたらでっかい人間とか、そういうの描いてたらしいんだ。課題はちゃんとこなしてたし、絵自体は凄く上手かったんだけど、なんていうか、見えちゃう人だったらしい。その手がデカイ人の絵も、本当にそういう変なのが見えちゃったんだって。デカイったって、倍じゃきかないのよ。ありえない大きさなの。しかも目とか耳とかも馬鹿でかいバージョンもあって、それも全部見たんだってさ。霊感にしたって、そんな変な幽霊自体いないじゃない。一体なにを見たのよってカンジ。いや、それがさ、私たちの特別美術コースで語り草になってる逸話があってさ。伝説よ、伝説。その名も誰が呼んだか『悪夢の学祭展事件』! 何年か前の大学祭の時にね、特別美術コースの生徒がどっかの教室を借り切って、展示会をしたらしいの。今はコースではそういうのやってなくて、わたしたちもサークルの美術部の方で毎年焼きそばの模擬店と似顔絵描きやってるだけなんだけど。当時は教授が良い顔しなくて、特美の生徒は美術部にはあんまり入ってなかったみたい。その代わりかどうか知らないけど、とにかく、当時は特美の生徒たちだけで学祭展をしたのね。で、その先輩がそこで新作を展示したの。例の、手とか足とかがデカイ人の。でもそれだけなら、なんてことなかったんだけど、その時、そういう身体の一部がデカい人だけじゃなくて、なんか別の気持ちの悪いものも一緒に描いてたんだって。それを見た人たちがなんでかパニックになって、ドミノ倒しっていうの? バタバタ倒れちゃって、なんか怪我人も出ちゃってさ、救急車が来る大騒ぎ。結局それから特美の学祭展は出来なくなって今に至ってるらしいんだわ。どんな絵かって? 見てないからなんとも言えないけど、なんか聞いた話だと、化け物の絵だったらしいよ。呪いの絵とか言って、うちのコースの言い伝えになってる。でも怖いわあ、そういうの。絵の呪いって、わたし、あると思っているし。え? その先輩の名前? ええと、確か……
12: 『絵』《V》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:42:14 ID:/.Q2kT1tPE
『絵』《V》
師匠から聞いた話だ。
大学二回生の秋だった。
人生二度目となる大学祭のシーズンが来て、イチョウの落ち葉が道を覆っているキャンパスを歩いていると、そこかしこで模擬店や様々な出し物の準備が行われていて、すべてが楽しげに浮き足立っているように見えた。
自分はというと、所属しているサークルの模擬店にも参加せず、ブーイングを浴びながらも軽くそれを受け流し、そんなものよりももっと楽しいものを探してうろうろとしていた。
「どいてください。どいてください」
海賊よろしく頭にタオルを巻いた二人組がなにかの看板を抱えて、僕の脇を走り抜けた。周囲にはざわざわとした喧噪が敷き詰められている。
息苦しさを感じて、頭を掻いた。
僕以外の楽しげな連中に吸い尽くされ、笑い尽くされて、このあたりにはあまり空気が残っていないような気がした。その希薄な空気の層を縫うように歩く。結局のところ、自分が立って、歩いている場所など、普通の人々が生きている場所とほんの少し形而上学的な意味でずれているのだろう。
そうして僕は、「師匠」と声を掛ける。
そんな僕にとって楽しいものは、たいていその人が知っていた。
「よう。明日、大学祭に行こう」
そう、例えば大学祭に。
大学祭?
「何故ですか」
少しうろたえて僕は訊ねた。普通の若者が楽しむようなお祭りなど、鼻で笑うはずの人からそんな言葉が出るとは。まるで、で、デートではないか。
「友だちから誘われたんだ。特美で絵を描いてる子なんだけど、作品の展示をするからって」
デートだ。完全にデートだ。本来であれば、サークルに所属している学生は大学祭でなんらかの出し物をするために狩り出されるところだが、そんな苦労などどこ吹く風で、彼氏彼女とデートをするために不参加を決め込み、あまつさえそのサークルの模擬店などを冷やかしに行くといった鬼畜の所行をナチュラルに敢行する連中がいる。ありえない。そんなことが許されるのか。
「行きます」
「じゃあ明日な」
この時期、わがキャンパスは黄色い。イチョウ並木とその落ち葉とで黄色一色に染められている。どこか甘い香りのする濃密な空気を胸一杯に吸い込み、浮き足だった足取りで僕は歩き出した。
13: 『絵』《V》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:46:31 ID:jsJ4QOAmCk
◆
その夜だ。家に帰って、昼間の出来事をじっくりと反芻していると、どう考えてもなにかオチがあるに違いないという結論に至った僕は、師匠のアパートを訪ねた。
「どういうことですか」
そう切り出しただけで、すべて承知した師匠は語り出したのだった。
「後輩にな、特美で絵を描いている子がいるんだ。福武有子っていって、今四回生かな。もう卒業か。学部も違うけど、ちょっとしたことで知り合って仲良くなってな。たまに相談に乗ったりもするんだけど。変わった子でさ。変な絵を描くんだ」
師匠はそう言って、押し入れに頭を突っ込んだ。
「まだこっちにあったかな。……あ、あった」
振り向いたその手に、簡素な額縁に納まった絵が掲げられていた。
それを見た瞬間、僕はなんとも言えない不安な気持ちになった。じわじわと気持ちの悪さが首をもたげてくる。
「この絵は、福武が去年描いたのをもらったんだ。これはなんだと思う?」
それは鏡の前でたたずむ人物画だった。油絵だろうか。女性が大きな化粧鏡の前に座り、それを背後から描いているのだが、背中越しの鏡の中に女性の顔が映っている。まだ若い女性だ。微笑むでも、自分の顔を見つめるでもなく、ただ無表情で座っている。そんな絵だ。自画像なのかも知れない。それだけなら、どうということもない絵だ。だが、そんな女性の隣に、もう一人の人物がいるのだ。
その人物は女性のすぐ隣に座っていて、こちら側に背中を向けている。つまり並んで鏡の方を向いている。はずなのだ。はずなのだが、鏡の中にも背中が映っている。両面とも後ろ姿なのだ。身体の前面という、顔に代表されるその人のその人らしさを象徴する部分がどこにも存在していない。
14: 『絵』《V》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:50:02 ID:jsJ4QOAmCk
匿名的、というにもあまりにおぞましい、異様な絵だった。
シュールレアリズムというのだろうか。画集を見たことがあるルネ・マグリットの作品にそんなモチーフの絵があっただろうかと考えていると、師匠は続けてこう言った。
「この絵は本人曰く、シュールレアリスムじゃなくて、レアリスムだとよ。実際にこういう、後ろ姿しかないやつを見たんだって」
ぞくりとした。
見た? こんなやつを?
「福武は子どものころから、こういうこの世のものではないやつを良く見るそうだ。そんな時はいつも見たものを絵に描く。そうすることで、怪異から自分の身を守れると信じている。絵の中に閉じ込める、って言ってたけど、さあ、それはどうだろうな」
師匠はそう言って絵の表面をなぞった。薄ら笑いを浮かべながら。
「ただお化けを見るってだけなら、私だって、お前だってそうだ。だけどそれが画家だと、なんだかずっとしっくり来るんだよな。幻視者って言葉が」
げんししゃ。
確かに。口の中でその言葉を転がし、そう思った。絵の中の、何も色彩を持たない背中と、鏡の中の何も色彩を持たない背中。
「福武が一番多く描いているのが、身体の一部が大きい人間だ。片目や、片手や、鼻だけが異様に大きい人間。あいつは、昔見たんだってよ。そういう人間を。いや、こう言っていた。彼らは、身体の一部だけを残して小さくなってしまった巨人だと。それから、そんなやつらの絵を描きまくってると見えなくなったそうだ。めでたしめでたし」
15: 『絵』《V》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:53:40 ID:jsJ4QOAmCk
師匠が冗談めかして語るその話に、僕はふいに緊張を覚えた。なにかが繋がりそうな気がしたのだ。恐ろしいなにかが。
「ところが、最近になってから、また見えるようになったというんだ。はっきりと目の前で見ているんじゃなくて、どこかにそういうやつがいるのが見えるんだと。まさに幻視ってやつだな。しかも子どものころに見ていたやつらとは少し違っていた。最初は分からなかったらしい。ただ、ほんの少しの違和感を覚えた程度だと。やがて福武は気づいた。目だけが大きいやつや、手だけが大きいやつ。そんな不気味なやつらに現れた、新しい共通点」
師匠は化粧鏡の絵を下ろし、僕を試すように見つめた。
「片目じゃなくて、両目だったというんだ。身体に対して異常な大きさを持っているのが。手がでかいやつは、片手じゃなくて両手。片足じゃなくて、両足。片耳じゃなくて、両耳」
想像してみろ。と師匠は言った。
両目だけが、異常に大きく、顔からはみ出てている人間。まるで子どもが描いたような絵から抜け出て来たようなやつだ。そんな人間が街を歩いている。小さな身体と小さな手足で。そしてその大きな目で見ている。そこから見える景色。なんて小さいんだろう。世界は。
「それは」
僕は思わず絶句した。
今年の夏だった。小人と巨人にまつわる出来事に遭遇したのは。そのことと関係があるというのだろうか。胸がドキドキする。
16: 『絵』《V》 ◆LaKVRye0d.:2017/1/26(木) 01:57:07 ID:/.Q2kT1tPE
「福武がな、明日からの大学祭で作品を展示するんだけど、その中に見て欲しい絵があるって言うんだ」
師匠はそう言ってにやりと笑った。
◆
翌日、僕と師匠は待ち合わせて、一緒に一般教養の学部棟へ向かった。講義室の一室を借りて、そこで特別美術コースの学祭展をしているそうだ。
様々な模擬店が立ち並ぶキャンパスの間を抜け、大学祭の喧騒から離れていくと、少し物寂しい気持ちになる。途中、ささやかな学祭展の看板が目に入ったが、こんなもので足を運ぶ人がいるのだろうかと、人ごとながら心配になった。
開放されていたその講義室は二階にあり、階段を登った先にある廊下を抜け、そこに並んだ扉の一つに入ると四方の壁を覆うように白い足付きのボードが並んでいて、そこに沢山の絵が展示されていた。
「浦井さん」
展示会場の奥にいた女性がこちらに気づいて近づいてくる。小柄で端正な顔をしていて、髪が長い人だった。この人が福武さんか。
痩せているが、病的というほどでもない。だが、どこか不健康な印象を受けた。
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