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【適当】小説書きスレ其の弐【万歳】
[8] -25 -50 

1:🎏 名無しさん@読者の声:2014/6/12(木) 23:18:52 ID:YDoKF2wKiU
ここは主に小説を書くスレです!
自由に書いてよろし!

・他人に迷惑を書けるのは駄目です!
・喧嘩は喧嘩スレへGO
・必要なら次スレは>>980さんがお願いします。無理なら早急に代理を!

不備がありましたらすみません。楽しく書けることを祈ります。


106:🎏 名無しさん@読者の声:2016/3/23(水) 11:27:37 ID:vQLgWd1lHk
薄暗い。
彼女が口にしたのはその一言だ。

古都ヤーナム。
その名の通り歴史を感じさせ、どこか壮大な印象を受ける、汚くも美しい街。

しかし、そんな風情のある街も彼女にとっては他の戦場と変わらないモノにしか見えなかった。
彼女は薄暗いと言ったが、本人には特に問題にはなっていない。
それもそのはず、彼女の瞳は間が抜けているようで鋭く光っている。
だが、光っているのは彼女の瞳だけではない。

彼女自身、光っているのだ。

これは誇張でも、まして比喩でもない。
彼女の体が、青白く発光している。
どこか幻想的なその光は、ひどく醜悪なモノと紙一重だ。

そんな彼女にも、ヤーナムの街は牙を剥く。
いや、剥いてしまったと言ったほうが正しいだろう。

彼女の目立つその身体に惹きつけられたか、数匹の獣が彼女の周りに集まり、あっという間に包囲した。
そして、リーダー格の一匹が彼女に向かって吠えると同時、全ての獣が彼女に向かって飛び込んだ。

圧倒的なまでの死の洗礼。
しかし彼女に死が訪れることはなかった。

息を1つ吐き、右手に持つハルバードを一薙する。
それだけでリーダー格の一匹を除き、全ての獣が一蹴されてしまった。
そして、彼女が振り返り獣を睥睨する。

そのギラついた視線にリーダー格の一匹が記憶の底から引っ張り出す。
身体の震えが止まらない、喉からうまく鳴き声もでない。
あの視線、あの光。
なぜ気づかなかったのだろう、最も恐るべき存在に。

かの者はツダである。

その残酷な事実に。
107:🎏 4人の兄弟の話:2016/3/23(水) 21:47:54 ID:TgHhulT0tk
「大変だ!またあいつ死んだって!」

「嘘、今月何回目だよ」

「あーあ、ほんと馬鹿なヤツ」

4人兄弟のうちのひとりが今日事故で亡くなった。長男は知らせを聞いてため息をつく。

「あいつ馬鹿だから死んだこともすぐ忘れるんだよな〜」

次男は肘をついて不機嫌そうに話す。

「今月6回目だぞ」

三男はにこりと笑って答える。

「また回収して新しいの持ってこなくちゃね」

そういえば、と長男は口を開く。

「お前らはまだ死んでないの?」

次男と三男は笑って答える。
「何言ってるんだ兄さん、俺達はもう死んでるぞ」

長男は首を締められたような感覚になり、ひゅっと喉を鳴らす。

そうだった、次男も三男も四男も、みんな事故で死んでしまった。

生きているのは長男の俺だけだ。

次男は長男を見て笑う。

「そろそろ現実を受け止めろよ」

暗転

静かな部屋に残ったのは遺書とロープ、それだけ。

長男もまた、兄弟のあとを追ったようだ。

おわり

108:🎏 ナイト・ロマンチスト・マーダー:2016/3/26(土) 20:30:08 ID:6kosZxQPU2
 ある都市伝説をご存知だろうか。深夜二時頃、白黒映画を観ていると殺人鬼が現れるというものだ。殺人鬼が現れるときの映画は、「サイコ」のようなサスペンスでもなければ、「吸血鬼ノスフェラトゥ」のようなおどろおどろしいものでもない。どちらかというと、「ローマの休日」や「アパートの鍵貸します」のようなラブロマンスや、ロマンスコメディだという。どうやら、殺人鬼はロマンチストのようだ。

 現在、午前一時四十分過ぎた頃。私はおどろおどろしいものでもなければ、ラブロマンスでもないものを観ていた。

『Osgood, I'm gonna level with you. We can't get married at all.(オズグッド、本当の事を話すわ。アタシ達、結婚出来ないのよ)』
『Why not?(どうしてだい?)』

 女装した男、ダフネがヨットの上で想いを寄せられている相手、オズグッドに自分は実は男だと伝えるシーンが淡々と続いていく。

『Well…ln the first place, I'm not a natural blonde.(えっと……まず、アタシ、本当はブロンドじゃないの)』
『Doesn't matter.(気にしないさ)』

 その時、すっと背後のドアが開く感覚がした。振り返るが、ドアが薄く開かれているだけで、他には何もない。
 気のせいだろう。そう考え、再び映画に戻る。

『l have a terrible past. For three years. I've been living with a saxophone player.(アタシ酷い過去があるのよ? 三年間サックス奏者と住んでたんだから!)』
『l forgive you.(許すよ)』

「"Some Like It Hotお熱いのがお好き"か」

 部屋には私しかいないはず。なのに背後から男の声がした。低いけれど、不快にならない、背中がゾクゾクするような魅力的な声だ。

「あなた、誰?」
「シッ。……上映中はお静かに」

 振り返ろうとしたところ、背後から手が回され、口元を覆う。仕方ない、終わってから聞こう。大方、男が誰だか予想はついているけど。

『You don't understand, Osgood.(あなた、何もわかってないわね、オズグッド)』

 ダフネがかつらを取る。

『I'm a man.(俺は男なんだよ)』
「I'm a murderer.(私は殺人鬼なんだよ)」

 男は素早くナイフを取り出すと、女の首を掻き切った。血が勢い良くほとばしる。

『Well, nobody's perfect.(なるほど、完璧な人間なんていないさ)』
「確かに」

 男はナイフについた女の血を、指でつぅとなぞると、それを口に含んだ。口角がキュッと上がる。

「不味い」





 ある都市伝説をご存知だろうか。深夜二時頃、白黒映画を観ていると殺人鬼が現れるというものだ。殺人鬼が現れるときの映画は、「サイコ」のようなサスペンスでもなければ、「吸血鬼ノスフェラトゥ」のようなおどろおどろしいものでもない。どちらかというと、「ローマの休日」や「アパートの鍵貸します」、「お熱いのがお好き」といった、ラブロマンスやコメディといったものだという。
 殺された被害者は全て心臓を抉り抜かれており、さらに、頬には被害者の血液によってつけられた殺人鬼と思わしき唇の跡がつけられているそうだ。その事から、世間では彼の事をこう呼んでいる。

ナイト・ロマンチスト・マーダー
109:🎏 名無しさん@読者の声:2016/4/5(火) 20:46:09 ID:j7z.aJWS3I
昔1レス勝負で『男の娘の日』が題材だった時に書いたものですが、結局投稿出来ずに終わってしまったのでこちらで……。




『西暦2XXX年X月X日土曜日。今日は第11回目の男の娘の日です。皆さん、元気に過ごしましょう』

午前八時。けたたましいサイレンと共に日本国内に向けて放送されるアナウンス。
街を歩いていた女性達は皆一様に笑顔を貼り付けながら辺りを見回した。
各々が手に持つは、今日のこの日の為に家から持参してきた女性服や化粧道具一式である。

その時、街の中心から一刻もはやく逃れるように走り出した背広の男が三名、女性達の視界に映った。
途端に「居たわ!!男が居たわよ!!!商店街の方に逃げていくわ」「誰か捕まえて!!」と甲高い声が上がる。

その言葉を合図に、その場に居た女性達が一斉に男三名に向かって突進していく。
「ひぃやめてくれえええ」
「後生だからどうか俺たちはぁああ」

悲惨な声が全速力で逃げる男達から上がるが、逃走劇は一分とかからず幕を下ろした。
彼らにとっては街中の女性全てが敵なのである。更に、場所は人通りが多い街中。逃げ切れるわけがない。
女性達に捕まった三名は手際よく拘束され、群がる女性達にされるがままその容姿を彩っていく。
あれよあれよと気が付いた時には、街には新たに三人の女性が誕生していた。



「だから今日一日は外出するなと言ったのに……」
ビルの一室から街中を見下ろしていた男が、たった今女性――否、男の娘に成り代わった三人の男達を眺めて呟く。
そんな男の背後で独りでに開かれる扉。男が忍び寄る気配に気付くまであと数秒。男の娘の日は始まったばかりである。



110:🎏 ロンリーバレンタイン:2017/2/22(水) 14:05:19 ID:4UVZj/rlsA
今日はバレンタインデー。
この日の力を少し借りて、勇気を出して大好きなあの人に告白するんだ。

なんて
「そもそも相手いないっつーのおおお!」

誰だよ。2月14日は「女性が男性に親愛の情を込めてチョコレートを贈与する日」(W*ki引用)だとか決めたやつは。
そして何みんなちゃっかり告白とかしてやんのさ。
そもそもバレンタインはローマ帝国時代の女神様の誕生日とかなんかで、15日のなんちゃら祭の先日祭みたいなので男女がうんぬんかんぬんするっていう、ローマ帝国の風習的なもの。
日本のバレンタインデー文化に、そのような起源、普及過程、社会的機能、歴史的意義とかないっつーのさ。
てゆーか、日本のバレンタインデーも1958年ころから流行しただけであって、それも流通業界や製菓業界によって販売促進のために普及されたようなものだし。
そのおかげで、バレンタインデーは日本のチョコの年間消費量の2割程度を消費するという、製菓業界にとっては、うへへーな結果になっちゃってるんだよね。

みんな製菓業界の手のひらで踊らされているのにか気付いていないんだよ!
「バレンタインデーはチョコレート業界の陰謀」(W*ki引用)なんだよ!
みんな! 目を覚まして!

「くそっチョコレート業界め。 わたしにもチョコ恵んでくれっての。」
「なに独りでぶつくさ言ってんだよ。 弥生。」




バレンタインデーの裏事情について(脳内で)語っていたら、わたしの頭に腕を乗っけてきやがった誠。
何様だよ。

「俺様だよ。」
「あんたまだ中二なの? え、末期なの? 末期なの?」
「うぜえ。独りでW*ki引用しまくってるやつに言われたかねえわ。」

なぜバレたし!
W*kiとっても役に立つんだよ!
ってか独りって・・・

「独り言うな! 1人と言え!」
「事実じゃねえか。 認めろよ。」
「ぬ、ぐ、あんたも! あんたもどーせ誰にももらってないんでしょ! あーかわいそう!」
「残念。」

そう言って誠はニヤリと笑った。
そして、紙袋いっぱいに詰められた、可愛いラッピングが施されたものを、わたしに見せつけてきた。





「・・・っ!」
「生憎、俺顔はいい方だから、この日は困らないんだよねー。」

くそっ! 美味しそう!
最近の女子高生の手作りチョコってハイレベルなんだよね!
111:🎏 ロンリーバレンタイン:2017/2/22(水) 14:06:26 ID:4UVZj/rlsA


「だけど俺は誰にもお返しするつもりはない・・・。 だって俺は弥生が」
「神様俺様ナルシ誠様・・・! わたしにチョコを恵んでおくれ・・・!」

なんかぶつくさ言ってる誠のうざさは放っておいて、チョコを恵んでもらおうと試みた!
・・・が。

「・・・っ。」
「まこと・・・?」
「・・・やらねえ。」
「は」
「ああ?」

なんか急に怒っちゃってるよ。 まこっちゃん。

「・・・なんでよ。てかなんでおこぷんしてんのよ。」
「古いわぼけ。」
「そんなのどーでもいいよ! はよチョコくれ!」
「こんなのいくらでもくれてやるわ!」

え、意味分からんよ。
てか、なんかこちらを凝視してるし。
あれ? なんか顔赤いですよ誠くん。





「女の子が悲しむよ。」
「どうでもいいわ。」
「うわー罪な男ー」
「お、俺はただ!」
「うおっ! なんだよ」
112:🎏 ロンリーバレンタイン:2017/2/22(水) 14:07:41 ID:4UVZj/rlsA
急に大声出して、私の両肩をがっちりホールドしてきたよ。
ま、まさか・・・
「お、お金なんて持ち合わせてませんよ」
「恐喝じゃねえっての!」
「じゃあなにさ!」
「気づけよ!」
「なにを!」
「だから、俺が弥生を好き・・・あ。」
「それがどうした! ・・・え。」

なんか今・・・
好きって聞こえたような・・・。

え、誠が? わたしを?


「あ、いや、ちが」
「・・・」
「・・・弥生?」
「俺は弥生のチョコにしか興味ねえ」
「は」
「とか言っちゃう系?」
「え、あ、うん・・・」
「・・・」
「弥生? 弥生さーん」
「なにそれ」
「え」
「チョーウケるんですけどおおお!」
「え・・・」
「誠ってば顔真っ赤にしちゃって!
そんなお茶目なとこあったの? ばくわら!」
「や、弥生てめ・・・」
「なにさ。 ぷ、ぐふふふっ」
「人が勇気出して告ってんのに・・・」
「あーごめんごめん」
「思ってねえだ・・・」
「わたしも好きだよ」
「え・・・」
「うそだけど。」
「・・・」

この子、目輝かせたと思えば死んだ魚みたいな目したり・・・
わたしの言葉で一喜一憂しちゃって・・・。
こんな可愛かったっけ!

「あーもう! きみそんな可愛かったっけ」
「・・・もうなんとでも言えよ」
「拗ねない拗ねない。 はい」

拗ねてる誠にチロルチョコあげた。
そしたらまた、ぱって明るくなっちゃってるし。
113:🎏 ロンリーバレンタイン:2017/2/22(水) 14:08:03 ID:4UVZj/rlsA


「チロルチョコでごめんね」
「え、でも弥生が俺のために・・・」
「友たちにもらったやつだけど。」

また落胆してる・・・!
やばい! ハマってしまう・・・!

「・・・べつに」
「ん?」
「それでも・・・弥生からもらえたからいい」
「あら」
「なんだよ」
「いや、惚れるようなこと言うよね」
「え、まじ・・・?」
「惚れないけどね」
「・・・」
「そんなあからさまに落ち込むなよ乙女!」
「・・・俺は男だ」
「はいはい。 ま、」


「ホワイトデーまで考えといてあげるから、せいぜい頑張ってよ」


少女マンガでありそうなセリフ言ってみたら、誠くんが威勢のいい声でおうっ!って言ってた。
ま、こんな独り身バレンタインデーもアリかもね。
114:🎏 ワスレズ:2017/4/25(火) 10:44:24 ID:aeiPKD4Roo

 亡くなってしまった人のことで、最初に忘れてしまうのは『声』らしい。じゃあ逆に、最後まで覚えていられるものって、いったい何なんだろう。




 葬儀が終わって家に帰って来る頃には、すっかり暗くなっていた。私は着ていた黒い服を脱ぎ捨てて、ドサリ、とソファーに倒れこんだ。なんだかどっと疲れた気がする。明日も仕事だと考えるとますます気が重い。支度をした時に出しっぱなしにしていた鏡のせいで、自分と目が合う。アイラインがにじんでしまっている。あんなに泣いたのだから無理もないか。

 実家を出て一人暮らしをして数年。自炊にも仕事にも慣れて、順調に生活していた中での突然の祖母の訃報だった。病気をした、とは聞いていたけれど、こんなにあっけなくいなくなってしまうとは思っていなかった。もっと顔出しに行けばよかった、なんて後悔は今更すぎた。昔はよく会いに行ってたのに。世話焼きだったから、ちょっと遊びに来ただけのつもりなのに、結局夕飯までご馳走になって帰ったっけ。

「……お婆ちゃんの料理、大好きだったなぁ」

 主婦歴の差なのか、やっぱり母が作る料理よりも美味しかった祖母の料理。私があまりに美味しい美味しいって食べるから、母が拗ねたこともあった。それからというもの、たまに鍋ごと持ってきてくれるようになったんだけど。……あの料理、なんて言ったっけ? 喉元まで出かかっているのに、料理名が出てこない。耐えきれなくなって、私は母に電話をかけた。

《はい?》

「あ、お母さん? あのさ、昔、よくお婆ちゃんが作ってくれた料理なんだっけ? ほら、里芋とかごぼうとかがたくさん入ったお汁……」

《あー、けんちん汁?》

「そうだ、それそれ」

 思い出した。思い出してすっきりするとともに、久々に食べたくなってしまった。材料はまるでないが、今から行けばスーパーには間に合う。疲れているけど、お腹は空いてるし。
 少し迷って、私は母に尋ねたのだった。


「……ね、それ、どうやって作るの?」




 材料はわかるけど、分量は全部曖昧なレシピを元に、けんちん汁を作った。見た目はそれっぽくできたけど、味はどうだろうか。お椀に盛ったけんちん汁をまじまじと眺めて、意を決して箸を持つ。

 里芋を一つ、頬張る。
 咀嚼して、飲み込む。

 汁を啜る。
 少し舌で転がして、飲み込む。

───あぁ。
 わかってはいたけれど。主婦歴50年以上の祖母の味が、自炊歴たかだか数年の若造に出せるわけがない。材料は一緒のはずなのに、どうして違うのだろう。その答えはきっと、祖母にしか出せない。私にあの味は作れない。

 亡くなってしまった人のことで、最初に忘れてしまうのは『声』らしい。祖母のことを少しずつ忘れていって───いつか、祖母のけんちん汁の味も忘れてしまうのだろうか。
 それはなんだかとても嫌だなぁと、あんまり美味しくないけんちん汁を食べながら、ぼんやり思った。
115:🎏 滑り込みセーフ?:2017/4/30(日) 23:35:14 ID:NDGbZRwiy.

「君って2回目でしょう?」

高校の入学式、オリエンテーションが全て終わって、はじめましての友人と帰ろうと玄関に向かう途中、紫の目が俺を呼び止めた。白衣を着た教諭にそう突きつけられる。言葉の意味は誰にもわからないだろう。周りの生徒が怪訝な顔で俺たちを見守る中、俺にだけは問いかけの意味がはっきりとわかった。そしてようやくそう問いかけてくれる人に出会えたのだと、かすかな喜びに震えていた。

生白い教諭の整った顔立ち、そこに埋め込まれたスミレ色の瞳が鈍く光を放つ。


【21g】


この体に生まれて、16年目の春だった。

意識の中の自分は、板垣蘇芳准尉であり、明治24年生まれの男である。年齢は最後の記憶で言えば、おおよそ30を迎える手前だった。
死んだのは1919年の秋、第一次世界大戦が終わった年である。

そう、そもそもの話だが、俺は一度死んだはずだった。どのようにして死んだのかもいつ死んだのかもはっきり覚えている。なのに再び目を覚ましたその時には、全くちがう人間として生まれ変わっていた。知識も記憶も、ましてや思い出すらそのまま残して、俺は草壁蒼太となっていたのだ。

理由も何もわからなかった。当然周りにそんなものはおらず、見知らぬ世界に体もうまく動かせぬ状態で放り込まれた気がした。一生孤独にこの秘密を抱えて生きていくのだと思っていた。−−今日までは。


目の前の物言わぬ瞳を見返す。16年、秘密を知るものには一度も出会えなかった。だったら、この男はいったい?

「あれ、藤咲先生と蒼太って知り合いなのかよ?」

無邪気な声が俺たちの間に割って入った。ハッとして友人たちを振り返れば、不思議そうではありながらもどことなく面白がった子供の顔が迎えてくれる。黒田が俺に手を伸ばし、なぁ、と言いながら肩を引き寄せた。

「藤咲先生みたいな得体の知れないやつとどういう知り合いだよ」

こそっと囁かれ、きょとんとする。

「それはどういう……?」

「だーかーら、藤咲先生って謎が多すぎるって有名なんだぜ。俺の兄貴の代からさぁ……」

ニヤニヤと黒田が笑いながら次の句を続けようとしたが、それは急に伸びてきた腕に阻まれた。それは俺のカバンを引っ張り込むと、強引に黒田から引き離し、自分の隣にまで連れていく。

すみません、と頭上から聞こえた声には一ミリも謝意が込められていない。

「お察しの通り僕と彼には少しつながりがありまして、彼をこれから借りても?」

「何を……」

強引さにムッと眉をひそめて抗議すれば、冷たい一瞥で黙らされる。文句を飲みこんな俺を目の前にして、黒田をはじめとする友人たちは何もすることができなかった。戸惑いながらも、わかったと了承せざるをえない。何せ今日からの付き合いなのだ。当然の反応だろう。

藤咲と俺に別れを告げ、彼らが去っていく。呆然と他の生徒たちに紛れ込むのを見ていた俺に、黒田だけが振り返った。連絡しろよという彼に俺は手を振り返した。

「さてと、いきましょうか。蒼太くん?」

悪魔然として俺を見下ろし笑みを浮かべた藤咲を前に、俺は憮然としてうなづいた。
116:🎏 スペースないのはiPadちゃんのせい:2017/4/30(日) 23:38:38 ID:NDGbZRwiy.


「お前一体何者だ」

生物準備室に連れ込まれた俺は、ドアに鍵がかけられた途端に詰め寄った。藤咲はこちらを振り返り、不愉快そうに片眉を持ち上げる。キザな仕草に苛立ちが募り、つい舌打ちが漏れた。

「ずいぶんな言い草だね、こっちは君の味方だっていうのに」

「何が味方だ。あんなふうに人前で……」

「いいじゃないか、どうせ誰にもわからない。これまでだって何度も頭のおかしいやつだと思われてきたんだろう?」

「貴様っ……!」

挑発に頬に怒りがさした。歯を剥いた俺を見て藤咲は肩をすくめる。すまなかったとあっけなく吐かれた謝罪を前に俺も勢いを削がれた。藤咲はそんな俺を認めると、狭い室内に無理やりはめ込まれたソファを指で刺す。荷物と埃の積もった場所だ。

「とりあえず座って落ち着くといい。君をここに連れ込んだのは、何も喧嘩がしたかったわけじゃないさ」

言われて意識がソファから藤咲に戻った。

「それじゃあ何を」と思わず尋ねる。確認だよ、とやつは素直に答え、「コーヒーでいいかい?」と的外れなことを尋ねた。


入れたてのインスタントコーヒーを抱えて、俺はソファに、藤咲はデスクチェアに腰を下ろした。どちらも古いのだろう。座った瞬間にギシリと軋む音がする。

そうして俺は対角線上に座った男を眺めた。すらりと細長い体躯を白衣で包んだ彼の顔は童顔で、正直年齢がわからない。二十代と言われればそう見えるし、四十間近と言われればそのようにも見えるのだから不思議なものだ。

ゆるりと癖についた茶に近い髪がまた彼を若く見せているもだろう。そしてその美しい顔立ちによく似合う紫の瞳。先ほどはスミレだと思ったが、こうして影を落とせばあやめの方が近いのかも知れない。

「僕の顔に何かついている?」

少しばかり困った顔で藤咲がこちらを見返した。いや、と答えて薄味のコーヒーをすする。

「得体が知れないと思っていただけだ。それより用はなんなんだ」

瞳の色のことなど、考えていたというのも恥ずかしい。追求を恐れて話題を変えれば藤咲は苦笑したのち、やや真面目な顔つきでマグカップをにらんだ。まるで俺から意図して目を背けているようだ。

「君は、自分が死んだその瞬間を覚えているね?」

一瞬、息が止まった。予期していたとはいえ、考えたくもなかったことだ。少しの沈黙の後におれは素直にうなづく。

「覚えている、忘れられるわけがない」

それもそうだ、と藤咲が相槌を打った。そうでなければ「二度目」を味わうことなどあり得ないとも。
117:🎏 あと二つほど:2017/4/30(日) 23:40:09 ID:NDGbZRwiy.

どうやら藤崎の方がこの件に関しては詳しいらしい。どういうことかと聞くより先に、藤咲が大きなため息をついた。

「もう二度と会えないかと思った……」

「は?」

意味のわからない言葉につい怪訝な声が出る。それで藤咲も、自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったのか思い知ったのだろう。しばしの沈黙の後、頬を赤くして拗ねたような顔でこちらを見た。

「べ、別に君にってわけじゃない。話のわかる人にってことだよ。……この体になってから、初めてなんだ。話が通じる人に会えたのは。やっぱり精神医学が進化しすぎなのか、前世の記憶なんて言ったら心の病って思われるんだろうな……」

最後の方は哀愁を含んだ独り言になっていった。はぁ、と半端に口を開けたまま聞いていた俺は、ふと湧いた疑問に眉をしかめる。

「おい、お前は『この体になってから』と言ったよな。と、いうことは、もっと以前の記憶も持っているということか? 何度目なんだ貴様」

うろんだった藤咲の目がこちらに戻ってくる。しっかりと俺を見ると、解けるように笑って見せた。

「そりゃあまあ、秘密だよ」

得体の知れない男はそうのたまい、やはりこれは人ではないのでは、と俺を警戒させる。なんだろう、もののけを彷彿とさせる紫の瞳が、実に楽しそうに俺の目の前で笑みをかたどった。
118:🎏 これで最後!ありがとうございました:2017/4/30(日) 23:42:57 ID:NDGbZRwiy.

21グラムだよ、と真面目な調子に戻った藤咲が俺に告げた。21グラム? 聞き返した俺にやつはうなづいて見せる。

「君は自信家そうだから心配してないけど、君の体も頭も正常で、人と違うのはここだけ」藤咲は胸を手で抑えた。「魂だ」

人は死ぬとそれを失うと言う。通常であればそれは長い期間をかけて真っ白になるまで洗われて、そしてまた違う入れ物にと移される。つまり、体は死ねば朽ちるだけだが、魂は最初に生まれた時から同じ、と言うことらしかった。

「だから、たまにあるでしょう。行ったこともないのに懐かしい風景とか、初めて聞く歌のに歌えることとか。それは体じゃなくて魂が覚えているんだ。そしてそれは本来、残ったとしても聴覚とか視覚だとか五感による本能的なところだけのはず。でも、僕らは違う」

藤咲は俺をまっすぐに見つめて言った。

「こんなことはあっちゃいけないんだよ。でも僕らは忘れられない。それだけの記憶を持っている。それが魂に傷をつけてしまって、それが癒えるまでは……」

何度でも繰り返す。低い、藤咲の声に、彼であって彼ではない何かを垣間見た。細められた紫の瞳が、じっとりと質量のある闇を纏い出す。

死んだ時のことを覚えているか。

そう尋ねられた瞬間、その時をありありと思い出した。忘れられるわけがないのだ。いや、忘れてはいけないのだ。

「ま、そう言うわけでお互い協力しようよ。僕は君に教えることができるだろうし」

「ああ、そうだな」

我に返ってそう答えた。藤咲に協力して損をするようなことはなさそうだ。そう思った瞬間、細められた瞳に身震いする。軍人としての本能が、俺に警告を与えたがその目はすぐに緩められてしまった。

ところで、とまた違う雰囲気で藤咲は俺を見つめた。どことなく不貞腐れた表情が童顔に磨きをかけている。

「一応僕先生なのにさ、蒼太くんずいぶんな態度じゃない?」

「は? 何がだ」

「いや、何がじゃなくて、敬語じゃないし? むしろちょっと圧を感じるし?」

ふむ、と少しばかり悩む。そういえば普段は気をつけているが、今日は完全に気を抜いていて昔のままの口調になっていた。

「しようがないだろう、癖だ。そもそも貴様がその腑抜けた話し方を治す方が先ではないのか」

「む、……腑抜けた……。僕の方が年上なのにー……」

ぶつくさという藤咲を鼻先で笑う。

恨めしい顔をしていた藤咲だったが、やがて諦めて最後に俺の名前を尋ねた。今のものではない、かつてそう呼ばれていた俺の真の名前だ。

蘇芳、と答えた俺に、ふしぎと藤咲は懐かしげに目を細めた。帰ろうと腰を上げた俺を、藤咲の目が追いかけてくる。

「蘇芳准尉ーーその家には気をつけたほうがいい」

唐突に呟かれ、振り返った。そこにあったスミレ色の瞳は細められ、藤咲はゆっくりと舌なめずりをした。は? と言葉の意図がわからない俺の前で彼は悠然と笑う。やはり、得体の知れない彼を前に俺はなぜかくっきりと食われる予感を知った。


To be continued...(そんなわけない)
119:🎏 ◆WkDavSmAoY:2017/5/1(月) 21:14:12 ID:z3trMHcZ5.
 時間の止まったような家、そんな表現を僕は本でよく読んだ。しかし実際空き家に近寄って見ると古すぎて時間の停止を実感出来ない。恐らく僕が生まれるより前から在るものは、時に置いてきぼりを食らったかのような雰囲気がある。
 だから、家は生きているというのが、僕の持論だった。

「……──すごい」

 入り組んだ迷路のような、少しでも身動きを取れば苔だらけの塀にぶつかるほどの細い路地の中。視界が急激に広がった。
 現れたのは雑草の生い茂る空間に赤い屋根と白い壁。開け放たれた窓に揺れる白いカーテン。無遠慮に雑草を踏みしめ、窓から屋内を伺うと作りかけの料理に、先ほどまで子どもが遊んでいたのだろう点けっぱなしのテレビゲーム。おかしいのは、ただ人がいないだけ。ペットでさえ、いない。
 文字通り、忽然と生きているものが消滅したまま数年が過ぎ去ったかのような錯覚。


────
仕事で細い路地をうろついてるからこんな雰囲気の話が書きたかった
推敲してないからおかしいと思うけど流してくださいな
120:🎏 ◆WkDavSmAoY:2017/5/23(火) 08:21:03 ID:Supe.2Nvxg

「──、おいで」

 嗚呼。そんな声で私を呼ばないで。私を支配しないで。

「──」

 どうして。私を縛り付けないで。私にはもう、これ以上貴方に差し出すものなどない。

「──?」

 初めてを、燃えるような真っ赤な水を、真っ白な骨を、この身を、名前を意思を魂を存在そのものを捧げたの。
 だから、そんな哀しそうな音で私の名前を呼ばないで。

────
名前は一番短い呪だから名前を知られたら呪縛を受けるのではっていう
121:🎏 :2017/6/29(木) 13:44:41 ID:/Ehq2rEIVE
2001年、山茶花の咲く庭にて。
 妹が映る最後の写真は俺が持っている。多分、あのころが俺の絶頂期だった。

 

 2014年、アジサイ濡れる都心にて。

 なんだか最近、街がざわついている。

 梅雨開け間近のぐずついた空を見上げて、僕は鼻先を動かした。ちょっとばかりの湿気に襲われてくしゃみが飛び出す。いつもの街、いつもの通学路。いつもの制服にいつもの鞄といつもの、さえない僕。

 見慣れた駅を出て、これまた見慣れた道を行く。日はとうの昔に天辺まで登っていて、僕は相変わらずの遅刻だった。昼から学校に出始める僕に、多くの友人たちからラインが届く。

『重役出勤かよ』

変なスタンプと共に送られてきたメッセージに、僕は思わず苦笑した。どうでもいい文章。どうでもいい会話。スマホをポケットにしまいこんで、イヤホンを耳に詰め込む。いつもより少し大きい音で、流行りの訳わかんないバンドの曲を流し始めた。みんながかっこいいって言ってるし、テレビでもよく見るから聞いているだけで、別に好きでもなんでもない。

 大体、何もかもがどうでもいい。日向においたアイスみたいに、溶けて崩れそうな僕の毎日。

「つまんな……」

思わずそんな呟きが漏れた。街だけが騒がしい。まるで明日から何かしらの革命が起きるって、そう信じているみたいに。人々は何事かを主張し合いながら生きている。けどどうせ、そんな革命はパフォーマンスだ。

 17になったらそのくらい、分かってしまう。

 コンビニで昼飯を買って外に出た。じっとりと湿った外は少し小雨が降り始めている。鞄の中から傘を出そうと立ち止まれば、後ろから歩いてきた集団が次々とぶつかっていく。よろけて転びそうになった僕を彼らは笑った。
122:🎏 :2017/6/29(木) 13:48:12 ID:/Ehq2rEIVE
派手な髪色にジャラジャラと纏わりつくように身に着けた銀のアクセサリー。碌に学校にも行かず、働いてもいない連中だ。僕だって人のことなど言えたものではないけれども、確実にでっかい波の端っこで流されているような人種。つい、舌打ちが漏れた。それがまずかった。

「あ? お前何? なんか文句あるのかよ?」

一番後ろを歩いていた男が僕を振り返り、つばが掛かってきそうな勢いで叫ぶ。何でもないです、そう言っても事は収まらなかった。

「お前、学校ドコよ。こんな時間に遊んでるって学校にちくってやろーか?」

「……やめてください」

鞄を持った腕を掴まれて、僕は思わず身を引こうとする。思わず顔を顰めるくらいの力で男は僕の腕を掴み、それを阻んできた。気が付くと前に行っていた連中も戻って来ていて、僕を取り囲んでいる。まずい連中に絡んでしまった。

「学校にちくられたくなかったら財布の中身ちょーだい。今時の高校生って金もってんだろー? 早く出せよ」

「つーか、こいつの高校どこ?」

「あっ、学生証みっつけたー」

「ちょっ、やめてください!」

勝手にポケットをまさぐられて、学生証を取られた。返せと要求するも、髪を真っ赤に染めた男がへらへらと笑って僕を弄ぶ。周りもそれに釣られたように、爆笑し、僕をさらに煽った。恥ずかしさに顔が赤くなるのが分かる。けど、この人数を僕がどうにかできるとは思えない。ケンカなんてしたこともないし、もやしっ子に出来る事なんて何もなかった。

「金出すから、学生証返してくださいよ!」

「えーっ、お前らどうするよ?」

「どうせ今はそんなに持ってねぇんだろ? これは預かっててやるからさ、家帰って母ちゃんの財布からも取ってこいよ。最低10万な」

「そんなっ……、無理に決まって……!」

焦って反論した僕の前に、男が学生証を突き出す。もし指示に従わなかったら、と彼は言ってにやりとした。

「小島優斗くんが学校サボっていけないことしてたって、あることない事学校に吹き込んじゃおうかなー」

「俺は別に、遅刻しただけで……!」

そんな事は関係ない。男がそう言って俺を嘲笑った。選択肢は二つに一つだ。学生証を取り返すために金を家から盗んでくるか、それとも学校にあることない事吹き込まれるか。

 悔しさに口を噛んで俯く。僕を取り囲む男たちはにやにやと笑いながら、決断を迫るカウントダウンを始めた。10秒以内に決めなかったら強制的に学校に電話をする。

「6、5、4……」

3、と言われる前に僕が分かったと言おうとしたときだった。

「ヒャッハー! 俺がヒーローだぜっ!」

そんな叫びが聞こえたかと思うと、僕に詰め寄り、学生証を突きつけていた男が吹き飛んだ。唖然としたのは僕だけじゃない。僕を囲んでいた連中も唖然としてその光景を見ていた。

123:🎏 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:49:27 ID:/Ehq2rEIVE

「ヘイヘイヘイ、良い子のみんなー? 俺が来たからには悪行はおしまいよ!」

「な、なんだよお前……」

男のテンションに、先ほどまであんなに勢いのあった彼らも引き気味になった。気持ちはよく分かる。助けてもらっておいてなんだが、僕もこの人のテンションがさっぱりわからない。

「お、お前なんだよ! 急に入ってきて邪魔すんじゃねーよ! テメェに関係ねぇじゃねぇか!」

蹴り倒された男が怒りをそのまま男にぶつけるように怒鳴った。関係ない? 自称ヒーローはその言葉に首を傾げる。彼はもう一度男を蹴り飛ばし、握っていた学生証を奪うと、更に男の腹を踏んだ。グッと苦しそうなうめき声を男が漏らす。

「関係ない? 俺に関係ないことなんてありませんけどー! 三百六十度、周りぐるっと全部で起こることは俺に関係あることですけどー! この西水流さまはなぁ、視野が広いんだよ!」

多分彼の主張において、視野の広さは関係ない。何言っているんだろう、と相変わらず引き気味だった僕とは変わって、その一言に取り囲む連中はざわついた。ニシツルだって? 誰かの囁き声が聞こえる。

「やべーよ、あいつ、頭おかしいよ」

それには同感だ。

「ニっ、ニシツルってもしかして旧帝の西水流かよ!」

連中の一人がはっきりと叫んだ。それに彼の仲間内はざわついて行く。やばいよ、という焦燥のこもった声がさざ波のように広がっていく様を、僕は呆然と眺めていた。ニシツルさんと言うと、一人、飄々とした顔で懐かしいなぁなどと言ってる。

「旧帝の西水流とか久しぶりに呼ばれちゃったぜ」

ハハッと笑った西水流さんに、連中は顔を見合わせた。逃げると言うことで意見が一致したらしい。すっかり伸びてしまっていた仲間を一人かついで、足を揃えて逃げ出す。西水流さんは笑顔でそれを見送り、手まで振ってやっていた。

「よーし、片付いたな。坊主、お前ちゃんと高校行かないとバカになるし、友達に会えなくてブルーになるぞー」

振り返った西水流さんが、僕に学生証を手渡してくれる。素直に礼を言えば、彼はにっこりとして、僕の頭を撫でてくれた。まるで子ども扱いだ。

「よっしゃ、これで一日一善達成だぜ。サカエに教えてやろーっと」

「イチニチイチゼン?」

飯のことかと尋ねれば、西水流さんは思いっきり僕をバカにした顔で見下ろした。学校行けよ、と哀れむような調子で言われ、さすがにムッとする。

124:🎏 長くて心折れそう:2017/6/29(木) 13:51:30 ID:/Ehq2rEIVE

「一日一膳だったらひもじくて仕方がねぇじゃんかよ! 違ぇよ、善い行いの事だって。一日一善! わかる?」

「はぁ……、大体」

けれどもなんでそんなことをしているのかが分からない。西水流さんが警察の制服が似合いそうな、好青年だったらまだしも、さっき僕をカツアゲしていた連中と大差ない姿なのだ。金髪も派手な身なりも騒がしい話し方も、僕が軽蔑する人種だと言うのに、西水流さんは僕には考えもつかない妙なことを言う。一日一善なんて、あほらしい。

 僕が妙な顔をしていたのか、西水流さんにその違和感が伝わったらしい。彼は髪をガシガシと乱暴に掻くと、あのさぁ、と少し真面目な顔で僕を見下した。

「お前、ロックのジャンルでオルタナ、alternativeって知ってるか」

僕は素直に首を振った。そもそもロックのジャンルなんて知らない。流行っているバンドや歌手が全てだし、ジャンルなんかで歌なんて聞いた事が無かった。それを告げれば、あからまさに西水流さんは嫌な顔をする。

「alternativeって言うのはよ、普通単語としては代替のとか代わりのって訳すだろ? でも、alternative rockって言うのはさ、それとは意味が違って主流の物とは趣向が異なるロックのことを言うんだよ。俺たちはそれなんだって」

「よく、わからないです」

「って言う顔してるよなぁ。仕様がねぇなぁ」

ロックのジャンルがどんなものかはよく分かった。けれどもそれが西水流さんたちだと言うことはよく分からない。バンドでも組んでいるのかと言えば、西水流さんは違う、とまた首を振った。

「俺たちは主流とは全く別の、むしろ逆の路線を走るんだよ。お前らは無関心、だから俺たちはなんにでも関心を持つ。自分の物だと思って関わってる。一日一善もそれの一つ。みんなそんなことしようとも思わねぇだろ? だから俺たちがやるんだ」

「なんでわざわざそんなことをするんですか?」

僕の何気ない問いに西水流さんは呆れたようだった。理由なんているのか? そう彼は僕に問う。何かしようとしたことに対して、大義名分がいるのは革命だけだと。彼は見た目の割に随分と賢そうなことを言っている。

「けど、別に西水流さんたちがやる必要はないじゃないですか」

僕が納得できずに異論を述べれば、西水流さんは目くじらを立てて僕を怒った。お前バカなの? そんな彼の罵声は案外僕を傷つける。

「あのなぁ、誰かがやるから俺がやらなくていいなんて道理にはなんねぇんだよ。かっこいいだろうが、かっこいいのは俺がぴったりなんだよ。俺がそう思うから俺がやるんだよ。なんか悪いのか?」

「いえ……、悪くないです」

「あとさ、サカエが前に言ってたぜ。主体的に生きなきゃつまんねぇんだよって。意味わかるか? 要は、俺が主人公だぜって思って生きないとなんもかもがつまらなく見えるぜってことだよ、坊主」

そう言うと西水流さんは僕の背中を思い切り叩いた。痛みと勢いに、つい丸まりがちの背中が伸びる。ほら、と彼は何故か得意げな顔で僕を見て、その方がいいと笑った。

「格好つけて生きないとあっという間に腐っちまうぜ。世界って絶えず変化してんだからな」

学校行けよ、と西水流さんは僕にもう一度忠告した。バカになっちまうぞ、とやっぱり彼には言われたくないことを言う。それから礼を言った僕に笑って、彼は去っていった。さよならを言わない人なんだと、僕は遠ざかる背中を見て知った。
125:🎏 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:52:06 ID:/Ehq2rEIVE
友達からのラインが届いている。

『お前いつ学校来るの?』

予想以上に遅れている僕に対する心配だ。いつもだったら面倒くさくて多分返信はしない。さした傘を枢と回して、僕は息を吐いた。傘の淵から見える空は相変わらず曇っていたし、すっきりしない天気だった。

「alternative rockか」

聞いた事のないジャンル、と言うか真面目に音楽なんて聞いた事ない。流行りの音楽を止めて、僕はイヤホンを耳から外した。

『今にも行くよ』

友だちにラインを返してスマホをポケットにしまい込む。傘をそっと畳んでみた。必要なほどの土砂降りでもない。今日くらい、明日はないかもしれないけれども今日くらい、ちょっとだけ格好つけて生きて見ようか。

 街を振り返る。なんだか街がざわついているように見えた。



 2008年、桜散る放課後の校庭にて。

「田代ってさ、別に不良じゃないよな」

 同じ中学からこの春、旧岩庭高校に進学した泉昌哉が呟く。そうだけど、と俺は応えた。桜の下は毛虫が落ちてくるぞ、と昌哉に教えてやった直後のことだった。

 あまり中学では話さなかった奴だが、悪い奴ではと知っている。泉昌哉は野球部のエースで、しかも勉強もよくできた。それなのに不良の巣窟と言われる旧岩庭に進学した変人だ。

 旧岩庭に進学した理由を問えば、昌哉は頬を掻き、さぁと肩を竦める。

「高校生になってまで真面目って言われるのもヤダし、どこ行っても野球部入れって言われんのもヤダし。宮廷野球部無いじゃん、だからいいかなって」

「野球やめんの」

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