むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
869:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/9(月) 15:42:52 ID:4jRYvwqKz2
―――大聖堂(庭園)―――
ジョー「ふいー!今日はよく眠れそうだぜ」ホロヨイ
神父「へはうぃわうりはおふ〜」デイスイ
ジョー「それにしても…威張ってる割には下戸だったんだな。おっさん…」
神父「にょふふ。おらぁがしゃんとしぃねん…あたしゃおねむだよ〜」バタッ
ジョー「おい、んなとこで寝るな!?」
シスター1「あら?ワンちゃんったらお寝坊さん?」
シスター2「かっわっ……」
シスター3「い〜〜〜い!!」
シスター1&2&3「きゃぁ〜〜〜!!!」ピョンピョン
マルク「」スヤスヤ
ジョー「(…そういや宣教師さん、おせーな。まだマリーさんに付いてやってんのか?)」
トト「はぁ〜!公に酒が飲めるなんてたまんねぇな、ジョー!」
ジョー「ん?あぁ、そうだな!」
トト「今日は飲み明かすぞー!」
ジョー「…まだ夕方だぞ?気が早すぎだろ?」
トト「はぁ?このままぶっ通しに決まってんだろ!」
ジョー「はぁ?勘弁してくれよ!ほとんど寝てないんだぜ!?」
トト「ダメだ!昨日はお前のせいで遅くまで準備させられたんだぞ!酒の席くらい付き合えよ!」
ジョー「(唯一酒を楽しめる日っつっても、みんな悪酔いしすぎだろ…)」
870:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/9(月) 15:49:55 ID:ur1V531DUI
スタスタ スタスタ
トト「ん…おい、ジョー!あれ…」トントン
ジョー「誰かが裸踊りでも始めたのか?」グビグビ
トト「ちげーよ!あれだって!」
ジョー「なんだよ。しつ……!?」
カロル「人がいっぱいいるね?」キョロキョロ
ナラ「き、きょうは…パーティーだから」モジモジ
ジョー「な、なんでボウズが…!?」
カロル「あっ!」タタタッ
ナラ「」ビクッ
シスター1「なに、この子?」
シスター2「きゃー!かわいい!新しく入った修道子かしら?」
カロル「マルク!」
シスター1「マルクってお名前なの?」
マルク「わんっ!」ピョンピョン
シスター2「きゃー!ワンちゃん起きた!」
カロル「わっ」ドサッ
シスター3「あらまぁ。乗し掛かっちゃダメでしょ、ワンちゃん!」
マルク「」ペロペロ
カロル「あはは!くすぐったいよ!」ニコニコ
ナラ「か、カロ…ル?」ビクビク
カロル「くすぐったいったら!もう!そんなに寂しかったの?」ナデナデ
シスター1「ワンちゃんとお知り合いなの?」
シスター2「きゃー!もしかして…ワンちゃんを飼ってる子!?」
シスター3「へ?それって……」
シスター1&2&3「ホビット!?」
871:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/9(月) 15:52:19 ID:4jRYvwqKz2
シスター1「き、キャー!?」タタタッ
シスター2「わ、わわ…!誰か!誰かー!!」タタタッ
シスター3「ホビットよー!ホビットが脱け出したわ!」
トト「よーし!俺が取っ捕まえてやる!」ダッ
ジョー「待て!俺がなんとかする!」ダッ
トト「はぁ?自分ばっかいい格好しようったってそうはいかねぇぞ?」タタタッ
ジョー「ち、ちげーよ!いいから待てって!」タタタッ
カロル「?」
ナラ「か、カロル!」ガシッ
カロル「平気だよ!おばさまは見方を変えるって言ってたじゃない?」ニコッ
ナラ「」オロオロ
マルク「わぅ?」
トト「捕まえた!」ガシッ
カロル「へ?」キョトン
ナラ「か、かろ……」アセアセ
ジョー「はぁ…。なぁにやってんだか」
トト「ちょくちょく出てきやがって!なんなんだ、お前は!」
カロル「ボクらは遊びに来ただけだよ?」
トト「はぁ?なに言ってんだ、お前?」
カロル「アリアスさんが約束してくれたんだ!もうボクたちは自由だって!」
トト「???」クエスチョン
872:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/9(月) 15:56:35 ID:4jRYvwqKz2
ジョー「一緒にいるちっこいのは?」ジロッ
ナラ「」ビクッ
ジョー「…お前がボウズを出したのか?」
ナラ「」ビクビク
ジョー「はぁ…。とにかく今すぐ戻れ。ここには貴族の方たちも……」
兵士3「何事か!」
兵士4「ホビットだそうだな?」
ジョー「ちっ…」
カロル「(鎧だ…。かっこいい!)」キラキラ
貴族「たまらんなぁ。ネズミにうろつかれては…?」スタスタ
トト「(やべぇぞ…。よりによって、この人かよ…!)」
ジョー「申し訳ない。我々のミスです。すぐに牢に押し込めますんで」ペコリ
貴族「その必要はない。余興には打ってつけだ?」スラッ
ジョー「はっ…!?」
貴族「ネズミを押さえろ。ちょうど新調した剣の切れ味を試したかったんだ?」ジャキッ
兵士3「了解しました」ガシッ
カロル「!?」
貴族「フッフッフ!さながらモルモットといったとこか?」スッ
ジョー「ち、ちょっと落ち着いて…!」アセアセ
兵士4「暴れるな!!」ググッ
カロル「あ、あぶないってば!やめてよ…!」ギシギシ
ナラ「か、カロル!いやがってる!やめて…!」オロオロ
マルク「グルルルル…!」フシューフシュー
「何をしているの!?」
873:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/9(月) 16:01:04 ID:ur1V531DUI
貴族「…誰だぁ?私を呼び止めたのは…。口の聞き方がなっとらんなぁ?」クルッ
アリアス「司祭様の付き人をしております。アリアスと申します。
恐れ入りますが、ここは教団の敷地内。たとえホビットとはいえ、血を流すのは許されません」
兵士4「貴様!この方をどなたと心得る!」
アリアス「都が誇る芸術家、侯爵家ランベルヤ卿のご子息、バルガン様でございますね?」
バルガン「フッ!なかなか心得ているようだな?」
アリアス「高名なる卿の名を存じ上げない者など、この敷地内には一人としていません」ペコリ
バルガン「…なるほど。もっともだ?」
アリアス「お目汚し、失礼いたしました。どうか、この場は収めていただけませんか?」
バルガン「……」
兵士3「卿の前に薄汚いホビットをうろつかせた責めはどうするつもりだ!」
アリアス「」ストッ
バルガン「…なんの真似だ?」
アリアス「どうか…ご容赦願います」ドゲザ
バルガン「フッ!女の身で、そこまでするか?」
アリアス「……」
バルガン「」チャキッ
バルガン「興が醒めた…。飲み直すぞ」スタスタ
兵士3「え…」スタスタ
兵士4「は、はい!」パッ
カロル「……!」トトッ
874:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/9(月) 16:04:22 ID:4jRYvwqKz2
アリアス「……」スクッ
カロル「助けてくれてありがとう!おばさま!」
マルク「わんっ」ペコリ
ジョー「お、おい……」
ナラ「」ビクビク
アリアス「勝手に出歩いてはダメでしょう?」
カロル「ごめんなさい……」
アリアス「あの方々は王国の人間だから、少し誤解があったみたいね」
カロル「うん。みんな慌ててたからびっくりしちゃった」
アリアス「まだ全員に説明出来ていなかったの。ごめんなさいね」
カロル「ううん!平気だよ!」
アリアス「なるべく無断で外出しないで?騒ぎになってはいけないし、王国の目もあるから」
カロル「はーい…」
マルク「くぅん…」
ナラ「」ションボリ
アリアス「トト。彼を部屋に戻して」
トト「あ、はい!付いて来い!」スタスタ
カロル「うん!マルク、おいで?」スタスタ
マルク「わんっ!」タタタッ
シスター1「あーん…ワンちゃんが行っちゃう…」
シスター2「うえーん!」
シスター3「しょうがないわよ。ホビットの犬だもん」
875:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/9(月) 16:10:26 ID:ur1V531DUI
アリアス「ふぅ…。よくよく使えないわね、あなたも」ボソッ
ジョー「ちっ…」
アリアス「…私に頭を下げさせておいて、その態度はどうなのかしら?」
ジョー「う……」
アリアス「私が来なければ今頃、お客様方の前で血が流れていた。そうなってしまえばパーティーどころでは無くなるのよ?」
ジョー「す、すんません」
アリアス「…間違いなく司祭様にまで責めが及んだでしょうね。これだけの醜態を晒せば、教団は王国に意見出来なくなるわ。
私達の布教に制限がなされて、今後の活動に支障をきたす…。あなたにその責任が取れて?」クドクド
ジョー「ぐっ…!」
アリアス「ナラ!」
ナラ「ひっ…」ウルウル
アリアス「」パシンッ
ナラ「ん…!」ヒリヒリ
アリアス「鍵はあなたに渡していた筈よね?なぜホビットを外に出したの!?」
ナラ「ご、ごめ…なさい」ポロポロ
ジョー「…こ、子供相手になにもそこまでやんなくても…」アセアセ
アリアス「関係ないのだから黙っていなさい。ナラ…あなたに任せた筈よね?」
ナラ「ほ、ホビット…みはる…」
アリアス「そうよ?それがなぜ、こんな事になっているの?」
ナラ「……」
アリアス「答えなさい」
ナラ「とも…だち」
アリアス「……?」
ナラ「いっしょに…あそ、ぼうって…」
アリアス「(…まさかナラが…短時間で心を開いたと言うの…!?)」
876:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/9(月) 16:12:49 ID:4jRYvwqKz2
アリアス「(純粋で疑いを知らないからこそ人の心の境界を容易く越えられる。
それがあの少年の強味であり、人間の持たざる力。油断がならないわね…)」
ナラ「」プルプル
アリアス「鍵は没収させてもらう。あなたも部屋に戻りなさい」
ナラ「」つ【鍵】
ジョー「部屋ってボウズが閉じ込められてるとこか?」
アリアス「そうよ」
ジョー「あんた…この子まで監禁する気かよ?」
アリアス「時間になればナラを出して修道子たちの大部屋に戻すわ」
ジョー「そしたら、この子は寝る時以外はずっとボウズに付きっきりじゃねぇか。自分の時間も与えられねぇ!」
アリアス「それでいいのよ。ナラに時間なんて必要ないわ」
ナラ「……」
ジョー「あんた、なに言ってんだ…!?」
アリアス「この子は誰とも心を通わせない。いえ、通わせられないと言った方が正しいかしら」
ジョー「なっ…」
アリアス「同じ修道子達からも相手にされていないし、かといって教えを熱心に受け入れる訳でもない。
簡単に言えば、彼女ははぐれ者なの。いつもボーッとしているだけで、なんの才も無い不要な子」
ナラ「もど…り…ます」ダッ
ジョー「あっ!」
ナラ「」タタタッ
877:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/9(月) 16:18:02 ID:ur1V531DUI
ジョー「……最低だな。あんた…!」
アリアス「好きに取って構わないけれど、ナラにとってもいい機会でしょう?
親に捨てられて、拾われた教団でも居場所が無かったあの子を受け入れてくれる相手といられるのだし?」
ジョー「…その唯一の相手といられる時間も、そう長くはねぇんだろ?」
アリアス「それもそうね…。まぁホビットにしか相手にされないような子は、初めから神に愛されていないのよ」
ジョー「結局、身勝手に利用してあの子の心を弄んでるだけじゃねぇか!」
アリアス「さっきまであの子の顔も知らなかった分際で意見しないでもらいたいわね?
自己満足の善悪を押し付ける暇があったら、自分でなんとかしてみたら?」
ジョー「……!」
アリアス「しがらみにまとわりつかれた大人に出来る事なんて限られてるのよ。
その証拠にあなた、達者な口とは裏腹に足が震えてるわよ?」
ジョー「…くそ!」ガクガク
アリアス「あなたは今まで通り、必要なことだけに集中なさい。
罪人を見張って、金を手にして、生活を維持するだけの日常に…ね」
ジョー「(くそっ!くそっ!くそっ!)」
アリアス「くれぐれもお客様の機嫌を損ねないように。せいぜいパーティーを楽しみなさい」スタスタ
ジョー「」ワナワナ
シスター1「ワンちゃーん…!」グスン
シスター2「神様ー!かわいいペットをくださーい!」
シスター3「神様にくだらないこと祈らないの!」
神父「ぐがー…ぐごー…」スヤスヤ
シスター1「グスン…なんでこの人、芝の上で寝てるの?」
ジョー「(宣教師さん…絶対にあいつらをぎゃふんと言わせてやろうぜ!)」
878:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/15(日) 20:43:21 ID:Dhvz5ObIgc
―――大聖堂(応接間の隠し部屋)―――
カロル「えへへ。怒られちゃったね」
ナラ「……」
カロル「どうしたの?元気ないよ?」
ナラ「へい…き」
マルク「クゥーン」スリスリ
ナラ「…!」ビクッ
カロル「マルクも心配だって?」
ナラ「う…うん」
カロル「あ、そうだ!これ食べる?」つ【パン】
ナラ「……?」
カロル「こっそりもらってきたんだ!」ニコニコ
マルク「はっ!はっ!」シッポフリフリ
カロル「ふふ。マルクにも、ちゃんとあるよ!」つ【ローストチキンの切れ端】
マルク「」ハムッ モグモグ
ナラ「」パクッ
ナラ「…おいしい」パァァ
カロル「元気出た?」ニコニコ
ナラ「うん…」ニコニコ
カロル「アリアスさんが許してくれたら、今度はいっぱい遊ぼうね!」
ナラ「そう…だね」
マルク「」モグモグ
ナラ「(カロルはあんなこと…あったのに、こわくないのかな)」
879:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/18(水) 21:50:02 ID:oAdlPUadgE
―――大聖堂(広間)―――
宣教師「」ズーン
アントリア「お疲れのようだね?」
宣教師「神官…」
アントリア「大臣が可愛がる度に引き攣る君の顔は見ものだったよ?」
宣教師「お、思い出させないでください!」アセアセ
アントリア「クックッ!すまないね…」クスクス
宣教師「…この先、私に純白のドレスを着る機会はないでしょうか…?」フッ
アントリア「ハハ…そこまで思い詰める事はないよ。
君ほど魅力的な女性なら、きっといい人が現れるとも」
宣教師「気休めはよしてください…」グスン
アントリア「あんなものは言ってみれば事故だよ。気に病むことはないさ」
宣教師「さんざん腰を撫で回された上に胸をまさぐられて…とても事故では済ませられません!」
アントリア「やれやれ、大袈裟だな…?」
宣教師「悪かったですね!どうせ下品な男の方には分かりませんよ!?」
アントリア「クックッ!下品ときたか。君もなかなか言うようになったな?」
宣教師「っ!失礼しましたね…!」プンスカ
880:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/18(水) 21:54:34 ID:IWbPBuUNEE
アントリア「しかし君もノワールも変わらないな?」
宣教師「神官もお変わりなく」
アントリア「それこそ気休めだね。僕もすっかり老け込んだものだよ」
宣教師「いえいえ、まだまだ若さを保っておられますよ?」
アントリア「クックッ!下品な男ほど、しぶといのかもしれないね」
宣教師「あっ…その…さっきのは言葉のあやでして…申し訳ございません」ペコリ
アントリア「今日は君にとって厄日だったろうからね。気持ちが抑えられないのは仕方ないさ?」
宣教師「…はい」
アントリア「辛いだろうがね。悪い夢にうなされたとでも思って忘れなさい」
宣教師「…それは先ほどの話も含めて、という意味でしょうか?」
アントリア「まぁ…君には関わりのない事さ。深く考えない方がいい」
宣教師「そういう訳にはいきません…」
アントリア「…ふむ」
宣教師「教団は矛先をホビットに向けて差別を促し、民の不信感を和らげて…王国は仮初めの平和に乗じて自由に世界を動かしている…。これが今の世界の流れなのですね?」
アントリア「君は相変わらず飲み込みが早いな。会話の断片を拾うだけで、その結論に達するとは…」
宣教師「神官は…こんな不毛な流れに疑問を持たれないのですか?」
アントリア「…時に宣教師くん。君は教団が活動する前の世界を知っているかね?」
宣教師「…急にどうなさったんですか?」
アントリア「年寄りはおしゃべりが好きでね。少し昔語りがしたくなったのだよ?」
宣教師「…知る筈がありません。私は生まれてもいないのですから」
アントリア「それもそうか…。なら疑問を持ってもおかしくはないよ」
宣教師「……?」
アントリア「今から40年ほど前に学者だったノワール・バントン司祭が伝承を解読したのは知っているね?
それは彼の名前が歴史に刻まれたとしても、なんらおかしくない程の発見だった」
宣教師「(もしかしたら偽の伝承にまつわる話でしょうか…)」
アントリア「あれから世界の仕組みは大きく変化した…。
今から話すのはノワールの発見ではなく、我々が過ごした時代の話だがね?」
881:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/18(水) 21:56:58 ID:IWbPBuUNEE
―――回想(アントリア)―――
……あの時代はとても荒んでいた
人が人を憎み、互いに傷を広げ合う
いくつもの国が争う頃には誰もが癒えない傷を抱えていた
人々の憂いは限りなく、生きる術ばかり限られる
村や町は戦火に焼き払われ、生き残る国もあれば死に絶える国もあった
それでも終局を見せないまま十年に渡って繰り広げられた戦いは、やがて終わらない争いと呼ばれた
僕とノワールはそんな時代に生まれたのだ
過酷で行き場を見失いがちな環境の中で……
今、この時を生きていられるのがウソだと思えるような
思い返すと気の休まらない日々を過ごしていたよ
とはいえ僕は運がよかった
家柄に恵まれていた事もあり、戦火とは無縁な場所にいられたのだからね
民が不安に怯え、ままならぬ生活に喘いでいる事も知らずに浮わついた生活を送っていた
舞踊、剣術などを嗜み、茶会や舞踏会などの娯楽に興じる気ままな日々をね
しかしノワールは孤独な少年だった
平民として裕福な町に生まれた彼は、まだ幼く、無邪気だったそうだ
自国の膝元に置かれた町は、遠く離れた貧しい村々のように煙が立ち込めることもなく
武力が盾となり、なに不自由ない生活を送っていたと言う
まぁ…彼の記憶が定かであればの話だがね
882:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/18(水) 21:59:02 ID:oAdlPUadgE
しかしある日を境に彼を取り巻く環境は大きく変化した
町と外を隔てる唯一の門が敵国の手によって開かれたのだ
普段ならば決して開くことのない硬く、たくましい樫の巨木で作られた門がいとも容易く……
町の人間には何が起こっているのかさえ分からない内に馬に跨がった無数の兵が攻め込んできた
兵士達は馬上から容赦なく剣を振るい、家々には人の頭ほどもあろう石が投げ込まれ
逃げ惑う人々の背を蹄が突き刺し、先ほどまで活気立った市場には火の手が上がった
よく寝かせた赤ワインを瓶ごとこぼすようにどっぷりと赤い血が地面に溢れる
ノワールはその光景を前にして、ただ立ち尽くしていたそうだ
無理もない。まだ幼い少年だったのだから
人々は溺れるようにして火の海の藻屑となった
兵士達は食糧や金品などの物資を手早く回収すると、勝利の雄叫びを上げ、自国の旗を掲げながら悠々と去っていった
ノワールは瓦礫の隙間に忍んで息を潜め、恐怖に震えながらも見つかることはなかったそうだ
隠れている間に何度か鈍い音と痛ましい悲鳴が聴こえたが、か細い腕は震えに抗えず、耳を塞ぐことすら叶わなかったと言っていたよ
足音に体を強張らせ、立ち込める煙を吸い込むたびに咳き込みそうになるのを必死の思いでこらえた
徐々に迫る火に怯え、熱さに悶えながらも彼は耐え忍んだ
兵士達が去っていった後もしばらく瓦礫の下にうずくまっていたらしい……
883:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/18(水) 22:02:29 ID:oAdlPUadgE
……そうしている内に火の手が回り、炎がメラメラと音を立てて身を隠す瓦礫に迫る
幼き本能は敏感に死を悟り、這うようにして瓦礫から抜け出すと夢中で走っていた
「はぁ…はぁ…」タタタッ
「うぐっ」ゴロンッ
「うっ…くっ…!」ムクリ
「はぁ…はぁ…」タタタッ
「はぁ…あ…あ…あぁ…」ウルッ
「うぅぅ…あああぁ……」ブワァッ
……足が縺れるのも気にせずに走り、転んでは立ち上がり、傷の痛みも感じずに走る繰り返し
痺れ切って感覚もない足、足首は紫色に腫れ上がり、膝の皮は転んだ拍子に破れてずる剥けだった
それでも彼は走り続けた。そして泣き続けた
ほんの数時間前までは何も知らなかった少年がこの時、確かな答えを見つけていたのだ
「うっ…うぅ…うわあぁぁん!」ポロポロ
……もう無いのだと。
家族も、町も、町の人々も、友達も、家も……
思い出だけを残し、一人で生きるしかないのだと
………………
884:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/18(水) 22:08:06 ID:oAdlPUadgE
アントリア「とまぁこんなところかな」
宣教師「そのような時代があったなんて…知りませんでした」
アントリア「王国は隠したがっているようだからね。だが現実に悲惨な時代があったのだよ」
宣教師「司祭様は…私と同じ孤児だったのですか?」
アントリア「…それだけではないよ」
宣教師「……?」
アントリア「彼の国を滅ぼしたのも王国だ」
宣教師「えっ」
アントリア「だからかな。君には他の者と違う感情を覚えてしまうらしい」
宣教師「(司祭様も…私と同じ境遇に…)」
アントリア「ノワールは気難しい男ではあるが、君が思っているような人物ではないよ?」
宣教師「え……」
アントリア「ホビットを苦しめて楽しむ薄情な男と思っているのだろう?」
宣教師「い、いえ」
アントリア「…まぁ目的の為なら手段を選ばない人間ではあるがね」
宣教師「少し…行き過ぎている気もします」
アントリア「だが終わらない争いを終わらせたのは紛れもなくノワールの功績だ。それだけは分かってやってほしい」
宣教師「はぁ…。あの…司祭様はなぜホビットを憎んでいるのですか?」
アントリア「……」
宣教師「……?」
アントリア「見捨てられたのだよ。孤児だった頃にね」
宣教師「見捨てられた…?」
885:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/18(水) 22:10:00 ID:IWbPBuUNEE
アントリア「行き場もなくさまよったノワールは見知らぬ森の中で疲れはてて、草むらに横たわって眠ったのだそうだ」
アントリア「そして目を覚ますと数匹のホビットが彼を取り囲んでいた」
宣教師「(そういえばカロルくんのお母様が言ってましたね。ホビットは森に住まう種族だと)」
アントリア「ノワールは怯えながらも必死に助けを求めた」
宣教師「助けてもらえなかったのですか?」
アントリア「…助けてもらえないだけならまだよかったろうね」
宣教師「……?」
アントリア「ホビットは傷付いて動けない彼を流れの激しい川に放り込んだのだ。
自分たちの縄張りに人間を置いておく訳にはいかないと言ってね」
宣教師「なっ…!」
アントリア「濁流に押し流されて気が付いた頃には王国領に辿り着いていた。
冷えきった体と朦朧とする意識をなんとか起こし、川を離れたところで力尽きたのだと?」
宣教師「(ものすごい生命力ですね…)」
アントリア「さすがに彼もその時ばかりは死を覚悟したらしいがね。
運良く、たまたま馬車で通りかかった父上が拾ったのだよ」
宣教師「ということは…司祭様は神官の家で過ごしたんですか?」
アントリア「亡くなった父上は変わり者でね。たまたま拾った見知らぬ子供を誕生日の贈り物として僕にくれたのだ」
宣教師「司祭様は物扱いなんですね」
アントリア「物なら単純で助かるが彼は扱いにくかったよ」
宣教師「…なんとなく分かります」
886:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/18(水) 22:15:48 ID:oAdlPUadgE
宣教師「(司祭様にそんな過去があったなんて…)」
司祭「大臣め!ようやっと寝間に入りおったわい!」ガチャッ
アントリア「クックッ!ご苦労だったね?」
宣教師「」ジーッ
司祭「む?なんじゃ?」
宣教師「い、いえ…」
司祭「……?変な奴じゃな?」
アントリア「さて、僕も寝るとしようかな」
司祭「そうか。では寝間に案内してやろうかの」
宣教師「……」
アントリア「年寄りの長話に付き合わせてすまなかったね?」
宣教師「あ…とんでもありません」
司祭「む?なんの話じゃ?」
アントリア「なに、つまらない話さ」
司祭「……?」
宣教師「……」
司祭「…お前も寝ておけ。庭園の宴も終わった頃じゃろう?」
宣教師「はい…」
宣教師「(司祭様がホビットも王国も憎んでいる理由は分かりましたが、なぜそこまで癒しの力に執着するのでしょうか…)」
887:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/23(月) 11:55:20 ID:kql6e53rLY
―――大聖堂(応接間の隠し部屋)―――
ガチャッ
アリアス「ナラ。迎えに…」
カロル「」プニィ
マルク「」グニョン
ナラ「ぷっ」
カロル「あっ!今笑ったでしょ?」
マルク「わんっ!」
ナラ「…うぅ」モジモジ
アリアス「……」
カロル「あ、アリアスさん!」
ナラ「」ビクッ
マルク「わんっ」
アリアス「…あなた達、なにしてるの?」
カロル「にらめっこしてたんです」ニコニコ
ナラ「……」ビクビク
アリアス「(…ずいぶん呑気なのね。まぁ良い傾向だけれど)」
カロル「アリアスさんもにらめっこする?」
アリアス「遠慮しておくわ。ナラ?」
ナラ「はい…」
カロル「…どうかしたの?」
アリアス「もう遅いからナラを部屋に戻すのよ」
カロル「え…そんな時間だったんだ。気付かなかった」
888:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/9/23(月) 11:58:24 ID:ndq7pVhfUU
カロル「おやすみ。ナラ?」ニコッ
ナラ「……」
アリアス「…あなたは返事もまともに出来ないの?」
ナラ「」ビクッ
カロル「叱らないであげて?ボク、怒ってないですから…」
アリアス「そう…」
ナラ「」ウジウジ
カロル「アリアスさんもおやすみなさい」ニコッ
アリアス「おやすみなさい。良い夢を…」バタンッ
マルク「わぅぅん…」
カロル「ナラ…どうしたんだろ?」
マルク「クゥーン…」
カロル「…明日はもっと笑ってくれるといいね?」
マルク「」コクコク
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