むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
57: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/24(月) 15:08:11 ID:CA0eW9E7MM
村の大人1「慈悲深い司祭様が殺すなとおっしゃるから我々も生かしてやってますが
わきまえずに村に侵入するなんざとんでもない話ですよ!」
宣教師「……そうですね。
あ、時にあなたはホビットの住み処を知っていますか?」
村の大人1「ホビットの?
いやぁ知りませんね。
昔から村の外れに住んでるとは聞いてますが、
わざわざ薄汚いホビットを探そうなんて村人もいませんからね」
宣教師「そうですか…。それは残念です」
村の大人1「えっ」
宣教師「」ハッ
58: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/24(月) 15:09:30 ID:CA0eW9E7MM
村の大人1「宣教師様、今のはどういう意味で?」
宣教師「ち、違います!邪推するんじゃありません!
残念というのは…そう!
昨日の子供から住み処を聞き出せなかったのが悔しいのです!」アセアセ
村の大人1「あ、あいつらの住み処なんて暴いてどうするんで?」
宣教師「え?そ、それはもちろん……」アセアセ
村の大人1「もちろん?」
宣教師「ひ、火です!火を放つのです!
不浄の血は清らかな大地の妨げになります!
神罰を以て粛清しなければなりません!」アワアワ
村の大人1「おぉ!なるほど!
それは素晴らしいですな!
さっそく司祭様に提案しましょう!」
宣教師「なっ……!
待ちなさい、司祭様が来てらっしゃるのですか?」
村の大人1「えぇ。先ほど挨拶させていただいた時に村長の家に用があると」
宣教師「なぜそれを先に言わないのですか。
私も挨拶に伺わなければ…」
村の大人1「すみません。気の付きません事で」ペコリ
宣教師「では私は失礼します」ソソクサ
59: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/25(火) 17:40:24 ID:5SMOo2RLI.
宣教師「今日はあまり人がいませんね」スタスタ
宣教師「まあ休日の朝くらいはゆっくりしたいのが本音なのでしょうが」
宣教師「それにしても司祭様が自ら足を運ぶとは…」
宣教師「……とにかく会って確かめるほかありませんね」
宣教師「例のホビットに付いても報告……」
宣教師「」ピタッ
宣教師「(司祭様に報告すれば、あの子は…)」
60: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/25(火) 17:41:52 ID:CrrmOLoToc
宣教師「」ハッ
宣教師「………」ガクガク
宣教師「私はなんと恐ろしい考えを……」
宣教師「神に仕える身でありながら、罪深き種族に配慮するなど…」
宣教師「…なんと愚かなのでしょう」
宣教師「あろう事か、施しを与えようとまで…」ブルブル
宣教師「……」つ【ビスケットの袋】
宣教師「けがらわしい!」ブンッ
バサッ
宣教師「……司祭様に、ご挨拶しなければ」
宣教師「……」スタスタ
61: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/25(火) 17:44:20 ID:CrrmOLoToc
――村長の家――
宣教師「着きましたね」
宣教師「」コンコン
ガチャッ
村長の妻「はいはい。まぁ、宣教師様?
おはようございます」ペコリ
宣教師「おはようございます。
こちらに司祭様がお立ち寄りだと聞いたのですが」
村長の妻「はい、今は主人と話していますよ。
さぁどうぞ、上がってください!」
宣教師「失礼します」バタンッ
村長の妻「主人と司祭様は奥の部屋にいます。
なんでも大事なお話とか…」
宣教師「そうですか。
では待っていた方がよさそうですね」
村長の妻「そうですねぇ。
テーブルにかけていてくださいな。
今暖かいお紅茶をお持ちしますから」カチャカチャ
宣教師「あ、いえ。お気遣い頂かなくともご挨拶に伺っただけですので」
村長の妻「まぁ。遠慮なさらないでちょうだい?
ちょうど外から良い茶葉を仕入れましたの。
味見していってくださいな」
宣教師「お気遣い痛み入ります。
では遠慮なく頂きます」ペコリ
62: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/25(火) 17:45:35 ID:CrrmOLoToc
村長の妻「どうぞ」つ【紅茶】
宣教師「いただきます」ゴクゴク
村長の妻「どうでしょう?」
宣教師「とても美味しいです」ニコッ
村長の妻「嬉しいわ。
あたしもいただいていいかしら?」
宣教師「どうぞ。私などにお構い無く」
村長の妻「それじゃ用意するわね」カチャカチャ
63: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/25(火) 17:47:46 ID:5SMOo2RLI.
村長の妻「美味しいわ。外の行商から取り寄せただけあるわねぇ」
宣教師「えぇ。この紅茶に合うお菓子があれば、なお良いでしょう」
村長の妻「お菓子と言えば宣教師様がいつも子供たちに配ってるビスケット。
とても美味しいと評判ですことよ?」
宣教師「……そうですか。それはありがたいですね」
村長の妻「このお紅茶にも合うんじゃないかしら?」
宣教師「どうでしょう?
あいにく今日は手持ちにありませんので…」
村長の妻「そう。それは残念ね」
64: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/25(火) 17:49:04 ID:CrrmOLoToc
宣教師「司祭様はいつ来られたのですか?」
村長の妻「宣教師様が来る20分ほど前です。
お供の方も連れずに一人で」
宣教師「なるほど。珍しいですね」
村長の妻「えぇ。何かあったんじゃないかと心配で、心配で」
宣教師「そうですね…」
村長の妻「取り分け昨日はホビットが村に入り込んだと聞くでしょう?
あたしは災いの前触れなんじゃないかって…」
宣教師「……」
村長の妻「あーやだやだ。
考えただけで身震いしますよ。
村の大人たちが追い出してくれたから良かったものの…。
宣教師様もそう思うでしょう?」
宣教師「……はい。罪深き種族の侵入を許すべきではありません」
村長の妻「そうですよね!
やっぱり司祭様にも報告して……」ペチャクチャ
宣教師「………」ゴクゴク
65: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:28:28 ID:L42.WERUbA
――奥の部屋――
村長「……なんと、そのような事が…」
司祭「ふむ。わしもお告げを聞くまでは信じられなんだが、紛れもない事実だそうだ」
村長「しかし、なぜ今になって…?」
司祭「分からぬ。すべては神の御心にしまわれたまま。
今はお告げに沿って動くほかあるまい」
村長「落ち着いている場合ですか!?
せっかくここまで……」
司祭「やっかましいぃぃい!!!
声を荒げるでないわぁぁぁあ!!!!!」
村長「」ビクッ
司祭「はぁっ…はぁっ…。
とにかく、村人に漏らすでないぞ。よいな?」
村長「は、はい」
司祭「では、わしは本部に戻るでな」ガタッ
村長「は、はぁ…」
66: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:30:02 ID:L42.WERUbA
村長の妻「なにかしら?
司祭様の声だったみたいですけど…」
宣教師「」ドキドキ
村長の妻「宣教師様?」
宣教師「あ、は、はい」ガタッ
村長の妻「大丈夫ですか?」
宣教師「え、えぇ。大丈夫です…」
村長の妻「ティーカップ、落としてますわよ?」
宣教師「へ?も、申し訳ございません!」アタフタ
村長の妻「大きい声でしたもの。驚かれるのも無理ありませんわ?」クスクス
宣教師「い、いえ決してそういうわけでは…」
ガチャッ
宣教師「」ビクッ
67: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:31:12 ID:L42.WERUbA
村長の妻「あら、あなた。
お話は終わったの?」
宣教師「」ホッ
村長「あぁ。もう帰られるそうだ」
司祭「ほっほっほ。早い時間に邪魔して申し訳なかったのう」
宣教師「」ビクッ
村長の妻「いえいえ、構いませんのよ?
こちらこそたいしたおもてなしも出来ずにすみません」
司祭「あぁあぁ。気を遣わんでくだされ。
突然押しかけたわしが悪いのじゃ」
村長の妻「あ、そうだわ!
宣教師様が司祭様にご挨拶したいと言っていらっしゃってますのよ?」
司祭「なんじゃ。来ておったのか?
相も変わらず律儀な奴じゃのう」
宣教師「ははははいぃぃ!!」ガタッ
司祭「」ビクッ
68: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:32:30 ID:FGq0e0WmdU
村長「どうかされましたか?」
宣教師「い、いえ…」
司祭「年寄りを驚かせるんじゃないわい。
なんなんじゃ、お前は」
宣教師「も、申し訳ありません…」
村長の妻「」クスクス
村長「何を笑ってるんだ?」
村長の妻「あぁ。ごめんなさい。なんでもないの」クスクス
宣教師「」カァァ
村長「……?」
69: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:33:49 ID:FGq0e0WmdU
司祭様「まぁよいわ。これ以上、ここにおったら邪魔になる。出るぞい」
宣教師「は、はい!」
村長「では私が外まで送りましょう」
司祭様「構わん。こやつがおるでな」
村長「それもそうですな」
司祭「では行くぞい」
宣教師「はっはい」
村長の妻「またいつでもいらしてくださいね?」
司祭「ほっほっほ。その時は世話になりますぞ」
宣教師「おいしい紅茶をありがとうございました」ペコリ
村長の妻「いえいえ。とんでもないですわ。
またいつでも飲みに来てください」
司祭「失礼するぞい」ガチャッ
宣教師「お邪魔いたしました」ペコリ
バタンッ
70: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:34:53 ID:FGq0e0WmdU
宣教師「司祭様がお一人で来られるなんて珍しいですね」スタスタ
司祭「たいした用ではないわい」スタスタ
宣教師「はぁ。そうですか…」
司祭「布教は進んでおるのか?」
宣教師「はい、子供たちはとても素直ですし
村の方々も前任の神父様の教えの甲斐もあり、神の意思に賛同してくださってます」
司祭「ほっほっほ。それは重畳」
宣教師「恐縮です」
司祭「やはりお前に任せて正解だったわい。
思えば幼い頃から信心深く、聡明な子じゃった」
宣教師「そんな…私など…」
司祭「謙遜するな。わしの目に狂いはなかったという事じゃ」
宣教師「し、司祭様…!」
司祭「これからも感謝を忘れず、布教に励むがよい」
宣教師「はい!司祭様のお言葉に報いる為にも、身命を賭して神のご意志を伝えさせていただきます!」
司祭「ほっほっほ。期待しておるぞ?」
71: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:36:24 ID:FGq0e0WmdU
宣教師「(やはり私は愚かだった…。
たった一度でもホビットに気を許すなど、神の冒涜にほかならない…!)」
司祭「あぁそうじゃ。
お前には言っておかなければならんな」
宣教師「と言いますと?」
司祭「実は我が教団から『神の声』という本を出すのじゃがいるか?」
宣教師「も、もちろんです!
今後、布教の参考にする為にもぜひ!」
司祭「そうか。代金は後で本部に送るがよい」つ【本】
宣教師「えっ」キョトン
72: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:37:57 ID:L42.WERUbA
司祭「なんじゃ。変な顔しおってからに?」
宣教師「お金を…取るのですか?」
司祭「当たり前じゃろうが。何を訳の分からん事をほざいとるんじゃ?」
宣教師「い、いえ…てっきり頂けるものかとばかり」
司祭「贅沢を言うでないわ。
信者やその家族も身銭を切って教本を求めているのじゃ。
わしらがタダで読んでは平等でなかろう」
宣教師「ふ、普通教本などは無料で配布するものでは…」
司祭「やっかましいぃぃぃい!!」
宣教師「ひっ」ビクッ
司祭「この一冊で神の声に触れられると言うに!!
金を惜しむなどもっての他じゃ!!
貴様、恥を知れぇぇえ!!」
宣教師「は、はいぃぃ!申し訳ございません!!」フカブカ
司祭「はぁっ…はぁっ…。
分かればよいのじゃ…」ゼーゼー
宣教師「(今日の司祭様怖いです…)」ドキドキ
73: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:39:24 ID:L42.WERUbA
宣教師「うぅ…村の方々からの施しが…」グスッ
司祭「ほっほっほ。有意義に使えたのう」ホクホク
宣教師「ま、まぁ神の教えを深く知る意味では……ん?」マジマジ
司祭「どうしたんじゃ?」
宣教師「著者は司祭様となっておりますが…?」
司祭「その通りじゃが?」
宣教師「し、しかし題名は神の声と…」
司祭「わしが神の声に耳を寄せ、書き上げたのじゃから当然じゃ」
宣教師「な、なるほど…」
司祭「さっきから何を訳の分からん事を言うとるんじゃ?」
宣教師「……」
74: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/26(水) 22:42:34 ID:FGq0e0WmdU
司祭「そろそろ村の外に出るのう。ここまででよいぞ」
宣教師「お、お待ちください!」
司祭「なんじゃ?」
宣教師「村長からお聞きなされたとは思いますが…」
司祭「…ホビットが入り込んだそうじゃな」
宣教師「やはりご存知でしたか」
司祭「うむ、なんでも子供だったと聞くがのう」
宣教師「はい…」
司祭「おおかた何も知らぬ哀れな幼子じゃろう。
昨日の件もある。二度とこの村には来るまい」
宣教師「だと良いのですが…」
司祭「幼子と言えど罪深き種族。
時を追う毎に罰が下る。
己の罪深さを理解するまで捨て置く事じゃ」
宣教師「司祭様がそう言われるのでしたら私からもこれ以上の事は…」
司祭「それが良かろう。
奴らに関われば天の怒りを招く。
お前もそれは重々承知している筈じゃ」
宣教師「はい…」
司祭「うむ。ではわしは帰るでな。
この村の管轄は任せたぞい」
宣教師「はい。司祭様もお気を付けて」ペコリ
司祭「」スタスタ
宣教師「…私も教会に戻るとしましょうか」スタスタ
75: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/28(金) 11:09:15 ID:BXUEK2.5u2
少年「ふんふふ〜ん」ルンルン
母「坊や、一人で先に行ってはだめよ?」
少年「お母さま、はやくはやく!」
母「まぁ。この子ったら?」
少年「村が見えたよ!」タタタッ
母「あ、ちょっと待って!」
少年「?」クルリッ
母「そのまま入ったら人間に見つかるでしょ?」
少年「あっそうだね…。
でもどうするの?
昨日は頭巾を被ってたのにバレちゃったんだよ?」
76: ◆WEmWDvOgzo:2012/12/28(金) 11:10:28 ID:BXUEK2.5u2
母「坊や。私たちと人間の違うところは何かしら?」
少年「瞳の色と…体の大きさ、かな?」
母「それから肌の色も、よ。
私たちは瞳が黄色くて、肌がとても白いわ。
それに体も人間と比べて小さい」
少年「うん…」
母「肌の色と小さな体はまだいいけれど、瞳の色を見られればどうしてもホビットだと分かってしまうわ。
だから……」
少年「目を隠すんだね?」
母「そうよ、賢いわね!」ニコッ
少年「えへへ!…あ、でもメガネなんて持ってないよ?」
母「安心なさい、お母さんが良い物持ってきたから」ニコニコ
少年「えっそうなの?」キョトン
母「こっちにおいで坊や。支度してあげるわ?」
少年「うん!」
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