むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
393:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:40:06 ID:apt6p77LGE
母「さっきまではあんなにマルクの心配ばっかりしてたのに。どういう風の吹き回し?」
カロル「…マルクは賢いから、きっと大丈夫。そう思う事にしたんだ。
帰って来ないって思ってたら、本当に帰って来ないかもしれないから」
母「良いことね?」ニコッ
カロル「今ごろ宣教師さまと一緒にボクらを探してるかも?」ニコッ
母「そうね…?」ニコニコ
母「(坊やに言った手前、言いにくいけど心配になってきたわね…。
一晩経って、もう夜になるのにマルクも宣教師様も戻ってこないなんて…)」
カロル「……お母さま?」カキカキ
母「あ、ごめんなさい!何か言ってた?」
カロル「お顔に出てるよ?」
母「」ハッ
カロル「ボクも信じるから、お母さまも二人を信じてあげて?」ニッコリ
母「坊や…。……そうね?」ニッコリ
母「(坊やも、もうそういうのが分かる歳なのね…)」シミジミ
394:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:42:24 ID:OSGANJ/Nfc
カロル「書けた!」パァァ
母「どれどれ?」ジー
カロル「どうかな?」
母「やっぱり上手ね…。坊やは将来、画家さんになれるわ?」ニッコリ
カロル「それは言い過ぎだよ…」タジタジ
母「ううん。そんなことないわよ。宣教師様もびっくりすると思うもの」
カロル「な、なんか恥ずかしいよ…」モジモジ
母「"あの人"の血かもしれないわね…」ニコッ
カロル「あの人って?」
母「あなたのお父様よ。あの人も絵が上手だったの」
カロル「お父さま…?」
395:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:43:52 ID:OSGANJ/Nfc
母「えぇ。坊やが赤ちゃんの時に死んでしまったから、覚えてないでしょうけど」
カロル「……ウーン」
母「どうしたの?」
カロル「そういえばボク、お父さまのお話を聞いたことないなぁと思って」
母「あら、そうね?今まであまり話さなかったものね」
カロル「うん。聞く機会も無かったし、せっかくだから聞きたいな?」
母「ふふ。いいわよ?」ニコッ
396:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:45:36 ID:OSGANJ/Nfc
カロル「お父さんってどんな人だったの?」
母「優しくてまっすぐで愛に溢れた…。
愛しいものを全力で守ってくれる、とても素晴らしい人よ?」
カロル「…ふふ」クスクス
母「……?」
カロル「あ、ごめん。なんだか嬉しくて?」
母「お父さまの話、あまり知らなかったものね?」
カロル「うん。もっと聞きたい!」
母「そうね。たくさん話してあげる!」
カロル「やった!」
397:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:49:22 ID:OSGANJ/Nfc
母「あの人とは幼馴染みでね。よく人間にいじめられてたあたしを助けてくれたわ」
カロル「お母さまは人間の村にいたの?」
母「そうよ?昔はホビットも人間と暮らせる時代があったの」
カロル「いいなぁ!ボクも人間の村で暮らしたい!」
母「それでもあたし達を平等に扱ってくれる人間なんて一握りだけれど、あの人はそうじゃなかったわ」
カロル「お父さまは人間だったの?」
母「ぇぇ。その上、村長の息子だったのよ?」
カロル「そうなんだ!偉いんだね!」
母「大変なことなのよ?村人の非難は絶えなかったし、あの人も苦しかったと思う」
カロル「……?」
母「あの人はそれでも分け隔てなく接してくれる。
あたしも父もいつだってあの人の優しさに助けられたわ」
母「(そのせいであの人もあたし達も村を追われてしまったけど…。
それは知らなくてもいい事よね…)」
398:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:54:11 ID:OSGANJ/Nfc
カロル「お父さまは暖かい人間だったんだね?」
母「そうよ。あなたのお父さまだけじゃない。
人間は時々間違ってしまうけれど、本当は優しいの」
カロル「知ってるよ!ボクをぶった人間もキャンディをたくさんくれたもの」
母「うん。そうね?」ニコリ
カロル「えへへ!ボクの宝物なんだ。いつも袋に入れてるよ?」ガサッ
母「そう」ニコニコ
カロル「でも、あの後…いろいろあったけど…たまたま、間違っちゃったんだよね?」
母「えぇ。あれは忘れてはいけない事だけど、残してもいけない間違いよ」
カロル「残してもいけない…?」
母「忘れてしまうと同じ間違いを犯すかもしれない。
だからといって心に残してしまうと、いずれ憎しみに囚われてしまうわ。
だから忘れてもいけないし、残してもいけないの」
カロル「お母さまがいつも教えてくれる事だね」
母「これも本当はあなたのお父さまが教えてくれた事なのよ?」
カロル「お父さまが?」
399:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:56:04 ID:OSGANJ/Nfc
母「いつもあたしがやるせなくなると、この言葉をかけて励ましてくれたの」
カロル「ボクもお母さまの言葉に励まされてるよ!」
母「…よかった。あの人も喜んでると思う」ニコニコ
カロル「お父さま…。会ってみたいなぁ」
母「……」
カロル「ねぇ!もっと聞かせて。お父さまのお話!」
母「もちろんいいわよ?」ニコッ
母「そういえばこんなこともあったのよ?」
カロル「へー!」キラキラ
アハハハハ!!
エー!!? ウソダー!!?
…………
400:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/12(火) 20:42:23 ID:Kwo9hE/z3E
――夢――
???「大丈夫かい?」スッ
「平気よ、ありがとう。フィズス」パシッ
フィズス「ケガしてるじゃないか?」
「このぐらい、なんてことないわ?いつもの事だもの」
フィズス「またそんなこと言って…いい加減あきれるよ」
「あら?そんな風に言うけど、フィズスはいつだって助けてくれるじゃない?」
フィズス「当然だろ?同じ村の人間として放っておけないじゃないか?」
「ふふ。どうかしら?」クスクス
フィズス「なんだよ、それ?」ムッ
「べっつにー?」プイッ
フィズス「……なんなのさ」ムスッ
401:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/12(火) 20:45:18 ID:Kwo9hE/z3E
フィズス「で、今日は何があったの?」
「何かって?」
フィズス「とぼけないでよ。何かあったから、ケガしたんだろ?」
「…市場でお米を買ったら、相場より高い値段で買わされたの」
フィズス「……」
「おまけに量も減らしてあったから、文句言ってやっただけ」
フィズス「当たり前だよ。そんな事されたら誰だって文句言うさ」
「そしたら生意気だって言われて、あとはいつも通りよ?」
フィズス「…困った連中だな」グッ
「別にいいのよ。いつものことだもの」
フィズス「ダメだよ!お金はぼくが返すから、後であのおじさん達にも謝らせる!」
「気にしなくていいのに…。フィズスには関係ないでしょ?」
フィズス「関係あるよ!君はこの村の人間だ!
なのに君だけが不公平な扱いを受けるなんて間違ってる!」
「それって…村長の息子として?」
402:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/12(火) 20:47:31 ID:Ix/8/HR8zU
フィズス「どういう事だい?」
「…責任感であたし達を庇うなら、やめた方がいいわよ?
巻き込まれるかもしれないじゃない」
フィズス「なっ…!」
「あたしにはお父様がいるし、辛くないわ。だから無理しないで…」
フィズス「やめてよ」
「え?」
フィズス「そんな悲しいこと言うなよ」
「な、なによ…」
フィズス「君はいつも強がるけど、ほんとはとても寂しいんだろ?」
「冗談よしてよ。別に寂しくなんかないわ」
フィズス「ウソだ!」
「あなたに何が分かるのよ!?」
フィズス「分かるよ。ぼくは君の友達だ!」
「なによ、それ…」ムスッ
フィズス「村長の息子だから仲良くするんじゃない!
君が好きだから仲良くするんだ!もっとぼくを信じてよ!」
「………」カァァ
403:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/12(火) 20:50:01 ID:Kwo9hE/z3E
「………」
「…あ〜あ。買ったお米も踏みつけられて、夕飯には使えないわね。
お父様に怒られないといいけど!」
フィズス「あっ!なにごまかしてんだよ?」
「うるさい!話しかけないでよ!」
フィズス「なんで怒ってるの?」キョトン
「バカ!知らないわよ!」プンプン
フィズス「なんだよ、それ!?」
「帰るから付いてこないで!」プンスカ
フィズス「もう…なんなんだよ」
「ふん!」スタスタ
フィズス「あ、待って!」
「なに?まだ何か用!?」クルッ
フィズス「忘れ物だよ?」つ【袋】
「なによ、これ?」キョトン
フィズス「じゃあまたね。マリー!」タタタッ
マリー「ちょっと!待ちなさいよ!」
マリー「なんだって言うのよ…」ガサッ
マリー「……!」
マリー「…果物がたくさん入ってる…」
マリー「……バカ」ボソリ
…………
404:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/16(土) 19:56:29 ID:OEv/Nma8qg
母「」パチッ
母「ふぁぁ…ぁ…」ノビ
母「(懐かしい夢だったわね…)」
母「昨日坊やに話してあげたからかしら?」ニコッ
カロル「」スヤスヤ
母「ふふ。起こすのも悪いわね?」ナデナデ
母「朝ごはんを探しに行かなきゃ」スクッ
母「……」
母「(あなた…。あなたに会いたい…)」ギュッ
母「……」
母「」スタスタ
カロル「」スヤスヤ
405:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/16(土) 19:58:06 ID:RKYfkzbfdU
――村の外れ――
神父「」ガクガクブルブル
神父「い、いくら明朝と言えど早すぎる…」
神父「4時に経てなどと…司祭様は鬼だ!」
神父「暗いわ寒いわ、道のりが果てしない…」
神父「」ハッ
神父「い、いかんいかん!今のは無しだ!
こともあろうに司祭様への不平不満などバチが当たる!」
神父「と、言ってまぁ…誰も聞いてはいないわけだが」キョロキョロ
ガサッ
神父「」ビクゥ
子猫「にゃー」
神父「なんだ、猫か…。驚かせおって」
子猫「にゃ?」
神父「しっしっ!」ペイッ
子猫「にゃん!」タタタッ
神父「聖職者を驚かせようとは不埒な獣め!」
神父「くっ!なぜ私がこんな目に…」ブツクサ
406:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/16(土) 20:02:23 ID:RKYfkzbfdU
――森――
神父「さて、この辺りか…。奴らがいる枯れ木というのは…」キョロキョロ
スースースヤスヤ
神父「ん…?」
カロル「」スースー
神父「ほう…」ポォォ
カロル「」スヤスヤ
神父「ハッ…。いかんいかん!見とれてしまった…。
しかし今まで数いるホビットを見てきたが、ハッとする美形だな…」
神父「堅物で通る宣教師をたぶらかす訳だ」
カロル「ぅん…」モゾモゾ
神父「それにしても窪みで寝ているが…。
薄着で寒くはないのか?不思議な種族だ…」
神父「話では母親もいたはずだが見当たらないな?
ともあれ、これは絶好の機会に他ならん…」キョロキョロ
神父「このホビットを捕らえて早々に教会で暖を取るとするか。
これから布教する為に荷物もまとめなければな」ダキッ
カロル「」スースー
神父「……軽いな。持ち運びが便利だ」グッ
カロル「ん…」モゾモゾ
神父「……!」ビクッ
カロル「うぅん…ぅん…」スースー
神父「ふぅ…。驚かせおって…」
神父「さっさと連れていくか…」スタスタ
カロル「」スヤスヤ
407:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/16(土) 20:04:08 ID:RKYfkzbfdU
神父「(起きるなよ…?絶対に起きるなよ…?)」ドキドキ
カロル「ぅぅ…」モゾモゾ
神父「」ビクッ
カロル「」モゾモゾ
神父「ね、ねーんねんこーろりよ!おーころりよー!」アセアセ
カロル「」スヤスヤ
神父「ふぅ…」スタスタ
「おじさん」
神父「」ビクビクビクゥッ
カロル「」スースー
神父「ね、寝てる…よな?」
408:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/16(土) 20:06:02 ID:RKYfkzbfdU
「こっちだよ」
神父「えっ」クルッ
「そっちじゃないよ。こっちだってば!」
神父「(こ、これはもしやホビットの魔術か…。脳に直接語りかけ、たぶらかそうと言うのかぁ!?)」
「ねぇ。聞いてる?」
神父「えぇいっ!神に仕える身をまやかそうなど片腹痛いわ!
なまんだぶなまんだぶ!はんにゃほけらむにゃむにゃそわか!」カァーッ!!
「クスクス…。なにしてんの、おじさん?」
神父「なっ何を貴様!寝たフリなぞ……」
カロル「」ジーッ
神父「しおっ……て…?」
カロル「だ、だれ…?」
神父「だ、誰って貴様が語りかけていたんじゃ…?」
「違うよ。こっちこっち。木を見上げてみて?」
神父「へ…?」
???「やっと気付いてくれた」ニコッ
神父「ほ、ホビット…?」
???「うん、そうだよ?」
カロル「え…」
409:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/16(土) 20:08:18 ID:RKYfkzbfdU
???「はじめまして。僕はラム。おじさんは?」
神父「」ポカーン
ラム「おじさん?」
神父「あ、あぁ!き、貴様に名乗る名など無い!薄汚いホビットめ!」
ラム「あはは。ひどいや!その薄汚いホビットを抱えてるおじさんはなんなのさ?」
神父「黙れっ!」
ラム「」クスクス
カロル「……?」オロオロ
ラム「ほら、その子も怖がってるよ。離してあげたら?」
神父「ふざけるなっ!こいつは罪深き種族だ!
村の近くに住まわせておく訳にはいかん!」
カロル「」オロオロ
ラム「おじさん、教団の人間でしょ?」
神父「だからなんだっ!?」
ラム「だと思った。分かりやすい格好してるしね」
410:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/16(土) 20:10:55 ID:RKYfkzbfdU
神父「貴様と話している暇はない!消えろっ!」
ラム「あれ。いいの?僕もホビットだよ?」
神父「い、今なら見逃してやると言ってるんだ!」
ラム「じゃあ僕を連れて行って、その子を見逃してあげてよ」
神父「バカバカしい!いいから消え失せろ!」
ラム「ふーん」
カロル「ボク…連れていかれるんですか?」オソルオソル
神父「あぁ、そうだ。おとなしくしていろ!」
カロル「ど、どうして?」アセアセ
神父「貴様に話す筋合いはない!」
カロル「お母さまはどこですか…?」
神父「知るか!」
カロル「離してください!ボク帰ります!」
神父「笑わせるな!貴様に帰る場所などないだろう!?」
カロル「いやだ…。行きたくない!」ジタバタ
神父「足掻くな!往生際の悪い奴め!」ガシッ
カロル「やめてください!」バッ
411:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/16(土) 20:12:27 ID:OEv/Nma8qg
神父「き、貴様ぁ!ホビットの分際で逆らうとは…!」ビシッ
カロル「っ…!」
神父「おとなしくしておけば手荒なマネはしないぞ!」バッ
カロル「」ビクッ
ラム「……」ジーッ
神父「貴様、まだいたのか!」
カロル「……?」
ラム「ねぇ。助けてほしい?」
カロル「……!」
神父「なんだと!?」
ラム「どうなの?」
神父「黙れ!」
カロル「……」コクリ
ラム「そっか。じゃあ助けてあげるね」ピョンッ ストッ
412:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/16(土) 20:13:52 ID:OEv/Nma8qg
神父「ば、バカな!助けるだと!子供に何が出来ると言うのだ!?」
カロル「」オロオロ
ラム「」タッタッ
神父「く、来るな。穢らわしい!」
ラム「怯えなくていいよ。何もしないから?」
神父「信用出来るか!それ以上近付けば…」
ラム「近付けばどうするの?」ニヤリ
神父「近付けば…こいつを殺す!」
カロル「」ビクッ
ラム「殺してどうするの?」
神父「なっ…!こ、殺してどうするだと?」
ラム「うん。どうするの?」
神父「こ、殺して…それから…埋める?」
ラム「どこに埋めるの?」
神父「え、えーと…ちょうど人気も無いし、この辺かなー」
カロル「」ブルブル
ラム「じゃあそうしたら?」
神父「えっ」
カロル「えっ」
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