むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
383:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/10(日) 13:50:50 ID:qf2Xyjydl2
――大聖堂――
司祭「……ふむ」
神父「…いかがでしょうか?」
マルク「…くぅん」
司祭「間違いあるまい。これはホビットが書いたものじゃろう」
神父「やはり…!」
司祭「おそらくそやつはホビットが飼っとる犬じゃな」
マルク「わぅ?」
神父「しかし、何故この犬は宣教師に宛てた手紙を私に託したのでしょう…」
司祭「簡単な事じゃよ。お前が着とる修道服は宣教師の物じゃからな。
同じ匂いのするお前を宣教師と勘違いしたのじゃろうて」
神父「えっ」
384:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/10(日) 13:52:38 ID:qf2Xyjydl2
司祭「どうした?」
神父「使い回し…なのですか?」
司祭「当然じゃろうが。経費削減というやつじゃ」
神父「は、はぁ…?それにしては随分キレイに手入れされてますな?
てっきり新しく修道服を支給して頂けたのかと」
司祭「几帳面な奴じゃからな。欠かさず清潔を保っていたようじゃ」
神父「なるほど。前任の布教者は確か女性でしたな?」
司祭「そうじゃが?」
神父「」クンクン
司祭「おい、なぜ匂いを嗅ぐ?」
マルク「ぅぅ〜……」ウトウト
385:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/10(日) 13:55:34 ID:MD.Og/oBiw
マルク「」スヤスヤ
神父「な、何も叩かなくてもよいではありませんか…?」イテテ
司祭「やかましい。貴様も牢に叩き込むぞ」
神父「そ、それにしても…この手紙はどうしましょう?」
司祭「手紙に奴らの居場所が書いてある以上、出回ると厄介な代物である事は確かじゃな」
神父「ふむ…。混乱を招くでしょうな。手紙の中に書いてある旅人というのも気になります」
司祭「それはおそらく問題ないじゃろ。ホビットを罪深いと認識する正義感の強い人間じゃ」
神父「しかし手紙の内容には宣教師にも害が及ぶような事が書いてありますが…。
これはすなわち人間も構わず襲う凶悪な輩と暗示しているのでは…」
司祭「ふん。何を根拠に…」
神父「旅人の中には罪を犯し、各地へ逃げ延びる危険な者もおります」
司祭「……そんな輩にはそうそう出くわすものではないわい」
神父「ですがもし本当に危険な輩だとすれば……」
司祭「ホビットだけでなく村の人間にも害が及ぶと言いたいのか?」
神父「は、はい」
386:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/10(日) 13:57:31 ID:MD.Og/oBiw
司祭「心配性じゃな。その可能性はあるまいよ」
神父「なぜ、そのように言い切れるので?」
司祭「そもそもが、じゃ。手紙の主は誰じゃ?」
神父「ホビットですが…」
司祭「なれば、もう答えは決まっておろう。稚拙な虚言じゃよ」
神父「虚言…ですか?」
司祭「ホビットを狙う旅人の存在は真実じゃろうが、それ以外は虚言じゃ」
神父「……」
司祭「宣教師を呼び戻そうとするのは身を守る手段に最適と考えたのじゃな。
人間と共に在れば危険にさらされる可能性は大いに削られよう。
もしかすれば宣教師を囮に、まんまと逃げようという算段かも分からん」
神父「しかし…もしも真実であれば村人の身が…」
司祭「」ギロッ
神父「は…?」
司祭「貴様はホビットと司祭であるこのわし、どちらの言葉が重いと思っておる?」
神父「そ、それはもちろん司祭様のお言葉にございます」アセアセ
387:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/10(日) 14:00:50 ID:MD.Og/oBiw
司祭「分かっておればよい。奴らは狡猾な種族。
奴らの言葉に信用を向ければ、たちまちの内に利用され、喰い物にされるだけじゃ」
神父「はっ!申し訳ありません。あまりに浅はかな思慮でございました」フカブカ
司祭「じゃが、貴様の考えも一理ある。村の人間への配慮も必要じゃろうて」
神父「と、言いますと?」
司祭「…一度わしが奴らに会ってみよう。野放しにしておけば、害が及ぶとも限らん」
神父「なっ…。い、いけません!司祭様が不浄の者と接するなど…!」
司祭「無論、直接わしが出向く訳ではないわい。お前が捕まえてくるんじゃ」
神父「は…?」キョトン
司祭「明日、村に行くついでに奴らを捕らえてこい」
388:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/10(日) 14:03:57 ID:qf2Xyjydl2
神父「一人で…ですかな?」
司祭「無論じゃ」
神父「し、しかし何をされるか…」
司祭「安心せい。聞いた話ではメスとオスの子供しかおらん。
ホビットは体も小さく、力も無い。大の男が一人いれば十分じゃろ」
神父「し、しかし最近は人間を襲うホビットも現れたと聞きますが…」
司祭「あぁ。じゃがそれは西の領土の話じゃろうが?」
神父「し、しかしですな…」
司祭「」イラッ
神父「司祭様…?」
司祭「やっかましいぃぃぃ!!!
しかしもかかしもないわ!行けと言うのが分からんのかぁぁぁ!!?」
神父「ひぃっ」ビクッ
司祭「ふぅ…ふぅ…。返事はどうした!?」ゼーゼー
神父「は、はははい…。喜んで行かせていただきますとも!」
司祭「…そうか。では明朝、ここを発つがいい。今日はもう遅いでな」
神父「み、明朝ですか…」
司祭「村人に見られても説明が面倒じゃろ?皆が寝静まる時間にホビットを捕まえておくのじゃ」
神父「かしこまりました…」ペコリ
司祭「(…ふっ。宣教師をたぶらかしたホビットか。どんな輩か楽しみじゃわい)」クツクツ
マルク「」スヤスヤ
389:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 00:27:06 ID:aMQyUdLMrI
――教会――
ワルド「さて、ほんとにこんなとこにいるのかねぇ」
ワルド「お日さまもぐっすりおねんねして、暗く月明かりに照らされた不気味な教会…。
まるで吸血鬼でも現れそうな雰囲気だ」
ワルド「こんな所にガキ一人でいられるとは思えんがね…」フッ
ワルド「いなくても構わんけどね。村に戻って、もう一度あのガキをいたぶって吐かせりゃいい」
ワルド「……」
ワルド「」ブルッ
ワルド「(正直、俺もちょっぴり怖いしね)」ブルブル
ワルド「まぁ、とりあえず入ってみますか」ガチャッ
ワルド「おじゃましまー…」スタスタ
グンッ
ワルド「わっと…!」ズルッ
ワルド「(足が…!?)」
ヒューン
ワルド「えっ」
ゴスッ!!
390:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 00:29:58 ID:brIb.FAqgM
バタッ
???「」タッタッ
ワルド「」ピクピク
???「」ツンツン
ワルド「」ドクドク
???「あはっ!」ニッコリ
ワルド「」ビクンビクン
???「おじさん、すごいね?
2階からあんなに大きな石をぶつけたのに生きてるなんて!」
ワルド「」ビクンビクン
???「あ、そうだ。玄関の足下に紐を張っておいたんだ!
すぐ切れちゃったけど、おじさん転びそうになってたね?」
???「バカだなぁ!あははははは!!」
ワルド「」ドクドク
???「ねぇ。聞いてよ?ボクすごいだろ?」
???「ねぇ。ねぇってば!」ユサユサ
ワルド「」シーン
???「……」スッ
???「起きてよ。起きなきゃ、また石でぶつよ?」
ワルド「」シーン
???「……またジョーク言ってよ。つまんないジョーク」
???「ねぇ。聞いてる?大人は子どもの話を聞かなきゃダメなんだよ?」
ワルド「」シーン
???「……へー。無視するんだ?」パシッ
ガッ ゴッ バキッ ズゴッ ボコッ ガスッ グシャッ メキッ
391:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 00:34:01 ID:brIb.FAqgM
???「ふふふ。お父さんもお母さんも天国で笑ってるよね?」
???「でも、まだだよ?」
???「みんな殺すんだもん。おじさん一人じゃ足りないよ」
???「みんなが悪いんだから。罪には罰を与えなきゃ」
???「そうでしょ?」
???「……聞こえないよね」
???「バイバイ、おじさん」フリフリ
ワルド「」
ガチャッ バタンッ
392:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:38:40 ID:apt6p77LGE
――森――
カロル「」キュッキュッ
母「あら、坊や。なにを書いてるの?」
カロル「絵を描いてるの。宣教師さまが帰って来たら見せようと思って」キュッキュッ
母「ふふ。昔から上手だったものね。どんな絵なの?」
カロル「みんなの絵だよ!」
母「まぁ?一枚におさまるかしら?」
カロル「ほら、見て!
宣教師さまもルーボイくんもパッチくんも。お母さまもマルクもみんな一緒!
まだ途中だから、あんまり書けてないけど…」スッ
母「ふふ。そう…。まぁ?」ビックリ
カロル「……どうしたの?」キョトン
母「(前より上達してるわ…。紙の中にあたしたちがいるみたい?
お絵かきより、絵画と言うべきじゃ…?)」マジマジ
カロル「やっぱり…下手かな?」モジモジ
母「ううん。上手過ぎるくらい上手よ?
少し驚いちゃっただけ」
カロル「えへへ…。そっ、そうかな?」テレテレ
393:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:40:06 ID:apt6p77LGE
母「さっきまではあんなにマルクの心配ばっかりしてたのに。どういう風の吹き回し?」
カロル「…マルクは賢いから、きっと大丈夫。そう思う事にしたんだ。
帰って来ないって思ってたら、本当に帰って来ないかもしれないから」
母「良いことね?」ニコッ
カロル「今ごろ宣教師さまと一緒にボクらを探してるかも?」ニコッ
母「そうね…?」ニコニコ
母「(坊やに言った手前、言いにくいけど心配になってきたわね…。
一晩経って、もう夜になるのにマルクも宣教師様も戻ってこないなんて…)」
カロル「……お母さま?」カキカキ
母「あ、ごめんなさい!何か言ってた?」
カロル「お顔に出てるよ?」
母「」ハッ
カロル「ボクも信じるから、お母さまも二人を信じてあげて?」ニッコリ
母「坊や…。……そうね?」ニッコリ
母「(坊やも、もうそういうのが分かる歳なのね…)」シミジミ
394:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:42:24 ID:OSGANJ/Nfc
カロル「書けた!」パァァ
母「どれどれ?」ジー
カロル「どうかな?」
母「やっぱり上手ね…。坊やは将来、画家さんになれるわ?」ニッコリ
カロル「それは言い過ぎだよ…」タジタジ
母「ううん。そんなことないわよ。宣教師様もびっくりすると思うもの」
カロル「な、なんか恥ずかしいよ…」モジモジ
母「"あの人"の血かもしれないわね…」ニコッ
カロル「あの人って?」
母「あなたのお父様よ。あの人も絵が上手だったの」
カロル「お父さま…?」
395:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:43:52 ID:OSGANJ/Nfc
母「えぇ。坊やが赤ちゃんの時に死んでしまったから、覚えてないでしょうけど」
カロル「……ウーン」
母「どうしたの?」
カロル「そういえばボク、お父さまのお話を聞いたことないなぁと思って」
母「あら、そうね?今まであまり話さなかったものね」
カロル「うん。聞く機会も無かったし、せっかくだから聞きたいな?」
母「ふふ。いいわよ?」ニコッ
396:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:45:36 ID:OSGANJ/Nfc
カロル「お父さんってどんな人だったの?」
母「優しくてまっすぐで愛に溢れた…。
愛しいものを全力で守ってくれる、とても素晴らしい人よ?」
カロル「…ふふ」クスクス
母「……?」
カロル「あ、ごめん。なんだか嬉しくて?」
母「お父さまの話、あまり知らなかったものね?」
カロル「うん。もっと聞きたい!」
母「そうね。たくさん話してあげる!」
カロル「やった!」
397:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:49:22 ID:OSGANJ/Nfc
母「あの人とは幼馴染みでね。よく人間にいじめられてたあたしを助けてくれたわ」
カロル「お母さまは人間の村にいたの?」
母「そうよ?昔はホビットも人間と暮らせる時代があったの」
カロル「いいなぁ!ボクも人間の村で暮らしたい!」
母「それでもあたし達を平等に扱ってくれる人間なんて一握りだけれど、あの人はそうじゃなかったわ」
カロル「お父さまは人間だったの?」
母「ぇぇ。その上、村長の息子だったのよ?」
カロル「そうなんだ!偉いんだね!」
母「大変なことなのよ?村人の非難は絶えなかったし、あの人も苦しかったと思う」
カロル「……?」
母「あの人はそれでも分け隔てなく接してくれる。
あたしも父もいつだってあの人の優しさに助けられたわ」
母「(そのせいであの人もあたし達も村を追われてしまったけど…。
それは知らなくてもいい事よね…)」
398:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:54:11 ID:OSGANJ/Nfc
カロル「お父さまは暖かい人間だったんだね?」
母「そうよ。あなたのお父さまだけじゃない。
人間は時々間違ってしまうけれど、本当は優しいの」
カロル「知ってるよ!ボクをぶった人間もキャンディをたくさんくれたもの」
母「うん。そうね?」ニコリ
カロル「えへへ!ボクの宝物なんだ。いつも袋に入れてるよ?」ガサッ
母「そう」ニコニコ
カロル「でも、あの後…いろいろあったけど…たまたま、間違っちゃったんだよね?」
母「えぇ。あれは忘れてはいけない事だけど、残してもいけない間違いよ」
カロル「残してもいけない…?」
母「忘れてしまうと同じ間違いを犯すかもしれない。
だからといって心に残してしまうと、いずれ憎しみに囚われてしまうわ。
だから忘れてもいけないし、残してもいけないの」
カロル「お母さまがいつも教えてくれる事だね」
母「これも本当はあなたのお父さまが教えてくれた事なのよ?」
カロル「お父さまが?」
399:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/11(月) 15:56:04 ID:OSGANJ/Nfc
母「いつもあたしがやるせなくなると、この言葉をかけて励ましてくれたの」
カロル「ボクもお母さまの言葉に励まされてるよ!」
母「…よかった。あの人も喜んでると思う」ニコニコ
カロル「お父さま…。会ってみたいなぁ」
母「……」
カロル「ねぇ!もっと聞かせて。お父さまのお話!」
母「もちろんいいわよ?」ニコッ
母「そういえばこんなこともあったのよ?」
カロル「へー!」キラキラ
アハハハハ!!
エー!!? ウソダー!!?
…………
400:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/12(火) 20:42:23 ID:Kwo9hE/z3E
――夢――
???「大丈夫かい?」スッ
「平気よ、ありがとう。フィズス」パシッ
フィズス「ケガしてるじゃないか?」
「このぐらい、なんてことないわ?いつもの事だもの」
フィズス「またそんなこと言って…いい加減あきれるよ」
「あら?そんな風に言うけど、フィズスはいつだって助けてくれるじゃない?」
フィズス「当然だろ?同じ村の人間として放っておけないじゃないか?」
「ふふ。どうかしら?」クスクス
フィズス「なんだよ、それ?」ムッ
「べっつにー?」プイッ
フィズス「……なんなのさ」ムスッ
401:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/12(火) 20:45:18 ID:Kwo9hE/z3E
フィズス「で、今日は何があったの?」
「何かって?」
フィズス「とぼけないでよ。何かあったから、ケガしたんだろ?」
「…市場でお米を買ったら、相場より高い値段で買わされたの」
フィズス「……」
「おまけに量も減らしてあったから、文句言ってやっただけ」
フィズス「当たり前だよ。そんな事されたら誰だって文句言うさ」
「そしたら生意気だって言われて、あとはいつも通りよ?」
フィズス「…困った連中だな」グッ
「別にいいのよ。いつものことだもの」
フィズス「ダメだよ!お金はぼくが返すから、後であのおじさん達にも謝らせる!」
「気にしなくていいのに…。フィズスには関係ないでしょ?」
フィズス「関係あるよ!君はこの村の人間だ!
なのに君だけが不公平な扱いを受けるなんて間違ってる!」
「それって…村長の息子として?」
402:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/2/12(火) 20:47:31 ID:Ix/8/HR8zU
フィズス「どういう事だい?」
「…責任感であたし達を庇うなら、やめた方がいいわよ?
巻き込まれるかもしれないじゃない」
フィズス「なっ…!」
「あたしにはお父様がいるし、辛くないわ。だから無理しないで…」
フィズス「やめてよ」
「え?」
フィズス「そんな悲しいこと言うなよ」
「な、なによ…」
フィズス「君はいつも強がるけど、ほんとはとても寂しいんだろ?」
「冗談よしてよ。別に寂しくなんかないわ」
フィズス「ウソだ!」
「あなたに何が分かるのよ!?」
フィズス「分かるよ。ぼくは君の友達だ!」
「なによ、それ…」ムスッ
フィズス「村長の息子だから仲良くするんじゃない!
君が好きだから仲良くするんだ!もっとぼくを信じてよ!」
「………」カァァ
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