むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
279:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/19(土) 18:31:21 ID:cYUoihoiOE
母「ふふ…今夜の寝床を探しましょうか?」
カロル「…宣教師さまはどうするの?」
母「あ、そういえばそうね…。
どうしましょう。どこに行かれたかも分からないし…」
カロル「まだ教会にあの旅人がいたら宣教師さまが危ないよ…」オロオロ
母「教会の近くは行けないし、探すにしても動き回ると見つかる可能性があるわね…」
カロル「ボクが探しに行くよ!頭巾を被ったらバレなかったから!」
母「なに言ってるの!ダメに決まってるでしょ?
パッチくんも言ってたじゃない?運が良かっただけって!」
カロル「でも心配だよ…」シュン
母「気持ちは分かるわ?けど焦っても何も生まれない。そうでしょ?」
カロル「はい…」
母「(本当にどうしたら…)」
280:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/19(土) 18:34:07 ID:PegmcYVJcA
マルク「わんっ!」
母「あら、どうしたの?」
カロル「……?」
マルク「わんっ!わんっ!」ピョンピョン
母「お腹が空いちゃったのかしら?」
マルク「」ブンブンブンブン
母「違うの?」
マルク「」コクコク
カロル「もしかして、マルクが探してくれるの?」
マルク「はっ!はっ!」コクコク
281:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/19(土) 18:44:17 ID:PegmcYVJcA
母「気持ちは嬉しいけど…」
カロル「大丈夫だよ、マルクは賢いもの!
きっと宣教師さまを連れてきてくれるよ!」
マルク「わぅんっ!」
母「確かにマルクなら人間に見つかっても平気だし、鼻も利くから探すにはうってつけだけど…。
言葉を話せないから、たとえ宣教師様を見つけても連れて来れるかしら…?」
マルク「ぅー……」ガクッ
カロル「……そうだ!」ポンッ
母「え?」
カロル「手紙を書いてマルクに持たせればいいんだよ!
そうすれば喋らなくても伝えられる!」
母「……!そうね、いいかもしれないわ!
……あ、ダメよ。持たせようにも…」
カロル「ううん。紐で首に括り付ければ安心でしょ?」
母「…そう都合よく紐があるかしら?」
カロル「ここは森の中だから長いツタとか、丈夫でしなやかな枝を使えばいいよ」
母「……!」ビックリ
カロル「お母さま?」
母「すごいわ?完璧よ、坊やは賢いわね!」
カロル「お、おおげさだよ…?」タジタジ
282:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/19(土) 18:46:40 ID:PegmcYVJcA
カロル「じゃあボク、紙とペン持ってるから、さっそく書いちゃうね」
母「あ、待って!あたしも書くわ。一枚ちょうだい?」
カロル「うん!」つ【紙】
カキカキ キュッキュッ
母「括り付けて、と。うん!問題ないわね?」キュッ
マルク「わぅ」コクリ
カロル「マルク、頼んだよ?」
マルク「わんっ!!」キリッ
マルク「」タタタッ
母「無事に連れ帰ってくれるといいけれど…」
カロル「」ギュッ
母「あら、手なんて合わせてどうしたの?」キョトン
カロル「宣教師さまが教えてくれたんだ?
手を合わせて祈ると神様が願いを叶えてくれるって」
母「まぁ…?」
カロル「…宣教師さまがちゃんと帰って来ますように」ギュッ
母「」ニコッ
母「………」ギュッ
283:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:03:34 ID:HNswQRyMvc
――大聖堂(牢屋)――
宣教師「」グッタリ
牢屋番「……」スタスタ
宣教師「」
牢屋番「おい」
宣教師「」
牢屋番「おい、起きろ!」
シーン
牢屋番「ちっ」
カチャカチャ ガチャッ
牢屋番「本来は牢の扉は開けられないが仕方ないか。
おい、起きろ!飯だ!」ユサユサ
宣教師「ん……」
牢屋番「たく!さっさと起きろって言ってんだろ!」
284:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:07:11 ID:2jtQ6Mfo/w
宣教師「ここは…?」ボヤー
牢屋番「なんだ、覚えてないのか?
お前は邪教に堕ちた罪人として牢に入れられたんだ」
宣教師「邪教…。なるほど、私は司祭様に…」
牢屋番「そういうことだ。どうやらお前は司祭様に目をかけられていたようたが、これまでだろうな。
神の教えに背く者を司祭様は許さない。覚悟を決めておけ」
宣教師「その口振りでは、私は始末されるのでしょうか?」
牢屋番「さぁな。殺されはしないだろうが、おそらくなんらかの罰を課せられるだろう」
宣教師「……この服は?」
牢屋番「ん?あぁ、囚人用の簡素な布さ。
罪人に神聖な修道服を着せるわけにはいかんからな」
宣教師「………」
285:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:08:58 ID:2jtQ6Mfo/w
牢屋番「ほら、飯だ。さっさと食え」ズイッ
宣教師「……」
牢屋番「なんだ?不満か?
罪人に飯を用意するだけありがたく思ってほしいもんだがな」
宣教師「いえ、一切れのパンにハムにスクランブルエッグ。食後のミルクまで付いて、むしろ豪勢です」
牢屋番「そんな質素な飯でか?」バタンッ ガチャッ
宣教師「えぇ。施しを受けて生活していると、どうしても倹約しなければなりませんからね…。
食事は野菜とお米でまかない、必要な資材や資料の購入にお金をかけていましたから」
牢屋番「はぁ…そんなもんなのか?」
宣教師「まぁ…そうですね」
286:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:10:56 ID:HNswQRyMvc
牢屋番「あんた、確かホビットと暮らしてんだろ?」
宣教師「……」
牢屋番「だんまりか。俺からすれば、なんであんな奴らと暮らせるのか分からないがな」
宣教師「……」
牢屋番「早いとこ目を覚ました方がいい。
奴らは狡猾な種族だ。信じるだけ無駄だよ」
宣教師「大きなお世話です…」プイッ
牢屋番「ふん…。食器の片付けもあるんだ。
冷めないうちに皿の上を空っぽにしとけよ?」
宣教師「……」モグ
287:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:12:31 ID:HNswQRyMvc
宣教師「そういえば今は何時なのですか?」
牢屋番「今か?今は18時だ。まぁ日暮れ時だな」
宣教師「…まずいですね」
牢屋番「なんだ、教会を留守にしてるのが心配なのか?
安心しろよ、村には明日から代わりの神父を派遣するそうだ」
宣教師「なっ…!」
牢屋番「当然だろ?邪教に堕ちた罪人に教会を管理させる訳にはいかん」
宣教師「それでは…あの親子はどうなると言うのですか…?」
牢屋番「親子?」
宣教師「ホビットの親子のことです!」
牢屋番「あぁ…まぁ罰が下るだろうな。
奴らも教徒を貶めた罪がある。下手すりゃ処刑もありうるかもな」
宣教師「そんな…」ワナワナ
牢屋番「納得出来ないってツラだな?
俺にはさっぱり分からん」
宣教師「(一刻も早くここを抜け出さないといけませんね…)」
牢屋番「……」
宣教師「(その為にはまず牢屋番をなんとかしなければ…)」チラッ
288:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:16:43 ID:HNswQRyMvc
牢屋番「先に言っておくが逃げようなんて考えるなよ?」
宣教師「」ギクッ
宣教師「……考えませんよ」
牢屋番「今はあんた以外に囚人がいないからな。
二人できっかり12時間交代、監視の目は離れないぜ?」
宣教師「はぁ…。今は、ということは先日まで別の囚人が?」
牢屋番「あぁ。たまにいるんだ。
あんたみたいに邪教に堕ちる教徒がな」
宣教師「私以外にも…」
牢屋番「まれにホビットを捕らえることもあるが…」
宣教師「ホビットを…ですか?」
牢屋番「あぁ。正直あれはどうなってるのかよく分からん。
噂じゃ断罪されただの、反省を促してから野に放つだのと言われちゃいるが…。」
宣教師「違うと?」
牢屋番「まるっきり違うさ。
実際は飯も服も与えずに牢に閉じ込めて、衰弱させてからアントリア様が連れていってる」
宣教師「アントリア神官が?」
289:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:23:14 ID:HNswQRyMvc
牢屋番「そうだよ、よく分からないだろ?
あの方は本来、王国に仕える専属の僧侶だ」
宣教師「何度かお目にかかりましたが…私もあの方は教団の人間では無いと聞いてました」
牢屋番「一応俺たちと同じ宗派の人間ではあるが、それにしたってわざわざ王国から田舎の大聖堂まで来るか?
しかもホビットを連れてく為にだぞ?」
宣教師「確かにおかしいですね…。
司祭様からも聞いたことがありませんし、
アントリア神官とも1、2回ほどお話をさせていただいてますが、そのような話は……」
牢屋番「ふーん。
あんたは司祭様のお気に入りだと聞いてたから、てっきり何かしら知ってると思ってたが…」
宣教師「私はなにも知りませんよ。
それにお気に入りなどでもありません」
牢屋番「そうか?
去年あたりには若干20歳にして一人で村一つ任された宣教師だって、教徒の間で話題になってたぞ?」
宣教師「それは…。たまたま前任の神父様が病を患ってしまったので、代役を仰せつかったまでです…」
牢屋番「まぁ神父様も歳だったと聞くしな。
だが、それにしたって人の集まる村や町の管轄を位の低い宣教師に委ねるくらいだ」
宣教師「それは、そうかもしれませんが…」
290:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:27:14 ID:2jtQ6Mfo/w
牢屋番「しかもたびたび司祭様が自ら赴いて様子を伺いに来てたんだろ?」
宣教師「たしかに不馴れな私を気にかけてくださってました…」
牢屋番「……孤児だったあんたを拾ってやったのもあのお方だつたと言うじゃないか?」
宣教師「はい…。感謝していますし、ずっと司祭様のことを尊敬しておりました」
牢屋番「なら、なぜだ?
そんな大恩ある方を裏切ってまで、ホビットに執着する理由があるのか?」
宣教師「……私にも分かりません。
しかし今まで書物や誰かの声で賜った教えと、自分の目で見た物の違いが大き過ぎたのです…」
牢屋番「バカを言うな。あんな奴らに同情の余地なんか無い」
宣教師「なぜあなたはホビットを憎むのですか?
彼らが一体なにをしたと言うのです?」
牢屋番「したさ。数え切れないくらいな」
宣教師「…え?」
牢屋番「長くなっていいなら話してやろうか?」
宣教師「是非、お願いします…」コクリ
291:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:30:35 ID:HNswQRyMvc
牢屋番「俺は農家の出でな。
両親は市場に納入する作物を育ててたんだ」
宣教師「……」
牢屋番「貧乏暇なしってやつでさ。
毎日のように両親と一緒に土を耕して、雑草を刈って肥料を蒔いて…。
たっぷりと手間暇かけて育て上げた作物を収穫するにも、そこでまた一苦労だ」
牢屋番「ガキの俺にはキツかったなぁ。
なんでこんな生活しなきゃならねぇんだって両親に当たったこともあった」
牢屋番「けど、なんだかんだ楽しかったよ。
父さんは職人気質で取っ付きにくかったが、俺が作業を覚えるたびに笑いながら頭をなでてくれた」
牢屋番「母さんは俺の背が伸びるたびに畑の作物と比べて『ジョーもこの子もすくすく成長してるわね』なんて言うんだ。
息子の成長と作物の成長をいっしょくたにしてんだぜ?笑えるだろ?」クツクツ
宣教師「…素敵なご両親ですね?」ニコリ
牢屋番「はは。ただのんきなだけさ」
宣教師「…あなたはジョーさんとおっしゃるのですか?」
ジョー「あぁ。まぁ短い付き合いになるだろうから覚えなくてもいいけどな?」
宣教師「いえ、覚えさせていただきます」ニコニコ
ジョー「はは…やっぱ、あんた変わってんな?」
292:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:33:39 ID:HNswQRyMvc
宣教師「ジョーさんはなぜご家業を継がず、ここに?」
ジョー「…まぁ、まずは話の続きだ」
宣教師「あ、はい…」
ジョー「あれは俺が15ぐらいの時だ。
いつも通り早起きして作物を一つ一つ数えてたら、なぜか数が足りなかった」
ジョー「獣の仕業かと思ったが、それにしちゃキレイにもぎ取られててな」
ジョー「その日から事あるごとに同じ事が続いた。
さすがに俺たち親子もバカじゃないからな。
気付いたよ。誰かが盗んでんだって」
ジョー「熟した実から、まだ青い実までもぎ取られて…。
かかしを置いてみたり、柵を張ったり、挙げ句には父さんが寝ずに見張ってたが、ことごとく無駄だった」
ジョー「次第に畑から作物が減って市場への納入にも間に合わなくなった。
急いで種を蒔いたが作物は成長に時間が掛かるからな。焼け石に水だったよ」
293:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:36:57 ID:2jtQ6Mfo/w
ジョー「父さんも疲れ果てて倒れちまって、母さんは父さんの看病しなきゃなんねぇから作業にも手が付かない。
自然と俺が一人でキツい農作業をしなきゃならないわけだ」
宣教師「それは…辛いですね」
ジョー「辛いなんてもんじゃないぜ。
熱い日射しに照り付けられながらひたすら耕す日もあれば、寒さに凍えながら萎れちまった実を抜いたり…」
ジョー「そんな中でも作物は盗まれ続けるし、とても一人じゃ追い付かなかったよ」
ジョー「市場の方も、もたついてる俺たちに愛想尽かして買い取ってくれなくなっちまった」
ジョー「それでも売らなきゃ食ってけないからな。
荷車を担いで売り歩いたが、まぁこれが誰も買ってくれない…」
ジョー「市場で売られてる物と違って質も値段も、なんの保証もないからな…」
ジョー「結局、売れないまま盗まれ続けて…。
そんなこんなしてる内に父さんも死んじまった」
294:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:38:54 ID:HNswQRyMvc
ジョー「…父さんの死をきっかけに塞ぎこんだ母さんは畑も、俺のこともほったらかして引きこもる始末だ」
ジョー「俺も今までの分が堰を切ったように溢れてなぁ。
全部バカらしくなって作業もやめちまった」
ジョー「そんなある夜の事だ。
ほったらかして伸びきった雑草を踏みながら適当に晩飯用の作物を漁ってたら……」
295:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:39:51 ID:HNswQRyMvc
――回想(ジョー)――
ジョー「……ちっ!」ブチッ
ジョー「たわんだ葉にしぼんだ実ばっかだ」ブツブツ
ブチッ ブチッ
ジョー「ん?なんだ?」キョロキョロ
???「」ブチッ
ジョー「……おい!」
???「」ビクッ
ジョー「お前、なにしてんだ!?」
???「」ダッ
ジョー「あっ!待て!」ガッ
???「わっ…」ボトボト
ジョー「…それ、なんだよ?」
???「あぁ…あぅ……」ビクビク
296:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:41:22 ID:HNswQRyMvc
ジョー「これも!これも!全部うちの畑で取れたモンじゃねぇか!?」
???「……うぅ…」ブルブル
ジョー「まさか…今までのもお前なのか!?」
???「ち、ちがいます…」
ジョー「ウソつけ!じゃあお前はここで何してたんだよ?
うちの作物を盗んでたんじゃないのか!?」
???「そ、そうですけど…」
ジョー「ふざけんな!お前顔見せてみろ!」バッ
???「あ……」ビクッ
ジョー「……!」
???「」ブルブル
ジョー「瞳が黄色く光ってる…。お前…ホビットか?」
ホビット「ゆ、ゆる……ゆるして、ください…」ガクガク
297:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/20(日) 20:47:29 ID:2jtQ6Mfo/w
ジョー「この…!」グイッ
ホビット「きゃっ…」
ジョー「お前のせいで…お前のせいで、俺たち家族は…!ちくしょう!!」
ホビット「……?」
ジョー「うぅ…なんでだよ…。なんでなんだ…?」ポロポロ
ホビット「だって…これしか、しらない…」
ジョー「なんだと!?」
ホビット「わたしたちは…ほかに生きるすべがない…」フルフル
ジョー「それなら、盗みも許されるってのか!?
そのせいで俺の父さんが死んでもいいってのかよ!?」
ホビット「しらない…わからないの…」ウルウル
ジョー「おまえ…!」グッ
ホビット「うっ…!」
ジョー「死ね…。お前なんか死んじまえ…!」グググッ
ホビット「あ、あ、あ…ぐっ…」ブクブク
ジョー「……」グキッ
ホビット「」カクンッ
ジョー「はぁ…はぁ…」
ホビット「」
ジョー「父さん…仇…ぅ…うぇっ…げほっ」ゲロロロ
ジョー「…うぷっ!…おぇっ……」ゲロゲロ
ジョー「は、はひ…ははは…母さんにも、教えてやんなきゃ」フラフラ
ジョー「俺、父さんの仇、とったんだ…」フラフラ
――――
298:🎄 名無しさん@読者の声:2013/1/24(木) 23:16:59 ID:SjpgvNX9ww
当初ほのぼのファンタジーだと思っていたら、意外とえげつない展開が続き驚いている現在。
それでもすごく、このSSが好きです。支援。
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