むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
237:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:31:08 ID:TbIaTri9k.
バァンッ!!!
宣教師「いやいやいやいや!野菜はたいてい緑色ですよ!?
それにスープは野菜の色になるとは限りません!」
宣教師「だいたいトントンいってましたけど、どこで包丁使ったんですか?
今朝の献立はスープのみのはずですよね?
煮詰めるなり出汁を取るなり、作業から読むなら普通グツグツとかコトコトとかじゃないんですか?」
宣教師「しかもそのスープ、具が無いじゃないですか?
なんです?野菜本体を使わずにエキスだけ絞ったんですか?
新鮮なみずみずしいお野菜をシンプルに生搾りでいただこうと?」
宣教師「それ以前に自分で把握していない食材を他人に振る舞うのですか?
あなたそれでも親ですか?
しかもそれらの食材はすべて私の所有物ですよね?」
宣教師「いい加減言わせてもらいます。
あなたのそれは料理ではない!
自然界への冒涜です!」
宣教師「己の無駄にした食材、その亡骸たちの前で悔い改め、調理器具を二度と手にしないと誓いなさい!」ビシィッ
――扉の前――
宣教師「(と、ツッコみたい…)」
宣教師「私、独りでなにやってるんでしょう……」ハァ
238:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:33:57 ID:NaSHqV57P6
ガチャッ
カロル「あ、宣教師さま!おはようございます!」
宣教師「おはようございます」
母「朝ごはんが出来上がってますよ?
たんとおかわりしてくださいね!」
宣教師「あ、ありがとうございます…」ヒクヒク
――数分後――
カロル「」ペロリッ
カロル「ごちそうさま!」ニパッ
カロル「ボク、マルクと遊んでくるね!」タタタッ
母「はいはい。いってらっしゃい」ニコニコ
宣教師「(あれを完食出来る彼の舌と胃袋が欲しいです…)」ハァ
239:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:36:15 ID:NaSHqV57P6
宣教師「」ゼーゼー
母「宣教師様、息が上がっているみたいだけど大丈夫ですか?」
宣教師「わ、私は神に仕える者…この程度の試練で音を上げる訳には…うぅ…」ズズ
母「し、試練?お食事がですか?」キョトン
宣教師「あ、いや…なんでもありませんよ」アセアセ
母「そ、そう。あ、食べ終わったのね?
たくさん余ってますけどおかわりはいるかしら?」
宣教師「そ、そういえば私は用があるのでした!
申し訳ありませんが席を外させていただきます!」ガタッ
母「そうなの?
じゃあもったいないですから残りはあたしとマルクで片付けちゃいましょ」
宣教師「(ごめんなさい、マルクくん。弱い私を許してください…)」シュン
240:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:38:27 ID:TbIaTri9k.
――教会(玄関前)――
マルク「わぅーん…」ブルブル
カロル「どうしたの、マルク?」
マルク「くぅん…」ションボリ
カロル「ヘンなの?さっきまであんなに元気だったのに…」
ガチャッ
カロル「あれ?宣教師さま、どこか行くんですか?」
宣教師「はい、私は少し出掛けて来ますのでいい子にしていてくださいね?」ニコッ
カロル「はーい!」
宣教師「それから…マルクくん、ごめんなさい」ペコリ
カロル「へ?」
マルク「グルルル…!」
カロル「あっ!マルク!?
なんで宣教師さまを威嚇するの?だめじゃない!」
マルク「くぅん」シュン
宣教師「いえ、いいのです。
私は責められて然るべき罪を犯しました…」
カロル「……?」キョトン
宣教師「では行ってきますね」スタスタ
カロル「は、はい…」
カロル「宣教師さま、どうしたんだろ?」
ガチャッ
母「マルクー!ごはんよー?」
マルク「きゃいんっ!?」ビクッ
241:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:41:02 ID:NaSHqV57P6
――村(パッチの家)――
パッチ「」ドキドキ
パッチ「」キョロキョロ
パッチ「」ソーッ
村の大人3「……」ガシッ
パッチ「」ビクッ
村の大人3「どこに行くんだ?」ギロッ
パッチ「父さん…」
村の大人3「どこに行くんだと言ってるだろ?ん?」
パッチ「べ、別に…。遊びに行くだけだよ?」
村の大人3「教会にか?」
パッチ「ち、ちがうよっ」
村の大人3「はんっ。どうだかな?」
パッチ「ちゃ、ちゃんと日が暮れる前に帰るよ…」
村の大人3「ダメだ。今日から父さんがいいと言うまで家を出るな」
パッチ「え?そ、そんなの…」
村の大人3「母さんとも相談して決めたことだ。いいな?」
パッチ「待ってよ!ボクにはなんの相談もしてないじゃないか!」
村の大人3「……とにかく、おとなしくしてるんだぞ?」
242:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:43:07 ID:TbIaTri9k.
パッチ「ちょっと!ボクの話も聞いてよ!?」
村の大人3「うるさい!子供が親に意見するな!!」
パッチ「」ビクッ
村の大人3「お前はあの宣教師とホビットに騙されてるんだ!
これ以上あいつらの事を考えるな!分かったか!?」
パッチ「」フルフル
パッチ「……宣教師様もカロルくんも、そんなんじゃない」ブルブル
村の大人3「このっ…!」ブチッ
妻3「ちょっとあんた!何を怒鳴ってるの?」
パッチ「母さん…」
村の大人3「ちっ……母さん。俺は仕事に戻るが、パッチを家から出すんじゃないぞ?」
妻3「分かってるわよ。あんたも頭ごなしに怒ったりしたらダメよ?」
村の大人3「あぁ。行ってくる」ガチャッ
妻3「いってらっしゃい」
243:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:46:28 ID:TbIaTri9k.
妻3「さぁパッチ。おとなしく部屋にいるんだよ?」
パッチ「母さんまで…」
妻3「これもおまえの為じゃないか?
父さんも母さんもパッチが心配なんだよ」
パッチ「……しらないよ」
妻3「なっ?あんた、母親に向かってその口の聞き方はないでしょうが!」
パッチ「」バタンッ
妻3「晩御飯抜きだからね!?」
妻3「はぁ…なんであぁなったんだか。
それもこれもホビットなんかに関わるからよ。あぁおそろしい!」
244:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:49:42 ID:TbIaTri9k.
――パッチの部屋――
パッチ「……」ションボリ
パッチ「ボクも大人になったら、カロルくんたちをキライになるのかな…?」
パッチ「…そんなのイヤだ」
パッチ「父さんも母さんもヘンだよ…」グスッ
コンコン コンコン
パッチ「?」
ルーボイ「」コンコン
パッチ「ルーボイくん?」ガラッ
ルーボイ「よう!教会に行こうぜ?」
パッチ「え?でも…父さんたちが…」オロオロ
ルーボイ「いいじゃんか!バレなきゃ平気だって!」
パッチ「……」
ルーボイ「なんだよ?行かねぇなら俺だけで行くぞ!」
パッチ「わ、わかったよ!行くよ」アセアセ
245:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:52:03 ID:NaSHqV57P6
パッチ「大丈夫かなぁ…?」
ルーボイ「大丈夫だよ!俺だって内緒で脱け出したんだぞ!」
パッチ「そ、そうだね。じゃあちょっと待ってて?」
ルーボイ「おう!」
パッチ「これでよし…じゃあ行こうか」ファサッ
ルーボイ「何してたんだ?」
パッチ「一応バレないようにベッドに人形を置いて布団を被せたのさ」
ルーボイ「そんなの意味あんのかー?」
パッチ「何もしないよりいいだろ?ほら!行こうよ!」タタタッ
ルーボイ「あっ!ずるいぞ!待てよ!」ダッ
246:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 15:23:22 ID:BwFwt3N5iE
――村の外れ――
旅人「で、結果ホビットの親子をその宣教師に奪われちまったと」
村の大人1「あ、あぁ。あの方は教団の人間だからな。迂闊に手を出せねぇんだ」
村の大人2「おい、あんな奴をあの方なんて呼び方すんな!」
旅人「情けないねぇ…。
ちまちま家なんか燃やしてるからだよ?」
村の大人1「面目ない…」
旅人「目の前にニンジンをぶら下げてやったってのにまともに走れねぇ。
それじゃ意味が無いんだよ、馬モドキが」
村の大人1「なっ…!」
村の大人2「だ、誰が馬モドキだと!聞き捨てならねぇぞ!?」
旅人「馬じゃ不服かね?
お前らにはもったいないくらいだと思うがなぁ?」
村の大人1「おい、その辺にしとけよ?」
旅人「なんだ、いっちょまえに腹を立ててんのか?」ヘラヘラ
247:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 15:25:38 ID:BwFwt3N5iE
村の大人2「てめぇ!」ガッ
旅人「おい、なんだ。この手は?
服がシワになってしまうだろう?」
村の大人2「あぁ!?」
旅人「困るなぁ?俺の服はそれなりに値を張る上等な絹だ。
貧乏で飯食ってるようなあんたらのぼろ布とは違うんだよ?」
村の大人2「てめぇ、言わせとけば…!」
旅人「ほら、離すんだ。銀貨をあげよう。
卑しい手には服の袖より、金のぬくもりが必要だろう?」
村の大人2「もう我慢ならねぇ!!」バキッ
旅人「…あぁ〜ぁ。やっちゃったねぇ?
俗世に疎い田舎の百姓は野蛮で困るよ」
村の大人1「このクソ野郎、思い知らせてやる…!」ズイッ
旅人「ははは!思い知らされるのは困るなぁ?
きっと痛いんだろうなぁ?」ニヤニヤ
248:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 15:30:20 ID:esCYXYNWfc
村の大人1「ナメんじゃねぇぞ!」
旅人「」ジャキッ
村の大人1「え…?」
村の大人2「て、てめぇ…なんだよ、それは?」
旅人「田舎者は剣も知らないのか?
便利なもんでよく切れるんだよ?」
村の大人1「そうじゃねぇだろ!
なんでそんなモン持ってんだ!?」
旅人「俗世と関わらなくても、もう少し世の中を知った方がいいよ?
意外と危ないからね、身を守る飾り物は必需品だろ?」
村の大人2「あ、あぁ…うわぁっ…」ズルッ
村の大人1「あんた、なに考えてんだ!?」
249:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 15:33:03 ID:BwFwt3N5iE
旅人「おとなしくしとけばもう一回チャンスをあげても良かったんだが…。
予定変更だ、お前たちには土と添い寝してもらうよ?」
村の大人2「ひぃっ!?」
村の大人1「じょ、じょ冗談だろ?人殺しなんて…」
旅人「冗談だったら良かったのにねぇ?
斬られると痛いよー?
思わず死んじゃうくらい」ヘラヘラ
村の大人2「は、は、はぁぁ…あわわわ!」ジョー
旅人「汚いねぇ…いい歳してんだからお漏らしなんかするんじゃないよ」
村の大人1「ま、待ってくれ!分かった!
何をしてでもホビットを捕まえてくる!それでいいだろ!?」アセアセ
旅人「あぁ。もういいさ。
お前らに任せても時間の無駄だ」ザシュッ
村の大人2「かはっ…!」ドサッ
村の大人1「ひいぃっ!?」ズルッ
250:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 15:37:02 ID:BwFwt3N5iE
旅人「腰が抜けちゃったか。無理もない。
こりゃ逃げるのもままならんだろう?
どうするね?殺されてしまうよ?」ズイッ
村の大人1「お、おお俺には妻も子供もいるんだ!
こんな所で死ねないんだよ!頼むよ!?」
旅人「そりゃ死ぬ人はみんなまだ死にたくないと思うさ。
だがしょうがないだろう?それが寿命なんだから」
村の大人1「や、やだ…いやだ!いやだよ!やめてくれよ!!」
旅人「それじゃあ一度だけチャンスをあげようかね?」
村の大人1「えっ」
251:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 15:39:37 ID:esCYXYNWfc
旅人「俺の質問にちゃんと答えれば生かしてやろうじゃないか?」
村の大人1「ほ、本当か!?」
旅人「おまけにどっさりと金貨をくれてやろう。
肌寒い季節だからね。懐は暖めて帰るといい」
村の大人1「な、なななんでも聞いてくれ!!
そんな破格の条件なら願ったり叶ったりだ!」
旅人「ははは。大げさな奴だね。
じゃあ聞くけどホビットを匿ってる教会ってのはどこにあるのかね?」
村の大人1「この森を北に向かって枯れた大木に突き当たる!
そこを西に歩いてきゃ着くよ!」
旅人「あーそうかい。分かったよ」
村の大人1「なっ!もういいだろ!?
は、はは早く約束の金貨を……」
旅人「ほっ!」ザシュッ
村の大人1「っ…!」ドバッ
旅人「ご苦労さん」ヘラヘラ
252:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 15:41:49 ID:BwFwt3N5iE
旅人「俺の手を煩わせるんじゃないよ、まったく!
剣が血糊で錆びついちまうじゃないか?」キュッキュッ
旅人「拭いてはみたが大丈夫かねぇ?
あとで研ぎに出さなければならんな」
旅人「さぁ〜てと、教会に行くとするかね?」スタスタ
旅人「せっかく見つけたお宝だ。きっちりいただかなきゃな」
旅人「にしても…我ながらこの怠けぐせはいかんね」
旅人「おかげで余計な時間を喰っちまった。
やっぱり見つけた時点で捕まえるべきだったか」
旅人「会長に怒られてしまうよ」ニヤニヤ
旅人「クックッ…」
旅人「ははは!」
旅人「ぎゃはははははははは!!!」
旅人「うっ…」ゲホッゲホッ
旅人「(笑いすぎてむせた…)」
253:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 21:14:17 ID:mPH/90lhss
――大聖堂――
シスター「こちらでお待ちください。司祭様はもうすぐで戻られますので」
宣教師「ありがとうございます」ペコリ
宣教師「(さて真実を確かめる為に来ましたが、はたしてどうなりますやら…)」
宣教師「(私の言い分を司祭様に認めてもらえればホビットへの差別は激減するでしょう…。
少しずつ未来も和に向かうはず…)」
宣教師「(まぁそう上手くはいかないと思いますがね…)」
宣教師「(まず間違いなく破門され、教会にもいられなくなる…。
その時は村を離れて、あの親子が安らげる場所を探しますか…)」
宣教師「(それもまたいいかもしれない…。どうせ故郷も滅ぼされ、肉親もいない身…。
ホビットに罪が無いと分かった今となっては教団の活動もバカバカしく思える…)」
254:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 21:16:26 ID:w1YC/L5Ruc
ガチャッ
司祭「すまんすまん、待たせたのう?」
宣教師「いえ、突然の訪問でお時間を取らせてしまい、申し訳ございません」
司祭「ほっほっほ!気にするでないわ。お前の事じゃ、重要な話じゃろう?」
宣教師「はい。司祭様にとってあまり良い報告とは言えませんが…」
司祭「なんじゃ?」ジト
宣教師「…私は教団による信仰を捨てようと考えています」
司祭「なにぃ?」
宣教師「自分の中にある信仰に疑問を覚えました。
このような心持ちでは、とても布教活動など続けられません」
司祭「……そうか、それは残念じゃな」
宣教師「申し訳ございません…」ペコリ
255:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 21:18:30 ID:w1YC/L5Ruc
司祭「構わんよ、しかしなぜ急に…やはり施しで生計を立てるのは辛かったか?」
宣教師「そうではなく、ホビットへの価値観が変わってしまったのです」
司祭「ホビットへの…価値観じゃと?憎しみが増したか?
わしがホビットを生かせと言うのが気に入らんのか?」
宣教師「違います。今まで信仰における根底に根付いていたホビットへの猜疑心が失われたのです」
司祭「なんじゃと?」ピクッ
宣教師「ホビットは罪深き種族。これは間違いであると考えます」
司祭「……貴様。それが何を意味するか分かっとるのか?」
宣教師「はい。理解しているつもりです。
それについて今日は司祭様に伺いたく存じます」
司祭「伺う?何を聞きたいんじゃ?」
256:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/13(日) 21:21:27 ID:w1YC/L5Ruc
宣教師「今まで伝えられてきた史実(※>>1-5)ははたして事実なのでしょうか?」
司祭「当然事実じゃ。今さら何を言っておる?」
宣教師「では、なぜ聖書にはホビットの伝承を記さないのですか?
その場面のみ口伝えによる布教を推奨なさるのはどういった訳でしょうか?」
司祭「声に出し、耳で聞き、頭で整理するのが最も入りやすいからじゃよ」
宣教師「ならばすべての教えを、そのように統一するべきでは?」
司祭「書き記しておかなければ忘れてしまう事もあろうて?
わしらも万能では無いのじゃ。記憶を頼れば各々の食い違いも生まれる」
宣教師「それはホビットの伝承も同じ事。違いますか?」
司祭「……」
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