むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
218:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 18:12:19 ID:bQ3wFvPoik
カロル「宣教師さま?」ジーッ
宣教師「うぅ…」アタフタ
母「無理をなさらず、お気に召さなければ…」
宣教師「い、いえ!いただきます!」
母「そ、そう?なんなら作り直しますけど…」
宣教師「あ、いや。大丈夫です…」
宣教師「(根本的な解決になってませんし…)」
219:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 18:13:33 ID:bQ3wFvPoik
ズーン
宣教師「(山盛りの石炭…)」
母「おかわりはたくさんありますからね?」ニコニコ
宣教師「……それはそれは…」
カロル「ボクいっぱいおかわりするね!」
宣教師「(主よ…私に一握りの勇気を与えたまえ…)」
マルク「くぅーん…」
カロル「いただきまーす!」
母「はい、召し上がれ!」
宣教師「ええいっままよっ!いただきます!!」ガッ
マルク「ワンッ!!」モグ
ギャアァァァアアァァ!!
ワオーーーン!!
チーン
220:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:01:14 ID:whq.aZ6wWc
ここは湖の上の町
透き通るほどキレイな水に囲まれて育った種が、
連日のように笑顔の花を咲かせています。
『こんな日には出かけよう。
今日は幸せが落ちている気がする』
毎日のように出る言葉は希望という名の肥料
笑顔の花は明るい陽射しに照らされて、
きらめきに満ちた夢を見ています。
この町に誰かを疑うような人間はいません。
争いが無いのだから、争いは起こらない。
町の人々は今日も笑顔の花を咲かせます。
221:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:07:02 ID:1rWYGP2MtE
『こんな日には出かけましょう。
今日はとても大きな幸せが落ちている気がするの』
一人の少女がこぼした言葉、毎日自然と出てくる言葉が今日だけは違う意味を持つことになります。
不幸にも少女はこっそりと町に入り込んだ悪いホビットと出会ってしまうのです。
ホビットはずる賢い種族。
甘い言葉を紡いでまんまと彼女を騙し、少女の心に毒を忍ばせます。
ホビットによって毒された花々は枯れてしまいます。
それはすでに決まっていることであり、覆ることはないのです。
争いがひょっこりと顔を覗かせました。
町の人々は今日も笑顔の花を咲かせます。
222:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:16:22 ID:whq.aZ6wWc
次の日の朝も町は眩しい陽射しに照らされます。
しかし笑顔の花が見当たりません?
ひとりぼっちの萎れた花がしくしくと泣いています。
取り囲むのは茶褐色に色褪せたお花畑
キレイだったはずの水は赤く濁っています。
灰色の世界にまどろむ少女はきらめきに満ちた夢を見ます。
それはいつもの町の景色
それはいつもの町の声
深く眠る彼女は怖い怖い悪夢を見ます。
それは変わり果てた町の景色
聞こえなくなった町の声
彼女は過ちを胸に残して泣いています。
彼女の傷を癒せるものは枯れた町への贖い
神への無償の奉仕、すなわち神の意思に沿うこと
ホビットに騙されたかわいそうな少女は外れることのない重い枷を背負うのです。
枯れた町へ想いを馳せて………
〜悲劇の町の少女〜
聖典・神の声より
著者:ノワール・バントン
223:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:28:53 ID:whq.aZ6wWc
パタン
宣教師「……司祭様…。断りも無く勝手にこんなモノを…」
宣教師「(こんな物が広まれば、ホビットへの差別は更に激化してしまいます…。
それにしても、これってやっぱり印税が入るんですかね…。
私の体験なのに…なんだかずるいです)」ハァ
カロル「宣教師さま!なに読んでるの?」ヒョコッ
宣教師「うわぁっ!?」ビックリ
カロル「あ、ごめんなさい…」
宣教師「あ、いえ…」
カロル「お母さまがお風呂の用意出来たから呼んで来てって」
宣教師「それはありがたいですね。早速入らせていただきます」ニコッ
カロル「ねえ!一緒に入ってもいい?」
宣教師「え?一緒に…ですか?」
カロル「はい!」キラキラ
宣教師「(この子、無垢な笑顔で何をとんでもない事を…)」
カロル「だめ…ですか?」シュン
宣教師「」キュンッ
224:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:30:02 ID:1rWYGP2MtE
宣教師「(断れない自分が悲しいです…)」
カロル「ふんふふ〜ん!」ルンルン
宣教師「ご機嫌ですね?」
カロル「だってお母さま以外で一緒に入るの初めてなんだもん!」
宣教師「(ま、男女と言えど子供ですから問題ないでしょう)」ニコニコ
母「あら、坊や。呼んでくれたの?」
カロル「うん。今から一緒に入るんだ」ニコニコ
母「あら、仲がいいわねぇ?
でもいいんですか、宣教師様?」
宣教師「はい。私もいつも一人でこの教会をもて余していたので、たまにはこういう触れ合いもいいかと」
母「そうですか。坊や、体も頭もちゃんと洗うのよ?」
カロル「はーい!」
225:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:44:18 ID:1rWYGP2MtE
――――
宣教師「ふぅ…」ヌクヌク
カロル「」シャワシャワ
カロル「宣教師さま、桶取ってください!」
宣教師「はい、どうぞ」つ【湯桶】
カロル「…ん、ありがとうございます」ザバー
カロル「」チャポッ
宣教師「狭い湯船で申し訳ありません…」
カロル「ううん、大丈夫!」
宣教師「…キミは普段、お母様とお風呂に入っているのですか?」ヌクヌク
カロル「ううん、いつもは一人で入ってます」ヌクヌク
宣教師「おや、それは意外ですね?」
カロル「えー。そうかな?だってボク、もう子供じゃないですよ?」
宣教師「なるほど…」クスクス
宣教師「(子供って総じてこう言うんですよね。ルーボイくんなんかもそうでしたが…)」シミジミ
カロル「お風呂って安心しますね」ヌクヌク
宣教師「そうですねぇ。これに勝る癒しはなかなかありません」ヌクヌク
カロル「ボク、友達と一緒にお風呂に入るのが夢だったんです」
宣教師「では一つ夢が叶いましたね?」
カロル「えへへ。宣教師さまにそう言ってもらえると嬉しいや」ニコニコ
宣教師「私で良ければいつでも入りますよ?」
カロル「うん!また入ろうね!」
宣教師「(この子にとって、友人との触れ合いは私たちでは感じ得ない幸福なのでしょう…。
私も日々のささやかな恵みに感謝しなければ…)」
226:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:46:53 ID:whq.aZ6wWc
カロル「……」ポカポカ
宣教師「(こんなにあどけない普通の少年が差別にさらされる世界…。
そして我々はそれを助長している…)」
カロル「……」ホカホカ
宣教師「(なぜこんな簡単な矛盾に今まで気付けなかったのでしょうか…)」
カロル「」プスー
宣教師「(生きとし生ける者のすべてに感情がある…。
それはホビットも同じ事なのに…)」
カロル「」ブクブク
宣教師「ん?」
カロル「」ブクブク
宣教師「うわぁぁぁあ!?」ザバッ
227:🎄 名無しさん@読者の声:2013/1/11(金) 07:24:09 ID:JHQ4S3COq2
カロルが心配です
支援!
228:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:07:20 ID:iqCPsQL3wQ
>>227
支援を頂けるなんて感激です!
ありがとうございます!
カロルはお風呂でのぼせただけなのでご心配なく!
229:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:11:16 ID:iqCPsQL3wQ
宣教師「申し訳ありません…」ペコリ
母「いえいえ、あなたのせいではないのよ?
頭を上げてください?」
宣教師「いえ、目の前にいながらのぼせてしまったカロルくんに気付けなかった私の不注意です…」
母「…あなたと一緒だからって無理をして入っていたこの子も悪いのよ。
本当に気にしないでちょうだい?」
カロル「ん…」パチッ
母「あ、目が覚めたのね?具合はどう?」
カロル「あたま…ボーッとする…」ポーッ
母「当たり前よ、さっきまでのぼせてたんだから。
具合が悪いなら早いとこ寝ちゃいなさい?」
カロル「はーい…」スクッ
宣教師「私がベッドまで連れていきましょう。
さ、おぶってあげますから掴まってください」スッ
カロル「うん…」ギュッ
母「わざわざすみません…」
宣教師「とんでもないです。
元はと言えば私の責任なのですから」
母「ありがとうございます…」ペコリ
宣教師「いえ、大丈夫ですか。カロルくん?」
カロル「うん…平気……」ウツラウツラ
母「坊や、お母さんは寝るけど悪化したらすぐに言うのよ?」
カロル「うん…分かった…」ポーッ
230:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:14:28 ID:zpo9dpEiuU
――寝室――
宣教師「大丈夫ですか?」
カロル「……はい、1日寝たら治ると思います」
宣教師「そうですか、では私は…」スクッ
カロル「あ…待って」
宣教師「どうしました?」
カロル「絵本…読んでほしい…です」モジモジ
宣教師「絵本、ですか?」キョトン
カロル「はい…」
宣教師「…状態が悪化してはいけませんし、安静にしておいた方が良いのでは…?」
カロル「だって…宣教師様とも、ずっと一緒にはいられないでしょ?」
宣教師「…急にどうしたんですか?」
カロル「…なんとなく、そんな気がして…」
宣教師「……」
231:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:17:01 ID:zpo9dpEiuU
カロル「だから…今のうちにたくさん思い出を作りたいんだ…」
宣教師「……あなたが望むなら、ずっとそばにいてあげますよ?」ニコッ
カロル「…ホント?」
宣教師「えぇ。神に誓って私は嘘をつきません」
カロル「……そっか、ずっと…一緒なんだ…」パァァ
宣教師「ふふ。焦らず、じっくりと同じ時間を辿りましょう?
キミが気付いた時には、思い出の宝箱に抱えきれないほどの輝きが詰まっているはずですよ?」
カロル「…そうかな?」
宣教師「そうですとも。ですから今は体を治す事が先決です。
私はいなくなりませんから、絵本は明日でもいいでしょう?」
カロル「うん、ボク…我慢するよ」ニコッ
232:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:18:33 ID:iqCPsQL3wQ
宣教師「……キミの具合が早く良くなりますように」ギュッ
カロル「…手を合わせるの…?」
宣教師「神のご加護です。
神は誰にたいしても平等な存在。
こうして祈る事で願いを聞き入れてくださるのです…」
カロル「でも…ボクはホビットだよ?」
宣教師「関係ありませんよ。
私たち人間もホビットも同じ実りある大地に産まれた小さな生命の一つ。
同じ時代を生きる命に優劣など無いのだから」
カロル「…宣教師さまがそう言うんなら、そうなんだよね?」
宣教師「……さ、そろそろおやすみなさい?
明日もルーボイくんとパッチくんが遊びに来ますから」
カロル「うん…!」
宣教師「ふふ。おやすみなさい…」
カロル「…はい。おやすみなさい」
バタンッ
233:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:22:24 ID:iqCPsQL3wQ
バタンッ
宣教師「(…明日、司祭様にお話しましょう)」
宣教師「(ホビットへの歪んだ価値観を…)」
宣教師「(この世界の間違いを正すために…)」
宣教師「(私たちは…過ちを繰り返しすぎた…)」
宣教師「(たとえ、それが彼を裏切ることになろうと、犠牲が無ければ平和は生まれない…)」
宣教師「ふふ…」クスッ
宣教師「我ながら、私たち人間は…悲しい生き物ですね…」
宣教師「……」クルッ
宣教師「おやすみなさい、カロルくん。どうか良い夢を…」
宣教師「」スタスタ
234:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:26:42 ID:TbIaTri9k.
カロル「」スヤスヤ
カロル「ん…」ムニャムニャ
カロル「」パチッ
カロル「あさ…?」
トントン トントン
カロル「」グー
カロル「……朝ごはん」スクッ
235:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:27:54 ID:NaSHqV57P6
ガチャッ
カロル「おはよう。お母さま」
母「あら、起きてきたのね?具合はどう?」トントン
カロル「もう大丈夫だよ。すっかり良くなったみたい」
母「そう。気を付けなくちゃだめよ?」トントン
カロル「平気だよ、ボク大きなケガも病気もした事ないもん」
母「またそんな事言って…」トントン
カロル「ホントだよ?いつもすぐに治っちゃうんだ」
母「たまたまでしょ?
それにたとえ本当にそうでも体は大事にしなきゃだめ!」トントン
カロル「はーい…」
236:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:28:48 ID:TbIaTri9k.
母「さ、ごはんの用意が出来たわよ?」
カロル「わぁ…!おいしそう!」パァァ
母「てっきり体調が悪いと思ってたから…喉を通りやすいスープにしてみたの!」
カロル「へぇ…これって何が入ってるの?」
母「さぁ…?名前は分からないけど緑色のお野菜だったわよ?」
カロル「やっぱり!スープが真緑だからそうだと思った!」
母「ふふ。スープの色で中身を当てるなんて坊やは名探偵ね?」ニコッ
カロル「えへへ!」ニコリ
237:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/12(土) 22:31:08 ID:TbIaTri9k.
バァンッ!!!
宣教師「いやいやいやいや!野菜はたいてい緑色ですよ!?
それにスープは野菜の色になるとは限りません!」
宣教師「だいたいトントンいってましたけど、どこで包丁使ったんですか?
今朝の献立はスープのみのはずですよね?
煮詰めるなり出汁を取るなり、作業から読むなら普通グツグツとかコトコトとかじゃないんですか?」
宣教師「しかもそのスープ、具が無いじゃないですか?
なんです?野菜本体を使わずにエキスだけ絞ったんですか?
新鮮なみずみずしいお野菜をシンプルに生搾りでいただこうと?」
宣教師「それ以前に自分で把握していない食材を他人に振る舞うのですか?
あなたそれでも親ですか?
しかもそれらの食材はすべて私の所有物ですよね?」
宣教師「いい加減言わせてもらいます。
あなたのそれは料理ではない!
自然界への冒涜です!」
宣教師「己の無駄にした食材、その亡骸たちの前で悔い改め、調理器具を二度と手にしないと誓いなさい!」ビシィッ
――扉の前――
宣教師「(と、ツッコみたい…)」
宣教師「私、独りでなにやってるんでしょう……」ハァ
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