むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
212:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 17:57:32 ID:bQ3wFvPoik
村の青年「まさか村長までホビットに肩入れしてるんじゃ…」
村のおばさん「なんだって!?
そりゃどういう事だい!あんな薄汚い種族を哀れむなんて気が狂ってるとしか思えないよ!」
村の大人3「村長、あんた……」
村長「待て待て!勝手な事を言うな!
わしはただ、その先の事を考えてだな…」
村の大人3「それならなぜ結論を出さないんですか?
ホビットが村に入り込んでもいいと言うんじゃないでしょうね?」
村長「無論ホビットは追い出す!
しかし司祭様に知られれば、この村にはホビットを受け入れた汚名が残るだろう!」
村の大人3「それならいっそ…殺しちまえばいいんじゃないか?」
村長「なに?それはどういう意味だ?」
村の大人3「司祭様に知らせず闇に葬るのが最善じゃないかって言ってんのさ。
あの宣教師もホビットもな」
村長「なっ…!しかし司祭様はたとえホビットであろうと殺生はならんと…」
村の大人3「だがどのみちほったらかしておけば村に害が及ぶのに変わりはないだろう?」
村長「し、しかしだな…」
213:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 18:00:25 ID:mB1el9yyaE
村の青年「俺はいいと思うな。どうせバレなきゃ問題ないんだからさ」
村のおばさん「そうさねぇ。害虫を駆除したって文句言われる筋合いはないんだ。
殺っちまっていいんじゃないかい?」
村長「バカな!少なくともあの宣教師は人間だぞ!
ホビットだけならともかく…いくらなんでもそれはまずい!」
村の大人3「何を弱腰になってんですか。
たとえ人間でもホビットと関われば罰が下る。
それは"悲劇の町"の一件で証明されたはずだ」
村のおばさん「そうさ、司祭様には不慮の事故で死んだとでも言っておけばいいじゃないか?」
村長「みんな落ち着け!早まった考えはやめるんだ!」
村の大人3「だったら村長には考えがあるんでしょうね?」
村の青年「そうですよ、そんなに言うなら村長が案を出してくださいよ」
村長「……今は隠しておくしかないだろう。
とりあえず結論を急いでも仕方ない、少し時間をくれ」
村の大人3「……」
村長「それまでは決して早まったマネはしないでくれ。
わしもなるべく村の為になるよう最善の方法を考えておく」
村の大人3「…分かりましたよ」
村の青年「俺はいい案だと思ったけどなぁ?」
村のおばさん「ま、村長が言うんだから待つしかないね」
村の大人3「(こっちは息子まで毒されかけてるんだ…のうのうと待ってられるか…!)」ギリッ
村長「(困った事になったもんだ…)」ハァ
214:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 18:07:13 ID:bQ3wFvPoik
――教会――
カロル「…ふふ!マルク…ごめんね、ひとりぼっちで寂しかったでしょ?」
マルク「はっ!はっ!」ペロペロ
カロル「あはは!マルクったらくすぐったいよ!」ニコニコ
マルク「わんっ!」
カロル「マルクもおっきくなったね。出会った頃はまだこんなに小さかったのに」
マルク「くぅん…」スリスリ
カロル「…ねえ。マルク。本当はホビットのぼくより人間のお友達が欲しかった?」
マルク「……?」キョトン
カロル「ボクね、今日は人間の友達といっぱい遊んだんだ。すごく楽しかったよ?」
マルク「わん!」
カロル「けどね、一回だけ『ホビットのクセに』って言われちゃった…はは」ニコニコ
カロル「すごく楽しかったのに、急に穴が空いたみたいに空っぽになって…怖かった」
マルク「……」
215:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 18:08:57 ID:mB1el9yyaE
カロル「二人とも無理してたのかな、なんて…今になって思うんだ」
カロル「マルクも…無理してるのかなって思ったら怖くて…」
マルク「ワンッ!!」
カロル「」ビクッ
マルク「わんっ!!うぅ…わんっ!!」
カロル「マルク…怒ってるの?」オロオロ
マルク「わうぅ…!」
カロル「…そうだよね。ごめん。
ボク、考えすぎだった…。お母さまにも何があっても友達を信じなさいって言われたのに…」
マルク「くぅん…」
カロル「ごめんね、マルク…キミを信じてないわけじゃないんだよ?
ただ、ボクは少し…弱いから、心配になっちゃうんだ」
マルク「……」スリスリ
カロル「マルクにならなんでも言える気がして頼っちゃうのかも。
ふしぎと安心してあったかくなれるから…」ナデナデ
マルク「わぅ?」
カロル「ねえ、マルク。また辛くなったらキミに頼ってもいいかな?」
マルク「わんっ!!」
カロル「はは。頼もしいや!」パァァ
マルク「わんっ!わんっ!」ガバッ
カロル「あはは!どうしたの?重たいじゃないか!」クスクス
216:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 18:10:13 ID:mB1el9yyaE
ガチャッ
母「坊や。もう遅いから中に入りなさい?」
カロル「あっお母さま…」
マルク「くぅん?」
母「あら、マルクも来てたの?」
カロル「うん、宣教師さまたちに付いてきてたんだって」
母「そう。よかったわね」ニコニコ
カロル「うん!」
マルク「わんっ!!」
母「さ、二人とも中に入りましょう?
ご飯が出来てるわよ?」
カロル「行こうか、マルク!」
マルク「うぅ……」クーン
カロル「あれ?どうしたのかな、マルクの元気がないよ?」
母「あら…きっとお腹が空いてるのね。大丈夫よ?
多めに作ったからあなたの分もあるわ?」
カロル「だってさ、よかったね!」ニコッ
マルク「……」
母「宣教師様もそろそろ子供たちを送って帰る頃かしら?」
カロル「そうだね、きっとお腹ペコペコだよ」
母「そうね、自信作だからお腹いっぱい食べてもらいたいわ?」ニコニコ
宣教師「(出るに出られませんね…)」ガクガクブルブル
217:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 18:11:08 ID:bQ3wFvPoik
カロル「あっ!宣教師さま!おかえりなさい!」
母「宣教師様、いらしてたのね。ご飯が出来てますわよ?」
宣教師「い、いえ…私は…」
カロル「えっ」
宣教師「」ビクッ
カロル「宣教師さま…お母さまのご飯、食べてくれないの…?」ウルウル
宣教師「あ、その…そういう訳では…」アセアセ
母「お昼もあまり召し上がらなかったみたいですし、御加減が悪いのかしら…?」
宣教師「え、えと…あの…」アワアワ
カロル「」ジーッ
宣教師「」キュンッ
宣教師「(久しぶりに来た、この感覚)」
218:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 18:12:19 ID:bQ3wFvPoik
カロル「宣教師さま?」ジーッ
宣教師「うぅ…」アタフタ
母「無理をなさらず、お気に召さなければ…」
宣教師「い、いえ!いただきます!」
母「そ、そう?なんなら作り直しますけど…」
宣教師「あ、いや。大丈夫です…」
宣教師「(根本的な解決になってませんし…)」
219:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/6(日) 18:13:33 ID:bQ3wFvPoik
ズーン
宣教師「(山盛りの石炭…)」
母「おかわりはたくさんありますからね?」ニコニコ
宣教師「……それはそれは…」
カロル「ボクいっぱいおかわりするね!」
宣教師「(主よ…私に一握りの勇気を与えたまえ…)」
マルク「くぅーん…」
カロル「いただきまーす!」
母「はい、召し上がれ!」
宣教師「ええいっままよっ!いただきます!!」ガッ
マルク「ワンッ!!」モグ
ギャアァァァアアァァ!!
ワオーーーン!!
チーン
220:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:01:14 ID:whq.aZ6wWc
ここは湖の上の町
透き通るほどキレイな水に囲まれて育った種が、
連日のように笑顔の花を咲かせています。
『こんな日には出かけよう。
今日は幸せが落ちている気がする』
毎日のように出る言葉は希望という名の肥料
笑顔の花は明るい陽射しに照らされて、
きらめきに満ちた夢を見ています。
この町に誰かを疑うような人間はいません。
争いが無いのだから、争いは起こらない。
町の人々は今日も笑顔の花を咲かせます。
221:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:07:02 ID:1rWYGP2MtE
『こんな日には出かけましょう。
今日はとても大きな幸せが落ちている気がするの』
一人の少女がこぼした言葉、毎日自然と出てくる言葉が今日だけは違う意味を持つことになります。
不幸にも少女はこっそりと町に入り込んだ悪いホビットと出会ってしまうのです。
ホビットはずる賢い種族。
甘い言葉を紡いでまんまと彼女を騙し、少女の心に毒を忍ばせます。
ホビットによって毒された花々は枯れてしまいます。
それはすでに決まっていることであり、覆ることはないのです。
争いがひょっこりと顔を覗かせました。
町の人々は今日も笑顔の花を咲かせます。
222:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:16:22 ID:whq.aZ6wWc
次の日の朝も町は眩しい陽射しに照らされます。
しかし笑顔の花が見当たりません?
ひとりぼっちの萎れた花がしくしくと泣いています。
取り囲むのは茶褐色に色褪せたお花畑
キレイだったはずの水は赤く濁っています。
灰色の世界にまどろむ少女はきらめきに満ちた夢を見ます。
それはいつもの町の景色
それはいつもの町の声
深く眠る彼女は怖い怖い悪夢を見ます。
それは変わり果てた町の景色
聞こえなくなった町の声
彼女は過ちを胸に残して泣いています。
彼女の傷を癒せるものは枯れた町への贖い
神への無償の奉仕、すなわち神の意思に沿うこと
ホビットに騙されたかわいそうな少女は外れることのない重い枷を背負うのです。
枯れた町へ想いを馳せて………
〜悲劇の町の少女〜
聖典・神の声より
著者:ノワール・バントン
223:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:28:53 ID:whq.aZ6wWc
パタン
宣教師「……司祭様…。断りも無く勝手にこんなモノを…」
宣教師「(こんな物が広まれば、ホビットへの差別は更に激化してしまいます…。
それにしても、これってやっぱり印税が入るんですかね…。
私の体験なのに…なんだかずるいです)」ハァ
カロル「宣教師さま!なに読んでるの?」ヒョコッ
宣教師「うわぁっ!?」ビックリ
カロル「あ、ごめんなさい…」
宣教師「あ、いえ…」
カロル「お母さまがお風呂の用意出来たから呼んで来てって」
宣教師「それはありがたいですね。早速入らせていただきます」ニコッ
カロル「ねえ!一緒に入ってもいい?」
宣教師「え?一緒に…ですか?」
カロル「はい!」キラキラ
宣教師「(この子、無垢な笑顔で何をとんでもない事を…)」
カロル「だめ…ですか?」シュン
宣教師「」キュンッ
224:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:30:02 ID:1rWYGP2MtE
宣教師「(断れない自分が悲しいです…)」
カロル「ふんふふ〜ん!」ルンルン
宣教師「ご機嫌ですね?」
カロル「だってお母さま以外で一緒に入るの初めてなんだもん!」
宣教師「(ま、男女と言えど子供ですから問題ないでしょう)」ニコニコ
母「あら、坊や。呼んでくれたの?」
カロル「うん。今から一緒に入るんだ」ニコニコ
母「あら、仲がいいわねぇ?
でもいいんですか、宣教師様?」
宣教師「はい。私もいつも一人でこの教会をもて余していたので、たまにはこういう触れ合いもいいかと」
母「そうですか。坊や、体も頭もちゃんと洗うのよ?」
カロル「はーい!」
225:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:44:18 ID:1rWYGP2MtE
――――
宣教師「ふぅ…」ヌクヌク
カロル「」シャワシャワ
カロル「宣教師さま、桶取ってください!」
宣教師「はい、どうぞ」つ【湯桶】
カロル「…ん、ありがとうございます」ザバー
カロル「」チャポッ
宣教師「狭い湯船で申し訳ありません…」
カロル「ううん、大丈夫!」
宣教師「…キミは普段、お母様とお風呂に入っているのですか?」ヌクヌク
カロル「ううん、いつもは一人で入ってます」ヌクヌク
宣教師「おや、それは意外ですね?」
カロル「えー。そうかな?だってボク、もう子供じゃないですよ?」
宣教師「なるほど…」クスクス
宣教師「(子供って総じてこう言うんですよね。ルーボイくんなんかもそうでしたが…)」シミジミ
カロル「お風呂って安心しますね」ヌクヌク
宣教師「そうですねぇ。これに勝る癒しはなかなかありません」ヌクヌク
カロル「ボク、友達と一緒にお風呂に入るのが夢だったんです」
宣教師「では一つ夢が叶いましたね?」
カロル「えへへ。宣教師さまにそう言ってもらえると嬉しいや」ニコニコ
宣教師「私で良ければいつでも入りますよ?」
カロル「うん!また入ろうね!」
宣教師「(この子にとって、友人との触れ合いは私たちでは感じ得ない幸福なのでしょう…。
私も日々のささやかな恵みに感謝しなければ…)」
226:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/8(火) 20:46:53 ID:whq.aZ6wWc
カロル「……」ポカポカ
宣教師「(こんなにあどけない普通の少年が差別にさらされる世界…。
そして我々はそれを助長している…)」
カロル「……」ホカホカ
宣教師「(なぜこんな簡単な矛盾に今まで気付けなかったのでしょうか…)」
カロル「」プスー
宣教師「(生きとし生ける者のすべてに感情がある…。
それはホビットも同じ事なのに…)」
カロル「」ブクブク
宣教師「ん?」
カロル「」ブクブク
宣教師「うわぁぁぁあ!?」ザバッ
227:🎄 名無しさん@読者の声:2013/1/11(金) 07:24:09 ID:JHQ4S3COq2
カロルが心配です
支援!
228:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:07:20 ID:iqCPsQL3wQ
>>227
支援を頂けるなんて感激です!
ありがとうございます!
カロルはお風呂でのぼせただけなのでご心配なく!
229:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:11:16 ID:iqCPsQL3wQ
宣教師「申し訳ありません…」ペコリ
母「いえいえ、あなたのせいではないのよ?
頭を上げてください?」
宣教師「いえ、目の前にいながらのぼせてしまったカロルくんに気付けなかった私の不注意です…」
母「…あなたと一緒だからって無理をして入っていたこの子も悪いのよ。
本当に気にしないでちょうだい?」
カロル「ん…」パチッ
母「あ、目が覚めたのね?具合はどう?」
カロル「あたま…ボーッとする…」ポーッ
母「当たり前よ、さっきまでのぼせてたんだから。
具合が悪いなら早いとこ寝ちゃいなさい?」
カロル「はーい…」スクッ
宣教師「私がベッドまで連れていきましょう。
さ、おぶってあげますから掴まってください」スッ
カロル「うん…」ギュッ
母「わざわざすみません…」
宣教師「とんでもないです。
元はと言えば私の責任なのですから」
母「ありがとうございます…」ペコリ
宣教師「いえ、大丈夫ですか。カロルくん?」
カロル「うん…平気……」ウツラウツラ
母「坊や、お母さんは寝るけど悪化したらすぐに言うのよ?」
カロル「うん…分かった…」ポーッ
230:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:14:28 ID:zpo9dpEiuU
――寝室――
宣教師「大丈夫ですか?」
カロル「……はい、1日寝たら治ると思います」
宣教師「そうですか、では私は…」スクッ
カロル「あ…待って」
宣教師「どうしました?」
カロル「絵本…読んでほしい…です」モジモジ
宣教師「絵本、ですか?」キョトン
カロル「はい…」
宣教師「…状態が悪化してはいけませんし、安静にしておいた方が良いのでは…?」
カロル「だって…宣教師様とも、ずっと一緒にはいられないでしょ?」
宣教師「…急にどうしたんですか?」
カロル「…なんとなく、そんな気がして…」
宣教師「……」
231:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/11(金) 22:17:01 ID:zpo9dpEiuU
カロル「だから…今のうちにたくさん思い出を作りたいんだ…」
宣教師「……あなたが望むなら、ずっとそばにいてあげますよ?」ニコッ
カロル「…ホント?」
宣教師「えぇ。神に誓って私は嘘をつきません」
カロル「……そっか、ずっと…一緒なんだ…」パァァ
宣教師「ふふ。焦らず、じっくりと同じ時間を辿りましょう?
キミが気付いた時には、思い出の宝箱に抱えきれないほどの輝きが詰まっているはずですよ?」
カロル「…そうかな?」
宣教師「そうですとも。ですから今は体を治す事が先決です。
私はいなくなりませんから、絵本は明日でもいいでしょう?」
カロル「うん、ボク…我慢するよ」ニコッ
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