むかしむかしのことです。
世界は深い緑が生い茂り、深い青が寄り添うように流れる清らかな一つの円でした。
穢れを知らず、怒りも悲しみもなく、渇くことのない喜びが波立てる大地は
争いを寡黙に、繋がりをおおらかにしました。
144:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2012/12/31(月) 20:52:09 ID:hN22NeG0qs
――回想(ホビットの集落)――
兵士「ずる賢いホビットめ。
我々の目を盗んで森の奥に集落を作っていたとはな」
兵士「この世界にお前たちの居場所などない!」
母「あぁ…村が焼けている…」
兵士「見つけたぞ!殺せ!
一匹たりとも逃すな!」
父「待て!子供に手を出すつもりか!」
父「せめて、お前たちだけでもっ……!」
メラメラ メラメラ
145:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2012/12/31(月) 20:54:16 ID:JjbL7qVj/A
母「………」
宣教師「そんな事があったのですか…」
母「あの日、王国の兵士たちが私たちの村を焼き払い、
家族も村の人たちも皆殺しにされてしまいました」
宣教師「……」
母「幸い夫のおかげであたしと息子とお父様は逃げられましたが、
後日、王国の兵士が去ったのを機に様子を伺いましたところ
焼け野原となった村に夫と村人たちの無惨な死体が残っていました」
母「その日からは今日を凌げるかも分からない有り様で…。
元々あたしたちホビットは迫害を受けていましたし、
人間の住む場所で買い物も出来ませんから。
年老いた父とまだ赤ん坊だったあの子を養う為に木の実を探したり、
狩りをしてみたり…時には体も売りました」
母「うふふ。ご心配なさらずとも昨日が初めてではありませんのよ?」
宣教師「申し訳ございません…」
母「あ、ごめんなさい…。そういうつもりで言ったんじゃないんです…」
宣教師「いえ、何も知らず今まであそこの村人達にホビットへの偏見を植え付けたのは私です…」
母「……しかたないですわ、環境がそうさせるんですもの」
146:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2012/12/31(月) 20:55:58 ID:JjbL7qVj/A
宣教師「すみません…。話の続きをお願いします」
母「…どこまで話しましたっけ?」
宣教師「そ、それは…その……」カァァ
母「?」
宣教師「あの、か、体を……」
母「」ハッ
シーン
母「あらやだ!ごめんなさい!」アセアセ
宣教師「そ、その…お気になさらないでください」カァァ
母「ほ、ほほほ…続き、話しましょうか?」
宣教師「お、お願いします!」
147:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2012/12/31(月) 20:58:24 ID:JjbL7qVj/A
母「そ、そうね。
あれは…確か村を追われて5年も経った頃かしら?
お父様も歳だったし、娘のあたしに苦労を掛けたくなかったんでしょうね…。
その日の食料を調達して帰ってみたら、遺書を残していなくなっていました」
宣教師「……」
母「あの子には病気で亡くなったと言ってあるんですがね。
幼かったあの子に残っている思い出はお父様が口癖のように言っていた人間への恨み言だけ…」
宣教師「そういえばあの子も言っていました。
おじいさまに教団の人間の話をされたと」
母「えぇ。あたしも父の遺書を見るまで知らなかったのですが、
ホビットへの差別の始まりは教団にあるようなんです」
宣教師「やはりそうですか…」
母「教団の目的は分かりませんが、ホビットが人間から癒しの力を盗んだという噂が流れたのも父が子供の頃の話だと聞きました」
宣教師「なっ……まさか……!」
母「そのまさかですよ」
宣教師「しかし、それではなぜ当時の人々は…」
母「分かりません、でもあたしは父の言葉が真実だと思っています」
148:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2012/12/31(月) 21:02:15 ID:hN22NeG0qs
宣教師「ホビットは……力を盗んでいなかった…。
いや、そもそもそんな力は存在しなかった、と言うのですか?」
母「あたしたちは森で暮らすおとなしい種族、何も侵さず、何も拒まず静かに生きていた。
少なくとも人間の方々に伝わっているような伝承は存在しなかったそうです」
宣教師「そんな……バカな!?」
母「………」
宣教師「私は…私たち人間は…そんなものに惑わされてきたというのですか!?」
宣教師「そんな……私が今まで信じてきた事は…捧げてきたものは……」
母「……」
149:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2012/12/31(月) 21:03:46 ID:JjbL7qVj/A
宣教師「あぁぁぁぁぁああ!!!」ダンッダンッ
母「せ、宣教師様!?」
宣教師「私は…罪深い!裁かれるべきは……あぁぁぁぁ!!!」ダンッダンッ
母「お、おやめください!
頭など打ち付けては傷付いてしまいます!」ガシッ
宣教師「放っておいてください!」バッ
母「きゃっ」
宣教師「あなたの話が本当なら……私は罰を受けなければなりません」
母「……いい加減になさい!」バシンッ
宣教師「っ!?」
150:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2012/12/31(月) 21:06:24 ID:hN22NeG0qs
母「あなたたち人間は、何をもって罪と定め、何をもって罰を与えようとするのか。
あたしにはさっぱり分からないわ!」
宣教師「」ビクッ
母「なぜ許す事を考えないの!?
なぜ正そうとは思わないの!?
あなたたちの都合に付き合わされるのは、もううんざりよ!!」
母「いつまで苦しみを背負って、どこまで悲しみを堪えれば分かってくれるのよ!?」
母「あたしたちは……誰も傷付けたりしない。
ただ静かに暮らしたいだけなの…」ブワァ
母「ねぇ、分かってよ…?
誰も不幸なんか望んでいない…。
あなたが不幸になっても、あたしも、あの子も喜んだりしないわ…」ポロポロ
宣教師「……」
宣教師「申し訳、ありません…」ガクッ
151:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/1(火) 19:03:04 ID:PegmcYVJcA
あけましておめでとうございます。
あの…今さらなのですが、登場人物に名前を付けた方がいいでしょうか?
読みにくかったりしませんかね?
152:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/1(火) 23:24:01 ID:.cUSspOk4Q
――――
母「……」
少年「宣教師さま、早く帰って来ないかなぁ」
母「そうねぇ。どこに行かれたのかしら?」
少年「帰ってきたら今までちゃんとお話出来なかったから、たくさんお話したいな!」
母「うふふ。そうなさい。宣教師さまも喜ぶと思うわよ?」
少年「えへへ!楽しみ!」
母「」ニコニコ
少年「ねぇ、お母さま!」
母「ん?なぁに…っ…!」ズキッ
少年「お母さま…?」
153:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/1(火) 23:25:44 ID:.cUSspOk4Q
母「っ……!」ズキズキ
母「だ、大丈夫よ…どうしたの?」
少年「大丈夫じゃないでしょ!?
だって昨日……!」
母「平気だから…心配しないで?」ニコッ
少年「けど…」
母「あたしはあなたの方が心配よ?
一昨日も、昨日も人間に暴力を振るわれて…」
少年「ボクは平気だよ…」
母「嘘おっしゃい、お腹だってアザだらけで…」
少年「平気だってば。ボクは大丈夫だから…」
母「だめよ、服を捲ってごらんなさい?」
少年「もう…わかったよ」ペラッ
母「ほら、こんなに……え?」
少年「ん…もう、いい?」
母「え、えぇ……」
母「(アザが消えてる…?)」
154:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/1(火) 23:27:25 ID:.cUSspOk4Q
少年「ね?平気だったでしょ?」
母「(どういうこと?そういえば一昨日もケガは無かったわね…)」
少年「お母さま?」
母「えっ」
少年「どうしたの?」
母「あ、いや…なんでもないのよ。ごめんなさい」
少年「ボクのおなか、ヘンだったの?」
母「なに言ってるのよ、ヘンなわけないじゃない?」クスクス
少年「よかった!」ニコッ
母「(……あれは癒しの力?
いや、ありえないわよね。そんな力は存在しないはずだもの…。
きっと打ち所がよかったのよ、それともなければ村の人間たちが子供相手だから加減したのか…)」
155:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/1(火) 23:29:38 ID:7FwZM..EWU
少年「それにしてもおなか空いちゃったね」
母「…そうね、何か作りましょうか?」
少年「ううん、いいよ。人の物を勝手に使っちゃだめなんでしょ?」
母「うふふ。大丈夫よ?
宣教師様には使っていいと言われてるから」
少年「そうなの?」
母「えぇ。そういえばあなたにビスケットを焼いたって言ってたわよ?」
少年「え?やった!ボク、ビスケット大好き!」
母「うふふ。あなたはホントにビスケットが好きね?」
少年「うん、小さい時に行った町で女の子に貰ったんだ。
それからずっと好き!」
156:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/1(火) 23:33:06 ID:.cUSspOk4Q
母「そんな事もあったわね。
あの女の子、どうしてるかしら?」
少年「きっと元気だよ?約束したもん、またねって!」
母「ふふ。それもそうね…。
あの頃はおじいさまも生きてて、家も無くて転々としてたから長居出来なかったけど…」
少年「懐かしいなぁ。
おじいさまに叱られちゃうからあの子にビスケット貰ったのは内緒にしてたんだっけ」
少年「あの女の子とはそれだけだったけど…」
母「…元気だといいわね。
あ、ビスケットは白い棚の2段目にあるそうよ」
少年「わかったー!」タタタッ
母「屋内で走るんじゃないの!」
少年「ご、ごめんなさい…」ピタッ
157:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/1(火) 23:36:01 ID:.cUSspOk4Q
――村――
宣教師「……」スタスタ
村娘1「」スタスタ
宣教師「おや、村娘1さん。こんにちは」
村娘1「あっ…宣教師様…こ、こんにちは…」ペコリ スタスタ
宣教師「……?」
ザワザワ ザワザワ
158:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/1(火) 23:38:42 ID:.cUSspOk4Q
村のおばさん「聞いたかい?
宣教師様がホビットを匿ってるそうだよ?」
村の青年「えぇ!?そ、そりゃ大変じゃないか!」
村のおばさん「大変なんてもんじゃないわよ!
薄汚いホビットのことさ、家を空けたりしたら食料から家具から盗まれちまうよ!」
村の青年「あっ!そういえば俺、今朝に読もうと思った本が無くなってた!」
村のおばさん「そりゃあんた、ホビットの仕業に違いないよ!」
村の青年「くっそー!まだ読み終わってないのに…許せねぇ!」
宣教師「なんの話ですか?」
村のおばさん「」ビクッ
村の青年「せ、宣教師様…!」
宣教師「事情は知りませんが、勝手な憶測で妙な噂を立てるのはおやめなさい」
村のおばさん「す、すみません」
村の青年「……」
宣教師「いえ、では失礼します」スタスタ
村のおばさん「…聞いたかい!?」
村の青年「あぁ。ホビットを庇いやがった。
宣教師様もなに考えてんだか」
村のおばさん「なにか妖術でも使われて洗脳されちまったんじゃないのかい?」
村の青年「とにかくこりゃ村長に報告しなきゃな!」
村のおばさん「あぁ。ホビットなんかにうろつかれちゃ夜もおちおち寝られやしないよ!」
159:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/1(火) 23:42:01 ID:.cUSspOk4Q
宣教師「早速、ですか。これでは広場に行っても子供たちはいなさそうですね」スタスタ
村の大人4「宣教師様だ…」ヒソヒソ
村の大人5「あぁ。あの人ホビットの仲間なんだろ?」ヒソヒソ
村の大人4「迷惑な話だよな」ヒソヒソ
宣教師「(言いたい事があるならはっきり言えばいい。
わざわざこちらを見ながらひそひそと…)」
ヒュッ
宣教師「危ない!? 石…?」チラッ
村のお婆さん「で、でていけぇ!あくちょうめ!」
宣教師「はい…?」キョトン
村娘2「お、おばあちゃん!何してるの!?」
村のお婆さん「えぇい!出ていけ、でちぇいけぇ!」ブンッ
ガッ
宣教師「っ……!」
村娘2「やめなさいよ、おばあちゃん!
ご、ごめんなさい。ほら、行きましょ?」ズルズル
村のお婆さん「でちぇいけぇ!でちぇいけぇ!うすぎちゃないしゅじょくのてしためぇ!」ジタバタ
宣教師「……」
宣教師「」スタスタ
160:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/2(水) 00:24:19 ID:CtXxZyuyE.
――広場――
宣教師「さて、思った通り誰もいないみたいですね。
まぁ構いませんがね、これ以上の偏見を子供たちに植え付けるつもりもありませんし」
宣教師「……帰りますか」
村の子供2「宣教師様ー!」タタタッ
宣教師「?」
村の子供3「だ、だめだよ。2くん!お父さんに怒られちゃうよ!」
村の子供2「うるせー!」
宣教師「キミたち、なぜここに…?」
村の子供2「宣教師様、ホビットの仲間ってほんとなの!?」
宣教師「……」
村の子供2「どうなんだよ!?」
161:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/2(水) 00:26:34 ID:k4nZjE3vWE
村の子供3「や、やめなよ」アセアセ
村の子供2「お前には関係ねーだろ!」
村の子供3「でもさ…」オロオロ
宣教師「本当ですよ」
村の子供2&3「えっ」
宣教師「正確には仲間ではなく、友達だと思っています」
村の子供2「……」
村の子供3「や、やっぱり…」
宣教師「ですが、たとえホビットと友達だからと言って、キミたちも私の大切な教え子に変わりはありませんよ?」ニコッ
村の子供2「……」
村の子供3「せ、宣教師様……」
宣教師「ここに来たのは今日から聖書の読み聞かせをお休みすると伝える為です」
162:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/2(水) 00:29:19 ID:k4nZjE3vWE
村の子供2「な、なんでだよ…」
村の子供3「2くん?」
宣教師「どうしました?」
村の子供2「なんでホビットなんかと仲良くすんだよ!?
ホビットを信じるなって言ったのは宣教師様だろ!」
宣教師「……」
村の子供2「俺やだよ!宣教師様と会えなくなるなんてやだ!」
宣教師「2くん…」
村の子供2「ねぇ!ホビットなんかほっといていつもみたいに聞かせてよ!?
俺、もう話の邪魔したりしないから!」
宣教師「すみません。しかし私はもう布教活動はしないと決めたのです…」オロオロ
163:🎄 ◆WEmWDvOgzo:2013/1/2(水) 00:32:06 ID:CtXxZyuyE.
村の子供2「〜〜〜!!」ワナワナ
村の子供3「もうやめなよ…」
村の子供2「なんだよ!お前だって宣教師様が好きだったじゃんか!
いなくなってもいいのかよ!」
村の子供3「ボクだってイヤだよ。けどしょうがないでしょ?」
村の子供2「しょうがないって…なんだよ…」プルプル
村の子供2「う、うぇぇん…うぁぁぁん…!」ブワァッ
村の子供3「……」
村の子供3「……」チラッ
村の子供3「」ギョッ
宣教師「………」ポロポロ
宣教師「き、キミたち…私の事をそんなに……!」ウルウル
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