高校生の馬鹿馬鹿しくて、
ちょっぴりセンチメンタルな
青春グラフィティ───開幕。
※登場人物が増える予定の為、名前を付けています。
838: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 02:17:36 ID:IT.GT0QV0s
「待ってよっ……!」
少女の声を背に、少年は走りました。
唇を噛みしめて、今にも泣き出しそうな顔をして。
どれ程走った頃だったでしょう。
ふと、足を止めて後ろを振り返りました。
先程来た道には誰も居ません。自分を呼び止めた、少女の姿さえ。
がむしゃらに駆けた足はじんじんと痺れ、息をするのもやっとのこと。
何故、後ろを振り返る?
一体、何を期待している?
ぽたり、と汗の雫が頬を伝い、少年の顎からアスファルトへと落ちていきました。
「──何やってんだ、俺」
【鳴海少年の憂鬱】
839: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 02:27:42 ID:IT.GT0QV0s
小学生の頃、先生がこんな事を言った。
「“将来の夢”について作文を書きましょう」
皆、各々の未来予想図に胸を膨らませて、花屋さんだのサッカー選手だの、ぼんやりとした夢を再生紙に描いた。
「鳴海くんは何て書いたのかな?」
髪を耳に掛けながら、先生が笑顔で覗き込む。迷いなく滑らされた鉛筆の、不恰好な字に視線を落とした。
『お父さんと、お母さんの、しごとを手つだう』
うーん、と小さく唸ると、俺の目線の高さまで屈んで首を傾ける。
困ったように眉を寄せた先生の顔は、とても優しい笑顔だった。
840: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 02:36:45 ID:IT.GT0QV0s
「お父さんとお母さんのお手伝いをして、どんな風になりたいのかな?」
そんなの、お手伝いをするって言ってるじゃんか。
「じゃあ、どうしてお手伝いをしたいと思ったのかな?作文だから、鳴海くんが思ってる事を沢山書いて欲しいの」
お父さんとお母さんが、大きくなったら手伝ってねって、そう言ったから。
「あのね、鳴海くん。先生は鳴海くんが“自分がやりたい事”を書いて欲しいの。分かるかな」
分からないよ、先生。
だって俺は、大きくなったらお手伝いをするんだ。立派な大人になるんだよ。
「鳴海くん、それは──」
841: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 02:46:36 ID:1GI25vtbK2
─────‐‥
「あ、鳴兄起きたー!」
まだ朧な意識の中、目を開けると自分とよく似た顔が其処にあった。
どうやら眠っていたらしい。畳の上で眠った所為か、体のあちこちが痛む。
「……寝起き早々からお前は本当にうるせぇな、鳴子」
溜め息混じりにそう言うと、鳴子はむっと口を尖らせた。
「鳴兄が寝てる間は静かにしてたもん」
「はいはい、そんな顔しても可愛くねぇから」
「むー」
よく似ているとはいえ、多少は俺の方が背も高いし、顔も違うんだけど。それでも、似たような顔で膨れっ面をされると、気持ち悪い事この上ない。
従妹である鳴子と俺は、その容姿の似ている事から、周りから双子かと訊かれる事もしばしば。(初見の方々とのお決まりの下り)
中途半端にしか髪を切らない所為で、お互いを間違われる事もしばしば。(かといって、俺は短髪が似合わない)
何度言っても女らしい口調をしない所為で、性別を間違われる事もしばしば。(そして否定もしない)
よって、俺は鳴子ちゃんの存在に困らされてるのだ。目の上の瘤のような、ちょっとした悩みの種なのだ。
842: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 02:47:58 ID:1GI25vtbK2
「そういえばさー」
冷凍庫から取り出したアイスキャンディを俺に手渡して、鳴子は唐突に話しだした。
「高校受験、進路変えたんでしょ?伯母さんが言ってた」
噛み砕かれたアイスがシャクシャクと音を立てて口の中に広がる。
シャーベット状になったそれを飲み込むと、チクリと胸が冷たくなった。
「なんで変えたの?大分レベル落としたんでしょ?」
「……あんな学校、行ける訳ねぇだろ」
どうして?と鳴子が首を傾げる。
「お前に話したって分かんねぇよ」
そうだ、鳴子に話したって分かる筈がない。いくら似ていると言っても、鳴子は俺じゃないんだから。
母さんに話したって、きっと。
843: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 03:01:17 ID:IT.GT0QV0s
俺の両親は若くしてブランドを立ち上げ、大成功とまでは言わずともある程度の知名度を確立させた、所謂成功者だ。
最近ではタレントの何とかとかいう人とコラボレーションしたり、若者を対象にした姉妹ブランドを立ち上げて軌道に乗ってきている……というのを雑誌で見掛けた。
雑誌に載せられた両親の笑顔は、よく見知ったものだけど何処か違っていて。幼い頃からいつかは俺も、この両親と肩を並べるのだと教えられていた。
中学こそ市立校に通わせて貰えたものの、高校は進学校にと勧められ、経済学やらマーケティングやらを学べと言われた。
此処まで聞くと、ありがちな金持ち一家に生まれた者の運命とでも思われるのだろうけど、案外そういったものでもなかったりする。
父さんも母さんも、強制的に自分達のステージへ俺を立たせる事はしていない。それに気付いたのは、高校受験を控えたこの年になってからだった訳だけど。
──つまりは二人共、自分達の息子に然して興味がないんだ。
844: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 03:02:04 ID:1GI25vtbK2
「あーあ、ボクも伯母さん達の子に生まれてればよかったよ」
両足を前に投げ出して、溜め息混じりに鳴子が言う。
「……良い事なんて、何もねぇよ」
「えー?なんで?新作の服だって着れるし、鳴兄のお家広いし!」
良い事だらけだ、とキラキラした目で鳴子は笑った。
皆そうだ。周りの人間は、決まって皆そう言う。
こんなにも恵まれた環境で、一体何が不満なんだと。さぞや甘やかされて育った我儘な子供なのだろうと。
「あー、もう。面倒臭ぇなー」
845: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 03:16:01 ID:IT.GT0QV0s
***
「鳴くんは男の子なんだから、沢山食べないと!」
ドン、と目の前に置かれた山盛りの白米がほかほかと湯気を立たせている。
茶碗に納まり切らない米の山の向こう側で、しゃもじを持ったままの叔母さんが眉を寄せて俺を睨んだ。
「いや、俺こんなに食えねぇよ……」
「何言ってるの。そんな事だから鳴子に追い付かれるんだよ!」
其処まで言われて逃げてちゃ、男が廃るってもんだ。
意を決して茶碗に手を掛けると、叔母さんは満足気に笑みを浮かべて頷いてみせた。
口の中に広がる炊きたての甘い米の香り。火傷した上顎。おかわりを催促する鳴子の声。
叔母さん……俺、食い切れそうにないです。
846: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 03:16:34 ID:IT.GT0QV0s
叔母さんは母さんの妹という事もあって、少し雰囲気が似ている。
姉妹の癖のある柔らかい髪質は、そっくりそのまま俺と鳴子に受け継がれた。
「ん?どうしたの?」
「え、あ、何でもねっす!」
つい呆けて見つめてしまった視線の先で、母さんと同じ赤み掛かった茶色がふわふわと揺れる。
だけど母さんとは違う、優しい笑顔が其処にはあった。
『伯母さん達の子に生まれてればよかったよ』
頭の中で谺する、鳴子の憎たらしい声。
「……こっちの台詞だっての」
無理矢理飲み込んだ白米が、火傷した上顎にピリリと染みた。
847: ◆UTA.....5w:2012/6/12(火) 03:17:56 ID:1GI25vtbK2
──叔母さんの子に生まれていたら。
何度そんな下らない思考を頭で巡らせただろう。
そんな事、叶う筈がない事なんてガキの頃から分かってた。
それでも、この炊きたてのご飯と出来たての惣菜が、俺の為に作られる事を願って止まなかった。
親というものを、母親というものを、叔母さんに重ねては鳴子に嫉妬している自分が情けなくて。
情けなくて、こんなにも居心地が悪い。
848: 名無しさん@読者の声:2012/6/12(火) 09:07:12 ID:UXpeLILNKg
おお、切ないな……
っCCCC゛ソッ
849: 名無しさん@読者の声:2012/6/13(水) 08:17:56 ID:WQMFfZqQ6o
鳴くん…(´;ω;`)
>>1さんほんとキャラ作り上手い!
支援!支援!支援!
850: 名無しさん@読者の声:2012/6/14(木) 23:26:56 ID:Bf.z1jkJr2
か、描いちゃった…
下手くそでごめんなさい!!
っCCCCC
851: 名無しさん@読者の声:2012/6/15(金) 00:53:40 ID:dmljttPSHw
し!え!ん!
852: 名無しさん@読者の声:2012/6/18(月) 15:39:06 ID:5Ki/6/nFyk
1位!1位!\(*゚∀゚*)/
おめっとーございます☆
イャッフ―――ッッッ!!
つCCC
853: 名無しさん@読者の声:2012/6/19(火) 11:51:26 ID:QB7x06Eq1Y
1位おめでとうございまっす。っC
854: ◆UTA.....5w:2012/6/21(木) 00:36:24 ID:omHfRjQS42
お久しぶりの1です。
相変わらずの停滞気味で申し訳ございません。それでも沢山の支援をくださる皆さんに、感謝の気持ちで一杯です。
そして、当SSがランキング1位になれていたという事実に先程気付きました。何かの間違いかと、何度も見直してしまいました。
こんなSSに一票を入れて下さった皆さん、本当にありがとうございます。
まだ少しお時間を頂いてしまうかと思うのですが、必ず更新致しますので気長に待っていて頂けると幸いです。
皆さんが入れてくれた一票に恥じぬよう、読んで下さっている皆さんに楽しんで頂けるよう、支援して下さった皆さんに応援して頂けるよう、頑張ります。
SSの投下がなくて申し訳ございません。本当に本当にありがとうございました!
855: 名無しさん@読者の声:2012/6/27(水) 12:55:33 ID:8Qv8QlwD3w
ずっと待ってます!!
856: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 14:57:03 ID:DjgrPWL1Xc
「鳴子、そろそろお風呂入りなさいよ」
「はーい」
叔母さんに促されて、鳴子が面倒臭そうにリビングを後にする。
鳴子の姿が完全に見えなくなったのを確認して、そっと叔母さんに耳打ちをした。
「叔母さん、俺そろそろ……」
「あら、鳴くん帰るの?」
泊まってけばいいのに、と眉を寄せて叔母さんが笑う。
「鳴子、また拗ねるわよ。鳴兄帰ってるじゃんかー!って」
流石に親子と言うべきか、叔母さんが真似る鳴子はよく似ている。それこそ、分かる分かると頷いてしまう程に。
叔母さんと二人、どちらからともなくクスリと笑みが零れた。
857: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 14:57:41 ID:MirOoAiuHU
「あんまり遅くまで外うろついてたら駄目だよ、物騒なんだから」
玄関先で靴を履く俺の背後から、唐突叔母さんが言う。
単純に心配しての事なのか、母さんから何かを聞いたからなのか、その答えは明白なのだけど。
「……なんで?」
そう返さずにはいられなかった。
叔母さんの返答が前者であるのなら、俺は素直に首を縦に振れるのに。
「なんでって……お母さん達も心配するでしょ」
分かり切っていた返答なだけに、自然と賺した笑みが零れた。
家に居る時間も殆どなく、息子の食事の用意もまともにしない。ろくに会話もせずに一日が終わるのなんて日常茶飯事で、顔を合わせない事も珍しくない。
一体これの何処に“心配”の二文字を感じさせる行動があるのか。
858: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 14:58:15 ID:MirOoAiuHU
叔母さんを責めて、何かが変わる訳でもない。そもそも、叔母さんにぶつけるべき不満じゃないだろう。
ふう、と小さく息を吐いて、笑顔で叔母さんに振り返ってみせた。
「分かってる分かってる。んじゃ」
言葉少なく玄関のドアノブに手を掛ける。早く此処から出て行きたいと、その一心で。
だって、叔母さんの言葉は余りにも──
「鳴くん、お父さんもお母さんも、鳴くんの事を大切に思ってるんだよ。ただ、」
「だから分かってるって!」
余りにも、母親で。
こんなにも暖かいのに、胸が痛い。
859: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 14:58:38 ID:MirOoAiuHU
叔母さんの家の灯りが遠ざかっていくのを背中に感じながら、住宅街を抜けて行く。
小さな段差に足を取られて、俺はやっと立ち止まった。
息を吸い込むと、喉が焼けたようにヒリヒリと痛む。こんなにも全力で走ったのは、いつぶりだっただろうか。
「はあ、はっ……」
腰に手を当てて空を見上げると、雲一つない夜空に真ん丸お月様がぽつんと独り。その周りを囲むように、キラキラ輝くお星様。
こんな時、自分がちっぽけに思えるなんて事はよくあるけれど、
「……うっぜーな、もう」
こんなにも綺麗な空なのに、馬鹿にされているように見えてしまう俺は、少し根性が捻曲がっているのかもしれない。
月の周りで輝く星が、まるでせせら笑いを浮かべているようで。
意地っ張りに浮かぶ月が、何故だか酷く滑稽に思えた。
860: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:01:50 ID:MirOoAiuHU
***
「……」
もう何分こうしているだろう。
インターホンまであと数センチという所で、何度も手を引っ込めてしまう。
あれから数日、叔母さんからのメールは二通。
今日は家に来る?とか、食べたいものがあったらリクエストしてね!とか、内容は他愛ないごく普通のものだった。
(別に、普通に行きゃいいじゃんよ……)
気まずくなっているのは、きっと俺だけなのだろう。
インターホンまで、ほんの数センチ。あと少し手を伸ばせば、叔母さんがいつも通り迎えてくれるに違いない。
「よし、行く!」
「何処に?」
861: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:02:10 ID:DjgrPWL1Xc
声のする方に振り返ると、ランドセルを背負った鳴子が首を傾げていた。
見慣れていない所為か、赤いランドセルはいつもより鳴子を女らしく見せてくれる。
「鳴兄、聞いてる?」
「へっ?ああ、うん……何が?」
慌てて頷いてみせたものの、あまりの不自然さに鳴子は怪訝そうに眉を寄せた。
「この前も黙って帰っちゃうしさー。鳴兄、最近変」
「変って、何が」
「全然家に遊びに来なくなったじゃん。来てもすぐ帰るし。そんなに居心地悪いかな、ボクん家」
予想外に核心を突いた発言に、堪らず視線が横に流れる。
まさかこんなガキに感付かれる程、自分が分かりやすい奴だったなんて。
862: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:02:34 ID:MirOoAiuHU
「あー、その、別にそんなんじゃねぇから」
平静を装ってはみたけれど、鳴子の目はそれを見抜いているようだった。
眉間に寄せられた皺を一層深く刻んで、じっと俺を見つめる。
「お母さんと喧嘩でもした?」
「……なんでそうなんだよ」
「お風呂入ってる時に聞こえたもん。何か叫んで出てく鳴兄の声」
口を尖らせながら俯いて、鳴子は言った。
どうやら、叔母さんに喧嘩をしたのか訊ねてもはぐらかされたらしい。原因の分からない鳴子は、自分の家に何か問題があるのでは、と勘ぐっていたようだ。
強ち間違ってはいないんだけど、鳴子達に原因がある訳じゃない。そんな事、考えなくたって分かる事だ。
全部、俺が悪い。
863: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:03:09 ID:MirOoAiuHU
「……お前、小学生なんだもんな」
「何それ。なんでいきなりボクの話になるんだよー」
鳴子の頬が、小学生らしくぷくっと膨れる。
「違うよ、お前は何も悪くない。俺が悪かったんだよ」
鳴子は疑問符を浮かべながら首を傾げた。
親が忙しいのをいい事に叔母さんに甘えて、構ってくれないと駄々を捏ねる。
下らない反発心で志望校を変えたり、夜にふらふら出歩いて気を引く。
母親の影を叔母さんに重ねて、勝手に鳴子に嫉妬する。
俺がしている事は、こんなにも格好悪くてガキ臭い事だった。
「……本当格好悪いな、俺」
この苛立ちを鳴子や叔母さんに向けるべきではない事くらい分かっている筈なのに、どうして素直になれないのか。
考えれば考える程、つくづく自分に嫌気が差す。
864: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:03:56 ID:MirOoAiuHU
「やっぱり俺、今日は帰るわ。叔母さんに宜しく言っといて」
「えー!なんでなんで?ご飯食べてけばいいじゃん!」
鳴子が俺に腕を絡めて、縋るように上目遣いに見る。
「今度授業参観があってね、その時に読む作文を書いたの。先生にすっごく褒められたんだ。お母さんより先に、鳴兄に読ませてあげる」
だからいいでしょう?と、絡めた腕に力を込めて、鳴子は俺を制止した。
──作文。
その二文字の言葉に、ギクリと身を捩る。とうの昔の話なのに、鮮明に思い出される先生の困ったような優しい笑顔。
『鳴海くん、それは──』
865: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:04:30 ID:DjgrPWL1Xc
「……夢とは言えない」
「え?何?」
思いがけず口を突いて出た言葉に、はっと我に返る。訝しげな表情をした鳴子が俺を見上げて首を傾げていた。
「……っ、何でもない」
「夢がどうしたの?鳴兄の夢の話?」
「何でもねぇって。お前には関係ないの」
「別に恥ずかしがる事ないじゃんか。ボク、鳴兄の夢聞きたいなあ」
夢を語る事は、何も恥ずかしい事ではないのだと。夢に向かって頑張る人程、輝いて見えるものはないのだと。
力なく腕を垂らしたままの俺の前に、鳴子はくるりと身を翻して力説する。
866: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:05:19 ID:DjgrPWL1Xc
「んもう!鳴兄はうじうじうじうじ……うじ虫くんだね!」
「は?」
数分間の力説も俺には届かなかった事を悟ったのか、鳴子はあからさまな溜め息を吐いて首を振った。
「中学生のくせに情けないんだから。そんなんじゃ立派な大人になれっこないよ」
「立派な大人……?夢持ってりゃ立派な大人になれんのかよ」
「少なくとも、鳴兄みたいな臆病者よりかはね!」
「誰がいつ怯えたよ!」
臆病者と息巻く鳴子と重なる、小学生の俺の姿。
あの頃の俺は、あんなにも未来に胸を膨らませていたのに。
『鳴海くん、それは──夢とは言えないわよ』
先生の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れなくて。“そうやって”生きていく事を信じていた自分が、酷く滑稽に思えて。
867: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:06:04 ID:MirOoAiuHU
「どうせ何言ったって馬鹿にするくせに。俺だってちゃんと考えてんだよ!」
「じゃあ考えてる事言えばいいじゃん!なんで言わないんだよ!鳴兄の馬鹿!」
随分と論点がずれてしまっているのに、俺達はそんな事を気にもせずに睨み合った。
何故言わないか。そんなもの愚問だ。
言ってどうにかなるものじゃないんだと、俺なりに理解しているからだ。
小学生の頃に俺がそう思っていた様に、皆だって俺が“そうやって”生きていくと思ってるに違いない。
そんな奴らに俺が何を語ったって、皆笑うに決まってる。
あの時の先生みたいに、笑って言うに決まってる。
それは夢とは言えないわよ、と。
868: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:06:33 ID:DjgrPWL1Xc
「お前には関係ねぇって言ってんだろ!」
「待ってよっ……!」
気付けば走り去っていた。
後ろで呼び止める鳴子の声を振り払う様に、ただひたすらに。
ああ、叔母さんに謝れてないな、とか、鳴子にも謝らないとな、とか、そんな事を考えられたのは疲れ切って立ち止まった後だった。
振り返ってみても、揺れる陽炎の向こう側にもう鳴子は居ない。
「──何やってんだ、俺」
鳴子に喧嘩を売る為に家に行った訳じゃない筈なのに、どうしてこうも上手くいかないんだろうか。
体ばかり成長して、中身は小学生の頃と何も変われていない。
少しも前に、進めていない。
869: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:07:06 ID:MirOoAiuHU
進まなきゃ。進まなきゃ。
少しでも、前に。
胸を張って、言えるように。
叔母さんに、鳴子に、両親に認めてもらえるように。
成長した自分を、ちゃんと見てもらえるように。
「あ、メール……」
小刻みに震える携帯に送られてきた、四文字のメール。宛名は叔母さんになっているけど、きっと鳴子からだろう。
『ごめん ね』
そう書かれたメールには、無意味な半角スペースが入っていた。
「だっせ……メールもまともに打てないのかよ」
そうだ、先輩らしく返信してやろう。頭の悪い鳴子には、きっと読めやしないだろうけど。
御免。
俺が打った二文字のメールは、紙飛行機の動画に乗せられて画面の向こう側に消えていった。
870: ◆UTA.....5w:2012/7/4(水) 15:07:39 ID:DjgrPWL1Xc
***
じっとり汗ばむ空の下、少年は携帯電話を見つめていました。
ただ、素直になる事を拒んでいただけ。
笑われるのを、恐れていただけ。
きっかけは何でもよかったのでしょう。
例えば自分の進路の話。
初めて自分で選んだ、家から少し離れたあの学校。
例えば先程の少女の言葉。
純真無垢な好奇心に、肩を並べる事も出来た筈。
──ボク、鳴兄の夢聞きたいなあ。
少年を動かしたのは、そんな些細な一言だったのかもしれません。
震える親指で、そっと押された一つのボタン。規則的に聞こえた音は、四度目で止まりました。
「母さん、俺……やりたい事があるんだ」
鳴海少年の憂鬱‐fin.
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