高校生の馬鹿馬鹿しくて、
ちょっぴりセンチメンタルな
青春グラフィティ───開幕。
※登場人物が増える予定の為、名前を付けています。
611: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 21:44:33 ID:Y6BOHgbOBA
髪から滴る雫が鼻先で弾けるように、俺の心に暖かい波紋が広がる。むず痒い感覚に身を捩る俺に、父さんは笑った。
「そうだ、父さん。今日の体育の時──‥」
「おっと、其処までだ。先に髪を乾かしてきなさい」
そう言って父さんの手が俺の頭から離れて遠ざかってゆく。
もう少し聞いてくれたっていいじゃないか。心の中で子供じみた事を言ってみるが、実際に口に出したりはしない。
俺は、お兄ちゃんなのだ。
我儘を言ったり、感情に任せて声を上げる事なんてしない。そんな事をすれば、両親に何と言われるか容易に想像がつく。
“お兄ちゃんなんだから”と、そう言うに決まっている。
耳にする度に腹が立つこの言葉を避ける為には、聞き分けの良いお兄ちゃんでいなければならないのだ。
612: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 22:02:49 ID:ppbfUw9gck
髪を乾かして戻れば、お決まりの光景が目に入ってきた。
「ご飯は残さず食べれたか?」
「あい!」
「そうか、妹は偉いなあ。沢山食べて大きくなるんだぞー」
仲睦まじい家族の光景。一般的な家庭の、何処にでもある日常の一コマ。
父さんの腕の中で妹がはしゃぎ、母さんは父さんの食事の用意をしながら、にこやかに二人を見ている。
……俺の冷ややかな視線になど、当然気付く様子もない。
「おやすみなさい」
リビングの扉を開けて、足を踏み入れる事もなく両親に告げた。二人の返事を聞く事もせずにその扉を閉め、自室のベッドに身を埋めて目を閉じる。
「…なんで、あいつばっかり」
613: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 22:16:06 ID:nf/aYoEEu2
何故、妹ばかりが良いように扱われるのだろうか。
俺の胸の内で膨らむ醜い感情は、そればかりだった。何故、どうして、なんで、なんで、なんで。
こんなにも良い子でいるのに、こんなにも勉強を頑張っているのに、俺の精一杯の努力はただ妹が夕飯を残さず食べた事と匹敵する。
俺がテレビを観て笑っていようが何の関心も示さないのに、妹がテレビの真似事をするだけで手を叩いて喜ぶ。
これがただの可愛い嫉妬なのだと、幼い子供にどうして理解出来ただろうか。
当然そんなものなど知らない俺は、“お兄ちゃん”とはこんなにも辛いものなのかと、頭を悩ませる日々を送っていた。
614: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 22:30:40 ID:49VOLGqiOw
────‐‥
ふと、目を開けるとまだ辺りは真っ暗だった。時計を確認するのも煩わしいが、まだ夜も明けていないのだから夜なのだろう。
ベッドに突っ伏した体勢のまま眠ってしまっていた所為か、体の節々が痛い。まだ小学生だというのに、将来が不安だ。
(寝る前にトイレ行ったっけ…)
急に不安が込み上げる。
小学五年生にもなって寝小便などしようものなら、今までの俺の努力は水の泡だ。
深夜にトイレに行く事程怖いものはないが、不安要素を残したままでは安心して眠れない。
「……トイレ、行っとこうかな」
ギシリ、とベッドが軋む音がやけに耳に障る。
恐る恐るドアを開けると、廊下の奥からやんわりとリビングの灯りが見えた。
615: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 22:44:33 ID:ppbfUw9gck
(母さん達まだ起きてるのかな…?)
少しだけ早くなった鼓動を落ち着かせて、そろそろとリビングに向かう。
もし、起きていると気付かれればまたあの言葉を言われてしまうかもしれない。わざわざ気分を害する可能性のある行動をするのは気が引けるが、この灯りの中に両親が居るのだと安心したかった。
「……が、……思う…」
俺がリビングを覗くより先に、微かに聞こえてきたのは父さんの声だった。
何を言っているのかまでは聞き取れないが、起きているというのが分かっただけで十分だ。これで臆する事なく用を足せる。
ほっと安心したのも束の間、灯りに背を向け歩きだそうとした時だった。
「絶対に嫌よ!十分話し合ってきたじゃない…!」
薄暗い廊下の中、母さんの悲しそうな声が俺の耳を突いた。
616: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 23:07:32 ID:2/QDgGshrU
珍しく喧嘩でもしているのだろうか?
生まれてこの方、両親の喧嘩など見た事がなかった。小言を言うくらいなら耳にした事はあるものの、今のように不穏な空気が流れるような言い合いをしている両親を俺は知らない。
怖いもの見たさでリビングへと近づき、身を縮めて盗み聞きを決行する事にした。もしかすると修羅場を見られるかも、なんて少しの期待を胸にして。
「だけどやっぱり、俺は心配なんだ。12週目までまだ時間もある。もう一度話し合おう」
「それは、どういう意味なの?何を話し合おうって言うの…?」
興奮気味の二人の声は、危険を冒してリビングに近付く必要もなかったのではと思う程、随分はっきりと聞こえた。
……小学生の俺には、いまいち理解のし難い内容だったけれど。
617: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 23:27:28 ID:n5h324VbgQ
二人の会話は聞き慣れない単語の連発で、喧嘩というよりも父さんが母さんを説得しているようだった。どうやら母さんは、父さんの説得に応じるつもりはないらしい。
疑問符が浮かんでばかりの俺を余所に、二人の会話は進んでゆく。
「俺だって、こんな事は言いたくないんだよ。まだ小さな命でも、俺達の子には変わりない」
「だったら…!」
「だけど!……だけど、君だって俺の妻だ。大切な、たった一人の人なんだよ」
「私だってそうよ!!」
今まで聞いた事のない母さんの怒号に、はっと息を飲む。
怒っているようで、それでいて悲しい。泣いているような母さんの声。
困ったような父さんの溜め息が、リビングの外にまで洩れていた。
618: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 23:28:32 ID:n5h324VbgQ
これにて投下終了します。
読んで下さった皆さんに感謝です!
619: 名無しさん@読者の声:2012/4/20(金) 00:37:35 ID:0iGiwJ5ptk
\ 支援だワッショイ!!/
+ \ 四■円 /+
(・∀・∩) +
+ (つ 丿 +
+ ( ヽノ +
し(_) +
`支■援 C■C
( ・∀・∩ ( ・∀・)
(つ ノ (つ つ))
ヽ ( ノ ) ) )
(_)し" (_)_)
620: 名無しさん@読者の声:2012/4/20(金) 14:52:41 ID:WJwUPHKQUk
確かにある愛情に気付けない子供と命を懸けて子供を守ろうとする母親、それを守りたい父親ってとこか
ふむ…これは支援するしかないな
621: 名無しさん@読者の声:2012/4/20(金) 15:37:30 ID:N1ZTg0WOrs
頑張って!
っCCC
622: 名無しさん@読者の声:2012/4/21(土) 15:34:50 ID:n01Y5EYaao
誰か橘兄弟描いてほしいw
_| ̄|C<絵師さーん!
623: 名無しさん@読者の声:2012/4/23(月) 00:42:55 ID:XEEA7YfXao
四円玉あげるよ(=゚ω゚)ノC
624: 名無しさん@読者の声:2012/4/24(火) 14:11:07 ID:LhEuo8s/Xw
まだかなまだかな
っCCCCC
625: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 19:16:09 ID:N6q1VNB4fA
>>619
何という可愛さ…!
嬉しいですわっしょい!
>>620
何だかもう、その通りです。上手い伝え方が出来ず、回りくどい表現ばかりで申し訳ございません。
分かり易い解説をして下さってありがとうございます…!
>>621
621さんのように応援して下さる方が居るにも関わらず、滞り気味で申し訳ございません。
加えて読みにくい文体でつらつらと…早く通常営業に戻せるように頑張りますね!
>>622
おおう、いつか描いて頂ければ嬉しいですね(*´・ω・`*)
絵師さーんw
>>623
⊃C⊂ ギュッ
ありがとうございます!
>>624
停滞気味で申し訳ございません。
こんなSSの更新を待っていて下さる方がいらっしゃる事、凄く励みになっています。本当に…!
沢山の支援に感謝です!
また後で投下しに来ます。
626: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 20:44:21 ID:pqZGoxczPA
声を震わせながら母さんは言った。
「貴方を愛しているのと同じように、私はこの子を愛しているの」
そっとリビングを覗き込むと、母さんは妹にするのと同じように、優しく自分のお腹を撫でていた。
その時、何となく思った。自分もあの優しい手に撫でられていたのではないか。
同じように、腹の中で眠っている俺に、愛していると言ってくれていたのではないか。
こんな状況下で何を考えているのか自分でも些か疑問ではあるが、じわりと広がる胸の温もりは、恐らく母さんの愛情を自覚した証なのだろう。
「お願いよ、貴方もこの子を愛しているでしょう?」
母さんの問い掛けに、父さんはテーブルに量肘を突いたまま頭を抱えてしまった。
627: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 21:01:56 ID:pqZGoxczPA
「……愛しているに決まってるじゃないか」
そう答えた父さんの声は、疲れ切っているようだった。
「愛しているからこそ、選ぶなんて出来ないよ」
だけど、と付け加えて、父さんが顔を上げる。涙がキラキラとした光の粒に変わり、テーブルの上で細かく弾けた。
「君を失ってしまったら、俺はどうやって生きていけばいい?」
教えてくれと、縋るような目で父さんが母さんを見上げる。見てはいけないものを見てしまっている気がするが、その場を離れる事が出来なかった。
失うとは、どういう意味なのだろう……?
628: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 21:20:11 ID:N6q1VNB4fA
「お兄ちゃんは本当に何でも出来る子なの。何も言う事がないくらいだけれど、甘え下手なのは貴方に似たのかもしれないわね」
母さんが突拍子もない事を口走るものだから、父さんは訝しげに眉を潜めていた。
少女のようにコロコロと笑いながら、母さんは続ける。
「妹ちゃんね、最近お絵描きが大好きなのよ。とっても綺麗な色を使うの。私の背中に虹色の羽根を生やしてくれたのよ」
そうして再びお腹を撫でる。優しい目をして、いとおしそうに。
まるで、今まさにその腕に抱いているかのように、其処に視線を落としながら。
629: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 22:09:01 ID:N6q1VNB4fA
「この子もきっと、元気で可愛い子に育つわ。だって、貴方と私の子なんだもの」
母さんの手が父さんのそれと重なって、まだ見ぬ我が子にそっと触れた。父さんはその手を払う事もせず、テーブルに顔を伏せて肩を震わせる。
それに釣られるように、母さんは表情をくしゃりと歪ませた。それでも笑顔を浮かべながら、首を傾ける。
「お願いよ、私にこの子を守らせて頂戴」
ぽとりと一粒、雫が落ちる。
重なった手の上で弾けた涙は、父さんを言い負かせるのに十分なものだったのかもしれない。
「あ、ああぁ…俺には、俺には何もしてやれないのかっ……俺にはっ!」
630: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 22:25:30 ID:N6q1VNB4fA
俺が見ている事にも気付かず、しゃくり上げて泣く父さんの姿は、叱られた後の妹に何処か似ていた。
上手く呼吸を整えられず、肩を上下に揺らせて。子供のように、涙を流す父さん。
「母さん、…っ母さん……お願いだ、俺を一人にしないでくれ…」
そんな父さんの頭を、母さんはゆったりと抱き締めた。お腹に耳を当てるような体勢で、父さんの腕が母さんの腰に回される。
「私の事を名前で呼ばなくなったのは、いつの頃だったかしら。私達、お父さんとお母さんになれたのよ。あの子達にとっても、この子にとっても」
貴方は一人じゃないでしょう、母さんが笑った顔が、俺にはとても悲しく思えた。
二人の話の内容を、母さんの決意を、子供の俺には理解する事は出来なかったけれど。
何処かに行ってしまった尿意と、その代わりに溢れる涙は、事の重大さを感じ取っていた証だったのかもしれない。
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