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3センチメンタル・ヤング・ピーポー
[8] -25 -50 

1: :2012/1/28(土) 22:24:39 ID:kbMCzVk3I2

高校生の馬鹿馬鹿しくて、

ちょっぴりセンチメンタルな

青春グラフィティ───開幕。



※登場人物が増える予定の為、名前を付けています。




596: ◆UTA.....5w:2012/4/15(日) 20:44:11 ID:0Mp7ukSNHM


──誰かが泣いている。


膝を抱えて、背中を向けて。

いじけた様子の、男の子。


あれは誰だ?

あれは──ガキだった頃の俺だ。



【橘少年の憂鬱】



597: ◆UTA.....5w:2012/4/15(日) 21:00:51 ID:ntc3BUzzNk

橘少年、小学五年生。ずれる眼鏡を直しながら、俺は家路を急いでいた。
早く帰らなければいけない理由など特にはなく、走る必要など全くない。それでも俺は、早く家に帰りたかった。

帰って、母さんに見せたいものがあったのだ。


「見て見てお母さん!また満点取った!」

テスト用紙を自慢気に広げる俺を、母さんは優しい笑みを浮かべて迎えてくれた。その腕には、まだ日本語も覚束ない二歳の妹が抱かれている。


598: ◆UTA.....5w:2012/4/15(日) 21:22:06 ID:ntc3BUzzNk

「妹ちゃん、お兄ちゃんまた百点満点だって!凄いね、お兄ちゃん格好良いね!」

「にーたん!凄いねー!」

「ふふ。妹ちゃんも凄いって褒めてるよ」

母さんが妹の手を操り、ひらひらと動かす。楽しそうにはしゃぐ妹と、その高い笑い声に思わず顔が歪んだ。

──まだ幼かった俺は、妹の事が好きになれなかった。


599: ◆UTA.....5w:2012/4/15(日) 21:22:40 ID:0Mp7ukSNHM

小学三年生まで一人っ子として育った俺は、初孫という事もあってそれは大層可愛がられた。祖父母に至っては、会う度に俺にお小遣いやお菓子を与えてくれた。

しかし、だからといって両親は決して甘やかせるだけではなかった。所謂、飴と鞭というやつだ。
祖父母の家の障子を破いた時は噎び泣く程に叱られたし、家事を手伝った時は照れ臭くなる程褒めてくれた。

そうして素直な良い子に育った俺が九歳の頃、父さんの口から衝撃の一言を聞かされる事となる。

「もうすぐ、お兄ちゃんになるんだぞ!」


600: ◆UTA.....5w:2012/4/15(日) 21:36:20 ID:0Mp7ukSNHM

──妹。


母さんの腹の中ですくすくと成長していくそれに、期待を膨らませていたのはいつの事だったろう。
妹という存在は、俺にとって余りにも重いものだった。

「お兄ちゃんなんだから」

両親が発するその言葉が、決して悪意のあるものではないのだと、子供ながらに理解していたのに。それなのに、無邪気な笑顔で俺に懐く妹が憎らしくて堪らなかった。

俺と話している最中でも、妹が泣けば母さんは其方に。
俺が縄跳びで二重飛びが出来た事よりも、妹が寝返りを打った事の方が父さんは嬉しそうだった。


601: 祝600突破! ◆UTA.....5w:2012/4/15(日) 21:57:46 ID:0Mp7ukSNHM

最初の子供は可愛がられる、とよく言うが、二番目が女ともなれば話は別らしい。
祖父母や親戚も、妹と会う度に可愛い可愛いと囃し立て、やれスカートだ髪飾りだと買い与えた。物の価値も理解していない妹は、それを受け取って屈託のない笑顔を向けるだけで許される。

俺が妹に手を上げる事は決して許されず、教科書に落書きをされても許すしかない。勿論両親は妹を叱るが、両親のそれは俺の怒りとは比例しない訳で。
理不尽さを感じながら、ただ堪えるだけの毎日。出来る事なら傍に寄って来ないで欲しいと、そう思っていた。

これが、俺が妹を好きになれない最大の理由である。


602: ◆UTA.....5w:2012/4/15(日) 22:15:00 ID:0Mp7ukSNHM

ところがどうだ。目の前の母親であるこの人は、妹を抱えたその向こう側──腹の中にもう一つの命を宿していると言うではないか。

「妹ちゃんも、もう少しでお姉ちゃんね」

かつて俺に言ったように、母さんは笑顔でそう言った。まだ二歳の妹は、理解出来ていない様子で首を傾げる。

「おえーちゃ?」

「そうよ、お姉ちゃん。沢山遊んで、優しくしてあげてね」

「あい!」

俺は妹の明るい返事に弾かれるようにして、踵を返して自室に引っ込んだ。
閉じたドアの向こう側から、うがいと手洗いを促す母親の声。何故だか酷く、腹立たしかった。


603: ◆UTA.....5w:2012/4/15(日) 22:20:38 ID:ntc3BUzzNk

これにて投下終了します。

そして、またしてもランキングに入る事が出来ました。4位…!
順位は少し下がってしまいましたが、このSSに投票して下さる方が居る事、読んで下さっている方が居る事が何より嬉しいです。
本当にありがとうございます!

これからも頑張ります!
今日も読んで下さった皆さんに感謝です!


604: 名無しさん@読者の声:2012/4/16(月) 01:30:49 ID:ivArTeRS2k
わかるわかるよ兄の気持ち。

つCCCCCC
605: 名無しさん@読者の声:2012/4/16(月) 16:23:23 ID:K.7w4nfouE
ずっとこのss応援してるからね!

っ支援
606: 名無しさん@読者の声:2012/4/17(火) 14:36:09 ID:UNxM3yiW/w
律儀で丁寧な1さん真面目かわゆす
これでもくらえ
ノ⌒CC愛CC
607: 名無しさん@読者の声:2012/4/18(水) 20:36:24 ID:Ls61b1NVC.
支援(*´∀`)
ランキング4位おめでとうございます!!
608: 名無しさん@読者の声:2012/4/19(木) 02:48:25 ID:.jijuWjLjc
まだかなまだかな…(´・ω・`)
|ω・`)っCCCCC
609: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 21:32:20 ID:bPXHr0xXl6
>>604
私も下に居るので、少しメガネの気持ちが分かるような気がします。中途半端な年齢だからこそ、小さな事で悩んでしまうんですよねw

>>605
ありがとうございます…!605さんの応援が無駄にならないように頑張ります!
嬉しいです、本当に(´;ω;`)

>>606
皆さんのご厚意に甘え、こうしてだらだら更新を続けてしまっている私には勿体なきお言葉…orz
606さんの愛で充電満タンです!

>>607
わー、ありがとうございます!
皆さんに応援して頂けて、4位に入る事が出来ました。これからも楽しんで頂けるように頑張りたいと思います!

>>608
遅くなってしまって申し訳ございません…!投下しますのでお待ち下さい!
待っていて下さってありがとうございます(*´ω`*)


支援感謝です。投下します。


610: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 21:33:32 ID:6O1pXxFxNw

「聞いたよ、お兄ちゃん満点取ったんだってな」

風呂に入っている間に帰宅したのであろう父さんが、俺の濡れた髪をくしゃりと撫でた。
大きな父さんの手が俺の頭を何度も撫でる。風呂上がりで十分に温まった体に、じんわりと熱が広がってゆくのを感じた。

「あのね、父さん。クラスで満点だったの俺だけだったんだ」

「やるじゃないかー。勉強頑張ってるんだな、偉いぞ」

目尻に出来た小さな皺は、確かに俺に向けられている。それだけでただ嬉しくて、口元が緩んだ。


611: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 21:44:33 ID:Y6BOHgbOBA

髪から滴る雫が鼻先で弾けるように、俺の心に暖かい波紋が広がる。むず痒い感覚に身を捩る俺に、父さんは笑った。

「そうだ、父さん。今日の体育の時──‥」

「おっと、其処までだ。先に髪を乾かしてきなさい」

そう言って父さんの手が俺の頭から離れて遠ざかってゆく。
もう少し聞いてくれたっていいじゃないか。心の中で子供じみた事を言ってみるが、実際に口に出したりはしない。

俺は、お兄ちゃんなのだ。

我儘を言ったり、感情に任せて声を上げる事なんてしない。そんな事をすれば、両親に何と言われるか容易に想像がつく。
“お兄ちゃんなんだから”と、そう言うに決まっている。
耳にする度に腹が立つこの言葉を避ける為には、聞き分けの良いお兄ちゃんでいなければならないのだ。


612: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 22:02:49 ID:ppbfUw9gck

髪を乾かして戻れば、お決まりの光景が目に入ってきた。

「ご飯は残さず食べれたか?」

「あい!」

「そうか、妹は偉いなあ。沢山食べて大きくなるんだぞー」

仲睦まじい家族の光景。一般的な家庭の、何処にでもある日常の一コマ。
父さんの腕の中で妹がはしゃぎ、母さんは父さんの食事の用意をしながら、にこやかに二人を見ている。
……俺の冷ややかな視線になど、当然気付く様子もない。

「おやすみなさい」

リビングの扉を開けて、足を踏み入れる事もなく両親に告げた。二人の返事を聞く事もせずにその扉を閉め、自室のベッドに身を埋めて目を閉じる。

「…なんで、あいつばっかり」


613: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 22:16:06 ID:nf/aYoEEu2

何故、妹ばかりが良いように扱われるのだろうか。
俺の胸の内で膨らむ醜い感情は、そればかりだった。何故、どうして、なんで、なんで、なんで。

こんなにも良い子でいるのに、こんなにも勉強を頑張っているのに、俺の精一杯の努力はただ妹が夕飯を残さず食べた事と匹敵する。
俺がテレビを観て笑っていようが何の関心も示さないのに、妹がテレビの真似事をするだけで手を叩いて喜ぶ。

これがただの可愛い嫉妬なのだと、幼い子供にどうして理解出来ただろうか。
当然そんなものなど知らない俺は、“お兄ちゃん”とはこんなにも辛いものなのかと、頭を悩ませる日々を送っていた。


614: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 22:30:40 ID:49VOLGqiOw

────‐‥


ふと、目を開けるとまだ辺りは真っ暗だった。時計を確認するのも煩わしいが、まだ夜も明けていないのだから夜なのだろう。
ベッドに突っ伏した体勢のまま眠ってしまっていた所為か、体の節々が痛い。まだ小学生だというのに、将来が不安だ。

(寝る前にトイレ行ったっけ…)

急に不安が込み上げる。
小学五年生にもなって寝小便などしようものなら、今までの俺の努力は水の泡だ。
深夜にトイレに行く事程怖いものはないが、不安要素を残したままでは安心して眠れない。

「……トイレ、行っとこうかな」

ギシリ、とベッドが軋む音がやけに耳に障る。
恐る恐るドアを開けると、廊下の奥からやんわりとリビングの灯りが見えた。


615: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 22:44:33 ID:ppbfUw9gck

(母さん達まだ起きてるのかな…?)

少しだけ早くなった鼓動を落ち着かせて、そろそろとリビングに向かう。
もし、起きていると気付かれればまたあの言葉を言われてしまうかもしれない。わざわざ気分を害する可能性のある行動をするのは気が引けるが、この灯りの中に両親が居るのだと安心したかった。

「……が、……思う…」

俺がリビングを覗くより先に、微かに聞こえてきたのは父さんの声だった。
何を言っているのかまでは聞き取れないが、起きているというのが分かっただけで十分だ。これで臆する事なく用を足せる。

ほっと安心したのも束の間、灯りに背を向け歩きだそうとした時だった。

「絶対に嫌よ!十分話し合ってきたじゃない…!」

薄暗い廊下の中、母さんの悲しそうな声が俺の耳を突いた。


616: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 23:07:32 ID:2/QDgGshrU

珍しく喧嘩でもしているのだろうか?
生まれてこの方、両親の喧嘩など見た事がなかった。小言を言うくらいなら耳にした事はあるものの、今のように不穏な空気が流れるような言い合いをしている両親を俺は知らない。
怖いもの見たさでリビングへと近づき、身を縮めて盗み聞きを決行する事にした。もしかすると修羅場を見られるかも、なんて少しの期待を胸にして。

「だけどやっぱり、俺は心配なんだ。12週目までまだ時間もある。もう一度話し合おう」

「それは、どういう意味なの?何を話し合おうって言うの…?」

興奮気味の二人の声は、危険を冒してリビングに近付く必要もなかったのではと思う程、随分はっきりと聞こえた。
……小学生の俺には、いまいち理解のし難い内容だったけれど。


617: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 23:27:28 ID:n5h324VbgQ

二人の会話は聞き慣れない単語の連発で、喧嘩というよりも父さんが母さんを説得しているようだった。どうやら母さんは、父さんの説得に応じるつもりはないらしい。
疑問符が浮かんでばかりの俺を余所に、二人の会話は進んでゆく。

「俺だって、こんな事は言いたくないんだよ。まだ小さな命でも、俺達の子には変わりない」

「だったら…!」

「だけど!……だけど、君だって俺の妻だ。大切な、たった一人の人なんだよ」

「私だってそうよ!!」

今まで聞いた事のない母さんの怒号に、はっと息を飲む。
怒っているようで、それでいて悲しい。泣いているような母さんの声。
困ったような父さんの溜め息が、リビングの外にまで洩れていた。


618: ◆UTA.....5w:2012/4/19(木) 23:28:32 ID:n5h324VbgQ

これにて投下終了します。
読んで下さった皆さんに感謝です!


619: 名無しさん@読者の声:2012/4/20(金) 00:37:35 ID:0iGiwJ5ptk
\ 支援だワッショイ!!/
+ \ 四■円  /+
   (・∀・∩) +
 + (つ  丿  +
+   ( ヽノ +
   し(_)   +
`支■援  C■C
( ・∀・∩ ( ・∀・)
(つ  ノ (つ  つ))
ヽ ( ノ ) ) )
(_)し" (_)_)

620: 名無しさん@読者の声:2012/4/20(金) 14:52:41 ID:WJwUPHKQUk
確かにある愛情に気付けない子供と命を懸けて子供を守ろうとする母親、それを守りたい父親ってとこか
ふむ…これは支援するしかないな
621: 名無しさん@読者の声:2012/4/20(金) 15:37:30 ID:N1ZTg0WOrs
頑張って!

っCCC
622: 名無しさん@読者の声:2012/4/21(土) 15:34:50 ID:n01Y5EYaao
誰か橘兄弟描いてほしいw

_| ̄|C<絵師さーん!
623: 名無しさん@読者の声:2012/4/23(月) 00:42:55 ID:XEEA7YfXao
四円玉あげるよ(=゚ω゚)ノC
624: 名無しさん@読者の声:2012/4/24(火) 14:11:07 ID:LhEuo8s/Xw
まだかなまだかな
っCCCCC
625: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 19:16:09 ID:N6q1VNB4fA

>>619
何という可愛さ…!
嬉しいですわっしょい!

>>620
何だかもう、その通りです。上手い伝え方が出来ず、回りくどい表現ばかりで申し訳ございません。
分かり易い解説をして下さってありがとうございます…!

>>621
621さんのように応援して下さる方が居るにも関わらず、滞り気味で申し訳ございません。
加えて読みにくい文体でつらつらと…早く通常営業に戻せるように頑張りますね!

>>622
おおう、いつか描いて頂ければ嬉しいですね(*´・ω・`*)
絵師さーんw

>>623
⊃C⊂ ギュッ
ありがとうございます!

>>624
停滞気味で申し訳ございません。
こんなSSの更新を待っていて下さる方がいらっしゃる事、凄く励みになっています。本当に…!


沢山の支援に感謝です!
また後で投下しに来ます。


626: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 20:44:21 ID:pqZGoxczPA

声を震わせながら母さんは言った。

「貴方を愛しているのと同じように、私はこの子を愛しているの」

そっとリビングを覗き込むと、母さんは妹にするのと同じように、優しく自分のお腹を撫でていた。
その時、何となく思った。自分もあの優しい手に撫でられていたのではないか。
同じように、腹の中で眠っている俺に、愛していると言ってくれていたのではないか。

こんな状況下で何を考えているのか自分でも些か疑問ではあるが、じわりと広がる胸の温もりは、恐らく母さんの愛情を自覚した証なのだろう。

「お願いよ、貴方もこの子を愛しているでしょう?」

母さんの問い掛けに、父さんはテーブルに量肘を突いたまま頭を抱えてしまった。


627: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 21:01:56 ID:pqZGoxczPA

「……愛しているに決まってるじゃないか」

そう答えた父さんの声は、疲れ切っているようだった。

「愛しているからこそ、選ぶなんて出来ないよ」

だけど、と付け加えて、父さんが顔を上げる。涙がキラキラとした光の粒に変わり、テーブルの上で細かく弾けた。

「君を失ってしまったら、俺はどうやって生きていけばいい?」

教えてくれと、縋るような目で父さんが母さんを見上げる。見てはいけないものを見てしまっている気がするが、その場を離れる事が出来なかった。

失うとは、どういう意味なのだろう……?


628: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 21:20:11 ID:N6q1VNB4fA

「お兄ちゃんは本当に何でも出来る子なの。何も言う事がないくらいだけれど、甘え下手なのは貴方に似たのかもしれないわね」

母さんが突拍子もない事を口走るものだから、父さんは訝しげに眉を潜めていた。
少女のようにコロコロと笑いながら、母さんは続ける。

「妹ちゃんね、最近お絵描きが大好きなのよ。とっても綺麗な色を使うの。私の背中に虹色の羽根を生やしてくれたのよ」

そうして再びお腹を撫でる。優しい目をして、いとおしそうに。
まるで、今まさにその腕に抱いているかのように、其処に視線を落としながら。


629: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 22:09:01 ID:N6q1VNB4fA

「この子もきっと、元気で可愛い子に育つわ。だって、貴方と私の子なんだもの」

母さんの手が父さんのそれと重なって、まだ見ぬ我が子にそっと触れた。父さんはその手を払う事もせず、テーブルに顔を伏せて肩を震わせる。
それに釣られるように、母さんは表情をくしゃりと歪ませた。それでも笑顔を浮かべながら、首を傾ける。

「お願いよ、私にこの子を守らせて頂戴」

ぽとりと一粒、雫が落ちる。
重なった手の上で弾けた涙は、父さんを言い負かせるのに十分なものだったのかもしれない。

「あ、ああぁ…俺には、俺には何もしてやれないのかっ……俺にはっ!」


630: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 22:25:30 ID:N6q1VNB4fA

俺が見ている事にも気付かず、しゃくり上げて泣く父さんの姿は、叱られた後の妹に何処か似ていた。
上手く呼吸を整えられず、肩を上下に揺らせて。子供のように、涙を流す父さん。

「母さん、…っ母さん……お願いだ、俺を一人にしないでくれ…」

そんな父さんの頭を、母さんはゆったりと抱き締めた。お腹に耳を当てるような体勢で、父さんの腕が母さんの腰に回される。

「私の事を名前で呼ばなくなったのは、いつの頃だったかしら。私達、お父さんとお母さんになれたのよ。あの子達にとっても、この子にとっても」

貴方は一人じゃないでしょう、母さんが笑った顔が、俺にはとても悲しく思えた。

二人の話の内容を、母さんの決意を、子供の俺には理解する事は出来なかったけれど。
何処かに行ってしまった尿意と、その代わりに溢れる涙は、事の重大さを感じ取っていた証だったのかもしれない。


631: ◆UTA.....5w:2012/4/25(水) 22:26:27 ID:pqZGoxczPA

短いですが、これにて投下終了します。
今日も読んで下さった皆さんに感謝です!


632: 名無しさん@読者の声:2012/4/26(木) 00:03:14 ID:807QqOCvBI
ちょちょちょっと?!
あなたはもしかしてまとめ入りしてる方ですか?!

違ったらごめんなさい!!

つCCCCCCC
633: 名無しさん@読者の声:2012/4/26(木) 13:33:09 ID:I7Ry/eoewM
シリアスな場面なのに尿意でちょっと笑ってしまったwww

っCCCCC
634: CCCCC:2012/4/26(木) 16:48:53 ID:N1ZTg0WOrs
続きはよ



はよ
635: 名無しさん@読者の声:2012/4/27(金) 17:17:29 ID:m3zW5siTzA
何度でもCあげる!

っCC
っCCC
っCCCC
っCCCCC
636: 名無しさん@読者の声:2012/4/29(日) 22:18:01 ID:EQqcqvdMMc
待ってます(`・ω・´)

>>1さんのペースでよいよ!
支援!
637: 名無しさん@読者の声:2012/5/1(火) 12:30:58 ID:Es8OnaRa8Q
CCCCCCCC
638: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 00:56:53 ID:ryZhY5jGUY

>>632
ご想像にお任せします、という逃げ方はありでしょうか…?
632さんが思った方と同一である事を願いますw

>>633
私も少し、この表現はどうだろうと思いましたw
文字で表す事の難しさをひしひしと感じています。

>>634
毎度の事ながらお待たせしてしまって申し訳ございません…!
もう少しで私生活も落ち着くかと思いますので、更新率を上げられるように努力したいと思います。

>>635
沢山沢山ありがとうございます!
凄く嬉しいです。本当にありがとうございます。

>>636
どうして皆さん、そんなに優しいのでしょうか。皆さんに優しい言葉を掛けて頂く度に、有難さと申し訳ない気持ちで胸が一杯になります…orz

>>637
⊃C⊂ ギュッ×8
ありがとうございます!


更新率が右肩下がりで本当に申し訳ございません。それでもこうして支援して下さる方が居る事に、感謝の意を述べずにいられません。
停滞気味ですが、放置はしませんので気長にお待ち頂けると幸いです。


639: 名無しさん@読者の声:2012/5/2(水) 04:54:01 ID:bFdYpcHwkY
何かこう…1がいい人だから応援したくなるんだよね
リアルが一番大事なんだから気にしないでゆっくりしていいんだよ

つCCCCC
つ愛
640: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:19:27 ID:8asKCdS6D2

 ***


両親の意味深な話し合いを目撃してから数ヶ月、母さんはあっけなくこの世を去った。

子宮に癌腫瘍が発見された母さんは、堕胎を拒否。通院で治療を進めるも、若さ故に進行は速く、次第に容態も悪化していったそうだ。
尤も、俺と妹には死に至るその時まで、そんな姿を決して見せはしなかったのだが。

意識を失った母さんの体から帝王切開で取り出された赤ん坊は、二千グラムにも満たない未熟児だった。

母さんが命を掛けて守った俺の弟は、透明な箱の中に閉じ込められていた。鼻に管を通されて、自力で呼吸すら上手く出来ないようだ。

なんて無力な、小さな命だろう。
硝子越しに弟を見て、ただ素直にそう思った。

それはお前も同じだと今なら言ってやれるのだけど、生憎そういう訳にもいかない。
当時の俺もまた、無力なただの小学生だった。


641: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:20:05 ID:8asKCdS6D2

無力な小学生には、やはり何もする事は出来ず、現実味も湧かないままに喪に服した。

「どうしてあの子が死ななければいけなかったの…!」

「可哀想に…子供には母親が必要なのは君も分かっているだろう」

「可能性を分かっていながら知らんぷりだなんて、人の血が流れていないのかしら」

父さんを取り囲んで、まくし立てる母さんの親族。立ち込める線香の香り、啜り泣く声。

そして、ピクリともしない母さん。

そのどれもが俺の知らないものばかりで、何処か別の次元に飛ばされたような気分だった。


642: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:20:53 ID:xwHNq4GmIw

「にーたん、いちゃいちゃいの?」

一人呆けていた俺の横で、妹は心配そうに下から覗き込んだ。
死というものを理解していない妹に、俺の気持ちなんて分からないのだろう。

「いちゃいちゃいとんでけする?」

いつもの調子で俺に声を掛ける妹が、今ばかりは唯一の救いだった。
何処かへ飛ばされそうな意識を、舌足らずな妹の声だけが引き戻してくれる。

「いちゃいちゃいの、とんでけ!いちゃいちゃい、とんでけ!」

精一杯の力を込めて、俺の中にある“痛いの”とやらを飛ばしてくれているのだろう。
妹は呪文のように何度も繰り返し、顔を真っ赤にさせていた。


643: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:21:39 ID:xwHNq4GmIw

一生懸命な妹を前に、今までの自分が情けなく思えてくる。

俺は、一体何に腹を立てていたのだろうか。こんなにも小さな妹を相手に、どうして。

「…妹も、俺と一緒なんだね」

小さなふっくらとした妹の手を握る。

「にーたん一緒?」

「そう。一緒だ」

妹の手は柔らかくて、しっとりと潤っていた。俺の手にすっぽりと収まる、小さな小さな子供の手。

「一緒だね……」

理解していないなんて、どうしてそう思えたのだろう。妹も俺も、何も変わらない。
母親を亡くしたという事実には、変わりないのに。


644: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:22:17 ID:8asKCdS6D2

「妹、おいで」

「にーたん…?」

握り締めた手をそのままに歩きだす俺を、怪訝な顔で妹が見上げた。自分よりも大きな歩幅に合わせて、よたよたと俺の横を歩く。

目前に見えた父さんは、まだ親族達に囲まれたままだった。

「……父さん、」

俺の声に気付いた父さんが間隙から顔を覗かせる。親族も同様に俺の声に気付き、肩を上下に揺らしながら振り返った。

「父さんでいてくれて、ありがとう」


645: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:23:04 ID:xwHNq4GmIw

“ありがとう”

その言葉を口にした瞬間、互いの瞳から抑えきれない感情が溢れだした。
俺が先だったか、父さんが先だったか。目の前が歪んで見えなくなる程に、とめどなく溢れる涙が頬を濡らす。


父さんは、母さんの夫であり、俺達の父親なのだ。
自分の愛するもの達を前にして、どちらか一方の命を選択するなど不可能だろう。双方を助けられるのであれば、迷わずそうした筈だ。

自らの命を懸けてでも尚、母親である事を選んだ母さんと、その狭間で揺れ続けていた父さん。
結果、母さんは自らの命を以てして我が子を守り、父さんは父親であり続ける事だけを強いられた。

誰が悪い訳でもない。何が正しい選択だったかなど、誰も決められない。
一体誰が、父さんを責める事が出来るのか。


646: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:23:57 ID:xwHNq4GmIw

「俺、父さんの手伝い、ちゃんとするからっ…!母さんの分も、ちゃんと妹と弟の面倒、見るから!」

だから、と俺が口にするより先に、父さんの腕が俺と妹を包み込んだ。

「大丈夫だ。父さんは、何があってもお前達を守るよ」

グッ、と強く力を込めると、父さんはその腕を解いて立ち上がった。後ろを振り返り、親族の方に向き直る。
父親の背中というものは力強くて、それでいて優しい。その背中を前にして、自然と背筋が伸びる思いがした。


647: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:24:52 ID:8asKCdS6D2

「私が責任を持ってこの子達を育てていきます。私はこの子達の父親ですから」

父さんに続いて頭を下げる俺を見て、妹も真似をする。
並んで頭を下げる俺達に、親族は渋い顔をしながらも何も言えないようだった。

「男手だけで、どうやって育ててくっていうのよ…」

ぽつりと呟いた声に、祖母が此方に歩み寄り、俺と妹の肩に手を置いた。
目尻の下がった優しい顔をしている祖母は、母さんの雰囲気とよく似ている。

「私も出来る限りの協力をするわね。家族なんだもの」

涙ぐみながら頭を下げる父さんに、祖母がにこりと微笑む。
俺達に差し伸べられた皺くちゃな細い手は、親族にとって、さぞ面白くない展開だったろう。
バツの悪い顔をして渋々引き下がる親族を尻目に、俺は目一杯の笑顔で感謝の意を述べた。


648: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:26:01 ID:8asKCdS6D2

 ***


「行ってきまーす!」

「まーす!」

「よし、急ぐぞ二人共」

写真の中で微笑む母さんに挨拶を済ませて、慌ただしく玄関に向かう。
母さんの死から三年が経ち、成長の遅れを心配されていた弟も、随分はっきりと言葉を発するようになった。

「あー…弟、靴が左右反対だ。こっちが右。分かるか?」

「あい!」

「妹は大丈夫だな。よし、行こう」

妹は年々しっかりとしてきて、逆に困らされる事が増えたように思う。
例えば今朝の髪型。二つに結べと言われたからそうしたのに、高さが低いだのゴムの色がどうだのと難癖をつける。
女の子の扱いに慣れていない俺と父さんは、妹に頭を悩まされる事もしばしば、という状況だ。


649: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:27:13 ID:xwHNq4GmIw

「朝は父さんが連れて行けるから無理しなくていいのに」

ネクタイを締めながら、父さんが苦笑気味にリビングから顔を覗かせる。
以前に比べると少し痩せた気もするが、スーツをきちんと着こなす父さんは息子ながら少し誇らしい。皺のないカッターシャツと整えられた髪は、真面目な父さんのイメージを壊す事なく清潔に保たれている。

「いいよ、通学路の途中だし。父さんはゆっくりしてて」

「うーん……嬉しいけど、無理するなよ?」

「はいはい、行ってきます。……あ、朝ご飯はちゃんと食べろよ」

背後でブー垂れる声がするが、朝から中年の相手をしている時間はない。
朝ご飯の重要さを教えてやりたい衝動を堪えて、玄関のドアに鍵を掛けた。


650: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:27:54 ID:xwHNq4GmIw

背中に弟を負ぶって、手には保育園の荷物と幼い妹。
後ろ指をさされてヒソヒソと哀れみの言葉を囁かれるのにも、もう慣れた。

「橘くんは可哀想だから」
そう言われて、次第に友人とも疎遠になった。

「お母さんが居なくて大変ね」
こう言う奴に限って、家は恵まれていてよかったと優劣に浸っているのではと思えてくる。

俺は自分の事を可哀想だと思った事は一度もないし、妹達にもそうであってほしいと思う。

ただ、願わくば──

願わくば、そんな目で見ない奴らに出会いたい。
俺の家庭の事など知らず、馬鹿な事を言い合って、喧嘩出来るような。そんな友人を持てるのなら。


651: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:28:31 ID:8asKCdS6D2

「お兄ちゃん、いつもご苦労様です」

「いえ、宜しくお願いします。それでは」

子供達の声で賑わう園内で交わされるお決まりの挨拶。

妹達を預けているこの保育園の教諭達は、気さくでなかなか印象がいい。何より、腐る程見てきた哀れんだ目で俺を見ない。
妹達に影響が少ないのは、有難い環境だと言える。

「……ん?」

園内の奥へと入って行く二人を見送って踵を返すと、靴箱の隅で誰かが座り込んでいるのが見えた。
妹と同じくらいだろうか。膝を抱えて泣いている様子の男の子は、何処か昔の俺に雰囲気が似ているように思えた。


652: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:29:19 ID:xwHNq4GmIw

そんな事を考えた所為だろうか。一回り大きい背中が朧気に浮かんで、男の子と重なった。
やがてそれは鮮明となり、俺の前に姿を現す。

「──あ、」

その後ろ姿は、俺だった。
ガキだった頃の俺が、まるでいじけているかのように膝を抱えて泣いている。

「………」

それをぼんやりと眺めながら、俺はただ立ち尽くしていた。

幼い自分の後ろ姿。あの時から、俺は何も変われていないのではないか。
自分の事を悲観して、その原因を他人の所為にする。

自分は何も悪くない、そう言って一番哀れんでいるのは俺自身なのではないか。


653: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:29:58 ID:xwHNq4GmIw

今の俺に言えるのだろうか。
お前は子供なのだと。妹や弟と変わりない、子供なのだと。

──今の俺が、手を差し伸べられるのだろうか。

ふと、掛ける言葉を考えあぐねている俺の背後から、バタバタと駆け寄る音が耳を突いた。

「う、おっ…!?」

ドスリ、と背中に衝撃を食らう。
振り返ると、其処にはつい今し方見送った妹と弟の姿があった。

「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」

「しゃーい!」

言い忘れてた。そう言って、頬を赤らめた二人が満足気な笑みを浮かべて俺を見上げた。


654: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:30:44 ID:8asKCdS6D2

「あれ?どうしたの?」

泣いている男の子に気付いた妹が、弟と二人で歩み寄る。

「お、おかっ…お母さんのとこに行きたいぃっ!」

ひくひくとしゃくり上げながら男の子が言った。
お母さん、お母さんと繰り返し泣く男の子に、妹が手を差し出す。

「私達がいるから、さみしくないよ。遊んでる内にお迎えの時間になっちゃうもん」

男の子は鼻を啜りながら振り返り、不安げに瞳を揺らした。
瞬きをする度に涙が零れ、寂しい、寂しいと訴えかけている。


655: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:31:22 ID:8asKCdS6D2

「本当、に…?」

「うん。本当だよ。弟もそうだよね?」

「あい!」

ほら、と言わんばかりに差し出された妹の手に、男の子の手が重なった。
しっかりと握られた小さな手は、座り込む男の子を立ち上がらせる。

「一緒に行こ」

「うん…!」

子供とは本当に単純なものだ。そう思えど、これではっきりと分かってしまった。
「私達がいるから」
この言葉で幾分か胸が軽くなった俺も、まだまだ単純な子供のようだ。

そして──


656: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:33:06 ID:xwHNq4GmIw

「行ってらっしゃい!」

妹と弟に手を繋がれた、幼い自分が笑っている。
ぐちゃぐちゃに濡れた顔で、少し照れ臭そうに頬を染めて。

「──…行って、きます」

どうやら、救われたのは今の俺だけではないらしい。

子供達は手を繋いだまま、保育園の奥へと駆けて行く。
いつの間にか、小さな俺の姿は消えていた。


657: ◆UTA.....5w:2012/5/2(水) 15:33:42 ID:xwHNq4GmIw

──小さな俺が泣いている。


寂しい、寂しいと訴えて。

素直になれない、男の子。


手を差し伸べているのは誰だ?

俺の手を掴んでくれたのは──



  橘少年の憂鬱‐fin.



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