高校生の馬鹿馬鹿しくて、
ちょっぴりセンチメンタルな
青春グラフィティ───開幕。
※登場人物が増える予定の為、名前を付けています。
205: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 21:51:58 ID:qL3BUknhLU
「学校から連絡があったそうだ。父はまだ何も知らされていない。ちゃんと登校するのなら、私も黙っていてやろう」
そう、と軽く返事を返してブランコを揺らす。
前を向いていては、背後の姉さんの表情は伺えない。しかし、頭上から聞こえる溜め息から察するに、煮え切らない態度の僕にほとほと呆れている事だろう。
「何があった、弟」
「………」
「黙っていては何も分からないだろう」
206: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:13:42 ID:As22E0pO8E
姉さんのその質問に、僕が答えられる筈がない。僕の隠し持つ裏の顔は可愛いものが大好きなオカマキャラで、コスプレ衣装を着てはしゃいでいるところを彼女に見られた、だなんて。
いくらポーカーフェイスな姉さんでも、贈り物以上に顔を歪ませてドン引きする事だろう。
「弟、」
「あのっ…!」
姉さんが僕の正面に回り込もうとした時、誰かがそれを遮るようにして現れた。
207: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:19:14 ID:As22E0pO8E
「む。君は…?」
「突然すみません。私、桃山くんのクラスメイトで、梅川といいます」
がしゃり、と音を立ててブランコの鎖が揺れる。
涼やかで透き通るように美しく、張り上げているようでしおらしい。間違いなく、梅川さんの声だった。
「…ふむ、梅川さん、か。弟が世話になっているね。私はこの子の姉だ」
どうも、と梅川さんの影が会釈をしているのが見えた。僕は顔を上げる事も出来ず、鉄臭い鎖を力を込めて握り締める。
208: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:45:59 ID:As22E0pO8E
「それで、何用かね。私は今、不登校になりつつある弟に説教をしようというところなのだが」
「待って下さい。その事なんですが……」
梅川さんが申し訳なさそうに姉さんを制止した。
いよいよ本題だ。僕は顔を伏せたまま、ぎゅっと目を瞑った。
ついに、家族に軽蔑される時が来てしまったのだ。
209: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:55:10 ID:qL3BUknhLU
「桃山くんが学校に来ないのは、私の所為なんです。私が彼に、酷い事を言ってしまったから……」
好きになんてならなかった──あの日、去り際に放った梅川さんの言葉がチクリと胸に突き刺さる。
彼女はわざわざそんな事を、二度も言いに来たのだろうか。確かに酷い事といえば酷い事なのだろうが、僕が学校に行かないのはそんな事が理由ではない事くらいは分かるだろうに。
そんな下らない僕の思考は、柔らかい手の感触でストップした。
どうやら力が入った僕の手を、梅川さんの両手が優しく包み込んでいるらしい。
「桃山くんは人気者だから、つい嫉妬してしまっていたの。短小包茎のヤリチン野郎だなんて、随分酷い事を言ってしまったわね」
「……へっ?」
210: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:56:50 ID:As22E0pO8E
梅川さんが余りにも身に覚えのない事をさらりと言ってのけるものだから、つい間抜けな声が出てしまった。
ポカンと口を開けたままの僕に構わず、僕の手を握りながら梅川さんは続ける。
「私達は健全な付き合いだからそんな事、分かる筈もないのに……“包茎ヤリチンマン”だなんて変なあだ名が広まってしまったのは、私の所為だわ。本当にごめんなさい」
「や、ヤリチ…?」
……この子は一体、何を言っているのでしょう。
短小、包茎、ヤリチン──普段の梅川さんなら耳を塞いで恥じらいそうな言葉を、彼女自身の口から聞くだなんて。
唖然とする僕の後ろで、待ったをかけるように姉さんが咳払いをした。
211: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:59:54 ID:qL3BUknhLU
「あー…つまり、痴話喧嘩で一週間も登校拒否をしていた、と。そういう事か」
「いや、姉さん、」
思わず身を乗り出した僕に間髪入れず、梅川さんが肯定する。
「実の弟ながら呆れたものだな。母には心配いらないと伝えておくとしよう。……君達の恋愛話など聞くに堪えないから、私は此処で失礼する」
僕の横を通り過ぎ、姉さんは家の方向へと去って行った。あだ名ごときで駄々を捏ねる器の小さい男だと、随分な誤解をされてしまったようだ。
しかし、結果的に梅川さんに助けられたという事には違いない。
212: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 23:11:21 ID:qL3BUknhLU
「桃山くんのお姉さん、本当に素敵よね。二年前よりも王子様度が増したみたい」
格好良いわね。そう言って、隣のブランコに腰掛けた梅川さんが楽しげにコロコロと笑う。
ふう、と息を一つ吐くと、改めて僕に向き直り、真剣な面持ちで口を開いた。
「……どうして、あんな事をしていたの?」
ざわざわ、と木々が揺れる音が酷く耳を突く。真っ直ぐに僕を見つめる梅川さんの瞳を見て、もう逃げられないのだと悟った。
激しく脈打つ心臓を押さえ、僕は口を開いた。
213: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 23:12:53 ID:As22E0pO8E
これにて投下終了します。
長くなってしまいましたが、次で終わらせる予定です(;´ω`)
読んで下さった皆さんに感謝です!
214: 名無しさん@読者の声:2012/2/17(金) 14:01:24 ID:Pk7W0e/gB.
ここ最近で一番楽しみにしてるSSなんだぜ
つCCCCCCCCCC
215: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 21:55:34 ID:Ga85pR.zOs
>>214
そんな嬉しい事を言って頂いていいのでしょうか……喜びが最上級で吐きそうです(´;д;`)
これからも楽しみにして頂けるように頑張りますね!
支援感謝です。投下します。
216: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 21:56:33 ID:LVNZjJhq3A
姉さんの身代わりで女装をしていた事、その内それを楽しんでいた事、そして、胸の内で演じていたもう一つの僕の顔の事。僕は今まで決して人に話す事はなかった事の経緯を、洗い浚い梅川さんに話した。
梅川さんは相槌を打つ事もなく、黙って僕の話を聞いていた。いつもにこにこと笑って僕の話を聞いてくれていた彼女には表情はなく、別人と話しているような気になる。
全てを話し終えると、梅川さんは小さく息を吐いた。
「……そう、分かった」
キィ、と音を立てて、梅川さんを乗せたブランコが揺れる。
217: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:16:04 ID:LVNZjJhq3A
「私ね、」
ブランコを揺らしながら、梅川さんは夕日に目を細めた。
「桃山くんって手も繋いでこないし、私の事を全然見てくれてないって思ってたの」
小さく笑みを浮かべると、梅川さんはブランコの上に立ち上がった。スカートの中が見えそうになるのも構わず、膝を使って漕ぎ始める。
風に靡く髪は激しく乱れ、折角の綺麗なストレートヘアはぐちゃぐちゃ。それでも彼女の表情は、何処か晴れ晴れとしているようだった。
「短小包茎ヤリチン。ふふ、びっくりしたでしょう?」
218: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:21:34 ID:Ga85pR.zOs
梅川さんの体がブランコから勢いよく離れた。両手を広げて綺麗に着地を決めると、満足気な笑顔で振り返る。
其処に僕が知っている大和撫子の姿はなく、活発で明るい女の子の笑顔があった。
「これが本当の私。がさつで色気のない、本当の梅川弥生なの」
知らなかったでしょう。と、僕の驚いた顔を見てケラケラと笑う。
愛らしく微笑む人形のような梅川さん。それは、彼女の作り込まれたほんの上辺の姿だったのだろう。
何も知らなかった、僕は彼女の事を何一つ知らなかったのだ。
219: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:25:13 ID:LVNZjJhq3A
「全然見ていなかったのは、お互い様だったのね。私達、ずっと上辺だけで付き合ってた」
「ごめん……」
梅川さんが首を横に振る。
「謝らないで。私だって、桃山くんに好かれたくて本当の自分を隠してたもの」
梅川さんは僕に背を向け、夕日に向かってゆったりと歩み始めた。
220: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:35:38 ID:LVNZjJhq3A
──少しずつ、少しずつ、僕と梅川さんの距離が広がってゆく。
「私、碧葉女子に行くつもりなの。此処から少し遠いけれど、きっと楽しい高校生活が送れると思うわ。桃山くんは?」
──二人の心のように、少しずつ。
「…双羽高校、かな」
「桃山くんも遠いんだね。私と逆方向。知らなかった」
ふふ、と笑って、梅川さんの足が止まる。振り返った彼女の表情がくしゃりと歪んでいるように見えたけれど、その背後から照らす夕日が眩しくて直視出来ない。
221: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:48:29 ID:LVNZjJhq3A
「ねぇ、桃山くん。私達、付き合っていたと言えるか分からないけれど──」
222: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:52:50 ID:LVNZjJhq3A
────‐‥
キィ、キィ、と僕を乗せたブランコが、苦しそうな音を立てて揺れる。
すっかり日が沈んだ公園に人の気配はない。野良猫や虫なんかを除けば、今、此処に居るのは恐らく僕だけだろう。
「……っふ、くぅう…ッ」
僅かな電灯と月明かりに照らされながら、僕は泣いた。どういう感情から来るものなのか、僕にも分からない。
それでも、溢れ出る涙を制御出来ない程に、僕は噎び泣いていた。
──別れましょう。
そう言った梅川さんの笑顔が、脳裏に焼き付いているようだった。
223: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:58:34 ID:LVNZjJhq3A
僕は振られたのだ。約半年間付き合ってきた彼女に、やはり理解する事は出来ないと、別れを告げられた。
しかし、それは決して嫌味なものではなかったように思う。
僕も彼女も“本当の部分”を見せ合う事なく、上辺で恋人同士を演じていただけにすぎなかったのだから。
では、僕は彼女の事が好きではなかったのか。その質問に関しては、答えはきっとNOだ。
224: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:59:47 ID:Ga85pR.zOs
だって、こんなにも涙が止まらない。
「う、うぅ…っぐ、ぅ……」
こんなにも、胸が痛い。
上辺だったのかもしれない。本当に想い合ってはいなかったのかもしれない。
それでも、きっと。
きっと、僕は恋をしていた。
僕は、恋をしていたんだ。
桃山少年、十五歳──失恋の、秋である。
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