高校生の馬鹿馬鹿しくて、
ちょっぴりセンチメンタルな
青春グラフィティ───開幕。
※登場人物が増える予定の為、名前を付けています。
193: ◆UTA.....5w:2012/2/14(火) 22:57:17 ID:YqGi4onR3Y
抱き締められたメイド服はふにゃりとしなり、その身を預けてくれる。
もしかすると、この子は文化祭で誰にも着て貰う事なく、紙袋の中で眠っているだけの運命かもしれない。
「可哀想にねぇ…」
こんなに可愛いのに。そう呟いて、ふと、いけない思考が脳を渦巻く。
少しくらい着てみても、罰は当たらないのではないか。その方が、このメイド服も喜ぶのではないか。
194: ◆UTA.....5w:2012/2/14(火) 23:45:49 ID:lcCo25KflM
「………」
ごくり。喉仏が緩やかに波打つ。
ほんのりと暗くなり始めたグラウンドに、運動部員の姿は見当たらない。電気の付いていない廊下は物音一つせず、まるで校内には僕しか居ないのではないかと思う程に静まり返っている。
今、僕を咎める者は誰も居ない。
「ほんの少し、本当に少しだけ…」
只今の身長、167センチ。体重は49キロ。まだ成長段階の細身の体なら、少し窮屈であっても入らない事はない筈だ。
195: ◆UTA.....5w:2012/2/14(火) 23:47:17 ID:lcCo25KflM
「う、わあぁぁー…」
冷気に触れて震える体を、メイド服は案外すんなりと受け入れてくれた。
贅沢に重なったシフォン生地が腰からふんわりと曲線を描く。少し骨張った男の肩は、パフスリーブが上手く隠してくれていた。
窓硝子に朧気に映る僕は、一見女の子のように思える。……胸がない事を除いては。
「もしかして、まだいけるんじゃないかしら」
ホワイトブリムを装着して、窓硝子をまじまじと見つめた。
本当に可愛い。メイド服って素晴らしい。何だか、自分が清楚に見えてくるのだから。
196: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:08:10 ID:KSawvVPAPA
「うふふ、ふふふふ」
堪え切れず、口元からは笑みが零れる。数年ぶりに感じた、太股がむず痒くなる感覚。
窓硝子に映る自分に酔い痴れながら、スカートの裾を指先で摘んで広げた。
この格好をしたからには、一度は言ってみたい台詞がある。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
きゃーきゃーと一人で騒ぎ、地団駄を踏んだ。此処が教室であるという事をすっかり忘れ、はしゃいでいた時だった。
「桃山、くん……?」
不意に背後から聞こえた声に、僕の体は硬直した。
「梅…川……さん…」
197: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:15:28 ID:KSawvVPAPA
教室の入り口に立っていたのは、口元を押さえ、目を見開いて固まってしまっている梅川さんだった。彼女の大きな瞳は僕を映し、まるで恐ろしいものでも見るかのように揺れている。
いや、彼女が見たものは紛れもなく恐ろしいものだろう。何せ、自分の彼氏がメイド服を着て、女子のようにはしゃいでいるのだから。
「……桃山くん、何をしているの」
「ち、違う。違うのよ梅川さん」
慌てて言い訳をしようとした僕の口調は、あろう事か女の子のものだった。
人間、隠し事をすればボロが出るものだ。
198: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:19:03 ID:lcCo25KflM
嗚呼、彼女の物を身に付けて喜んでいるだけのシチュエーションなら、どれだけ良かったろう。
この衣装は彼女の物でもなければ、袖を通す事すらされていないというのに。自らの制服を脱ぎ捨て、きっちりとメイド服を着こなす僕の姿は、さぞや間抜けな事だろう。
「随分慌ててたようだったから、気になって後を追い掛けて来たの。……忘れ物って、それの事だったのね」
梅川さんの瞳が、驚愕から軽蔑へと変わる。僕はというと、何も上手い言い訳が浮かばず、ただただ血の気が引くばかりだった。
199: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:20:45 ID:KSawvVPAPA
「梅川さん、あの……」
僕がどうにか言葉を発しようとすると、梅川さんはドアの縁を思い切り横に殴った。
思わず言葉を呑み込んだ僕を、梅川さんの潤んだ瞳が睨み付ける。
「最初から言ってくれれば……」
好きになんてならなかった。そう言い残して、梅川さんはバタバタと走り去ってしまった。
「………梅川、さん…」
突然の事に固まったまま動く事も出来ず、教室の真ん中で一人、呆然と立ち尽くした。
終わりだ。何もかも終わりだ。今までひた隠しにしてきた努力が、僕の人生が、音を立てて崩れ落ちてゆくようだった。
200: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:23:34 ID:KSawvVPAPA
これにて投下終了します。
ついに200レス突破しました。これも読んで下さっている皆さんや支援して下さっている皆さんのお陰です。
本当にありがとうございます!
201: 名無しさん@読者の声:2012/2/15(水) 18:50:15 ID:J.5whm/eWc
これは辛いw
200おめ!!これからも頑張れ!!
っCCCCC
っ1日遅れのチョコ
っメイド服
202: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 21:21:33 ID:qL3BUknhLU
>>201
沢山ありがとうございます。チョコまで…ホワイトデーにお返しさせて頂かなくては…!
メイド服は桃山氏に捧げたいと思いますwきっと喜んできゃーきゃー騒ぐ事でしょうね(*´∀`*)
支援感謝です。投下します。
203: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 21:23:28 ID:qL3BUknhLU
翌日から一週間、僕は学校を無断欠席した。梅川さんに合わせる顔がないのと、皆に会うのが怖かったからだ。
──もし、クラスの連中があの話を聞いていたら。もし、それが学校中に広まっていたら。
彼女が言い触らすような事はしないだろうと思いつつも、不安要素は拭いきれない。
すっかり怯えきってしまった僕は、電源を切った携帯電話を机の奥底にしまい込み、学校が終わる頃合いを見計らって帰宅する毎日を送っていた。
204: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 21:38:01 ID:As22E0pO8E
そんな生活も二週目に突入したある日、僕はあっさり姉さんに見付かってしまった。
「何をしているのだ、弟よ」
頭上からの声に顔を上げれば、その声の主とがっちりと視線がぶつかる。一人寂しくブランコに揺られていた僕を、背後から姉さんが見下ろしていた。
「姉さん…」
「……学校、欠席続きだそうだな。母が心配していた」
なんだ、バレていたのか。当然の事と言えば当然の事だから、さほど驚きはしないけれど。
205: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 21:51:58 ID:qL3BUknhLU
「学校から連絡があったそうだ。父はまだ何も知らされていない。ちゃんと登校するのなら、私も黙っていてやろう」
そう、と軽く返事を返してブランコを揺らす。
前を向いていては、背後の姉さんの表情は伺えない。しかし、頭上から聞こえる溜め息から察するに、煮え切らない態度の僕にほとほと呆れている事だろう。
「何があった、弟」
「………」
「黙っていては何も分からないだろう」
206: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:13:42 ID:As22E0pO8E
姉さんのその質問に、僕が答えられる筈がない。僕の隠し持つ裏の顔は可愛いものが大好きなオカマキャラで、コスプレ衣装を着てはしゃいでいるところを彼女に見られた、だなんて。
いくらポーカーフェイスな姉さんでも、贈り物以上に顔を歪ませてドン引きする事だろう。
「弟、」
「あのっ…!」
姉さんが僕の正面に回り込もうとした時、誰かがそれを遮るようにして現れた。
207: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:19:14 ID:As22E0pO8E
「む。君は…?」
「突然すみません。私、桃山くんのクラスメイトで、梅川といいます」
がしゃり、と音を立ててブランコの鎖が揺れる。
涼やかで透き通るように美しく、張り上げているようでしおらしい。間違いなく、梅川さんの声だった。
「…ふむ、梅川さん、か。弟が世話になっているね。私はこの子の姉だ」
どうも、と梅川さんの影が会釈をしているのが見えた。僕は顔を上げる事も出来ず、鉄臭い鎖を力を込めて握り締める。
208: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:45:59 ID:As22E0pO8E
「それで、何用かね。私は今、不登校になりつつある弟に説教をしようというところなのだが」
「待って下さい。その事なんですが……」
梅川さんが申し訳なさそうに姉さんを制止した。
いよいよ本題だ。僕は顔を伏せたまま、ぎゅっと目を瞑った。
ついに、家族に軽蔑される時が来てしまったのだ。
209: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:55:10 ID:qL3BUknhLU
「桃山くんが学校に来ないのは、私の所為なんです。私が彼に、酷い事を言ってしまったから……」
好きになんてならなかった──あの日、去り際に放った梅川さんの言葉がチクリと胸に突き刺さる。
彼女はわざわざそんな事を、二度も言いに来たのだろうか。確かに酷い事といえば酷い事なのだろうが、僕が学校に行かないのはそんな事が理由ではない事くらいは分かるだろうに。
そんな下らない僕の思考は、柔らかい手の感触でストップした。
どうやら力が入った僕の手を、梅川さんの両手が優しく包み込んでいるらしい。
「桃山くんは人気者だから、つい嫉妬してしまっていたの。短小包茎のヤリチン野郎だなんて、随分酷い事を言ってしまったわね」
「……へっ?」
210: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:56:50 ID:As22E0pO8E
梅川さんが余りにも身に覚えのない事をさらりと言ってのけるものだから、つい間抜けな声が出てしまった。
ポカンと口を開けたままの僕に構わず、僕の手を握りながら梅川さんは続ける。
「私達は健全な付き合いだからそんな事、分かる筈もないのに……“包茎ヤリチンマン”だなんて変なあだ名が広まってしまったのは、私の所為だわ。本当にごめんなさい」
「や、ヤリチ…?」
……この子は一体、何を言っているのでしょう。
短小、包茎、ヤリチン──普段の梅川さんなら耳を塞いで恥じらいそうな言葉を、彼女自身の口から聞くだなんて。
唖然とする僕の後ろで、待ったをかけるように姉さんが咳払いをした。
211: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:59:54 ID:qL3BUknhLU
「あー…つまり、痴話喧嘩で一週間も登校拒否をしていた、と。そういう事か」
「いや、姉さん、」
思わず身を乗り出した僕に間髪入れず、梅川さんが肯定する。
「実の弟ながら呆れたものだな。母には心配いらないと伝えておくとしよう。……君達の恋愛話など聞くに堪えないから、私は此処で失礼する」
僕の横を通り過ぎ、姉さんは家の方向へと去って行った。あだ名ごときで駄々を捏ねる器の小さい男だと、随分な誤解をされてしまったようだ。
しかし、結果的に梅川さんに助けられたという事には違いない。
212: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 23:11:21 ID:qL3BUknhLU
「桃山くんのお姉さん、本当に素敵よね。二年前よりも王子様度が増したみたい」
格好良いわね。そう言って、隣のブランコに腰掛けた梅川さんが楽しげにコロコロと笑う。
ふう、と息を一つ吐くと、改めて僕に向き直り、真剣な面持ちで口を開いた。
「……どうして、あんな事をしていたの?」
ざわざわ、と木々が揺れる音が酷く耳を突く。真っ直ぐに僕を見つめる梅川さんの瞳を見て、もう逃げられないのだと悟った。
激しく脈打つ心臓を押さえ、僕は口を開いた。
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