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3センチメンタル・ヤング・ピーポー
[8] -25 -50 

1: :2012/1/28(土) 22:24:39 ID:kbMCzVk3I2

高校生の馬鹿馬鹿しくて、

ちょっぴりセンチメンタルな

青春グラフィティ───開幕。



※登場人物が増える予定の為、名前を付けています。




159: ◆UTA.....5w:2012/2/8(水) 21:22:32 ID:Cj04wZXecw

【桃山少年の憂鬱】


文化祭──学生達が自らの案を出し、日常の活動による成果の発表などの目的で行われる学校行事である。(一部Wikipediaより引用)
二学期に入った今、僕達の中学でも、文化祭に向けての準備が始まろうとしていた。中学三年生、最後の文化祭。これが終われば一気に受験モードへと切り替わる所為か、皆真剣に取り組んでいるようだ。

「桃山くん、これ着てみてよ」

クラスメイトの女子が、僕に向かってコスプレ衣装(所謂メイド服というやつだ)をピラピラと広げながら差し出してきた。

「無茶言わないでよ。大体、メイド服は女子が着るんだろ?」

前言撤回。真剣であって、そうでない。“最後のお遊び”に一生懸命になっているだけなのだろう。


160: ◆UTA.....5w:2012/2/8(水) 21:32:08 ID:bpXWVrAic2

「えー…絶対似合うのにぃ。桃山くんのお姉ちゃんも一昨年男装してたじゃない」

「中学生活最後の文化祭で、姉弟揃って異性の格好しろって言うの?」

「お姉ちゃんは格好良かったし、桃山くんもきっと可愛くなるよ。そしたら伝説の姉弟として語り継がれるかも……なんて」

ごめんなさい、と紺色のプリーツスカートを翻し、女子生徒はメイド服を持って僕の元を去って行く。
嗚呼、違うんだ。待ってくれ。心の中でそう懇願しても、黒いエプロンドレスは僕の元へ戻ってくる事はなかった。


161: ◆UTA.....5w:2012/2/8(水) 21:42:28 ID:qL3BUknhLU

僕達のクラスの催し物は、仮装喫茶店という何とも心惹かれるものだった。各々で衣装を用意し、それを身に纏って接客をする。
僕がメイド服を着る、唯一のチャンスだった。

釈明しておくが、僕は決してコスプレが好きな訳じゃなければ、メイドさんに萌えるオタクという訳でもない。
ただ、あの衣装を着たかっただけなのだ。あの滑らかな曲線を描くパフスリーブの黒いワンピースに、フリルが施されたエプロン、髪飾りに勝るとも劣らないホワイトブリム──恐らくこれから先、僕には縁がないであろう代物。
ただ、それをこの身に纏ってみたいだけなのだ。


162: ◆UTA.....5w:2012/2/8(水) 21:54:48 ID:As22E0pO8E

***


「桃山くんのメイドさん、私は少し見てみたかったな」

オレンジ色に照らされて愛らしく微笑むこの子は、同じクラスの梅川さん。僕の彼女である。

がさつな他の女子とは違って、彼女はとてもたおやかだ。清楚で淑やかな彼女こそ、大和撫子と呼ぶに相応しいと僕は思う。

「梅川さんこそ、裏方なんて。きっと、凄く似合うと思うのに」

ふと、脳裏に彼女の姿を浮かべて口元を緩める。僕の脳の奥で、エプロンドレスを纏った梅川さんは恥ずかしそうにはにかんでいた。
可愛い。間違いなく可愛い。僕が彼女なら、迷う事なく袖を通すというのに。


163: ◆UTA.....5w:2012/2/8(水) 22:11:25 ID:XZM9R81ObI

それなのに梅川さんときたら困ったように眉を寄せて、僕にこう言った。

「私には似合わないわ」

ふわり、風に揺れる黒い髪はレースカーテンのように柔らかく流れる。憎たらしい言葉を発する唇は桜色。伏せられた睫毛は、マッチ棒を乗せられる程に長い。
これ程までに、美少女という言葉が当て嵌まる少女が居るのだろうか。

そんな彼女が、一体何を謙遜する事があるのだろう。僕なんて、男という性別を乗り越えてでも袖を通したいと思っているのに。
人の気も知らないで、まったく失礼な女子である。


164: ◆UTA.....5w:2012/2/8(水) 22:21:42 ID:ki46t9YtMY

「どうして着たがらないのかしら……あんなに可愛いのに」

長い影を伸ばして去って行く梅川さんの後ろ姿を見つめながら、溜め息混じりに呟いた。
思わず口をついて出た言葉に、慌てて口元を押さえる。キョロキョロと辺りを見渡して周りに人が居ないのを確認すると、自然と安堵の吐息が洩れた。

──僕には、誰にも言えない秘密があるのだ。

「アタシの気持ちなんて、誰にも分からないのよね…」

僕の秘密。それは、まごうことなく、この隠された裏の顔である。


165: ◆UTA.....5w:2012/2/8(水) 22:25:25 ID:JlaWwk8fx.

これにて投下終了します。
突然の小説体で読みづらいかとは思いますが、お付き合い頂けると幸いです。

此処まで読んで下さってありがとうございます!


166: 名無しさん@読者の声:2012/2/9(木) 09:04:59 ID:t/3Pct9RoE
文体変わりすぎてビビったww
支援!支援!
167: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 11:11:16 ID:jNoOxKjX8o

>>166
驚かせてしまってすみません、衝動が抑えられずにやってしまいましたw
この話が終わったらいつもの文体に戻りますので、どうかそれまでお付き合い下さい。


間が空いてしまってすみません。投下します。


168: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 11:17:03 ID:Q7te1ItLPI

僕がこうなってしまったのにも、それなりの理由がある。

クラスの女子も言っていたように、僕には姉が一人居る。
一昨年の文化祭、当時中学三年生だった姉は、体育館のステージの上で王子様を演じていた。男子生徒を差し置いての、クラスの女子達の熱烈なラブコールによるものだったらしい。
結果、姉には多くのファンがつき、卒業式ではスターばりに囲まれる事となった。

すらりと高い身長に、中性的な顔立ち。男も羨む学園の王子様──それが僕の姉であり、僕がこうなってしまった最大の原因である。


169: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 11:25:50 ID:Q7te1ItLPI

「お姉ちゃん、お祖母ちゃんから荷物が届いているわよ」

母さんのその一言に、姉さんはあからさまに表情を歪めて頭を掻いた。普段からポーカーフェイスな姉にこんな顔をさせるものと言えば、一つしかない。

父方の祖母からの贈り物。中身はずばり、洋服だ。

「うっ……」

贈り物の包装を解いた姉さんが、苦虫を噛み潰したような顔で仰け反った。


170: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 11:49:47 ID:jNoOxKjX8o

「姉さん、どうしたの?」

凡その予想は付いているにも関わらず、白々しく僕は問う。箱の中身が見たいからだ。

「……これを見てくれ、弟よ」

指先で摘まれながら箱の中から現れたのは、淡い桃色のワンピース。襟元にまでフリルが施されており、何とも女の子らしい代物だった。

──わあ、可愛いー!

思わず口をついて出そうになった本音を呑み込む。本当は、喉から手が出そうな程に興味津々なのだけれど。


171: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 11:55:47 ID:jNoOxKjX8o

「祖母は一体、私を幾つの子供だと思っているのか……」

「折角お祖母ちゃんが姉さんの為に買ってくれたんだ。有難く頂戴してあげなよ」

僕がそう言うと、姉さんは頭を押さえて項垂れた。やれやれ、と言うように溜め息を吐きながら、ワンピースを箱の中にしまう。

……要らないのなら、僕にください。なんて事は、流石に言えない。


172: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 12:14:28 ID:jNoOxKjX8o

父方の祖母は年に二度程、こうして姉にプレゼントを郵送してくる。僕にはたまにしかないけれど、そこに不満は特にない。

僕の父さんは四人兄弟の末っ子で、上は全て男の、所謂男兄弟だ。皆、それぞれに結婚をして子供が出来たが、見事なまでに生まれてくるのは男、男、男のオンパレード。
ずっと女の子を欲しがっていた祖母は、末っ子である父さんの子供が待望の女の子である事に、それはそれは喜んだらしい。

そんな訳で、祖母は姉さんを人一倍可愛がり、こうしてプレゼントを送ってくる、という訳だ。
……当の本人はフリルのワンピースなどを一切着ない、学園の王子様だという事も知らずに。


173: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 12:34:50 ID:jNoOxKjX8o

「あらぁ、着ないの?可愛いのに」

夕飯の支度をしながら、母さんが言った。姉さんの答えは聞くまでもない。

「母よ、私にあんなものが似合うと思うのか」

「じゃあ、そのワンピースどうするの?」

勿体ないわね、と母さん。

貴方の子供なのだから、このワンピースがどうなるのかは安易に想像がつくでしょう。
クローゼットの奥に押し込まれて眠る。これが毎度の贈り物の運命。嗚呼、可哀想なワンピースちゃん。


174: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 12:45:54 ID:Q7te1ItLPI

「…祖母には後で電話で礼を言っておくよ」

「昔は写真に撮って送ってあげてたじゃない。似合ってたわよ?」

トントンと、包丁が俎板を叩く音がリビングに響き渡った。僕と姉さんの視線が静かにぶつかる。
バツが悪そうに眉を潜めて、姉さんがワンピースを手に自室へと引っ込んだ。

「可愛かったのにねぇ、お姉ちゃん。今でもきっと似合うのに」

「そうだね…」

はは、と渇いた笑みが零れる。自分の母親ながら、本当にこの人は抜けていると思う。

祖母に送った写真に写っていた少女。それは、姉さんではなく僕だ。母さんが言うワンピースが似合っていた子は、可愛かった子は──紛れもなく、この僕なのだ。


175: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 13:02:55 ID:jNoOxKjX8o

物心もつかない内はされるがままになっていたであろう姉さんは、成長するにつれてスカートというものから遠ざかり、気付いた頃にはすっかりパンツスタイルが定番化していた。

姉さん曰く、

「あのような格好は私には不向きだ…」

(勿論、後日談である)だそうだ。
確かに姉さんの性格に、可愛らしい洋服は不似合いだった。それに、祖母の選ぶ洋服はあまりにも少女趣味の度が過ぎている。


176: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 13:53:53 ID:LVNZjJhq3A

そうして僕が小学三年生になったある日、事件は起きた。
いつものように電話でお礼を言う姉さんに向かって、祖母が言ったのだ。

「そのお洋服を着たお姉ちゃんが見てみたいわ。そうだ、写真を送ってくれないかしら」

「勿論!」

子供ながらに気を遣ったのだろう。姉さんは明るく返事を返して電話を切り、早々に僕へと視線を移し、不敵な笑みを浮かべてこう言い放った。

「さあ、今すぐ着ているものを脱いでこれを着るんだ」

「えぇぇ!?」


桃山少年、九つの出来事であった──。


177: ◆UTA.....5w:2012/2/11(土) 13:54:51 ID:LVNZjJhq3A

これにて投下終了します。
読んで下さってありがとうございます。


178: 名無しさん@読者の声:2012/2/12(日) 22:23:33 ID:5lBHhuUjtU
皆可愛くて面白いwww
こういうの大好き!!

っCCCCCCCCC
179: ◆UTA.....5w:2012/2/13(月) 21:52:24 ID:uZOnOzXKHk

>>178
わーい、Cがいっぱい!そう言って頂けると本当に嬉しいです。ありがとうございます。
とても励みになります(*´ω`*)

投下します。


180: ◆UTA.....5w:2012/2/13(月) 21:54:49 ID:uZOnOzXKHk

背格好にそこまで差はなく、幼さ故にゴツくもない。少し遠目から写真を撮れば、これが女装した少年だとは誰も気付かない程度だった。
案外見た目も似ている事も伴って、デジタルカメラの画面に写る僕を、両親揃って姉さんだと信じて疑わなかった。

「可愛いじゃないか。よく似合ってるぞ」

「本当に。お祖母ちゃんも喜ぶわ」

にこにこと笑顔で画面を見つめる両親。そして、不機嫌にブーたれる僕と、少し申し訳なさそうに首を竦める姉さん。

この光景も、最初の内だけだった。


181: ◆UTA.....5w:2012/2/13(月) 22:07:57 ID:uZOnOzXKHk

可愛い、可愛いと写真を見せる度に褒めちぎる両親に、いつしか僕は味を占め、喜びを感じるようになっていった。祖母から洋服が届く度に心が踊り、自分なりに可愛らしいポーズまで考える始末。
果てには、胸の内で淑やかな女性を演じるようになっていった。

姉さんの罪悪感も、回数を重ねる毎に減っていったように思う。
表向き渋々といった表情を浮かべる僕の着ている服を、剥ぎ取るように脱がせてくるようになった。

この“姉さんの身代わり女装”は、僕が小学校を卒業するまで続く事となり、その頃には既に手遅れの状態になっていた。
僕は、可愛いものが大好きな乙女心というものが何たるかを、理解してしまったのだ。


182: ◆UTA.....5w:2012/2/13(月) 22:21:17 ID:uZOnOzXKHk

しかしながら、僕だって常識くらいは弁えているつもりな訳で。
男という性別に生まれたからには、スカートやブラウスをそう気兼ねなく身に付けられる筈がない事くらいは理解している。

梅川さんと付き合っているのだって、恋愛対象が女の子であると認識しての事だし、それに関しては抵抗もない。僕は別に性別に疑問を抱いている訳ではなく、至って普通の人間なのだ。
その心に、僅かばかりの乙女心を隠し持っている事以外は。


183: ◆UTA.....5w:2012/2/13(月) 22:37:29 ID:uZOnOzXKHk

 ***


「どうしたの、ぼーっとして」

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

流れる風のように涼やかで美しい声が、僕を現実に引き戻す。そういえば、梅川さんと下校途中だったのか。
僕の頭の中と言えば、数日前からあのメイド服の事でいっぱいだった。我ながら、とんだ変態趣味である。

「それでね、私にもメイドの格好をしろと言うんだけれど…」

「メイド…?」


184: ◆UTA.....5w:2012/2/13(月) 22:52:07 ID:ydXzZUk3ko

何とも魅力的なその響きに、僕の思考は停止する。まだ僕を惑わそうと言うのか、憎い奴め。

「断ろうと思うの。あの格好で人前に出るのは、やっぱり恥ずかしいわ」

「そう、勿体ない……」

桃山くんになら。そう言って頬を染める梅川さんの表情に、思考停止中の僕が気付く筈もない。
僕の視線は沈みゆく太陽へと流れていた。さようなら、太陽さん。さようなら、メイド服……。


185: ◆UTA.....5w:2012/2/13(月) 22:54:19 ID:uZOnOzXKHk

「こんな事なら、学校に置いて来ずに持って帰ってくるんだったわね。そうしたら、桃山くんにだけ着て見せてあげられたのに」

悪戯っぽく笑みを浮かべた梅川さんの頬が、夕焼けに染まる。物寂しげなオレンジ色の光さえ、彼女と重なれば美しく───…待て。今、何と言った。

学校に、置いてきた?何を?メイド服を?

それじゃあ、あのメイド服は今、誰も居ない教室で寂しく置いてきぼりになっているというのか。


186: ◆UTA.....5w:2012/2/13(月) 22:59:18 ID:uZOnOzXKHk

「桃山くん?どうしたの?」

そう言って首を傾げる仕草までもが愛らしく、僕にストップを掛ける。待て、早まるな、と。

「ちょっと考え事……いや、忘れ物をしたのを思い出したんだ」

しかし、僕の衝動はもう抑えがきかない。この先、こんなチャンスはもう二度とやって来ないかもしれないのだ。そう思うだけで、僕は居ても立ってもいられなかった。
あのメイド服に触れるチャンスは、今日しかない──。


187: ◆UTA.....5w:2012/2/13(月) 23:00:25 ID:ydXzZUk3ko

これにて投下終了します。
読んで下さってありがとうございます!


188: 名無しさん@読者の声:2012/2/13(月) 23:05:11 ID:8suo7e3v.U
メイド服の男の娘が居ると聞いて支援しに来ました( ^ω^)っC
189: 名無しさん@読者の声:2012/2/14(火) 12:17:31 ID:/ke9CwsHH2
このオカマ…安定の変態具合であるw
支援( ̄ー ̄)
190: 名無しさん@読者の声:2012/2/14(火) 18:50:47 ID:JLU0toeGlQ
C
191: ◆UTA.....5w:2012/2/14(火) 22:11:14 ID:bpXWVrAic2

>>188
男の娘と呼べる程、外見も中身も伴っていませんがそれでも宜しいでしょうかw

>>189
真面目に自分の性癖を語るなんて、本当に変態ですよね。実は(?)4馬鹿の中で一番の変態は彼なのかもしれませんw

>>190
⊃C⊂ ギュッ


沢山支援を頂けて、只今スーパーハッピータイムです(*´∀`*)
本当にありがとうございます。投下します。


192: ◆UTA.....5w:2012/2/14(火) 22:12:15 ID:bpXWVrAic2


梅川さんが何かを言っていたような気がするけれど、僕の足は止まる事なく学校へと向かっていた。

「……あった」

梅川さんの机に掛けられていた紙袋の中に、それはあった。まるで待ち侘びたと言うように、紙袋の中に納まっている。
それを優しく取出して、そろそろと周りを見渡す。廊下にひょっこり顔を出して人が居ないのを確認すると、滑らかなシフォン生地を目一杯抱き締めて僕は叫んだ。

「あーん、もうっ!可愛いー!」

193: ◆UTA.....5w:2012/2/14(火) 22:57:17 ID:YqGi4onR3Y

抱き締められたメイド服はふにゃりとしなり、その身を預けてくれる。
もしかすると、この子は文化祭で誰にも着て貰う事なく、紙袋の中で眠っているだけの運命かもしれない。

「可哀想にねぇ…」

こんなに可愛いのに。そう呟いて、ふと、いけない思考が脳を渦巻く。
少しくらい着てみても、罰は当たらないのではないか。その方が、このメイド服も喜ぶのではないか。


194: ◆UTA.....5w:2012/2/14(火) 23:45:49 ID:lcCo25KflM

「………」

ごくり。喉仏が緩やかに波打つ。

ほんのりと暗くなり始めたグラウンドに、運動部員の姿は見当たらない。電気の付いていない廊下は物音一つせず、まるで校内には僕しか居ないのではないかと思う程に静まり返っている。

今、僕を咎める者は誰も居ない。

「ほんの少し、本当に少しだけ…」

只今の身長、167センチ。体重は49キロ。まだ成長段階の細身の体なら、少し窮屈であっても入らない事はない筈だ。


195: ◆UTA.....5w:2012/2/14(火) 23:47:17 ID:lcCo25KflM

「う、わあぁぁー…」

冷気に触れて震える体を、メイド服は案外すんなりと受け入れてくれた。
贅沢に重なったシフォン生地が腰からふんわりと曲線を描く。少し骨張った男の肩は、パフスリーブが上手く隠してくれていた。

窓硝子に朧気に映る僕は、一見女の子のように思える。……胸がない事を除いては。

「もしかして、まだいけるんじゃないかしら」

ホワイトブリムを装着して、窓硝子をまじまじと見つめた。
本当に可愛い。メイド服って素晴らしい。何だか、自分が清楚に見えてくるのだから。


196: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:08:10 ID:KSawvVPAPA

「うふふ、ふふふふ」

堪え切れず、口元からは笑みが零れる。数年ぶりに感じた、太股がむず痒くなる感覚。
窓硝子に映る自分に酔い痴れながら、スカートの裾を指先で摘んで広げた。

この格好をしたからには、一度は言ってみたい台詞がある。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

きゃーきゃーと一人で騒ぎ、地団駄を踏んだ。此処が教室であるという事をすっかり忘れ、はしゃいでいた時だった。



「桃山、くん……?」


不意に背後から聞こえた声に、僕の体は硬直した。

「梅…川……さん…」


197: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:15:28 ID:KSawvVPAPA

教室の入り口に立っていたのは、口元を押さえ、目を見開いて固まってしまっている梅川さんだった。彼女の大きな瞳は僕を映し、まるで恐ろしいものでも見るかのように揺れている。

いや、彼女が見たものは紛れもなく恐ろしいものだろう。何せ、自分の彼氏がメイド服を着て、女子のようにはしゃいでいるのだから。

「……桃山くん、何をしているの」

「ち、違う。違うのよ梅川さん」

慌てて言い訳をしようとした僕の口調は、あろう事か女の子のものだった。
人間、隠し事をすればボロが出るものだ。


198: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:19:03 ID:lcCo25KflM

嗚呼、彼女の物を身に付けて喜んでいるだけのシチュエーションなら、どれだけ良かったろう。

この衣装は彼女の物でもなければ、袖を通す事すらされていないというのに。自らの制服を脱ぎ捨て、きっちりとメイド服を着こなす僕の姿は、さぞや間抜けな事だろう。

「随分慌ててたようだったから、気になって後を追い掛けて来たの。……忘れ物って、それの事だったのね」

梅川さんの瞳が、驚愕から軽蔑へと変わる。僕はというと、何も上手い言い訳が浮かばず、ただただ血の気が引くばかりだった。


199: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:20:45 ID:KSawvVPAPA

「梅川さん、あの……」

僕がどうにか言葉を発しようとすると、梅川さんはドアの縁を思い切り横に殴った。
思わず言葉を呑み込んだ僕を、梅川さんの潤んだ瞳が睨み付ける。

「最初から言ってくれれば……」

好きになんてならなかった。そう言い残して、梅川さんはバタバタと走り去ってしまった。

「………梅川、さん…」

突然の事に固まったまま動く事も出来ず、教室の真ん中で一人、呆然と立ち尽くした。

終わりだ。何もかも終わりだ。今までひた隠しにしてきた努力が、僕の人生が、音を立てて崩れ落ちてゆくようだった。


200: ◆UTA.....5w:2012/2/15(水) 00:23:34 ID:KSawvVPAPA

これにて投下終了します。
ついに200レス突破しました。これも読んで下さっている皆さんや支援して下さっている皆さんのお陰です。
本当にありがとうございます!


201: 名無しさん@読者の声:2012/2/15(水) 18:50:15 ID:J.5whm/eWc
これは辛いw
200おめ!!これからも頑張れ!!

っCCCCC
っ1日遅れのチョコ
っメイド服
202: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 21:21:33 ID:qL3BUknhLU

>>201
沢山ありがとうございます。チョコまで…ホワイトデーにお返しさせて頂かなくては…!
メイド服は桃山氏に捧げたいと思いますwきっと喜んできゃーきゃー騒ぐ事でしょうね(*´∀`*)

支援感謝です。投下します。


203: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 21:23:28 ID:qL3BUknhLU

翌日から一週間、僕は学校を無断欠席した。梅川さんに合わせる顔がないのと、皆に会うのが怖かったからだ。

──もし、クラスの連中があの話を聞いていたら。もし、それが学校中に広まっていたら。
彼女が言い触らすような事はしないだろうと思いつつも、不安要素は拭いきれない。

すっかり怯えきってしまった僕は、電源を切った携帯電話を机の奥底にしまい込み、学校が終わる頃合いを見計らって帰宅する毎日を送っていた。


204: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 21:38:01 ID:As22E0pO8E

そんな生活も二週目に突入したある日、僕はあっさり姉さんに見付かってしまった。

「何をしているのだ、弟よ」

頭上からの声に顔を上げれば、その声の主とがっちりと視線がぶつかる。一人寂しくブランコに揺られていた僕を、背後から姉さんが見下ろしていた。

「姉さん…」

「……学校、欠席続きだそうだな。母が心配していた」

なんだ、バレていたのか。当然の事と言えば当然の事だから、さほど驚きはしないけれど。


205: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 21:51:58 ID:qL3BUknhLU

「学校から連絡があったそうだ。父はまだ何も知らされていない。ちゃんと登校するのなら、私も黙っていてやろう」

そう、と軽く返事を返してブランコを揺らす。
前を向いていては、背後の姉さんの表情は伺えない。しかし、頭上から聞こえる溜め息から察するに、煮え切らない態度の僕にほとほと呆れている事だろう。

「何があった、弟」

「………」

「黙っていては何も分からないだろう」


206: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:13:42 ID:As22E0pO8E

姉さんのその質問に、僕が答えられる筈がない。僕の隠し持つ裏の顔は可愛いものが大好きなオカマキャラで、コスプレ衣装を着てはしゃいでいるところを彼女に見られた、だなんて。
いくらポーカーフェイスな姉さんでも、贈り物以上に顔を歪ませてドン引きする事だろう。

「弟、」

「あのっ…!」

姉さんが僕の正面に回り込もうとした時、誰かがそれを遮るようにして現れた。


207: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:19:14 ID:As22E0pO8E

「む。君は…?」

「突然すみません。私、桃山くんのクラスメイトで、梅川といいます」

がしゃり、と音を立ててブランコの鎖が揺れる。
涼やかで透き通るように美しく、張り上げているようでしおらしい。間違いなく、梅川さんの声だった。

「…ふむ、梅川さん、か。弟が世話になっているね。私はこの子の姉だ」

どうも、と梅川さんの影が会釈をしているのが見えた。僕は顔を上げる事も出来ず、鉄臭い鎖を力を込めて握り締める。


208: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:45:59 ID:As22E0pO8E

「それで、何用かね。私は今、不登校になりつつある弟に説教をしようというところなのだが」

「待って下さい。その事なんですが……」

梅川さんが申し訳なさそうに姉さんを制止した。
いよいよ本題だ。僕は顔を伏せたまま、ぎゅっと目を瞑った。

ついに、家族に軽蔑される時が来てしまったのだ。


209: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:55:10 ID:qL3BUknhLU

「桃山くんが学校に来ないのは、私の所為なんです。私が彼に、酷い事を言ってしまったから……」

好きになんてならなかった──あの日、去り際に放った梅川さんの言葉がチクリと胸に突き刺さる。
彼女はわざわざそんな事を、二度も言いに来たのだろうか。確かに酷い事といえば酷い事なのだろうが、僕が学校に行かないのはそんな事が理由ではない事くらいは分かるだろうに。

そんな下らない僕の思考は、柔らかい手の感触でストップした。
どうやら力が入った僕の手を、梅川さんの両手が優しく包み込んでいるらしい。

「桃山くんは人気者だから、つい嫉妬してしまっていたの。短小包茎のヤリチン野郎だなんて、随分酷い事を言ってしまったわね」

「……へっ?」


210: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:56:50 ID:As22E0pO8E

梅川さんが余りにも身に覚えのない事をさらりと言ってのけるものだから、つい間抜けな声が出てしまった。
ポカンと口を開けたままの僕に構わず、僕の手を握りながら梅川さんは続ける。

「私達は健全な付き合いだからそんな事、分かる筈もないのに……“包茎ヤリチンマン”だなんて変なあだ名が広まってしまったのは、私の所為だわ。本当にごめんなさい」

「や、ヤリチ…?」

……この子は一体、何を言っているのでしょう。
短小、包茎、ヤリチン──普段の梅川さんなら耳を塞いで恥じらいそうな言葉を、彼女自身の口から聞くだなんて。

唖然とする僕の後ろで、待ったをかけるように姉さんが咳払いをした。


211: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 22:59:54 ID:qL3BUknhLU

「あー…つまり、痴話喧嘩で一週間も登校拒否をしていた、と。そういう事か」

「いや、姉さん、」

思わず身を乗り出した僕に間髪入れず、梅川さんが肯定する。

「実の弟ながら呆れたものだな。母には心配いらないと伝えておくとしよう。……君達の恋愛話など聞くに堪えないから、私は此処で失礼する」

僕の横を通り過ぎ、姉さんは家の方向へと去って行った。あだ名ごときで駄々を捏ねる器の小さい男だと、随分な誤解をされてしまったようだ。
しかし、結果的に梅川さんに助けられたという事には違いない。


212: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 23:11:21 ID:qL3BUknhLU

「桃山くんのお姉さん、本当に素敵よね。二年前よりも王子様度が増したみたい」

格好良いわね。そう言って、隣のブランコに腰掛けた梅川さんが楽しげにコロコロと笑う。
ふう、と息を一つ吐くと、改めて僕に向き直り、真剣な面持ちで口を開いた。

「……どうして、あんな事をしていたの?」

ざわざわ、と木々が揺れる音が酷く耳を突く。真っ直ぐに僕を見つめる梅川さんの瞳を見て、もう逃げられないのだと悟った。

激しく脈打つ心臓を押さえ、僕は口を開いた。


213: ◆UTA.....5w:2012/2/16(木) 23:12:53 ID:As22E0pO8E

これにて投下終了します。
長くなってしまいましたが、次で終わらせる予定です(;´ω`)

読んで下さった皆さんに感謝です!


214: 名無しさん@読者の声:2012/2/17(金) 14:01:24 ID:Pk7W0e/gB.
ここ最近で一番楽しみにしてるSSなんだぜ

つCCCCCCCCCC
215: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 21:55:34 ID:Ga85pR.zOs

>>214
そんな嬉しい事を言って頂いていいのでしょうか……喜びが最上級で吐きそうです(´;д;`)
これからも楽しみにして頂けるように頑張りますね!

支援感謝です。投下します。


216: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 21:56:33 ID:LVNZjJhq3A

姉さんの身代わりで女装をしていた事、その内それを楽しんでいた事、そして、胸の内で演じていたもう一つの僕の顔の事。僕は今まで決して人に話す事はなかった事の経緯を、洗い浚い梅川さんに話した。

梅川さんは相槌を打つ事もなく、黙って僕の話を聞いていた。いつもにこにこと笑って僕の話を聞いてくれていた彼女には表情はなく、別人と話しているような気になる。

全てを話し終えると、梅川さんは小さく息を吐いた。

「……そう、分かった」

キィ、と音を立てて、梅川さんを乗せたブランコが揺れる。


217: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:16:04 ID:LVNZjJhq3A

「私ね、」

ブランコを揺らしながら、梅川さんは夕日に目を細めた。

「桃山くんって手も繋いでこないし、私の事を全然見てくれてないって思ってたの」

小さく笑みを浮かべると、梅川さんはブランコの上に立ち上がった。スカートの中が見えそうになるのも構わず、膝を使って漕ぎ始める。
風に靡く髪は激しく乱れ、折角の綺麗なストレートヘアはぐちゃぐちゃ。それでも彼女の表情は、何処か晴れ晴れとしているようだった。

「短小包茎ヤリチン。ふふ、びっくりしたでしょう?」


218: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:21:34 ID:Ga85pR.zOs

梅川さんの体がブランコから勢いよく離れた。両手を広げて綺麗に着地を決めると、満足気な笑顔で振り返る。
其処に僕が知っている大和撫子の姿はなく、活発で明るい女の子の笑顔があった。

「これが本当の私。がさつで色気のない、本当の梅川弥生なの」

知らなかったでしょう。と、僕の驚いた顔を見てケラケラと笑う。
愛らしく微笑む人形のような梅川さん。それは、彼女の作り込まれたほんの上辺の姿だったのだろう。

何も知らなかった、僕は彼女の事を何一つ知らなかったのだ。


219: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:25:13 ID:LVNZjJhq3A

「全然見ていなかったのは、お互い様だったのね。私達、ずっと上辺だけで付き合ってた」

「ごめん……」

梅川さんが首を横に振る。

「謝らないで。私だって、桃山くんに好かれたくて本当の自分を隠してたもの」

梅川さんは僕に背を向け、夕日に向かってゆったりと歩み始めた。


220: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:35:38 ID:LVNZjJhq3A

──少しずつ、少しずつ、僕と梅川さんの距離が広がってゆく。

「私、碧葉女子に行くつもりなの。此処から少し遠いけれど、きっと楽しい高校生活が送れると思うわ。桃山くんは?」

──二人の心のように、少しずつ。

「…双羽高校、かな」

「桃山くんも遠いんだね。私と逆方向。知らなかった」

ふふ、と笑って、梅川さんの足が止まる。振り返った彼女の表情がくしゃりと歪んでいるように見えたけれど、その背後から照らす夕日が眩しくて直視出来ない。


221: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:48:29 ID:LVNZjJhq3A




「ねぇ、桃山くん。私達、付き合っていたと言えるか分からないけれど──」





222: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:52:50 ID:LVNZjJhq3A

────‐‥


キィ、キィ、と僕を乗せたブランコが、苦しそうな音を立てて揺れる。
すっかり日が沈んだ公園に人の気配はない。野良猫や虫なんかを除けば、今、此処に居るのは恐らく僕だけだろう。

「……っふ、くぅう…ッ」

僅かな電灯と月明かりに照らされながら、僕は泣いた。どういう感情から来るものなのか、僕にも分からない。
それでも、溢れ出る涙を制御出来ない程に、僕は噎び泣いていた。

──別れましょう。


そう言った梅川さんの笑顔が、脳裏に焼き付いているようだった。


223: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:58:34 ID:LVNZjJhq3A

僕は振られたのだ。約半年間付き合ってきた彼女に、やはり理解する事は出来ないと、別れを告げられた。
しかし、それは決して嫌味なものではなかったように思う。

僕も彼女も“本当の部分”を見せ合う事なく、上辺で恋人同士を演じていただけにすぎなかったのだから。

では、僕は彼女の事が好きではなかったのか。その質問に関しては、答えはきっとNOだ。


224: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 22:59:47 ID:Ga85pR.zOs

だって、こんなにも涙が止まらない。

「う、うぅ…っぐ、ぅ……」

こんなにも、胸が痛い。


上辺だったのかもしれない。本当に想い合ってはいなかったのかもしれない。

それでも、きっと。


きっと、僕は恋をしていた。
僕は、恋をしていたんだ。



桃山少年、十五歳──失恋の、秋である。


225: ◆UTA.....5w:2012/2/17(金) 23:03:15 ID:LVNZjJhq3A

 ***


春。出会いと別れの季節。
僕は高校生になった。

新しい出会いに胸を膨らませ、門の中へと足を踏み入れる。

「…少しくらい、本当の自分を出してもいいわよね」

まだ見ぬ僕の友達よ、君達は僕を受け入れてくれるだろうか。


ありのままの、この僕を──


  桃山少年の憂鬱‐fin.


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