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ターミナルの神様
[8] -25 -50 

1: 1:2011/12/11(日) 16:14:42 ID:YW2VpLC90c
「出来、たー……!」

オフィス用の椅子を限界まで倒してのけ反ると、背骨と腰の辺りからばきぼきと嫌な音が鳴った。

うん。リアルだ。

ひとりで納得しながら腕を伸ばしていると、窓口に立っていた結さんが振り返る。

「お疲れ様、今日のノルマは終わりよ」

「死んでるのにドライアイになりそうですよ」

「私だって死んでから書類仕事する羽目になるとは思わなかったわよ」

お腹は空かない、でも眠れる。

肉体はないはずなのに、仕事をすれば疲れるし、物に触れることもできる。

死後の世界というものは、全くおかしな場所だった。


35: 1:2011/12/15(木) 18:10:02 ID:/UGBUXLJ6g
いつも静かなこの事務所が、今はさらに静けさを増す。

応接室のソファで仮眠するという結さんが部屋を出てから、俺はひとり今日とてパソコンの打ち込み作業を続けていた。

真面目で仕事熱心だとか、そういう訳ではない。

ただ、ここに来てから、他にやることなんて何もないから。

「あ――……」

とはいえ疲れた。眼球が限界だ。

少し気分転換をしようと立ち上がると、何を引っ掛けたか、山積みの書類がばさばさと雪崩れ落ちる。

そういえば、切っ掛けは書類雪崩れだった。

俺は書類を拾い集めながら、しばし追憶に耽ることにした。
36: 1:2011/12/15(木) 18:10:46 ID:/UGBUXLJ6g
俺が結さんと出会ったのは、現世に降りた直後だった。

正確に言うと現世行きの手続きをするときに話したはずだが、そのときには受付の人くらいの認識しかしていなかったから、多分。

折角のチャンスを踏みにじって無駄にして、何もできなかった。

そんな思いにとらわれながら、そういえば戻ってきたら報告に行かなくてはいけなかったと機械的に足を進める。

辿り着いた窓口には、うず高く積まれた書類の山に隠れるようにして、受付の女の人が座っていた。
37: 1:2011/12/15(木) 18:11:33 ID:/UGBUXLJ6g
「ん、あれ?さっきの子よね。もう帰ってきたの」

「……、はい」

彼女が驚いたように俺を見上げた。

俺が頷くと、そう、とだけ言ってペンを置く。

そのまま書類の山を念入りに調べると、呼吸を整えて、ある一束を勢いよく抜き取った。

「……完璧だわ」

「何やってんですか」

山はびくとも動かない。

俺は呆れて溜め息をついた。
38: 名無しさん@読者の声:2011/12/15(木) 19:08:20 ID:GH7i5DEIyQ
支援〜!

次するときはあげていい?(´・ω・`)
39: 1:2011/12/16(金) 10:35:18 ID:A1avxOZkx2
>>38
支援ありがと(・∀・)
さげてんのは気分なんで、いつでもドゾー
40: 1:2011/12/16(金) 10:38:15 ID:/UGBUXLJ6g
「現世はどうだった?」

書類に何やら書き込みをしながら彼女が尋ねる。

俺は少し嫌悪を覚えながら、別に、と呟いた。

「特に何も」

「次に進んで行けそうかしら」

「進むって……?」

もう俺は死んでいる。

二十年間と少し生きて、死んで、その次と言ったら。

「生まれ変わったり、するんですか」
41: 1:2011/12/16(金) 10:38:48 ID:/UGBUXLJ6g
問い掛けると、彼女はペンを持ったままけたけたと笑った。

「多いのよねえ、そういう質問」

「どうなんですか」

俺は重ねて尋ねた。語調が強くなるのを感じた。

彼女は俺を一瞥して、ペンを置く。

「どんな人間だって死ねば一緒よ」

フラットな声が、鋭く、さくりと、酷くまっすぐに突き刺さった。

「生まれ変わりなんて器用なこと、ある訳がないじゃない」
42: 1:2011/12/16(金) 10:39:17 ID:/UGBUXLJ6g
はい手続き完了、行っていいよと彼女が書類を山に戻す。

でも俺はその場を動かなかった。

「俺は、生まれ変われないんですか」

「そっくりそのまま魂が転生、なんてことはないわよ」

まあ私も経験したことないけどね、と無責任にも彼女が言う。

俺は息を吐いて、きつく握った拳を解いて、それから、少し迷ってもう一度、手のひらを握り締めた。

生まれ変われないらしいという情報は、自分にとっては由々しき問題だった。

ならばせめて、と俺は口を開く。

「ここに、留まることは?」
43: 1:2011/12/16(金) 10:39:45 ID:/UGBUXLJ6g
彼女は眉をひそめた。

「健康的な考え方じゃないわよ、それ」

「知っています」

また面倒な子が来たものね、と頭を抱える彼女に負けじと見つめていると、彼女はあのね、と前置きをしてから語りだした。

「ここはね、人生の終着点なの。命が尽きる場所で、次の命との境界」

とん、と彼女は物のない僅かなスペースで机を叩いた。

終着点。そんなことくらい分かっていた。

「分かるでしょう?本来、留まるべき場所ではないのよ」
44: 1:2011/12/16(金) 10:40:17 ID:B7K.t.o2jo
「それでも、俺は」

引き下がる訳にはいかない。

俺は生まれ変わらなくてはいけなかった。

それが無理でも、せめて俺のままでいなくちゃならなかった。

「強情ね……」

やれやれと彼女が頭を抱える。

その拍子に腕が、横に積まれた書類の山を、盛大に引っ掛けた。
45: 1:2011/12/17(土) 12:14:51 ID:YW2VpLC90c
「っぎゃあああ!?」

色気も糞もない叫び声を上げて彼女が視界から消えた。

椅子に座った彼女の座高より高い位置から落ちてきた書類が、机の上を埋め尽くす。

山はひとつやふたつではなかったらしく、崩れた山の隣からも次々と書類やファイルが滑り落ちて。

いっそ見事な雪崩だった。
46: 1:2011/12/17(土) 12:15:31 ID:YW2VpLC90c
「……大丈夫ですかー」

恐る恐る声をかけると、何とか彼女が頭を引っこ抜く。

「またやっちゃったわ……」

どうやら日常茶飯事らしい。

そのまま書類の上に突っ伏す彼女に気が抜けてしまって、俺は乾いた笑いを漏らした。

「それにしても、何でまたこんな」

「仕方ないでしょう、たくさん記録があるんだから」

「それにしたって、パソコンに保存するとか」

俺の言葉に、彼女が無言で背後を指差す。

その先では雑然としたオフィス机の上に、完全に書類に埋まったキーボードらしき物が覗いていた。
47: 1:2011/12/17(土) 12:16:07 ID:YW2VpLC90c
「使わないんですか」

「私の機械オンチを舐めないでほしいわ」

どや顔で言い放つ彼女に呆れ返る。

データを打ち込むくらい、誰にでも出来そうなものだけれど。

散乱した書類を取り上げた彼女が、ふと俺に向き直る。

「……そうだ、君、パソコン使える?」

唐突な質問に、俺は少したじろいだ。

「一応、使えますよ。これでも理工学系なんで」

「それは好都合」

彼女がにっと口を吊り上げる。

最高に良いことを思い付いたとでもいうような、楽しげな笑顔だった。
48: 1:2011/12/17(土) 12:16:38 ID:YW2VpLC90c
「君を雇うわ、中谷憩くん」

手にしたペンを突きつけて、彼女が高らかにのたまった。

あまりに突然で一方的な雇用宣言に、俺は思わず聞き返す。

「はあ?」

「君、ここに残りたいならちょうど良いじゃない。残っていいわよ、暫くはね」

「ていうか、何で俺の名前」

「書類に書いたでしょ。君はここに居られる、私は書類を片付けてもらえる。はいギブアンドテイク完成」

「ええー……」

そんな軽いノリでと思わなくもないが、よくよく考えれば確かに良い話かもしれない。
49: 1:2011/12/18(日) 18:24:58 ID:7cMpp1kMaE
「君が残るべきでないことは変わらない」

彼女が続ける。

俺はそっと耳を傾けた。

「だからここで働いて、色々な話を聞くといいわ。……きっと前に、進みたくなる」

彼女の言うことの真意を、俺ははかりかねていた。

既に命を失って、存在すら危うい自分が、完全に形をなくすことを望むようになるとは、到底思えなかった。

それでも。

「……よろしく、お願いします」

俺はきっぱりと前を向いて言い切った。
50: 1:2011/12/18(日) 18:25:51 ID:7cMpp1kMaE
この先に行きたくなるかなんて、今の俺には分からない。

きっとそんなことはないだろうとさえ思っている。

それでも結論を待って、とりあえずはこの場所に残れることは有り難かった。

「決まりね」

彼女が書類をまとめながらにこりと笑顔を作る。

「これから君の肩書きは、東京ターミナル駅総合案内事務所副責任者」

「いきなりですか」

「ここ、私しかいないもの」

しゃあしゃあと衝撃的な発言をする彼女に、やっぱりやめようかと思ったのは秘密だ。
51: 1:2011/12/18(日) 18:26:34 ID:7cMpp1kMaE
「……言うのが遅れたわね。私の名前はユイ。結ぶ、って書く方の結よ」

彼女――結さんが、居住まいを正して向き直る。

「よろしくね、憩」

何故だか結さんが目を伏せて、それから俺を見て、少し痛そうに、とても綺麗に笑ってみせるものだから。

「こちらこそ」

その訳も聞けないままに俺は、出来るだけ誠実に頭を下げたのだった。
52: 1:2011/12/18(日) 18:27:14 ID:7cMpp1kMaE
「あーよく寝た……」

ふわあ、と辛うじて妙齢の女性にあるまじき大欠伸をかました結さんを横目に、おはようございますと呟く。

「おはよう。憩は元気ねえ」

「まあ若いので」

「嫌味かコラ」

そうは言っても然程怒っていないようで、結さんは相変わらず眠たそうに机の周りを徘徊する。

毛布を被ったまま、端を引き摺って歩き回る姿は滑稽にも見えるが、本人は気にしていないようだった。
53: 1:2011/12/18(日) 18:28:46 ID:7l16fIcLfY
あの日の表情の理由を、俺は今も聞けずにいる。

尋ねるような機会もなかったし、どう切り出せば良いのかも分からない。

何より、果たして踏み込んで良い領域なのかも分からなかった。

「いーこーいー」

「今度は何ですか」

「てい」

呼ばれて振り向くと、顔面に何かが直撃する。

いきなり何するんですか、と文句を言いながら見てみると毛布だった。
54: 1:2011/12/18(日) 18:29:18 ID:7l16fIcLfY
「っしゃ!」

「何なんですかもう……」

毛布が命中したのが余程嬉しかったのか、結さんがガッツポーズをとる。

流石に使っていたのとは別の毛布を投げたらしく、まだ端を引き摺ったままの結さんがご機嫌で給湯室に向かう。

「たまには休みな、若者よ」

給湯室から体半分だけを出して、結さんがひらひらと手を振った。

全くこの人は、大人なんだか子供なんだか。

「分かってますよ」

俺は小さく苦笑してから、毛布を抱えて席を立った。
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