「出来、たー……!」
オフィス用の椅子を限界まで倒してのけ反ると、背骨と腰の辺りからばきぼきと嫌な音が鳴った。
うん。リアルだ。
ひとりで納得しながら腕を伸ばしていると、窓口に立っていた結さんが振り返る。
「お疲れ様、今日のノルマは終わりよ」
「死んでるのにドライアイになりそうですよ」
「私だって死んでから書類仕事する羽目になるとは思わなかったわよ」
お腹は空かない、でも眠れる。
肉体はないはずなのに、仕事をすれば疲れるし、物に触れることもできる。
死後の世界というものは、全くおかしな場所だった。
172:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 11:47:49 ID:c.gYySYfy6
「ええと、発行は二週間でよろしいですね。亡くなったのが……?」
俺は書類に目を凝らす。
達筆すぎて字が読めなかった。
お婆さんは俺の様子に気付くと、合点がいったという風にああ、と声を上げた。
「そうね、若い人には読みにくいですものね。自宅ですよ、国分寺の」
「すみません、ありがとうございます」
恐縮で肩身が狭い。
俺はぺこぺこと頭を下げながら切符を手渡す。
お婆さんの萎びた手が、それを大切そうに包み込んだ。
173:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 11:48:26 ID:c.gYySYfy6
「国分寺市は、あー……15番線です。必ず期限内にこちらへ戻ってください」
机に敷いてあったホーム番号の一覧が役に立った。
結さんはいつも淀みなく答えているが、やはり暗記しているのだろうか。
ありがとうねえ、とお婆さんがお辞儀をして窓口を離れようとする。
その手には杖をついて、足を引き摺っているようだった。
「あの!」
俺は思わず声を上げた。
お婆さんがゆっくりと振り返る。
俺は汗ばんだ手を机の下で開閉させながら、もし良ければ、と申し出た。
174:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 11:48:56 ID:c.gYySYfy6
「ホームの方までご案内しましょうか。階段が、ありますから」
過剰に気を遣われるのを、嫌がるお年寄りもいると聞くけれど。
幸いこの人はそうではなかったらしく、穏やかに笑うと静かに首を振った。
「いいえ、ご親切にありがとう。大丈夫よ、手すりで十分上れますから」
そうですか、と俺はつい尻すぼみになりながら引き下がる。
なんだか妙に気恥ずかしい。
相変わらずにこにこと人の好さそうな笑顔をちらりと目にして、俺はもう一度口を開いた。
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