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女旅人「なにやら視線を感じる」
Part6


310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:30:44.53 ID:fNXhvYIy0
彼女に訊いたところ、旅は原則として戦で召集がかけられるまでは続けられる、だそうだ。
しかし「遊歴」として宮廷から出ている間は給料が与えられないので長期に亘ってそれを志願した前例がなく、
また、あまりにも顔を出さなければ いくら忌み嫌われていようと「アイツは何をサボっているんだ」と
お偉いさんからの評価が更に悪くなってしまう、ということで上限は半年から一年ほどだそうだ。
尤もそれは「遊歴」の期限であって、彼女が俺と旅を続けてくれる時間の話ではない。
途中で飽きてしまえば、俺とはサヨナラバイバイすることだってできるのだ。
今のように何の目的もなく旅を続けていては必ず飽きてしまう。
せめて一箇所でも行きたいと思える場所があればいいのだが――

312 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:36:12.94 ID:fNXhvYIy0
ある町の宿、ベッドの上に胡座をかいて考える。
なお宿はツインでなくシングルを二部屋借りることにしている。
残念と思う反面、息子の戒めは遠慮なく行えるので少しありがたい。
長年愛用してきた地図を広げる。
まず、彼女は各地に点在する軍の駐屯地には近付きたくはないだろう。
また、俺は今更気まずいという理由で実家には絶対に近寄りたくない。
と、すれば。
地図の、ある町をてんてんと指す。 ママの町はどうだろうか。
あそこならば、今の時期はリンゴが採れるしまた焼きリンゴを食べることが出来る。
彼女はきっと喜んでくれるし、俺も一度食べてみたいと思っていた。
よし、そうと決まればさっさと彼女に報告して明日出発しよう。

316 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:42:55.58 ID:fNXhvYIy0
 旦
男が提示した町は去年の旅で寄ったことのある場所だった。
行った事があるのなら再度訪れる必要は無い、と言うところだが、
確かその町はあの焼きリンゴを食べた町だったため、断ることができなかった。
いや、むしろあっちから提示してくれて有難いとすら思った。
私が提案した場合、理由を訊かれては困る。 「焼きリンゴを食べたいから」などと言えるものか!
なんでも、こいつの知り合いが居るとかなんとか。
知り合い。 男だろうか。 女だろうか。
……いやいや、相手の性別など何故私が考えるのだ。
関係ないだろうに。

318 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:48:47.71 ID:fNXhvYIy0
 旦
今いる町からママの町までは結構な距離があったため、
翌日 例の商業町に寄るという旅商人に馬車に同乗させてくれと頼んだ。
自分たちの食費は(彼女が)出すし、俺は傭兵だから用心棒ぐらいにはなると説明すると
「旅は道連れ世は情けって言うしなぁ」と、渋々ながら承諾してくれた。
商人夫婦と七歳と五歳の兄妹、そして使用人が二人の計六人キャラバンで、
馬車は三台ある。 扱う品物は薬草から生活雑貨までいろいろと揃えているようだ。
それだけの馬を維持できるのなら、かなり儲かっているに違いない。
二台は商品がぎっしり詰められているため、
俺たちは一家と共に日用品等が積んである車に乗せてもらうことになった。

319 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:55:23.05 ID:fNXhvYIy0
母親と兄妹の向かいに彼女と俺が隣り合って座っている。
兄妹は最初剣に興味を示していたが母親に危険だと一喝され、次は俺の目に興味を示した。
兄「にーちゃん目がないんだね」
妹「ね。 いたくないの?」
俺「痛くないよ。 こんな傷は傭兵の勲章ってんだ、格好良いだろ」
兄「なんかよく分かんないけどカッコイイ!」
彼女「ふん、逃げる途中に刺されてか」
兄「えっ逃げたの?」
妹「カッコわる〜い」
俺「なんてことを!」

320 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:56:45.34 ID:fNXhvYIy0
兄妹は眼帯をめくったり、無くなった目の部分をつついてみたり、
眼帯を自分につけて遊んだりした。 おい少しでも傷つけたらケツ叩くぞ糞餓鬼共!!
……などと、彼女の前で大人気ないことも言えない。
母親が馬車で はしゃぐなと注意しても、静かになるのはほんの一瞬だけである。
父親「兄ちゃんが傭兵なのは分かったけどよ、
    姉ちゃんは何やってんだ? まさか同じ傭兵ってわけでも無ぇだろ」
確かに傭兵ではないが、騎士だと答えることもできないだろう。
彼女は少し考えてから「貴族だ」と言った。 夫婦は驚いた様子である。
彼女「と言っても、地方貴族でそんな金や権力があるわけではない。
    今は家出中のようなもので、用心棒として傭兵のこいつを雇っている」
父親は「ふーん」と納得したようだ。
まぁ、家出中というのもあながち間違いではない。

321 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:00:10.41 ID:fNXhvYIy0
日が落ちてくると馬を止めて野営の準備を始めた。
兄妹はせっせと仲良く枝を集め、手伝いをしている。 微笑ましい。
夕食はパンとチーズと、肉と野菜の煮付け、酒であった。 子供はそれを水で割る。
また、肉は我々が提供したものである。
食事が終わると寝るまでの間各自の時間を過ごす。
父親は使用人と明日進むルートを確認し、母親は妹に地面を使って字の読み方を教える。
彼女は剣の手入れをしていて、俺はそれを見つつ同じく剣の手入れをする。
兄「ねーちゃん」
彼女に話しかけた。 彼女は顔を上げ「剣は貸さんぞ」と腰に収めた。
兄は「そうじゃなくって」と言い、んふふふふと不敵な笑みを浮かべた。 そして
兄「おっぱい攻撃ーっ!!!」
彼女の両のむむむむむ胸を揉みやがった!!!!

327 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:13:07.98 ID:fNXhvYIy0
俺「こンの糞餓鬼ィィイイイイ!!!!」
背中をむんずと掴み彼女から引き剥がす。
この餓鬼揉みやがった!! 幾度となくチャンスがあった俺すらしなかった乳を揉みやがった!!
この糞餓鬼め!! うらやまけしからん俺にも揉ませろ畜生ォォオオオ!!!
兄「んだよ良いだろー! にーちゃんだってもんでるんだろー?」
俺「やるかッ!!」
やりたいわ!!
彼女のペターンオパーイを指でつつーってして後ろから揉みしだきたいわ!!
兄「でもそんなにやわらかくなかtt」
俺「黙れ耕すぞ!!!!」

329 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:18:38.13 ID:fNXhvYIy0
彼女「おい、そろそろ放してやれ。 所詮子供のイタズラだろう」
優しすぎる。 これが子供の特権という奴か、俺も子供に戻りたい。
しかしそんな考えは「二度目は無いが、な」という彼女の発言によって撤回された。
笑っていない目はマイサンをキュッとさせた。 しかし何故だろうドキドキする!
兄「んだよー、母ちゃんなら夜父ちゃんがやっても怒らないのにさー」
母親「ち、ちょっと!!」
父親「おいこら!!!」
夫婦の赤裸々話には俺も彼女も使用人も苦笑いするしかない。
妹は頭に「?」を浮かべ、兄の頭には拳骨によるたんこぶが盛り上がった。

330 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:24:11.54 ID:fNXhvYIy0
夜はさらに更け、静かになる。 酒を飲みながらちらりと彼女を見ると、
ある一点をぼーっと見つめていた。 その視線の先を追ってみる。
そこには、母親が肌蹴た毛布を兄妹に優しくかけてやる姿があった。
彼女「……家族、か」
ぽつりと呟いた。 そう言えば、去年の旅の中でも彼女はぼーっとしている時があった。
確かあれは広場で、あの時も仲良く遊ぶ家族の姿があったような気がする。
彼女は奴隷出身だと言った。
もしかしたら、親の温もりも覚えていないうちに離れ離れになってしまったのかもしれない。
だとしたら、こんな光景は見ていて羨ましいだろうな、と思う。
切なげな彼女の目を見て、後ろから抱きしめてやりたいなぁと思った。
もちろんそんなことをしても多分鉄拳が飛んでくるだけである。

334 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:52:05.43 ID:fNXhvYIy0
翌日、馬を走らせ車内で会話をしていると、失明によって更に高性能になった俺の耳が不審な音を捉えた。
急いで荷台の後部に行き、カバーの隙間から、今通ってきた道を見る。
彼女「どうした」
俺「このキャラバン以外の蹄音が聴こえた気が」
「そんな馬鹿な」と言いつつも、彼女も揃って隙間から後ろを見る。 と、先ほど超えた丘の下から
五つの影が現れた。 それらは左右に散らばり、手には光るものが見える。 恐らく、武器。
俺「親父さん、多分盗賊が近付いている」
父親「何ィ!? に、逃げるかっ!?」
俺「いやこの物量じゃ逃げられん、それに下手に逃げると品物や馬が撃たれる」
父親「じゃあどうしろってんだ!」

336 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:52:49.29 ID:fNXhvYIy0
父親が使用人に馬を止めるよう合図を送ると、三台の馬車はゆっくりと止まった。
そして間もなくして盗賊の乗った馬がやってきて、馬車を前後左右から囲んだ。
頭目と思われる人物が父親に近付く。
頭目「大人しく荷物を捨てるか。 良い判断だな」
父親「品物はくれてやる。 だから家族には手を出すな」
頭目「そうだな。 じゃあ……そこの女と後ろの二台を渡してくれりゃ、他は無傷で返してやるよ」
指名された彼女は黙ってゆっくりと立ち上がり、頭目に近付いた。
頭目「そうそういい子だ、大人しく――」
そして、頭目の髭だらけの頬に、唾を吐き出した。
俺も彼女に上から見下されて唾を吐きつけてほしいものである。

338 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:53:40.37 ID:fNXhvYIy0
頭目「……糞アマめ。 交渉決裂だ! 野郎共! 皆殺しにしてしまえ!!」
俺「応!!」
響いたのは俺の声だけである。
一つしかない返事、それも知らない声に頭目はぎょっとし、振り返る。
「あれ!?」と間抜けな声を出し、俺の横で伸びている四人の盗賊の姿を見て更に驚いた。
目線を俺に戻したのでにっこりと笑って「どうも」と言うと、
顔面蒼白になった頭目も「どうも」と口の端をヒクつかせて返した。
頭目「へへ、えっと、失礼しました!」
馬の両の腹を蹴り、頭目は四人の部下を置いて走り去っていった。
なんたる小物臭か。

340 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:55:06.21 ID:fNXhvYIy0
彼女「やけに静かだったから全員一撃で殺したものだと思っていたが、気絶しているだけか」
俺「まぁ、無垢な少年少女に血を見せるわけにもいかんだろうと思ってね」
彼女「器用な真似するのだな。 しかし生かしておいて大丈夫か?」
俺「ボウガンは壊したし、大丈夫じゃないかな」
彼女「随分とお優しいのだな。 いつか裏目に出るぞ」
俺「それは困った」

341 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:55:44.10 ID:fNXhvYIy0
気絶した四人を木に縛りつけ、それらの馬の手綱は近くの木に掛けておいた。
キャラバンに戻ると拍手で迎えられ、少々恥ずかしい気分になる。
また、その日の夕食では本来商品であるはずの高い酒が振舞われた。
父親「いやぁ助かった! 盗賊が来たって聞いてどうなることかと思ったぞ!」
俺「用心棒として仕事しただけなんだけどね」
母親「んー、護衛の途中でなければ正式に雇いたいところだったわ」
父親「なぁ。 姉ちゃん、良い傭兵雇ったなぁおい!」
彼女「え、あ、う、うむ、こいつは有能な傭兵だ」
……傭兵、かぁ。 彼女に有能と思われているのは非常に喜ばしいことなんだが、
やっぱり俺の評価は「傭兵」から動くことはないんだろうな。

343 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:58:32.08 ID:fNXhvYIy0
 旦
夕食の後の自由時間、ボサボサの頭をした男は兄の相手をしていた。
盗賊をあしらってから兄のあいつに対する眼差しは尊敬のものへと変わり、勝手に「師匠」と呼んでいた。
兄「ししょーすっげーカッコよかった! ねぇアレどうやんの!?」
ボサボサ頭「どうやんのってなぁ。 説明すんのか?」
盗賊団の頭目が父親に近付いた瞬間、男はこっそりと荷台の後ろから出る。
私は頭目と話し、時間を稼いでいる間に雑魚共を片付ける、という段取りだった。
しかし時間稼ぎが必要でなくなるほどに、あいつは手早く四人を倒した。 殺しもせず、音も出さず。
「音も出さず」と言えば、あいつと共に歩いているときにいつも思っていることがあった。
足音が異様に静かなのである。 あいつが私の後ろを歩いた時、本当に付いて来ているのかと疑うほどに。
無論戦場において相手に行動を察知されないよう足音を極力出さないようにすることはある。 私もそうだ。
しかしだからと言って、人間がここまで静かに行動できるものなのだろうか。

345 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 14:59:52.88 ID:fNXhvYIy0
以前酒を飲みながら聞いた話では、あいつは
「ずっとぶらぶら旅して好きなように生きたいけど、それでは食うに困るから春夏は頑張って働く、
 秋は食べ物が美味しいから食べ歩き、冬は寒いから金があれば働かない。 実質働いてるのは半年程度」
だそうだ。 はたして傭兵如きの安月給で半年も働かないで済む程の蓄えができるのだろうか。
いや。 経験から言って、どんなに報奨金を貰おうとそれは無理だ。
あいつは、かなりの手練れである。 地方など給料のケチった戦に出るには勿体無いほどだ。
あれだけの腕があれば、もっと多く金が手に入る仕事があるはずだ。
例えば――暗殺、とか。
……ないな、それは。
「無駄な殺生は好まん」と言うばかりか恩人を斬ってしまったことを泣きそうなほど後悔するような男だ。
あいつに、そんなことができるとは思えない。

348 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:07:12.35 ID:fNXhvYIy0
妹の方が、母親の影からちらちらとボサボサ頭を見ていることに気付いた。
昨日まではもっと積極的におんぶだのだっこだのをせがんでいた様に思うが。
見ていると、私の視線に気付いたらしい母親が口を開いた。
母親「初恋の相手はパパでもお兄ちゃんでもなく、
    傭兵のお兄さんだったみたいね。 格好良かったから仕方ないかな」
妹「なっなんで、そんなこと言うのーっ!」
妹は耳を真っ赤にして「ママのバカバカ」と小さな手で母親をポカポカと叩いた。
なんというか、これが微笑ましいというやつだろうか。
きっとこの五歳の少女は、あいつのことが好きなのだろう。
尤も私は、人を好きになったことがないので、それがどういう感情なのかは分からない。
分かろうとも思わない。 恋愛など、戦場で邪魔になるばかりではないか。

351 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:12:42.26 ID:fNXhvYIy0
 旦
その後は何事もなく順調に進み、一週間程で商業の町に着くことができた。
夫婦と使用人二人と握手を交わし、たまに遊びに来てくれと言われた。
どうやら彼らはこの町一の大商人の跡取りらしく、今はすぐに発つものの冬はここで過ごしているらしい。
兄「オレオレ! ぜってーししょーみたいに強いヨーヘーになる!」
俺「やめとけやめとけ、ロクな金貰えなくて食うに困るぞ」
兄「じゃあ騎士! かっちょいい騎士になる!」
彼女「それもやめておけ」
口を尖らせ「なんでだよぉ」と文句を言う兄の頭にぽんぽんと手を乗せ、
彼女「大人しく家業を継げ。 強くなったら、それで家族を守ってやれ」
目はとても優しく、そしてどこか切なげであった。
俺は耳が痛い。 戦にはご縁のない俺の故郷では家業を継ぐのは長男の役目であるためだ。

353 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:18:02.04 ID:fNXhvYIy0
別れの挨拶も終え、さぁ行こうかという時に足がずっしりと重くなった。
見てみると、俺の左脚には目を赤くした妹がぎゅっとしがみ付いていた。
「あらあら」と母親が苦笑いする。
母親「ほら、お兄さん困ってるでしょ? バイバイしなきゃ」
脚から引き剥がされた妹の目には大粒の涙が溜まり、顔はくしゃくしゃになっている。
どうしたもんかなと目線の高さを合わせるために しゃがみこむと、いきなり飛びついてきた。
そして選りにも選って彼女の目の前で、俺のほっぺにちゅーをしたのである。
唖然としていると、五歳の少し増せた少女はさっと放れ、そしてぱたぱたと母親の場所まで走った。
妹「ばいばい!!」
賑やかな町が一瞬静まるほどの大きな声で叫び、腕がもげるのではないかと思えるほどに大きく手を振った。
遠く離れ、人混みに紛れても、少女は小さな手を振り続けた。

361 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:30:28.67 ID:fNXhvYIy0
宿にて一泊し、朝、この町を出発した。
ママの店のある町までは、雨さえ降らなければ五日程で行くことができるだろうか。
「行きはよいよい帰りは辛い」と言った感じで、この町から行くには最短ルートでも少々時間がかかる。
彼女「確かお前はここで倒れていたな」
途中でからかわれる。 彼女とその部下を傷つけたことを未だにずるずると引きずっている俺にとって
それは冗談になっておらず、思わず顔を顰めてしまう。 その様子を見て、彼女はくすくすと笑った。
なんとなくだが、彼女の笑顔は最初よりも柔らかくなったような気がする。
特にあの家族と接してから――……つまりは、俺の力ではないわけだ。

362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:32:38.58 ID:fNXhvYIy0
全くの二人きりというのは久々のことであった。
今は馬の蹄音も貨車の音も、兄妹の喧嘩声や歌い声も何も聞こえない。
森が風によってざわめく音と野生生物の蠢く音、
そして右後ろからの彼女の静かな足音だけが俺の耳に届いた。 少し、緊張する。
そんな沈黙を破ったのは再び彼女である。
彼女「……あそこで倒れていたということは、この道を通って、その途中クマに襲われたのだな」
俺「そうなるね」
彼女「私も去年この道を通って、さっきの町に行った。 着いたのはお前が倒れていた日と同じ日だ」
俺「へ、へぇ〜」
彼女「つまりは、お前は私のすぐ後ろを歩いていたことになる」

363 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:35:51.12 ID:fNXhvYIy0
ひやり、と汗をかく。
俺から彼女の姿は見えないが、視線だけは感じる。
素足でイラガの幼虫を踏んでしまったかのように、ぢくぢくと背中を突き刺す。
しまった、話のネタにと思って喋ったが、それではいつどこを通ったのか教えているようなものではないか。
もしやこんなところで後を尾行けていたことがばれるのではないか。 おいおいおいやばいよやばいよ!
俺「ぐぐぐ偶然だね!」
彼女「偶然か?」
俺「偶然! 偶然!!」
彼女「その後戦場でも会ってるんだ。 偶然にしては出来すぎていないか」
俺「それは本当に偶然だから!」
彼女「『それは』?」
のおおおおおおおおおおおおおおおおお

366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:39:06.06 ID:fNXhvYIy0
俺「……と、とにかく、本当に偶然だ!」
彼女「偶然なぁ」
俺「いいいくつかの偶然が重なるとそれが必然だと思ってしまう傾向は人間の悪い癖だと思います」
彼女「む……なら、本当に偶然なのか? それにしてはやけに不自然な否定だが」
俺「いやだって、……俺がずっと後付けてたみたいに思われるのは……」
彼女「確かにそのように思われるのはいい気がしないな」
俺「そ、そうそう」
彼女「そうか。 すまんな、お前を信用していると言いつつストーカーまがいの事をしていたのではと疑った」
俺「はははやるわけないない」
彼女「もし本当にやっていたとしたら軽蔑しかしないな」
おれ に 9999 の せいしん てき ダメージ!  ▼

369 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:42:04.93 ID:fNXhvYIy0
 旦
「いくつかの偶然が重なるとそれが必然だと思ってしまう」というあいつの言葉には心当たりがあった。
半年ほど前、兄王子――陛下からの信頼も厚く、すでに国の一部の統治を
任せられており別の場所で暮らしている――が、宮廷に訪れていたときである。
下女「聞いてくださいよ! 本日殿下が……無能じゃないほうの殿下がいらしているのですけど!
    なんと、五回! 五回も廊下ですれ違っちゃったんです! しかも三回、目が合ったんですよ!」
私「それは偶然だったな」
下女「偶然なんかじゃないんです! そんなに偶然が重なるわけがないんです!
    限られた時間の中であんなに目が合っちゃったら、もう偶然なわけがないんです!
    きっと私と兄殿下は運命の赤い糸で結ばれちゃっているんです! きゃーどうしましょう騎士様!」
妄想もいいところである。

372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:47:20.32 ID:fNXhvYIy0
ただ偶然同じ場所を通り、ただ偶然目が合った、それも一方的な勘違いかもしれないというのに、
たったそれだけで、それが運命の仕業だという下女を酷く馬鹿にした覚えがある。
多分、同じようなものだろう。
そう、ただ単に偶然が重なっただけではないか。 偶然同じ時期に同じ道を通っただけだ。
それだけで私の後をついてきたのではないかと考えるのは自意識過剰というものだ。
足音はおいておくとして、尾行する者特有の視線だって全く無かった。
第一あいつには私を追う理由などないではないか。
戦場でも、酔いつぶれた時も、私に何もしなかったのだから。

374 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:50:00.89 ID:fNXhvYIy0
日が暮れると小さな洞穴の入り口に火を焚き、質素な夕食を済ます。
限られた食料を取り合って喧嘩する声も聞こえたりはぜず、とても静かなものだった。
ボサボサの頭をした男が荷物を探り「デザート」と言ってまたリンゴを放り投げた。
食料は一緒に買って回ったはずだが、リンゴを買った覚えは無い。
私「いつの間に買ったんだ」
ボサボサ頭「肉を吟味している間にちょろりと。 金は俺のだから安心して」
私「何故、リンゴなんだ」
ボサボサ頭「今の時期美味いし、安いからね」
こいつ本当は、私の好物がリンゴであることを知っているのではないか。
齧り付くと、口の中で甘く少し酸っぱい果汁がじゅわりと染み出た。 やはり、美味い。

376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:53:13.81 ID:fNXhvYIy0
翌日、翌々日もひたすら歩き続けた。 去年のように雨が降ることはなさそうでなによりである。
ボサボサの頭をした男はこの道をよく通るらしく、この数日も全く地図を見もせずすいすいと進んでいく。
ならば何故今更クマになど襲われたという話になる。 「運悪くしっぽ踏んだんだよ」 馬鹿か。
近道もいくつか知っているらしく、少々険しい道も歩いた。
私が歩けると言ったから通っている道なのに、なにかと手を貸してくれようとしている。
実際無理しているところなどないので「助けなどいらん」と出された手を払いのける。
眉を下げる仕草は、相変わらず眼帯には似合わない。

378 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:54:50.01 ID:fNXhvYIy0
昔女に振られた理由について話しながら小さな川の側を歩いていた時である。
突然、目の前の男が立ち止まった。 その肩に私の鼻がぶつかりそうになる。
文句を言おうとすると、男は閉じた口の前に立てた人差し指を運んだ。
「静かに」という合図である。
こいつは耳がいい。
いつか馬車に乗っていたときも後ろから迫る盗賊の蹄音に気付いたほどである。
今回も何者かの気配がしたのだろう。 ……まさかクマが現れた訳でもあるまい。
ボサボサ頭「……ちょっと、多いかも」

380 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:57:03.94 ID:fNXhvYIy0
言った瞬間、背後でガサリと茂みが揺れる大きな音がした。
私とボサボサ頭の視線はそこに奪われる。 先には武器を持った者。
と、一瞬私の視界の端――男の死角で、何かがきらりと光った。
まさか。
男を突き飛ばす。
バン、という音と共に放たれた矢は、また、私の肩を射た。
ボウガンを持った男は舌打ちをし、そして逃げていく。
ボサボサ頭が私の名を叫ぶ。

382 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:58:41.16 ID:fNXhvYIy0
私「大事無い、さっさと追え!!」
ボサボサ頭「……ッ すぐ戻る!!」
ボウガンの男を追い、私は残される。
刺さった矢を抜こうとすると、またガサリと音がして三人の男が現れた。
手には、剣を持っている。
私「……いいだろう、丁度腕が鈍っていたところだ」
思わず笑みがこぼれた。
久しぶりに剣を抜く。

384 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:59:19.59 ID:fNXhvYIy0
 旦
木々を掻き分け雑魚の首を飛ばしボウガンを放った男を追う。
あいつの走り方は少々おかしい。 裾に隠れているが、もしやあれは――
崖に追い詰めると、相手は動きを止めこちらに振り返った。
その顔には見覚えがあった。
弓兵「よぉ」
かつての戦場で、同じ傭兵として雇われていた――
そして、決闘の途中にボウガンを放ち、彼女の左脚に命中させた男。
俺「なんのつもりだ」
弓兵「そりゃこっちの台詞だよなァ?」

387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:01:35.95 ID:fNXhvYIy0
弓兵「テメェの為を思ってあの女隊長を撃った! しかしどうだ、テメェはその恩を仇で返しやがった。
    おかげで碌な飯にもありつけやしねぇ! こんな片脚無ぇカタワなんか誰も雇いたくねえってよ!!」
弓兵「しかもだ! やっと見つけたテメェは、あの女隊長と仲良くしてやがるじゃねえかよ!
    一緒に落ちた場所でヤって仲良くなったのか? そんなことでオレの人生めちゃくちゃにされたのか!?」
俺「お前の人生なんか知るかお前の存在価値なんか彼女に比べればシラミ以下だ」
弓兵「一々ムカつく野郎だな。 ……まぁ良い! テメェを殺すつもりだったが、
    あの女がそんなに大事だってんならむしろ外して正解だったみたいだな!」
俺「どういう意味だ」
弓兵「あの矢には毒がたっぷりと塗ってあった! テメェは一生悔やんで死ね!!」

393 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:06:41.58 ID:fNXhvYIy0
弓兵の左の義足を叩き折り、マウントポジションをとる。
首元につきつけた剣は既に薄い皮膚を切り血を滴らせていた。
俺「解毒剤を出せ今すぐだそうすれば楽に殺してやる」
弓兵「んなもん無えよ!! 毒はヘビのもんだ、一度食らったら必ず死n」
手首を捻ると弓兵の首からは汚い血が噴き出した。
役立たずに興味はない。
立ち上がり、彼女の元へ急いで戻る。
俺「……俺の、せいじゃないか! くそ……!!」

394 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:06:48.65 ID:zJ5uuZQs0
この弓兵の気持ちはよく分かる
こいつもうこれから生きていけないだろうな

398 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:09:47.70 ID:fNXhvYIy0
彼女の名を呼ぶ。 彼女の名を叫ぶ。
返事は無い。
地面に剣が突き刺さっているのが見えた。
近付いていくと、そこにはぐったりと木に凭れる彼女の姿があった。
再び彼女の名を呼ぶ。
返事は、ない。
彼女の手には、肩に刺さっていたであろう矢が握られている。
ここに来る前に、俺が斃した覚えの無い者の死体が五体転がっていた。
彼女はそれらを斃した後、矢を抜いたのだろう。 だとすれば、毒はもう全身に――

402 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:14:24.04 ID:fNXhvYIy0
膝から崩れ落ち、うなだれる。
俺のせいだ。 俺のせいだ。 俺のせいで彼女は。
俺があの時、仕返しにとあいつの脚を切り落としたから。
俺があの時、あいつに僅かな情けをかけて生かしておいたから。
彼女の言うとおり、裏目に出た。
聴覚の妨げとなる小川の側を歩いて足音に気付くのが遅れたのは俺ではないか。
目の前の敵に惑わされて死角の敵に気付けなかったのは俺ではないか。
俺は、彼女の護衛をするためにこの旅をしているのではないのか。
何が護衛だ、守られているのは自分ではないか!
そればかりか、守るべき人を死に至らしめてしまったではないか!!