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女旅人「なにやら視線を感じる」
Part5


234 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 10:56:57.27 ID:fNXhvYIy0
王子「うわっ!!?」
王子は私の上から転げ落ちた。 そして怪物を見るかのように、私を指差す。
王子「な、なんだ、お前、そんな身体で……!!
    そんな化け物みたいに醜い身体が、女のものだって言うのか!?」
そして未だに倒れる私に寄って、「汚らわしい」「奇形」と腹を蹴る。
口に入ったゴミを外に出すかのように、臭い唾を私の顔に吐き捨て、
王子「あ゛ー興ざめた! 気分悪ぃ!! 帰る!!」
と、床を踏鳴らしながら部屋から出て行き、壊れそうなほどに強くドアを閉めた。
取り残された私は、しばらくそのまま天井を見ていた。

235 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 10:58:12.36 ID:fNXhvYIy0
ソファに凭れ呼吸を整えていると、ドアがノックされ下女が入ってきた。
ケーキを焼いたから食べないか、とのこと。 何も言わずに手を振った。
私「それより、服を引っ掛けて破いてしまった。 替えを頼む。 楽なやつを」
下女「はい、分かりました」
服を取りに部屋を出ようとしたが、ドアの前で足を止めた。
私の表情を窺がい、おどおどと少し口ごもりながら私を心配した。
下女「……大丈夫ですか? お顔が、真っ青です」
何も言わないまま、またひらひらと手を振る。
下女は困ったような顔をし まだ何か言いたげだったが、そのまま部屋を出て行った。
膝を抱きかかえ、顔を埋める。
あのボサボサの頭をした男のだらしない顔が見たいな、と思った。

240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:06:34.80 ID:fNXhvYIy0
ボサボサ頭「何かあった?」
開口一番がそれだった。 下女にも言われたが、私は相当酷い顔をしているようだ。
この男もやはり何か言いたげではあったが、何も言わないまま席についた。
こいつは、私のことをどう思っているのだろうか。
やはり弟王子やそこらの傭兵達の様に――私を慰み者としか見ていないのか。
それとも、この町にいる間だけ共に酒を飲む、ただそれだけの人間だと思っているのか。
そして、私はどうなのだろう。 私はこいつをどう思っているのか。
戦場で仇として出会い、情けをかけられ助けられ、そしてまた偶然この場所で出会ったこの男を。
決闘で清々しいほどに負かされ、数えられる程度しか共に酒を飲んでいないこの男を――

243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:12:31.48 ID:fNXhvYIy0
共に旅をしたいと、告げた。 いつの間にか口が勝手に喋っていた。
当然こいつは大層驚いたが、酒を飲んで深呼吸をすると落ち着きを取り戻し、
そして真っ直ぐ私の顔を見て問うた。 何故そんなことを言うのか、と。
私「私は、疲れたんだ。 あそこでの生活が嫌になったんだ」
いろいろな出来事が頭を過ぎった。
どれもこれも、吐き気がするほどに嫌な事ばかりだ。
言いたいことは山のようにあった。 言うことができれば、どれだけ楽になるだろうか。
しかし喉から搾り出すことができたのは、たったこれだけの言葉だった。

245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:18:16.27 ID:fNXhvYIy0
私「もちろん、お前が嫌だと思うのであればそれでいい、今日の話は忘れてくれ」
忘れて、今までのように、毎日じゃなくてもいいから共に居させてくれ。
どうか私から離れないでくれ、お願いだから――……言える、わけがない。
だいたい嫌がるに決まっているのだから、こんなことを言っても余計に――
いや、それとも旅をしようと言った時点で――嫌われてしまったかもしれないな。
しかしその予想は大きく外れた。
ボサボサ頭「えっと、じゃあ、行こっか」
少し恥ずかしがる男の言葉を聞いた瞬間、
私の中の糸のようなものがプツンと切れ、目の前が真っ暗になった。

246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:24:26.39 ID:fNXhvYIy0
 旦
店員によると、彼女は開店前から来てそれからずっと飲み続けていたらしい。
酒が進んでないように見えたのは限界が近付いていたからだったようだ。
だったら、あの言葉も酔った彼女の戯言なのだろうか。
糸がプツンと切れたように眠る彼女を見て考える。 どうしたものか。
最初に彼女がそうしたように、このまま店に放置しておけばいいのだろうか。
いや、彼女のような美しいかつ可愛い女性が無防備にもこんな場所に寝ていては
他の酔っ払った客に何をされるかわかったものではないし、放置はダメ絶対。
彼女の肩を揺すってみる。 起きる気配なし。
だめだこりゃ

247 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:26:32.47 ID:WLosrk7p0
ONBU!!
ONBU!!!!
O!!!!N!!!!BU!!!!!!!!!

249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:28:32.87 ID:iqKvdHBZ0
ohimesama!!
dakkko!!!
a!k!k!ko!!!!

250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:29:48.02 ID:lXZBST7i0
>>249
待て。良く読み直せ。

253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:31:00.41 ID:c0PfHZgf0
>>249
落ち着け
和田アキ子を所望してどうする

251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:30:36.20 ID:fNXhvYIy0
宿屋「お? 兄ちゃん今日は早かtt」
彼女を背負う俺の姿を見た宿屋の旦那がぽかんとしているのを尻目に、急いで部屋に運び込む。
唯一の狭いベッドに彼女を寝かし、ボロい布切れのような毛布をかける。 無いよりはマシだろう。
規則的に胸を上下させ、すぅすぅと寝息をたてる。 髪は乱れて彼女の顔にかかっている。
そして何より、まだありありと残っている、彼女の体重を担っていた俺の背中が捉えた感触――
彼女の、小さいながらも確かにあった柔らかなモノの感触が、俺の頭を、股間を刺激し、
今にも爆発させようとしていた。
これはいかん。 これはいかん!! これは、俺の理性が保たん!!
いくら彼女が寝ているとはいえ、その横で息子を宥めるというのも……不可ッ!!

257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:37:20.32 ID:fNXhvYIy0
宿屋「で、何でオレんとこに居んだよお前は」
俺「萎えさせるには旦那を見るのが一番だと思った」
宿屋「失礼な、見ろこの肉体美」
俺「なんというビールっ腹。 あー萎えた萎えた」
宿屋「だいたい萎えさせる必要がどこにあるんだ。
    折角たぶらかした女だろ、さっさとぶち込みゃいい。 女を待たせちゃいかんぜボウヤ」
俺「たぶらかしてなどいない! 酔いつぶれちゃったから仕方なく、」
宿屋「なるほど酒を飲ませて無理やりか。 でも後悔するぜェきっと」
俺「だから、そんなつもりは無い!」
宿屋「無いっつーか出来ないんじゃねーの。 臆病っつーか甲斐性なしっつーか」
俺「俺は紳士なだけだ!!」

260 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:40:27.61 ID:fNXhvYIy0
俺「……というわけでさ、俺をここで寝かしてほしい」
宿屋「だめ。 却下。 客は客室で寝ろ」
俺「じゃあ新しく部屋を借りる。 多少高くてもかまわん」
宿屋「却下。 満室」
俺「ふざけんな客来ねーってボヤいてたのどこのどいつだ!!」
宿屋「うるせー店主が満室っつったら満室なんだよ!!
    折角シングルベッド一つの密室なんだから童貞ぐらい捨てて来い!!」
その後も口論は続いたが、結局別の部屋で寝ることは許されなかった。
くそう、あのおっさんめ。 明日奥さんにおっぱいパブ行ってた事バラしちゃる。

262 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:43:20.19 ID:fNXhvYIy0
朝の日差しがこうこうと輝き、小鳥の囀りが聞こえる。 俗に言う朝チュンである。
窓から差すその清々しい光が作り出す陰で、俺は膝を抱えて蹲っていた。
俺は何もしなかった。 出来なかったのではなく、しなかったのである。
無防備、無抵抗の彼女を前にして俺は、何もしなかったのである。
一晩耐え抜いたこの俺を誰か褒めてやって然るべきだ。
とりあえずロビーに降りる。
カウンターの奥では宿屋の奥さんが朝食を作っていた。
俺に気付くとニカッと笑い「もうちょっとだからね」と言った。
宿屋の旦那と奥さんは喧嘩こそするものの、仲良く今までやってきたのだろう。
俺が居ない間にライバル店が増えたりもした。 それでも、これからも二人三脚で続けていくのだろう。
そんな夫婦の仲に皹を入れるのは、やはり良心が痛む。 他人が介入するのは野暮というやつだ。
俺「前、旦那さんが若いお姉さんのいっぱい居る店に居たよ」

265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:46:55.96 ID:fNXhvYIy0
朝食を持って部屋に戻る。 と、ドアの閉まる音で彼女は起きてしまった。
彼女「ん……」
もぞ、と動く。 かわいい。 うっすらと目が開く。 かわいい。
上半身を起こすも、まだぼーっと目を擦っている。 超絶かわいい。
キョロキョロと見回し、俺と目が合う。 その瞬間ぱっと見開かれた。
彼女「な、なっ……!!」
俺「お、おはよう……」
彼女「私の剣は!!」
寝起きどっきり。 死ぬほどかわいい。
というか起きてまず剣の心配か。 ベッド脇の壁に掛けてあるのを指差す。

267 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:49:03.33 ID:fNXhvYIy0
彼女「……私の部屋、ではないようだな」
俺「酔いつぶれて寝ちゃったんで、運ばしてもらいました」
「そうか」と言いながら彼女は自分の胸、そして下腹部を触って確認し、
そして小さく安堵の息を漏らした。 俺はそんなことしてないので安心してください。
彼女「……酒場からは、宮廷の方が近かったと思うが」
俺「いやそうだけど……そこには行きたくないだろうと思って」
はっとしたような顔をする。

268 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:51:11.12 ID:fNXhvYIy0
彼女「……昨日は、とんでもない事を口走ってしまったな」
俺「酒かなり飲んでたみたいだしなぁ」
酒を飲んだ勢いで、思ってもいないことを言ってしまうことはある。
当然、今回――彼女が共に旅をしたいと言ったことも、そうだと思っていた。
その時だけでも俺は死ぬほど嬉しかったから、今嘘だったと言われても
ヘコタレ……ないことは絶対にないが、まぁ仕方ないかと諦めることはできる。
彼女「うむ、だから……その時の言葉、取り消して欲しい」
俺「あ、……はい」
ほらほらほらほらぁぁぁああああ!!!
所詮夢だったんだよちくしょおおおおおおおおおお!!!

270 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:52:38.69 ID:fNXhvYIy0
彼女「それでだな」
俺「あはい」
彼女「傭兵のお前に、依頼する。 内容は私の旅の同伴、護衛」
彼女「報酬は当分の食費と宿代。 どうだ、引き受けてくれるか」
つまりは――
しばらく固まったあと、黙って頷く。
彼女はにっこりと笑って「ありがとう」と言った。

274 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:56:35.96 ID:fNXhvYIy0
一階のロビーにはボコボコにされた宿屋の旦那がぽつねんと立っていた。
理由は知っているが「どうしたのその顔」と訊いてみた。 「放っておけ」
宿屋「それよか朝の決まり文句! 『昨夜はおたのしみでしたか』?」
俺「あっおいこら!」
言ったとき、彼女がちょうど階段から降りてきた。 旦那の表情が固まる。
そして、俺と彼女の顔を指を差し、交互に確認した。
宿屋「たたったたたた隊長殿ぉぉおおおおおッ!!!?」
彼女「朝から騒々しいな」
宿屋「え、どっ……おい、もしかして前言ってた飲み友達って」
俺「彼女がその」
宿屋「な、なんだってー!!!」

276 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:58:07.71 ID:fNXhvYIy0
宿屋「た、隊長殿! お言葉ですが何故このような糞野郎とセッk」
言わせねぇよ!と首元にナイフを突きつける。 このおっさんなんてこと言いやがる!
彼女はやれやれといった感じで「勘違いしないでいただきたい」と言った。
彼女「妙な噂を流してもらっては困るのだ。
    私が酔った勢いで男との肉体関係をもってしまったなどという隊の沽券に関わるような事は特にな」
宿屋「は、ハイすみません、それにこんな男にゃそんな勇気も意気地もありませんでした!」
俺「あのなぁ」
その後、俺が町を出ることを旦那に告げると、一瞬寂しそうな顔を見せた。
宿屋「また泊まりに来い。 死ぬんじゃねえぞ」
俺「旦那もおっパブ行き過ぎて奥さんに殺されないようにな」
宿屋「テメェかぁぁあああああッ!!!」

278 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 11:59:38.36 ID:fNXhvYIy0
彼女「お前の気遣いには感謝するが、結局は一度戻らねばならない」
宿を出てからそう言った。
旅にはそれなりに準備が必要であるし、なにより彼女は騎士団五番隊隊長という
かなり高い地位の人物であるため、いろいろと片付けなければならないことがあるのだろう。
というか、そういう重要人物が急に席を離れることに上からの許可など下りるのだろうか。
そんな事を考えながら、俺は食料の調達に勤しんでいた。
旅の間に彼女が食べる量、好きな食べ物、苦手な食べ物は全て把握しているつもりだ。
なんせ一ヶ月彼女を見続けていた、彼女の食生活のことなら俺に任せろ。
それプラス、俺自身が食べる分も買う。 手に持つ袋はなかなかに重い。
こ、これが、二人分の食料の重さか……!

281 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:02:15.82 ID:fNXhvYIy0
待ち合わせをしていた町の東門に寄り掛かりながら、シャクシャクとリンゴを食べる。
彼女が来るのは夜か、下手したら明日……いや、もしかしたら外出の許可が下りないかもしれない。
心配事は多々あるが、それよりも俺は待ち合わせという行為そのものの方にこそ感じるものがあった。
そわそわというか、わくわくする。 どうした自分、ティーンエイジャーに戻ったつもりか。
日時計で言うところの午後二時過ぎ、思っていたよりかなり早く彼女は現れた。
その姿は去年ずっと追い続けていたときのそれと同じで、俺にとってはそれが最も馴染み深い服装である。
彼女「待たせたな」
俺「いや、俺も今ちょうど買い終わったところだから」
やったことはないがデートの待ち合わせみたいだな、と思った。
しかし今の彼女との関係は「依頼主」と「傭兵」なのである。
何故俺に頼んだのかという質問に対して、彼女は「目の前に居たお前が傭兵だったから」だと答えた。
結局のところ旅をするのは――傭兵であれば、誰でも、よかったのだ。

283 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:07:00.47 ID:43hYGA8j0
>何故俺に頼んだのかという質問に対して、彼女は「目の前に居たお前が傭兵だったから」だと答えた。
目の前に居た傭兵がお前だったじゃなくて、目の前に居たお前が傭兵だったってのが深いな

286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:10:26.10 ID:fNXhvYIy0
 旦
私にとってボサボサの頭をした男が、他の男に比べて何か特別な存在である事には違いなかった。
私はその本心を、あいつに知られてしまうことを恐れた。 それが重荷となって、嫌われてしまうのを恐れた。
共に旅をしたいという願いを「依頼」と改めたのも、その依頼をそいつにした理由を単純に
「傭兵だったから」と言ったことも、本心を探られないようにするためだった。
「元敵兵」、「飲み仲間」、「傭兵と依頼主」、「旅の相方」
あいつとの仲を、これ以上は望まない。 そして崩したくもない。
――私は、私が思っていた以上に臆病者らしい。
そう思いながら、行きたくもない宮廷に足を踏み入れた。
さっさと用を終わらせて、待ち合わせの場所に急ごう。

287 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:12:11.94 ID:fNXhvYIy0
待ち合わせの東門に腰を預けてしゃがんでいる男を見つけた。
食べ終わったリンゴの芯を歯に咥え、カクカクとさせて遊んでいる。 待たせてしまったようだ。
私に気付くと立ち上がり、芯をその辺に吐き捨てる。
そして荷物からごそごそと何かを取り出し、私に放り投げた。
微妙にずれた位置に飛んだそれを受け取ってみると、リンゴだった。
……確かに私はリンゴには目が無いが、こいつに言った覚えはない。
けど、まぁ、有難く頂いておこう、うん。 一口齧る。 美味しい。
その様子を見ると男はにっこりと笑い、歩き始めた。
ボサボサ頭「じゃ、行こうか」

288 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:17:26.49 ID:fNXhvYIy0
 旦
さて、彼女との二人旅が始まってしまったわけだが。
彼女が共に旅をしたいと告げたときは「おおっもしや」と思ったけどそんなことはなかったぜ!
現在「元敵兵」、「酒飲み友達」、「依頼主と傭兵」と「旅の護衛」が俺と彼女の関係、
それ以上を期待してはいけないし、また俺はこれを維持していかなければならない。
どうしてだろうな、去年はあんなに望んでいた彼女との旅なのに嬉しい反面胃がキリキリする。
きっと俺は彼女との接し方が分からないのだ。 いつもあった間を埋める酒は、もう旅では使えない。
妄想で何度も何度も描いた彼女とのらぶらぶちゅっちゅハッピートラベルライフでは
何かのトラブルに巻き込まれピンチの彼女の前にこの俺が颯爽と現れるのが常であった。
しかしそんな超ご都合主義なToLOVEるは現実で起こるはずも無く俺の活躍の場は無い。
すなわち俺には今のポジションを維持するだけの自信はない!
俺は彼女を見るだけで楽しいが、彼女にも旅を楽しんでもらわないことには意味がないのだ!

290 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:24:54.28 ID:fNXhvYIy0
彼女は俺の右側、少し後ろを歩いた。
多分右目が潰れた俺に対する彼女の気遣いで それはまことに嬉しい事ではあるのだが、
しゃくしゃくとリンゴを齧る彼女の可愛い姿を視界の端ですら捉えることができなかった。 無念。
ぽりぽりと右頬を掻いていると、不意に「おい」と彼女が話しかけてきた。
振り向いてみると、彼女の手には眼帯が握られており、こちらに差し出していた。
彼女「陥没していては痛々しくて見てられん。 隠しておけ」
oi おい これはあれか彼女からのプレゼントと見てよろしいか! 紀伊店のか!
そしてごそごそと荷物を弄った音がしなかったことから彼女のポケットに入っていたと推測できる。
彼女と密着状態にあった布だと。 素晴らしいこれはクンカクンカする他ない!
否そんな姿を晒すなど紳士としては恥ずべきだ。 ここは――
目に装着するとき鼻の前を通り過ぎる瞬間に、こっそりと匂いいや香りを嗅ぐべきであろう。

291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:28:53.62 ID:fNXhvYIy0
俺「ありがとう死ぬほど嬉しいです」
彼女「死ぬほどってな……ま、まぁ喜んでくれたみたいで何よりだ」
俺「でもどうだろう、ガラ悪そうに見えないかねこれは。 盗賊みたいに」
彼女「間抜け面に締りが出たし丁度良いんじゃないか」
俺「間抜けって……そんな風に思われてたのか」
彼女「間抜けで優柔不断だな」
俺「否定も肯定もできんとは!」
これは友人としての会話なのだろうが、やはり彼女とのそれは楽しかった。
眼帯というプレゼントも貰ったしもう人生の最盛期と言っても過言ではないだろう。

293 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:37:57.64 ID:fNXhvYIy0
出発が遅かったこともあるが、空はあっという間に暗くなってきた。
歩きながらせっせと拾った枝を組み、フリントで火種を作って火を育てる。
俺が塩漬け肉を切り分けて串に刺し ぢりぢりと焼いている間、彼女は小さな鍋でスープを作っていた。
「初日ぐらい贅沢してもいいだろう」とのこと。 かかかか彼女の手作り料理だよおい!!
食卓には肉の串焼き、小さなパン、酒、そして彼女手作りの豆と野草のスープが並んだ。
酒を掲げ、乾杯。 ジョッキやグラス同士がぶつかる爽快な音ではなく、
動物の胃袋に入った酒がボチョンと揺れる音しかしなかったが、まぁそんなものは味に関係ない。
スープをまず一口、飲む。 間を入れずに二口目、三口目と口に運ぶ。
なんという美味さだ! かつてこれほどまでに美味いスープを飲んだことがあっただろうか!
豆に合った絶妙な調味料の加減、加えられたバターによるまろやかさ、
そして何より目の前で彼女が作ったという事実が俺の頬を削げ落とした。 今なら死んでも良い。

295 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:43:08.33 ID:fNXhvYIy0
 旦
渡した眼帯に喜んでくれたようだった。 医務室には義眼もあったが、
髪がボサボサで髭も毎日どこかしら剃り残しがあるズボラな男にそれが合うとは思えなかった。
正直、眼帯も似合ってはいなかった。 と言うより、あいつという男のイメージに合わなかった。
まぁきっとすぐに慣れると思うし、ずっと窪んでいるのを見せつけられるよりはマシだろう。
旅の初日だということで、景気付けにマメのスープを作ってみた。
軍行中 部下達によく振舞っていたものだが、こいつの口にも合ってくれたらしくペロリと食べてしまった。
そんなに喜んでくれるのなら、毎日でも作ってやりたい。 ……旅中は無理か。
夕食が終わり、私の腹は満たされた。 そして、心まで満たされた。
あいつが美味そうにスープを飲むのを見たからだろうか。

297 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:49:32.77 ID:fNXhvYIy0
私「去年も、一人で旅をしていたんだ」
ボサボサ頭「なんで?」
私「大した理由はない、ただぼーっとしたかったんだ。 尤も戦の準備ですぐ終わってしまったが」
ボサボサ頭「なるほどね」
私「それで、やはり単身では夜襲が心配で落ち着いて寝ていられなくてな。
  今回も一人旅でも良かったんだが、それもあってお前に旅の同行を頼んだわけだ」
ボサボサ頭「それなら部下の誰かでも良かったんじゃ」
私「あいつらは信頼こそ出来るが、やはり上司と部下だからな。 堅苦しいだろう。
  その点お前は傭兵でお互い気を使う必要もないし、私より腕が立つ。 ……信頼も、できる」
ボサボサ頭「え、……信頼、されてるんだ」
私「駄目か?」
ボサボサ頭「いやいや! そんなことは」

299 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 12:54:34.85 ID:fNXhvYIy0
ボサボサ頭「そ、それより……こんな急な旅、上が許してくれたのか?」
私「許可か。 書類ならすんなり通った」
ボサボサ頭「えっそうなの?」
私「……正直、廷内での私の評価はあまり良くない。
  由緒正しき正規軍の隊長という地位に居座るには私は相応しくないと、そういう声が多い。
  私が女だからか、若すぎるからか、平民――奴隷出身だからか、とにかく気に入らないと」
私「そんな中でも私が居られたのは武勲があったからだ。
  武勲があったから――利用価値があったから、なんとかしがみ付いていられた」
私「だが半年前、連合軍との戦で勝利を収めた。 圧勝だった。
  そんな勝ち方をしてしまったら、他の国もしばらくは不用意に手はだせなくなる」
私「戦がなくなる。 私は武勲を挙げられなくなる。
  武勲を挙げられない私は軍に利益を与えない。 評価を下げる邪魔者でしかない」
私「せめてと思い鍛錬や事務仕事を頑張っても、それは副隊長にだってできる。
   こんな立場のない私になんか、休暇や外出の許可が下りないわけがないだろう」

301 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:03:43.17 ID:fNXhvYIy0
私「……あ、す、すまん。 長くなってしまったな」
ボサボサ頭「いや……それはいいんだ、けど、騎士団を抜けようとは思わないのか?
       そんなしがらみが嫌だったから旅をしようと思ったんだろ、それなら……」
私「……旅をしようと思った理由はそれだけでもない。
  私は『駒』だ。 どこに行くも自由だが、いざと言う時の為に抜けることはできない」
私「それに私は副団長に恩義があるし、またあの人の下で働きたいとも思っている。
  今では特に、私のことを信頼してくれている大切な部下も居るからな。 抜けられないさ」
男は眉を下げ、しばらく黙った後「そっか」と言った。
何故、私はこいつにこんな話をしてしまったのだろうか。 こんなことを聞いたって困るだけではないか。
こいつは本来、私とは全く関係のない――
ボサボサ頭「でも、じゃあ、この旅の間だけでもそういうの忘れて、一緒に楽しもう」
―― 一緒に楽しむ、か。 無関係などではない、こいつは立派な「友人」ではないか。
きっと、どんな事があってもこいつと居れば、私は楽しく感じられるだろうな、と思った。

304 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:12:45.81 ID:fNXhvYIy0
 旦
しばらくの会話の後、明日に備えてそろそろ寝るかと提案した。
もちろん性的な意味ではなく。 本当はそうであってほしいけれども。
クジを引いた結果、俺が先に見張りをすることになった。
彼女が言ったように一人旅では自分を守るものは自分しかないので
獣や盗賊に襲われやすい夜などは、おちおち寝てもいられない。
その点二人旅は交代すれば、時間は少なくともぐっすり眠ることが出来る。
尤も一人旅に慣れきってしまった俺は――恐らく彼女も、熟睡は出来ないと思うが。
木に背を預け剣を抱いている彼女も、目は閉じているものの起きているに違いない。

305 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:19:17.07 ID:fNXhvYIy0
今日の彼女は珍しく自身についてを語ってくれた。 そして俺を信頼していると言っていた。
どちらも大変喜ばしいことである。 やっぱり今が人生のピークだ。
いやその話ではなく。
なんというか、騎士という職業は俺が想像していたよりも面倒くさそうであった。
辞める事すら許されないとは俺が一番嫌なタイプの仕事ではないか。
……いや、彼女だから、か。 彼女はかなり腕の立つ人物であるから他の兵団に入られることは避けたい。
また自身は語らなかったが、彼女はその容貌から市民から絶大なる人気を誇り、団のイメージアップにも繋がる。
しかし平民出身の女性である彼女を隊長などという高い地位に就けては他の平民出身の兵士がつけあがり
代々貴族の家柄が後を継いでいくという正規軍の威厳を損なうことにもなる。
また、旅に出たくなった理由は他にあると言った。
きっと彼女は、俺のような平民には想像のつかない様な しがらみの中で生きているのだろう。
「そういうのを忘れて旅を楽しもう」と言ったは良いが、俺に彼女を楽しませる――
いやせめて、気を紛らわすような力があるのだろうか。
ようやく聞こえてきた彼女の寝息に耳を澄ませながら、考えた。

306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 13:24:06.78 ID:fNXhvYIy0
それから何日も経ったが、彼女と俺の距離は相変わらず「友人」から一歩進めない。
いや、彼女からしてみればそれですらなく、まだ「酒飲み仲間」「依頼主と傭兵」かもしれないが。
本来、疲れた彼女の心を癒すというのが目的の旅であったのだが、
逆に俺ばっかりが気を遣わせて、しかも癒されているような気がする。
歩くときは常に俺の広くなってしまった死角に居てくれるし、
見張りが終わって俺が起こすときは子猫のように目を擦って超絶可愛いし、
逆に彼女が俺を起こすときは、彼女が直に俺の肩をぽんぽんと叩いてくれるのだ!
まさに至福のときであった。