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お嬢さん「現実逃避、しませんか?」
Part16


133:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 20:35:49.35 ID:GSIyCG6Oo
支配人「そこまで、おっしゃいますか」
支配人は、くつくつと喉を鳴らして笑う。
支配人「……では、もし」
支配人「たった一瞬でもそれができる、と言ったら」
男「……、……、……え」
支配人「貴方の言葉は、よく覚えております」
>男「もし俺を好きになってくれる人がいたら」
>男「俺はその人のために全力で一生をかけられるかな、って」
支配人「貴方がもしも本当に」
支配人「彼女のために一生をかけられるというのなら」
支配人「貴方の言葉が本当だというのなら」
>支配人「いや見てみたいものですね」
>支配人「人は本当に、他の誰かに一生をかけられるのか」
支配人「私は、見てみたい」

135:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 20:50:42.63 ID:GSIyCG6Oo
男「……本当に……、できるのか……」
支配人「貴方が一生をかけられるのなら」
支配人「ほんの一瞬だけ、そのチャンスを与えましょう」
男「……」
一生をかける。
その言葉が意味するところを俺は捉えられなかったが。
しかし、もし彼女のために何か出来るのなら。
男「それでもいい、一瞬でいい」
男「できることがあるのなら、俺は一生だって」
支配人「一生という言葉の重み」
支配人「……分かっておりますか?」
そんなもの、まだ一生を生きたことのない人間に、
分かるはずもない。
男「……それでも、何か、できるなら」
支配人は、どこか怪しく唇をゆがめる。

136:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 21:01:33.30 ID:GSIyCG6Oo
支配人「わかりました」
支配人「貴方を、過去の旅館にお送りいたしましょう」
支配人「こちらの時間と、あちらの時間は、全くの別物」
支配人「こちらから見れば、あちらの時間は止まっておりますが」
支配人「あちらにはあちらの、時間がある」
支配人「その、過去へ」
男「……」
……そういう、ことか。
支配人「これは悪魔の契約です」
支配人「貴方の一生を代償に、貴方の望んだ一瞬を、差し上げましょう」
男「そんなとこだろうと思った」
男「……いいだろう」
支配人「ふ、それでは」
支配人は手を差し出した。
俺はその手を、たしかに握る。
支配人「契約、成立です」

144:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 21:31:45.35 ID:GSIyCG6Oo
支配人「それでは、貴方の一生は預かりました」
支配人「これより貴方を過去へお送りいたします」
支配人「細かい裁量は過去の私に任せましょう」
男「……わかった」
支配人「怖くはありませんか」
男「……怖いさ、なんたって悪魔の契約だ」
男「怖くないわけない」
身体が全く、落ち着かない。
手だって、震えていた。
男「でも、やるしかない」
支配人「……そうですか」
支配人「気持ちは固まっているようですね」
支配人は、そこで俺の目を真正面から見る。
支配人「それでは過去に行く前に」
支配人「貴方は一つ手順を踏まねばなりません」
支配人「お教えしますので、ぜひ、ご自分で」

145:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 21:46:43.89 ID:GSIyCG6Oo
男「ここは……」
俺は霧に包まれていた。
支配人「どうも、はじめまして」
すっと、先ほどまで見ていた男ーー支配人が浮かぶ。
男「はじめまして……?」
支配人「ああ、貴方にとっては、過去の私ですから」
支配人「ここは、旅館に招く前の場所です」
支配人「出入り口みたいなものです」
男「……なるほど」
支配人「未来の私と契約をしたそうですね」
支配人「どれ、ちょっと契約を確認させていただきます」
支配人は、俺の手をつかんだ。
支配人「……ふむ、なるほど」
支配人「これはまた、とっぴな契約ですな」

146:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 21:57:38.94 ID:GSIyCG6Oo
支配人「本来ここで、お客さんには対価を選択していただくのですが」
支配人「この契約では、申し訳ありませんが、貴方に選択の権利はなさそうです」
男「……そうか」
もとより、そう自由の利くことではないとわかっている。
既に俺は、契約した悪魔の言うことに従うしかない。
支配人「まず第一に、貴方がその一瞬にたどりつくまで」
支配人「つまり一生をかけきるまで」
支配人「その行為が出来ないようにしなければなりません」
支配人「まずは一つ。貴方から思考能力の全てを頂戴いたします」
男「……、……そうか」
支配人「発声機能と聴覚も、あると困りますね」
支配人「コミュニケーションが取れてしまう可能性がある」
支配人「ではその二つも、頂戴いたしましょう」

151:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 22:13:25.73 ID:GSIyCG6Oo
支配人「記憶は……、頂くわけにはいきませんね」
支配人「でないと、貴方が一生をかけたと認識できず」
支配人「それでは貴方が一生をかけたことに、ならない」
支配人「……少々、むごいですが」
男「むごい?」
支配人「……そのときになれば、わかるかと」
支配人「ああそうだ、顔も隠さなければなりませんね」
支配人「誰だか分かってしまってもアウトだ」
支配人は、どこから出したか、
支配人「どうぞ、この仮面をつけてください。さすがにのっぺらぼうにするのは忍びない」
差し出された仮面を、俺は受け取って、
顔に、つける。
男「……あまり、いい気分ではないな」
支配人「いずれ慣れるでしょう」
支配人「その仮面は、役目を終えるまで」
支配人「もう貴方からは離れません」

158:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 22:43:25.08 ID:GSIyCG6Oo
支配人「さて、このあたりでしょうかね」
男「……そうか」
支配人「何か質問は、ございますか」
今更何もないなと思ったが、ここで何も聞かないというのも勿体無い。
男「風呂はどうする」
支配人「ははは、なるほど」
支配人「大丈夫です。この場所では、時間が動きません」
支配人「何日風呂に入らなかろうが、現時点を維持しまから」
支配人「におったり汚くなったりはしませんよ」
男「ああ……」
>男「俺、へんなにおいしてないか……?」
>メイド「へんなにおい?」
>メイド「してる?」
>メイド「雄のにおいすらしない」
>メイド「さかってない」
>メイド「結論は?」
>メイド「「「しない!!!」」」
>男「うーん……、あてにしていいのかこれ」
こんなところで、メイドさんの正直さが証明されたか。

159:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 23:01:52.80 ID:GSIyCG6Oo
支配人「一応、注意だけ」
支配人「貴方は一生をかけました」
支配人「ですから、貴方が途中で自殺を図ろうとしても」
支配人「決して死ぬことはできません」
男「思考ができないなら、そんなことにはならないのでは」
支配人「残念ながら記憶と本能がのこっています」
支配人「気が狂う可能性は十分にあり」
支配人「であれば自殺につながることも、まったくもってないとは言えません」
男「……そうか」
背筋に嫌な寒気が、走った。
支配人「貴方はおそらく、一生をかけきった時点でぴったり契約を履行できるように」
支配人「時間が調整されている」
支配人「悪魔はその辺り、キチっとしてます」
男「……そうか」

160:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 23:13:35.39 ID:GSIyCG6Oo
支配人「それでは、そろそろ」
男「ああ」
また浮かび上がるように、
扉が現れた。
支配人「ここに入れば、貴方の時間が始まります」
支配人「これからの一生の、時間です」
男「……ああ」
支配人「貴方の一生がどの程度か知りませんが」
支配人「人一人分の一生は、ながくとも百年かそこらでしょう」
支配人「それを、耐えれば」
男「……途方もなくて、よく分からないよ」
支配人「……そうですね」
男「それじゃあ、行ってくる」
俺はそうしてその扉をひらき。
中へと、入っていった。

162:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 23:17:41.23 ID:GSIyCG6Oo
後ろでパタンと扉がしまった。
そこは、長い長い廊下だった。
男「ここは……」
俺はここがどこかを理解すると同時に、
男「……!?」
ゆっくりと。
ぼろぼろと。
大切な何かが、自分からこぼれ落ちていくのを感じた。
男「あ……っ、ーー!」
最初に声が、出なくなった。
男「ーー」
次に、だんだんと音が聞こえなくなっていった。
すうっと、音そのものが身体から抜け出ていくような。
長い廊下は、シンとした。
男「ーー」
そして頭の中に今度は靄がかかりだし。
最後に俺は、
考えることを失った。

163:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 23:23:42.31 ID:GSIyCG6Oo
最初の一日は、ただ廊下に突っ立っていたと記憶している。
男「ーー」
恐ろしく長い廊下を、ただ見つめて。
自分が何故ここいるのか、分かっているような、わかっていないような。
時間がとても、長く感じられた。
二日目からは、歩き出した。
長い長い廊下を、ふらりふらりと行ったりきたり。
男「ーー」
何がおこるわけでも、誰がくるわけでもなく。
ただ延々とつづく廊下を、歩くだけ。
男「ーー」
時間はとても、長く感じられた。

165:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 23:30:28.05 ID:GSIyCG6Oo
それが三日、四日、五日とつづいて、一週間も経った頃には。
男「ーー」
俺はその行為に、飽きた。
いや飽きるというよりも、それ自体がストレスになり始めた。
廊下の向こうへ行ってみようともしたが、
なぜかT字路のところより先には行っていけないような気がした。
男「ーー」
だから俺は、延々と廊下、行ったりきたり。
時間はとても、長く感じられた。

166:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 23:38:43.78 ID:GSIyCG6Oo
二週間がたったころ、偶然T字路を通りかかった人間を見つけた。
記憶にはない人間の男だった。
彼は俺を見て立ち止まっていたので、
近づいてみた。
男「ーー」
しかし男は、怯えた表情で駆け出した。
よく分からなかった。
その何日か後にも、女性を見かけた。
これも記憶にはない人間だった。
男「ーー」
やはり彼女も、逃げ出した。
よく分からなかった。
それからさらに数日後に、今度はメイドさんをみかけた。
男「ーー」
メイド「あどうもー」
メイドさんは挨拶をしてくれた。
嬉しいと感じた。

167:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 23:43:08.64 ID:GSIyCG6Oo
その日、支配人がやってきた。
支配人「どうも」
男「ーー」
支配人「さすがに辛く思ったので」
支配人「せめて私と、メイドさんたちの声は聞こえるようにしておきました」
何を言っているのかわからなかった。
支配人「……」
支配人「それでは」
男「ーー」
俺はまた廊下を歩き出した。

169:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/09(火) 23:56:09.78 ID:GSIyCG6Oo
延々と廊下を歩き続け、座ってみたり、壁を眺めてみたり。
一月、二月、三月と経って、ようやく半年が過ぎた。
もちろん日数など数えていなかったので、
支配人が教えてくれたものを記憶しただけである。
男「ーー」
この旅館にいる人間は、
今のところ全員記憶にない人たちだった。
今日もまた、いったりきたり。
明日もまた、いったりきたり。
延々と、延々と、延々と、延々と。
朝も、昼も、夜も。
時間など大して分からないまま、もう一度、もう一度、もう一度。
男「ーー」
今日も。
今日も。
今日も。
今日も。
今日も。
今日も。
今日も。
今日も。
今日も。
今日も。
今日も。

170:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 00:06:08.81 ID:F106sh6go
一年が経ったとき、俺はとても達成感を感じた。
しかしそれもすぐに消えた。
まだ最初の一年が過ぎただけだと分かったからだった。
男「ーー」
言い知れない感情が芽生えた。
怒りのような、憎しみのような。
俺はある時通りがかった人間に、飛びついていた。
押し倒し、こぶしを振るっていた。
しかしそこにやってきた別の男に蹴り飛ばされた。
俺は二人の男と戦って、
体中を負傷し、動けなくなった。
俺は二日ほど、そのまま寝転んでいた。
それからしばらく、ここに人はよりつかなくなった。

171:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2012/10/10(水) 00:15:12.67 ID:F106sh6go
ある時から、俺にはメイドさんがあてがわれるようになった。
何が原因だったかは分からない。
もしかしたら客の女に何か手を出していたかもしれない。
男「ーー」
メイド「い、いやですよお、お客さん」
メイド「あいた、いたた、乱暴にしないで」
メイド「もうちょっとやさしく」
男「ーー」
メイド「私たち性感機能ないんで、いたいだけなんですよ」
ただそれは退屈な毎日に、一瞬でも楽しいと思わせるもので。
メイド「ああもう、いまおわったばっかりでしょう」
男「ーー」
メイド「わかったわかりました、そんなしなくても、逃げませんってば」
しばらく俺は、それを頻繁に、つづけた。