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姫「置き去りにされた世界の中で」
Part6


124 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:27:09.02 ID:dxS7ozrO0
姫「この砂漠の真ん中に水気を帯びた物を仕入れてくるとは、洒落た奴だ」
透き通るガラスをその眼に焼き付ける
よっぽど珍しいのか、無意識に手を伸ばしている
勿論触らせはしない。水時計を素早く彼女から引き離し一つ、提案する
男「よし、賭けをしよう」
姫「ほう、私のマネをするつもりか?……私が出題する物ではないから乗り気ではないが。ま、いいだろう」
やはり乗ってきた
こうして彼女に暇つぶしを提供してやるのもまた面白い

125 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:27:42.70 ID:dxS7ozrO0
男「んじゃまずは……コイツは水時計って言ってだな、砂時計の亜種みたいなもんだ。見た事は無いか?」
姫「無いな。ああ、とても美しい作りをしている……賭けに使うのか?」
そう、賭けに使う小道具はコイツだ
そして、賭けの賞品としての役割も持ってもらう
姫「何?」
男「お前が勝ったらくれてやる。その代り、俺が勝ったら……」
言葉を続ける前に、彼女はその身を縮めて抱きしめるように構えた
次いで宙に浮いた帽子と手袋が割って入り込む
何か勘違いしているようだが、俺はそんなことをしようとは微塵も思っていない

126 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:28:09.63 ID:dxS7ozrO0
姫「……違うのか?」
男「阿呆、ガキの身体に興味は無いっての。まぁいいや、俺が勝ったら……特には何もいらん」
姫「正気か?賭けにならないじゃないか」
男「お前、自分が前にやった賭けを思い出して見ろ」
自分の頭に手を当て探るような仕草をしている
昨日の今日だろうに、そこまでオーバーアクションを取る必要もないだろう

127 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:28:45.52 ID:dxS7ozrO0
姫「そういえば私も同じような事をしたな」
男「あくまでお互いに暇つぶしだ。その程度の感覚でいいだろう」
笑みを浮かべて彼女と顔を合わせる
軽い気持ちで出来る暇つぶしだ、お互いに損は無い
姫「では早く内容を説明しろ。つまらなかったら承知しないぞ?」
男「それは聞いてからのお楽しみ……」
よほど自信があるのか、彼女はどっしりと構えてその時を待つ

128 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:29:20.91 ID:dxS7ozrO0
ルールは至ってシンプル
たった一つの問いかけ、たった一つのくだらないやり取り
誰も出来るハズのない技
男「簡単だ、誰にだってわかる。俺が時を戻せるか否か、だ」
姫「何……?」
驚くのも無理はない
そんな大層な事は誰にだって出来やしない
例えそれが世界を救った勇者様だろうと、名のある賢者様だろうと

129 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:29:55.16 ID:dxS7ozrO0
彼女は無理だと笑うか?からかうなと怒るか?
それとも無意味な問いかけに呆れるか?
切り返す言葉は用意してある、どう転んでも俺にしてみれば対処は容易だ
しかし、彼女が見せたのはそのどれでもなかった
姫「時を……戻すだと?ありえない、あってはいけない……」
男「……?」
それはほんの少しの動揺
そして妙に冷めた態度
予想していなかった反応にこちらまで驚いてしまった

130 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:30:40.07 ID:dxS7ozrO0
姫「そんなこと、誰にだって出来っこない。"神でもなければ"……」
男「……言葉の綾だよ。出来る訳ないだろ」
姫「あ、ああ……そうだな、ああ。そうでなくては……」
一見冷めたような態度だが、僅かにおかしくなった彼女にこちらが冷静さを欠き、うっかりと答えを言ってしまう
そうでもしなければ、話が進みそうには無かった

131 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:31:09.90 ID:dxS7ozrO0
改めて話を戻す
先ほどの態度の変化は気にはなるが、詮索しない方がいいだろう
既に賭けの答えは見えてしまっているが、そこは暇つぶし
気にすることなく先へ進める
姫「だが、いいのか?既にお前は自らの口で答えを言ってしまった。これでは私が必然的に勝ってしまうじゃないか」
顔色が優れないままに自ら話を蒸し返してくる
なんて奴だ
男「……お前まさか演技であんな態度を取ったんじゃないだろうな」
姫「さて……な。それはいいが、私を納得させるだけのことはしてくれるんだろう?」
彼女は悪戯な笑みを浮かべ生意気そうに頬杖を付く
随分とハードルを上げてきたものだ

132 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:31:48.08 ID:dxS7ozrO0
だが楽しませる自信は十分にある
不敵な笑みを浮かべる俺に彼女は期待を寄せる
水時計をテーブルの上に乗せると、ベッドから身体を乗り出した
その隣にいた透明な魔法生物もまた、大きな帽子をユサユサと揺らしながらこちらを伺う
男「よく見ていろよ……」
一人と一匹は、その手から離された水時計に釘づけになる

133 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:32:31.25 ID:dxS7ozrO0
上部からは今にも水滴が落ちそうだ。しかしいつまで経ってもその水は雫となることは無い
怪訝に見つめる彼女を横目に、水時計をクルリと一回転させる
するとどうだろう、満たされていた水がみるみるうちに上へと逆流していく
姫「これは……」
「……」
男「逆水時計って言うらしい。魔力で重力が逆さまになってるんだと」
色付きの水が浮力で上に登っていくものとはまた違う
透明な水で上部が満たされていくのだ

134 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:33:18.47 ID:dxS7ozrO0
男「形、量、そして魔力の分配。全てが計算されつくしてこの水時計を創り上げている、立派だろう?」
姫「時を戻す……か。中々上手い事を謳うではないか」
男「そいつはどうも」
褒められて嬉しくないわけがない、が
これはコイツを売った商人の受け売りだ
話の種にはなった。今はあの無茶苦茶な奴でも感謝はしておこう
姫「クク……世の中、変わった魔法があるのだな。こんな下らんことにまで使えるものが……」
男「楽しそうで何よりだ。ほれ、やるよ」
テーブルの上の水時計を彼女へ投げ渡す
危なげにそれを受け取ると、驚いたようにこちらに言葉を投げかける

135 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:33:53.26 ID:dxS7ozrO0
姫「いいのか?本当に貰ってしまって」
男「言ったろう?暇つぶしだ、お互いにな」
元々俺には使い道のない物
本当に、どうしてこんなものを買ってしまったんだか
彼女は受け取った水時計を大切そうに抱える
姫「初めてだよ……損得抜きで私にこんなものをくれる奴は」
男「お返しだ。この前果物をご馳走になったからな」
借りは作りたくないタチで、嘘でも自然とそんな言葉が出てくる

136 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:34:35.44 ID:dxS7ozrO0
姫「そうか……だが嬉しいものは嬉しい。素直に私の言葉を受け取っておけ」
男「ああ、そうしておく」
何故か、彼女が今とても身近に感じた
姫という立場から傲慢に振る舞う訳でもない
気高くも美しいままに
されどその振る舞いはただの小娘
普通の人と何も変わりはしない
姫「……ずっと、手元に置いておけたら……どれほど嬉しい事か」
男「?」
彼女が不意打ち気味に言い放ったその言葉の意味は分かりはしなかった
まるで、いつかその手の中から消えてしまうと言っているようにも思えた

137 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:35:04.37 ID:dxS7ozrO0
話を終えた後、彼女はまた眠るといい、俺は追い出されることになる
男「今日もまた随分と眠るのが早いんだな」
姫「苦しみたくはない。長く続けていればそれだけゆっくりと行ける……」
「……」
男「?」
姫「気にするな。さぁ、帰った帰った。会いたくなったらまたまやかし玉で私を訪ねて見せろ。お前なら歓迎してやらんでもない」
僅か数日足らずで随分と株を上げたものだ

138 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:35:37.67 ID:dxS7ozrO0
男「また気が向いたら来てやる」
ぶっきら棒にそう答えると、彼女から一つ注意を促される
姫「明日は構わん。だが明後日は来るな」
男「ん?どうしてだ」
姫「どうしても、だ。会いたいのなら明日か明後日以降にしろ」
疑問に思うのは当然だ。都合が悪いのか、それならば仕方がない
彼女にも生活はある。人と会う約束でもあるのだろう
既に"会う"という事を前提と考えていることに気づかぬまま、俺は幻想玉を掲げ、また元の時代へと帰っていく
彼女たちの言葉を知らずして……

139 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:36:09.88 ID:dxS7ozrO0
姫「行ったか」
「……」
姫「……お前は」
「……」
姫「覚えているか?」
「……」
姫「答えるハズも、答えられるハズも無いか。知りはしないのだから……この私以外、誰も……」
「……」

140 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:37:01.17 ID:dxS7ozrO0
ーーーーーー
ーーー

ここに来て考える事でもないのだが、俺はどうも抜けている
商才も無いのに商人に吹っかけようとしたり、急がなければならないのにずっとこの場で立ち往生したり
ヒトという生き物は一度快楽を味わうと時を忘れ、果ては目的さえ忘れて没頭する
それがどういう形であれ……
そして今この状態だ
商人「おんや?今日はお勉強ですか?」
男「今はお前に用は無い、あっちへ行ってろ」

141 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:37:44.01 ID:dxS7ozrO0
今日は酒場で以前この商人に買わされた歴史の資料を再び読み耽っていた
適当な折にまた遺跡へ向かうつもりだが、この商人に関わるとまた何か買わされかねない
急いで片付けをはじめ、その場を去ろうとする
しかし、相手の方が上手く立ち回るわけで……
商人「いやー、どうでしたか?あの逆水時計。相手の方は喜んでくれましたか?」
男「……」
ドンと反対側の席に座ると、商人はふてぶてしくも昨日の商品の感想を聞き出そうとする
商人「んー、わかりますよー!貴方は見たところ旅人のようですし、大方ここに在住の人にでも渡したんでしょう」
商人「ヌッフッフ。叶わぬ恋と分かっていても、抑えられないのが男女の仲!絆を紡ぐ一つのプレゼント……妄想が捗りますねぇ」
余計なお世話だ
この女は人の神経を逆なでするのが趣味なのか?

142 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:38:12.45 ID:dxS7ozrO0
男「何度も言わせるな、俺はお前に用は無い。それとも、お前は俺に何か用事でもあるのか?」
商人「いえ?特には」
呆れて声も出ない
無理に付き合う必要も合わせる必要もないと判断し、足早にその場から立ち去る
しかし、商人は「一つだけ」と、言葉を投げかける
商人「深入りしすぎると、痛い目を見るのはあなたですよ?」
男「……何のことだ」

143 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:39:09.39 ID:dxS7ozrO0
俺の足を止めるのには十分だった
心当たりはある
ならばこいつは何を知っている?どこまで知っている?
やましい事があるからこそ、その言葉を聞き返してしまう
商人「約束とは違いますが……まぁ一応忠告ですよ。私もヒトの子ですし、残酷な結末は見たくは無いので」
男「どういうことだ?」
その顔はとても神妙で、とても心配そうで……
返そうにも言葉が見つからない
意味が分からないその忠告に、戸惑いを隠せない表情を見て、商人は口を開く
商人「いやぁ、旅人の恋愛事情なんて最終的には破局で終わっちゃいますからねぇ!こんな愉快な……おっと、こんな悲しい話は他には無いと思いまして?ハッハッハ!」
まったく、かしましい娘だ!!
先ほどの雰囲気などどこかへ消え去り、何故か人の、それもありもしない話で笑い始める
大的外れなその言葉の羅列を聞いて安心し、ようやくその場から離れることが出来た

144 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:39:45.12 ID:dxS7ozrO0
商人「……」
剣士「……おい」
商人「あ、いたんですか」
剣士「そんな顔をするくらいなら全て話して止めればいいだろう」
商人「……こちらもこちらで目的がありますから、それは出来ないですよ」
剣士「知ってる。だが、私はお前のそんなしみったれた顔を見たくはない」
商人「……止めちゃいけないんですよ。これはきっと……」
剣士「ふん……」

145 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:40:26.62 ID:dxS7ozrO0
ーーーーーー
ーーー

ー5th daysー
ーーーそれは無駄な時だったのか
   有意義なものだったのか
   今となっては分からない
   それでも自由の利かないままに
   私の時は流れゆく
   後悔だけが流れゆくーーー
姫「ああ、待っていたぞ」
もう5日目にもなる
彼女は何の警戒も無く俺を迎え入れた
こんな短い期間で随分と仲良くなれたものだ
姫「今日は何をする?悪いが、寝床から立ち上がることは出来ないがな……」
その明るい表情とは裏腹に、顔色はあまり優れない。無理をしているのだろうか
姫「気にすることではない……そうだな、今日は特に何がある訳でもない。話でもしよう」
そしていつも通り勝手に方向性を決める
これなら安心か

146 : ◆cZ/h8axXSU :2015/05/17(日) 01:41:00.31 ID:dxS7ozrO0
姫「あー……昔話でもしてやろう。それでいいか?」
遠慮しがちにこちらに了承を求める
お前が話したいのならそうすればいい、お互い暇つぶしの付き合いなんだ
そうしたいのならそれで……
男「聞いてやるよ。実のある話なら退屈もしないからな」
姫「フフ、随分と持ち上げるな……ありがとう。それは遠い遠い昔の話、誰も知らない世界の話」
また"あの目"だ
どこかを見ているようでどこも見ていない
遥か遠くを見つめるように、虚空を見つめるように