Part8
160 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:30:21.24 ID:OzJ5qNj10
勇者「? よくわからんが、お疲れ様」
兵士A「お疲れ様です。勇者くんは待機しててください。呼びに来ますんで」
兵士A「ぐっばーい」
扉越しに聞こえていた声すらも遠くなる。本当に行ってしまったようだ。
勇者は一度ベッドに横になる。月並みな言葉だが、いろいろと大変である。
予想外の事態になってしまったと、彼は一度脳内を整理する。状況の把握は重要だ。やってくる老婆に事情を説明するためにも。
まず、あの鬼神。九尾の密命を受けていると思って間違いはないであろう。それがどのようなものなのかは、現時点では定かではない。
四天王の登場。無論いつかは戦わねばならぬ相手とは思っていたが、勇者にとってもそれはもう少し後になるはずであった。これはいわばイレギュラーだ。
四天王ーー傾国の妖狐・九尾の狐/首なしライダー・デュラハン/海の災難・ウェパル/夢魔・アルプ。
音に聞こえた豪の者たち。
鬼神は四天王クラスではないにしろ、比肩しうる強さを持っているのではないかと勇者は思った。魔法が使えなくともあの膂力は脅威である。ともすれば少女を上回る可能性だってありうる。
彼とて単なる冒険者ではない。その戦歴はなかなかに輝かしいものがある。同じ年の人間で、いくつもの魔物の砦や棲家を叩いた人間がどれほどいるだろうか。
そんな彼であるから、四天王については聞いたこともある。
しかし、と勇者は思考を続ける。
四天王はそもそも人間の侵略に興味がなかったのではなかったか?
161 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:31:41.12 ID:OzJ5qNj10
これまで討伐してきた魔物は、全てどこかはぐれ者というか、魔物の中でも独立的に動いていた。だからこそ被害も小規模で、王国が重い腰を挙げなかったのだ。
彼はそれまで魔王軍には命令系統が存在しないのだと思っていた。四天王のやる気がなく、ゆえに魔物たちはばらばらに動いているのだと。
鬼神が喋ってくれたこともその裏付けになる。彼は現体制に不満を抱いているようだった。
『九尾は何考えてるのかわかんねぇ、アルプは部屋で寝てばっか、デュラハンは静観決め込んでるし、ウェパルについちゃ行方知れずと来たもんだ!』
彼が九尾の指示を受けているのだとすれば、考えられる可能性はこうである。
即ち四天王や魔王を頂点とする命令系統は、現在機能していない。少なくともベクトルが人間に対しては向いていない。
だが、鬼神は四天王である九尾の密命を受け、町を襲ったという。それは、九尾が四天王の中で唯一人間に牙を剥こうとしている証左である。
とはいえ、鬼神は九尾に対しても不満を抱いていた。彼も九尾の真意は読み取れていないためだ。所詮一回の手駒に過ぎない、そういうことであろう。
そこまで考えたところで勇者はベッドから上体を起こす。
勇者「とりあえず鬼神の討伐と、四天王についての聞き出しだな」
勇者(それにしても重鎮の動きの鈍さが気になるけど、まぁ追ってわかるだろう)
あくびを一つ。
今度こそしっかり起きようとした時、唐突に勇者の腹部へ衝撃が走った。
162 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:32:21.66 ID:OzJ5qNj10
勇者「おうふっ!」
悶絶である。見事に鳩尾へと叩き込まれ、一瞬で息が詰まる。
狩人「あ、その、ごめん。大丈夫?」
狩人であった。勇者の上に乗っている。
勇者「……どうした」
狩人「選抜隊に選ばれたから。勇者に会いたくって」
勇者「一足先に?」
狩人「うん。おばあさんに送ってもらった」
勇者「はぁ」
狩人「浮気してなかった?」
狩人「あのボクっ娘に言い寄られてない?」
勇者「それは大丈夫だけど、むっ」
口づけ。狩人は口を話すと満開の花のように笑う。
狩人「それならいいの」
勇者は危うく襲ってしまいそうになるのを堪え、咳払いを一つ。
163 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:33:10.35 ID:OzJ5qNj10
勇者「ごほん。それで、それで、そうか、お前も選ばれたのか。元気か?」
狩人「うん。宮仕えって、そんな楽しくなかった」
狩人「わたしはやっぱり勇者と一緒がいい」
勇者「……お前は可愛いなぁ」
狩人「ふぇっ?」
勇者「あー、いや、なんでもない。忘れてくれ」
狩人「やだ。忘れない」
狩人「そういえば、おばあさんは後から来るけど、少女も来るよ」
勇者「あいつも? あー、また俺一人生き残ったっつったら、面倒くさくなるんだろうな」
狩人「そうそう、それが知りたかったの」
勇者「ん?」
狩人「全滅って……どういうこと?」
勇者「あぁ。普通の洞穴じゃなかった。中に鬼神がいて……俺のところが全滅した」
勇者「他の隊も全滅したってことは、似たようなのが他にもいるんだろうな」
村人「そう……」
164 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:34:07.11 ID:OzJ5qNj10
兵士A「もし、勇者くん。入るよ」コンコン ガチャ
兵士A「ん?」
狩人「どうも、です」
兵士A「こんなかわいい子を部屋に連れ込むなんて、隅におけないねぇ」
勇者「そういうんじゃないです」
兵士A「ん? あ、もしかして一緒のパーティの? 道理で見覚えがあるわけだ」
狩人「おばあさんの魔法で一足先に送ってもらいました。追加派遣組です」
兵士A「あ。なーる、なる。なるほどね。わかった」
兵士A「その追加派遣組ももうそろ全員そろうみたいだから、洞穴前に来てよ」
勇者「わかった」
兵士A「あ。勇者くん」
兵士A「避妊魔法はきちんと使わないとだめだよ?」
狩人「〜〜〜〜っ!?」
勇者「なに言ってるんだこいつ」
兵士A「ははは。じゃ、ボクは先にいってるよ」
165 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/18(水) 23:34:52.03 ID:OzJ5qNj10
狩人「……」
勇者「狩人?
狩人「はっ」
勇者「大丈夫か?」
狩人「すっ、するか!?」
勇者「しない」
狩人「そうか……」
勇者「とりあえず、行くぞ。こんな気が抜けた状態で戦いなんかできるか」
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166 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/19(木) 00:00:20.72 ID:TTHjOCCGo
乙!
167 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/19(木) 09:41:26.63 ID:jg+zxKUDO
避妊魔法か……
便利そうでいいな〜……
168 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/19(木) 10:21:46.70 ID:Ou/VIvLY0
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簡易的に組まれた陣地に向かうと、そこにはすでに追加派遣組が到着していた。
十数人からなる追加派遣隊は、数こそ先遣隊より少ないが、確かに手練れで編成された雰囲気は見て取れた。誰も彼もが隙を見せない。
その中には少女と老婆も確かにいた。屈強な男の中にいる二人は明らかに場違いに思える。それは単なる気のせいではないのだろうが。
どうやって声をかけたものだろうか。そんな風に遠巻きから眺めていると、先に老婆がこちらへと目をやる。
老婆「やっと来たか」
勇者「悪いな。状況は」
老婆「すでに聞いておるよ。あと数刻もせずに中へ行くじゃろう」
勇者「オーケー、わかった」
少女「ちょっと、何の話よ」
勇者「大した話じゃないよ」
少女「ふーん。ま、いいけどねっ」
少女「ていうか、中のやつそんなに強いわけ?」
中のやつとは鬼神のことを指しているのであろう。勇者は少女に、自分が出会った鬼神の話をする。
少女「脳筋タイプねぇ。いまどき流行んないよね、そんなの」
魔法を使えない少女が言うとどうにもおかしかったが、勇者はそれを堪える。
しかし、脳筋とは言いえて妙である。だからこそ九尾は選んだのだ。破壊衝動が強く、御しやすい、手の上で操りやすい手駒。
何も知らぬ鬼神のことを考えると可哀そうにも思えたが、それは勇者たちとて同じこと。どのような事態が水面下で黙々と進行しているのかはわからないのだ。
169 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/19(木) 10:22:32.08 ID:Ou/VIvLY0
勇者「追加派遣組はどうだ。見るからに強そうだけど」
少女「強いわね。熟練、って感じ」
少女は素直に彼らのことを評する。
少女「アタシもおばあちゃんも、結構体の内から改造されてるからね。そういう意味ではチートしてる。だからどっちかってーと、狩人さんみたいなもんなのかな。生きるための技術としての、っていう」
勇者「体一つでやってかなきゃいけないからな。俺らも、似たようなもんだけど」
勇者も生まれ故郷を発ったころは野営の仕方もわからず、途方に暮れたものだ。
常識や方法というものは世界の数だけある。戦闘力がコンテクストとなって他者を判断する世界も、当然ながら存在するのだ。
兵士A「みなさん、集まってください。新しい隊長からお話があります」
勇者「お前は降りたのか」
兵士A「上の者が来ましたからね、しょうがないです。ささ、早く」
促されるままについていくと、陣地の中央で簡易な椅子に座っている男がいた。
強面で、髭を蓄えた三十半ばの男性である。精力に満ち溢れた体と顔をもち、真剣な面持ちで周囲を見回している。
170 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/19(木) 10:23:10.33 ID:Ou/VIvLY0
促されるままについていくと、陣地の中央で簡易な椅子に座っている男がいた。
強面で、髭を蓄えた三十半ばの男性である。精力に満ち溢れた体と顔をもち、真剣な面持ちで周囲を見回している。
隊長「諸君、俺は兵士Aから任務を引き継いだ。洞穴の中には大空洞が広がっていて、瘴気が濃いという」
隊長「我々の目的は、同胞を冷たい躯に変えた鬼神を討伐することである」
隊長「情報では鬼神は一体しか確認されていないが、三隊全てが壊滅したということを考えると、少なくとも三対はいると考えてよいだろう」
隊長「今回は老婆殿のお力も借りることができた。このかたは転移魔法のスペシャリストだ」
隊長「このたび、特別にアイテムを作っていただいた。それを今から配布したいと思う」
隊長が指示をすると、傍らに立っていた兵士たちが手に持っていたものを配り始める。
それは……。
勇者「羽?」
隊長「これはキマイラの羽だ。老婆殿が転移魔法をかけてくださった。一回きりだが、使うと入り口まで転移することができる」
隊長「洞穴内だが、頭をぶつける心配はしなくてもよい」
隊長がそういうと兵士の中から笑いが漏れる。隊長の顔を伺うと、どうもそのような意図があるわけではなさそうだったが。
咳払いをするとその笑いも収まる。
隊長「では、半刻後より突入する。各自それまで武器の手入れ等を行っておくように」
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174 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:27:09.23 ID:YTX0ptQ10
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少女「よし、行くわよっ」
洞穴の入り口を前にして少女が言う。右手には鎚ーー神器ミョルニルを握って、暗闇を睨みつけている。
勇者たちは以前よりパーティを組んでいたということで、今回の探索でもパーティを組むことになった。それに兵士A、隊長を加えた六人が第三陣として突入する。
勇者「意気揚揚だな」
少女「だって宮仕えはつまらないったらないよっ!」
少女「手加減しなきゃならないのは、もう苦痛で苦痛で」
兵士A「ですって、隊長」
隊長「あれでまだ手加減してたのか……驚きだ」
兵士Aと隊長は、そんな少女の姿を見ながら落胆するやら感嘆するやらで忙しい。
もし自分が一般人であるならばそれもやむなしと勇者は思った。攻撃を受けることのできないほど腕力とは、理解の範疇を超えている。同時に人間の範疇をも。
彼が己の護法を兵士たちに知られやしまいかと戦々恐々としているのに対して、少女はその埒外な力を隠そうとはしない。その差異は、恐らく先天的か後天的かの差異なのだろう。
どうせなら子供らしく暗闇を怖がるくらいしてもいいのでは。勇者はそんな考えを「は」と笑い飛ばす。暗所恐怖症で旅人ができるか。
しかし、少女は本当に待ちきれないようだ。このままでは一人勝手に進んでいくとも限らない。
175 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:28:04.25 ID:YTX0ptQ10
隊長「よし、そろそろ進むぞ」
ちょうどいいタイミングで隊長が洞穴の中へと歩を進める。瘴気の漂う空気は相も変わらずで、僅かに腐臭すら混じっているように感じられる。
先頭から隊長、少女、勇者、兵士A、狩人、老婆という並び。一行は辺りを気にしながら、かつ早足で奥を目指す。
勇者は松明に火をつけた。ぼう、と辺りが照らされる。
少女をはじめとする女衆の実力のほどはわかっていたが、さて隊長はどうなのだろうかと彼の動きを見ると、当然のように行軍慣れした足取りである。常に周囲に気を配り、一定のペースで黙々と歩き続ける彼の実力は、考えるまでもなかろう。
まぁ派遣される隊長が弱くては話にならないのだが。勇者は松明の熱に汗が滲み出てくるのを堪えつつ、先を急ぐ。
狩人「臭う」
狩人が足を動かしながらも言った。勇者には何も感じない。他の者も感じていないようだが、彼女にしか理解できないレベルの、微量なものなのだろう。
隊長「どこから、どのような?」
狩人「血と、……獣みたいな、臭い」
嫌な想像しかもたらさない例え。隊長は顔を顰め、少女と勇者は顔を見合わせて頷いた。
狩人「距離は……この先まっすぐ、結構離れてるかも」
隊長「まっすぐってことは、このまま?」
狩人「うん、恐らく」
隊長「よし、わかった。先を急ごう」
兵士A「隊長、下です!」
兵士Aが叫ぶ。確かに地面が微振動をしていた。
地震のような機械的なものではなく、もっと生物的な。
176 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:28:33.77 ID:YTX0ptQ10
大ミミズ「イィーーーーッ!」
けたたましい叫びをあげながら大ミミズが地面から姿を現す。
ぬらぬらと光る粘液、細かく大量に生えた牙、勇者が昨日に遭遇したものとまったく同じものだ。
少女「うわキモッ」
狩人「不快」
勇者「そんなこと言ってる場合じゃねえだろう」
そういう勇者も実はそれほど慌ててはいない。先遣隊ならばまだしも、このパーティでミミズ一体にてこずるとは到底思えなかった。
勇者が剣を抜こうとした瞬間、ミミズに向かってナイフが投擲された。それらは見事に全てがミミズの顔面付近に突き刺さる。
兵士A「ランダムエンカウントに付き合ってる暇なんてないんですよねぇ、ボクら」
隊長「よく言った、ボクちゃん」
ミミズ「イィーーーーッ!」
痛みに大ミミズは身をよじらせ、頭部を振り回して先頭にいた隊長を狙う。
もたげた上体が思い切り叩きつけられる。体の深奥に響く振動音が洞穴を大きく揺らすが、隊長はすでにそこにはいない。
粘液でねばつくミミズの上に立っていた。
177 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:29:18.82 ID:YTX0ptQ10
一閃。
直径二メートルはあろうかという胴体を、隊長は手にした得物で容易く切断した。
しかしミミズの動きは止まらない。野生生物がゆえの生命力で、残った部分だけでもなんとか一矢報いようと、粘液や体液をしこたまに撒き散らしながら暴れ散らす。
勇者が雷魔法を準備し、少女が鎚を構え、狩人が鏃を番え、老婆が詠唱を始める。
そんな援護など必要ないとでも言うように、隊長は口の端を歪めて笑った。
隊長「威勢がいいな」
隊長はミミズの体の上から飛び降り、合わせて刃でミミズの胴体を貫いて壁に磔にする。無論ミミズは暴れ続けるけれど、一体どれほどの力で強く打ちこんだのだろう、洞窟の壁に突き刺さった刃はそう簡単に抜けはしない。
ややあって、ミミズもついに息絶える。体液の川が足をひたひたにしているものの、それくらいは我慢しなければならない。少女は露骨に嫌そうな顔をしているが。
少女「おじさんも全然強いんじゃない」
隊長「そうでもないな。お嬢ちゃんが俺くらいの年になったら、俺よりもずっと強くなってるさ」
そういいながら隊長はミミズの死骸に足をかけ、柄に手をやり、力任せに引き抜く。
体液に塗れた片刃の剣が姿を現した。
勇者「珍しいですね、片刃なんて」
この国では両刃の剣が主流である。理由はわからないが、一説によると製鉄技術が乏しかった時代では刃がすぐなまくらになってしまうため、両刃のほうが都合がいいのだとか。
今でこそ製鉄技術は十分に向上したが、昔からの名残でまだこの国は両刃の剣を使っている。
体液をふき取っていた隊長はやおら機嫌がよくなり、「そうだろわかるか!」と笑顔になった。
178 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:43:41.04 ID:YTX0ptQ10
隊長「東の国からの輸入品の大業物だ。一年分の給料突っ込んでるからな」
兵士A「この人刀剣オタクなんですよ、困っちゃって」
隊長「趣味と実益を兼ねてるだけだ」
そういう隊長の表情は誇らしげだ。
勇者はちらりと片刃の刀剣に目をやった。一点の曇りもない彎刀である。柄巻は深紫で、楕円の鍔にもきっちりと意匠が凝らしてある。ずっしりと重そうだが、隊長は先ほど軽々と振るっていた。
勇者とて男である。武器具の類に心動かされないはずはなかった。
彼の剣は値こそそこそこ張るとはいえ、所詮武器屋で購入した量産品だ。つまりは使い捨てということである。
それこそ彼の先祖にいたという高名な冒険者はワン・オーダーの一品を用いていたのだろう。それが彼の家に残存していないのは残念というほかない。
とはいえ武器の希少度だけでいえばーーそれが本当かは別としてーー少女の持つミョルニルにかなうはずもないのだろうが。
大空洞の先からは、依然濃い瘴気が流れ出ている。
勇者は鼻をヒクつかせてみるが、臭いと言えば土の臭いと草木の臭い、そして饐えたカビの臭いくらいなものだ。血の臭いは感じられない。
勇者「狩人、さっき言ってた臭いは」
狩人「うん。移動はしてないね。あれ、でも、なんだろ。水のにおいがする」
179 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:44:27.16 ID:YTX0ptQ10
少女「水? 水ににおいなんてあるの?」
狩人「わたしにはわかる。けど、なんで?」
老婆「地底湖じゃろう。水源から染み出した地底湖は、結構どこにもあるものじゃ」
老婆「もしくは地下水の経由地なのかもわからん」
隊長「くさいな。勇者くんの言ってた鬼神が本当だとすると、塒はどうしても水の近くになる。いそうだぞ」
心なしか全員の表情は硬い。勇者の話が確かならば、あちらには相当の強さを持った鬼神がいるということである。数的優位があったとしても楽に勝てる相手ではないだろう。
四天王が関わっているかもしれないという点で、王国はこの件の危険度を引き上げた。隊長や老婆をはじめとする熟練勢がやってきたのはそれが理由だ。
彼らの双肩には責任がのしかかっている。それは本件だけのものではなく、もっと未来的なものも含めて。
勇者「老婆」
老婆「なんじゃ?」
勇者「四天王について聞いたことは?」
老婆「そりゃああるぞ。九尾、デュラハン、ウェパル、アルプの四人じゃろ。魔王軍の最高幹部」
勇者「そこまで俺も知ってる。名前だけ、だけどな」
老婆「あぁ。わしも、能力までは知らんな」
180 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:49:02.07 ID:YTX0ptQ10
勇者「いや、それはいいんだ。けどな、俺にはどうもわからん事がある」
老婆「?」
勇者「魔王ってなんだ?」
鬼神と会ってから疑問に思ったことを述べてみる。
魔王。それは伝承の中の存在として伝わる、魔物を統べ、人間に牙を剥き、暴虐の限りを尽くす悪漢。出自や姿かたちなどが全て闇に包まれている。
かつて魔王は勇者の子孫に倒されたのだという。それは眉に唾をつけて聞くとしても、魔王がいたというのは事実らしい。
老婆「魔王とは、魔物の長ではないのか。それ以上でも以下でもなく」
勇者「いや、そうかもしれないけど、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて」
勇者「俺は今まで魔王の話なんて聞いたことないぞ?」
そう。断片的に、例えば王国軍に所属するきっかけとなった王の演説のように、又聞きという形で魔王のことは幾度も聞いた。もしくは御伽噺的な伝承で。けれど勇者は、これまで、魔物の口から魔王の存在を詳らかにされたことがない。
もし仮に魔王というものが存在するなら、彼を頂点としたピラミッド型の組織が確立しているはずだ、と勇者は考える。そしてそのような統治構造にはなっているはずなのだ。
なぜなら、四天王という幹部がいて、また各地には魔物の砦があり、主が住んでいるから。
少なくとも魔物の社会にも上下関係はあるのだ。
181 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:50:55.61 ID:YTX0ptQ10
だとすれば、魔王が、例えば人間社会の国王のように統治していないのはどういうことか。ただ息を顰め、下部構成員の裁量に任せているという推量は何を意味するのか。
魔物はあくまで独自で行動をとっている。低級のものは本能に任せ、級の高いものは人間と同様に欲で動く。その営みのどこに魔王がいるのだろう。
魔王を討伐する自分たちは、果たして魔王のことを知らないのだ。
老婆「そう言われてみれば、まっこと、不思議じゃな。隠れているのか、それとも」
少女「おばあちゃーん、先に進むよー。勇者も早くー」
少女からの声がかかる。老婆と勇者は顔を見合わせ、話題を中断した。
これ以上考えても時間を無為に消費するだけで、何らかの答えが出てくるわけでもあるまい。二人は洞窟の奥へと歩を進める。
少女「何の話をしてたの?」
老婆「あぁ、四天王と魔王について、ちょっとな」
隊長「どれも人の前に姿を見せなくなって随分立つからな」
狩人「そうなの?」
隊長「おう。昔は魔物を引き連れて悪さをしたり、逆に人間とも仲良くやってた時代もあるみたいだけど」
少女「うっそだ、信じられない」
隊長「いや、本当に昔だよ。ま、書いてあった本も御伽噺みたいなもんだから、眉唾だな」
兵士A「隊長もそんな本読むんですね」
隊長「ん? ガキが寝る前に本読んでくれって言うからな」
老婆「おぬし、結婚しているのか」
兵士A「そうなんですよ、すっごい可愛い奥さんで、ボクもう嫉妬しちゃいます」
等々、雑談を続けつつ、一行は奥へと進む。雑談をしながらでも警戒は怠らない。とは言っても狩人が一人いれば不意打ちはだいぶ防げるだろうが。
182 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) :2012/07/21(土) 12:52:09.78 ID:YTX0ptQ10
勇者「この戦争の終わりっていつなんだ?」
隊長「そりゃ魔王を倒したときだろう。魔王城にいるんだろうからな」
勇者「魔王を倒せば全てが終わるもんかな」
狩人「どういうこと?」
勇者「今まで俺たちは盲目的に魔王を倒せば全てがドミノ式にうまくいくと思ってたけど、本当にそうなのかな?」
隊長「あんまり小難しい考え話にしようぜ、少年。俺たちは王国の矛であり盾だ。そこに思考はいらねーのよ」
兵士A「魔王は隠れてますからね」
隊長「そうだな、探すのだって一苦労だ」
兵士A「はい。ほんと、どうしたものか」
兵士Aはどこか遠く見て言う。
彼女の憂いを気が付く者はいない。いたとしても理解できないだろうが……。
狩人「静かに」
唐突に狩人が全員を制止させる。それが示す事実は単純だ。
敵の襲来。もしくは索敵の成功。
この場合は後者だった。
狩人「いる。前……大体百メートル。一人だけ。大分重い音がするから、勇者の言ってた鬼神かな」
狩人「獣の臭い。やっぱり鬼神? あと水のにおいと、音。大分反響してるから、広い空間がある。地底湖?」
狩人「……うん、そうだ。せせらぎがある。ビンゴだね」
隊長「……すげぇな」
老婆「どうする?」
少女「先手必勝でいいんじゃない?」
勇者もその意見には賛成だった。小細工をしたところで、基本スペックが全ての鬼神相手では、それほど意味をなさないだろう。
最大の攻撃であちらの防御を貫く。それが最も単純で最も効果的に思えた。