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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part45


180 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:34:38.19 ID:Rwr0Gpnq0
ケンゴ「ま、ま。アルスさんも落ち着いてください」
エド「ホリィもだ。押し付けがましいのはよくない」
ホリィ「で、でも! 悩みのある人を放ってはおけません、聖職者として!」
アルス「おま」
 おま?
アルス「……厄介な女だ」
アルス「昔、同じことを言うやつもいた。そいつはあっけなく死んだ」
アルス「放っておいてくれ。俺はいるだけで誰かを不幸にする」
 踏み出すアルプの服の裾を、むんずとホリィが掴んでいる。

181 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:35:47.36 ID:Rwr0Gpnq0
 リンカが一歩前に出て、苦笑しながら提案した。
リンカ「悪いけどさ、あと一晩くらい、どう?」
 そうでもしなきゃあ、この娘、梃子でも離れないよ。
 なるほどそれは確かに説得力のあるセリフだった。根拠はない。しいて言えば、今のホリィの言動が根拠というべきか。
 アルスは暫し顔を顰めていたが、やがてどうにもならないことを悟ったのか、肩の力を抜く。どうなっても知らないぞ、と呟いて。
 あの身体能力なら恐らくちょっとの隙をついて逃げ出せるはずだ。それでいい。俺たちはホリィをこそ止めるけれど、彼を止める理由なんてないのだから。
 ……あの戦力はかなり有益ではあるとしても。
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>>180
アルプ → アルス です。
脳内補完しておいてください。すいません。

182 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:36:13.17 ID:Rwr0Gpnq0
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 そうして俺たちは森の中を歩き回った。けれどやはり出口は見えず、本来ならとっくに出ていてもいい頃合いだというのに、切れ目すら見つからない。
 どこまで行っても木が生い茂っていて、そもそも距離の感覚があやふやだ。アルスの言った「惑いの森」、最初は半信半疑だったが、なるほど確からしい。
 魔物との戦闘も何度か経験した。そのたびにアルスが一蹴し、正直俺たちは巻き添えを食わないようにするのが精いっぱいだ。
 この森で僅かばかりレベルがあがったけれど、その程度で彼との距離が埋まるとは決して思えなかった。こちらが10だとすれば、あちらは……どうだろう。考えも及ばない。カンストしていてもおかしくはない。
 そして、現在。
 惑いの森でも日は暮れる。俺たちは野営をすることとして、まず女性二人が休憩、男性三人が見張りをすることとなった。
エド「……行っても、いいんだぞ」
アルス「言われなくてもそうするつもりだ」
 ぴしゃりとアルスは言った。が、「ただ……」と言葉を繋げる。
アルス「半日いて、感じた。心配すぎる。それは、なんていうか、気分がよくない」

183 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:37:16.60 ID:Rwr0Gpnq0
 つまり、俺たちが弱すぎるからと言外に言っているのだ。しかし事実であるため怒る気にもならない。
 エドは僅かにほころんで、
エド「優しい人なんだな」
 とだけ言った。アルスはそれに対して返事をしなかった。
エド「アルス。あなたに一つ、聞きたいことがある」
アルス「……」
エド「あなたが今言ったように、俺たちは……俺は、弱い。惑いの森に囚われるのはしょうがないかもしれない」
エド「けれど、あなたのような強者が、どうして惑いの森に?」

184 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:37:50.93 ID:Rwr0Gpnq0
アルス「……」
エド「不躾は、承知の上。ただ、俺は聞きたい。強くなっても、やはり人は迷うーー惑うものなのか?」
 エドの真っ直ぐな瞳。アルスはそれを真っ直ぐ受け止めたうえで、視線を逸らした。
 たっぷり十秒も経った頃だろうか。ついにアルスは言葉を返す。
アルス「強くなっても、強く在れなければ、無意味だ」
 ……?
 残念なことに俺にはその言葉の意味が分からなかった。強くなる。強く在る。それが単なる言葉遊びではないのだとすれば、確かな格言めいた要素が存在するのだろうけれど、そのエッセンスを知るに足る経験は俺の中にはない。
 けれどエドは理解できたようで、噛み締めるように視線を落とした。
エド「あなたも、色々あったんだな」
 そうでなければこの森には捕まらないはずだ、と付け加えて。
アルス「普通に生きていてもな。だから、旅人がそうでないはずはないさ」

185 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:38:24.83 ID:Rwr0Gpnq0
アルス「そっちの坊主も、ま、死ぬなよ
ケンゴ「坊主じゃない、ケンゴ・カワシマだ」
アルス「……そうか。ケンゴ・カワシマ、か。いい名前だ。きっといい父ちゃんだったんだろう」
 ……? アルスの意図がわからない。なぜそこで父さんにのみ言及するんだ?
 もしや、嘗て……。
 いや、やめておこう。詮索は無粋だと思う。全てをわかろうだなんて土台無理なことなのだ。
 もしアルスと親父が知り合いだったとして、親父は故人で、アルスもまた尋常ならざる雰囲気を発している。そこに俺の介入する余地はない。
エド「そういえば、アルスは各地を旅していると言っていたな」
アルス「旅というよりは放浪だけどな」
エド「では、グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズ。この名前に聞き覚えは」
 僅かにアルスの動きが止まった。そしてアルスは、それを意図的に隠蔽しながら、口元を手で覆った。
 焚火の明りで顔の大半が濃い影に覆われ、アルスの表情の仔細を窺うことはできない。しかし僅かに呼吸に苦悩の色が見え隠れしている。
エド「昼間に言ったかもしれないが、俺たちは目的こそ違えど、その二人に出遭いたいと思っている。情報を聞いたことはないか?」

186 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:39:11.58 ID:Rwr0Gpnq0
アルス「……ないな」
エド「……そうか」
アルス「あぁ。名前くらいは聞いたことがあるが、それだけだ」
エド「いや、気にしないでほしい。一応聞いてみたというだけだから」
エド「あなたも聞いたろう? 人を助け、町を救う、救世の旅人だと」
アルス「あいつらがそんなタマかよ……」
 アルスの呟きは俺の耳元で霧散する。その内容までは聞き取れなかったが、呆れと、それ以上に懐かしさが混じっていたように思う。
 しかし、そうか。やはりアルスのような歴戦の旅人でも、その行方を知ってはいないのか。リンカが眉唾だというのも頷けようものだ。もちろん、俺は二人の実在を知っているのではあるけど。

187 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:39:41.44 ID:Rwr0Gpnq0
 いつ会えるだろうか。もし会えたとしたら、彼女らは忘れているかもしれないが、きっちりとお礼を言うのだ。今の俺があるのは彼女らの助けがあった空のようなものなのだから。
アルス「あんたも、二人を?」
 何気ないアルスの言葉。だがそれを受けて、エドは細く長く息を吐いたかと思えば、長い沈黙で返した。
 尋常ならざる雰囲気を察して、俺とアルスも黙り込む。
エド「……」
エド「そう、だな」
エド「俺は探しているわけではないが……もし本当にいるなら、会ってみたい」
エド「彼女たちなら、俺のこの汚れきった魂をも救ってくれるかも、しれないからな」
 いや、そんな他人任せでは、やはりだめなのかもな。エドはぼそりと呟いて、俺たちへ視線を向けずに一息で、
エド「俺は、嘗て町を焼いた」
と言った。

188 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:40:26.88 ID:Rwr0Gpnq0
 思考が止まる。
 町を焼いた。聞き違えでも、冗談でもないならば、俺の耳は確かにそう聞いた。
エド「とある作戦のためだった。先の大戦に先駆けて極秘裏に進められた前線構築。そこに俺はいた」
エド「極秘裏ということは、誰にも知られちゃいけないということだ。目撃者を出してはいけなかったし、付近の村も……焼かねばならなかった」
エド「作戦前に逃げ出したよ。脱走同然というか、脱走だな、あれは。軍隊が大幅に改変されて、一応恩赦も下ったけれど、俺はいまだに夢で見る。あの日、火を放たれた町を」
エド「……おかしいだろう。俺は実際あの時の光景を見ていないのに、だ。夢の中で町は火に包まれて、大人も子供も区別なく、斬られ、火の中に……」
エド「きっと、これが俺の『惑い』だ」
エド「俺がきっと、あの日、もっと強ければ、どうにかできたんじゃないのかって……何も行動を、していないからこそっ!」

189 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:40:59.53 ID:Rwr0Gpnq0
 だんだんとエドの声に悲痛が混じってくる。
 いや、混じらずにいられるだろうか。本来守るべき市民を自らの手で見殺しにする判断は、まるで地獄の所業じゃないか。
 ちらりと脳裏に親父の笑顔がよぎる。もしかしたら親父だって、俺に言わない、こういう任務があったのかもしれない。
 気が狂いそうだ。
 エドは顔を覆って涙を噛み締めるばかり。アルスも悲痛な面持ちで、不思議と遠くを見ていた。距離が、ということではなく、時間がという次元で。
 今は鬼神の如き強さのアルスも、もしかしたら過去にはそんな無力さを味わったことがあるのかもしれない。
 その時、がさりと枝葉が揺れた。魔物かーー彎刀を握って立ち上がるが、なんてことはない。そこに立っていたのはリンカだった。
ケンゴ「悪い、起こしちゃった?」
 リンカは無言だった。なんだか様子がおかしいようにも見える。杖を持ったまま立ち尽くして、視線は真っ直ぐと前へ。
 背筋に悪寒が走った。恐怖から来るそれであったし、同時に、もっと体感的なそれでもあった。
 周囲の気温が低下している?

190 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/24(金) 23:41:53.75 ID:Rwr0Gpnq0
 そして、視界をよぎる白い線。俺はそれを見たことがあった。
 空間に、瑕疵が、
 瑕疵が?
リンカ「そうか。あんたか」
 瑕疵から漏れ出すーー冷気!
 顕現した氷塊が氷の刃となってエドへと襲いかかる!
 誰よりも素早くアルスが跳んだ。瑕疵の発生から氷塊の顕現までの僅かなタイムラグを利用して、エドへと一気に近寄って、一息に蹴り飛ばした。
 エドは地面を転がっていくが勢いこそそれほどでもない。いや、寧ろ、今気にすべきは、エドではなくリンカ。
リンカ「あんたが町を燃やしたのかっ!」
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194 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:27:10.05 ID:34OGwgB50
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エド「おまっ、なんっ!?」
 言葉を紡ぐ余裕すら与えず、リンカは手当たり次第にヒャダルコを連打していく。生まれる瑕疵と生み出される氷塊。飲み込まれれば腕の一本は失ってもおかしくない。
 空間に生まれる瑕疵を頼りに、エドは氷塊をなんとか回避していく。しかし斧は抜かない。リンカはまだ俺たちの仲間なのだ、当然だ。
ケンゴ「うわっ!」
 俺やアルスの方まで氷塊が襲う。それを半歩下がって避けて、俺はリンカの周囲を窺った。うまく隙を見つけて止めなければ……。
アルス「生き残りだったのか、あいつ」
 アルスの呟きを今度こそ俺は聞き逃さない。やはり、アルスも同じ結論に達したようだった。それしかあるまい、とも思う。
 エドが参加し、途中で逃げ出したという作戦。その過程で焼かれた町の生き残り。それがリンカ・フラッツの正体なのだ。
アルス「お前ら四人、なんていう因果だよ……っ!」

195 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:27:52.07 ID:34OGwgB50
 吐き捨ててアルスは地を蹴った。一瞬の加速でアルスはすでに最高速へと達し、視界の端でとらえるのが精いっぱいの速度でもって、リンカの腕と首を捕えた。
 俺やエドが動けない速度で行われたそれに、当然リンカがついていけるはずもない。詠唱を無理やりにキャンセルさせられ、そのまま腕を捻られる。と思えばリンカの体は容易くバランスを崩し、地面に倒れた。
 リンカの両腕を両足で固定して、アルスは腹の上に乗る。リンカがいかに暴れようとも微動だにしない。それは単純な重さというよりは技術のような気がした。
リンカ「は、放せっ! 関係ない人間がっ、茶々を、入れるなぁっ!」
 咆哮だった。犬歯をむき出しにして、今まで俺たちに見せたことのない、憎悪に塗り潰された表情のリンカ。
 反対にエドは沈痛な面持ちで、それはともすれば泣きそうに見えた。視線は真っ直ぐにリンカへとむけられている。
リンカ「エド、エドォッ! あんた、笑ってたんだろう! 心の中で! わたしのことを!」
リンカ「母さんを斬って、焼いて……っ! 忘れたことなんてないっ、忘れたことなんて!」
リンカ「ヒャダーー」
 アルスが咄嗟にリンカの口へと己の右手を突っ込んだ。右手から小指までの四本が口に突っ込まれ、リンカは全く詠唱ができない。

196 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:28:29.41 ID:34OGwgB50
 それでもリンカは諦めない。ならばとアルスの指を噛み千切ろうとするも、彼の指にはうっすらと血が滲むばかりで、痛みを感じているかどうかも怪しかった。
アルス「静かにしろ。嗅ぎつけられたら困る」
 一体何に?
 問う間すら与えてくれず、アルスは一息に続けた。
アルス「あの男……エドと言ったか。あいつはその作戦には参加していないと言っていたぞ。その前に逃げ出したと」
 「逃げ出した」の表現にエドが苦しい表情をした。
 アルスの言葉を受けて、リンカは眉根を寄せる。そうしてすぐに、塞がっている口を器用に使って、「は」と笑い飛ばした。
リンカ「ほんはほほ、はんへー、はい」
リンカ「ははひは、ははひほ、ふふひゅーほ、ははふ」
 そんなこと、関係ない。
 私は、私の復讐を果たす。
アルス「あの町を焼いた人間は全員死んでいる。復讐の矛先は誰にも向けられない」
 だから、なんであんたはそれを知っている?

197 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:28:57.59 ID:34OGwgB50
 返事の代わりに、びりり、と音がした。
 見ればリンカが器用に、片手だけで紙片を破り捨てていた。
 空間の温度が急速にーー急激に下がっていく。
 瑕疵が。
アルス「そんなもんまで!」
 自爆覚悟の攻撃もアルスには全く届かない。一瞬でヒャダルコの範囲外まで逃れたアルスは、けれど当然のことながら、リンカの口から手を引き抜いている。
 そして、これもまた当然、距離だって離れて。
 自らのヒャダルコでぼろぼろになったリンカだが、それでも膝に手をついて、眼には復讐の炎を宿しながら立ち上がる。
 なぜそこまでするのか。彼女をそうさせるものはなんなのか。わからないほど俺は鈍感だと自覚していないが、エドは実行していないのだという。ならば彼女の復讐はお門違いで、八つ当たりではないのか。
 そこまで考えて俺は気づいた。八つ当たりなのだ。
リンカ「知ってる」
 唐突に言うリンカ。それが先ほどのアルスの言葉への返答だとわかるには、僅かの時間を要した。
 アルスは動かない。リンカの行動を見てからでも間に合うと踏んでいるのだろうか。

198 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:29:31.92 ID:34OGwgB50
リンカ「あの日、兵士がやってきた。問答無用で町の皆を縛り上げて、切り殺して、火を放った。地獄絵図ってのはああいうことを言うんだろうね」
リンカ「わたしはなんとかお母さんが逃がしてくれたの。魔法使いだったからね。多少の無茶は利いた」
リンカ「恨んだわ。恨んで恨んで、腸が煮えくり返って死んじゃうんじゃないかってくらい」
リンカ「いや」
リンカ「もしかしたら私はあの日死んだのかもしれない」
リンカ「誰が殺したとかはどうでもいい。ただーーあの日、あの集団の一員だったという事実! その事実!」
リンカ「それだけで理由なんて十分なのよぉおおおおおっ!」
 リンカが駆けた。ぐんと速度を上げて、ヒャダルコを連打。すぐさま空間が瑕疵で満ちる。
 あと数秒。
 アルスは対応して地を蹴って、再度リンカを組み伏せようと飛びかかる。その速度はまさしく神速であるが、距離があった。リンカが何とか反応できる程度には。
 衝撃音とともにアルスの手が弾かれる。ーー障壁だ。

199 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:30:40.23 ID:34OGwgB50
リンカ「エドッ! あんたは仲間だ! 確かに仲間だ! けど、けど!」
 瑕疵から冷気が吹きすさぶ!
 エドは棒立ちで、苦虫を噛み潰した表情で、叫ぶリンカを見ていた。抵抗の気配が微塵も感じられない。
ケンゴ「まさか……!」
 嫌な予感がする。そしてこういうときの予感は大抵当たるものだ。当たってほしくないからこそ。
ケンゴ「そんなんで罪滅ぼしになると思ってるのかよぉっ!」
 エドに飛びかかる。怪我は負っても、致命傷さえ避けられれば……!
 顔面のすぐ横で空気中の水分が凍結する音が聞こえている。ちりちり、ぱりぱりと皮膚までも痛い。引き攣りにも似た感覚に襲われながらも、俺は無我夢中でエドの腕を引いた。
 目の前を巨大な氷塊が流れていく。
 エドは動かない。
 寧ろ、その鉄塊のような肉体に、俺こそが弾き飛ばされてしまう。
 そんな、それは、だめだ。

200 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:31:15.11 ID:34OGwgB50
ケンゴ「ホリィ!」
ホリィ「はいっ!」
 先ほどから俺の視界の隅にいた彼女は、ついに詠唱を解き放った。
 エドと俺を包む柔らかい光の膜。それは冷気を和らげ氷塊を逸らし、俺たちをヒャダルコから守り切った。
 次の瞬間にはリンカはアルスに組み伏せられていて、エドもまた、俺とホリィを交互に見やるだけだ。
ホリィ「エドさん! リンカちゃん!」
ホリィ「こんなことって、あんまりでしょう!」
ホリィ「悩みのある人を放ってはおけません! 聖職者として!」
 そこまで捲し立てた後、ホリィはいったん落ち着いて、
ホリィ「……リンカちゃん。エドさんに罪はありません」

201 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:32:00.63 ID:34OGwgB50
リンカ「わかってる! わかってるわよ! けど!」
ホリィ「無関係なエドさんを狙うということは、無関係な私やケンゴくん、アルスさんを狙うも同義。違いますか?」
リンカ「違う! あんたらはあのときあの場にいなかった!」
ホリィ「エドさんもそうじゃないんですか?」
リンカ「だって!」
ホリィ「だってじゃありません!」
ホリィ「そしてエドさん! どうして命を投げ捨てるような真似をするんですか!」
ホリィ「それは単なる逃げでしょう!? 過去を悔やむのなら、悔やんで死ぬのではなく、悔やみながら生き続けなさい!」
ホリィ「そうしなければ、何も好転なんてしないのじゃないですか!?」
エド「言うのは、簡単だ」
ホリィ「しなさい! それがせめてもの手向けと知りなさい!」
 ぴしゃりとホリィ。俺とたいして年齢の変わらない女子に叱責され、二人はしゅんと肩を小さくしている。

202 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:32:54.44 ID:34OGwgB50
ホリィ「二人とも、優しい人です。だからこそ許せなかったのでしょう、自分を。しかし、私の師である神父様もおっしゃっていました。許せない自分をこそ御すべしと」
ホリィ「だから、今一度聞きます。……私たちはもう仲間には戻れないんですか?」
 仲間。その言葉は今の空気にはひどく不釣り合いで、不似合で……けれど、甘美な響きがした。
 ここまできて果たして俺たちは戻れるのか? 少なくともリンカとエドの関係は変わる。憎しみは決して押し殺せる程度の熱量ではないし、またいつ牙を剥くことになるか分かったものではない。
 だが、きっとホリィはそれすらもわかったうえで言っているのだ。許せない自分をすら御すべし。それは俺たちが魔物ではなく人間である証左なのだと思う。
リンカ「赦して、くれるの?」
 おずおずリンカが尋ねる。ホリィはそれに対して首を横に振った。
 一瞬リンカが驚きの表情を作るが、俺にもホリィの意図はわかった。俺たちが赦すだの赦さないだの、そんな次元ではないのだ。何故なら感情はリンカやエドだけのもので、彼らが一生付き合っていかなければいけないものだから。
 そして俺たちは、そんな二人に付き合う覚悟をすでに決めている。

203 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:34:11.39 ID:34OGwgB50
リンカ「ごめん……ごめんね……」
 滂沱の涙を流すリンカ。そしてホリィはそんな彼女を優しく抱きしめていた。そんなホリィはまるで聖母のようにも見える。
ホリィ「大したことないですよ。全部神父様からの受け売りです」
 謙遜しているようには見えない。本当に彼女は、その神父様とやらを信用しているのだろう。
エド「……心配かけたな」
ケンゴ「いいって。俺はなんにもしてない。礼はホリィに言ってくれ」
エド「アルスも。すまない」
アルス「かまわない。俺はもともと部外者だからな」
 ぱん、とホリィがそこで手を叩いて、
ホリィ「さぁみなさん! とりあえずこの惑いの森を抜ける方法を考えましょう!」

204 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 00:35:01.27 ID:34OGwgB50
 そうだ。何かが終わったかのように錯覚していたが、現状は何も好転していないのだった。
 まずはこの惑いの森を抜ける方法を見つけ出さなければ、いくら仲直りしたところで、待っているのは餓死か戦死だ。
 しかし俺は一つの考えがあった。それは、アルスの落ち着きがあまりにも不自然すぎたからである。
 思ったのだ。彼は何かを知っているのではないかと。
ケンゴ「ホリィ、ちょっと」
ホリィ「なんですか?」
 離れたホリィに声をかける。
 光の柱が降ってきて、彼女の左腕を消し飛ばす。
 噴き出る血が見えた。
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207 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 10:57:44.69 ID:FUQGtRV+0
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エド「ホリィイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」
 エドが吠えた。
 突如として空から降ってきた光の柱、その衝撃によって吹き飛んだホリィを救うべく、地を蹴って逼迫する。
 そしてその頭上に迫る、更なる光の柱たち。
アルス「邪魔だ退け!」
 アルスの震脚、からの縮地。一息でエドらに近づいたアルスは、そのままの勢いで二人を蹴り飛ばす。
アルス「逃げろ! こいつらはーーやばい。お前らに太刀打ちできるようなモノじゃない」
 こいつら。アルスの言葉の意味を理解できずに、彼の視線の先を追ってみる。
 土煙の中から現れる小柄なシルエットが二つ。
 一人は褐色の肌に白い髪の毛の少女。三白眼で、耳の所に赤い羽根飾りをつけ、巨大な虹を模した弓を右手で握っている。
 一人は白い肌に黒い髪の毛の少女。澄んだ瞳で、水晶のように輝く髪飾りをつけ、無骨な戦槌を両手で握っている。

208 : ◆yufVJNsZ3s :2013/06/03(月) 10:58:14.79 ID:FUQGtRV+0
 どちらも華奢でにこやかで、脅威と言う言葉からは正反対に位置しているように、俺には見えた。二人は笑顔を崩さずにてくてくと、ぺたぺたと、アルスに向かって歩いていく。
ケンゴ「ッ!?」
 俺は気が付いた。いや、気が付いてしまったというべきだろう。
 この状況において、にこやかで、笑顔を崩さずに?
 心はどこへ行った?
トール「ねぇねぇ、どこに隠れてたの。探すの大変だったんだから」
インドラ「……森のせい、でしょ。だから……わたしたち、頑張った。褒めて」
トール「そうだよ! 褒めて褒めて! 森が魔王様を隠しちゃったみたいだから、私たちさ!」
 とりあえず森を全部焼いといたから。
 と、彼女らは元気に言った。
 いやそれよりもまず俺の耳を疑わせるのは、いましがた黒髪の少女が言った言葉。聞き間違いでなければ、魔王、と……。