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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part43


116 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:14:39.35 ID:VCP4wXzr0
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 終わらない。
 終わらない。
 終わらない!
 あーもう、全然終わらないっ!
 苛立ち紛れに机を叩くと、そばで書類整理をしていた部下が溜息をつく音が聞こえた。
部下「クレイアさーん、そんなことをしても仕事はなくなりませんよー」
クレイア「人手は不足して! 作業は膨大で! よくもまぁあなたは机を叩きたくならないものですね!」
クレイア「犬!? 犬ですかっ、もしかしてあなたは国家の犬ですかっ!」
 ばん、ばん、ばん。四度目でついに積み重なった書類が床に雪崩れて行く。あぁ……。
 捺印済みものとそうでないものがいっしょくたになってしまった。面倒くさい。
 私はそれを一枚一枚拾い上げ、溜息をついた。いや、溜息をつきたいのは部下のほうなんだろうけれど。
部下「落ち着きましたかー」
クレイア「なんとかね」

117 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:15:47.91 ID:VCP4wXzr0
 嘗ての儀仗兵長も、今や出立許可証を発行する窓際族。魔法が使えなくなったこの身ではしょうがないとはいえ、なんというか、斜陽……いや、既に日没。
 それでも、雇用を継続してくれているだけでもありがたい。お情けなのだろう。これでも二十年以上国のために身を粉にしてきたのだから。
 ……国家の犬は私、か。
 後悔がないとはいえ、親しかった者がみな死んでしまえば、残されたほうはあまりにも寂しすぎる。余生を充実して生きられるほど器用でもない。
 まさに犬だ。
部下「クレイアさーん、ミスとかありましたー?」
クレイア「……ないですね」
部下「ないならもっと嬉しそうな顔すればいいじゃないですかー」
クレイア「ないからって気を緩めたときに限って、間違いが出て……きた。ほら」
 ぺらりと書類を見せてやる。
 ダルタイ・マンバという名前の男性であるはずが、送られてきた書類では「タルダイ・マンバ」となっていた。本部へと送り返さないと。
 私たちの仕事は冒険を希望する人々に対して許可証を発行すること。許可/不許可を決めるのはもっと上層部なので、私たちはその最終チェックだけを行って、氏名・居住地に間違いがないことを確認する。
 ただそれだけといえばそれだけなのだが、何しろ数が膨大である上に、氏名や居住地の見落としは後々厄介なことになる。精神を摩耗する作業なのだ。

118 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:16:40.16 ID:VCP4wXzr0
 師匠に同行していくという選択肢もあった。事実、師匠はそうおっしゃってくれた。断ったのは私の意思だ。
 あの人に迷惑はかけられない。
 それに国内は相当な人手不足だ。王国事情に通じていて、事務方もできる人材はそう多くない。師匠のそばにいてサポートするよりも、師匠の構想を裏で支えるほうが私にはあっている気がした。
部下「時間はー、大丈夫ですー?」
 間延びした部下の声にはっとして時計を見た。会議の時間が近い。が、まだ大丈夫だ。薄くなった山を片付ける程度には。
 旅人構想ーー勇者構想の行く末を決める会議は、ほぼ毎日のようにある。特に軍部はこの構想にあまり乗り気でないこともあって、隙は見せられない。
 彼らとしては仕事の半分を民間に持っていかれたようなものなのだから、それは致し方ないことだ。ただし反対に、故郷を守りたかっただけの者からは歓喜の声も上がっているという。
 国外逃亡同然に旅へ出た師匠とは異なり、私はいまだに国家の犬。しみついた根性は今更変えられそうにない。
 そして私は、同時にあの日あの時あの塔にいた生き残りの半分だ。王国としては全ての事情を知るうちの一人で、それなりの待遇をせねばならない。会議に私が呼ばれているのも、単に能力を見込まれてのことではなくて。

119 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/02(木) 12:17:11.06 ID:VCP4wXzr0
 ふぅ、と息をつく。あと数枚でこの山も終わりだ。
 書類を手に取って、氏名を確認して……
クレイア「え」
 思わず声が出た。
 僅かな間をおいて笑みがこぼれる。そうか。彼もそんな年齢で……そういう選択をしたのか。
 そういうアプローチで、願いを受け継ぐのか。
部下「クレイアさんー? いかないんですかー?」
クレイア「行きます、行きますってば」
 書類を検査済みの山において、今度こそ崩さないように、私は立ち上がった。
 山の頂上の書類。名前は、ケンゴ・カワシマ。
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127 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:20:18.37 ID:WaJ0cywB0
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「ケンゴ、ケンゴ、起きなさい。今日はあなたの15歳の誕生日。冒険に出発する日ですよ」
 という母親の声に対して、俺は短く返した。
ケンゴ「そんなこと知ってるよ!」
 だって眠れなかったんだから!
 既にベッドから跳ね起きて、新品の皮のブーツを履き慣らしている最中だ。まだ皮は堅いけれど、これくらいがちょうどいい。ブーツを自分の足に合わせていく作業が醍醐味だから。
 窓の向こうに見える太陽は燦々と輝く橙色。空はどこまでも続く水色。どちらも俺の出発を応援してくれているように見えた……なんてのは、ちょっとセンティメンタリズムが過ぎるだろうか。
 部屋を出てすぐの今では母親がトーストと目玉焼き、そしてカリカリに焼いたベーコンが散らされたサラダを作っていた。
 普通のメニューに見えるが、我が家ではこれが出発の日に食べる朝食だと決まっているのだった。
 なぜなら親父がそうだったから。

128 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:21:04.85 ID:WaJ0cywB0
 俺は居間の壁を見て、首を捻った。あるべきところにあるべきものがなかったのだ。
 そしてすぐにそれは見つかる。食卓に立てかけられていた。
ケンゴ「母さん、これ……」
母「もってきなさい。今更触るんじゃない、とは言わないわよ」
 俺はおずおずと手を伸ばす。ずっしりと手に重みがかかる。重厚な作りで、俺が今まで振ってきたショートソードとはわけが違った。
 刀剣マニアだった親父の形見。そして、いくつもの戦場をともに駆け巡った相棒。
 銘はわからない。ただ、確かな作りのその彎刀は、幾たびも親父の命を救ってくれた功績がある。
 いったいどれほどそうしていただろうか。母親が食卓に朝食を並べるまで、俺は忘我で彎刀を握り締めていた。

129 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:21:36.97 ID:WaJ0cywB0
母「あんまり無理しちゃだめよ」
ケンゴ「うん」
母「何かあったら連絡しなさいね」
ケンゴ「うん」
母「いつでも母さんはあなたのことを心配してるからね」
ケンゴ「うん」
母「……って言っても、聞きやしないんだろうけど」
 苦笑しながら母さんは言った。俺はそれにも「うん」と返す。
 遊びではないのだ。遠足でもないのだ。ましてや探検などでも。
 俺は、親父が守ろうとしたものを代わりに守って、そして同時に、親父の仇すらも討つつもりだから。
 親父ーーゴダイ・カワシマは軍隊で小隊長を務めていた。もう五年も前の話だ。
 ひときわ大きなドンパチがあって、親父はそこで、乱入してきた魔族に殺された。
 四天王、序列二位、海の災厄・ウェパル。
 どんな理由でウェパルが乱入し、親父を殺したのか、俺にはわからない。彎刀を形見として届けてくれた二人の女性は語らなかったし、聞いても教えてくれそうになかった。
 俺は知りたいのだ。俺が知らないことを。都にいるだけでは知り得ないことを。

130 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:23:10.15 ID:WaJ0cywB0
 と、どんどん扉が叩かれた。返事を一つして出迎える。どうせ誰かはわかっているのだから。
 やっぱりだった。扉を開けた先には幼馴染が立っていて、不機嫌そうな視線を容赦なくこちらにぶつけてきている。
 そばかすが印象的な、隣の家の、それこそ腐れ縁。
幼馴染「……なによ」
ケンゴ「そりゃこっちのセリフだろ」
幼馴染「別に、なんともないわよ」
ケンゴ「……そっか」
幼馴染「そっ、そんな悲しそうな顔するんじゃないの! まるで私が悪いことしたみたいじゃない! 嘘に決まってるでしょ、バカ!」
 そう一通り罵って、何かをオーバースローで投げてくる。
 何とか受け取れたそれは、手のひらにすっぽりと収まるサイズのもので。

131 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:24:10.73 ID:WaJ0cywB0
幼馴染「お守り。ちゃんと五体満足で帰ってきなさいよ」
幼馴染「お父さんのことは、わかってる。だから止めたりなんてしないから」
幼馴染「だから」
幼馴染「絶対……死んだら、だめなんだかんねっ!」
 それだけを叫んで走り去っていった。多分、顔を見られたくないんだと思う。
 でもそれは俺だって同じなのだ。確かにうれしいし、わくわくしている。眠れなかったくらいなのだから。
 ただ、それは眠れなかった理由の半分でしかない。
 残り半分。俺は怖いのだ。未知の世界が。戦いが。何より死ぬことが。
 当然だろう。怖くないやつなんていない。そりゃそうだ。
 だからこそ、俺は気丈に、恐怖を笑い飛ばさなくちゃいけない。決して心を折らないためにも。
 俺は彎刀を握り締めて、そっと壁に立てかける。食事をとったら王城だ。そこで許可証を受け取って、ついに旅に出る。
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132 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:25:41.61 ID:WaJ0cywB0
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 その後、俺はきちんと王城へ向かい、俺と志を同じくする人々たちに混ざって無事許可証を手に入れた。どんなものかと思えば、存外簡素なものだ。顔写真と氏名、そして国璽が押されている。
 途中でクレイアさんと出会った。親父の同僚だった人だ。我が家に彎刀を届けてくれた張本人でもあって、俺はこの人にいくら礼を言っても足りやしない。
 とはいえ会話の種があるわけでもないので、ほんの一言二言会話を交わして別れた。「頑張ってね」「はい」という程度だ。
 ただ、その「頑張って」に内包されている数多の困難を、俺もクレイアさんも理解していないわけではないけれど。
 許可証をもらえば十五歳の俺でも酒場に自由に出入りできる。広間にいた二十人ほども、当然そうするらしかった。人の流れができている。
 目的は様々だろう。腕試し、開拓、行商、エトセトラ。先ほど志を同じくすると言ったが、実際それは大きく嘘なのだ。富や名声を目的としない俺みたいな輩はきっと少数派だろうから。
 酒場の扉を押し開けると、中にいた人々が一斉に俺へと目をやってーー鼻で笑い飛ばすのがわかった。もしくは、明らかな落胆。

133 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:26:53.27 ID:WaJ0cywB0
 がちゃりがちゃりと装備を鳴らして、一人の大男が近づいてくる。歴戦の強者といった風体だ。装備も年季が入っているし、その下の肉体も、確かに鍛錬されている。
大男「おい、坊主。ここは酒場だ。酒も呑めねぇガキがどうしようってんだ」
 俺は黙って許可証を見せた。まさか大男も俺が許可証もなしにやってきたのでないことはわかっているらしく、短く笑ってこちらに向き直る。
大男「なに、別に絡もうってんじゃねぇ。これは忠告だ。親切心から俺は言っているんだぜ?」
大男「外の世界はお前みたいな坊主にゃ早すぎる。獲物はなかなかだが、あと五年修行を積んでから旅に出な」
大男「旅に出るってことは、命を天秤の片方に乗っけるってことだ。子供の命なんてとてもじゃねぇが軽すぎる。つりあわねぇな。木の実を取りに行くのとはわけが違うんだ」
 大男が最初に言ったように、確かにそれは嘲りではなく忠告だった。もし俺が逆の立場だったらきっと同じことを言うだろう。
 それでも、俺は首を横に振らなければいけない。一年だって無駄にはしたくないのだ。
ケンゴ「そういうわけにもいかないんです。親父の仇を討たなくちゃならないから」
大男「……復讐は何も生まねぇ。やめとけ」
 あるいは大男自身にも覚えがあるのかもしれなかった。

134 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:29:58.81 ID:WaJ0cywB0
 俺はさらに首を横に振る。
ケンゴ「復讐ってんじゃないです。ただ……筋を通したいだけです」
ケンゴ「それに、俺は嘗て、旅の人に救われました。俺は少しでも誰かを救いたい」
ケンゴ「グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズみたいに、俺はなりたいんです」
 その名前が出たとき、僅かに酒場の空気が変わる。驚きというか、怪訝というか……。
大男「……ま、許可証が出ちまった以上、俺の口を出すことでもねぇか。けどな、坊主、覚えておけ。最後に勝つのは腕っぷしが強い奴じゃあない。ここに」
 どん、と自分の胸を叩く大男。
大男「でっけぇ、がっちりとした柱を持ってるやつが、最後に勝つんだ」
ケンゴ「肝に銘じておきます」
 大男は俺の脇をすり抜けて酒場から出て行った。空気が変わるまでには少し時間を要したが、と言っても数十秒のことで、空気は騒がしいものへと戻っていく。
 ……これじゃ、一緒に旅をする仲間を探す感じでは、なくなっちゃったかな。

135 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:31:46.56 ID:WaJ0cywB0
 城下町というだけあって利用者の平均レベルも高い。こんな初心者の、それこそガキを相手にしてくれる物好きもそういないだろう。
 仕方がない。多少お金はかかるけど、斡旋所のほうにも足を運んでみようか。そう思って踵を返した、そのとき。
魔法使い「待ちな」
 とんがり帽子に樫の杖。黒いマントを羽織った女性が立っていた。その背後には戦士らしき男性と僧侶らしき女性もいる。
 全員がそれなりに若い。二十前後、といった感じか。
ケンゴ「……なんですか」
魔法使い「いま、グローテ・マギカとフォックス・ナインテイルズって言ったね」
ケンゴ「はぁ」
 よくわからない。だからなんだっていうんだ?
 魔法使いは視線を後ろの僧侶にずらした。あとはあなたがやりなーーそう訴えているようにも見える。
 僅かに間をおいて僧侶が一歩踏み出してくる。

136 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 15:57:28.26 ID:WaJ0cywB0
僧侶「あの、私たち……いえ、私、は、その二人を探している、のですけど」
僧侶「あ、私、教会から派遣されて、旅をしてます。世のため人のために生きるようにと……」
僧侶「あなたと、同じ、です。だから、その」
魔法使い「つまり、その二人みたいに人助けをして回っているんだけど、きみも手伝う気はない? ってこと」
 僧侶の脇から魔法使いが口を出す。
 このご時世に人助けとは実に変わり者だと思った。ただ、俺がやろうとしていることも、対して変わりはない。きっと彼女らだって自覚はあるのだとも、また思う。
ケンゴ「人助け……?」
魔法使い「そ。この娘は教会の啓示で。わたしはアカデミーの昇級試験。戦士は……ま、そういうのが趣味のやつなのよ」
魔法使い「……正直わたしはグローテ・マギカもフォックス・ナインテイルズも眉唾だと思っているんだけどね」
「「二人はいます」」

137 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 16:01:40.95 ID:DcyF/+Me0
 俺と僧侶さんの言葉が思わずハモった。魔法使いは手をひらひらさせながら「わかったわかった」と華麗に流してみせる。
魔法使い「あんまいいたかないけど、うちら三人ともレベルは低いからね。質より量がほしいとこでもあるのよ。どう?」
 俺は僅かに考えるふりをした。ふり、というのは、そもそも答えなんて初めから決まっているようなものだったからだ。
 渡りに船とはこのことである。どうも三人は悪い人のようには見えなかったし、名声欲がないのは都合がいい。俺もそういうタイプではないから、行動の協調はしやすいだろう。
 ややあって、頷く。
ケンゴ「よろしくお願いします。初心者ですけど、頑張りますから」
 僧侶がぱあっと明るく笑う。魔法使いはそんな彼女を見て苦笑して、戦士は寡黙に、けれど僅かに口角を上げて見せた。
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138 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 16:07:35.59 ID:DcyF/+Me0
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魔法使い「とりあえず、自己紹介と行きますか。わたしはリンカ。リンカ・フラッツ。国立アカデミーの六回生」
僧侶「ホリィ・ナカーク、です。修道院で、僧侶、やってました」
戦士「……エド・ハウゼンメイデン」
ケンゴ「ケンゴ・カワシマ。普通の一般人だよ」
エド「カワシマ?」
 寡黙な戦士ーーエドがぴくりと眉を動かした。
エド「もしかして、ゴダイ・カワシマ隊長の」
ケンゴ「親父を知ってるのか」
エド「そうか……あの人には、生前、世話になった」
 生前。この人はどうやら親父が死んだことを知っているようだ。
 対峙するのは人獣問わない兵士であるから、誰かが死ぬなど日常茶飯事……とまではいかないまでも、かなり高頻度。エドが親父の死を知っているのは、恐らくある程度親密だったのだと思う。

139 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 16:08:47.59 ID:DcyF/+Me0
ホリィ「ほ、ほら! とりあえず、お、お酒を飲みましょう! お酒! それさえあれば、あの、浮世の憂さも晴れるってもんです!」
リンカ「聖職者が酒飲んでいいの?」
ホリィ「酩酊は、その、主との距離を、近づけてくれます。おいそれとは飲めませんが……今日は、あ、新たな仲間が加わった善き日。主も祝福してくれるでしょう。……多分」
 多分て。
 俺とエドの間に走った僅かな黙祷を察したのか、ホリィは努めて明るく振舞って、けれど引っ込み思案的な言葉遣い同様に、つっかえつっかえ俺たちの背中を押す。
 気を使っているのはあからさまだったが、なんだか嬉しそうでもある。もともと優しい性格なんだろう。
 とはいえ、俺はまだ十五歳。元服は迎えていると言っても、果たしてアルコールは初めてであった。しかし呑まざるを得ない。正直言ってしまえば興味もある。
 グラスを手に取った。ひんやりした感触を味わう間もなく、覚悟を決めて、一気に。
 ごくりごくりとエールを呑みほす。苦い。喉の奥がきゅっと閉まる苦味だ。味は趣味に合わないが……気分は確かにいい。
 既に僧侶は三杯目のエールを空にしようとしていて、反対に魔法使いは暖かいお茶でちびちびやっていた。話を聞く限り、確かに三人はそれほど強者ではなくて、同時にかなりのお人よしでもあるようだった。

140 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 16:29:21.21 ID:DcyF/+Me0
 魔法使いーーリンカ・フラッツ曰く、
リンカ「王立アカデミーってもピンキリなの。わたしはそのキリのほう。落ちこぼれね」
リンカ「昇級試験は、『旅に出て、三か月以内に善い行いをすること』。魔物を倒したり、人助けをしたり、いろいろ」
リンカ「周りはわたしを馬鹿にしたわ。どうせ死ぬのが落ちだ、ってね。ま、庶民出の魔法使いのヒエラルキーなんて所詮そんなもんよ。ムチン家やらホンク家やら、良家がうじゃうじゃしてる中ではね」
リンカ「え、家筋? そりゃ関係あるわよ。っていうか、努力をする価値があるのはいい家筋のやつだけだし」
リンカ「魔力ってのは血に宿るの。何世代も受け継いできた濃い血から大魔法使いは生まれる。名門はそういう人体改造を続けてきたようなところよ。だからこそ排他主義の貴族主義」
リンカ「そいつらとは絶対に組みたくなかった。でも、一人じゃ無理があった。偶然この娘……ホリィを助けて、エドとも出会って、今に至るわけ」
リンカ「……旅する英雄の二人の話は、聞いたことはあるけど。でも、やっぱり眉唾だと思うわ。そんな強い人間がいるとしたら、それはそれこそ名門出の大魔法使い様か……人間じゃないもの」
リンカ「……いたらいいな、とは、思うけどね」

141 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 16:30:16.31 ID:DcyF/+Me0
 僧侶ーーホリィ・ナカーク曰く、
ホリィ「辺境の村って、教会がないところも、その、けっこうあるんです。だから、わ、私、そういうところを回って、神父様の、真似事なんかをしてるんです。神父様は、お、お忙しい、方ですから」
ホリィ「普段は、もちろん、安全な道を歩くんです。けど、道に迷ってしまって、そうしたら、偶然、リンカちゃんが」
ホリィ「……助けてもらった、その、お礼、も、あります。それに……神父様は、仰ってました。情けは人のためならず、と。主もきっと、お空から、わ、私を、見てくれてるはずです」
ホリィ「リンカちゃんと一緒だったら、も、もっと、沢山の人に、お手伝いできるんじゃないかって、あの、私、思って」
ホリィ「こんな世界だからこそ、私が、じゃなくて、私、も、頑張らなくちゃって」
ホリィ「そ、それに、私、あの二人の旅人、リンカちゃんは眉唾っていうけど、そうかもしれないけど、でも、信じたい、です」
ホリィ「あの二人が、私の、い、生きる姿、なんです!」

142 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 16:31:24.30 ID:DcyF/+Me0
 戦士ーーエド・ハウゼンメイデン曰く、
エド「……いろいろ、あってな」
エド「これでも、もともとは軍隊にいた。旅人構想が始まった際に抜けたんだ。子供にはわからないかもしれないが、決してあそこは、正義の味方なんかじゃあなかった」
エド「……方法が間違っていたわけでは、ないと思う。ただ……そうだな。俺の、性にはあわなかった。それだけだ」
エド「国のためなら全てを切り捨てる考えは、まっぴらだ。そういう意味じゃ、俺があいつらと一緒に旅をしているのは、罪滅ぼしなのかも、しれん」
エド「……喋りすぎた。あまり、喋るのは得意じゃあないんだ」
エド「まぁ、これからよろしく頼む。俺は、一応は戦士と名乗っちゃいるが、隊長……お前の親父さんには程遠い。鍛えてはいるけど、難しいもんだ」
エド「目的がどうであれ……旅ってのは、大変なことが多い。ばかりだ、と言っても、いいかもしれないな……」
エド「うちのやつらは、特にホリィは、伝説の旅人二人に憧れている。夢を見ているとは、俺には言えんが……目標みたいなものなのだろう」
エド「ケンゴ。お前は、どうだ。命は短い。呑めるときに呑め。休むときに休め。やりたいことは、やれるうちにやっておくべきだ。俺はそれを怠った」
エド「……イケる口だな。今度は、お前の番だ」
 エドはそう言って、グラスで俺を指示してきた。

143 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 16:33:24.21 ID:DcyF/+Me0
 四人掛けの丸いテーブルが四角く見える。頭がふわふわして、足元がふらふらする。それでもエールはうまい。体に沁みわたっていく。
 そろそろヤバいな、という実感はあった。どこかか自分を俯瞰している自分がいる。
ケンゴ「俺は、子供のころに、あの二人に助けてもらったことがあるんですよぉ!」
リンカ「はぁ!?」
ホリィ「う、うそ!」
エド「……」
 三者三様の驚き。しかし、嘘とは失礼な。
 俺はあの日のことを、舌が時折縺れながらも三人に説明する。遠き日のこと。そういえばあの日も酒場でおっさんたちに話したっけ。やっぱり嘘だと思われたけど。
ホリィ「ほら、ほら! やっぱり、ほら、いたんですよ、リンカちゃん!」
リンカ「べ、別にまだ決まったわけじゃないでしょ。ただ女性二人組に助けられた、それだけだし」
ケンゴ「まぁそりゃそうですけどぉ」
ケンゴ「でも、噂と恰好は一緒でしたよぅ! 全身をすっぽり覆う、フードつきのマントに、決して身長は高くなくて!」

144 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/15(水) 16:34:42.87 ID:DcyF/+Me0
リンカ「模倣犯かもよ!」
エド「犯罪をしてはいないだろう」
ケンゴ「そんなムキにならなくたっていいじゃないですか!」
ホリィ「そそ、そ、そうですよリンカちゃん! 主よ感謝いちゃしましゅ! 噛んだ!」
エド「おい、ホリィ、落ち着け」
ホリィ「ほらほら、みらさん、エールを注いふぇ! リンカちゃんも、お茶なんひゃじゃなくて、ほら、乾杯って、行きますよ、ほら!」
 喚きたてる聖職者。何が聖職か。どこが聖か。
ホリィ「四人の出会いと、これからの旅の安全にぃ!」
 ひときわ大きく、グラスが鳴った。
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151 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/18(土) 12:18:56.65 ID:SBjuN94j0
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 アルミラージがその鋭い角をこちらに向け、一直線に走ってくる。腹を突かれては堪らない。彎刀の鞘で逸らしながら体勢を立て直した。
 魔物の走る先ではエドが待ち構えている。鉄の盾を構えて致命傷を避け、右手の斧で叩き切るのが彼のスタイルだと、俺はこの数週間で学んだ。倒すよりも倒されないことに重点を置いているのだ。
 しかし、人間相手ならばともかく、四足は素早い。エドの斧は空を切って地面へと突き刺さる。
 その背後にはホリィとリンカがいた。身を縮こまらせるホリィの前にリンカが出て、杖を魔物へと向ける。
 空間に瑕疵が生まれた。ひっかいたような傷がアルミラージの行く先に出現、僅かな間をおいて、氷が突如として具現化される。
 ヒャダルコ。彼女が使える中で最大級の魔法だ。ヒャドでは素早い魔物には当たらないと考えての選択なのだろう。
 リンカは特に凍結魔法を好む。ヒャドとヒャダルコしか、俺はまだ彼女が使っているのを見たことがない。本人は「使えないわけじゃあないんだけどね」と言っているが、本当のところはわからない。

152 : ◆yufVJNsZ3s :2013/05/18(土) 12:20:17.67 ID:SBjuN94j0
 血が舞う。耳と後ろ脚、そして自慢の角の一部を氷に抉られた魔物は、バランスを崩して倒れながらももがき続ける。生命の強さを目の当たりにした気分だった。
「ギィイイイイイイイイイイイッ!」
 兎が啼いた。空気を無理やり振るわせる不快な声。
 唐突にリンカが頽れた。まるで糸が切れたみたいに。
 反射的に俺は手を伸ばしてリンカを抱き留める。重力に俺自身が持っていかれそうになるも、なんとか足を踏ん張らせて堪える。修行の甲斐があったというものだ。
ケンゴ「だいじょーー」
 そこまで言って肩を撫で下ろす。なんだ、寝ているだけか。
 アルミラージはラリホーを使うため、最後っ屁のそれにやられてしまったのだ。これが戦闘中でなくてよかった。
 いつの間にか静かになった背後を振り返れば、エドが兎の首を落としていた。今夜は兎鍋だ。町が近くにないわけではないが、金があるわけでもない。なるたけ自給自足をしなければ。
 食料到達にも随分と慣れたものだった。必然的に、兵士時代に一通りの方法を学んだエドがパーティの釜の番人となっている。たまに俺とホリィが手伝うくらいで、申し訳なくはあるのだけれど。