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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part33


796 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 01:01:38.10 ID:7tqjT6nh0
 触れた瞬間に足の裏がもっていかれる。皮と肉がずたぼろになり、勢いに飲まれて体が空中で回転する。
 回る視界。だが、デュラハンの姿は視界いっぱいにある。
 回る世界の中でも、居場所はわかる。
少女「ミョォオオオオオルニィイイイイイルッ!」
 誰かの手を、少女は振るった。
 そこでようやく少女はその誰かを確認する。
 誰もいない。当然だ。ただそこには、ミョルニルがあるだけだった。
 ミョルニルが?
 思考の暇は与えられない。そのままデュラハンの腰が、腹が、胸が、全身が、
 雷でできたミョルニルーー寧ろトール・ハンマーなのではないかーーによって!
 飲み込まれ
デュラハン「勝手に終わらせないでくれよぉおおおっ!」
 返す刀でロトの剣。
 雷をすらも切り裂いて、少女に残された左腕すらも、一刀のもとに切り落とす。

797 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 01:03:00.11 ID:7tqjT6nh0



798 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 01:03:46.47 ID:7tqjT6nh0
 無音。
 無音。
 無音。
 うるさいくらいの無音が頭に鳴り響いていた。

799 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 01:04:59.87 ID:7tqjT6nh0
 たっぷり十秒ほどの間をおいて、ついに、世界に音が戻ってくる。
 最初の音は、金属と金属が擦れあう音であった。
 がちゃり。
 がちゃり。
 と、デュラハンの姿が揺らめいている。
デュラハン「参ったなぁ」
 揺らめいているのではなかった。魔力が底をついて、すでに鎧を維持できないほどになっていたのであった。
 漆黒の鎧は今や漆黒の破片となって、漆黒の破片は次第に漆黒の霧となって、消失していく。
少女「アタシの、勝ち、みたいね」
デュラハン「何秒か、何分か、わからないけどね」
少女「それでも」
デュラハン「勝ちは勝ち、負けは負け、か」

800 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 01:06:15.03 ID:7tqjT6nh0
 少女の両腕はない。血の海に横たわる彼女の寿命はデュラハンに比べればほんの少しだけ、数秒か数分だけ、長い。
 ゆえに少女の勝ちである。
少女「でもね。アタシは、この先がある」
デュラハン「この先?」
少女「そう、この先」
少女「勇者と合流して、魔方陣を止めて、世界を平和にするっていう」
少女「アタシは、アンタとは違う」
デュラハン「そうか。そうだね。俺とは、違う」
少女「だからアタシは、死なない」
少女「死なないのよ」
 語気は強くなかった。声も大きくはなかった。それでも、確かに言葉は空気を震わせた。
 意志の籠った声だった。

801 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 01:06:57.93 ID:7tqjT6nh0
 血液が光り出す。横たわる少女の体もまた。
デュラハン「ま、楽しく、見させてもらうよ」
 ロトの剣が地面へと落ちた。すでに漆黒の霞さえも霧散して、どこにも見出すことはできない。
 やがてロトの剣すらも召還される。
 少女は這いずって、這いずって、這いずって、自分の左腕が落ちている地点までたどり着く。きれいすぎるほどにきれいな切断面を合わせ、仰向けに寝転がった。
 空は見えない。ただ、限りなく灰色な天井があるばかりである。
少女「勇者、やったよ……倒したよ……」
少女「疲れたなぁ、眠いなぁ」
少女「ね、勇者。寝て、起きたらさ。アタシ、頑張ったからさ、褒めてよ。ね。いっぱい褒めて」
少女「そしたらアタシ、頑張るから。頑張れると、思うから」
少女「ふぅ、疲れた。ごめんね、ちょっと寝るわ」
少女「あぁーー幸せだなぁ」
 少女は目を閉じた。
 寝息だけが、確かに聞こえた。
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802 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 01:10:59.83 ID:7tqjT6nh0
今回の更新はここまでとなります。

803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/04(月) 01:15:20.93 ID:oEyYWXM9o
ロトの剣とか激アツじゃねーか
少女が出したのは雷でできたハンマーか?

804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/04(月) 13:24:57.96 ID:MCvNItaIO
狩人、少女…煌めく光の粒子のような戦闘描写だったぜ
至高のSS

805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/04(月) 21:27:59.93 ID:aVlExgiIO
更新乙!これは一度あげるべきだよ!
これはいいものだ

806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/05(火) 03:49:12.64 ID:KWD7vSvDO
乙乙乙
圧倒的!圧倒的な面白さ!

807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/05(火) 12:56:24.68 ID:zKe9g6j3o
うむ
大義である

808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/05(火) 19:05:59.06 ID:Ia7IcA150
うーん、ぐんぐん面白くなって行く。
すばらしい!

809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/10(日) 10:47:45.47 ID:87SQCY5IO
最高乙ぱい

810 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:04:07.03 ID:4pa/UlSp0
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勇者(なんだってんだ、あいつは)
 唇を半ば無意識に指先で触れながら、勇者は思う。
勇者(キスだなんて、あんな……)
 老婆はそんな勇者の姿を見ながら、にやにやと笑い、同時に「困ったものだ」とも思う。
 朴念仁は、というよりも、勇者が自らの特別性を理解していないことに。
 彼は、なぜ彼が慕われるのかを理解していない。狩人から、少女から、老婆から、街を行く人々から、仲間の兵士から、どうして慕われているのかを。
 誰しも彼が眩しくて、それでも託したくなるのだ。彼ならば自分の希望を託してもよいのではないかと思われる何かを、生まれつき持っている。それは決して才能という言葉では言い表せない。
 しかし勇者は誰よりも自らのそれに無自覚だった。周囲の人間が彼を見るなり声をかけてくるのは偶然で、もしくは狩人や少女や老婆が強く、それのおこぼれを預かっているにすぎないのだとすら思っていた。
 この世界に「世界を救う」と大言壮語を吐ける人間がどれだけいるだろう? ましてやそれを実行途中などと。

811 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:04:38.77 ID:4pa/UlSp0
勇者「……残る四天王は、ウェパルと九尾か」
老婆「そうじゃな。九尾が最上階にいるということは、必然的に次の階にはウェパルがいることとなるな」
 ウェパル。嘗ての兵士A。二人とも、不思議な情が彼女には生まれていた。
 当然隊長にまつわる様々は聞き及んでいて、それを納得も許せもできないのだけれど、しかし、確かに彼女は仲間だった。その時の絆は嘘ではない。彼女が白沢から救ってくれたことは事実なのだ。
 僅かに下を向いて思考し、勇者は老婆を振り返った。
勇者「どっちが行く?」
 老婆の姿がない。
勇者「え?」
 勇者の認識は異なっている。老婆の姿が消えたのではない。そもそもそこはポータルではなかった。
 限りなく灰色の部屋。
 広く、広々とした、部屋。
 中心に人影。その正体が何かだなんてことは考えるまでもなかった。
 四天王、序列二位。海の災厄、ウェパル。

812 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:05:06.78 ID:4pa/UlSp0
 彼女は今回は二本の足で立っていた。半人半魚ではなく、れっきとした人間の姿で。
勇者「どういうことだ」
ウェパル「どういうことって言われてもね。九尾の考えだから、ボクには全部はわからないよ」
ウェパル「九尾はおばあちゃんと話がしたいんだってさ」
勇者「話がしたい?」
 勇者は明らかに怪訝そうな顔をする。
勇者「戦うじゃなくて、話?」
ウェパル「そ。九尾の遠望深慮はボクにはわかりかねるんだけどさ」
勇者「……俺は、お前と戦うのか」
ウェパル「ん。まぁ、そういうことになるかな。ボクは乗り気じゃないっていうか、どうでもいいんだけど」

813 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:05:34.39 ID:4pa/UlSp0
勇者「俺たちは急いでる。見逃してはくれないか」
ウェパル「……」
勇者「今も下では仲間がーー敵だったやつも、今じゃ仲間だ。仲間たちが、戦ってる。九尾の召喚してる魔物と」
勇者「なぁ、なんでこんなことをするんだ? こんなことに何の意味がある?」
ウェパル「……九尾に会えばわかるよ」
勇者「お前も結局四天王ってことか」
ウェパル「ボクは別に、魔族とか九尾とか、どうだっていいんだ。どうだっていいんだけどーー知り合いの努力に手を貸さないほど、非情でもない」
ウェパル「九尾は一生懸命やっている。傍から見てて痛々しいほどに。それを助けてあげたいと思うことはおかしなことかな」
ウェパル「安心して。手加減してあげる。最後には負けてあげるよ。でも、ある程度の時間は稼がせてもらうから」

814 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:06:50.39 ID:4pa/UlSp0
 ウェパルは空間に手を突っ込んで、何かを取り出した。
 人くらいの大きさの何か。
勇者「!」
 否。それは、人だ。勇者もよく知る人。
 隊長の死体。
 顔は青白いが、安らかな寝顔である。血に塗れた最期が嘘のように、幸せそうで、四肢の欠損もない。恐らくウェパルが魔法によって何とかしたのだろう。
 修復、防腐、そんなところか。
 ウェパルは驚愕に目を見開いている勇者など視界に入っていないように、隊長の死体と口づけを交わし、抱きしめ、部屋の壁へと背中を預けさせた。
ウェパル「隊長ッ、見ててくださいねっ! ボク、頑張りますから。頑張っちゃいますから!」
 勇者は自らに走った怖気の甚大さに、自然と口角が引きつる気持ちだった。
 なんと言えばいいのだろう。「気持ち悪い」か、「それはおもちゃじゃない」か、それとも他に言うべき言葉があったのかもしれないが、勇者には到底思いつきそうになかった。

815 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:07:22.42 ID:4pa/UlSp0
 ただ唯一、言葉がこぼれる。
勇者「……お前、やっぱり魔族だわ」
 剣を構える。戦いたくはなかった。戦う気もなかった。しかし、生存本能が勇者にそうさせた。
 目の前の存在は本当に正気なのか。
 人間であった頃の、兵士Aであった頃の彼女を勇者はなまじ知っているだけに、余計に信じられない。もし彼女がいまだ人間の心を有しているのだとすれば、最早狂気に堕してしまったことは明白である。
 そして、もしすでに人間の心を落としてしまったのだとすれば、完全に魔に堕してしまったこととなる。
 どのみち、彼女との精神のずれは、どうしようにも避けようがない。
ウェパル「なに、愛する二人の仲を引き裂こうっていうの?」
ウェパル「そういうのはあれだ。あれ。えーっと、なんだっけ。こういう度忘れが最近多くて困るんだよなぁ」

816 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:07:49.29 ID:4pa/UlSp0
 ウェパルの文様が妖しく光る。どす黒く、紫色に。
 爛々と目を輝かせて勇者を見た。
ウェパル「そうだ、あれだ」
ウェパル「馬に蹴られて死んじまえ、でしたよね、隊長ッ!」
 衝撃。
 高速で打ち出された不可視の何かが、音を置き去りにして勇者の上半身を吹き飛ばした。
 べちゃり。勇者の上半身が容赦なく壁に叩きつけられ、赤い肉塊へと変貌する。
 僅かに遅れて、ゆっくりと残った下半身が、その場に頽れた。
ウェパル「よわ」
ウェパル「……勇者くん、覚えてるかなぁ」
ウェパル「最初に王城で会ったとき、戦って、そしてボクは言ったんだ。今度は本気でお手合わせしようって」
ウェパル「それが、こんなふうになるなんて、思ってなかったよ」

817 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:08:18.75 ID:4pa/UlSp0
 ご、え、ご、うぁ
 地震のような音だった。地の底から溶岩があぶくとなって弾ける、そんな音だった。
 そう、声ではない。
 頽れた下半身、その腰部から、次第に勇者の体が再生していっている。成長する筋肉繊維と神経。血管は繋がる血管を自ずから探し、幾重にも重なりあって皮膚が形作られる。
 震えた音は声帯も満足にできていない勇者が発した「音」だった。骨と、筋肉の軋みと言い換えても問題はなかろう。
 腱で固定されたばかりの、殆ど骨だけの腕で、勇者は体を起こそうと試みる。
ウェパル「わ。間近で見るのは初めてだけど……凄い加護だね。まるで呪いだ」
 ん、ご、じ……お、い……あ、ちか、に、ぞぶ、がぼじで、ねぇ、だぁ
ウェパル「はは。何言っているのか全然わかんないよ、勇者くん」
 のろ、い……たち、か、に……そうかも、じれねぇ、なぁって言ったんだよ!」

818 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:08:46.49 ID:4pa/UlSp0
 跳躍。すでに体は完成している。
 両手に電撃をまとわせ、剣を抜く。
 衝撃。
 またも勇者の体、今度は剣を握っていた右腕から肩口にかけてが、ごっそりと消失した。
 勢いに体を取られて勇者は転倒する。みずぼらしく、みっともなく、顔面を地面に擦り付けながら。
 勇者の絶叫。一撃死でないぶんだけ、痛みはダイレクトに全身を駆け巡る。蘇生の加護も痛覚を消してはくれない。
ウェパル「死なないと再生はしないんだね」
 ウェパルは人差し指を立て、振った。
 切断面から白い粒が生まれ、山になり、ぼとぼとと地面に落ちていく。
 いや、それは粒ではない。蛆だ。

819 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:09:14.38 ID:4pa/UlSp0
 肉食蛆は蠅が汚物に集るように肉を喰い、しかし本来の蛆とはことなって、壊死した部分以外も喰らいにかかる。
 勇者の絶叫以外は何一つ聞こえない空間で、蛆たちは肉を、骨を、食む音すら響かせずに貪りつくす。
 蛆は際限なく湧き、ついに勇者の全身を覆った。既に勇者の姿は人間のそれではなく、ただの白い蠢く何かとしてしか認識されえない。
 増殖を続けていた蛆たちであったが、ある時を境にしてその体積が減っていく。否。減っているのは蛆の体積ではない。勇者の皮膚が食い破られ、体内に雪崩れ込んだ証拠なのだ。
 やがて、骨と、僅かな肉片だけがその場に残された。
ウェパル「完食っと」
 冗談めかしてウェパルが言った。その視線の先には、雷撃を両手に宿す勇者の姿がある。

820 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:09:43.77 ID:4pa/UlSp0
 勇者の耳が刎ねる。
 不可視の衝撃は今度こそ勇者を戦闘不能に陥らせなかった。ぎりぎりで身を屈めて回避した勇者は、そのまま走りだし、同時に雷撃を放つ。
 ウェパルはそれを避けなかった。彼女が手を広げると魔力障壁が展開され、雷撃を完全に無効化する。
 その間にも勇者はウェパルに迫っている。依然として雷撃は放ちながら、右手で剣の柄を握り、胴を狙う。
 物理障壁。剣は僅かに食い込むが、所詮そこまで。反撃として不可視の衝撃が来るのを回避して回り込む。
勇者「二回も喰らえば予期できないわけないだろうがっ!」
 斬撃。ウェパルはまたも物理障壁を展開するが、今度の刃は帯電している。物理障壁では防ぎきれない。
 物理障壁ごとウェパルの腕を切る。青味がかった、まるで魚類のような血液が、床に滴った。しかし致命傷には程遠い。こんなもの、生命力の強い相手にしては、擦り傷も同然だ。
 すぐに反撃が来るのはわかっていた。しかし距離を取ることも考えられない。折角つめた距離を取り戻すのに、どれだけの労力が必要だというのか。
 取る選択肢はただ一つ。
 どうせ死んでも生き返るのだ。

821 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:10:12.43 ID:4pa/UlSp0
 ウェパルの左腕、ヒドラのように細かくうねる触手が、悪い雰囲気を放ちながら勇者へと飛びかかった。毒か呪いか、少なくとも悪い何かを帯びているだろうことは想像に難くない。死ぬよりも辛い目にあうことも。
 勇者「はっ!」
 伸びてくる触手をたちどころに切り落とし、さらに勇者は深くへと潜る。それを阻止する魔力の剣が、勇者の頭を狙って振ってきた。
 雷撃で弾く。魔力の剣は内部から炸裂し、あたりに魔力を振りまいた。
 柄の部分をしっかりと握り、乾坤一擲、攻撃を加えようとしたところでーー
勇者「!」
 剣が根元から腐り落ちているのを見た。圧倒的なまでの腐食。どう見ても、化学反応ではない。もっとおどろおどろしい何かに違いなかった。

822 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:10:57.25 ID:4pa/UlSp0
 魔力の剣が四方八方から迫る。ウェパルの魔力で編まれたそれは、錯覚だろうか、どこか毒々しい色をしている。
 剣では弾けない。雷撃も間に合わない。
 鈍い音がして、勇者の首と胸に、刃が深々と突き刺さった。
勇者「あ……が……っ」
 声を出すのもままならない中で、勇者はかろうじて倒れる身を踏みとどめたが、それも所詮気休めだった。すぐに力が入らなくなり、地面に倒れる。
 血だまりの中で彼は感じた。自分とウェパルの間にある、限りない断絶。力の差を。
 しかし同時にウェパルも思っていた。これでは埒があかないと。
 彼女は特別九尾に汲みしているわけではない。彼女が今ここで勇者と戦っているのは、先ほど彼女自身が口にした以上の理由はなかった。つまり、九尾の努力に敬意を表してということだ。
 ウェパルは必要以上に何かをしない。また、彼と彼女は階下の二人ーーアルプと狩人、デュラハンと少女のように、大きなしがらみにからめ捕られてはいなかったというのもある。

823 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:11:26.09 ID:4pa/UlSp0
 しかしーーいや、ここは「ゆえに」と言おうか。ゆえに、ウェパルは九尾の指示とは異なって、全力で戦わず、最終的には九尾の下へと通すつもりだった。それもまた彼女の言ったとおりである。
 指示とは異なり、その実九尾の希望通りに。
 九尾は全力で三人とぶつかるよう指示した。最悪殺してしまっても構わないと。その指示は事実だが、本意ではない。それを乗り越えて三人がここまで来ることを希望していた。
 全ては目的のために。
 魔王の復活のために。
 勇者は一度出血多量で死に、そしてすぐに立ち上がる。突き刺さった魔力の剣を帯電した両手で無理やり引っこ抜いて。
 不思議な感覚を覚えていた。これまで、蘇生がこんなに早く行われることはなかった。一日、早くても半日は蘇生までにかかったはずだ。ここに来て能力が向上する理由が彼にはわからない。

824 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:12:19.34 ID:4pa/UlSp0
勇者「人外だな」
ウェパル「やっぱり、きみなら魔王にもなれるんじゃない」
勇者「俺は世界を救いたいんだ。魔族だなんて、ごめんだよ」
ウェパル「……ふーん」
 ウェパルが手を上げると、魔力の粒子がある形を構築していく。限りなく濃密な魔力構築物。その密度と堅牢さは剣の比ではない。
 砲台、であった。
 無論、ただの砲台ではない。まずその数がおかしくて、おおよそ二十台ほどのそれが、口を勇者にきっちりとむけている。そしてそれらは全て宙に浮き、半透明の体の中に無色透明な魔力の砲弾が装填された状態で、火を放つ時を今か今かと待っているのだ。
 ウェパルは九尾やデュラハンのような召喚魔法は使わない。結局、自分のものにならないものを、彼女は嫌っていた。それが彼女の業でもあるし、強さでもある。
 勇者は帯電した拳を構えた。剣が折れてしまった以上仕方がない。

825 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:12:52.82 ID:4pa/UlSp0
 轟音。
 空気を揺らす低く鈍い音とともに、全ての砲台から一斉に砲弾が射出される。
 さながら死の驟雨である。砲弾は装填の必要がない。次から次へと勇者の命を奪いに来る。
 同時に駆け出した。この雨の中を縫ってこそ勝機が掴めると彼は思った。でなければ、所詮ウェパルに勝つことはできないのだと。
 ウェパルはまだ半分も本気を出してはいない。その程度に絶望して諦めるくらいならば、その程度にすら必死こいて本気出して、そうするほうが余程よい生き方である。
勇者「どうせ死んでも復活するんだしなぁあぁっ!」
 己の加護に対する無辜の信頼がそこにはあった。
 彼には狩人のような精密さも、少女のような膂力も、老婆のような魔力もない。彼が持つのはただ一つ、死んでも復活するという加護だけである。それを駆使することでここまでやってきたのだ。
 階下、そして階上では仲間たちが命を賭して戦っている。勇者は彼女らが生き残り、勝ちあがってくれることを信じている。
 だからこそ自分がくじけるわけにはいかないのだ。日和るわけにはいかないのだ。
 例え何度死んだとしても。

826 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/10(日) 14:14:13.09 ID:4pa/UlSp0
 腕がもげる。バランスを崩しながらも前進。
 頭部よりも一回りは大きい砲弾。一つ一つの隙間はあるが、その隙間を埋めるように後続が向かってくる。無理やりに体をねじ込みながら進んでいくが、掠れただけでも肉と骨が持っていかれる。
勇者「ぐ、う、おおおおっ!」
 全身がこそげ落ちていく激痛。肉片が、骨が、だらしなく地面に叩きつけられる。
 生きたまま体積が減っていくというのは拷問に等しい。悲鳴を何とか噛み殺し、眼を剥いて、ただ足を動かし続ける。
勇者(あと、四歩!)
 かろうじて残っていた右腕に力を込める。電撃。帯電した拳が音を立て、空気中に紫電を放出する。
 砲弾。勇者は瞬時に回避が間に合わないことを悟る。
 一か八かであった。そのまま魔力の砲弾を拳で殴りつけ、後方へと逸らした。
勇者「ぐっ、う……」
 砕ける右拳。満足に力が入らない。剣があっても握ることなど到底無理だろう。