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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part31


747 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:37:08.62 ID:1LgMsAnp0
アルプ「もらったぁああああああっ!」
狩人「くぅっ!」
 アルプが手を伸ばす。狩人も対抗して射出。そしてそれらにチャームをかけ、後方にどんどんと逸らしながら、アルプは無我夢中で狩人へと突っ込んでいく。
 隠された光の矢がチャームを逃れ、アルプの肩口の肉を抉った。が、アルプは決して止まらない。そういう生命体ではないのだ。
アルプ「もっとお話をしようよっ! あんたみたいな生命、存在、私はずっと待ってたに違いないんだ! 誰かのために誰かを救おうとする、そんなやつをさぁっ!」
アルプ「楽しければいいじゃん!? 誰かを犠牲にしても、楽しければさあっ!」
アルプ「私はもうどっかが壊れっちまってるんだ! いや、それが魔族としての衝動! しょうがないっちゃ、しょうがないのかもしれないけどさ!」
アルプ「私はおかしいかな、狂ってるかな!? あんた、私のこと腹立つでしょ!? むかつくでしょ!? クソ畜生だと思ってるでしょ!?」

748 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:39:24.96 ID:1LgMsAnp0
 ついにアルプと狩人が逼迫する。
 アルプの眼前には光の矢が、狩人の眼前にはアルプの右手が。
アルプ「ーー私もそう思う」
 二人はぴたりと止まった。あと一歩で互いを殺すことができる。ゆえに、動けない。この至近距離でも、互いの攻撃が当たらないことを、本能的に理解しているのだ。
 攻撃すれば負ける。一瞬の隙を、恐らく相手は見逃さないだろうと。
 互いに息は上がっていた。肩が上下している。玉のような汗が顔と言わず体と言わず、肌を伝って地面に落ちる。
狩人「私は、勇者を助けることが、楽しい」
 恐らくそれは独り言ではなかった。それは彼女なりのアルプに対する返答なのだ。
 ずらりと二人を取り囲む光の矢。半球状に、それぞれアルプを狙っている。
 アルプがチャームで弾いた光の矢を、狩人は支配下に取り戻したのだ。

749 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:41:29.76 ID:1LgMsAnp0
狩人「これだけあれば、あなたも殺せる」
アルプ「桁が二ケタ足りないんじゃない?」
狩人「試してみる?」
アルプ「試してみなよ」
 無言のうちに、全ての矢が射出された。
 ひときわ輝きながら、矢がアルプを目指す。光の粒子をまき散らしながら、光の軌跡を描きながら。
アルプ「あはははは! あっははははあはははっ!」 
 アルプはチャームした光の矢を、まだチャームしていない別の矢にぶつけ、どんどん相殺させていく。視界に入る量には限りがある。苦肉の策だった。

750 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:42:27.57 ID:1LgMsAnp0
 既に第一波はアルプの下へと到着し、確実に彼女の肉を、命を、抉り取っていく。
 けれどアルプは倒れない。次々と来る光の矢を次々と魅了し、次々と他の光の矢へとぶつけていく。
 羽が二本とも付け根からもげた。破けた脇腹からは内臓がはみ出し、燃えるような髪の毛はすでに長さがばらばらだ。
 肌の色すらもすでに赤い。
 それでも、アルプは立っていた。
 光の矢に紛れて狩人が突進する。泡を食ったのではない。もとより、こんな手軽にアルプを倒せるとは、彼女も思っていなかった。
 右手に握った光の矢をアルプに突き刺すーー弾かれる。
 アルプの目の奥で、魅惑の炎が揺らめいた。
 右腕が狩人の首根っこを掴む。
 脳髄へと手がのばされる。

751 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:46:01.16 ID:1LgMsAnp0
 どすっ、と。
 鈍い音が、二人の腹から響いた。
アルプ「……」
狩人「……」
アルプ「よく、やるわ」
 狩人の背中から突き刺さった光の矢は、そのままアルプの腹へと突き刺さり、二人を同時に串刺しにしていた。
 アルプは視界に入ったものしか魅了できない。狩人が彼女に矢をあてるには、身を投げ捨てるこの方法が、最も確実だった。
 ごぶり、と血が噴き出される。誰の口から? ーー両者の口から。
狩人「私は、死なない」
アルプ「いや、死ぬでしょ」
狩人「死なない」

752 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:47:13.50 ID:1LgMsAnp0
 頑丈で、強情だと、アルプは思った。
 アルプの目が剥かれる。この距離では狩人は逃げることができない。しかし、それでよかった。
 アルプの魅了など打ち破ってやるのだと狩人は思っていたからだ。
 もう一度脳髄へ手がのばされる。柔らかく、甘い、桃色の世界。
 ぼんやりとアルプの姿が消えていき、周囲には、代わりに彼女の最愛の人だけが残った。父。母。長老。そして何より、勇者、少女、老婆。
 彼らは虚ろな目で狩人を見ていた。なぜ死なないのかと問う眼だった。
 それはあくまで幻覚にすぎない。何より、勇者も少女も老婆も、まだ死んでいない。

753 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:50:24.24 ID:1LgMsAnp0
 それでも死は甘美であった。折れた骨、体内にたまってきた毒素、何より腹の矢。その他もろもろが生み出す痛みからの唯一の逃げ道が死だ。
 疲れたら休んでもいいんだよ、と誰かが言った。その誰かに対して、また誰かが「そうだそうだ」と口を合わせる。
 確かにそうだ、と彼女は思った。確かに疲れたら休まなければいけない。正論だ。反論の余地もない。だけど、今休んでしまってもいいのだろうか。疑問に思う一方で、肯定する自分も確かにいた。
 何より、それが魅了だとわかっている自分も確かにいて、それでも誘惑は強い。
 勇者が狩人の手を取った。
狩人(違う! 勇者じゃない!)
 勇者は微笑んでいて、あぁ、自分はこの笑顔が見たいのだ。この笑顔を守りたかったのだと、狩人はほっとする。自分がいることで彼をこんな表情にできたなら、確かに自分はもう、死んでもいい。

754 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:53:32.83 ID:1LgMsAnp0
狩人(違う! 勇者じゃない!)
 疲れたろう、と勇者は言った。優しい声音だった。
勇者「あとは気にせず、休め。な?」
 暖かい掌が頬に当たる。至福だ。涙すら出てきて視界を歪ませる。
狩人(これは、だから、勇者じゃあ……ない、のに!)
 意識が遠のく。
狩人(勇者と一緒だったら、私も、もっと)
 頑張れたのだろうか。
 私がピンチの時は駆けつけてくれって言ったのに。うそつき。
 ふと、勇者の温かみが、手のひらだけではないことに気が付いた。そこに触れている頬だけではないことに気が付いた。
 胸の内。心臓から全身を駆け巡る勇者の波動が感じられた。
 暖かい、春の日差しのような、勇気の湧いてくる温度だ。

755 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:55:04.88 ID:1LgMsAnp0
狩人(勇者が、私のうちにいる……)
 自信があった。それは確かに勇者の存在だった。
 胸に手を当てる。それは勇者と手をつなぐことに等しい。
 それさえあれば。
 眼を開いた。
 目の前には、驚愕した、どうしようもないほどに愉快そうな、アルプの顔があった。
アルプ「おいおいおいおい、なに、それぇ……ずるっこじゃん」
アルプ「やっぱり私、あんたに会えて楽しかったわ」
 狩人の手のひらでは、確かに電撃が暴れていた。
 矢の形すら持たないそれは、解放の時を今か今かと待ち望んでいる。
狩人「私を勇者と会わせたのが悪かった。例え夢の中だとしても」
アルプ「これだからっ! 生きるのって、たぁのしぃーっ!」
 言葉を言い終わるあたりで、アルプの左半身を、雷が喰らいつくした。

756 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:55:41.31 ID:1LgMsAnp0
 ぐらりとアルプの体が揺れて、そのまま倒れる。光の矢も合わせて抜けた。
 アルプは動かない。そして動けないのは狩人も同様。しかし、狩人は、自分が勝ったことを理解した。
 不思議な、考えられないことであった。彼女は一体どこからインドラを持ってきているのか、まったく魔力の痕跡がつかめないのである。
 狩人自身もそれは不思議に思っているようだったが、最早不問にしているようでもある。彼女としては、理屈はどうであれ、武器として攻撃手段としてきちんと運用できさえすればそれでいいという考えなのだろう。
 それよりなにより、今はただ眠たかった。
 死の存在は、感じられない。
 ほっと一息ついて、狩人は目を瞑った。五分間だけ眠ろうと、そう思って。
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757 : ◆yufVJNsZ3s :2013/01/26(土) 00:56:28.51 ID:1LgMsAnp0
更新遅れて申し訳ございません。いろいろありまして……。
今回更新分は以上となります。今年もよろしくお願いいたします。

758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/26(土) 01:12:34.19 ID:cAqX8wZno
息をするのを忘れるな


759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/26(土) 12:33:26.46 ID:9wFvxvcl0

至高のssである

760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/02(土) 23:02:17.60 ID:KS8x+6PIO
楽しみにしてます

761 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:13:30.14 ID:7tqjT6nh0
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 狩人を見送ったのち、勇者たちはポータルの中で無言を貫いていた。
 緊張と不安が半分半分といったかたちだ。今後がどうなるのか、まったく想像もできない。
 ポータルは魔力で動いているのだろうが、中にいる三人には、本当に動いているのかの把握がついていない。老婆が感じる限りでは間違いなく起動していて、別段おかしなところはないようとのことであったから、少女と勇者はそれを信じることにした。
 わずかにポータルが揺れ、三人の前方の扉が開いた。次の階へと着いたのだ。
 部屋の中心では、漆黒の鎧が直立している。
 四天王、序列第三位。首なしライダー、デュラハン。
 少女は無言のまますっと一歩前に出た。勇者と老婆は何も口を挟まない。そうなるだろうと、あらかじめ分かっていたことだった。
デュラハン「久しぶり、でいいのかな?」
少女「アタシはあんたに会いたくなかった。けど、……ふん」
少女「勇者の障害はアタシが全部ぶっ叩き壊してあげるわ」

762 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:14:29.49 ID:7tqjT6nh0
勇者「頑張れよ」
少女「は。アタシを誰だと思ってるのさ。もうちょっと、仲間をーーうん、仲間を信じなさい」
勇者「そういうわけじゃないんだけど、さ」
少女「ま、どうしても頑張ってほしいんだって、生きて帰ってほしいんだって言うなら、そうだね……」
 踵を返して反転。少女は勇者に近寄って、そして、
 勇者と少女の距離が、一時的にゼロになる。
勇者「ーーっ!?」
少女「うん、これで元気出た。じゃ、行ってくるから」
 勇者が何かをいうより先に、ポータルの扉がまた閉まる。
 デュラハンは少女の視界の端で何やら楽しそうにしていた。顔がなくとも彼の場合はわかるのである。

763 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:14:59.41 ID:7tqjT6nh0
デュラハン「見せつけてくれるじゃないか」
少女「あー、ほっぺたにしとけばよかったかなぁ。狩人さんに殺されちゃうかも」
デュラハン「でも、いい顔だ」
少女「ま、ね。恋する女は強いのよ」
少女「って、恋じゃない!」
デュラハン「俺は何も言ってないんだけどなぁ」
少女「ふん。さくさくっと終わらせて、世界を平和にしてあげる」
デュラハン「その意気だ! その意気じゃなきゃ、俺はここにいる意味がない!」
デュラハン「九尾はしきりに世界のことを気にしているようだったけど、俺はそんなのどうでもいいさ。ただ、強い奴と戦えさえすれば」

764 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:15:39.30 ID:7tqjT6nh0
 デュラハンは両手を広げた。魔力の渦が、両手を中心として生まれるのがわかる。
 あわせて少女もミョルニルを構えた。
デュラハン「さぁ!」
デュラハン「戦闘をっ! 始めようっ!」
 中空に七つの魔方陣が生まれた。規模こそそれほどではないが、その密度が段違いだ。幾層にも重なったルーン文字の中心には、一筆書きで多重円が描かれている。
 空間に亀裂が走る。空気が震え、余波で部屋の壁に亀裂が走った。
 デュラハンは魔方陣に手を伸ばした。
デュラハン「これが俺の全身全霊! 天下七剣ーー全召喚ッ!」
 魔方陣のうちの一つから音もなく剣の柄が姿を現す。ルーンの刻まれた、けれどどこか無骨な造形だ。
デュラハン「其の壱ィッ! 破邪の剣!」
 それを手に取ると同時に走りだす。いや、跳んだ。
 一歩で間合いを詰める超人的な跳躍。さらに空中に力場を生み出すことによって、跳躍の途中で方向転換を行う。
 少女の後ろに回り込みながら、破邪の剣を振るった。

765 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:17:07.11 ID:7tqjT6nh0
 甲高い金属音。デュラハンの速度に少女は真っ向から立ち向かうことこそできないが、それでも遅れない程度には目で追えていた。
 しかし。
少女「!?」
 少女の膂力をもってしても、デュラハンの剣は止まらない。ぎりぎりと押し込められていく。
少女(なんて力! いや、違う。私とミョルニルの能力が減衰されてる!?)
 破邪の剣は魔力的な能力を全て掻き消す能力を持っている。
 障壁を切り裂き、呪いを消し、支配の糸すら断てるルーン。当然それはミョルニルの魔力も、そして少女の中に宿る血液に刻まれた魔法式すらも弱らせるのだ。
少女「くっ!」
 無理やりにでも剣を弾き返し、少女は後ろへと下がった。その途端に体に力が漲ってくるのがわかる。
 当然デュラハンもそれを追う。破邪の剣は大きく円を描き、正確に少女の生命を削りにかかった。
少女(切り結んだら負ける……ってことは!)
 少女は後ろ向きに跳ねつつ、腰をかがめて地面へと手を伸ばした。そうして幾つかの「何か」を手に取り、感触を確かめる。
 それを投げつけた。

766 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:18:13.41 ID:7tqjT6nh0
 高速で飛来するそれは小石だった。もしくは建物の破片だった。
 大きさはこの際問題ではない。少女は当然理解していたし、対峙するデュラハンも理解していた。手の銀色を翻して叩き落としにかかる。
少女「もういっちょ!」
 横っ飛び。
 一度速度を落としたデュラハンは韋駄天に為す術を持たなかった。破片を弾き、防御し、反撃の機会を窺っている。
少女(こいつが同時に叩き落とせるのは、六発が限界程度……)
少女(つまり)
 少女は十の石の欠片を取って、投げつける。
 空洞を叩く音が響いた。
 ただの石とは言え、少女の膂力によって投げつけられたそれは、かなりの速度とエネルギーを有している。デュラハンの鎧に大きな傷が生まれ、大きくバランスを崩した。
 ようやく少女はミョルニルを握り締める。ひんやりとした金属の感触は、けれど気分を高揚させた。
 みちり、みちりと感触が伝わる。同時に音も。
 ミョルニルの鎚が確かにデュラハンの腹部を捉えていた。

767 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:19:05.27 ID:7tqjT6nh0
デュラハン「ぐぅっ!」
 苦悶の声。何とか肘を挟んで直撃こそ避けたが、体勢が崩れていたのもあって踏ん張りがきかない。デュラハンは勢いそのままに壁に叩きつけられる。
 部屋が震えた。激突した壁の一部が崩壊し、崩れる。
 無論追撃を忘れる少女ではなかった。大きく飛び上がり、そのまま力一杯に叩きつける。
 跡形も残さぬとばかりに。
 今度こそ建物全体を崩壊させかねない揺れが襲った。各部屋は九尾が障壁魔法を幾重にもかけているとはいえ、あまりの威力にそれも心配になる。なにせ少女の膂力、血に刻まれた魔法式は、それだけ強力な代物なのだ。
 だからこそデュラハンも第二の剣を引き抜かなければならない。
デュラハン「其の二、はやぶさの剣」
 少女の眼前に立っていたデュラハンが、音も立てずに姿を消す。
 いや、少女にはわかっていた。空間移動にも見間違えるほどの高速移動。そして、その速度を与える天下七剣の存在。
 背後から迫るデュラハンの攻撃。少女は反射的に体を反転させ、地面に倒れこむ形で回避を試みる。
 細剣が少女の肩を貫通した。激痛が神経を引っ掻き回すも、歯を食いしばって叫び声だけはあげない。その分、押しやった声が涙腺を圧迫し、涙が滲む。
 だめだ、それすらもひっこめ。少女は一度だけ強くまばたきをして、涙を体外に押しやる。痛みに支配されているようではだめなのだ。そんな状態ではデュラハンには勝てやしない。

768 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:20:05.49 ID:7tqjT6nh0
少女「脳内麻薬が足りないのよっ!」
デュラハン「致命傷を避けたか! さすがだ!」
 デュラハンが感嘆の声を上げる。
 しかし、少女が今の攻撃を避けることができたのは、殆ど直観と運の賜物だった。次があるかと問われれば難しいというのが実情だ。
 それでも少女は果敢にも攻撃に転ずる。デュラハンの感触を確かめた後の突進。
 少女の突貫には二つの理由があった。一つは、前方に向かって走っていれば、必然的にデュラハンは後ろから攻撃してこざるを得ない。移動の終着点がある程度読めるということ。
 もう一つは、デュラハンがまだ五本の剣を残しているという事実に因る。二本目で防戦になるようでは今後を勝ち抜くことなどできない。
 そもそもデュラハンが一度に全ての剣を一度に抜かないのだって手加減のような意味合いがあるのだと少女は思っていた。しかし、その考えは事実とは僅かに異なっている。
 デュラハンの天下七剣はあくまで召喚魔法であって、いずれは召「還」される代物である。魔力を注ぎ込むことによって現界させているにすぎず、そして召喚状態を維持するのは、対象が高レベルであればあるほど消耗する。
 一瞬でよければ七本すべてを召喚することも可能であるが、そうすると今度はデュラハンが干からびる可能性が出てくる。また、デュラハンの目的はあくまで戦闘欲を満たすことであり、少女を殺すことではない。
 そう、彼が望むのは戦争ではないのだ。
 彼はただ、少女がどこまで天下七剣に耐えきれるのか、その輝きが見たいのだ。

769 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:22:20.55 ID:7tqjT6nh0
 ミョルニルの一撃が空を切るーーここまでは予想通り。回避されるのは織り込み済みだ。
 ここからが、賭け。
 右か左か。
少女(ひ、だり!)
 少女は左に回転しながらミョルニルを振り回した。
デュラハン「其の三ッ、竜殺し‐ドラゴンキラー‐!」
 音もなくミョルニルの軌道が止まる。刮目するまでもなく、ミョルニルの先端にカタールの刃が付きつけられているのが見える。
 ただ単に受け止められたのだ。その事実を把握すると同時に、デュラハンは竜殺しを大きく横に薙いだ。
 ずん、と手応え。大岩を押しとどめたような衝撃に、少女の足が地面から一瞬で引きはがされる。
 破邪の剣のような魔力減衰の気配はなかった。寧ろ逆、デュラハンの腕力や魔力を強化しているのだろうと思われた。
 衝撃の中でも体勢を立て直し、少女は激突するはずだった壁へ足をかけ、そのまま宙へ飛び出した。

770 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:24:52.88 ID:7tqjT6nh0
少女「はあぁっ!」
 気合込めた一撃。しかしデュラハンに届くよりも先に、不可視の障壁によって押しとどめられる。
 空間に閃光が迸る。ばちばちと魔法の粒子が跳ね、それでも少女は無理やりにでも押し込んでいく。
少女「叩き割るっ……!」」
 音のない反響音が全身を劈く。ミョルニルが障壁を破壊した音だった。
 だがそこまでである。勢いはすでに焼失した。少女は舌打ちを一度して、再度デュラハンに向かって突貫する。
デュラハン「竜の息吹すら耐える障壁なんだけど、なぁっ!」
少女「くっ!」
 剣閃。竜殺しが生み出す風圧のみで、少女は自らの小柄な体が舞いあげられる恐怖さえ感じた。
 一度距離が開く。互いに大きな怪我さえないが、解けない緊張が神経にくる。汗すらも拭くひと手間が惜しい。
 肩の傷はすでに瘡蓋ができていて、痛みこそあるものの、出血は止まっている。勇者ほどではない回復能力が少女にも備わりつつあった。

771 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:26:07.37 ID:7tqjT6nh0
デュラハン「前に戦ったときは、きみが見たのはここまで、だっけ?」
 あくまで気楽にデュラハンが尋ねてくる。恐らく、そこに意図はない。番外戦術からデュラハンは無縁な男だった。
 どこまで行っても魔の者は魔の者なのだ。確かに逆らえないものがあり、だからこそ人生のそのために費やそうとする性質がある。
 階下では狩人が、階上では勇者や老婆が戦っているに違いない。命を賭して。
 それだのに自分ばかりこんなのんびりしていていいものかと少女は思ったが、乱れた息を整えるためにも、この時間はありがたくもあった。
少女「そう。アンタ、すぐに倒れたから」
デュラハン「ははっ。あのときは連戦に続く連戦でね、不甲斐ない姿を見せたよ」
デュラハン「今度はそんな姿を見せるつもりはない。期待しててくれ」
少女「期待なんかしちゃいないわよ」
 それは半分だけ本当だった。別段少女はデュラハンと戦いたくはなかった。寧ろ一刻も早く撃破して、上の階に上りたいとすら思っていた。
 しかし、残りの半分、確かに少女は自らが高揚しているのを感じていた。それは幸せではないにしろ、不思議と口角の上がる感覚だった。
 強敵との戦いを楽しむ素質が、素養が、彼女にはある。そしておおよそ一般人らしくないそれを、少女は無意識のうちに押しとどめようとしているのだ。

772 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:27:37.77 ID:7tqjT6nh0
 無言のままに少女は跳んだ。大きく振りかぶったミョルニルを、そのまま力任せに叩きつける。
 戦術も何もなかった。ただ、人を超越した身体に任せた一撃を放つだけ。
 デュラハンも合わせて前に出た。退くつもりは彼にはない。寧ろ真っ向から圧力を破ることこそが楽しみである。
 障壁が火花を散らす。
 竜殺しをデュラハンが振るう。
少女「アタシだってねぇ! ちぃとは強く、なってるんだから!」
 あの日のままではいられないのだから。
 いつか、誰かを救えるくらいにならなければいけないのだから。
 少女の手からミョルニルへと光が流れ込む。体の震央から湧き上がる力。血に刻まれた魔方陣が、より強く、より早く、力を与えていく。
 障壁ごとーー
少女「殴り、飛ば、すっ!」

773 : ◆yufVJNsZ3s :2013/02/04(月) 00:28:28.08 ID:7tqjT6nh0
 ついに障壁を貫けた。竜殺しとかち合ったミョルニルが一際大きく閃光を放ち、少女は負けじと足を踏ん張って力を込める。
 無論力を込めるのはデュラハンも同様だった。小細工無用の力比べ。両者ともに裂帛の気合いが口からこぼれる。
少女「やぁああああああああっ!」
デュラハン「うぉおおおおおおおおっ!」
 振りぬいたのは、ミョルニルであった。
 竜殺しの刃が圧力に負けた。ついに砕け、そのまま勢いでデュラハンの手から離れる。すっぽ抜けたそれは壁へと激突し、巨大な破壊痕を生み出して召還される。
 デュラハンの右手があらぬ方向へと曲がっていた。竜殺しを握っていたため、吹き飛んだ衝撃で右腕自体が持っていかれたのだろう。それほどまでの力比べであったというわけだ。
デュラハン「……竜殺しを破るか。驚きだけど、そうじゃないかって思っていた。きみなら、それくらいはやるんじゃないかって」
少女「お褒めに預かり光栄だわ」
デュラハン「ここから先は君の見たことのない領域だ。ーー天下七剣、其の四」
 魔方陣の一つが起動し、それまでの剣とは明らかに毛色の違う、禍々しい粒子が漏れてくる。
 おおよそおかしな形状であった。円柱の柄こそ珍しくはないが、何よりもその刀身が、あたかも針葉樹のような、もしくは槍の穂先のような形態をしている。
 鋭利な一枚の鋼板を薄く延ばし、支柱の周りに螺旋状に据え付けたような、剣と呼べるのかすら怪しいその剣。
 名前はーー