Part26
613 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:37:29.03 ID:MLkB2vTH0
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大急ぎで進路転換、来た道を引き返しつつ新たなルートの構築、同時に到着までの所要時間の計算が急ピッチで行われる。俺はルート構築班に放り込まれ、速度のためいつもより揺れる馬車で地図とにらみ合っていた。
セクラ「谷間を抜けていくっていうのは?」
ディエルド「そこは山賊がいる。また、桟橋も古い。馬が通れるかはわからないな」
クレイア「王国の紋章を頂いている馬車を襲う山賊もいないと思いますが」
ディエルド「そうですね。しかし、それを抜きにしても、ここは危険かと」
土地勘のあるディエルドが言うのであればそうなのだろう。
地図の上では途中の分かれ道まで戻り、谷を抜けていくのが最もの近道だ。そうでなければさらに戻ってもう一つの街道をゆくしかない。
ただし、時間はない。安全を支払って時間を買う選択が迫られているのも事実である。
俺はクレイアさんを見た。最終的な決断をするのは彼女である。
通信機から連絡はない。それが、果たしてよい意味なのか、それとも悪い意味なのかを類推することは、決して心によくない。俺は努めて平静を装うことにする。
クレイア「わかりました。谷間を抜けましょう」
ディエルドの頬がぴくっと動いた、気がする。
614 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:37:55.68 ID:MLkB2vTH0
クレイア「山賊がいる? 結構。私はこの一団が山賊などものともしない武士-もののふ-であることを知っています」
クレイア「馬車が通れない? 結構。馬など捨てていきましょう。どうせ移動中の食料と飲料水しか積んでいません。一日二日程度なら、持つでしょう」
谷間の強行軍、か。確かに馬車には大したものは積んでいない。所詮二十名ぽっちの遊撃部隊だ。多少根性を出せばできないこともないだろう。
セクラ、ディエルド「了解しました」
御者「そういうことでいいんですねぃ? ルート変更させてもらいますよ、っと!」
御者は手綱を捌きながら、まっすぐ進んだのちに左へと曲がる。
谷間を抜けるルートが採用されたことはすぐにほかのやつらにも伝えられた。一瞬驚きの顔があったものの、すぐに覚悟を決めた顔になる。これくらいでへこたれる面子を集めたわけもない。
それにしても、このクレイアさん。優しそうな、ともすればなよなよしているふうに見えるけど、存外肝が据わっている。
いや、肝が据わってなければ戦争には加担できないか。
谷の入り口、平坦な均された道が終わりをつげ、勾配のある砂利道へと差し掛かった。俺たちはめいめい食料を背負い、武器を手にし、御者に別れを告げる。
615 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:38:28.35 ID:MLkB2vTH0
全二十名による行軍。地図が正確で問題もなければ、一両日中にはつくだろう。
道は狭い。それまで二列縦隊だったものが、一列になっても微かにきつい。
右側は壁となっている。高い崖だ。左は斜面で、その先には沢が流れている。沢沿いを歩く限りにおいては水の心配はしなくてよさそうだが……。
セクラ「思ったより勾配が激しいですね」
ディエルド「そうだな。俺なんかは慣れたもんだが……」
ディエルドは後ろを向いた。兵士はともかく、俺を除く儀仗兵はみんな息が上がっている。一時間も歩いていないというのに。これだからアカデミー育ちのお坊ちゃんは困るのだ。
脳みそまで筋肉にしたいとは思わないが、体は資本である。例え儀仗兵であろうとも。それが戦争に参加するものならなおさらだ。
ディエルド「なんとかならないもんか?」
セクラ「回復魔法は俺使えないんですよねぇ。クレイアさんは?」
クレイア「私もです。が……まぁ、このままじゃあ進行に支障が出ますしね。仕方ありません」
クレイアさんは懐から何かを取り出した。
それは一見すると一枚の板だ。細かな模様が刻まれていて、恐らくそれは魔力経路であるようなのだが、俺にはその経路が何を示しているのかわからない。
ぱきん。クレイアさんが指に力を入れ、それを追った。
616 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:39:08.80 ID:MLkB2vTH0
空気がわずかに震える。
不思議と体に活力の漲るのが感じられた。足元から熱量が、表皮ではなく体内を上っていく。血流に乗って。
足元?
視線を向けると、淡く光る魔方陣が展開されていた。橙色の仄暖かい光を放っている。
理解した。これは陣地構築だ。
クレイア・ルルマタージ。彼女を儀仗兵長の地位にまで高めたのは、その陣地構築の手腕に他ならない。瘴気を浄化し濁った水を透き通らせ、獰猛な獣や魔物からその身を守る、安寧の地。
陣地構築にもさまざまな性質があるが、現在クレイアさんが構築したのは、自動回復の陣地だろう。クレイアさんを中心に展開する型の。
なんだ、回復魔法が使えるんじゃないか。クレイアさんの中では、これは陣地構築魔法の扱いなのだろうか。
陣地構築のおかげで大分俺も楽になった。山登り自体は問題ないが、これが続くとなるとさすがに骨だ。しかも山を越えるのが目的ではないのだから、疲労は少ないに越したことがない。
後ろでもたもたしていた仲間の歩みも速度が上がる。なんとか時間通りに所定の位置までつくことはできそうだ。
いくつもの勾配と桟橋を通り過ぎて、一際大きな木が植わっているそばに差し掛かったあたりで、日はとっぷりと暮れていた。本来のルートならばもうそろ着いているころだろう。
617 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:40:18.18 ID:MLkB2vTH0
実際はあと一つ、山の麓を縫っていかなければならない。それでもあと五時間程度。眠気と疲れを押してもよいのだが、繰り返すように目的地へたどり着くだけではだめなのだ。
俺たちは無事に目的地へとたどり着かねばならない。くたくたでは結局足手まといにしかならず、無駄死にだ。
そういうわけもあって、現在はキャンプを張っている最中だった。魔法であっても万能ではない。飯の支度は必ず自分たちで行う。杖を振ればできたてほやほやが目の前に! という世界ではないのだ。
無念。
そうは言っても俺はこの時間が嫌いではなかった。もともと料理は得手のほうだったし、何より空腹を満たせる期待に胸が高まり、高鳴る。
兵士としてはペーペーだが、戦場での楽しみが三度の食事位だというのはまったく同意だ。息もつかせぬ戦場の中において、唯一安らげるひと時がそれなのである。
俺は笑みがこぼれるのを止められなかった。もうすぐだ。もうすぐで自由な時間が俺を待っている。解放の時が。
今日の食事は銀シャリに携帯していた干し肉、野菜のスパイス炒め、そして偶然捕獲された猪である。干し肉と牡丹肉で肉が被っているが、なに、男だらけの部隊で困ることはない。
猪を殺したのはディエルドである。でかい図体に似合わず手先も器用で、猪を弓でいるところから解体までを殆ど一人でこなした。人は見かけによらないものだ。
す、と手が眼前を横切った。
セクラ「?」
そのまま手は俺の右頬をがっしりとホールドし、力任せに手前に引いてくる。首が首が首が首が変な音を立てながら!
セクラ「なんーー」
大きくバランスを崩したの俺の眼前を、火球が通り過ぎる。
618 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:41:34.78 ID:MLkB2vTH0
地面へ着弾したそれは食器類を粉々にしながら火の粉をまき散らした。威力は低い。しかし、その分数が多い。
数が多いのだ。
視界いっぱいに広がる火球と火球と火球!
思考の暇すら与えてくれないほどの!
「敵襲、敵襲ぅううう!」
「全員剣を抜け! 円陣を組め!」
「山賊か!? にしては、くそ、魔法なんて使ってきやがって!」
クレイア「セクラくん、大丈夫ですか!?」
セクラ「ま、まぁ、なんとか。……ありがとうございます」
どうやら俺を助けてくれたのはクレイアさんらしい。彼女はきっと闇の帳の降りつつある山中を睨みながら、陣地構築を再展開する。
クレイア「自動回復、身体能力向上、索敵結界、全部込みで陣地を構築しました。これで負けはない、はずっ!?」
素っ頓狂な声を上げた。俺は視線で尋ねる。いったい何がどうしたんですか、と。
クレイア「聖騎士……っ」
答えは迅速で、何より簡潔だった。
619 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:42:06.06 ID:MLkB2vTH0
聖騎士。
隣国随一の戦士集団を指して、そう言う。
こちらの国ではおおよそ該当するのがクレイアさんや、先の戦争で亡くなったルニ参謀などだろう。個人の存在を作戦に組み込めるほどの逸材を、あちらでは総称して聖騎士と呼んでいる。
白銀の鎧と武具を持った聖騎士は、確かにすばらしい武芸者なのだろうが、敵としては忌まわしい限りだ。
それはつまり、懸念していた山賊ではないということである。クレイアさんはすぐにその情報を仲間へと伝えた。
聖騎士という単語を聞いて、僅かに部隊の中に怯え、尻込みといった感情が伝播するのを、俺は見逃さなかった。恐らくクレイアさんも。
クレイア「なぜここに聖騎士がいるのか、そのようなことは後回しです! 総員密集陣形のまま退却! 殿は私が勤めます!」
クレイア「敵の規模も目的もわからない以上、戦闘を続けるのは得策ではありません! 早く!」
言いながらクレイアさんは懐から一枚の板を取り出した。それを割りながら、呪文を詠唱する。
ーー呪文を、詠唱?
クレイア「東の最果て、南の滝壺、遍く生命の傍ら、飲み込むもの!」
クレイア「ザラキ!」
ずん、と空気がーー地面が、震える。
俺の前方、進行方向から見ると後方、敵の攻撃源に向かって、巨大などす黒い魔方陣が現れている。
620 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:42:38.13 ID:MLkB2vTH0
思わず吐きそうになった。
なんだ、なんだあれは。
あれもまた陣地構築だというのか? そんなの俺は認めない!
魔方陣から溢れ出す瘴気。死臭。地面もまたぶすぶすと黒く変色していって、その上にある木々や大岩を、全てその暗闇の中に飲み込んでいく。
聞きなれない悲鳴が合奏していた。
僅かに遅れて、倒れる音。
セクラ「今のは……?」
クレイア「……生命を、冒涜する呪文です」
クレイアさんはそれだけ言った。
殿を務める俺たちの先では、仲間が層になっていた。見れば既に敵に回り込まれている。
いや、初めからこれだけの数がいたのか?
だとしたらご苦労なことだ。
視界の端が明るくなる。
反射的に体を捻って、火炎弾を光源へと叩きつけた。が、俺は大きな勘違いをしていた。光源はただそこにあるのではなく、迫ってきていたのだ。
621 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:43:05.26 ID:MLkB2vTH0
セクラ「くっ!」
陣地構築で身体能力が向上していたのは僥倖だった。超高密度の魔力体であるそれをぎりぎりで回避し、俺は続けて火炎弾を叩き込む。
確かに魔力の減りが遅い。いつまでも戦え続けそうだった。
炎の燃える中から現れたのは、一人の白銀と、配下の部下。
聖騎士「クレイア・ルルマタージ……まさかこんなところで出会うとは」
クレイア「その声、イクシフォン・ドロッドですね」
声の主ーーどうやらイクシフォン・ドロッドというらしいーーは、しわがれた声を大きく揺らした。
イクシフォン「こうなったのも神の采配よ。戦争には、邪魔だ。死んでもらおう」
魔力の粒子が敵の体から噴出する。それを見て、クレイアさんも俺も体を強張らせた。
クレイア「セクラくん、あなたはあっちと合流して」
敵から視線を外さずにクレイアさんは言った。逡巡するも、確かにそちらのほうがよさそうだと判断した俺は、頷くだけして踵を返す。
クレイア「いつかの裏切りの借り、返してもらいますよ、伯父さん」
最後にそれだけが聞こえた。
後ろ髪を引かれる思いで走る。交戦場所に辿り着くまではすぐだ。人数はあちらのほうが多く、それでなくても登山を経てのこれである。当然のように押されていた。
622 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:44:10.13 ID:MLkB2vTH0
セクラ「退けろ!」
杖を振る。炎が夕闇の迫る空間をぱっと照らし、敵兵へと襲いかかる。
ディエルド「遅いぞっ」
セクラ「クレイアさんが聖騎士と戦ってます。こちらを片付けて向かわないと……」
ディエルド「お前はあの人が聖騎士に負けると思ってるのか」
セクラ「いえ、そうではないですが!」
ディエルド「後のことを考えるな、今のことだけ考えろ。そうしなきゃ一秒後も危ない」
戦斧が一閃。敵兵を鎧ごとぶった切って、嫌なにおいが鼻をつく。
死の臭い。血の臭い。何度嗅いでもこれだけは苦手だ。
斬撃、斬撃、斬撃!
刃と刃がぶつかって火の粉が散る。それを鼻っ柱に受けて痛みが走る。鋭い痛みで汗が滲む。
舞い上がる土埃。怒声。喊声。悲鳴。
視界の端で兵長が倒れるのが見えた。慌ててそちらに駆け寄るところを、槍で阻まれる。脇腹の肉を持っていかれた、くそ!
623 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:44:37.87 ID:MLkB2vTH0
火炎弾で敵の顔面を砕く。肉の焦げる臭いに今は気を取られている場合じゃない!
セクラ「大丈夫ですか!?」
兵長「あ、おぉ、セクラ、か」
脈を測ろうと取った左腕が、肘の部分からぶちぶちととれる。鋭利な傷痕。考えるまでもなく、剣戟でできたものだ。
いや、それよりも、鎧を突き破って胸に深々と折れた剣が突き刺さっている。
兵長「俺は、だめだな」
全てを理解して兵長は言った。
あきらめないでください、などと言えるはずもない。俺は口を結んで、「はい」と呟く。
兵長「この戦争が終わったら、結婚する、つもり、だったんだけど、なぁ」
ひときわ大きく血を吐いて、兵長の首が横になる。安らかな顔だ。血が顔についてなければ、ともすれば眠っていると思えるほどの。
まだ体温はある。暖かい。人のぬくもりが残っている。
この体温は恐らく次第に失われていくのだろう。そして腐敗し、野犬に啄まれる。
恐ろしい。
俺は死ぬことが怖い。
生きたい。生きていたい。
624 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:45:04.37 ID:MLkB2vTH0
すぐそばで敵兵の足音があった。ざく、と土を踏みしめる音。俺は気づけば血まみれになっていた右手を握り締め、
ーー詠唱を始める。
詠唱は危険なものだ。普段儀仗兵がそれを省略するのは何も時間の短縮のためだけではない。省略することによって、オーバーワークを回避する意味合いをも兼ねているのである。
唱えるということは正しい手順を踏むということである。ゆえに消費する魔力も段違いとなる。
無尽蔵に魔力を注ぎ込んでやれば、無尽蔵に呪文は育つ。術者が魔力の枯渇で干からびない限り。
一つの蝋燭、三つの松明、五つの篝火、焦土の地平線、肌を焼く原初の風!
セクラ「ぐ、く……っ、うぅっ! くぅっ!」
体が引っ張られる。
魔力を己の内側からひねり出す行為は、同時に魔力に己の内側へ引っ張られることを含意している。
筋肉が千切れる!
唇を噛み切った!
だけど、まだ足りない。
これでは足りない。
さらに、さらに、さらに。
もっと、もっと、もっと。
625 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:45:38.76 ID:MLkB2vTH0
セクラ「放浪する点滅! 恐怖の根源! 飲み込み、圧倒し、降り注ぐ赤い潮!」
セクラ「ベギラゴン!」
脳の奥で閃光が弾ける。
全てを、ただ無我夢中で解き放つ。
熱波と衝撃があたりを舐めた。立っている者、倒れている者、どちらも一定数いる。立っている者はみなふらふらであったが。
ざん、とディエルドが敵を切り捨てる。俺など恐らく眼中にあるまい。ただ敵に猛進し、切り捨てるだけなのだ。
俺に向けられているきれいな背中がその証。
ナイフを引き抜いた。俺もぼーっとしているわけにはいかないのだ。
魔力は枯渇気味だが、しかし、満身創痍の人間相手に後れを取るほどでもない。
刃を突き刺す。手にずっしりとくる衝撃。だのに妙に柔らかくて、その不協和が俺を一層不安にさせる。俺が殺しているのは本当に人間なのかと。
いや、現実逃避はよくない。俺は生き抜くと決めたのだ。人を殺してでも。
視界の中でついにディエルドが倒れた。眼を見開いて、口をぱくぱくとさせ、何かを発したいようであったが、それも叶わない。巨体が音を立てて地面に倒れる。
最早立っているのは俺だけだった。生きているのも、俺だけだった。
626 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:46:08.01 ID:MLkB2vTH0
感傷に浸っている暇はない。そんなことは時間のある人間のすることであって、今の俺がその権利を有するとは、到底思えなかった。
走り出す。クレイアさんのもとへ。
そのまま体に鞭を打って、おおよそ三十秒。視界の中にクレイアさんを捉えた。木に体を預けて腰を下ろしている。
そしてその前に、数多の死体。
その中には聖騎士のものもあった。
セクラ「クレイアさん!」
クレイア「セクラ、くん? その声は」
どうやら目が見えていないようだ。魔力の酷使による弊害だろう。身体の疲労もまた。
時間経過で回復するとはいえ、この人をここまで消耗させるとは、やはり聖騎士である。驚きを禁じ得ない。
いや、あの聖騎士相手に勝利を収めたこの人こそが驚愕の対象なのだろうか。
セクラ「あっちは俺以外全滅です……クレイアさんは大丈夫ですか」
クレイア「えぇ、なんとか、ね。一時間も休めば、きっと」
そうか、大丈夫なのか。
627 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:46:44.61 ID:MLkB2vTH0
セクラ「それは困る」
ナイフがクレイアさんの腹に突き立てられる。
否。
俺は、ナイフを彼女の腹に突き立てた。
クレイア「がっ! ……え、な、んで……ぐっ」
刃を捻ってやるとクレイアさんは声にならない声を出して意識を失った。ディエルドと同じである。
??「よくやってくれた」
木陰から姿を現す、白銀。
死んだはずの聖騎士だった。
イクシフォン「お前がここまで連れてきてくれなかったら、この先で負けていただろう。礼を言う」
セクラ「本当ですよ。他の誰かに思考が読まれていてもいいように、直接的に意識はせず、遠回りで情報を考えるのは骨なんですから」
イクシフォン「まぁまぁ。その労力に見合う程度に報酬は弾んだつもりだ。ほら」
イクシフォンが懐から大きめの袋を取り出した。揺れて、じゃらり、と音を立てる。
イクシフォン「金貨五十枚。色を付けておいた。ご苦労だった」
セクラ「俺が仲間を殺すくらいだったら、あんたらが殺せばよかったのに」」
628 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:47:19.41 ID:MLkB2vTH0
イクシフォン「なに、クレイアのやつは強敵で、俺よりもお前のほうが警戒心がないだろう。それにあの大男……」
セクラ「ディエルドですか」
イクシフォン「そうだ。俺がクレイアにかかりきりになる以上、そいつを倒せるやつはうちにはいない。お前にやってもらう必要があったのさ」
セクラ「ま、そういう事情ならしょうがないですけどね」
イクシフォン「これからどうする気だ?」
セクラ「……」
イクシフォン「いや、なに、単なる好奇心だよ」
セクラ「それは、まぁ、こうします」
先ほどクレイアさんの命を奪った刃が、今度は目の前の白銀の喉を切り裂いた。
金貨の入った袋を手渡しできる距離。呪文よりもナイフのほうが早いのは、考えるまでもない。
629 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/23(金) 13:47:57.98 ID:MLkB2vTH0
イクシフォン「え?」
数秒彼は何をされたか気づいていないようだったが、それに気が付くと、こちらに攻撃をするのも忘れて頸へと手をやる。しかしそんなことで噴き出る血が止まるわけもなく。
イクシフォン「き、きききっ! き、貴様ぁっ!」
向けてきた杖を掻い潜って、今度は顔面に中心へと刃を叩き込んだ。頭蓋骨を貫いて刃が埋没すれば、まぁ、死んだだろう。
びくんびくんと痙攣したままイクシフォンは倒れる。
セクラ「死んだら負けなんだよ。覚えておきな」
そう、死んだら負けなのだ。
俺以外の全員が死んだあの日、俺は理解したのだ。死なないことが何よりも大事なのだと。たとえば誰かを守ったり、誰かの死を悼んだりするのは、確かに上等なことかもしれない。仲間殺しなんて下の下の所業だ。
けれども死んだ奴に一体何の価値があるだろうか。俺は絶対に死なないと決めたのだ。死にたくないと思ったのだ。
セクラ「こんな戦争なんかで命を取られてたまるか」
金はたっぷり手に入れた。放蕩しなければ数十年は楽に過ごせるだろう大金だ。これをもって他の国へ逃げよう。俺はきっと、死んだことになるだろう。
死体は腐乱する。誰が誰だかわからないに違いない。
「ちょっと、アンタ」
唐突に肩を掴まれる。
え?
俺の眼前に女の子がいてハンマーを
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639 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:15:36.53 ID:Cav8RLV20
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
勇者「……殴るだけでよかったのか」
少女「何、殺せっての?」
勇者「そうじゃなくて。軍に引き渡したっていいんだし」
少女「勘弁してよ。こんなクズのために使う労力も時間も、アタシたちにはないわ。そうでしょ?」
勇者「まぁそうだけど」
狩人「それより、勇者。この人、まだ、息がある」
狩人が儀仗兵長の傍らに屈んで言った。
近づいてみると、確かに微弱ながらも息がある。
しかし、それでも出血がひどい。内臓に傷がついているのかもしれなかった。そのあたりの医学的知識は勇者にはなかったけれど。
問題はここが山中だということだ。病院に運び込むにも一旦降りねばならない。
勇者「ばあさん、頼めるか?」
老婆「無論じゃ。こいつまで死なせるわけにはいかん」
老婆の従軍時代からの知り合いも、だいぶその数を減らしている。そして彼女は老婆の嘗ての弟子でもある。老婆の言葉にも力が籠る。
640 :
◆yufVJNsZ3s :2012/11/28(水) 10:16:16.65 ID:Cav8RLV20
狩人「山を越えたところに駐留してる部隊があって、そこと合流するつもりだったみたい」
勇者「ってことは……来た道を戻る形か」
老婆「どのみち魔力もそれほど残っておらん。あまり長距離はいけんよ。ちょうどいい」
老婆が杖で地面に真円を描くと、それが発光を始める。それを見た三人が円の内部に入って、光はやがて光の柱となる。勇者は儀仗兵長を背負う形で。
光が消えたとき、五人の姿はない。
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