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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part22


505 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:49:22.86 ID:i6iad9cF0
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 土煙が立ち込め、戦況の確認は死角では難しい。老婆と、そして参謀は、儀仗兵たちからの報告を逐一羊皮紙と地形図上にまとめ、リアルタイムで指揮を執っていた。
 大陸の中心から東北にずれた位置にある山岳地帯。王都から隣国の王都へとつながる最短経路であると同時に、交通の要衝でもある。
 本来ここは単なる関所であるのだが、隣国の采配によって、現在要塞化されていた。その手筈の見事さに、老婆も参謀も、隣国もまた戦争の臭いを嗅ぎつけ準備をしていたのだと悟る。
 ゆえに、これからの戦いが決して楽ではないことも。
 デュラハンとの戦いから二日を経て、王国軍と隣国軍はついに衝突した。各国から忠告などがあったようだが、両軍ともそれを聞き入れることはなかった。
 老婆は羊皮紙と地図に視線を落とす。
老婆「彼我の戦力差は800対1500。戦力の内訳は、歩兵が800、儀仗兵400、救護兵150、技術兵150か」
老婆「戦力差は二倍以上だが、防衛されている拠点の攻略には三倍程度の兵力が必要だという。このままだと膠着状態だな」
老婆「ぐずぐずしていると隣国の王都から本隊が到着する。また、迂回ルートで別の地点から攻め込まれるかもしれない」

506 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:50:03.20 ID:i6iad9cF0
老婆「現在、戦況はどうだ?」
儀仗兵長「まさしく膠着状態という形です。白兵戦では優勢を保てていますが、敵は要塞に障壁を張っているため、儀仗兵の魔法は遮断されます」
儀仗兵長「逆に一方的にあちらは魔法を打ち込んでくるため、あまりアドバンテージはありません」
老婆「負傷者については」
儀仗兵長「適宜後方に送って回復を待っています。死者の数はそれほど多くはありませんね。ただ、これから増えるとは思われます」
 老婆は息を吐いた。高台にある会議所からは、戦況が一望できない。凹凸に囲まれてわかりづらいのだ。
老婆「本当にこれは必要な戦いなのだろうか」
参謀「それ以上はダメです」
 参謀はいつもより薄暗い顔をして、ぎょろついた目を老婆に向ける。
参謀「考えちゃダメです。それは、僕らの仕事じゃないです」
老婆「……」

507 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:50:31.87 ID:i6iad9cF0
 参謀は先日ぼろぼろになりながらも帰ってきて、ぽつりと一言「隊長は死にました。死ぬつもりです」とどっちつかずのことを言ったのだった。
 それ以上老婆は尋ねるつもりもなかったし、そうしてはいけないのだと思っていた。彼の全身に自動蘇生を酷使した跡が残っていたことも含めて。
参謀「けど、障壁ですか。厄介ですね」
儀仗兵長「現在後方部隊が解除を試みているようですが、まだ時間はかかりそうです」
参謀「老婆さんなら壊せませんか」
老婆「実力行使で、か? やれなくはないが……被害が出る」
 参謀はゆっくりと立ち上がった。首を回し、肩と足首も次いで、ほぐしていく。
老婆「行くのか」
参謀「はい。ま、五十人位なら殺せるでしょう」
儀仗兵長「ちょっと、勝手な行動は!」
参謀「大丈夫ですよ、僕は前線で指揮してるほうが性に合ってます。それに、隊長さんの代わりも、務めないとですし」
儀仗兵長「あなたの白兵能力は買ってるけど、戦争は一人でやるものじゃないわ」
儀仗兵長「勝手な動きをしたら、軍法会議にかけられることだってあるのよ」
参謀「そんなのわかってますよ」

508 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:52:17.81 ID:i6iad9cF0
老婆「行かせてやれ」
儀仗兵長「でもっ!」
老婆「儂らがいなくとも、王城で見ているやつらがなんとかする。そういうものじゃ」
儀仗兵長「それは、そうですが……」
参謀「では、行ってきます」
 参謀は地面に薄く粉を撒いた。そこが淡く光ったかと思うと、参謀の姿が一瞬で消える。
 老婆と儀仗兵長は遠くの土煙を見た。鬨の声と地鳴りがここまで聞こえてくる。あそこで戦いが行われているのだ。換言すれば殺し合いが。
 こうしている間にも通信は入り続けている。老婆はそれを無心で羊皮紙に書き写し、そして地図に今後のプランをくみ上げていく。
 勝敗は細い綱を渡っているようなものだ。どちらに落ちてくるか、誰にもわからない。ちょっとのそよ風で変わることすらも有り得る。
 老婆は自分が唇を噛み締めていることに気が付いた。
 勇者の志は、彼女にはとてもよくわかった。
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509 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:52:46.11 ID:i6iad9cF0
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 剣戟。剣戟。剣戟!
 最早前後不覚も極まれる。自分が東西南北どちらを向いているのか、わからない。疲労困憊ですぐにでもたたらを踏んでしまう。
 額から流れてきた汗が目に入り、刺激に思わず目を顰める。間の悪いことに視界の端で緑色の鎧ーー敵国の歩兵の鎧が近づいているのを捉えてしまった。
 振り上げられるロングソード。俺は死を覚悟する。せめて一思いにやってくれよ、と。
兵士「ぐあああああっ!」
 血飛沫を上げて緑の鎧が倒れこむ。その背後からは同僚のビュウが現れた。剣を振り下ろした状態で止まっている。
 兜の隙間から流れる金髪が顔に張り付いていた。端正な顔も歪んでいる。優男のくせに役に立つ男なのだというのは年上に対して言い過ぎだろうか。
 ビュウ・コルビサ。軍人で、俺と同じマズラ王国の第三歩兵大隊第五班に所属している。階級のついていない下っ端であるというのも俺と同じ。
ビュウ「大丈夫か、ポルパ」
ポルパ「名前を略すな。俺はポルパラピム・サングーストだ」
ビュウ「命の恩人になんてー口の利き方だよ」
ポルパ「それとこれとは」
 俺は地を蹴って、ビュウの背後に忍び寄っていた敵兵の刃を弾く。
 ビュウがその場で反転、体を捩じって刃を放った。敵兵は左腕を落とされて地面に伏せる。

510 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:54:07.46 ID:i6iad9cF0
ポルパ「……これでおあいこ、だろ」
ビュウ「大体ポルパラピムって言い辛いんだよな」
ポルパ「そんなことを言われても困る」
??「おう、二人とも無事か!」
 騎馬に跨って現れたのは、直属の上司であるコバ・ジーマ。幾つもの戦の経験を持つ、初老の戦士だ。そして俺たちの戦闘教官でもある。
コバ「戦場を移すぞ。東の部隊が押されている」
ビュウ「いいんですか、基地を目指さなくて」
コバ「砦には防御魔法がかけられている。迂闊に手を出せん」
ビュウ「了解しましたよ」
ポルパ「ルドッカは?」
 俺は同僚の女兵士の名前を出した。彼女もまたコバを師とする下っ端兵士だ。
 俺と、ビュウと、ルドッカ。俺たちは年齢こそ違えど同期で、入隊からこれまで、いくつもの過酷な訓練を乗り越えてきた血盟の同志である。
コバ「ルドッカには殿を務めてもらっている。じきに追いつくだろう」
コバ「俺は先に行っている。お前らも早く合流してくれ。密集地帯だとどうしても魔法は使えないからな」

511 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:54:39.30 ID:i6iad9cF0
 騎馬に鞭を入れ、コバが砂煙をあげながら駆け出していく。
 現在、攻城戦は俺たちマズラ王国軍が優勢であるようだが、あちらの基地はどうにも堅守だ。兵は拙速を尊ぶ。それは何もせっかちというわけではなく、兵站や、戦略的意味もある。……のだという。受け売りだ。
 長くとどまればとどまるだけ兵站も必要になる。時間を稼がれている間に別働隊がこちらの都市を攻めてくる可能性だって有り得る。
 攻城戦は防御側が有利なため、攻める側はどうしても多くの人数を攻城に割かなければならない。それはつまり、ほかの防御が手薄になるということだ。
 また、密集状態での乱戦ともなれば、儀仗兵たちが後方で唱える魔術もどうしたって難しくなる。俺たちは敵の剣で命を落とすことはよしとしても、仲間の火球を背中に受けて死にたくはない。
 儀仗兵は集団で呪文を唱え、ある程度広範囲に兵器としての魔法を降らせる。混戦になってしまえば味方まで薙ぎ払ってしまう。それは当然向こうも同じだが……。
 そういっている間にも、流れ火球が俺たちに向かって飛んできた。それは十メートルほど離れた地点に落ち、大きな爆発音とともに土塊を巻き上げる。
ビュウ「……早めに行くか」
ポルパ「そうだな」
 俺たちは駆けだした。
 砂煙の中を突き進み、対峙した敵兵と剣を交えながら、俺はどうしても故郷のことを思っていた。正確には、故郷においてきた幼馴染のことを。

512 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:55:29.71 ID:i6iad9cF0
 口うるさい女だ。同い年のくせに、半年ばかり早く生まれたことを理由に、俺に対して姉さん面するのだ。子供のころこそ仲は良かったが、今ではもうそれほど話すこともない。
 決して美人ではなかった。くせのある髪の毛で、本人はそれを嫌がっていた。俺もその意見には同意だった。
 肌だって農作業のせいかいつも日焼けで赤く、おしゃれでもない。
 それでも、なぜか愛嬌はあった。ただいつも元気でにこにこしていたからだろうか?
 王様が映像魔法で国内に声明を発表した日、俺は道場で剣の修業をしていた。幸か不幸か、俺は辺鄙な田舎の農村にあって、大人を圧倒できるくらいには強かった。
 兵士に志願すれば金が手に入る。それも、数年分の収入に匹敵するくらいの大金だ。農家の二男坊の命の値段にしては破格だと言える。
 兵士になると言い出したのは俺からで、両親はそれを止めはしなかった。ただ小さくうなずいて、「そうか」と言っただけだった。
 国のために戦うといったが、それは嘘だ。ただ俺はあんな娯楽も何もない村を飛び出して、都会でうまくやりたかっただけなのだ。酒と女を味わって、自分の腕を試したかっただけなのだ。
 戦争なんて起こらない。起こったとしても死ぬはずはない。さすがにそこまで楽観的ではなかった。けど、俺は全然そんなことはどうでもよかった。
 そう、どうでもよかった。
ビュウ「ポルパ!」
 ビュウの声がかかるとともに、兵士が三人、こちらに向かってくる。長剣、長剣、メイス。ビュウが長剣へと向かうので俺はメイスへと向かった。

513 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:56:05.83 ID:i6iad9cF0
 メイスが振り下ろされる。鈍重だが、重い。剣で受けてもこんなオンボロすぐにぽっきり折れてしまうだろう。そう判断して回避した。
 風を切る音が俺の耳に届く。思わず息を細く吸い込んでしまう。
 カウンターで剣を突き出す。切っ先がメイスの皮鎧を突き破って肩口に食い込む。しかしメイスの動きはちぃとも鈍らず、なかなかの速度でメイスを振り上げてきた。
 視界が赤くなる。
 それが、近くに火炎弾が着弾したのだと理解した時には、すでに俺たちは吹き飛ばされた後だった。
 魔法の火炎の独特なにおい。プラスして、これは……そうだ、反吐の出るにおいだ。皮膚が燃えるにおいだ。
 幸いにも燃えているのは俺の皮膚ではない。そして不幸にも、メイスの皮膚でもなかった。誰かわからないが、太った人間の焼死体が転がっている。
 いや、ソレはまだ熱にもがき苦しんでいた。決して死体ではない。
 が、最早戦えない存在など一顧だにする価値はなかった。そして自分のそんな考えにすら反吐が出かける。人間のクズじゃないかこれは。
 いや、今更か。したたか打ち付けられて痛む左半身を無視して俺は立ち上がった。
 剣がない!
 どこへ行った? 今の爆発で手を離してしまったのか。なんていう失態だ、命綱を自ら話しちまうなんて!
 メイスを殺さなければいけないのに……ん?
 あった。

514 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:56:37.33 ID:i6iad9cF0
 俺は素早く火達磨が握っていたのであろう剣を拾う。メイスは今まさに立ち上がろうとしている最中。
 メイスが手を出して顔面を守ろうとする。それは殆ど反射だったのだろう。斬撃を手のひらで受けられるわけがないのだから。
 両手に力を籠め、俺は大きく振り上げた。
 肉と骨を断つ、固く、重い感触が確かに伝わる。剣は確かにメイスの手を切断し、顔面に食い込んだ。
 血と歯が舞った。メイスはびくんびくんと痙攣して地面に突っ伏する。
  剣がひん曲がってしまった。別の剣を探さないと。
 最初に思ったことがそれで、また血と炎の臭いで、吐き気がヤバイ。戦争が始まって二日。昨日の時点で胃の中は空っぽになって、もう何も残ってないというのに、これ以上何を絞り出すんだ俺の体よ。
 体と頭は別だった。もしくは、俺の精神だけが浮遊していた。
 えずく。
 朝からステーキを食わされたみたいな最悪の気分だ。
 戦場は地獄。だからこそ俺たちがいる。この世に地獄があることを一般に広く知らしめないためにも。
 幼馴染の幻影が見える。頑張れ、頑張れと応援してくるが、うるさい、黙れ。
 あいつの姿をこんなところに持ち込むな。
 あいつは平和な村で平和に生きて、適当な奴と結婚して、子供を産んで、死んでしまえばいいんだ。

515 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:57:15.23 ID:i6iad9cF0
 拳を振った。あいつの姿は掻き消える。
 ざまぁみろ。
ビュウ「ポル、パ」
 足元でビュウが俺を呼ぶ声がした。
 足元?
ビュウ「くそ、いってぇ、なぁ」
 ビュウの脇腹に、剣が突き刺さっている。
 俺の剣だ。
 いやいやまさかそんなと頭を振っても現実は変わらない。偶然? 必然? そんな理由に何の意味がある?
 ビュウが全く困ったもんだぜと言った。そんなんじゃないだろうと俺は思った。なんなんだお前はと、俺は思った。
ビュウ「そんなこと言われても」
 どうやら口に出していたらしい。ビュウは眉根を寄せて俺に微笑んだ。こんな時まで優男風だ、くそ!
 俺には何もできない。救護班まで送り届けるか? どうやって? 転移石の支給なんて下っ端の俺たちにはされてないのに!

516 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:57:41.16 ID:i6iad9cF0
 剣を抜くべきじゃないのはわかった。俺はとりあえず、本当にとりあえず、わからないながらもビュウの肩の下に体を入れて、足に力を込める。
 細身のくせに重たい。筋肉がしっかりついているのだ。なんだこれ。なんでこんなに重いんだよ。
 冗談じゃない。冗談じゃねぇぞ。
 力の入っていない人間は軽いなんて、俺は信じないぞ!
 思わず足を滑らせて俺はビュウごと地面に倒れた。体に力が入らない。疲れてるのだ。仲間一人支えてやれないなんて仲間失格だ。
 ちらりと見えた俺の手のひらは真っ赤だった。ビュウの体も、また。
 え?
 俺の体も?
 なんで俺の体に。
 剣、が。
 あーー?
 ぐらりと空転する視界。ビュウから地面へ。地面から空へ。空から、緑の鎧へ。
 いつの間に出てきたんだお前は。
 卑怯者め。
 剣を抜かなきゃ。

517 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:58:25.82 ID:i6iad9cF0
 いや、そんなことができるはずはないのだ。だって俺の剣はビュウの腹に突き刺さってるから。
 何より、俺の右手はたったいま、俺の支配下から逃れたから。
 手首から鮮血が噴き出る。もぎたてのトマトみたいな色。幼馴染のあいつが、好きだった色。
 それでもあいつはきっと血は好まない。俺には分かる。
 ……夜這いでもかけとくんだったなぁ。
 急速に視野が狭まっていく中、さらに緑の鎧が頽れたのを、俺は見た。
 血にまみれた拳の、噂にしか聞いたことのない、参謀殿のご尊顔を拝見した。
 ひたひたと足音が聞こえる。
 ひたひたと。
 俺は手を伸ばした。そこに誰かがいるような気がしたから。人間ではない何かが。
 でもきっと、そんなのは俺の気のせいだと思う。いや、絶対にそうだ。
参謀「あなたたちの犠牲は無駄にしません」
 そんな言葉が聞こえる。こいつは俺の名前を知ってるんだろうか? 知っているはずがない。だって、所詮俺たちは雑兵なんだ。
 いいか、最後に教えてやろう。俺の名前はポルパラピ
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518 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:59:03.99 ID:i6iad9cF0
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 着弾確認の合図が届く。自軍も巻き添えにしたようだが、なに、どうということはない。ここからでは人の死はわからないし、いずれそれは数字に変換されるだけだ。
 観測手がタイミングと方角の指示を出す。次撃、南南西に二度調整、三秒後に詠唱開始、一種三級魔法火炎礫を三連。オーダー。
 詠唱開始。
 発射。
 着弾確認。
 次撃指示。調整なし、五秒後に詠唱開始、魔法種同上、単発。オーダー。
 魔力の枯渇の合図があった。後方支援大隊一種魔法隊第十四班は一度下がり、代わりに十五班が詠唱を開始する。
セクラ「先輩、戦争ってこんなもんなんですか」
 一年坊のセクラだった。回復用の聖水を呑みながら、あっけらかんとした様子で俺に言う。
セクラ「ハーバンマーン先輩が驚かすから、どんなふうかなって思ってたんですけど」

519 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 02:59:39.71 ID:i6iad9cF0
 ハーバンマーン。俺と無意味に張り合ってくる、あの出来の悪い男のことを想像するだけで顔が歪む。やめてくれ。
 俺のそんな表情を読みとったのか、セクラは慌てて頭を振って、
セクラ「ジャライバ先輩の機嫌を損ねるつもりはなかったんですよ?」
 俺はわかっているという風に頷いた。名門ムチン家の流れを汲むこのジャライバ・ムチンがあんな男に気を取られるはずもないのだ。
 そこをあえて言葉には出さず、態度で示してやるというのがいわゆる嗜みというやつである。
儀仗兵長「調子はどう」
 休憩所の扉をくぐってやってきたのは儀仗兵長だ。初老のおばさんで、物腰柔らかな淑女。魔法の力も理論も確かにずば抜けて凄いが、一つだけ言わせてもらえば、他国の出自というのが惜しい。
ジャライバ「特段異常はないです。前線のやつらの頑張り次第じゃないですか」
ジャライバ「前線はどうなんですか」
儀仗兵長「押しつ押されつ、といった感じらしいわ。均衡しているというよりは、ある個所で前進、ある個所で後退、というような」
ジャライバ「基地に手さえかかれば攻城槌で一発なんですがね。あんな障壁さえなければ、俺一人で壊滅させられますよ」

520 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:00:14.88 ID:i6iad9cF0
儀仗兵長「……そうですか。頑張ってください。尽力、期待してます」
ジャライバ「言われなくてもそうしますよ。こんな埃っぽいところにはあんまり長く居たくないですし」
儀仗兵長「前線の一部で後退が始まっています。サポートをお願いします」
ジャライバ「兵長は?」
儀仗兵長「お手伝いをしたいのはやまやまなのですが、各部隊の報告の集積があります。これで失礼します」
 儀仗兵長が外へと出ていく。忙しいのは確かなのだろう。疲労の色が濃い。
 とはいえ、そんなの俺だって同じだ。朝から魔法を唱えっぱなし。単純な火炎魔法なのが不幸中の幸いだろうか。
セクラ「先輩、いきましょうよ」
 セクラが急かす。ほかにもぞろぞろと外へと向かっていく。全く、慌ただしいやつらだ。庶民はゆとりを生活に持たないから困る。
 しかし庶民に付き合うのも集団の中では悲しいかな必要なのだ。俺は椅子から腰を下ろし、外へと続く。

521 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:00:43.64 ID:i6iad9cF0
 外にはすでに十三班、十五班の面々が立っていた。どうやら三班合同での詠唱らしい。それまで巨大な魔法を唱えるとは考えにくい。質より量だろうか。
 十三班の隊長が指揮を執り、通信機を基にして方向、強さ、魔法種を指定していく。俺たちはそれに従って詠唱を開始、魔力を練る。
 三十数人の中心で魔力の塊がうねりを上げていた。渦巻く光。それに働きかけて炎の性質を付与していく。
 詠唱も終盤に差し掛かる。すでに何度も唱えている詠唱を、俺は無難に終わらせた。
 魔力の塊が一層の光を放ち、砕け散る。
 失敗ではない。粉々となった魔力の欠片が、拳ほどの散弾となって、細かく、しかし殺傷力も十分に、敵の陣営へと降りかかるのだ。
 丘の上からでは大して戦況を見ることはできない。しかし、今の俺には目をつむっていてもわかる。降り注ぐ炎に為す術もなく逃げ惑う敵兵の姿が!
 第二射の用意。俺は杖を握り、精神を集中させる。
 と、その時、生ぬるい風が吹いた。
 俺は思わず風上を向く。なんだかとても嫌な雰囲気が流れてきている。
 衛兵が死んでいた。
 え?

522 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:01:13.60 ID:i6iad9cF0
 思わず喉から変な声が出る。詠唱も止まる。止めてはいけないと、理解はしているのだが。
 魔力が不安定になって歪み始める。俺だけのせいじゃない。その証拠にほら、ほかのやつだってそちらを見てーー
 セクラが倒れた。うつぶせに倒れたその背中に、大ぶりのナイフが一本、深々と突き刺さっている。
 いやいや、まさか、そんな。
「敵襲、敵襲ッ! 敵しゅーー!」
 叫んだやつもまた死んだ。人海を割ってナイフを振り上げる、黒い装束に身を包んだ数人が、俺の視界目いっぱいに入ってくる。
 太陽光がまぶしい。刃に反射したそれで、目が痛い。
 嫌だ、嫌だ! こんなの、嫌だ!
 衛兵め、衛兵め、俺を守ることすらなく死んでいきやがっ
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523 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:01:42.54 ID:i6iad9cF0
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ルドッカ「遅い……」
 嫌な予感を押し込めて私は槍に突き刺さった兵士の体を捨てる。だいぶ切れ味は鈍い。殆ど棍棒に近くなっている。それでも、大事な武器には変わらない。
 ルドッカ・ガイマン、二四歳。鍛冶屋の両親に作ってもらったワンオフを片手に、私は今日もまた、人を殺す。
 合流地点では自軍が大きく後退を余儀なくされていて、私はその殿を務めていた。追っ手の前に立ちふさがって、何とか時間を稼ぐ。
 刃を柄で弾き返し、そのまま遠心力を保って脳天へと打ち付ける。
 確かな手ごたえ。目の前の兵士は昏倒し、地面に倒れこんだ。じわりじわりと地面に鮮血が広がっていく。
 同じく殿を務める者たちの、鉄をぶつけ合う音がそこらで聞こえる。それに交じって、悲鳴や怒声や怨嗟、そして鬨の声も。

524 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:02:09.33 ID:i6iad9cF0
「痛ェ、いてぇよぉっ!」
「走れ! 右だ右だ右だ、そう、早く!」
「全員突っ込めぇっ!」
「欠員多数、どうしましょうか!?」
「てめぇの胸に手ェ当てれや!」
「誰か助けーーぐぇ」
「このまま攻め込むぞ!」
「そうはさせん!」
「早く救援を!」
 その救援が私なんだけど、声の主なんてわかりっこない。そもそも敵なのか味方なのか。
 友軍なら命を懸けて守り抜かなきゃならないし、敵軍なら命を懸けて追い返さなきゃならな。それが私の仕事なのだ。

525 : ◆yufVJNsZ3s :2012/11/08(木) 03:02:39.48 ID:i6iad9cF0
 通信機からは依然何の連絡もない。泥仕合だ。せめて、せめて現状の把握さえできれば、この先の見えない戦いに希望も持てるんだけど。
 通信兵は恐らく死んだのだと思う。所詮私は遊撃隊で、便利な手ごまに過ぎない。頼れるものは仲間よりも自分の技術。
 もしかしたらここは切り捨てられたのかもしれなかった。ここを餌にして、大きく別働隊が今まさに切り込んでいるのかもしれなかった。シビアな考えこそが生存戦略なのかもしれなかった。
 かもしれない、と続けたところで不毛なのはわかっている。私だって、普段ならこんな堂々巡りを考えたりはしやしないのに。くそっ!
 火球が飛んでくる。十メートルほど先で炸裂したそれは土塊を巻き上げ、火が産毛を焼いて吹き飛んでいく。
 思わず細く息を吸った。下手したら死んでいた可能性もある。
 ぐ、と槍を握りなおす。力は入る。確かに私は、生きている。
ルドッカ「ケツに喰らいつきたきゃ、私を倒してからにしなっ!」
 煙を抜けてやってきた兵士を三人、真正面に見据え、大見得を切る。こちらもぼろぼろだがあちらもぼろぼろ。鋭い動きなんてできやしないだろうに。
ルドッカ「死ね!」
 それでも体は動くのだ。動いてしまうのだ。
 まるで黒い糸に操られるように。