Part19
433 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:44:15.89 ID:l/mMv4+i0
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老婆は、王城の者からは賢者と呼ばれている。彼女はその呼称を否定こそしないが、いい気もしていなかった。自身にわからないことも力の及ばないことも山ほどあると知っていたから。
しかし、今までのどんな奇問難問でさえ、これほどまでに彼女の眼を見開かせたりはしなかった。そう、故郷を魔族とならず者が結託して襲ってきた時でさえも。
なぜーー兵站基地が壊滅しているのか。
なぜーーアルプと、物々しい鎧を着けた漆黒の首無し騎士が、その前に立っているのか。
転移魔法で移動し、そこから急いで一日と半分。強行軍でやってきたためか十人に疲労の色は濃い。
しかし、向かえばすでに、簡易であるが基地は構築されているのだという。辿り着けば作戦の前に休息は得られる。それだけを杖に全員歩いていた。
老婆は疲労の中で不安を覚えていた。それは、予想と言い換えてもよい不安であった。どうか的中して欲しくないというレベルの。
大陸の東、海岸沿いに巨大な山脈がそのまま海に落ち込んでいる。そこから流れた河川を辿っていくと、王国を横に横切り、宗教国に行きつく。件の必死の塔や焼打ちされた町もこの河川のそばにある。
434 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:48:33.03 ID:S3Fp1WnN0
兵站基地が隣国の中心部、王都付近ではなく外縁に存在しているのは、大きく二つの理由がある。
一つは、兵站基地は輸送のコストを軽減するものであるから、なるべく大都市が存在しない、補給の難しい地点を見据えて設置するため。
もう一つは、宗教国から輸入したものを一時保管しておくため。
戦争を見越していようが見越していなかろうが、魔族討伐のための駐屯を考えたとき、どうしても兵站基地は必要になる。それは老婆の国でも同様だ。
兵站基地の場所は周知だ。だから、あらかじめそこを攻めるための陣地を構築するのは、なんら難しいことではない。
そう、露見することを考えなければ。
老婆は下唇を強く噛み締めた。背筋を悪寒が走る。そんなことあるはずがないと、否定しきれない。
陣地構築、基地の設営は、何とかして秘密裡に行われなければいけない。戦争の準備を進めているということが周辺国に、また自国民にばれてしまえば、一気に問題となって国王たちに噴出するだろう。
国民は戦争を望んではいない。望むのは平穏な生活だけだ。
だからこそ、彼らは平穏な生活の護持のためには、鍬や槌を剣に持ち替えることを厭わない。
435 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:49:18.31 ID:S3Fp1WnN0
嘗て老婆たちが遭遇した、焼けた町。そして問答無用で襲ってきた兵士の一団。
彼らは恐らく、基地の設営に携わっていたのだ。
そして守秘のために町を焼いた。
指示を出したのは、恐らく王だ。
老婆「……」
この事実をーー否、こんな反逆的な妄想を、勇者に垂れ流していいものだろうかと、老婆は逡巡する。が、すぐに首を振った。知らないほうがよいこともあるだろうと判断したのだ。
だから、老婆は基地でも決して休まらなかった。それ以上に休まらないのは焼かれた町の民の魂だろうとも思った。
436 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:49:46.29 ID:S3Fp1WnN0
そして、現在である。
攻める対象である兵站基地は壊滅状態で、空恐ろしくなる静けさを背中に負って、怪物が二人立っている。
なぜこんなことになっているのか、理解できるものは誰一人としていない。
隊長「お前ら、なんだ?」
隊長が問答無用で彎刀を抜いた。自ら襲い掛かる気概ではなく、警戒の表れなのだろう。彼ほどの実力者が彼我の力量差を判断できていないとも思えない。
それに反応したのはデュラハンである。一歩前に出て、気色の良い声を出した。
デュラハン「おっ、あなた見るからに強そうだ。どうです? 俺と一戦」
隊長「は?」
デュラハン「いや、強いんでしょ? いいじゃない、俺と戦いましょうよ」
アルプ「デュラハン」
アルプに窘められ、デュラハンは肩を竦めて見せた。はいはいわかりましたよ、とでもいう風に。
437 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:50:47.58 ID:S3Fp1WnN0
参謀「……王様の言っていたことは正しかったということですか」
参謀「やはり、隣国は魔族と手を組んでいるようですねぇ」
参謀らにとっては二人が兵站基地を守っているようにすら見えたのだろう。アルプは苦笑しながら手を顔の前で振って、
アルプ「あー、それは誤解だよ。私たちはただここを潰しただけ」
参謀「潰した……?」
アルプ「そう。もう誰もいないよーー生きている人間はね」
狩人「なんでまた私たちの前に? 答えなければ、撃つ」
きりりと弓を引き絞りながら狩人は言った。
参謀「狩人さん」
狩人「あなたは黙ってて。私は、こいつと因縁がある」
アルプ「こんなことで時間を使ってる場合じゃないんだってさ」
狩人「『だってさ』……また、九尾の指示?」
アルプ「ま、そういうことだね」
438 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:51:24.79 ID:S3Fp1WnN0
狩人「こんなことをして何の利益があるの」
アルプ「それは言えないねぇ。言う理由もないし」
二人の間にピリピリとしたものが走る。
焦れた狩人がついに番えた矢を放とうとしたとき、絶妙なタイミングで参謀が割って入った。
参謀「ストップ、ストップ。そちらの首無し騎士……デュラハンと呼ばれてましたね。ということは、四天王の?」
デュラハン「その通りだね。俺としては肩書きなんて興味ないんだけど」
参謀「ということは、あなたがアルプ?」
アルプ「そうだよ」
参謀「あなたたちの行動の理由はわかりませんが、とりあえず兵站基地の中に入れてもらえませんか。こちらも『はいそうですか』で終わらせられる案件じゃあないので」
隊長「お前、マジで言ってるのか」
参謀「大マジです。この二人が隣国の味方である可能性は十分にあり得ます」
隊長「じゃなくて。こいつらに話を通じると思ってるのか」
老婆「Aのことを忘れたわけではないじゃろう」
老婆が小声でぼそりという。魔族と言えども意思があり、行動原理がある。何より彼らはしっかりとした思考回路を持っている。闇雲に兵站基地を襲ったりはしない。
439 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:51:56.97 ID:S3Fp1WnN0
隊長は僅かに逡巡して、
隊長「味方だったとしたら、すぐに襲ってきてるんじゃないのか?」
参謀「それを含めても、です。面倒くさいんですけどね、本当は。ドンパチやってるほうが楽なんですが……死にたい」
参謀「ま、四天王が先に潰してましただなんて王国に報告もできませんし。時間はまだあります。確認を惜しむ必要はないでしょう」
アルプ「へー、慎重派なんだね」
参謀「そうじゃないと死ぬだけですから」
アルプはにやにやと下卑た笑いを口元に浮かべている。
勇者も狩人も嫌な予感しかしていなかった。そもそも四天王が二人、こんなところに出張ってくる時点で常軌を逸しているのだ。
無論、常軌を逸しているとはいえ、九尾にもきちんとした考えがあった。まるで絡繰り人形のように歯車が噛みあう、長い長い先を見据えた考えが。
440 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:52:24.08 ID:S3Fp1WnN0
九尾の暗躍を知らない勇者たちではない。兵士たちとて警戒を解いているわけではないが、勇者たちはもっと大きなスパンで警戒をしていた。
明日か、来週か、一か月後か、それはわからないにせよ、何かがあるのだと。
アルプは依然として不気味な笑みを湛えていたが、それでも行動は起こさなかった。ちらりと隣のデュラハンに視線を向けてから一瞬で消え失せる。
アルプ「ま、好きにしたらいいよ。私の案件はこれでおしまいだからね」
アルプ「好きにできれば、の話だけど」
虚空から聞こえてきた声を受けて動いたのはデュラハンであった。亜空間に腕を突っ込み、日本刀を引き抜く。
西洋式の甲冑に東洋式の刀剣はちぐはぐであったが、デュラハン自身は全く気にしていない。彼にしてみれば使いやすいものを使うだけなのだろう。
デュラハン「ここで会ったも何かの縁! 俺と心行くまで戦おう!」
気骨満面の声音が響きわたる。
441 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:52:50.68 ID:S3Fp1WnN0
すっと一歩前に出たのは隊長であった。細く睨み付ける形で、デュラハンの一挙手一投足に注目している。
そんな姿を見たデュラハンは小さく「ほう」と声を上げる。
デュラハン「確かに手練れだ。九尾の口車に乗った甲斐があるってもんだね」
隊長「お前、戦闘狂か?」
デュラハン「そんなつもりは決してないんだけどね。ただ……そういう存在ってだけで!」
語る間も惜しいとデュラハンが駆けた。
気合の踏込。それは一歩で世界を限りなく縮める速度を誇る。
デュラハン「大丈夫! 命を取るぐらいしかしないさっ!」
頸を狙った一閃をなんとか隊長は回避した。殺しに来ているというのは語弊がある。あの攻撃なら、頸でなくともどこを切られたって致命傷だ。
返す刀が煌めく。
勇者「死ね」
雷撃を帯びた剣が頭上から落ちてくる。柄をしっかり握った勇者の眼は見開かれており、怒りに打ち震えている。
まさかの位置からの攻撃に、さしものデュラハンも反応が遅れる。回避行動は間に合いきらない。肩当が大きく抉られ、弾き飛んだ。
442 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:53:36.36 ID:S3Fp1WnN0
反撃に備えて勇者は素早く飛び退く。デュラハンも追撃を回避するために距離を取っており、勇者、隊長、デュラハンで三つ巴の形になっていた。立ち位置も三角形。
少し離れた場所では老婆が魔方陣を展開している。簡易の転移魔法陣だ。
老婆「無茶しおって……何を怒っているんだか」
参謀「逃げることはできないんですか」
老婆「転移魔法が妨害されてる。距離が制限されすぎてて、無理だな」
参謀は大きくため息をついた。しかし、その姿勢とは裏腹に、瞳の奥は高揚に彩られているように思えた。
参謀「隊長と勇者さん、僕とおばあさんで行きます。残りの者は兵站基地の確認を」
兵士「で、ですがっ!」
四天王に人間四人で挑もうというのだ。そのあまりの無茶に、流石に彼の部下も驚きの声を上げざるを得ない。
けれど参謀はあくまで落ち着いた、というよりも陰気な声を出す。
参謀「死にたくないでしょ……巻き添えなんて、ごめんでしょ」
443 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:54:15.60 ID:S3Fp1WnN0
その言葉に兵士は息を呑みこんだ。僅かにおいて、頷く。
兵士たちが走り出す姿を、デュラハンは泰然自若で過ごした。もとより彼には兵站基地などどうでもよい。その有り様は当然だ。
参謀「……なんであなたもいるんですか?」
狩人「私も、戦う」
参謀は眉をわずかに動かし、頷く。
参謀「死んでも責任取りませんから」
狩人「うん」
デュラハン「もういいかな? 俺はそろそろ、待ちきれないんだけどな!」
再度デュラハンの踏込。狙うは狩人、老婆、参謀の遠距離組。
黒い疾風となったその姿はわずかな時間も与えてくれない。蹴り上げた土が舞い上がるよりも素早くデュラハンは参謀に切迫する。
デュラハン「っ!」
声にこそ出さないが、驚きが伝わってくる。
刀を握る右手の手首、肘、肩の各可動部に、鏃が突き刺さっていた。
血液は飛び散らない。そもそも彼に暖かな血液が流れているかも定かではない。が、少なくともダメージは受けているようだ。無理やり振るった刀の速度は明らかに落ちている。
444 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:54:45.04 ID:S3Fp1WnN0
きりり、と弓を引き絞る音。
狩人「隙間だらけの甲冑なんて」
胸板と腹当ての隙間を縫うように矢が突き刺さる。
さすがのデュラハンも体が揺らいだ。そしてその揺らめきを見落とすほどの素人は、この場にはいなかった。
帯電した剣が足を、業物の彎刀が胴体を、それぞれ獣の獰猛さで襲いかかる。
デュラハン「いいね、いいね、いいよきみたちっ!」
体勢を崩しながらデュラハンが叫ぶ。その間にも、当然危機は迫っているというのに。
デュラハン「ーー認めたっ!」
デュラハンの足元に、突如として無骨な魔法陣が浮かび上がる。
ペンタグラムを基にしたその魔方陣は最初淡く光っていたが、すぐにその輝きを強め、そして一際明るく輝いた。
そして、
445 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:55:16.14 ID:S3Fp1WnN0
刃。
刃、であった。
刃が地面からーー魔方陣から、突き出しているのだ。
いや、より正確な表現をするならば、こうである。
刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が
刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が
刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が
刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が
ーー突き出しているのだ。
しめて六十本の刀剣はまるで初めからそこに鎮座ましましていたかのごとく、襲撃者の体を傷つける。
足と言わず手と言わず胴といわず、それら全てを突き刺し、切り裂いた。
446 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:56:04.87 ID:S3Fp1WnN0
隊長「ぐっ……くぅ、うっ!」
間一髪のところで致命傷を避けられた隊長であるが、それでもなお被害は甚大だ。大小細やかな傷からは血液がとめどなく流れ出している。
狩人「ゆ、勇者っ!」
叫び声で、その場にいた全員が彼のほうを向く。
突き出た剣が腹にきっちりと食い込んでいたのだ。
突き刺さったそれ自体が栓となって、出血自体はそれほどひどくない。が、一度体を動かせば、腹からの出血はすぐさま死に直結するだろう。
デュラハンはそんな二人の姿を見て、ない顔を顰める。
デュラハン「もしかして、きみが勇者?」
勇者「それ、が……なんだ」
息も絶え絶えとした様子で勇者はデュラハンをにらみつける。喋るたびに口の端から逆流した血液が滲んで垂れていく。
デュラハン「あ、きみの仲間の女の子を攫って閉じ込めてるの、俺だから」
デュラハン「でも、九尾もなんできみみたいな雑魚にーー」
老婆「余所見をしていていいのか?」
447 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:56:52.95 ID:S3Fp1WnN0
大きな爆発がデュラハンのそばで起こった。指向性を持つ爆発は、焦げの臭いを振りまきながらデュラハンのみを大きく吹き飛ばす。
が、デュラハンは重量を感じさせない体運びで苦も無く地面に着地した。
そこを狙うは傷だらけの隊長。体を動かすたびに血が垂れていくが、そんなことはお構いなしに刀を握り締めている。
デュラハンは刀でそれを受け止めた。刃毀れすら恐れない重たい一撃に、魔族の彼ですら思わず手が痺れそうになるが、基本スペックの違いはどうにもならない。次第に隊長は押し返されていく。
が、それはつまり反対ががら空きであるということだ。
拳を固く握りしめた参謀が、まるで地面を滑るようにデュラハンへととびかかる。
しかしデュラハンもその程度が予測できていないわけではない。彼の鎧に魔方陣が浮かんだかと思えば、次の瞬間にはそこから刀剣が生えてくる。
参謀を串刺しにしようと刀剣が逼迫したが、参謀はそれらを全て自らの拳で叩き折っていく。
448 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:57:20.36 ID:S3Fp1WnN0
デュラハン「はぁっ!?」
まさか、という声をデュラハンは挙げた。
参謀の拳がデュラハンを確かにとらえる。かなりの硬度を有する鎧を、参謀はまるで気にせず殴りつける。
デュラハンは住んでのところでその拳を左手で受け止めたが、大きく上へと弾かれた。
今度こそ大きく開いた懐に、彼は拳を握りしめて潜り込む。
デュラハンの鎧に刻まれた魔方陣が輝く。
刃が大きく参謀の体を貫いたが、握り締められた拳が開かれることは、ない。
参謀が口を大きく開いて息を吸い込んだ。涎に塗れた犬歯がのぞく。
参謀は腰を落とし、デュラハンを真っ直ぐ突いた。
鉄で鉄を打ったかのような轟音。
デュラハンが大きく、地面と垂直に飛んでいく。
接地とともに大きな砂埃が舞った。濛々とあがるそれを、全員が大きく注目している。
倒したわけではないと誰もが感じていた。特に参謀を除く者らは、嘗て戦った白沢、そして何よりウェパルを思い出し、気を引き締める。四天王はこんなものではないと。
果たして砂煙の中よりデュラハンが現れる。鎧は大きくへこんでいるが、足取りは依然として軽い。
449 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 16:58:00.74 ID:S3Fp1WnN0
デュラハン「あんた参謀じゃないの、俺びっくりしたよ」
参謀「魔法使いが近接に弱いなんてのは幻想です」
デュラハン「うん。いい勉強になったよ」
デュラハン「じゃあ勉強代を支払おうかな。楽しませてもらったしね」
空気を震わせる音が響いた。
特に魔法使いには聞き覚えのある音。魔方陣が起動する際の、独特の音だ。
しかし。
老婆「どこだ……?」
魔方陣が起動したということは、必ず陣本体が存在するはずなのである。しかし、目の前のデュラハンに変化はない。地にも、空にも、描かれていない。
身構える彼らをよそに、デュラハンはまたも虚空に手を突っ込んだ。右手に握っているそれとは違う刀が一本、左手に新たに握られる。
そしてそれを投擲した。
高速で飛来する鉄塊は、刃の有無を問わず凶器である。狩人はそれを何とか回避し、矢を番える間すら惜しいとナイフを数本引き抜いた。
450 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 17:00:10.44 ID:S3Fp1WnN0
狩人「不気味」
そう、確かに無気味であった。デュラハンの攻撃意図がわからない。
それでも戦うしかない。
恐らく彼は逃がしてはくれない。
突っ込む狩人に合わせ、囲むように残りの面子もかかっていく。魔方陣から突き出される刃のことも考え、素早く、けれど慎重に。
応対するデュラハンの反応は素早かった。というよりも、投擲からすでに一連の流れとして動いていたといったほうが正しい。
地を蹴り、片手で握った刀を隊長に向ける。この中で一番の手練れだと踏んだのだろう。顔のないのに心なしか嬉しそうだと感じるのが実に不思議である。
横の一線を隊長は身を屈めて避ける。と同時に、強い踏込から必殺の居合抜き。
甲高い金属音。甲冑ではなく、地面から生えている刃が攻撃を防いでいた。
隊長が舌打ちをする。その間にも刀は軌道を変えて脳天めがけて振り下ろされるが、今度は隊長が守る番であった。
素早く引き抜かれたのは小太刀。弾くのではなく受け流す形で、デュラハンの攻撃は無力化される。
451 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 17:00:40.00 ID:S3Fp1WnN0
背後から襲う参謀と狩人。限りない前傾姿勢で突っ込んでくる参謀の背後では、死角を除すためにナイフを握った狩人が控えている。
ダッキング気味に加速する参謀。腹の大穴はいつの間にか修復されていた。
デュラハン「遅いっ!」
振り向きざまに今度は右手に握っていた刀すら投擲した。驚愕しながらも参謀はそれを打ち落とすが、デュラハンから視線を移動させたその瞬間、反転したデュラハンが向かってくる。
狩人の投擲。寸分違わず関節を狙う正確さは、しかし地面から生える刃の壁で妨げられた。そのまま迂回しながら投擲用の鏃を取り出す。
参謀とデュラハンが一瞬で肉薄した。
震脚とともに重たい拳が構えられる。
参謀は己の体を限界まで使役するつもりで魔力を充填、解放、体を駆け巡らせた。
同時に刀が数本地面から生える。今度は刃ではなく、柄を上にした状態で。
デュラハンは素早く新たに現れた柄を全て掴んだ。そのうち一本を右手、残りを左手で握り、突貫する。
拳と刃がかち合って歪な音を奏でる。
452 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 17:01:18.19 ID:S3Fp1WnN0
デュラハンが大きく下がると、それに追いすがる形で参謀は前進していく。拳と刃は数度ぶつかり合って、ついに刃が根元から折れた。
デュラハン「どんな体してるんだ、あんた!」
叫ぶ彼の声は愉悦に満ちている。まるで今が世の春とでも言うように。
参謀はあくまでも無言で、ここが好機と加速した。摩擦がないかのような動きでデュラハンの懐に潜り込み、溜めを作る。
デュラハンの体から生えた数十もの刃が、そうはさせじと襲いかかる。
絶妙なタイミングで参謀は後ろに跳んだ。
途端にデュラハンの視界が白く染まる。あまりの光量に立ちくらみさえ覚えるほどの。
参謀の背後から巨大な火球が向かっていた。
デュラハン「あ、まぁああああああいっ!」
左手の刀を全て投擲する。
火球にそれらは当然飲み込まれていくが、あまりの質量と速度が巻き起こす旋風に、火球が大きく揺らめいて拡散。そこにデュラハンが突っ込む。
ほとんど無傷で抜けたデュラハンの目の前には老婆がいる。
453 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 17:06:05.90 ID:S3Fp1WnN0
爆裂音。爆裂音。爆裂音。
老婆の魔力が爆発という形でデュラハンを襲う。生身の人間ならひとたまりもないそれであるが、しかしデュラハンの勢いを殺すには足りない。たった数秒で切迫が完了し、
地面から生える刀をデュラハンが手に取る。
流れる動作で投擲。
そして、大上段からの一撃。
音のない衝撃が空間を揺らす。
咄嗟に老婆が張った十枚重ねの障壁を、デュラハンは八枚まで刀で叩き割った。そこで刀の動きこそ止まったが、デュラハン自身の動きは止まらない。
地面から生えた刃が老婆の体とローブを引き裂いていく。さらに持っていた刀を捨て、新たに生えた刀を握り、そのまま襲いかかる。
間に隊長が割って入る。
横への一閃。バックステップで回避してもデュラハンは止まらない。退避よりもはやい速度で迫る漆黒と刃を、隊長はがっちりと受け止める。
人外と力比べなどするつもりはなかった。が、それはデュラハンも同様だった。刀を捨てて左手の刀を振るう。
小太刀で防ぐが勢いを殺しきれない。力に負けて思わず後ろへ押し出される。
454 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 17:06:31.69 ID:S3Fp1WnN0
デュラハンの投擲。回避し、体勢のさらに崩れたところへ、新たな刀を両手に握ってデュラハンが来る。
唐突にデュラハンが反転、両手の刀をまたも投擲。背後から近づいてきた参謀がそれを打ち落とす。
地面から近づかせまいと刃が無尽に生える。さながら金属の薄野原の上を参謀は走り、デュラハンへと蹴りを繰り出した。
その足すらも叩ききろうと地面より刀を抜いてデュラハンが迫る。
足と刃が邂逅する寸前で、唐突に参謀の体が後ろへと急激な移動をする。まるで見えない手か、おかしな重力に引きずられるように。
デュラハンの刃が大きく空振る。
と、彼は自らの頭上がいきなり翳ったことに気が付いた。
肩の上に、デュラハンの無い首を跨ぐ形で、狩人が弓をその鎧の内部に向けている。
弦の風を切る音。
狩人「っ!」
放たれた矢は殆ど動かず、デュラハンによって掴まれていた。そればかりではなく狩人の足も同様に。
力一杯に狩人は放り投げられる。地面で数度跳ね、木に激突してようやく止まった。
455 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 17:07:09.19 ID:S3Fp1WnN0
デュラハン「数的有利はあるとはいえ、俺と対等なんてね。驚きだよ」
デュラハン「見せてあげようーーこの俺の刃を!」
言い終わると同時に、地面から鋭い光が発せられる。
光の粒子が下から上へと吹き上げられ、掻き消えていく。
老婆「くーーうぅうううっ!」
全てに合点がいった老婆は大至急、かつ大規模の障壁を展開しようと試みる。が、それよりも圧倒的にデュラハンのほうが早かった。
魔方陣は展開されていた。ただ巨大すぎただけで。
ヘキサグラムの中心、六角形の空白地点で、彼らは戦っていたのだ。
俯瞰すればおおよそ1キロメートルの直径を持つ魔方陣が、デュラハンを中心にして描かれているのが見える。光を抱くその魔方陣は、規模こそ巨大であるけれど、魔法陣としては何ら珍しいものではない。
デュラハンが見せ続けていた召喚魔法の正体。召喚対象を刀のみにすることによって、数、速度を飛躍的に増幅させる工夫がなされている。
無差別的に刃を生やせばどうなるかーー単純な答えだ。魔方陣に含まれる部分が全て刃の林となるだけである。
が、そこで原形をとどめていられる生物が、いったいどれだけいるだろうか?
デュラハン「生き残って見せてくれよぉおおおおおっ!?」
魔力の奔流が陣に流し込まれる。
ずぐん、と地面が揺れた。
456 :
◆yufVJNsZ3s :2012/10/05(金) 17:07:39.31 ID:S3Fp1WnN0
老婆と狩人は地面に落下した。老婆が、なんとか距離の近かった狩人とともに、可能な限り遠くへと転移したのだ。
とはいっても魔方陣の半径から逃げ切ることはできなかった。比較的密度の薄い部分を択んだはずではあったが、それでも体中は傷だらけで、何より老婆の左足の先がなくなってしまっている。
激痛に顔を歪めるが、命があっただけでも僥倖である。狩人は急いで止血帯をし、上部をきつく縛って応急処置を施す。
デュラハンの姿は刃の林で見えなくなっている。隊長と参謀の姿も。
狩人「二人は……大丈夫かな」
老婆「なんとか生きてるじゃろ。参謀に酷使されてれば、そのはずじゃ」
老婆「あいつらは死んでも死なぬ。勇者と同様にな」
狩人「勇者も……生き返ると思うけど、どうかな」
老婆「あー、そのことなんじゃが」
老婆は脂汗をぬぐい、言う。
老婆「あいつなら必死の塔に飛ばした」
ーーーーーーーーーーーーーーーー