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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part17


385 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:12:48.68 ID:mCa2nlGM0
勇者「実はアルプが……」
 と事の顛末を話しだす。
 兵士たちが操られていたこと。
 夢の世界に引きずり込まれたこと。
 狩人が夢の世界から助けてくれたこと。
 アルプと相対したこと。
 アルプが不思議なセリフを吐いていたこと。
 そして。
勇者「少女は、どうやら連れて行かれたらしい」
老婆「……なぜじゃ」
勇者「わからん。ミョルニルが狙われた可能性はあるけど、本人を連れて行く必要はないだろう」
 顎に手をやって幾許か老婆は考え込んでいたものの、現状はあまりに手がかりが少なく、それではどうしようもなかった。
 が、解決しなければいけない事案であることも確かだ。もし懸念が正しければ、この国はそう遠くないうちに戦火に包まれることとなる。そうなってからでは十分な対策は施せない。

386 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:15:21.05 ID:mCa2nlGM0
勇者「ばあさん、戦争が始まるまで、猶予はどれだけある?」
老婆「あまりない、というのが率直な感想だ。もともと対魔族用に準備はしていた。補給所の敷設、道路の拡張などをこれから行うとしても……ひと月もかかるまい」
老婆「恐らく、王はかねてから機会を伺っていた。秘密裡に隣国用の準備を進めていたとしてもおかしくはない」
老婆「本当に最速で、国民の周知と非難を含めても、一週間、か」
 勇者と狩人は息を呑んだ。まさかという思いと、あの人物ならやりかねないという思いがないまぜになっている
老婆「映像魔法を使えば遠隔地まで情報など簡単に行き渡る。王の発表は偉大じゃ。事実かどうかにかかわらず」
 それはつまり言ったもの勝ちということである。隣国が魔族と手を組んでいるのかなど民衆にはわからないのだから。
 すべての因果関係がわかるのは、戦争が終わったとき。そしてその時にはもう、歴史の正誤なぞは曖昧に違いない。
 なんというーーなんという人間の恐ろしさか!
 勇者は頭を振った。ここまで来ては、善悪で物事を測れる範疇を凌駕している。統治行為論という単語が、彼の頭で明滅を繰り返す。
 と、老婆の腰に据え付けられていた通信機から、砂嵐交じりの声が鳴り出す。
??「あー、あー、テステス、聞こえますか聞こえますか、どーぞ」
老婆「聞こえておる。そちらは誰じゃ。名前と所属と階級を答えてくれ。どーぞ」
??「アルプ。魔族の四天王です。どーぞ」
狩人「何しに来た、クズ」

387 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:20:26.73 ID:mCa2nlGM0
 驚愕する老婆と勇者を尻目に、狩人は冷ややかな声で返した。
 ノイズ交じりの、しかしよく聞けば確かにアルプの声が、通信機から響く。
アルプ「うっわ! つれねーなー、つれーなー。同じ学校に通った中じゃにゃーの」
狩人「御託はいい。そっちからコンタクトをとるってことは、要件があるんでしょ。少女のこと?」
アルプ「あー、そっちじゃないんだけどね。でも気になる? 気になるか。教えてあげてもいいよ」
 あまりにもあっさりとしたアルプの物言いに、三人は同時に眉を顰めた。少女を攫ったのはアルプではなかったのか。それとも、誰かに頼まれてアルプが手助けしたのか。
 どのみちあの夢魔は気まぐれで、その事実を特に二人は承知していた。快楽主義者ゆえの無鉄砲さに乗っからない理由は、少なくとも現時点ではない。何しろ彼らは少女が必死の塔にいることすら知らないのだから。
 三人の戸惑いなど意に介さず、アルプは続ける。
アルプ「女の子は必死の塔にいるよ。川沿いを下った先、共和国連邦との国境付近だね」
 勇者は視線で二人に尋ねる。聞いたことがあるか? と。
 頷いたのは老婆だった。噂だけだが、と前置きして、
老婆「魑魅魍魎の類が巣食っている、との話は聞いた。名うての者どもが束になって攻略しようとしたが、ついに誰も帰ってこなかった」
老婆「ゆえに名前が『必死の塔』」
勇者「ってことは、つまり、そこにお前らの仲間がいるわけだな」
アルプ「きみたちの仲間もね」
 一瞬の間。
 狩人は気を取り直し、鋭く詰問する。
狩人「で? 何が目的なの」

388 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:23:37.26 ID:mCa2nlGM0
アルプ「あぁそうそう、そっちの王様さ、あることないこと言ってるじゃん。私たちが他国と結託してどうとか、こうとか」
 老婆は小さく「情報は筒抜けか」と呟いた。
 王城は特に限界な防衛魔法がかけられている。それを突破して千里眼を行えるのは、よほどの術者だけである。
 とはいえ、彼女はそれを半ばわかっていた。信じたくないことではあったが、洞穴の陣地構築や、アルプの侵入のことを考えれば、それもやむなしといったところだろう。魔法経路をジャックしてのこの会話だって、つまるところそういうことなのだ。
 より一層守護を強化せねばならないが、それがどれだけ役に立つか、老婆には疑問だった。
アルプ「人間同士が争うのは構わないけど、魔族を巻き込まないでほしいんだよね。そういうのは、なんてーの?」
アルプ「癪に障る」
勇者「っ!」
 ぞわりとした感覚が肌を撫でた。勇者らは思わず体を退き、壁に背中を押しつける。
 本能が発する警告は黄色。「警戒」色のそれは、アルプと対峙していなくてよかったと素直に思える程度に、心臓を高鳴らせている。
 おどけた様子で、序列こそ四天王最下位ではあるが、アルプはそれでも四天王である。
 ひんやりとした煉瓦が冷や汗を吸って黒ずむ。

389 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:25:20.39 ID:mCa2nlGM0
アルプ「そこで一つお願いがあんだけどさー」
老婆「お願いとは、随分下手に出たものじゃな」
アルプ「九尾が言ってたおばあちゃんだね、よろしく。なんだっけ? あ、そうそう、お願いお願い」
アルプ「あんまりやりすぎないで欲しいの」
老婆「やりすぎない、とは」
アルプ「そのままの意味。どっちかが滅んだりするようなことがあれば、隙を見てこっちも……なんつーの? 侵略だーってなっちゃうから」
アルプ「そっちにも都合と事情はあるっしょ? その辺は見て見ぬふりするからさぁ……せめて水源地とか、領土争い程度にしてもらいたいなって」
老婆「どういうことじゃ?」
アルプ「どういうことって?」
老婆「お前ら魔族が人間に干渉する理由がわからん」
アルプ「そっち同様に、こっちにも都合と事情があるっつーことだね。っていうか、だめだー、私はこういうの向いてないんだわー」
アルプ「だからさぁ、ね、喋るの変わってよ、九尾」
 通信機の向こうで何やらごそごそと音が聞こえてくる。ノイズではない、衣擦れにも似た音だ。
 それきりアルプの声が途絶え、通信機は沈黙を続けている。ラインがオンになっているため、通信そのものが切れたわけではない。

390 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:25:56.47 ID:mCa2nlGM0
 ややあって、もう一度大きな雑音が入り、唐突に通信がクリアになった。
九尾「もしもし、聞こえているか。九尾だ」
 幼ないながらも老成した口調が通信機から漏れる。三人は先のアルプのそれとは異なる重圧を確かに感じつつ、通信機をまっすぐに見据えた。
老婆「儂が応対する」
 二人が頷く。古来より狐は人を騙す。九尾の口八丁手八丁を警戒しているだろう。
老婆「九尾か。この間、言葉を交わしたな」
九尾「そうだな。洞穴の調査ご苦労」
 それすらもばれているのか、と老婆は舌打ちをした。どこまで見えているのか全く理解できていないようだ。
九尾「早速本題に入ろう。とはいえ、大まかにはアルプの言ったことと同じだ。あまり戦争が激化するような事態はこちらとしても好ましくない」
老婆「何か理由があるということじゃな」
九尾「そう受け取ってもらって構わない」
老婆「儂らの力だけでは戦争のコントロールなどできない。もし激化した場合にはどうする」
九尾「魔族が襲うだろうな」
老婆「優勢なほうを? 劣勢なほうを?」

391 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:26:23.32 ID:mCa2nlGM0
九尾「なぁ」
 老婆が警戒しているのはわかったが、このような会話では埒が明かない。九尾はため息交じりに言葉を紡ぐ。
九尾「九尾は別に腹の探り合いがしたいわけではない。こちらがしたいのは取引だ」
老婆「……わかった。一応国王には進言してみる。が、信じてもらえるかどうか」
九尾「その時はその時だ。いくらでも脅迫できる」
九尾「もう一度アルプをけしかけてもよいし、九尾が出て行ってもいいな」
老婆「お前から王に話をつけることはできないのか。そちらのほうが簡単だろう」
九尾「九尾が? 勘弁してくれ。それに、向こうが嫌がるだろう。魔族と関係があると疑われるだけでもマイナスイメージだ」
 そもそも、老婆が九尾をはじめとする四天王と会話をできていること自体が問題なのではあるが。
九尾「こちらには目的がある。そのために、九尾も活動している」
九尾「派手なことをされても困るんだ。色よい返事を期待しているぞ」
老婆「おい、待てーー」
 一方的に告げて、今度こそ本当に通信が切断される。聞こえてくるのは砂嵐の音だけで、矯めつ眇めつしても再度連絡が入ることはない。
 老婆は無言で背後の二人を振り向いた。二人はそれを受けて、ようやく緊張が解けたのか、大きく息を吐き出す。

392 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:28:17.21 ID:mCa2nlGM0
勇者「なんていうか……大変なことになってきたな」
老婆「今更だがな。しかし、問題はあちらの目的がわからないことじゃ」
狩人「考えたってしょうがないよ」
 軽く組んだ自分の手に視線を下し、狩人はぽつりと、けれどしっかりと地面に着地した言葉を吐く。
狩人「考えたってしょうがないよ」
 繰り返し、ふっと笑った。
 勇者にはわかった。狩人の言葉は、決して思考の放棄ではないということに。言うなれば決意の表明なのだ。例え何が起ころうとも、全力で当たるしかないのだという。
 勇者と老婆もまた笑った。その通りでしかないと思ったからだ。
 どんな遠望深慮も十重二十重の謀略も構わず打ち砕く。
 権謀術数を弾き返すためには鋼だけでも柔皮だけでも不足だが、そんな強さをこのパーティなら得られると、彼らは信じていた。
 そしてその強さを得るためには、一人足りない。
 物事が全て加速していく中で、変わらないものなど存在しない。それでも彼らは確かにもう一人の存在を欲している。
 必死の塔に囚われた少女。

393 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:34:46.56 ID:mCa2nlGM0
 差し迫る戦争の脅威と彼女を助け出すことは決して両立しえない。が、少女なしでどうして自分たちが戦っていけるだろうかと、勇者は思った。
 なんとかせねばならぬ、とも。
 九尾の思惑を彼らは当然知らない。正体不明に立ち向かうのは相当の勇気がいることである。が、彼らならば必ずや全てを乗り越えてたどり着けることだろう。
 老婆は膝に手をついて「どっこらせ」と立ち上がる。
勇者「年寄りくさいぞ」
老婆「実際に年寄りじゃ、気にするでない」
老婆「それとも、お前が精気をくれるか?」
 深いしわの刻まれた手が勇者の腕を取ろうとするも、寸前で狩人が抱きしめる形で腕を横取りする。
狩人「だめ」
 恥ずかしいやらうれしいやらで勇者の顔がみるみる赤くなっていく。
 狩人本人はどうやらいたって真面目なようだ。無論老婆は単なる冗談のつもりだったのであるが、真面目というより融通が効かないというべきか。
 いや、単に愛のなせる業かもしれない。
 老婆は喉の奥から笑い声を漏らす。
老婆「仲良きことは素晴らしきことかな、じゃ」
 そう言って、扉を開けた。
勇者「……王のところか」
老婆「心配せんでもよい。付き合いは長い。何とかしてみせるさぁ」
 困ったような顔をしていたが、勇者はあえて何も言わず、そのまま見送った。
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395 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/20(木) 11:17:12.88 ID:JMA/K7S50
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 質素な部屋、そして簡素な部屋。
 板張りで、床には絨毯こそ敷いてあるが、決して上等なものではない。黄土色に白で抜く形で稲穂の図柄が織り込まれている。
 九尾は何よりその図柄が気に入っていた。
 部屋には陣地構築の魔法がかけてあるため窓はなくとも空気は清潔だし、壁自体がうっすらと光を放って採光にも困らない。
 長期間部屋にこもりっぱなしになることもままある身として、これ以上便利な部屋はないといってよい。
 ベッドの上ではアルプが暇そうに転がっている。そう見えるだけで実際暇ではないはずなのだが、半日も居座られるとアルプの役割と役職を忘れそうにもなる。
九尾「お前は反省が足らんのか?」
 椅子を回して視線を向ければ、アルプはベッドに突っ伏した。顔を隠すように。
アルプ「ごめんってー。あいつが逆手に取ってくるなんて思わなかったんだよー」
 あいつとはかの国の王のことである。聡明で、小賢しい男。九尾は一人の人間として彼を評価してはいたが、目の上のこぶでもあった。
 とはいえ行動原理は単純で、ゆえに読みやすくもある。

396 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/20(木) 11:17:46.19 ID:JMA/K7S50
アルプ「でもでも、勇者くんたちに接触できたし、なんとかなるんじゃないの?」
九尾「そうだといいがな。二の矢、三の矢は番えておいて損はない」
アルプ「ウェパルとデュラハン?」
九尾「あいつらは九尾に協力してはくれまいよ。いや、魔族はそういう生き方しかできない、か」
 哲学的なことをぽつりと吐いて、続ける。
九尾「アルプ、お前、一度に何人くらい魅了できる?」
アルプ「んー、試したことないけど……100人とか?」
九尾「上出来だな」
 尻尾がぱたぱたと揺れる。自らの意思に反して動く九本の尾ーー今は七本しかないがーーは、どうにも直情的である。それは九尾のキャラではないとは思っているのだけれど。
九尾「不穏な動きがあれば引っ掻き回してやれ。千里眼と読心術でサポートする」
アルプ「あいあいさー!」
アルプ「でも、本当に二人に協力を要請しなくていいの? 戦力は多いほうがよくない?」
九尾「あいつらは所詮魔族だ。衝動からは逃れられん。九尾やアルプも含めてな」

397 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/20(木) 11:18:39.99 ID:JMA/K7S50
九尾「それに、どうせ言ったって聞きやしないのさ。夢中になれるもののあるうちはね」
九尾「予定に少々狂いは生じたが、まだ十分リカバリーの範囲内。ゆっくり衝動の射程圏内に引きずり込んでやるのさ」
アルプ「へー、すっげーなー。私にゃ全然わからん」
 わからないといいつつも、至極楽しそうにアルプはベッドで転がる。彼女は「楽しそう」という感覚だけで楽しむことのできる人間ーー否、夢魔である。
 それが夢魔としてもともと持ち合わせている気質なのか、それともアルプ自身の性質なのかは、流石に九尾といえども知らない。夢魔族は殆ど滅亡しかかっているためだ。
 九尾はアルプにも計画の詳細を教えていない。
 その理由はいくらかあるが、まず彼女自身が計画に興味を持たないという点。
 そして目的の達成は複数の錯綜した臨機応変な手段によって成されるため、一口での説明ができないという点が大きかった。

398 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/20(木) 11:19:29.04 ID:JMA/K7S50
 目的だけならアルプも知っているし、それこそウェパルもデュラハンも、九尾が何をしようとしているのかという情報は耳に入っているはずだ。
 が、ウェパルは衝動と恋慕の情の間でにっちもさっちもいかなくなっている。デュラハンは少女を攫って決闘を申し込んだ。それどころではないらしい。
 どこまで無関係でいられるだろうか。まるで並べたドミノの最初の一枚を倒す心持ちだった。どんなに離れた場所にあるドミノであっても、連鎖からは逃げられない。
 すでに連鎖は始まっている。九尾にできることは、いまだ倒れていない部分の不具合を見つけたとき、ちょっとずらしてやる程度だ。それ以上のことは神でもなければ。
 そう、九尾は神ではない。万能とも思える魔法を行使できても、なお。そしてそれをしっかりと自覚している。
 分を弁えること。そして、背丈よりもわずかに高いところへ手を伸ばすこと。それが秘訣。
アルプ「しっかし、頑張るねぇ」
九尾「頑張るって……九尾がか?」
アルプ「ほかにいないじゃーん」
九尾「そんなつもりはないのだがな。これは九尾がやらねばならない責務だ」
アルプ「ふーん。ま、頑張ってね」

399 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/20(木) 11:20:05.62 ID:JMA/K7S50
 アルプがようやくベッドから起き上がり、扉を押し開ける。
アルプ「ちょっと見張ってくるよ。隣の国も何やらかすかわからないし」
九尾「任せたぞ」
アルプ「任されたよ。じゃ、お互いしっかりやろーね」
九尾「魔王の復活のために」
アルプ「魔王の復活のために」

400 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/20(木) 11:20:56.50 ID:JMA/K7S50
 静かに扉が閉まった。アルプの足音すらも聞こえない静寂の中、部屋の隅を見つめる。
 そこには体を拘束された人間がいた。睡眠魔法の効果でぐっすりと眠っている。
 どこにでも見られる一般的な服装だ。布の半ズボン、シャツに綿の上着を軽くひっかけた状態。恐らくどこかの村民か町民。
 年齢は二十前後だろうか。線の細い女性である。
 九尾はこの程度の人間を最も好んでいた。
 椅子から降り、つかつかと近づいて、
 合掌ーー胸の前で手を合わせ、
九尾「いただきます」
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407 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/28(金) 14:48:22.78 ID:KyMiL0240
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 ゆっくりと扉が押し開かれる。入ってきたのは老婆で、その顔色は優れない。
 言葉を聞かずとも、芳しい結果でなかったのは明らかだった。
勇者「だめだったか」
老婆「一応考慮に入れておくとは言っていたが、本当に『一応』だろうな」
狩人「あの人なら、攻められても倒せばいいとか思ってそう」
勇者「それはありうるな」
老婆「あいつは勝ち目のない戦いをするような男ではない。それに賭けるしかないじゃろう」
 そうして老婆は椅子へと腰を下ろし、
老婆「で、孫娘の話なんじゃが」
 やおらに三人が真剣な顔つきとなる。
 それまでが真剣でないとは決して言えないが、それでも表情のほどは異なっている。
 少女が必死の塔にいるとアルプは言った。その点についてアルプが能動的に嘘をつく必要はないため、真実であろうと三人は判断している。
 問題は、なぜ必死の塔にいるのか、である。理由がわからければ優先順位もつけられない。

408 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/28(金) 14:49:08.66 ID:KyMiL0240
 生命が危険に晒されているならば一刻も早く助け出しに行かねばならない。が、価値ありとして囚われているだけならば、決して拙速を尊ぶ必要はないだろう。
 すでに少女が姿を消してから半日以上が経過している。行動は起こさないまでも、行動の方針を固める必要があった。
勇者「どう思う?」
狩人「アルプが事件を起こしたのは、そもそも少女を攫うのが目的だったのかな?」
勇者「そんな感じはしなかったな」
狩人「うん。多分、利害が一致したんだと思う」
老婆「攫うということは、あやつに対して用があったんじゃろうな」
狩人「その用について何も思い当たることはないの?」
 老婆は顎に手を当てて暫し熟考していたが、やがて首を横に振った。
老婆「有り得るのはミョルニルじゃが……あれはあやつにしか使えない。そういう術式が組まれている」
勇者「それを何とかするために、って可能性はないのか」
老婆「ないわけではない、が……そんじょそこらの武器ではないといえ、あの強さは腕力に起因する部分が多いからのぅ」
老婆「魅力がある武器かと尋ねられると、どうだろうな」

409 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/28(金) 14:51:04.31 ID:KyMiL0240
狩人「でも、ミョルニルが目的にしろそうでないにしろ、攫われたってことは何らかの用があった。それは確か」
 勇者と老婆は頷いた。その意見に否やはなかった。
 少女は決して恨みを買うタイプの人間ではない。もしどこかあずかり知らぬところで恨みを買っていたとしても、その場で殺してしまえばよかっただけだ。
 わざわざ手間をかけてあの膂力の持ち主を攫ったのは、それに値する目的が犯人にはあったに違いない。三人の考えは同じだった。
勇者「っていうことは、すぐに殺されたりは、しない、か……?」
老婆「死ぬよりも辛い目にあっている可能性はあるが」
狩人「拷問とか、そっち系」
勇者「……やめろよ、そういうの」
 露骨に嫌そうな顔をしたのは勇者である。が、老婆も狩人も、あくまで可能性として淡々と進める。
老婆「何度も死んだくせに、こういう話に耐性はないんじゃな」
勇者「死ぬことと痛みを伴うのは別だ」
勇者「俺だって情報を得るためにそれくらいしたことはある。けど……冷静になって言葉として聞くのは、なんというか、威力が違う」
老婆「いいか、よく聞け」
 勇者にずいと顔を近づけ、目を見開き、老婆は言う。

410 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/28(金) 14:51:45.18 ID:KyMiL0240
老婆「目的のためなら手段を択ばないということは往々にして有り得る。そして情報は一人の苦痛を犠牲にしても手に入れる価値がある」
勇者「……わかってるよ」
老婆「いや、お前はわかっておらん」
老婆「より大きなもののためにより小さなものを犠牲にする。その生き方から目をそらすでない」
狩人「おばあさん、勇者はそれでも、みんなを守りたいんだよ」
老婆「わかっている、わかっているが!」
 老婆は思わず手を振り上げ、そしてその手の振り下ろし場所をついに見つけることができなかった。
 挙げた右拳をぶらりと降ろし、息を吐く。
老婆「一人も犠牲にせず、全員を助けられれば、それがいいに決まっている。しかし、それだけを目指すのは、視野狭窄じゃ」
狩人「……何があるかわからないし、なるべく早く助けに行くってことでいいんだよね」
老婆「……まぁな」
勇者「けど、タイミングが悪い」
 そう。国王が戦争を始めようとしている現在、そうおいそれと自由行動などとれたものではない。
 老婆ならばまだしも、勇者も狩人も、所詮一兵卒に過ぎない。そして囚われの少女もまた。彼女を助けに行くことが理由になる現状ではなかった。

411 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/28(金) 14:52:30.01 ID:KyMiL0240
 だが少女を助けに行かないという選択肢が彼らにあるはずもない。理屈ではなしに、思考ではなしに、胸の奥から衝動がこみあげてくるのだ。
ーー衝動。それは生物ならば全てが持つもの。
 そして全ての生物は、それを御し、それに御され、何とか生きている。
 ある種「その生物」らしさを形作る部分であるといってもよいだろう。
 鬼神ならば破壊衝動。ウェパルならば入手衝動。デュラハンならば戦闘衝動。
 人間の場合なら、恐らくそれは、誰かの無事を願う衝動なのだろう。そしてそのために己が身すら犠牲にするという、強烈な仲間意識。
 どうしようもないほどに彼らは人間なのだ。あまりに人間らしく人間なのだ。
 衝動がもたらす理想主義に苛まれることもあろう。たとえばそれは勇者や少女のように。けれど、打ちひしがれても泥に突っ込んでも前を向くその姿は、何よりも美しいものだ。
 少なくとも、そう思えて仕方がない。
勇者「……しょうがねぇか」
 軽い口調で、重々しく、勇者が立ち上がる。
勇者「俺が行く」