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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
Part16


359 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/28(火) 11:41:27.85 ID:z4Z7oF2k0
 理解したからこそ、なおさら彼女にはデュラハンのことが理解できなかった。命が目的ではなく、ミョルニルすらも目的ではない? ならば何を目的としてここまでもてなすのか。
 食客として招かれる謂れが少女には全く心当たりがなかった。なぜなら彼女はただの田舎の防人でしかないのである。
デュラハン「疑問は尤もだ。だから俺は、御嬢さんの疑問を解くためにここにいる。そしてそれは俺にとっても利益がある」
少女「……」
デュラハン「俺と手合わせを願いたい」
少女「……え?」
 拍子抜けした。同時に、それが首なし騎士の本心なのか、判断にあぐねた。
 デュラハンは続ける。
デュラハン「我が名はデュラハン。死を告げる妖精にして、武の道を歩む者也」
デュラハン「兵士たちとの戦い、鬼神との戦い、白沢との戦い、俺は全て見ていた。その上で、手合わせを申し込む」
デュラハン「御嬢さんの強さに、俺は興味がある」
 あるはずのない視線が真剣みを帯びていて、少女は思わずデュラハンをまっすぐに見やる。
 手合わせ、つまりは戦いということだ。「勝負」であるのか「試合」であるのかは、彼の言葉からはわかりかねる。

360 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/28(火) 11:42:02.94 ID:z4Z7oF2k0
 思わずミョルニルを握る手に力が入る少女だった。この世に生を受けて十数年、戦いに明け暮れ、何十何百の魔物を殺し、僅かに同胞をも殺した。それが己の生きる道であり、誇りでもあった。
 では、これはそれが認められた結果だというのか? 考えて、しかし違うと首を振った。デュラハンが求めているのは自らの強さという結果であり、過程には決して目をくれない。畢竟、彼は強ければそれでいいのだ。
少女(は、今更赦しなんてくれるわけもないか)
 自虐的に笑う少女。
デュラハン「もちろん今すぐに、というわけではない。御嬢さんの気が向いた時でいい」
デュラハン「ただ、卑怯なこととはわかっているが、御嬢さんが受けてくれない限り、この部屋から出ることはできない」
デュラハン「衣食住の心配をさせるつもりはない。が、早く受けたほうがお互いのためだとは思う」
少女「……」
デュラハン「無理やり連れてきて、礼を失しているということはわかっているつもりだ」
少女「他のみんなは」
 
デュラハン「アルプの夢からは醒めたようだ。あいつは楽しそうに負けたと言っていたが、半分本気で、半分は負け惜しみなんだろうな……」
少女「アルプ?」
 尋ね返しつつも安堵感が去来する。あの二人はどうやら助かったらしい。現状、王宮は蜂の巣をつついたような騒ぎになっているのだろう。

361 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/28(火) 11:42:48.14 ID:z4Z7oF2k0
デュラハン「兵士を操り、御嬢さんを夢の世界に引きずり込んだ張本人。あいつは勇者と狩人に興味があった。俺は御嬢さんに興味があった。だから、協力してもらった」
少女「無事なんだ。そっか。よかった」
 胸を撫で下ろす少女をデュラハンは見つめ、椅子から立ち上がる。
デュラハン「どのみち、今日はもう遅い。俺は去ろう。部屋は自由に使ってくれていい。呼び鈴を使えば、従者が大抵のことは叶えてくれる」
 それだけを一方的に言って、デュラハンは霧のように透けて消えた。
 紅茶と甘味の芳香だけを揺るがせながら。
 少女はその光景を見て、糸が切れたようにベッドに倒れこむ。
 高級な品質のそれを楽しむ余裕などない。それよりも涙が溢れてきて仕方がなかった。
 重力に何とかしてほしいのに、止まらない涙は決壊し、眦から頬を伝ってベッドを濡らしていく。
 考えてはいけないことを考えてしまう。それは今までの人生を叩き折る行為だ。してはならぬ唯一の自虐だ。
 強くなかったらよかったなんて、思ってはいけないのだ。
少女「っ、く、う、うぅ、ぅっく、ひっく」
 歯を噛みしめても喉から嗚咽は零れていく。
 引き攣る喉。眉根は寄り、手は行き所をなくしてミョルニルを握りしめる。
 勇者はどうやって乗り越えたのだろう。もしくは、耐えてきたのだろう。
 唐突に、何の前触れもなく夜に襲い来る、ナイーブ。激情は、獣は、今度こそ自らに牙を剥く。
少女「うぅ、っく、ひっく、くそ、バカ、止まれ、止まれよぅっ……」

362 : ◆yufVJNsZ3s :2012/08/28(火) 11:44:51.39 ID:z4Z7oF2k0
 少女はあの男が大嫌いだった。大嫌いだったし、大嫌いだ。
 だって、いちいちうじうじしているのだもの。少女は常々そう思っていた。思っていたし、思っている。覚悟を決めて狩人を抱いたからと言って、その評価は何ら変わるものではない。
 けれど結局は同族嫌悪なのだ。その事実を自覚的に無視し、勇者をけなすことによって、少女は自らを遠回しにけなして精神のバランスを取っていた。
 うじうじしているのは自分だろうに。
 誰かを救うってことは、助けるってことは、強くたって難しいよ。彼女は彼に先日そう言った。それは本心で、彼女自身を縛り付ける鎖でもある。
 もっと力があれば人を殺すことなく助けることができただろう。もっと無力であれば、そもそも人を殺せなかっただろう。なぜ中途半端に、人を殺すことでしか人を助けられない程度に強く在ってしまったのか。
 わかっている。人を殺してでも人を助けることができるのは、稀有だ。人を助けられない存在ばかりの世の中においては。
 十を殺しても百を救えれば表彰される。救えたのが十一であったとしても。
 それは確かに誇りであった。誇りという名の杖であった。
 その杖を芯から腐らせたのは自分なのだ。
 しかし、一体どれだけの人間が、そう単純に割り切れるだろうか。
 少女は何とか赤く腫らした目を袖で乱暴に擦る。そうして無理やりにでも涙を止めなければ心に悪い。自らの頬すらも張りたくなるほどに心がひしゃげている。
 なんとかしなくてはならないとはわかっているのである。だが、方法がわからない。手探りで探すしかないとは思いつつも、余りも茫洋としたものが周囲に漂っていて、どれから手を伸ばせばいいのやら。
 腹の虫が鳴った。普段なら恥ずかしくも思うのだが、そんな余裕はない。
 何もしなくても、食べる気がしなくても、腹は減るものだ。徐に紅茶をカップに注ぎ、皿から菓子を掴みあげる。
 どちらも一気に口へ放り込み、嚥下したところで椅子にすっと腰を下ろした。
少女「あま……」
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365 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:38:47.16 ID:/Y9BHaZa0
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 時は遡り、中天の時刻。
 鬼神が潜んでいた洞穴、その最奥の地底湖において、老婆含む儀仗兵の一団はキャンプを張っていた。一通り調査は終わったが、いくつかの試料の反応検出待ちなのである。
 あれだけ濃度の高かった瘴気はすでに跡形もない。深呼吸をして眩暈が起きるということも、最早ない。
 鬼神が死んだからだと言う儀仗兵もいたが、老婆はそれは違うと考えていた。
 あの瘴気の正体は、老婆が思うに、恐らく陣地構築の産物なのだ。
 指定領域を快適な環境にする陣地構築は、洞穴でキャンプを張るにあたって老婆たちも使用している。洞穴、特に地底湖には、より一層強力なそれが張り巡らされてあった。中途で襲ってきた大ミミズらも影響を受けたに違いない。
 問題は誰が強力な陣地を構築したかと言うことだ。老婆は陣地構築が専門ではないため、詳細についてはそれこそ検出待ちである。ただ、同じ魔法を行使する者として、素直に感嘆を覚えるほどだ。
 外道に堕ちた魔法使い、リッチ、アルラウネ、魔族でも魔法を使える者は多い。今後も油断はできないだろう。
 それこそ、九尾やウェパルの仕業かもしれないのだ。
儀仗兵長「すいません、今よろしいですか?」
 儀仗兵長がテントの中に顔を突っ込んできた。彼女の顔には疲労の顔が濃い。恐らく自分もそんな顔をしているのだろうと老婆は思った。
 頷き、テントの外へと出る。
老婆「どうした?」
儀仗兵長「反応検出については一晩かかりそうです。痕跡削除がこれでもかってくらいにされてます。はっきり言っておかしいですよ、あれ」
 苛立ちよりも驚きの色を強め、儀仗兵長は続ける。
儀仗兵長「慎重なのか、臆病なのかはわかりませんけど……こうなることが初めからわかってたみたいで気味が悪いです」

366 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:39:34.99 ID:/Y9BHaZa0
 老婆は何も言わなかった。最初からそうであろうと彼女は思っていたためである。
 恐らく、鬼神は捨て駒だったのだ。経済的にも地政的にもそれほど重要でない町を、鬼神のような上位種が、ある程度の統率で襲うなどということは信じられない。そこを簒奪しないのならばなおさらだ。
 鬼神に指示を出した黒幕がいる。そしてその黒幕は、存在こそ前面に押し出すけれど、尻尾を掴ませるつもりはないのだ。
老婆「……やはり、九尾か」
 ぼそりと呟く。九尾は鬼神に指令を与えた。陣地構築も行った。たった数日間のために。
 九尾の行為の意味と意義を、恐らく老婆は理解できないだろう。しかし、いつかは辿り着くに違いない。そのように九尾はこれまで振る舞ってきたのだ。
 老婆は頭を回す。儀仗兵長は置いてけぼりになっているようだが、知ったことではなかった。
 九尾が黒幕である可能性は限りなく高い。問題は、なぜ九尾が鬼神をけしかけたのかということだ。
 老婆はその答えに辿り着いていた。辿り着いた上で、自分で出した答えだというのに、その答えが全く信じられなかった。歯牙にもかけないほどに嘘であると思っていた。
 それでも打ち捨てないのは、それ以外に真実味を帯びた仮定が出てこないからである。どんなに荒唐無稽な結論が導き出されたとしても、それが論理的な過程で以て、唯一導き出されたものならば、それが真実である。
 しかし、と老婆はやはり素直に首を振れない。
 全ては自分たちを誘き寄せるためだったのだと、誰が信じられるだろう?

367 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:41:37.94 ID:/Y9BHaZa0
 ウェパルが目当てだったのかもしれない。そうであれば話は単純だ。ウェパルに執心していた九尾が、ウェパルを自らの元に戻すために策を講じた。比較的規模の大きな事件を引き起こせば調査隊がやってくるだろうと踏んで。
 だが、老婆はもう一つの可能性を案じていた。それはつまり、九尾はウェパル以外の誰かが目当てだった場合である。
 無論、あの時、洞窟へと進軍したのは三つの部隊である。から、九尾の目当てが他の部隊にいた可能性も、一応否定できなくはない。だが他の部隊では九尾の声すら聞いてはいないという。
 もし九尾が、自らのパーティの誰かを目当てにしていた場合、それが一番厄介だった。恐らくイベントは洞穴だけでは終わらないだろう。
ーー老婆は知らない。この時点ですでに王城は襲撃に遭い、愛すべき孫は連れ去られていることを。
 彼女の仮定は、考え得る中で最悪な、そして迅速な形で現実化していたのだ。
 老婆はさらに思考を深めていく。
 そもそも彼女には理解できないことがあった。彼女らが兵士の一団と戦闘を行った一件である。
 遥か過去のかなたに霞んでいたそれは、やにわに確かな輪郭を伴って目の前へ浮上してくる。果たしてあの兵士たちは何をしていたのか。なぜ町を燃やしたのか。
 老婆が王城へ勤めるよう三人に求めたのはこの件を調べるためでもあった。嘗ての経歴を生かしてシンクタンクとして活動している現在、並行してさりげない聞き込みを行っていたが、あまり有益な情報は得られていないというのが実情だ。
 恐らく、軍の上層部で情報が遮断され、隠匿されているのだ。そして物事を秘匿するのは、それが重要であるからか、でなければ後ろめたいからに決まっている。
 そこに九尾の思惑はあるのだろうかーー老婆は考え得る可能性を網羅しようとし始め、そこで儀仗兵長の声がかかる。
儀仗兵長「あの?」
 老婆ははっとして儀仗兵長を見た。どうやら思考に埋没してしまったらしい。

368 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:43:59.42 ID:/Y9BHaZa0
儀仗兵長「大丈夫ですか? 体調が悪いなら休んでらしたほうが……」
老婆「いや、平気だ。すまん」
儀仗兵長「なら、いいんですが」
老婆「時に儀仗兵長よ。お前は今の情勢をどう思う?」
 その質問の示すところをすぐには理解できなかったのか、僅かに下を向き、そして顔をあげる儀仗兵長。
儀仗兵長「戦争は不可避だと思います。釈迦に説法だとは存じてますが、隣国との不仲の原因は、情勢不安の面が大きい」
儀仗兵長「敵を外に作ってしまいたいのです。飢饉、資源の枯渇、宗教問題……もちろん全て王家のせいではないでしょう。が、民衆はそんなことはどうだっていいのです」
老婆「かといって、こちらも国力は低下する一方。天候に恵まれないと言ってしまえばそれまでだが……」
儀仗兵長「はい。大変なのはどこも同じです。しかし、隣の芝生は青く見えるもの。民衆のガス抜きも必要です」
儀仗兵長「今は魔族という大きな危機があるため、同盟と称してそちらに戦力を割いてますが、この関係が長く続くとは思いませんね」
老婆「キナ臭いにおいもするしな」
 儀仗兵長は苦虫を噛み潰したような顔をした。
儀仗兵長「誠実であり続けることは難しいですから。糾弾されない程度に一歩先んじらなくては」

369 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:44:32.91 ID:/Y9BHaZa0
大きくため息をつく老婆であった。目の前の嘗ての弟子は、今も昔も嘘をつくのが苦手だ。そういう意味では決して上層部には向かない立場の人間である。
 人を動かす人間は、人が動きやすい環境をつくってやらねばならない。換言すれば人が動きやすいような言い訳が必要なのだ。ばれないように、息をするように、耳触りのいい嘘を作れなければ。
老婆「ここから東に半日歩いたところに盆地があるじゃろ。ま、あそこじゃろうな、基地をつくるなら」
儀仗兵長「……」
老婆「前線基地の構築か。ご苦労なことじゃ」
儀仗兵長「わたしはーー」
老婆「言うな。お前の気持ちはわかっているつもりじゃからの」
 ぴしゃりと老婆は言った。それ以上喋れば軍規に触れる。作戦の漏洩は、状況問わずに大罪だ。
 儀仗兵長の専門は陣地構築。空気の清浄、浄水、結界、探知、それら全てを内蔵した魔法陣の描写によって、石造りの家屋を一瞬で前線基地へと変貌させることができる。
 儀仗兵長はしばらく俯いていたが、やがて意を決したように顔をあげる。
儀仗兵長「また戦争がはじまります。老婆さん、旅になんて出ずに、このまま王城で戦い続ける覚悟はありませんか?」
 驚きもせず、ただ「やはりか」と老婆は思った。いくらコネクションがあるとはいえ、身元の明らかでない者をそう易々雇い入れるわけがないのだ。
 情報が欲しかった老婆らと、戦力が欲しかった王国。ある種の互恵関係がそこには成立していた。とはいえ、王国側の欲していた戦力は、所詮一介の兵士レベルではない。戦術的ではなく戦略的に役立つ人材を彼らは求めていた。
 だからこその老婆である。彼らは老婆の一騎当千ぶりを知っていた。
 それは彼女にとっては触れてほしくない傷跡であったが……。

370 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:46:06.40 ID:/Y9BHaZa0
儀仗兵長「長引けば長引くだけ民草は苦しみます。こちらも、向こうも。早く終わらせるためにはそれだけ強大な力がなければいけません」
 気が付けば、老婆の周囲をぐるりと儀仗兵たちが取り囲んでいた。杖を彼女に向けている。返答如何ではいつでも魔法を打ち込めるぞーーそんな陣形である。
 その気になれば相討ち覚悟で呪文を唱えることは可能だった。だが、その行為にどれだけの意味があるだろうか。虎穴に入らずんば虎児を得ず。リスクを負わずにリターンを求めるのは、何よりのリスク。
老婆「さしずめ、孫たちは人質と言ったところか」
 しわがれた声で老婆が言う。
儀仗兵長「……最初からそのつもりだったわけではありません」
老婆「ま、そうじゃろうな。上に性根の拗けたやつがいるのじゃろ、大方」
老婆「魔族は滅ぼすのか」
儀仗兵長「はい」
老婆「隣国もか」
儀仗兵長「……」
 儀仗兵長は言葉に詰まる。彼女が王国の生まれでないことを老婆は聞いたことがあった。隣国なのか、それとももっと向こうの公国、宗教国、交易国、その他諸々のどこかなのか。ともかく、王国が覇道を往かぬ確証はない。

371 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:46:40.55 ID:/Y9BHaZa0
 たっぷりと間を取って、儀仗兵長はうなずく。強く。
「はい」
儀仗兵長「やる前にやらなければいけません。魔族との戦争を盾に、今のうちに隣国との国境付近に、準備をしておかなければ」
 魔族との戦争など所詮は隠れ蓑にすぎないのだと行間で主張していた。
 無論、魔族との戦争は不可避だろう。もともと彼らは魔族を潰すつもりであった。が、それは行きがけの駄賃にすぎない。本懐は別のところにある。
 老婆は両手を挙げた。降参のポーズである。
老婆「仕方がない。手伝うしかないなら、手伝うしかないか」
儀仗兵長「恩に着ます」
 脅しておいて白々しい。が、儀仗兵長を責める気にはならない。組織に属するとはそういうことだし、何より老婆自身、いくつもの悪事を働いてきた。それを思えば脅迫など大したことではない。
 それよりも、大義名分があることが何よりの問題なのだと彼女は思っている。大義は罪悪感を使命感へと転化する。その二つの本質が異なっていようとも、半透明の膜で包んでしまうのだ。
 そして使命感は人を狂わせる。行きつく先は目的のためなら手段を選ばない、非人道的な効率化だ。
儀仗兵「兵長! た、大変です!」

372 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:47:56.59 ID:/Y9BHaZa0
 儀仗兵の一人が通信機を片手にやってくる。顔面蒼白の顔は、まるで死人のそれだった。
 ぴりりとしたものが走る。何かあったのだ、と一瞬で全員が理解した。
 本来であればそれは小声で話すべき事態だったのだろう。が、儀仗兵にはそれほどの余裕はなかった。
 責任は彼にこそあれど、責めることはできない。
 儀仗兵は儀仗兵長に捲し立てる。
儀仗兵「魔族と隣国が手を組み、王城を強襲したとの報告が!」
 その場にいた全員が凍りついた。
老婆「どういうことじゃっ、儀仗兵長! 同盟を組んでいるんではなかったか!」
儀仗兵長「そうですよ、そのはずなんです!」
 やや遅れて儀仗兵たちがざわつきだす。いや、ざわつくというよりも、それは聊か悲鳴にも似ていた。このタイミングでの王城の強襲は誰にとっても予想外でしかない。
儀仗兵長「敵の情報攪乱じゃないの!?」
儀仗兵「専用の魔法経路を使って飛んできた通信魔法です、これが情報攪乱だったら、
俺はもうどうしようもないですよ!」
 涙目で言う儀仗兵であった。
 受けて、儀仗兵長も老婆も黙り込む。そして黙り込んだ二人を見て、儀仗兵たちもまた黙り込んだ。二人が思考を巡らせていることを察したからだ。

373 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:49:29.03 ID:/Y9BHaZa0
 通信魔法に指向性を持たせる場合、魔法経路を敷くことによって可能にする。魔法経路は儀仗兵長謹製のもので、幾重にも障壁がかけられている。この魔法経路に情報攪乱がなされたなら、それだけで敵は戦争に勝てるだろう。
 ならば王城の強襲は事実であり、その報告は正しい。そこまで考え、老婆は眉を寄せる。
 ほぼ同時に儀仗兵長も同様の事実に思い当たったようで、老婆と顔を見合わせる。
老婆「お前、敵の本拠地に、転送魔法で軍隊を送り込むということは可能か?」
儀仗兵長「理屈だけなら、可能です。私はできませんが」
老婆「そうじゃ。わしにもできん。しかし、なんでこのタイミングで……?」
 二人が言っているのはこういうことである。
 まず、情報が真実であるならば、王城が強襲されるだけの戦力が投入されたことになる。城下町は巨大な都市だ。兵士も多く、迎撃用の装置や堀もきちんと整備されている。そんじょそこらの村とは勝手が違う。
 ここで一つの疑問が生まれる。それだけの戦力をどうやって移動させたのか、ということである。
 十人程度ならば見つかることなく王都までたどり着けるかもしれない。国境に関所はあれど、長い壁があるわけでもなし、比較的難しい話ではない。
 だが、それが数百ならばどうだろう。密かな移動ができない状態で王都まで移動すれば、当然目立つ。そんなものを見逃すほど王国の監視体制はざるではない。
 老婆は舌打ちをした。理屈が実践に勝るときもあるが、今はTPOが違う。

374 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/03(月) 18:49:57.00 ID:/Y9BHaZa0
老婆「誰からの報告じゃ」
儀仗兵「それが、そのっ!」
 儀仗兵は慌てて告げる。
 彼は決して老婆の迫力に負けたのではなかった。それよりももっと大きな何か、端的に言うならば、未曽有の不理解と戦っていたのだ。
儀仗兵「王からの直通です!」
儀仗兵長「っ!」
老婆「うさんくさいなどと、言っておれんな」
 老婆は杖を振った。と、地底湖全体を覆い尽くすように、巨大な魔法陣がうっすらと光を放ち始める。
老婆「全員着地の衝撃に備えろ! きちんとした座標指定をする暇など、最早なくなった!」
老婆「転移魔法ーー王城に戻るぞ!」
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378 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:04:40.10 ID:mCa2nlGM0
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 ざく、と砂利を踏みしめる音で、そこが王城の中庭、枯山水だと気が付いた。着地に失敗した兵士たちは腰を大きく打ち付け、顔を歪めて摩っている。
 老婆は全く彼らに気をやる余裕がなかった。周囲を見回して今一度場所を確認し、大股で王城へと続く扉をくぐる。慌てて儀仗兵長が追うけれど、それも無視だ。
 ずんずんと歩く老婆。彼女の目の前の扉はまるで彼女にひれ伏すかのように、近づくだけで音を立てて開く。
 ひときわ大きな音を立てて大広間につながる扉が開いた。精緻な細工の施された巨大な柱が二本あり、高い天井を支えている。赤い天鵞絨の絨毯の両脇には槍を持った衛兵が立っており、闖入者を阻む。
老婆「退けぃ!」
 一喝で二人が吹き飛んだ。周囲で見ていた衛兵が急いで駆け付けようとするが、体はピクリとも動かない。見えない糸で雁字搦めにされているような。
 背後で見ていた儀仗兵長にはわかる。詠唱破棄した魔法の連続使用。日常生活で用いる必要のないそれを惜しげもなく用いるだなんて、溜息が出るほど埒外だった。
 が、それは換言すれば、老婆が埒外なのではなく現状が埒外なのである。儀仗兵長もそれをわかっているからこそ、老婆を止めようとはしない。

379 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:05:31.69 ID:mCa2nlGM0
 老婆は段差の上、玉座に座っている白髪白髭の老人に対し、叫んだ。
老婆「国王、隣国が魔族と手を組んだというのは、どういうことですか!」
国王「そのままの意味だ」
 老人ーー国王は豊かな眉を動かさず、重厚な声で言う。
国王「本日の午前に、兵士たちが操られる一件があった。幸いにも死者はゼロ。報告を聞けば、どうやら四天王のアルプによるものらしい」
老婆「それは、本当なのですか」
国王「疑わしいのなら、ほら、聞けばよい。そこにいる」
 顎をしゃくって示した先には、勇者と狩人が立っていた。
 手錠をかけられた姿で。
勇者「……」
狩人「……」
 もちろん老婆は気が気ではなかった。二人に手錠がかけられている理由を全く理解できなかったからだ。

380 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:06:16.12 ID:mCa2nlGM0
老婆「これはどういう……」
国王「そこの二人は幻術にかからなかったらしい。そこの二人だけが幻術にかからなかったのだ。アルプと何らかのつながりがあると想定し、万一を考えている。
老婆「つまり、二人がアルプを手引きした、と?」
国王「儂は王だ。この国を統べ、民の安全を守らねばならない義務がある」
 念には念を、ということなのだろう。王の理屈も理念も老婆には痛いほどよくわかったが、心中は決して穏やかではなかった。
 努めて落ち着こうとして、息を細く吐く。
老婆「して、隣国と組んでいるという証拠は」
国王「それについては、残念ながらない」
老婆「王!」
 思わず声を荒げた。
 証拠がないにもかかわらず、隣国が魔族と手を組んでいるなどと仮定するのは、侮辱以上のなにものでもない。いや、ともするとそれ以上の可能性もありうる。
 老婆の知る国王は無鉄砲な男ではなかった。無節操な男でもなかった。思慮深く、智慧に富み、国と民のことを何よりも重視する男だった。
しかし今はどうだろう。彼の考えていることが、老婆にはわからない。

381 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:06:53.79 ID:mCa2nlGM0
国王「確かに我々は魔族と争いを起こそうとしている。小競り合いは激化し、砦の攻防も、ないわけではない」
国王「が、四天王がいきなり王城に攻撃を仕掛け、あまつさえ途中で引くなどありうると思うか? スタンドプレーを許すほどには、魔族はばらばらではないだろう」
国王「隣国が何らかの目的をもって、アルプを使ったのだ。おそらく。でなければ、それこそその二人が先導したか……」
 余裕を持った表情のまま、国王が勇者と狩人を見る。
 二人の表情は、息苦しさと苛立ちこそあれど、確かに強さがあった。権威や衛兵の数にもひるまない意志の強さが。
 いや……老婆は違和感を覚える。二人の表情が老婆に示すこと。気が付かなければならない大切なこと。
 孫がーー少女がいない。
 その事実に意識を奪われそうになるが、なんとかベクトルを王との会話に振り戻す。おざなりで会話をしていい相手ではないのだ。
 何より彼は老婆を脅迫しているのだから。

382 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:07:21.97 ID:mCa2nlGM0
 老婆は王の先ほどの言葉で理解した。隣国と魔族が結託しているなど、王自身が微塵も信じていないのだと。不信の上で、国の行く末をアジテイトしているのだと。
 否。それはアジテイト、煽動ではない。王のまっさらな瞳がそれを物語っている。彼は確かに往年のままだ。往年のまま、思慮深く、智慧に富み、国と民のことを何よりも重視している。
 しかし、と老婆は唇を噛んだ。水清ければ魚棲まず。まっさらな瞳が見据える世界は、あまりにも苛烈だ。
 王は一足飛びに目的を果たそうとしている。
 魔族と隣国が手を組んでいるのだとでっち上げ、それを旗印に攻め入るつもりなのだ。開戦の口火を切るつもりなのだ。
 それが果たして許されるのだろうか。国と民のためでは、確かにある。が、方法としてそれは善き方法か。
 王は言うだろう。善悪は些末だ、と。
 そして老婆はそれを否定できない。
 なぜなら、彼女もまた、善だの悪だの語れるほど崇高な立場にはいないから。
 人を殺して生を掴んだ人間に語れることなど、何一つないから。

383 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:09:21.64 ID:mCa2nlGM0
王「……」
 王は無言を通じて老婆にこう語りかけている。「仲間を殺して儂に刃向うか、儂を見過ごして仲間を救うか」
 異を唱えれば、王は魔族との内通者として二人を処刑できる。二人がアルプの魅了から逃れられたというのは事実なのだろう。だから二人も黙って捕まっているに違いない。
 老婆は結局、無言を貫いた。
 王を見逃すことになっても、老婆は二人を救いたかった。連れてきたのは自分であるという責任感と、戦争までの猶予で何かできることに賭けたのだ。
王「儂は軍備を指揮せねばならない。そのために、老婆、お前を手元に置いておきたい。手伝ってくれるな」
老婆「……御意」
王「そこの二人の手錠を解け。解放だ」
 王が言うと、すぐに二人の手を縛っていた金具が外された。押し出されるように老婆の前にやってきた二人は、悲痛な面持ちで言う。
狩人「少女が……」
勇者「すまん、俺たちのせいだ」

384 : ◆yufVJNsZ3s :2012/09/19(水) 14:10:01.95 ID:mCa2nlGM0
老婆「王、この二人の話を別室で伺ってもよろしいでしょうか」
国王「許す。必要になったら呼ぶ。それまでは自由にしていてよい。洞穴の調査もご苦労であった」
老婆「ありがたきお言葉でございます。報告は儀仗兵長、その他儀仗兵に任せてあります」
 背後で儀仗兵長が肩を竦める。管理職は大変です、と唇の端を軽く吊り上げ、溜息をついた。
 申し訳ない、と老婆は済まない気持ちでいっぱいだった。儀仗兵長とて老婆と王のやり取りの深い意味をわからないわけではない。しかし彼女はとうに骨を王城にうずめる覚悟をしていた。
 王が立ち上がり衣の裾を翻したのを見て、老婆も転移魔法を唱える。一瞬で空間が歪み、体が空中へと放り出される。
 とある部屋へと転移していた。分厚い本が山積し、広い。兵士の詰所の倍以上ある広さは、権力のある人間の部屋だと一目でわかる。
狩人「ここは?」
老婆「わしの部屋じゃ」
勇者「随分と広いな。さすがって感じだ」
老婆「それで」
 一秒の時間も惜しいと老婆は勇者に詰め寄る。すぐに勇者も真剣な顔つきになって、
勇者「あぁそうだな」