Part3
47 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:33:52.58 ID:Y/uA/VEio
ファミレス
魔女「うーむ……ううむ」ムゥ
ファミレスの禁煙席でメニューを凝視しながら、魔女は唸り声を上げていた。
男(この時間はモーニングだから、そんなに選択肢はないんだけど)
男「随分と悩んでいますね?」
魔女「ん? うむ。ぞんざいに選んで後悔はしたくないからな」
魔女「考えた末の結果であれば、納得もできるだろう……これは魚だな?」
男「ええ」
魔女「魚か……よし。朝からとは少し贅沢かもしれんが、ここはこれを選択してみよう」
48 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:35:43.02 ID:Y/uA/VEio
「おまたせしましたー。ごゆっくりどうぞ」
魔女「来たか。知見がない食事だが、どのような味がするのか……」ワクワク
男「さて、いただきます」
魔女「……む? それを使って食べるのか?」
男「箸ですか? あ、使いづらいんでしたら、フォークやスプーン頼みますか?」
魔女「いや、いい。私もそれで挑戦してみよう」
49 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:37:09.88 ID:Y/uA/VEio
魔女「む……」ポロン
魔女「あ……」
男「……」
魔女「いや、今度こそ。……よし。このまま」
魔女「……あーん」
ポロッ
魔女「……」ムゥ
男「……」
魔女「難しい……。キミは随分器用なのだな」
男「慣れの問題ですよ」
男(……もしかして本当に扱えないのか?)
結局しぶしぶといった表情でフォークを選んだ。
50 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:39:21.23 ID:Y/uA/VEio
魔女「……ふむ、ふむふむ……おぉ……」モグモグ
パクパクと鮭定食を食べる魔女。嬉々として。
男「そ、そう慌てなくていいですよ。落ち着いて」
魔女「……う、うむ。すまぬ。私としたことが、少しはしたなかったな」
魔女「いずれも見たことがない食事だが、美味い。この国は何でも美味いのか?」
男「どうでしょうか? 住んでる身にはあまり分かりません」
魔女「贅沢だな」
男(そうかもしれない)
51 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:41:30.61 ID:Y/uA/VEio
「こちらお下げしますねっ」
魔女「美味しかった。感謝しよう」ニコ
「あら、ありがとうございます! 魔女さまに褒められたってキッチンに伝えておきますね」
僕たちが入店したとき、彼女の格好に店員は少し驚いた顔をした。
しかし、すぐに今日が何の日か思い当たったようで、にこやかに席に案内してくれたのだった。
魔女「ふふふ」
男「? 何か面白いことありましたか?」
魔女「うむ。実は不安だったのだ……ここの場所はまったく知らぬ」
魔女「もしも、いやな目にあったらどうしようかと恐れていたのだ」
魔女「でも、優しいひとたちに会えた。それが嬉しい」
男「そうですか……」
魔女「ああ。思い切って良かった」
ドリンクバーのミルクココアを嬉しそうにちょびちょび飲みつつ、ちょうど差して来た朝日の光に、彼女は目を細める。
魔女といえば夜のイメージだったが、彼女に限ってはそれは違うように見えた。
ひなたが似合う。
男(この子、普段は何している人なんだろう)
52 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:43:01.53 ID:Y/uA/VEio
魔女「それでだ。これから、どうする?」
男「……え?」
我に返ると、ライトブルーに輝く瞳がこちらを見ていた。
男「へ? どこか行く予定のイベントがあるんじゃないんですか?」
魔女「いべんと? いや、予定はないのだ」
男(どこかのコスプレイベントに参加するものだと思っていたが)
男(この衣装で街を周ることができれば満足なのだろうか?)
男「えっと……」
男(どうしよう、困ったぞ)
男「あなたはどこか行きたい場所はないんですか?」
魔女「この国に来たのは初めてだ。どういう場所があるのかも知らぬ」
男「そっか、そうでしたね」
男(忘れてた、こっちの世界のこと何も知らないんだった)
男(……)
男(……じゃなくて。これは設定だ)
男(何だか、本当に何も知らないように見えるときがある……いかんいかん)
53 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:45:30.66 ID:Y/uA/VEio
魔女「……その、実は。希望はある。具体的ではないが」
男「それを言ってもらえると助かります、聞きましょう」
男(どこに行きたいのか、ヒントをください)
魔女「その、私はあれだ。この国の人たちが、どういった暮らしをしているのか、を調査に来たんだ」
魔女「だから、その。そうだ。例えば……、例えばだが。仲の良い人同士が行く、というような場所とかいいのではないかと思う」
男(……仲の良い人同士?)
男「友達同士で遊ぶような場所、そういうことですか?」
魔女「む。まあ、その。それで方向はあっているのだが、その、それよりもう少しだけ仲の良い人というか。男女というか」
見れば、彼女はそっぽを向いている。
男「恋人みたいな?」
魔女「そ、そ、そ! そこまでとは言っていない、言ってはいないが。それに近いような気もする」
54 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:46:50.18 ID:Y/uA/VEio
予想外の発言に面食らったが、しかし同時に少し面白くない考えが首をもたげた。
男(もしかして彼女には、そんな風にして一緒に過ごす予定の人がいたんじゃないだろうか)
男(その人の予定がキャンセルされたから、半ばやけで。僕をその代わりにっていう……)
男「……」
魔女「や、やはり、そういうのはよくないよな! 会ったばかりなのに! す、すまぬ。キミには、何だか好きなことを何でも頼んでしまいたくなるんだ。許せ」
55 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:47:59.60 ID:Y/uA/VEio
男「いえ、いいんですよ。頭を上げて下さい」
男(……頼んだのは彼女だが、今日一緒にいると決めたのは僕だ)
憶測はやめておこうと思った。
どういういきさつがあって魔女の仮装をしたのか、どういう理由があってデートの真似事をしたいのかは知らない。
だが、そもそもが今日のハロウィン一日だけの話。明日には終わっていることだ。
男「そうか、でしたら。そういう感じで行きましょうか」
魔女「!? ほ、本当か? 本当なのか、ありがとう!」ニッコリ
男(この笑顔が見られるんだから良いかってことで……うん。カッコつけすぎだな)
56 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:50:03.14 ID:Y/uA/VEio
「映画なんてオススメですよ。早朝だと人も少ないですし。今、確かリバイバルやってるはずです」
会計のときに、店員さんが教えてくれた。
「しかし、可愛い彼女さんですねえ」
男「いえ違いますよ」
「あ、可愛い魔女さんですね」
そういうことではない。
「でもお兄さんは仮装しないんですか?」
男「僕は仮装はちょっと遠慮しますかね」
「あら、どうしてです?」
男「そこまで吹っ切れないと言うか。僕は魔女の付き添いで十分ですよ」
「もったいない。せっかく彼女さんあんなに張り切っているのに」
だから違う。
57 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:51:13.56 ID:Y/uA/VEio
魔女「良いのか?」
会計が終わって店を出ると、彼女は自分も払いたいと申し出てきた。
男「いいんですよ。こういう場合、男性が奢るものですし」
魔女「……そういうものなのか?」
男(そっちの世界の設定にはそんな風習ないのかな?)
魔女「いや、しかし。キミにばかり負担をかけるのも悪い」ガサゴソ
男「いやいいですってホントに。このくらい、奢らせて下さいよ」
魔女「私がつき合わせているのだ、せめてお金くらいは。どうだろう、これで足るだろうか?」
男「……え?」
男(……こう来ましたか)
彼女の手にのっているのは、金色に輝く大きな硬貨。
男(小道具までそろえているとは隙がない)
58 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:53:22.24 ID:Y/uA/VEio
魔女「金貨であれば、この国でも換金できると思ったのだが」
男「えっと、そうですね。ただ、やはり結構ですよ。大した金額でもないですし」
魔女「いや、しかしだな」
男「それに額が大き過ぎます。こんなに貰っても困りますし、お気持ちだけで」
男(正直こんなおもちゃ貰っても困るし)
魔女「気持ちか。ならば、私の気持ちのために貰ってくれないだろうか?」
男「え?」
魔女「私はキミに何も返礼することができない。だから、せめてこれだけでも受け取ってくれないか」
魔女「無論十分とは到底思わぬ。だが、これを受け取ってもらえれば少しは気後れせずにすむ」
魔女「私のことばかりで、随分都合が良いかもしれぬが……」
男「い、いえ。そこまで言われるんでしたら……」
魔女「そうか、ありがとう!」
彼女の手から『金貨』を受け取る。
男(あれ? 見た目よりも案外重いなこれ)
59 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:55:07.30 ID:Y/uA/VEio
男「これから行く場所なんですけど、映画館なんて良いんじゃないかなって思ったんですが」
魔女「よく分からないが、私はそれでいいぞ。そこは遠いのか?」
男「まあまあの距離なんですよね。歩いて、少し時間かかります」
魔女「ふむ、そうか! 遠いのか。それはちょうどいい」フフン
男「何で嬉しそうなんです?」
魔女「ふふふん。キミは私が誰なのか忘れているようだな!」
男「魔女……ですよね?」
魔女「偉大な魔女だ! そしてこれは箒!」バーン
男「……まさか、飛んでいくとか言わないですよね?」
魔女「何を言う。魔女が飛ばなければ他に何が飛ぶというのだ」
男(鳥とか飛行機とか)
60 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:56:26.76 ID:Y/uA/VEio
魔女「キミくらいだったら私一人で十分にささえられる。しっかり掴んでくれるな?」
男「え、あ、は、はい」
男(え、どうするの、コレ? 飛ぶって言っても、ただの箒だし)
魔女「ふふ。そう緊張するな。私の箒捌きには、なかなか筋があるとおばさまも言っていた」
男(やる気満々……本気だ。まさか)
男(まさか、この子……?)
魔女「よし、箒!」シュイン
61 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:57:24.06 ID:Y/uA/VEio
魔女『きいいいん。飛んでる、私飛んでるぞ!』
箒を股の間に挟み、ちょこちょことした動きで歩いていく彼女。
魔女『ほら、どうした? キミも!』
男『き、きいいいいん』
それに引っ張られながら、飛ぶ真似をしながら歩いていく成人男性。
街中を。奇異の目で見られながら。
男(これをやるつもりじゃあ……)
男(さ、さすがにそれは恥ずかし過ぎるぞ……!)
男(いくらハロウィンとは言え……!)
62 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 11:58:17.47 ID:Y/uA/VEio
男「……待った」ガシッ
魔女「どうした? 忘れ物か」
男「いえ、違います。一緒に空を飛ぶのはまたの機会にしましょう」
魔女「どうしてだ? そちらのほうが早いし楽だぞ」
男「それは、そうなんでしょうが。あえて、ね。あえてですね、ここは歩きを選択しようかな、と」
魔女「なぜだ?」
男「特に理由ってほどの理由はないんですけど」
魔女「……?」
魔女「まさか」ハッ
魔女「も、もしかして……キミは……」
魔女「キミは……」
魔女「もしかして、私と手をつなぐのが嫌なのか……?」シュン
63 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 12:00:17.31 ID:Y/uA/VEio
男「え、えっと。実はですね、ご存知ないと思うんですが。僕の国ではですね、むやみに人前で空を飛ぶことは禁止されているんですよ」
魔女「! そうなのか?」
男「え、ええ。色んなものが飛んでたりするでしょう? この国。だから危ないですしね」
魔女「すまない、そのことは知らなかった。……私は、知らないことばかりだな」
男「それは仕方ありませんよ。こちらに来たばかりですし」
男「それに知らないからこそ、楽しいってものじゃないでしょうか?」
魔女「……そうだな。ありがとう」
男(……何とか乗り切ったが、残念そうな表情を見ると心が痛む)
男(……)
男(いやいやいや。違う違う。彼女はなり切っているだけだぞ)
男(まったく、僕は)
64 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 12:01:33.39 ID:Y/uA/VEio
映画館
魔女「面白い絵がたくさんある……なるほど、ここは画楼か」フム
男「違います」
魔女「違ったか!」ニコニコ
男(楽しそうだな)
魔女「ではここは一体……む!? この香りは」クンクン
男(ポップコーンか)
魔女「ふむ……食べ物のよう、だな……」ジー
男「……」
男(朝食とったばかりなんだけど)
男「……あの、もし食べたいんだったら、頼みます?」
魔女「え、よ、良いのか!?」
男「でも、お腹に入ります? さっき食事したばかりで、あんまり食べられないんじゃ……」
魔女「心配いらぬ。私は偉大な魔女だからな!」フフン
男(魔女って燃費が悪いのかな)
魔女「よし、それでは! この特別甘そうなのが良い!」
男「キャラメル味ですね」
魔女「うむ。それだ、きゃらめる味をくれ!」
「ありがとうございまーす」
65 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 12:02:40.34 ID:Y/uA/VEio
男(それで今から上映されるのは……)
男(リバイバル……この作品か。名作中の名作だな)
男(白黒の古い作品だけど、いいかな?)チラッ
魔女「なかなかこの味は……病み付きになるな」モグモグ
ポップコーンを目一杯ほお張っておられる。
男「ま、いいか。行きましょう」
魔女「ぬ。もう行くのか? これを食べに来たのか?」モグモグ
男「今からが本番です。……館内の規則は守ってくださいね」
魔女「任せておけ。規則は守るものだと知っているぞ」
男(……あ、映画が始まる前に食べきりやがった)
66 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 12:03:38.52 ID:Y/uA/VEio
男「そうですね、なんて言ったらいいんだろう。つまり……」
男「席に座って。あの壁に映る劇を鑑賞するための施設です」
魔女「そうか。劇を観るのは好きだ」
男「それは良かった。内容も気に入るといいんですが」
魔女「どのような話なのだ?」
男「無数にある作品の中でも、非常に名高いものです。こことは違う場所の話なんですがーー」
魔女「ほうほう」
男(……そういや何の希望も言われなかったからこれにしたけど。もし観たことあったらつまらないかな)
男(って言っても確認しようがない。映画なんて観たことがないハズの設定なんだし……)
67 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 12:04:59.83 ID:Y/uA/VEio
男「そんな感じでして……まあ後は観てのお楽しみということです」
魔女「キミは期待をさせることが上手いな。胸が高鳴ってきたよ」
胸をおさえるような仕草をした。
男「ぼ、帽子はとっておいたほうがいいかもしれないですね。後ろの人が観えづらくなるかもしれません」
男(ガラガラだけど)
魔女「分かった」
スポッという擬音が似合う調子で、彼女は三角帽を脱ぐ。
そのまま空席だった隣に置いた。
68 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 12:05:59.83 ID:Y/uA/VEio
上映中
男「……」
男(僕は何度か観たことがあるが)
男(観てて楽しいな。何て言っても圧倒的にヒロインが魅力的なんだ)
男(……どんな反応してるんだろ)チラッ
魔女「……」
男(没頭してらっしゃる)
男「……」
帽子をとった彼女を見るのは初めてだったが、それだけで随分印象が違うように見えた。
作中のヒロインに合わせ、彼女の表情も喜んだり困ったりする。
69 :
◆Jiax/7r6DNu8 :2016/10/27(木) 12:07:24.46 ID:Y/uA/VEio
……
男(このラストシーンがなんとも切ない)
男(決して口にすることのできない想いが、ヒロインの表情や声やそういったものに表れてて)
男(いいな。やっぱりとても良い映画だ)
男(……)
男(っと。ちょっと切なくなってしまった)
男(……どうかな?)
あまりにも静かなので、隣をうかがうと。
彼女は静かに涙を流していた。