女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
Part8
144 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:35:44 ID:uAT
女「…ん」モゾ
女「…ふあ」ムク
優しい朝日に促されて目を開けると、そこには
女「うおっ」
リン「…」
少女のような、寝顔があった。
女(…びっくり、したあ)
昨日のことを思い出す。
ショッピングモールで過ごした、あの時間。
久々に見る華やかなお店のウインドウや、まだ微かに香るコーヒーの匂い。
館内に響いた私のアナウンス。
そして、トウメイ。
女(…疲れ、てるのかな)
リンは小さな寝息を立てていた。 日ごろの堅く冷たい表情が、普通の少年と変わらないものになっている。
髪は解け、座席には黒い艶やかな線が走っていた。
女「…リン」
リン「…」
女「朝だよ、おはよう」
リン「…んん」
女「…朝だよってば」ユサ
リン「!!」バッ
女「うわっ!?」
145 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:40:57 ID:uAT
私の手が肩に触れた瞬間、リンは野生動物のような反応速度で身を引いた。
腰に手が行き、手首には青い筋が浮き出ている。
女「ご、ごめん」
リン「…なんだ、お前か」
溜息をつくと、リンは抜きかけていた折り畳みナイフをポケットに仕舞った。
女(…物騒な)
リン「なんだ、早いな」
女「そうかな?」
リン「まだ6時くらいだぞ」
女「あれ、それ目覚まし時計?」
リン「ああ。6時半にセットしてる」
女「そっか。…えーと、ごめん。まだ眠いんなら」
リン「いい。完全に眠り妨げられたし」
女「あ、…そう」
リン「…ふわ」
リンは猫のようにのびをした。顔にはまだ昨日の疲れが残っているようにも見える。
女(そういえば、昨日はなかなか濃い日だったもんな)
女(私が旅にくっついて、ショッピングモールでは一事件あったし)
146 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:46:23 ID:uAT
女「ねえリン、今日はどうするの」
リン「モールはもう、いいだろ」
女「え?…何で」
リン「何でって、誰もいなかっただろ。クリアもまだ残ってるだろうし、行くメリットはない」
女「そっか」
少し残念な気がする。
リン「顔洗って、飯食って、…さっさと出るか」
女「そうだね」
リン「ガソリンスタンドの中に、スタッフ用の洗面台あったろ。使って来い」
女「はーい」
ザバッ
女「…ぷは」
女「…ふう」キュ
女(ふと思ったんだけど、…私リンと寝たのか)
女(いやいや、表現がおかしいな。ええと、まあ、同じ屋根の下で寝たわけだ)
疲れていたので速攻寝てしまったが、とんでもないことのような気がする。
女「…」
パジャマがわりにしているパーカーをずらし、露出が無いか確認した。
女(…ま、リンに限ってそういうのはないか)
堅そうだし。
女(こういうの、被害妄想っていうのかな)
ドンドン
「おい、まだか。遅い」
女「ご、ごめん!」
147 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:53:24 ID:uAT
ガチャ
リン「顔洗うのに何分かかってるんだ」
女「…色々あったんだよ。着替えとか髪の毛とか」
リン「ふうん」
女「私寝癖すごいし」
リン「どうでもいいな」
リン「…それより」
女「ん?」
リン「そういうダボついた上着は感心しない。どこかに引っかかるかもしれないだろ。あと、靴も」
リンの目線をおい、自分の姿を確認する。
白いチュニックと、ジーンズと、パンプス。
女「動きやすいほうだと思うけど?パンプスも、ヒールはないんだし」
リン「…女っていうのは、どこでも洒落気を出さないと気がすまないのか」
リンは眉根を寄せ、会ってから何度と無く目にした呆れ顔をした。
女(いやいやいや、普通でしょ…?特別オシャレしてるわけじゃないし)
確かにリンの服は機能的だ。簡単に脱ぎ着できて、気温にも合ってる。
(ちなみに今の彼は、無地の黒いパーカーにジーンス、ブーツという隙も色気もない恰好だ)
女「これ、だめですか」
リン「いや、もういい。また着替える時間が勿体無い。どけ」
女「…」
バタン
148 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:58:37 ID:uAT
リンはいつでも効率的な動きをした。
水音が聞こえた一分後、彼は洗面台から出てきた。
女「…あれ、髪は?」
リン「は?」
女「いや、もう簪使わないのかなあって」
リン「…」
ぶすっとしたリン。 白い頬が少し膨らむ。
女「…自分じゃ挿せないの?」
リン「簪が挿せないことが、不都合だとは思わない。だいたい男がするもんじゃない」
女「してあげようか」
リン「いい」スタスタ
女「ちょ、ちょっと待ってよ!折角だし使おうってば」
リン「時間の無駄だ」
女「いや、30秒もかからないから」ガシ
リン「いいって言ってるだろ、離せよ」
女「ほら、貸して。…よいしょ」クル
リン「…あー、もう」
女「はい、完成。ほら、邪魔じゃないでしょ?」
リン「…上手いな」
女「え、ありがとう」
リン「いや、別に褒めてはいない。どうしてこんなどうでもいい技術ばかりあるのか疑問なだけだ」
女「そうですか…」
リン「早く朝飯にしよう。今日も移動するんだからな」スタスタ
女「はいはい…」
149 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:08:01 ID:uAT
朝食は、昨日拝借したビスケットと苺のソース。
ソースのほうは、ある有名な会社が確立した技術で、長期保存が可能らしい。
パックを開けたときにした甘酸っぱい香りに、少し感動してしまった。
女「…美味しい」サク
女「すごいねえ、この会社。味とかも、プロの作ったスイーツみたいだよ」
リン「ソースごときで」フン
女「…リン、何見てるの?」
リン「地図」
女「どこの」
リン「この近辺のに決まってるだろ。馬鹿か」
女「行き先でも決めてるの?」サク
リン「ああ。…」
リンの目線が、地図と手帳を忙しなく行き来する。行き先もちゃんと考えて、効率よく回っているのだろうか?
リンが眉根を寄せて地図とにらめっこしている隙に、手帳に手を伸ばした。
昨日も見ていたし、何が書いているのか、気になって。
リン「…おい」
女「はい」ピタ
リン「人の手帳を触るな」
女「…えー、駄目?」
リンは溜息と共に手帳を拾い上げ、膝の上に移動させた。
女「それ、何を書いてるの」
リン「今後のスケジュールとか、回ったところのデータとか、色々だ」
…なんで見せてくれないのかな。
リン「言っておくが、お前に見せたところで分かりやしない。だから見せる必要もない」
女「し、失礼な」
150 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:20:16 ID:uAT
リン「決めた」パン
女「なにを?」サクサク
リン「今日は、ここに行く」
リンが地図を広げ、指で場所を示した。
女「…山の方面?」
リン「ああ。とにかく北上を続けて、高地へ行く」
女「何で」
リン「タッセルクリアが流行した時、ネットで高地にいると病にかかりやすいというデマが流れた」
女「あ、知ってるよ。あれデマだったんだ」
リン「まあ人と隔離されているという点では都会よりマシだがな。とにかくデマだ」
女「それを信じた人が、残っているかもしれないね?」
リン「そういうことだ」
くるくると地図を丸め、リンは立ち上がった。
リン「…いつまで食べてる。行き先も決まったし、行くぞ」
女「あ、はーい。もう一枚」サク
リン「…はあ」
ブロン
リン「よし、…行くぞ」
女「はーい」
リンがアクセルをゆっくり踏み込んだ。丁寧な迂回をし、駐車場を出る。
ミラーを見た。
巨大な廃墟と化したモールは、ミラーの中でどんどん小さくなっていって。
ついに、街路樹に阻まれて見えなくなった。
女(さよなら)
私はまた一つ、自分のいた場所から遠ざかったのだ。
151 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:27:36 ID:uAT
リン「おい」
流れる町並みをぼんやりと眺めていたら、突然声をかけられた。
女「ん?」
リン「後部座席の下に、クリアファイルがあるだろ。取って」
女「…ええと、これ?」
リン「中に入ってる書類を読め」
女「どうして」
リン「お前は質問が多い。3歳児か」
女「だ、だって」
リン「病のことやクリアに関しての資料がある。お前は一段と危なっかしいから、読んでおけ」
女「…資料」
そんなものが。
確かに私は、トウメイや病に関しての知識が薄い。
女「分かった。知らなきゃいけないもんね」
ファイルの中は結構分厚い。少し眩暈がしたが、自分を鼓舞して資料を開いた。
女(…タッセルクリア症候群について)
資料は全て手書きだった。丸みを帯びた、子どもっぽい筆跡。
女(…リンが?)チラ
リン「どうした。早く読め」
あのマメな少年のことだ。こういう資料も、先のことを見越して作っていたに違いない。
気を取り直し、手元に目を落とした。
152 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:33:29 ID:uAT
タッセルクリア症候群について。
発生源は未だはっきりとはしていないが、恐らく北欧地域の風土病だったとされる。
ある研究では、13世紀前半に猛威をふるったが、その後なぜか急激に衰退したとされている。
書物や絵画など、病気を示唆する内容の資料はあまり残されていないらしい。
治療法なども当時確立されておらず、何故治まったのかは不明。
資料が少ない理由としては、流行った地域が極めて限定的なことが挙げられる。
現在でも、病を防ぐ方法は確立されていない。
タッセルクリアは伝染病であり、飛まつ、接触(濃厚接触、軽度接触両方を含む)などが主な感染源。
感染率はきわめて高く、死体などから出される青い液体に少しでも触れた場合、感染成立となる。
女「…」
女(頭痛くなってきた)クラ
153 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:40:10 ID:uAT
感染した場合、ほぼ100パーセントの人間が死に至る。
感染後個人差はあるが、1〜12時間以内に頭部が水風船のように膨れ上がり、破裂。
その際本来あるべき脳組織や血液、骨などはなく、ただ青い液体だけが飛び散る。
つまり、患者は青い液体となる。
死体は頭部を失った後、溶けるように透けていき、例の液体と化す。
そのまま蒸発していくのがほとんど。
しかし、半分以上が「クリア」と呼ばれる二次災害を起こす不可解な生命体となる。
女(…クリア、か)ペラ
「クリア」について
政府の報道からは一切語られなかった、二次災害生物。
恐らくタッセルクリア病患者の、死後の姿(?)
青く透明な、ある程度の粘度を持つ体をしている。
形はさまざまであり、運動機能も違ってきている。
共通するのは、発声器官の有無(目視による、だが)に関わらず、人に似たうめき声のような音を出すこと。
そして、もうひとつ。
女「…」
奴らは人を捕らえ、食べる。
正確には、とりこむ。
154 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:46:50 ID:uAT
一度だけ、被害にあったであろう男性の姿をみたことがある。
彼は足を怪我し、動けないところを取り込まれたようだった。
まずクリアの体が彼に延びていき、全身を覆う。
男性はもがくが、そのたびにクリアは体の形を変え、執拗に纏わりついた。
男性は恐らく、窒息して死に至る。
クリアはそのまま包囲を続け、男性の体は急速に溶かされていく。
そして、数分後には彼を殺したクリアとは微妙に色の違う、新たなクリアができあがるのだ。
女「…リン」
リン「なんだ」
女「クリアの食べる、って。…同じ仲間にしてしまう、ってこと?」
リン「そうだ」
女「…ど、どういうこと、これ。見たことあるの?」
リン「…ああ」
女「男の人が、溶かされて、って。…ほ、ほんと?」
リン「そうだ」
女「…」
リン「とにかく、奴らはあの手この手で体に纏わりついてこようとする。丁度アメーバに似ているんだ」
女「…窒息死、か」
リン「ああ」
女「…辛かったね」
リン「彼は、…だろうな。もがいていた」
女「ううん。その殺された男性もそうだけど、リンも」
リン「…は?」
155 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:52:09 ID:uAT
女「だってリンは、その人のこと助けられなかったんでしょ」
リン「…そうだな」
女「辛かった、よね」
リン「…」
女「目の前で人が死んでいく姿なんて、…」
リン「…変な奴」
女「え?」
リン「普通、何で助けてあげなかったのとか言うだろ。何で可哀相なんだ、俺が」
女「い、いや。だって」
リン「嘘だ」
女「え」
リン「これは人づてに聞いた話だ。俺が見たわけじゃない」
女「な、なんだ。そっか」
リン「お前、騙されやすいな」
女「リアルなんだもん!変な嘘つかないでよ」
リン「ああ」
女(…何考えてるんだか)
ふと、気づく。
リンに纏わりつく、「既に会った生き残り」 の影。
聞きたい。
けど、
リン「…」
聞いたら、駄目な気がして。
女(…色々、あるよね)
私は手元に目を戻すのだ。
156 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:59:57 ID:uAT
クリアは、それほど力があるわけではない。 動きがすばやいものも稀だ。
ただ、一度でも触れると二度と離れない危険性がある。
クリアに触れるのは、死に直結する。
リーチの長い武器や、とび具で処分するのが一番だろう。
クリアの発生場所についてだが、一応テリトリーのようなものはあるようだ。
例えばAビルにいるクリアが、隣のBビルに移ることはない。
大体がAビルの中で、さ迷う。 何か意図があるのだろうか、それは不明だ。
夜は特に注意すること。動きが活発になる場合が多い。
「生き残り」について
タッセルクリアに感染しなかった人物も、ある程度いるようだ。
これまでの旅では数名に出会った。
訳あって一緒に行動することは叶わなかったが、今でも元気にしていることを願うばかりだ。
生き残りは、きっとまだいる。 希望を捨てず、自分に今やれることをやっていくことにする。
女「…ん」モゾ
女「…ふあ」ムク
優しい朝日に促されて目を開けると、そこには
女「うおっ」
リン「…」
少女のような、寝顔があった。
女(…びっくり、したあ)
昨日のことを思い出す。
ショッピングモールで過ごした、あの時間。
久々に見る華やかなお店のウインドウや、まだ微かに香るコーヒーの匂い。
館内に響いた私のアナウンス。
そして、トウメイ。
女(…疲れ、てるのかな)
リンは小さな寝息を立てていた。 日ごろの堅く冷たい表情が、普通の少年と変わらないものになっている。
髪は解け、座席には黒い艶やかな線が走っていた。
女「…リン」
リン「…」
女「朝だよ、おはよう」
リン「…んん」
女「…朝だよってば」ユサ
リン「!!」バッ
女「うわっ!?」
145 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:40:57 ID:uAT
私の手が肩に触れた瞬間、リンは野生動物のような反応速度で身を引いた。
腰に手が行き、手首には青い筋が浮き出ている。
女「ご、ごめん」
リン「…なんだ、お前か」
溜息をつくと、リンは抜きかけていた折り畳みナイフをポケットに仕舞った。
女(…物騒な)
リン「なんだ、早いな」
女「そうかな?」
リン「まだ6時くらいだぞ」
女「あれ、それ目覚まし時計?」
リン「ああ。6時半にセットしてる」
女「そっか。…えーと、ごめん。まだ眠いんなら」
リン「いい。完全に眠り妨げられたし」
女「あ、…そう」
リン「…ふわ」
リンは猫のようにのびをした。顔にはまだ昨日の疲れが残っているようにも見える。
女(そういえば、昨日はなかなか濃い日だったもんな)
女(私が旅にくっついて、ショッピングモールでは一事件あったし)
146 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:46:23 ID:uAT
女「ねえリン、今日はどうするの」
リン「モールはもう、いいだろ」
女「え?…何で」
リン「何でって、誰もいなかっただろ。クリアもまだ残ってるだろうし、行くメリットはない」
女「そっか」
少し残念な気がする。
リン「顔洗って、飯食って、…さっさと出るか」
女「そうだね」
リン「ガソリンスタンドの中に、スタッフ用の洗面台あったろ。使って来い」
女「はーい」
ザバッ
女「…ぷは」
女「…ふう」キュ
女(ふと思ったんだけど、…私リンと寝たのか)
女(いやいや、表現がおかしいな。ええと、まあ、同じ屋根の下で寝たわけだ)
疲れていたので速攻寝てしまったが、とんでもないことのような気がする。
女「…」
パジャマがわりにしているパーカーをずらし、露出が無いか確認した。
女(…ま、リンに限ってそういうのはないか)
堅そうだし。
女(こういうの、被害妄想っていうのかな)
ドンドン
「おい、まだか。遅い」
女「ご、ごめん!」
147 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:53:24 ID:uAT
ガチャ
リン「顔洗うのに何分かかってるんだ」
女「…色々あったんだよ。着替えとか髪の毛とか」
リン「ふうん」
女「私寝癖すごいし」
リン「どうでもいいな」
リン「…それより」
女「ん?」
リン「そういうダボついた上着は感心しない。どこかに引っかかるかもしれないだろ。あと、靴も」
リンの目線をおい、自分の姿を確認する。
白いチュニックと、ジーンズと、パンプス。
女「動きやすいほうだと思うけど?パンプスも、ヒールはないんだし」
リン「…女っていうのは、どこでも洒落気を出さないと気がすまないのか」
リンは眉根を寄せ、会ってから何度と無く目にした呆れ顔をした。
女(いやいやいや、普通でしょ…?特別オシャレしてるわけじゃないし)
確かにリンの服は機能的だ。簡単に脱ぎ着できて、気温にも合ってる。
(ちなみに今の彼は、無地の黒いパーカーにジーンス、ブーツという隙も色気もない恰好だ)
女「これ、だめですか」
リン「いや、もういい。また着替える時間が勿体無い。どけ」
女「…」
バタン
148 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:58:37 ID:uAT
リンはいつでも効率的な動きをした。
水音が聞こえた一分後、彼は洗面台から出てきた。
女「…あれ、髪は?」
リン「は?」
女「いや、もう簪使わないのかなあって」
リン「…」
ぶすっとしたリン。 白い頬が少し膨らむ。
女「…自分じゃ挿せないの?」
リン「簪が挿せないことが、不都合だとは思わない。だいたい男がするもんじゃない」
女「してあげようか」
リン「いい」スタスタ
女「ちょ、ちょっと待ってよ!折角だし使おうってば」
リン「時間の無駄だ」
女「いや、30秒もかからないから」ガシ
リン「いいって言ってるだろ、離せよ」
女「ほら、貸して。…よいしょ」クル
リン「…あー、もう」
女「はい、完成。ほら、邪魔じゃないでしょ?」
リン「…上手いな」
女「え、ありがとう」
リン「いや、別に褒めてはいない。どうしてこんなどうでもいい技術ばかりあるのか疑問なだけだ」
女「そうですか…」
リン「早く朝飯にしよう。今日も移動するんだからな」スタスタ
女「はいはい…」
朝食は、昨日拝借したビスケットと苺のソース。
ソースのほうは、ある有名な会社が確立した技術で、長期保存が可能らしい。
パックを開けたときにした甘酸っぱい香りに、少し感動してしまった。
女「…美味しい」サク
女「すごいねえ、この会社。味とかも、プロの作ったスイーツみたいだよ」
リン「ソースごときで」フン
女「…リン、何見てるの?」
リン「地図」
女「どこの」
リン「この近辺のに決まってるだろ。馬鹿か」
女「行き先でも決めてるの?」サク
リン「ああ。…」
リンの目線が、地図と手帳を忙しなく行き来する。行き先もちゃんと考えて、効率よく回っているのだろうか?
リンが眉根を寄せて地図とにらめっこしている隙に、手帳に手を伸ばした。
昨日も見ていたし、何が書いているのか、気になって。
リン「…おい」
女「はい」ピタ
リン「人の手帳を触るな」
女「…えー、駄目?」
リンは溜息と共に手帳を拾い上げ、膝の上に移動させた。
女「それ、何を書いてるの」
リン「今後のスケジュールとか、回ったところのデータとか、色々だ」
…なんで見せてくれないのかな。
リン「言っておくが、お前に見せたところで分かりやしない。だから見せる必要もない」
女「し、失礼な」
150 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:20:16 ID:uAT
リン「決めた」パン
女「なにを?」サクサク
リン「今日は、ここに行く」
リンが地図を広げ、指で場所を示した。
女「…山の方面?」
リン「ああ。とにかく北上を続けて、高地へ行く」
女「何で」
リン「タッセルクリアが流行した時、ネットで高地にいると病にかかりやすいというデマが流れた」
女「あ、知ってるよ。あれデマだったんだ」
リン「まあ人と隔離されているという点では都会よりマシだがな。とにかくデマだ」
女「それを信じた人が、残っているかもしれないね?」
リン「そういうことだ」
くるくると地図を丸め、リンは立ち上がった。
リン「…いつまで食べてる。行き先も決まったし、行くぞ」
女「あ、はーい。もう一枚」サク
リン「…はあ」
ブロン
リン「よし、…行くぞ」
女「はーい」
リンがアクセルをゆっくり踏み込んだ。丁寧な迂回をし、駐車場を出る。
ミラーを見た。
巨大な廃墟と化したモールは、ミラーの中でどんどん小さくなっていって。
ついに、街路樹に阻まれて見えなくなった。
女(さよなら)
私はまた一つ、自分のいた場所から遠ざかったのだ。
151 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:27:36 ID:uAT
リン「おい」
流れる町並みをぼんやりと眺めていたら、突然声をかけられた。
女「ん?」
リン「後部座席の下に、クリアファイルがあるだろ。取って」
女「…ええと、これ?」
リン「中に入ってる書類を読め」
女「どうして」
リン「お前は質問が多い。3歳児か」
女「だ、だって」
リン「病のことやクリアに関しての資料がある。お前は一段と危なっかしいから、読んでおけ」
女「…資料」
そんなものが。
確かに私は、トウメイや病に関しての知識が薄い。
女「分かった。知らなきゃいけないもんね」
ファイルの中は結構分厚い。少し眩暈がしたが、自分を鼓舞して資料を開いた。
女(…タッセルクリア症候群について)
資料は全て手書きだった。丸みを帯びた、子どもっぽい筆跡。
女(…リンが?)チラ
リン「どうした。早く読め」
あのマメな少年のことだ。こういう資料も、先のことを見越して作っていたに違いない。
気を取り直し、手元に目を落とした。
152 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:33:29 ID:uAT
タッセルクリア症候群について。
発生源は未だはっきりとはしていないが、恐らく北欧地域の風土病だったとされる。
ある研究では、13世紀前半に猛威をふるったが、その後なぜか急激に衰退したとされている。
書物や絵画など、病気を示唆する内容の資料はあまり残されていないらしい。
治療法なども当時確立されておらず、何故治まったのかは不明。
資料が少ない理由としては、流行った地域が極めて限定的なことが挙げられる。
現在でも、病を防ぐ方法は確立されていない。
タッセルクリアは伝染病であり、飛まつ、接触(濃厚接触、軽度接触両方を含む)などが主な感染源。
感染率はきわめて高く、死体などから出される青い液体に少しでも触れた場合、感染成立となる。
女「…」
女(頭痛くなってきた)クラ
153 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:40:10 ID:uAT
感染した場合、ほぼ100パーセントの人間が死に至る。
感染後個人差はあるが、1〜12時間以内に頭部が水風船のように膨れ上がり、破裂。
その際本来あるべき脳組織や血液、骨などはなく、ただ青い液体だけが飛び散る。
つまり、患者は青い液体となる。
死体は頭部を失った後、溶けるように透けていき、例の液体と化す。
そのまま蒸発していくのがほとんど。
しかし、半分以上が「クリア」と呼ばれる二次災害を起こす不可解な生命体となる。
女(…クリア、か)ペラ
「クリア」について
政府の報道からは一切語られなかった、二次災害生物。
恐らくタッセルクリア病患者の、死後の姿(?)
青く透明な、ある程度の粘度を持つ体をしている。
形はさまざまであり、運動機能も違ってきている。
共通するのは、発声器官の有無(目視による、だが)に関わらず、人に似たうめき声のような音を出すこと。
そして、もうひとつ。
女「…」
奴らは人を捕らえ、食べる。
正確には、とりこむ。
154 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:46:50 ID:uAT
一度だけ、被害にあったであろう男性の姿をみたことがある。
彼は足を怪我し、動けないところを取り込まれたようだった。
まずクリアの体が彼に延びていき、全身を覆う。
男性はもがくが、そのたびにクリアは体の形を変え、執拗に纏わりついた。
男性は恐らく、窒息して死に至る。
クリアはそのまま包囲を続け、男性の体は急速に溶かされていく。
そして、数分後には彼を殺したクリアとは微妙に色の違う、新たなクリアができあがるのだ。
女「…リン」
リン「なんだ」
女「クリアの食べる、って。…同じ仲間にしてしまう、ってこと?」
リン「そうだ」
女「…ど、どういうこと、これ。見たことあるの?」
リン「…ああ」
女「男の人が、溶かされて、って。…ほ、ほんと?」
リン「そうだ」
女「…」
リン「とにかく、奴らはあの手この手で体に纏わりついてこようとする。丁度アメーバに似ているんだ」
女「…窒息死、か」
リン「ああ」
女「…辛かったね」
リン「彼は、…だろうな。もがいていた」
女「ううん。その殺された男性もそうだけど、リンも」
リン「…は?」
155 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:52:09 ID:uAT
女「だってリンは、その人のこと助けられなかったんでしょ」
リン「…そうだな」
女「辛かった、よね」
リン「…」
女「目の前で人が死んでいく姿なんて、…」
リン「…変な奴」
女「え?」
リン「普通、何で助けてあげなかったのとか言うだろ。何で可哀相なんだ、俺が」
女「い、いや。だって」
リン「嘘だ」
女「え」
リン「これは人づてに聞いた話だ。俺が見たわけじゃない」
女「な、なんだ。そっか」
リン「お前、騙されやすいな」
女「リアルなんだもん!変な嘘つかないでよ」
リン「ああ」
女(…何考えてるんだか)
ふと、気づく。
リンに纏わりつく、「既に会った生き残り」 の影。
聞きたい。
けど、
リン「…」
聞いたら、駄目な気がして。
女(…色々、あるよね)
私は手元に目を戻すのだ。
156 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:59:57 ID:uAT
クリアは、それほど力があるわけではない。 動きがすばやいものも稀だ。
ただ、一度でも触れると二度と離れない危険性がある。
クリアに触れるのは、死に直結する。
リーチの長い武器や、とび具で処分するのが一番だろう。
クリアの発生場所についてだが、一応テリトリーのようなものはあるようだ。
例えばAビルにいるクリアが、隣のBビルに移ることはない。
大体がAビルの中で、さ迷う。 何か意図があるのだろうか、それは不明だ。
夜は特に注意すること。動きが活発になる場合が多い。
「生き残り」について
タッセルクリアに感染しなかった人物も、ある程度いるようだ。
これまでの旅では数名に出会った。
訳あって一緒に行動することは叶わなかったが、今でも元気にしていることを願うばかりだ。
生き残りは、きっとまだいる。 希望を捨てず、自分に今やれることをやっていくことにする。
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
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