女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
Part25
549 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:22:47 ID:ezj
ミキが癌にかかった。
ヨシコが蒼白になった顔で告げたとき、俺は言葉を失った。
「あの子、何も言ってなかったのに」
急に入院するからしばらく連絡できない、と電話があったらしい。
声帯を取る手術をしなければならない、とも言われた。
「もうあの子、歌えないんですね」
ヨシコは疲れた顔に涙を浮かべ、小さく呟いた。
俺は会社に休暇願いを出した。
書斎の引き出しから、すこし曲がった招待券を取り出した。
ヨシコにそれを見せると、少し微笑んだ。
「今更」
「いくじのない人。ミキが言ってくれなければ、あなたなんかとうに見捨ててた」
俺はヨシコに土下座した。
すまない、と何度も詫びて、離婚も申し出た。
「今更」
ヨシコは笑った。
「全てが遅いのねえ、あなたは。…でも」
「行かないよりは、マシだわ。行ってらっしゃい」
愛想がつきた、見捨てようとも思った。
そういった割には優しい手つきで俺にネクタイを結ぶと、ヨシコは俺を送り出してくれた。
550 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:35:27 ID:ezj
…。
結局、
何も間に合わなかった。
俺はレストランに向かう途中、奇妙な光景を見た。
人の頭が爆発する光景だ。
空港で足止めをくった。
あいつの声がなくなるまえに、会って話をしたいのに。
天罰なのだろうか、これは。
小難しい名前の病気が首都で確認され、感染が拡大しているとニュースで見た。
関係ない。
俺は息子に謝らなければいけない。
飛行機を諦め、俺は車で息子のもとに向かった。
道路は逃げ惑う人々で混みあっていた。
俺は、
間に合わなかった。
551 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:39:52 ID:ezj
やっとの思いでレストランにたどり着いたとき。
空っぽの店内を覗き込んだとき。
ならば病院に向かおうと、車に戻ったとき。
俺は頭の中で奇妙な水音を聞いていた。
洗濯機を回すような音だった。最初は小さいその音が、だんだん耐え切れないほど大きくなって。
俺は渋滞した道路の真ん中で、頭を破裂させた。
ミキ。
会うこともできなかった。
本当は知っていた。
あの招待券の名前の欄には、ヨシコじゃなくて俺の名前が書かれていたことも。
分かっていた。
けど、俺は遅すぎた。
お前の気持ちを踏みにじるだけ踏みにじった後、俺は死んだ。
ミキ、俺を
俺を
552 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:47:35 ID:ezj
もういい、と腕をつかまれた。
ミキの赤いネイルが私の肌に食い込んでいた。
ミキ「…」
クリアは、まだ破裂しない。
ミキ「…父さん」
ミキ「本当、…いくじなしなんだから」
クリアが大きな雫をおとす。
ミキ「辛かったし、怒ってたし、悲しかったわよ」
ミキ「けど」
ミキ「…」
ミキ「もう、いいじゃない」
クリアが、膨らみはじめた。
ミキ「私は父さんに会いたくて、券を渡した。時間はかかったけど、父さんは来てくれた。それでいいじゃない」
ミキ「父さんが私を許したように、私も父さんを許した。…それで、いいじゃない」
ミキ「恨んでるか、なんて。…今更聞かないでよ」
ぱしゃ、ぱしゃ、と。
大きな水音をさせながらクリアは緩やかな速度で膨張していく。
ミキ「お父さん」
ミキの声が、幼い響を持った。少年のように、小首を傾げて彼はクリアを覗きこんだ。
ミキ「私の歌、どうだった?」
「、…」
クリアが、水音に混じって言葉を搾り出した。
「じょうず、だ った」
553 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:52:08 ID:ezj
「おまえ、は」
ミキ「…」
水風船のように、膨らんでいく。
「おれの」
ミキ「…」
「おれの、だいじな」
もう、消える。
「大事な息子だ」
ミキ「うん。あなたも、私の大事な父親よ」
ミキが手を伸ばして、クリアに触れた。
逞しい、植物の幹を思わせる腕で父親を掻き抱いた。
ミキ「ありがとう、お父さん」
「…ありがとう、ミキ」
青い水が飛散した。
554 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:57:03 ID:ezj
青い水はすぐに床に染みて、見えなくなった。
ミキ「…」
ミキはだらりと両手を垂れると、鼻を啜った。
女「ミキ」
ミキ「…ありがとうね、二人とも」
リン「ああ」
ミキ「…ダメ親父でさあ、申し訳ない。大変だったでしょう」
リン「いいや」
ミキ「…なあんだ。…来てたんだ」
ミキは小さな笑みを唇に浮かべると、父親が消えていった痕を撫でた。
ミキ「外に、出ない?」
女「え」
ミキ「ちょっと歩こうよ」
ミキは私とリンの腕をとると、滑るように歩き出した。
その手が以前より透けていることに、私は気づいた。
555 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:00:26 ID:ezj
月光が海に反射し、きらきらと輝いている。
静かに波が砕け、あわ立っている。
ミキ「…会えてよかったな」
ミキがぽつりと呟いた。
ミキ「…リンと女のおかげだよ。ありがと」
女「ううん、そんな」
リン「まあそうだな」
女「リン…。謙虚さがない」
ミキ「あはは。…もう、良いコンビだな」
女「…」
私は黙って、ミキの透ける体を見つめる。
ミキ「あのさあ」
女「うん」
ミキ「…あんたらさ、生きてて楽しい?」
リン「はあ?」
ミキ「ぶっちゃけ、どうよ?こんな人っ子一人いないところでさ」
女「この流れでそんなこと聞く?」
ミキ「いいじゃん、どうなの」
リン「…」
女「…」
556 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:05:41 ID:ezj
女「楽しい、よ」
私は正直に言った。
女「勿論楽しくないことだって山ほどあるけど、それでも楽しいよ」
ミキ「そっか、…リンは?」
リン「全然楽しくない。疲れる」
女「ええ…」
リン「…けど、辛くは無い。だから俺は生きる」
ミキ「素直じゃないわねー。女ちゃんといれて楽しいですって言いなさいよ」
リン「はあ!!?」
ミキ「女ちゃん、この天邪鬼は本当はめっちゃ楽しんでるから」
女「へー」
リン「黙れ!!!」
ミキがけらけらと笑った。
笑うたびに体が揺れて、月光を透かしている。
まるで、もう空に上ろうとしているかのように。
ミキ「…あのね、私は二人といれて楽しかったわよ。めちゃくちゃ」
女「あ、嬉しい」
ミキ「…でもね、それ以前は違ったわ。一人ぼっちで辛くて、死にたかった」
リン「…」
もう死んでるだろと言おうとしたリンの足を、踏みつける。
557 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:11:01 ID:ezj
ミキ「でね、結局つきつめて考えるとさ」
ミキ「…自分以外の誰かがいるから、成り立つことなんだよね」
腕を組み、諭すようにミキは言う。
ミキ「だからね、あんたら。一緒にいなさいよ」
リン「ああ」
ミキ「…離れちゃ、だめよ」
ミキが腕を解き、リンを真っ直ぐに見つめた。
ミキ「リン。キノミヤ・リン」
リン「ああ」
ミキ「…あなたの傍には、こんなに可愛くて良い友人がいるんだから」
女「え、」
ミキ「…失くしたものを、もう帰ってこないものを盲目的に求めるのをやめなさい」
リン「…」
リンとミキの視線が、一度もぶれることなくぶつかりあう。
ミキ「今あるものを、大事にしなさい」
リン「…そうする。そうしている」
ミキ「…」
ミキがふう、と息を吐いた。私のほうに向き直る。
ミキ「…女。こいつを見捨てないでね」
女「見捨てる?…」
それは、逆のような気がする。
558 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:15:32 ID:ezj
ミキ「絶対に、二人とも離れちゃだめよ」
ミキ「人は一人ぼっちじゃ生きていけない。心が死ぬんだから」
女「…」
ミキ「リン、そうでしょ?」
リン「…ああ」
ミキ「…。彼の考え、ちゃんと汲んであげてね。お願い」
リン「ああ」
ミキの体が頼りなさげに揺れる。私はたまらず叫んだ。
女「ミキも」
ミキ「え?」
女「…ミキも、一人にしないよ。一緒に旅をしようよ。ね?」
リン「…」
リンは少し俯き、何も言わない。
ミキ「女」
ミキは柔らかく微笑んだ。
ミキ「私は一人ぼっちになんか、ならないよ」
風が吹いた。
ミキの足が、連れ去られるように崩れていくのを、確かに見た。
559 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:21:27 ID:ezj
ミキ「先に行くね、二人とも」
女「ま、」
待って。
そういって手を伸ばそうとした私を、リンが引っ張った。
ミキ「仲良くしなさいよ、せいぜい」
ミキ「希望を捨てないで。あのね、誰かがいたら人っていくらでも頑張れるものなの。だから」
私はリンの細い腕を抱きしめた。
顔をうずめて、踏ん張った。
そうしないと、ミキにすがってしまいそうな気がした。
ミキ「お願い、叶えてくれてありがとう」
さらさらと、星砂のような光を放ってミキが消えていく。
ミキ「ばいばい」
最後ににこりと微笑んだ。
美しい衣装と、私が贈ったネックレスが音もなく砂浜に落ちた。
リンが私の頭に手を回した。
自分の肩にしっかり抱いて、不器用な手つきで撫でた。
私は、
私はもう泣いても大丈夫だって思ったから、遠慮なく声をあげた。
遠くで波音がしていた。
ミキの歌声に、どこか似ていた。
560 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:26:21 ID:ezj
ひとしきり泣いたあと、私は服とネックレスを拾い上げた。
嗚咽をあげながら、リンに手を引かれて店に入る。
リン「…座ってるか?」
女「う、ううん」
リン「そうか」
リンはゆっくりと裏口に回り、ミキの死体があった場所へ歩いた。
女「…」
カーテンをあけると、確かに彼の死体は消えていた。
リン「あ」
トルソーの下に、光る物があった。
リン「鍵、だ」
ミキが身に着けていたものだろうか。
女「…レジ、の下。鍵、かかってる扉あった…」
しゃっくり上げながら言うと、リンはまたも私の手を引きながら店に戻った。
小さな鍵を穴に差し込むと、少し軋んだ音がして開いた。
リン「…」
小さな引き出しに、一冊のファイルがあった。
563 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:30:36 ID:ezj
リン「あったな」
女「うん…」
リン「…」
リンの指が強張り、不安定にファイルを支える。
女「見ないの?」
リン「今は、いい」
リン「…疲れただろ。今日はもう、休もう」
女「…」
小さく頷くと、リンは微笑んだ。
店から私達の私物を出し、車に積みなおした。
空っぽになったような店。ミキの声が無い店。
リン「…消すぞ」
女「待って」
店の電気を落とそうとしたリンを制し、私はステージへと向かった。
ミキが身に着けていたドレスと、ネックレスを丁寧に畳んでステージに置く。
564 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:35:08 ID:ezj
女「…」
リン「楽しかったな」
リンがぽつりと呟いた。
女「うん」
リン「…」
リンがぐるりと店を見渡す。
ミキの姿がないレストランは、死んだ生き物のようにも思えた。
女「…ねえ、リン」
リン「ん?」
女「私と一緒にいてくれる?」
リン「何だ、今更」
女「聞きたくなって。…どう?」
リン「…」
リンは黙って私の手を握った。もう慣れた、自然な動作で私の手を引く。
リン「当たり前だろ」
短く、頼もしい一言を放つと、電気のスイッチに手を伸ばす。
リン「さよなら」
女「…」
ぱちん。
光が消え、波の音だけが暗闇に微かに響いた。
さようなら、と私も口の中で呟いた。
565 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:35:47 ID:ezj
海とレストラン編、終了です。
また今度更新します
566 :名無し :2015/10/11(日)16:39:20 ID:Pgx
面白かった!乙!
567 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:44:26 ID:Yjo
面白かったです!初めてリアルタイムで見られて良かった!続きも楽しみにしています。
568 :将軍◆eyes.h//4. :2015/10/11(日)19:03:12 ID:n9j
泣いた
569 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)21:38:07 ID:XHd
同じく泣いた
本屋で売られてたら買いたい、マジで
570 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)22:17:13 ID:Mlz
応援してます
571 :名無しさん@おーぷん :2015/10/12(月)03:11:24 ID:vYF
目から汗が
572 :名無しさん@おーぷん :2015/10/12(月)16:43:21 ID:FmS
泣いた
573 :名無しさん@おーぷん :2015/10/12(月)19:46:46 ID:BHz
眼球の隙間から液体が出ているようです
578 :名無しさん@おーぷん :2015/10/13(火)18:42:43 ID:jwe
泣いたの自分だけじゃなかったw
普段何か読んだり観たりでなくことなんか全くないのに…
応援してます!
ミキが癌にかかった。
ヨシコが蒼白になった顔で告げたとき、俺は言葉を失った。
「あの子、何も言ってなかったのに」
急に入院するからしばらく連絡できない、と電話があったらしい。
声帯を取る手術をしなければならない、とも言われた。
「もうあの子、歌えないんですね」
ヨシコは疲れた顔に涙を浮かべ、小さく呟いた。
俺は会社に休暇願いを出した。
書斎の引き出しから、すこし曲がった招待券を取り出した。
ヨシコにそれを見せると、少し微笑んだ。
「今更」
「いくじのない人。ミキが言ってくれなければ、あなたなんかとうに見捨ててた」
俺はヨシコに土下座した。
すまない、と何度も詫びて、離婚も申し出た。
「今更」
ヨシコは笑った。
「全てが遅いのねえ、あなたは。…でも」
「行かないよりは、マシだわ。行ってらっしゃい」
愛想がつきた、見捨てようとも思った。
そういった割には優しい手つきで俺にネクタイを結ぶと、ヨシコは俺を送り出してくれた。
550 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:35:27 ID:ezj
…。
結局、
何も間に合わなかった。
俺はレストランに向かう途中、奇妙な光景を見た。
人の頭が爆発する光景だ。
空港で足止めをくった。
あいつの声がなくなるまえに、会って話をしたいのに。
天罰なのだろうか、これは。
小難しい名前の病気が首都で確認され、感染が拡大しているとニュースで見た。
関係ない。
俺は息子に謝らなければいけない。
飛行機を諦め、俺は車で息子のもとに向かった。
道路は逃げ惑う人々で混みあっていた。
俺は、
間に合わなかった。
551 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:39:52 ID:ezj
やっとの思いでレストランにたどり着いたとき。
空っぽの店内を覗き込んだとき。
ならば病院に向かおうと、車に戻ったとき。
俺は頭の中で奇妙な水音を聞いていた。
洗濯機を回すような音だった。最初は小さいその音が、だんだん耐え切れないほど大きくなって。
俺は渋滞した道路の真ん中で、頭を破裂させた。
ミキ。
会うこともできなかった。
本当は知っていた。
あの招待券の名前の欄には、ヨシコじゃなくて俺の名前が書かれていたことも。
分かっていた。
けど、俺は遅すぎた。
お前の気持ちを踏みにじるだけ踏みにじった後、俺は死んだ。
ミキ、俺を
俺を
552 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:47:35 ID:ezj
もういい、と腕をつかまれた。
ミキの赤いネイルが私の肌に食い込んでいた。
ミキ「…」
クリアは、まだ破裂しない。
ミキ「…父さん」
ミキ「本当、…いくじなしなんだから」
クリアが大きな雫をおとす。
ミキ「辛かったし、怒ってたし、悲しかったわよ」
ミキ「けど」
ミキ「…」
ミキ「もう、いいじゃない」
クリアが、膨らみはじめた。
ミキ「私は父さんに会いたくて、券を渡した。時間はかかったけど、父さんは来てくれた。それでいいじゃない」
ミキ「父さんが私を許したように、私も父さんを許した。…それで、いいじゃない」
ミキ「恨んでるか、なんて。…今更聞かないでよ」
ぱしゃ、ぱしゃ、と。
大きな水音をさせながらクリアは緩やかな速度で膨張していく。
ミキ「お父さん」
ミキの声が、幼い響を持った。少年のように、小首を傾げて彼はクリアを覗きこんだ。
ミキ「私の歌、どうだった?」
「、…」
クリアが、水音に混じって言葉を搾り出した。
「じょうず、だ った」
553 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:52:08 ID:ezj
「おまえ、は」
ミキ「…」
水風船のように、膨らんでいく。
「おれの」
ミキ「…」
「おれの、だいじな」
もう、消える。
「大事な息子だ」
ミキ「うん。あなたも、私の大事な父親よ」
ミキが手を伸ばして、クリアに触れた。
逞しい、植物の幹を思わせる腕で父親を掻き抱いた。
ミキ「ありがとう、お父さん」
「…ありがとう、ミキ」
青い水が飛散した。
青い水はすぐに床に染みて、見えなくなった。
ミキ「…」
ミキはだらりと両手を垂れると、鼻を啜った。
女「ミキ」
ミキ「…ありがとうね、二人とも」
リン「ああ」
ミキ「…ダメ親父でさあ、申し訳ない。大変だったでしょう」
リン「いいや」
ミキ「…なあんだ。…来てたんだ」
ミキは小さな笑みを唇に浮かべると、父親が消えていった痕を撫でた。
ミキ「外に、出ない?」
女「え」
ミキ「ちょっと歩こうよ」
ミキは私とリンの腕をとると、滑るように歩き出した。
その手が以前より透けていることに、私は気づいた。
555 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:00:26 ID:ezj
月光が海に反射し、きらきらと輝いている。
静かに波が砕け、あわ立っている。
ミキ「…会えてよかったな」
ミキがぽつりと呟いた。
ミキ「…リンと女のおかげだよ。ありがと」
女「ううん、そんな」
リン「まあそうだな」
女「リン…。謙虚さがない」
ミキ「あはは。…もう、良いコンビだな」
女「…」
私は黙って、ミキの透ける体を見つめる。
ミキ「あのさあ」
女「うん」
ミキ「…あんたらさ、生きてて楽しい?」
リン「はあ?」
ミキ「ぶっちゃけ、どうよ?こんな人っ子一人いないところでさ」
女「この流れでそんなこと聞く?」
ミキ「いいじゃん、どうなの」
リン「…」
女「…」
556 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:05:41 ID:ezj
女「楽しい、よ」
私は正直に言った。
女「勿論楽しくないことだって山ほどあるけど、それでも楽しいよ」
ミキ「そっか、…リンは?」
リン「全然楽しくない。疲れる」
女「ええ…」
リン「…けど、辛くは無い。だから俺は生きる」
ミキ「素直じゃないわねー。女ちゃんといれて楽しいですって言いなさいよ」
リン「はあ!!?」
ミキ「女ちゃん、この天邪鬼は本当はめっちゃ楽しんでるから」
女「へー」
リン「黙れ!!!」
ミキがけらけらと笑った。
笑うたびに体が揺れて、月光を透かしている。
まるで、もう空に上ろうとしているかのように。
ミキ「…あのね、私は二人といれて楽しかったわよ。めちゃくちゃ」
女「あ、嬉しい」
ミキ「…でもね、それ以前は違ったわ。一人ぼっちで辛くて、死にたかった」
リン「…」
もう死んでるだろと言おうとしたリンの足を、踏みつける。
557 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:11:01 ID:ezj
ミキ「でね、結局つきつめて考えるとさ」
ミキ「…自分以外の誰かがいるから、成り立つことなんだよね」
腕を組み、諭すようにミキは言う。
ミキ「だからね、あんたら。一緒にいなさいよ」
リン「ああ」
ミキ「…離れちゃ、だめよ」
ミキが腕を解き、リンを真っ直ぐに見つめた。
ミキ「リン。キノミヤ・リン」
リン「ああ」
ミキ「…あなたの傍には、こんなに可愛くて良い友人がいるんだから」
女「え、」
ミキ「…失くしたものを、もう帰ってこないものを盲目的に求めるのをやめなさい」
リン「…」
リンとミキの視線が、一度もぶれることなくぶつかりあう。
ミキ「今あるものを、大事にしなさい」
リン「…そうする。そうしている」
ミキ「…」
ミキがふう、と息を吐いた。私のほうに向き直る。
ミキ「…女。こいつを見捨てないでね」
女「見捨てる?…」
それは、逆のような気がする。
558 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:15:32 ID:ezj
ミキ「絶対に、二人とも離れちゃだめよ」
ミキ「人は一人ぼっちじゃ生きていけない。心が死ぬんだから」
女「…」
ミキ「リン、そうでしょ?」
リン「…ああ」
ミキ「…。彼の考え、ちゃんと汲んであげてね。お願い」
リン「ああ」
ミキの体が頼りなさげに揺れる。私はたまらず叫んだ。
女「ミキも」
ミキ「え?」
女「…ミキも、一人にしないよ。一緒に旅をしようよ。ね?」
リン「…」
リンは少し俯き、何も言わない。
ミキ「女」
ミキは柔らかく微笑んだ。
ミキ「私は一人ぼっちになんか、ならないよ」
風が吹いた。
ミキの足が、連れ去られるように崩れていくのを、確かに見た。
559 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:21:27 ID:ezj
ミキ「先に行くね、二人とも」
女「ま、」
待って。
そういって手を伸ばそうとした私を、リンが引っ張った。
ミキ「仲良くしなさいよ、せいぜい」
ミキ「希望を捨てないで。あのね、誰かがいたら人っていくらでも頑張れるものなの。だから」
私はリンの細い腕を抱きしめた。
顔をうずめて、踏ん張った。
そうしないと、ミキにすがってしまいそうな気がした。
ミキ「お願い、叶えてくれてありがとう」
さらさらと、星砂のような光を放ってミキが消えていく。
ミキ「ばいばい」
最後ににこりと微笑んだ。
美しい衣装と、私が贈ったネックレスが音もなく砂浜に落ちた。
リンが私の頭に手を回した。
自分の肩にしっかり抱いて、不器用な手つきで撫でた。
私は、
私はもう泣いても大丈夫だって思ったから、遠慮なく声をあげた。
遠くで波音がしていた。
ミキの歌声に、どこか似ていた。
560 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:26:21 ID:ezj
ひとしきり泣いたあと、私は服とネックレスを拾い上げた。
嗚咽をあげながら、リンに手を引かれて店に入る。
リン「…座ってるか?」
女「う、ううん」
リン「そうか」
リンはゆっくりと裏口に回り、ミキの死体があった場所へ歩いた。
女「…」
カーテンをあけると、確かに彼の死体は消えていた。
リン「あ」
トルソーの下に、光る物があった。
リン「鍵、だ」
ミキが身に着けていたものだろうか。
女「…レジ、の下。鍵、かかってる扉あった…」
しゃっくり上げながら言うと、リンはまたも私の手を引きながら店に戻った。
小さな鍵を穴に差し込むと、少し軋んだ音がして開いた。
リン「…」
小さな引き出しに、一冊のファイルがあった。
563 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:30:36 ID:ezj
リン「あったな」
女「うん…」
リン「…」
リンの指が強張り、不安定にファイルを支える。
女「見ないの?」
リン「今は、いい」
リン「…疲れただろ。今日はもう、休もう」
女「…」
小さく頷くと、リンは微笑んだ。
店から私達の私物を出し、車に積みなおした。
空っぽになったような店。ミキの声が無い店。
リン「…消すぞ」
女「待って」
店の電気を落とそうとしたリンを制し、私はステージへと向かった。
ミキが身に着けていたドレスと、ネックレスを丁寧に畳んでステージに置く。
564 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:35:08 ID:ezj
女「…」
リン「楽しかったな」
リンがぽつりと呟いた。
女「うん」
リン「…」
リンがぐるりと店を見渡す。
ミキの姿がないレストランは、死んだ生き物のようにも思えた。
女「…ねえ、リン」
リン「ん?」
女「私と一緒にいてくれる?」
リン「何だ、今更」
女「聞きたくなって。…どう?」
リン「…」
リンは黙って私の手を握った。もう慣れた、自然な動作で私の手を引く。
リン「当たり前だろ」
短く、頼もしい一言を放つと、電気のスイッチに手を伸ばす。
リン「さよなら」
女「…」
ぱちん。
光が消え、波の音だけが暗闇に微かに響いた。
さようなら、と私も口の中で呟いた。
565 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:35:47 ID:ezj
海とレストラン編、終了です。
また今度更新します
566 :名無し :2015/10/11(日)16:39:20 ID:Pgx
面白かった!乙!
567 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:44:26 ID:Yjo
面白かったです!初めてリアルタイムで見られて良かった!続きも楽しみにしています。
568 :将軍◆eyes.h//4. :2015/10/11(日)19:03:12 ID:n9j
泣いた
569 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)21:38:07 ID:XHd
同じく泣いた
本屋で売られてたら買いたい、マジで
570 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)22:17:13 ID:Mlz
応援してます
目から汗が
572 :名無しさん@おーぷん :2015/10/12(月)16:43:21 ID:FmS
泣いた
573 :名無しさん@おーぷん :2015/10/12(月)19:46:46 ID:BHz
眼球の隙間から液体が出ているようです
578 :名無しさん@おーぷん :2015/10/13(火)18:42:43 ID:jwe
泣いたの自分だけじゃなかったw
普段何か読んだり観たりでなくことなんか全くないのに…
応援してます!
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