女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
Part21
386 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)11:09:26 ID:X4p
何を考えているんだ、私は。今まで何とも思ってなかったじゃないか。リンだぞ、リン。
あの堅物が何かモーションをかけてくるわけないじゃないか、自意識過剰だ。
それに私なんか全然可愛くないし女っぽくないし体つきだってちんちくりんだしそれからそれから
リン「なあ」
女「はいっ!?」
リンがもぞ、と体の向きを変えてこちらを見る。
切れ長の目が、こちらを流し見るみたいに細められた。
リン「気にしてるのか」
女「な、にを」
リン「ミキの話」
女「え、…」
リン「でも、しょうがないだろ?車の中じゃスペースもないし」
女「き、気にしてないよ?」
リン「ふうん。俺もそうだ。気にしたこと無い」
女「う、うん。だろうね」
リン「でもそれは、俺がこういう性格で、男だからだ。異性の気持ちなんか分からん」
リンの目線が、痛い。私は自分の膝を凝視することに決めた。
ああ、そういえば私は何でショートパンツなんか履いてるんだろう。いくらなんでも、女性として…。
リン「…」
ふっ、とすぐ横で空気の漏れる音がした。
笑ったのだ、リンが。
いつもとは雰囲気の違う、なんだか、その、とにかく違う空気を纏った微笑で、私を試してるみたいに。
心臓の音が、耳元で暴れまわる。
リン「…寝ろ」
リンは、電気を消した。
388 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)11:16:09 ID:X4p
…翌日、ミキの元気な声で起こされた。
目が充血してるわよ、それにクマがある!…とミキに指摘された。
女「…」
顔を洗って鏡を見ると、確かに。
そこには寝不足の私の顔があった。
女(…何だったんだ、あの笑い…)
ミキ「おーんなっ」
女「うわっ!?」
ミキ「ね、朝ごはんに使う卵をとりたいから手伝ってくれない?」
女「う、うん!勿論」
…。
私は鏡の前で、一発頬を叩いた。
女(くだらない考えはよそう。ただでさえリンに鬱陶しがられるんだから)
はい、ナシ。昨日の全部ナシ。忘れよう。
店の外でミキが呼んでいる。リンが傍らで、だるそうに欠伸している。
…あくび?
リン「遅い」
リンのとろんとした目が、眠そうに何度か瞬いた。
女「…」
私は何も見ていない。
393 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)11:50:28 ID:X4p
ミキ「よし、ゲットー」
鶏の巣から、ミキが卵を取る。
産みたての卵がつやつやと朝日を受けて輝いていた。
ミキ「はい、カゴに入れるわね。割らないでよ」
リン「はいはい」
女「…んしょ」ガサ
私はというと、精一杯の背伸びをして栗をもごうとしていた。
落ちたのを拾おうと思ったのだが、虫食いだらけですでに使えなかった。
ミキがモンブランをおやつに作ってくれると言ったのだ。手にイガが刺さろうが、取るしかない。
女「ぐぬ…」
しかし、高い。全然届かない。
太い枝に脚をかけ、精一杯腕を伸ばす。ちりちりと筋が痛み、攣りそうだ。
女「…っ」
リン「何してる」
リンが少し下で、呆れたように声を出した。
女「な、何って。栗を」
リン「下の拾えよ。こういう実のほうが食べごろなんだぞ」
女「…虫に食べられてたり、動物が中身持って行ってるんだ」
リン「ふうん」
リンが目を細めて私を見上げる。と。
女「うわ!!?」
腰に、いきなり温かな違和感を感じた。体が震え、少しバランスを崩す。
女「な、に!」
リン「いや、支えてやろうかと思って」
リンが真顔で返した。腰を見ると、リンの腕が私の腰に添えられていた。
394 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)11:56:05 ID:X4p
女「い、いい。自分でできる」
リン「できてないだろ」
女「手、離してよ。大丈夫だから」
リン「ふうん」
リンの手が、するりと私の体の上を滑って下ろされた。
顔が、熱い。
リンに腕をつかまれたり、抱えられたり、色々今まで接触はあったはずなのに
今は、なんだか、…どうしてもダメだ。
女「…っ」
伸ばした手に、固い棘が刺さった。
気にせず何個か取り、急いで下に下りる。
女「…カゴに入れていい?」
リン「ん」
ぼとぼと、とリンの持つかごに栗を落とすと、
リン「…手、大丈夫か」
リンの細い指が、私の手を絡め取った。
女「…っ」
思わず、力をこめて引き抜く。
リンはきょとんとした顔でこちらを見た。
女「あ、大丈夫、だから」
リン「そう」
女「…」
395 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)12:01:24 ID:X4p
目玉焼きとベーコンをトーストに乗せた朝食を済ませた後、ミキがおもむろに口を開いた。
ミキ「さて、ちびっこたち」
リン「その呼び方をするな。二度と」
ミキ「んもう、固いわねー。あのね、早速私のステージの準備をしてほしいのっ」
女「うん」
ミキ「ええと、まず女ちゃんは私の衣装の手直しをして欲しいの」
女「私、お裁縫得意だよ!」
ミキ「良かった。リン、はねー」
ミキが赤い爪をリンに向ける。
リン「…何だ」
ミキ「特別なお願いがあるの。あんた、強い?」
リン「体力に自信はある」
ミキ「だと思った。身のこなしが普通じゃないもん。…それを見込んで、なんだけど」
ミキがリンの耳に口を寄せ、何かこしょこしょと言った。
リンの眉がひそめられる。
リン「何で?」
ミキ「んふ、どうしても」
リン「…必要なことなら、やるが」
ミキ「お願い。よろしくね」
396 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)12:05:46 ID:X4p
ミキの言葉に、憮然とした表情のままリンが立ち上がった。
リン「ったく、…面倒な」
ミキ「大変だと思うけど、よろしくねー」
リン「ああ」
リンはそのまま、店から出た。
女「…何?リンはなにするの」
ミキ「ないしょ」
女「えー…」
ミキ「まあ、大丈夫よ!心配しないで。女ちゃんはさっさと衣装の手直しをしてよね」
女「うん」
私は余韻を残すように揺れる玄関のベルから、やっと目を離す。
ミキ「それに、リンと離れたほうがいいでしょ?」
ミキが耳元で、小さく囁いた。思わず、身を引く。
女「な、んで」
ミキ「えー。倦怠期っぽかったから」
女「なにそれ!…カップルじゃないんだから」
ミキ「ふふーん」
ミキがふわふわと私の周りを旋回し、勘ぐるような目線を向けてきた。
女「も、もう。やめて」
412 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:14:38 ID:pyp
ミキ「さ、着いてきて」
ミキが私の前を泳いでいく。彼の履くヒールの繊細さに思わず見入る。
私はミキに続いて、スタッフルームの奥まで歩いていった。
ミキ「えっと、ここなんだけど」
女「うん」
白いドアの前で止まったミキは、ふとこちらを振り返った。
女「…?どうかした?」
ミキ「ええ、と。その…。私ね、ここに入れないの」
女「は、い?」
ミキ「見て」
ミキが青い血管の浮いた手を伸ばし、ドアノブに触れた。
いや、…触れてはいない。彼の手は金のノブをすっと通り過ぎた。
女「ええっ!?」
ミキ「このドアだけ、触れないのよー。死んでから一回も入ってない」
女「そんな、急に幽霊的な設定を…」
413 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:21:26 ID:pyp
ミキ「何だかね、こう、この部屋の前では居心地も悪くて」
そういいながら、睫毛を伏せる。少し長い手入れされた爪を、いじっている。
女「…そっか、分かった。じゃあ私一人で行くね」
私はミキの肩にそっと触れたあと、ドアノブに手をかけた。
ミキ「あのね。ここ、私のパウダールームなんだけど。…白いカーテンがかかってる奥に、トルソーがあって」
女「うん」
ミキ「そこに衣装が、かかってるから…。えっと、できれば化粧品も持ってきて」
女「分かった」
ミキ「それと、…」
ミキの少し茶色がかった目が、じっと私を見つめた。
女「…なに?」
ミキ「あのね、…びっくりしないでね」
それだけ言うと、ミキはそっとドアの前から退いた。
女「…?」
私は冷たいノブに手をかける。ぎい、と少し錆びた音がして、ドアが開いた。
中は、しんと冷えていた。
ミキが入れないせいか、中は結構ほこりっぽい。
けれど、可愛らしいドレッサーやたくさんのハンガーにかけられた服を見て、ちょっと心が和んだ。
女「お洒落さんなんだな、ミキ…」
結構きわどい衣装もあって、声を出して笑う。リンに見せたら眉間にシワを寄せそうだ。
女「えーと、…白いカーテンの奥、と」
きしきしと音を立てる床を踏みしめ、歩く。
415 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:28:25 ID:pyp
女「あ、これか」
私はカーテンで仕切ってあるスペースの前で立ち止まった。
ミキはきっとここで着替えていたのだろう。
女「よ、っと」
滑らかなカーテンに手をかけ、
しゃっ。と、開く。
女「…え、」
私は、その姿勢のまま固まった。
女「ミ、キ…?」
そう。
ミキだ。
黒いトルソーにかけられた、マーメイドラインの衣装。
その裾を握って、倒れているあの人影は。
女「…」
ぴくりとも動かず、眠るように目を閉じた、ミキだった。
416 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:34:20 ID:pyp
一歩、後退する。
触れたら、「なに?」といって目をこすりながら起きそうな、
でも、呼吸をしていない、彼。
女「ミ、…キ」
口の中が乾き、鼻の奥がつんとした。
女「…」
でも、ぐっと我慢した。
ミキはこれを忠告してくれたのだな。
女「…ここで、死んだの?」
そっと語りかけると、私の息でドレスが揺れた。
美しい服だった。うっすらと青く透けた生地、全体にかかったラメと、パール。
女「…最後に、これを着たかったのかな」
答えは、ない。
女「借りるね、ミキ」
私は彼の耳にそっとささやくと、服を丁寧にトルソーから外した。
握られた裾も、そっと引き剥がす。
ミキの手は、その形のまま硬直していた。
女「…」
鼻の奥が、つんとした。
417 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:39:55 ID:pyp
女「…取ってきたよ」
ミキ「ありがと」
ミキは廊下に背を預け、うっすらと微笑んで私を迎えた。
ミキ「ごめん。…嫌な物見せちゃって」
女「ううん」
嫌ではなかった。ミキは綺麗だったし、ただ、ただ。
ミキ「私ね、最後の最後にどうしてもあの服を着たかったの。お気に入りだったから」
ミキがあはは、と空笑いしながら頬をかく。
ミキ「…でも、裾に手をかけて引っ張ったとき、限界が来ちゃったんだ」
女「…」
目の前の、天女が着るような淡い美しい衣。
ミキが最後にどうしても欲した、たからもの。
ミキ「だからさ、ほら。引っ張ったからほつれちゃってるでしょ?ここの飾りも取れそうだし」
女「…そだね」
ミキ「女」
女「…」
ミキがふわりと空を滑って、私の目の前に立つ。
ミキ「泣いてるの?」
女「泣いて、ないよ」
私は奥歯をかみ締めて、声が震えないよう精一杯力を入れた。
ミキ「…」
女「泣かないよ、ミキ」
ミキ「…女は優しいのね」
ふわり、とした温かさが頭に注がれた。気づけば、私はミキの胸に抱き寄せられていた。
418 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:45:33 ID:pyp
ミキ「…良い子ねえ、あんた。本当。ありがとう」
女「…」
ミキの手は、透けていて重さも拍動もない。
けど、確かに微かな温かさがあった。
ミキ「よしよし。大丈夫、私はここにいるから。あんなの、ただの抜け殻よ」
女「ミ、キ」
ミキ「んー?」
女「ごめん、ね」
ミキ「え、何を謝ることがあんのよー」
女「だって、だって」
ミキの人生最後のお願いを叶えてあげられてたら、どんなに良かったか。
ミキ「ありがと、女」
ミキの手が、何度も何度も私の髪の上を滑る。
その優しさに、私は、少しだけ顔の力を緩めた。
涙が一粒、頬を転がり落ちた。
「…なにやってる」
ミキ「うおっ」
女「わ、っ!?」
前方から、ぶすっとして機嫌の悪い声が飛んできた。
リン「ふーん。…」
リンは顎を上げて目を細め、抱き合う私達を見た。
419 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:50:49 ID:pyp
ミキ「なによお、もう帰ってきたの?」
リン「バイ・セクシャルって便利なものだな。女性もさぞ油断するだろう」
女「あのう、何を言ってるのリン」
ミキ「やあだ誤解よー。女ちゃんがベソかいてたから慰めてあげた、だ、け」
そう言うと、ミキは一層私をきつく抱きしめた。平たい胸に頬がつく。
リン「…」
リンは一層眉間にシワを寄せた。
女「ちょ、ちょっとミキ。もういいってば」
リン「だそうだ」
ミキ「はーい。恥ずかしがらなくていいのに」
女「そ、そういうことじゃなくて」
私は静かに解かれたミキの逞しい腕を、少し名残惜しい気持ちで眺める。
女「…」
横から、じっとりと絡む視線を感じた。
女「…な、何?」
リン「別に」
リンが髪を揺らしてそっぽを向く。完全に何か誤解をしている。
女「あの、本当に慰めてもらっただけだから」
リン「はいはい」
何を考えているんだ、私は。今まで何とも思ってなかったじゃないか。リンだぞ、リン。
あの堅物が何かモーションをかけてくるわけないじゃないか、自意識過剰だ。
それに私なんか全然可愛くないし女っぽくないし体つきだってちんちくりんだしそれからそれから
リン「なあ」
女「はいっ!?」
リンがもぞ、と体の向きを変えてこちらを見る。
切れ長の目が、こちらを流し見るみたいに細められた。
リン「気にしてるのか」
女「な、にを」
リン「ミキの話」
女「え、…」
リン「でも、しょうがないだろ?車の中じゃスペースもないし」
女「き、気にしてないよ?」
リン「ふうん。俺もそうだ。気にしたこと無い」
女「う、うん。だろうね」
リン「でもそれは、俺がこういう性格で、男だからだ。異性の気持ちなんか分からん」
リンの目線が、痛い。私は自分の膝を凝視することに決めた。
ああ、そういえば私は何でショートパンツなんか履いてるんだろう。いくらなんでも、女性として…。
リン「…」
ふっ、とすぐ横で空気の漏れる音がした。
笑ったのだ、リンが。
いつもとは雰囲気の違う、なんだか、その、とにかく違う空気を纏った微笑で、私を試してるみたいに。
心臓の音が、耳元で暴れまわる。
リン「…寝ろ」
リンは、電気を消した。
388 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)11:16:09 ID:X4p
…翌日、ミキの元気な声で起こされた。
目が充血してるわよ、それにクマがある!…とミキに指摘された。
女「…」
顔を洗って鏡を見ると、確かに。
そこには寝不足の私の顔があった。
女(…何だったんだ、あの笑い…)
ミキ「おーんなっ」
女「うわっ!?」
ミキ「ね、朝ごはんに使う卵をとりたいから手伝ってくれない?」
女「う、うん!勿論」
…。
私は鏡の前で、一発頬を叩いた。
女(くだらない考えはよそう。ただでさえリンに鬱陶しがられるんだから)
はい、ナシ。昨日の全部ナシ。忘れよう。
店の外でミキが呼んでいる。リンが傍らで、だるそうに欠伸している。
…あくび?
リン「遅い」
リンのとろんとした目が、眠そうに何度か瞬いた。
女「…」
私は何も見ていない。
393 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)11:50:28 ID:X4p
ミキ「よし、ゲットー」
鶏の巣から、ミキが卵を取る。
産みたての卵がつやつやと朝日を受けて輝いていた。
ミキ「はい、カゴに入れるわね。割らないでよ」
リン「はいはい」
女「…んしょ」ガサ
私はというと、精一杯の背伸びをして栗をもごうとしていた。
落ちたのを拾おうと思ったのだが、虫食いだらけですでに使えなかった。
ミキがモンブランをおやつに作ってくれると言ったのだ。手にイガが刺さろうが、取るしかない。
女「ぐぬ…」
しかし、高い。全然届かない。
太い枝に脚をかけ、精一杯腕を伸ばす。ちりちりと筋が痛み、攣りそうだ。
女「…っ」
リン「何してる」
リンが少し下で、呆れたように声を出した。
女「な、何って。栗を」
リン「下の拾えよ。こういう実のほうが食べごろなんだぞ」
女「…虫に食べられてたり、動物が中身持って行ってるんだ」
リン「ふうん」
リンが目を細めて私を見上げる。と。
女「うわ!!?」
腰に、いきなり温かな違和感を感じた。体が震え、少しバランスを崩す。
女「な、に!」
リン「いや、支えてやろうかと思って」
リンが真顔で返した。腰を見ると、リンの腕が私の腰に添えられていた。
394 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)11:56:05 ID:X4p
女「い、いい。自分でできる」
リン「できてないだろ」
女「手、離してよ。大丈夫だから」
リン「ふうん」
リンの手が、するりと私の体の上を滑って下ろされた。
顔が、熱い。
リンに腕をつかまれたり、抱えられたり、色々今まで接触はあったはずなのに
今は、なんだか、…どうしてもダメだ。
女「…っ」
伸ばした手に、固い棘が刺さった。
気にせず何個か取り、急いで下に下りる。
女「…カゴに入れていい?」
リン「ん」
ぼとぼと、とリンの持つかごに栗を落とすと、
リン「…手、大丈夫か」
リンの細い指が、私の手を絡め取った。
女「…っ」
思わず、力をこめて引き抜く。
リンはきょとんとした顔でこちらを見た。
女「あ、大丈夫、だから」
リン「そう」
女「…」
395 :名無しさん@おーぷん :2015/09/27(日)12:01:24 ID:X4p
目玉焼きとベーコンをトーストに乗せた朝食を済ませた後、ミキがおもむろに口を開いた。
ミキ「さて、ちびっこたち」
リン「その呼び方をするな。二度と」
ミキ「んもう、固いわねー。あのね、早速私のステージの準備をしてほしいのっ」
女「うん」
ミキ「ええと、まず女ちゃんは私の衣装の手直しをして欲しいの」
女「私、お裁縫得意だよ!」
ミキ「良かった。リン、はねー」
ミキが赤い爪をリンに向ける。
リン「…何だ」
ミキ「特別なお願いがあるの。あんた、強い?」
リン「体力に自信はある」
ミキ「だと思った。身のこなしが普通じゃないもん。…それを見込んで、なんだけど」
ミキがリンの耳に口を寄せ、何かこしょこしょと言った。
リンの眉がひそめられる。
リン「何で?」
ミキ「んふ、どうしても」
リン「…必要なことなら、やるが」
ミキ「お願い。よろしくね」
ミキの言葉に、憮然とした表情のままリンが立ち上がった。
リン「ったく、…面倒な」
ミキ「大変だと思うけど、よろしくねー」
リン「ああ」
リンはそのまま、店から出た。
女「…何?リンはなにするの」
ミキ「ないしょ」
女「えー…」
ミキ「まあ、大丈夫よ!心配しないで。女ちゃんはさっさと衣装の手直しをしてよね」
女「うん」
私は余韻を残すように揺れる玄関のベルから、やっと目を離す。
ミキ「それに、リンと離れたほうがいいでしょ?」
ミキが耳元で、小さく囁いた。思わず、身を引く。
女「な、んで」
ミキ「えー。倦怠期っぽかったから」
女「なにそれ!…カップルじゃないんだから」
ミキ「ふふーん」
ミキがふわふわと私の周りを旋回し、勘ぐるような目線を向けてきた。
女「も、もう。やめて」
412 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:14:38 ID:pyp
ミキ「さ、着いてきて」
ミキが私の前を泳いでいく。彼の履くヒールの繊細さに思わず見入る。
私はミキに続いて、スタッフルームの奥まで歩いていった。
ミキ「えっと、ここなんだけど」
女「うん」
白いドアの前で止まったミキは、ふとこちらを振り返った。
女「…?どうかした?」
ミキ「ええ、と。その…。私ね、ここに入れないの」
女「は、い?」
ミキ「見て」
ミキが青い血管の浮いた手を伸ばし、ドアノブに触れた。
いや、…触れてはいない。彼の手は金のノブをすっと通り過ぎた。
女「ええっ!?」
ミキ「このドアだけ、触れないのよー。死んでから一回も入ってない」
女「そんな、急に幽霊的な設定を…」
413 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:21:26 ID:pyp
ミキ「何だかね、こう、この部屋の前では居心地も悪くて」
そういいながら、睫毛を伏せる。少し長い手入れされた爪を、いじっている。
女「…そっか、分かった。じゃあ私一人で行くね」
私はミキの肩にそっと触れたあと、ドアノブに手をかけた。
ミキ「あのね。ここ、私のパウダールームなんだけど。…白いカーテンがかかってる奥に、トルソーがあって」
女「うん」
ミキ「そこに衣装が、かかってるから…。えっと、できれば化粧品も持ってきて」
女「分かった」
ミキ「それと、…」
ミキの少し茶色がかった目が、じっと私を見つめた。
女「…なに?」
ミキ「あのね、…びっくりしないでね」
それだけ言うと、ミキはそっとドアの前から退いた。
女「…?」
私は冷たいノブに手をかける。ぎい、と少し錆びた音がして、ドアが開いた。
中は、しんと冷えていた。
ミキが入れないせいか、中は結構ほこりっぽい。
けれど、可愛らしいドレッサーやたくさんのハンガーにかけられた服を見て、ちょっと心が和んだ。
女「お洒落さんなんだな、ミキ…」
結構きわどい衣装もあって、声を出して笑う。リンに見せたら眉間にシワを寄せそうだ。
女「えーと、…白いカーテンの奥、と」
きしきしと音を立てる床を踏みしめ、歩く。
415 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:28:25 ID:pyp
女「あ、これか」
私はカーテンで仕切ってあるスペースの前で立ち止まった。
ミキはきっとここで着替えていたのだろう。
女「よ、っと」
滑らかなカーテンに手をかけ、
しゃっ。と、開く。
女「…え、」
私は、その姿勢のまま固まった。
女「ミ、キ…?」
そう。
ミキだ。
黒いトルソーにかけられた、マーメイドラインの衣装。
その裾を握って、倒れているあの人影は。
女「…」
ぴくりとも動かず、眠るように目を閉じた、ミキだった。
416 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:34:20 ID:pyp
一歩、後退する。
触れたら、「なに?」といって目をこすりながら起きそうな、
でも、呼吸をしていない、彼。
女「ミ、…キ」
口の中が乾き、鼻の奥がつんとした。
女「…」
でも、ぐっと我慢した。
ミキはこれを忠告してくれたのだな。
女「…ここで、死んだの?」
そっと語りかけると、私の息でドレスが揺れた。
美しい服だった。うっすらと青く透けた生地、全体にかかったラメと、パール。
女「…最後に、これを着たかったのかな」
答えは、ない。
女「借りるね、ミキ」
私は彼の耳にそっとささやくと、服を丁寧にトルソーから外した。
握られた裾も、そっと引き剥がす。
ミキの手は、その形のまま硬直していた。
女「…」
鼻の奥が、つんとした。
417 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:39:55 ID:pyp
女「…取ってきたよ」
ミキ「ありがと」
ミキは廊下に背を預け、うっすらと微笑んで私を迎えた。
ミキ「ごめん。…嫌な物見せちゃって」
女「ううん」
嫌ではなかった。ミキは綺麗だったし、ただ、ただ。
ミキ「私ね、最後の最後にどうしてもあの服を着たかったの。お気に入りだったから」
ミキがあはは、と空笑いしながら頬をかく。
ミキ「…でも、裾に手をかけて引っ張ったとき、限界が来ちゃったんだ」
女「…」
目の前の、天女が着るような淡い美しい衣。
ミキが最後にどうしても欲した、たからもの。
ミキ「だからさ、ほら。引っ張ったからほつれちゃってるでしょ?ここの飾りも取れそうだし」
女「…そだね」
ミキ「女」
女「…」
ミキがふわりと空を滑って、私の目の前に立つ。
ミキ「泣いてるの?」
女「泣いて、ないよ」
私は奥歯をかみ締めて、声が震えないよう精一杯力を入れた。
ミキ「…」
女「泣かないよ、ミキ」
ミキ「…女は優しいのね」
ふわり、とした温かさが頭に注がれた。気づけば、私はミキの胸に抱き寄せられていた。
418 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:45:33 ID:pyp
ミキ「…良い子ねえ、あんた。本当。ありがとう」
女「…」
ミキの手は、透けていて重さも拍動もない。
けど、確かに微かな温かさがあった。
ミキ「よしよし。大丈夫、私はここにいるから。あんなの、ただの抜け殻よ」
女「ミ、キ」
ミキ「んー?」
女「ごめん、ね」
ミキ「え、何を謝ることがあんのよー」
女「だって、だって」
ミキの人生最後のお願いを叶えてあげられてたら、どんなに良かったか。
ミキ「ありがと、女」
ミキの手が、何度も何度も私の髪の上を滑る。
その優しさに、私は、少しだけ顔の力を緩めた。
涙が一粒、頬を転がり落ちた。
「…なにやってる」
ミキ「うおっ」
女「わ、っ!?」
前方から、ぶすっとして機嫌の悪い声が飛んできた。
リン「ふーん。…」
リンは顎を上げて目を細め、抱き合う私達を見た。
419 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:50:49 ID:pyp
ミキ「なによお、もう帰ってきたの?」
リン「バイ・セクシャルって便利なものだな。女性もさぞ油断するだろう」
女「あのう、何を言ってるのリン」
ミキ「やあだ誤解よー。女ちゃんがベソかいてたから慰めてあげた、だ、け」
そう言うと、ミキは一層私をきつく抱きしめた。平たい胸に頬がつく。
リン「…」
リンは一層眉間にシワを寄せた。
女「ちょ、ちょっとミキ。もういいってば」
リン「だそうだ」
ミキ「はーい。恥ずかしがらなくていいのに」
女「そ、そういうことじゃなくて」
私は静かに解かれたミキの逞しい腕を、少し名残惜しい気持ちで眺める。
女「…」
横から、じっとりと絡む視線を感じた。
女「…な、何?」
リン「別に」
リンが髪を揺らしてそっぽを向く。完全に何か誤解をしている。
女「あの、本当に慰めてもらっただけだから」
リン「はいはい」
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
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