女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
Part18
308 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:06:04 ID:0EH
リン「来い。危険はなさそうだ。様子はおかしいが」
リンがようやく腰から手を下ろし、私の手を引いた。
女「う、うん」
引っ張られて、ミキに近づく。
ミキは女優のように足を組み、何も無い宙に浮いていた。
ミキ「んふ、近くで見ると可愛い顔してるのね。二人とも」
リン「やめてくれ」
ミキ「あーら、いいじゃないのよお。リン、…って呼んでもいい?あなた、ドラマに出てた若手俳優に似てるわ」
彼が上げた俳優の名前にリンはぴんとこなかったらしいが、私はああ!と口を押さえた。確かに似てる。
ミキ「さて、お二人はどうしてここに来たのー?」
リン「…山の上の遊園地、分かるか」
ミキ「ああ、結構近くよね。知ってる」
リン「そこのお前と同じ種類の人間から、ここに生き残りが来たという情報をもらった」
ミキ「ええ、ミストが!?」
ミキが目を剥き、頓狂な声をあげた。
女「ミス、ト?」
ミキ「ええ。私みたいに、くたばったのにこうやってフワフワしてる連中を、ミストって呼ぶの」
リン「へえ」
リンの目が、「こいつ使える」というように輝いた。
ミキ「生き残り、生き残りねえ」
ミキがうむ、と腕を組む。
リン「分からないか?」
ミキ「勿論知ってるわ。ダチだもん」
女「え、っ」
309 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:12:54 ID:0EH
女「やっぱり、生きてる人がここに来たの!?」
しかもダチって。
ミキ「うん、来たわよー」
リン「…いつだ」
ミキ「それよりさあ、今世界どうなってるの?私全然知らないんだけどー」
魚のように宙を泳ぎながら、ミキが言う。
リンが髪をかき混ぜ、イラついたように質問を重ねた。
リン「男が来たんだろ。ダチっていうなら、名前も、顔も、分かるだろ。教えてくれ。そいつは、どこに」
ミキ「ねえ、女ー。リンとはどういう関係なの?」
女「あ、あの。えっと」
リン「聞け!!」
ミキがきゃはは、と笑って飛びのいた。
ミキ「カッカしないの、リン。せっかちな男って、いやよ」
リン「だから…」
ミキ「そんなことより、私についていらっしゃいよ。久々のお客さんだし」
女「…どこに?」
ミキがにんまりと、大きな口を裂くようにして笑った。
ミキ「…私の、お店!」
そういって、怖い顔をするリンを避けて私の背中を押す。
つんのめるようにして歩き出した私の後を、リンが思いつめたような溜息と共に追った。
310 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:13:29 ID:0EH
今日はここまでにしておきます
311 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:32:01 ID:72h
乙でした!
312 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:32:58 ID:EXY
乙
次も楽しみにしてるぞー
313 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:36:33 ID:hoe
おつ
無理せず頑張ってくれー
314 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)22:58:56 ID:8OJ
応援してる!
321 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:03:43 ID:A04
「marine」
ブルーに塗装された木の看板に、白いペンキで書かれた、丸っこい文字。
女「マ、…リン?」
ミキ「そ。ここが、私の店!」
ミキが無い胸を張った。
女「…店、って」
私とリンは、目の前にある可愛らしいコテージ風の建物を仰ぎ見た。
リン「レストラン、か?」
ミキ「そう!ここの海で獲れたお魚とか、山の山菜とかフルーツとか、あと私が育てた鶏の料理が自慢なのっ」
女「え、え。これ、ミキ…さんのお店?」
私は目を丸くして聞き返した。
私のお店に連れて行く、なんて息巻かれた時には、まさか怪しげなパブなんじゃないかと思ったが…。
リン「意外だな、こんな趣味のいい店とは」
リンと珍しく意見が合致した。
ミキ「さ、入って入って〜」
ミキが少女のような足取りで白い階段を登り、ドアを開ける。
ちりん、と錆びた年月を感じさせないベルの音がした。
マリン、…海。か。
白と淡い水色を基調とした外装を見回してから、私は促されるまま中に入った。
322 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:10:40 ID:A04
レストランの中は、しんと冷えていた。
女「…わあ」
リン「どういうことだ」
リンが首を掻く。私は思わずミキを振り返った。
女「…綺麗」
ミキ「あらぁ、そお?」
ミキがにんまりと笑う。そう、綺麗なのだ。
店内には錨をモチーフにした小物、赤や青といった旗
…それから、あれは何て言うのだろう。漁で使うための、ガラス質なボール。
そんな、趣味がよく可愛らしい小物が散りばめられていた。
女「…すごい」
テーブルは、そんなに多くない。4人用のものが5つ
それから、カウンターに一人掛けようのイスが8脚。
リン「綺麗だな」
ミキ「やあだ、そんな褒めないでよう」
リン「劣化のあとがない」
リンが真顔で言い放った。ミキの表情が「ん?」で固まる。
リン「埃も、劣化のあとも、何も無い。そのままだ」
女「そ、そう。私もそれ思った」
ミキ「ちょ、ちょっと!あんたらまさか、内装を褒めてたんじゃなくて、ボロボロになってないって言いたかったの!?」
リン「ああ」
ミキ「きぃいい!!」
324 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:25:56 ID:A04
リン「誰かが手入れしてるみたいだな。…生存者か」
ミキ「ちょ、待ちなさいよあんたら。そんなのいないってば」
リン「じゃあ誰がこの状態で店を保つんだ」
ミキ「私以外に誰がいんのよ!!」
女「あ、ミキさんが?」
ミキ「そりゃそうでしょ!?借金してやっと持った自分の店だもん、綺麗にしときたいでしょうが!」
リン「几帳面だな。意味も無いのに」
ミキの表情が、少し曇る。
ミキ「…そーね。綺麗にしてたって誰も来やしない」
女「私達が、来たよ」
ミキ「ふふ」
ミキの唇がわれ、白い歯が輝いた。あ、と思った。
彼は化粧で味こそ損なっているが、端正な顔立ちの青年だったのだ。
ミキ「ふたりとも、そこのカウンターにかけなさいよ。お茶いれたげる」
リン「安全か」
ミキ「もち。自家栽培のカモミールだもん」
そういうと、ミキは滑るようにカウンターの奥に消えていった。奥がキッチンのようだ。
女「リン、座らないの?」
私は天井に据え付けられたシャンデリアを見上げるリンに声をかけた。
リン「お前こそ」
リンは海に面したテラスで突っ立っていた私に返した。お互い、ここを調べる気まんまんなようだ。
リン「…ようこそ、小波のレストラン“marine”へ」
リンがレジ横のパンフレットを取り上げていた。走りよって、後ろから覗く。
リン「店主、イトカワ ミキ…。あ、やっぱあいつなんだ」
指で示す先には、満面の笑みでピースサインをするミキの写真があった。
325 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:34:28 ID:A04
女「28歳、だって。すごいね若いのに」
リン「ああ」
ん、とパンフレットの可愛らしい字体を凝視する。
女「…オーナー兼、シェフ兼、…ボーカル?」
リン「そう書いてあるな」
リンがページをめくった。
「marineでは、美味しいお料理とお酒だけでなく、ささやかな癒しも提供しております」
「毎日午後8時からは、一旦オーダーをストップさせていただき、店主のステージをお楽しみいただけます」
ステージ。
女「…」
リン「お前、今何を考えてる」
透ける布を纏ってポールに絡みつくミキ。
女「…リンは?」
リン「…」
リンはパンフレットをラックに戻すと、テーブル席のほうへ歩きはじめた。
白い板張りの床が、きしきしと音を立てる。
女「…あ」
海を背にした、大きなガラス窓。
その前に、グランドピアノとスタンドマイクが置いてある小さなステージがあった。
リン「歌、か」
女「えー、すごい!」
私は艶々と黒を放つピアノに近づく。滑らかな曲線に、曲がった私の顔が映った。
ミキ「あらあ、見つけた?」
気づくと、後ろにポットを持ったミキがいた。
327 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:39:55 ID:A04
女「ミキさん、ここで歌ってたの?」
ミキ「そうよぉー。ベップっていう従業員にピアノ弾かせてね」
ミキの目が懐かしそうに細められた。
リン「でも今はそいつもいないや。私、ピアノ弾けないし…。今では意味の無いものね」
女「そうなんだ」
私は少し目で合図を取ってから、ステージにあがった。
ミキが微笑んで私の動作を見守る。
女「…触っていい?」
ミキ「ええ」
女「…」
まだ楽譜も置いたままのピアノを撫ぜ、そっと白い鍵盤に触れる。
ポロ、ン。
学校のピアノとは違う、重厚で威厳に満ちた音が響き渡った。
リン「高そうだな」
リンの意見は現実的だ。私はそっとイスに腰掛けた。
ミキ「え、女ちゃんまさか」
リン「おい?」
すう、と息を吸い込む。
私は姿勢をぴんと正し、両手を鍵盤に置いた。
328 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:47:52 ID:A04
ぽろん。
私の指が鍵盤の上で跳ねる。
ぽろん、ぽろん。
美しい音を、紡いでいく。
リン「…」
ミキ「…」
最後に優しく鍵盤を叩き、私は息をついた。
女「いやー、気持ちいいね」
リン「…おい」
晴れ晴れとした気持ちでイスから立ち上がった私に、リンのじとっとした視線が絡む。
リン「…なんだ、それ」
女「猫踏んじゃった」
リン「お前ピアノ習ってたの?」
女「ううん」
リン「だろうな!けどな、この流れでそれはないだろ!」
女「え、なんで?駄目なの?猫踏んじゃった」
リン「猫踏んじゃったに罪はねえよ!悪いのはお前だ馬鹿」
ミキ「…ぷっ」
あははははっ、とミキが豪快な笑い声をあげた。
ミキ「オーケーオーケー。私も一瞬ピアノ経験者かと思っちゃった。オチがすごいわね」
女「えーと、ごめん」
ミキ「いいのよお。楽器なんて見たら誰でも触りたくなるもんね」
そういうと、またお腹を抱える。
女「…そんなに笑わなくても」
口を尖らした私の横で、リンが片頬をあげてにやついた。
344 :名無しさん@おーぷん :2015/09/26(土)15:33:43 ID:8sv
ミキ「昔はバンドもやってたんだけどねぇ」
かちゃり、と白い陶器のティーカップをおきながらミキが溜息をついた。
ミキ「全然売れなくってさ、やめちゃった」
リン「そんなもんだ」
女「ふーん」
カウンター席のスツールは少し高くて、足がぶらぶらする。
ぼんやりとミキの精悍な横顔を見ていたら、リンが横で足を組みなおした。
リン「…まあ、とにかくあんたの素性は分かった」
ミキ「そお」
リン「俺たちには色々あんたに聞かなきゃいけないことがある。な?」
女「うん」
リン「…あんたは遊園地にいた子どもとも違う。分別がある。だから、教えてくれ…知ってること、全部」
ミキの指が、ティーカップの縁をなぞる。
ミキ「そうね、いいわ。私も話し相手が欲しかったとこだし」
彼の瞳が、カラーコンタクトの奥で輝いた。
ミキ「…何から聞きたい?」
347 :名無しさん@おーぷん :2015/09/26(土)15:54:46 ID:8sv
え?
私が生きてる頃の話、って。
あはは、てっきり生存者のこと聞かれるかと思った。
女ちゃん、変わってるわね。…はいはい、リンの質問にはあとから答えるから。順番。
…そうねー。
私は、生前知っての通り、ここのオーナーをしてたわ。
従業員は5人。結構経営はカツカツだったけど、雑誌にも掲載されたりして、忙しい日々だったわ。
あの日。…あの日はね。
私、…病院にいたのよね。
ううん。近くのじゃなくって、大学病院。
…入院してたの。
1ヶ月くらい前から。…喉頭ガン、って分かる?
あ、よく気づいたわね。そう、この喉に巻いてるのも、ここを保護するためなの。
大手術も控えててさー。折角仕事も軌道に乗り始めてたのに、もうサイアクだったわよ。
そんで、ニュースでいきなりパンデミックが起こったこと、知ったの。
病院はもう、パニックよ。
私、そのとき思ったの。
店に帰りたいな、心配だな、って。
349 :名無しさん@おーぷん :2015/09/26(土)16:06:02 ID:8sv
私、気づいたらベップ…。あ、従業員のヒョロい坊ちゃんなんだけど。
そいつにメールしてた。
ベップって変な奴でさ、すごく堂々としてるっていうか、何事にも動じないの。
だからニュース見てても、大して動揺もしてなかった。
ベップ、避難する?って聞いたら、
「いやあ、しないっすよ。どうせどこ逃げても一緒だし」
呆れたけど、こいつらしいなあって思った。
私、ベップに迎えに来てくれるよう頼んだ。
そしたらベップ、一言「死ぬかもしれませんよ」って言った。
私、いいよって返した。
最後に店のことやってから死ねるんなら、本望だって。
ベップは、すぐに迎えに来てくれた。
病院はあわただしくて、抜け出すのは簡単だった。
点滴も医者もないし、なんかダルくてベップの補助なけりゃ歩けなかったけど、とにかく店に来た。
…え?
どうして、って
どうしてそこまでして店に帰ったの?って?
…そうね。それは、ええと。…ナイショ。
まあ、とにかく私はフラフラの状態でここに来た。
店は私が入院してから閉じてたけど、綺麗だった。掃除してくれてたの、ベップが。
私は店の中でラジオを聴いてた。夕方まで、そうしてた。
ベップがさ、「オーナーは逃げなくていいんすか」って聞いてきたけど
なんだろう。私、喉を手術して声帯も取って、で、また転移して。
また手術、…。医者はさ、まだ希望はありますって言うのよ。でも、なんとなあく、そろそろかなって思ってたの。
350 :名無しさん@おーぷん :2015/09/26(土)16:14:16 ID:8sv
若いとガンの成長も早いって言うしね。
っていうか、…私、もう死んでたも同然だったのかなあ。
店にも出れない、料理も、接客もできない。
それにもう声なんか出ない。歌えない。
…あと、店を閉める前に「かなしいこと」もあってさ。
だから、もう生ける屍状態だったわけ。
でも、店に来た途端、元気になれた気がした。
だから私、もう病院には戻らなくていいやって思った。
ここでもう時間の許す限り過ごして、んで、死のって。
そう紙に書いて伝えると、ベップは一言、ふうんって言った。
夕方になった。
ベップが、ぼそっと言った。
「俺、生まれ変わってもここで働きたいっす」
なんで?って聞くと、
「なんとなく」って。
まるで今から死ぬみたいねって言うと、
「多分、死にます」って…
いつものベップと変わらない、真顔で言ってきたの。
「俺、来る途中に感染者の体液に触っちゃったんす」
「さっきから頭の中で、じゃぶじゃぶ水の音が聞こえるんですよねえ」
ベップ、本当にいつもと変わらなかったのよ。
リン「来い。危険はなさそうだ。様子はおかしいが」
リンがようやく腰から手を下ろし、私の手を引いた。
女「う、うん」
引っ張られて、ミキに近づく。
ミキは女優のように足を組み、何も無い宙に浮いていた。
ミキ「んふ、近くで見ると可愛い顔してるのね。二人とも」
リン「やめてくれ」
ミキ「あーら、いいじゃないのよお。リン、…って呼んでもいい?あなた、ドラマに出てた若手俳優に似てるわ」
彼が上げた俳優の名前にリンはぴんとこなかったらしいが、私はああ!と口を押さえた。確かに似てる。
ミキ「さて、お二人はどうしてここに来たのー?」
リン「…山の上の遊園地、分かるか」
ミキ「ああ、結構近くよね。知ってる」
リン「そこのお前と同じ種類の人間から、ここに生き残りが来たという情報をもらった」
ミキ「ええ、ミストが!?」
ミキが目を剥き、頓狂な声をあげた。
女「ミス、ト?」
ミキ「ええ。私みたいに、くたばったのにこうやってフワフワしてる連中を、ミストって呼ぶの」
リン「へえ」
リンの目が、「こいつ使える」というように輝いた。
ミキ「生き残り、生き残りねえ」
ミキがうむ、と腕を組む。
リン「分からないか?」
ミキ「勿論知ってるわ。ダチだもん」
女「え、っ」
309 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:12:54 ID:0EH
女「やっぱり、生きてる人がここに来たの!?」
しかもダチって。
ミキ「うん、来たわよー」
リン「…いつだ」
ミキ「それよりさあ、今世界どうなってるの?私全然知らないんだけどー」
魚のように宙を泳ぎながら、ミキが言う。
リンが髪をかき混ぜ、イラついたように質問を重ねた。
リン「男が来たんだろ。ダチっていうなら、名前も、顔も、分かるだろ。教えてくれ。そいつは、どこに」
ミキ「ねえ、女ー。リンとはどういう関係なの?」
女「あ、あの。えっと」
リン「聞け!!」
ミキがきゃはは、と笑って飛びのいた。
ミキ「カッカしないの、リン。せっかちな男って、いやよ」
リン「だから…」
ミキ「そんなことより、私についていらっしゃいよ。久々のお客さんだし」
女「…どこに?」
ミキがにんまりと、大きな口を裂くようにして笑った。
ミキ「…私の、お店!」
そういって、怖い顔をするリンを避けて私の背中を押す。
つんのめるようにして歩き出した私の後を、リンが思いつめたような溜息と共に追った。
310 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:13:29 ID:0EH
今日はここまでにしておきます
311 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:32:01 ID:72h
乙でした!
312 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)21:32:58 ID:EXY
乙
次も楽しみにしてるぞー
おつ
無理せず頑張ってくれー
314 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)22:58:56 ID:8OJ
応援してる!
321 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:03:43 ID:A04
「marine」
ブルーに塗装された木の看板に、白いペンキで書かれた、丸っこい文字。
女「マ、…リン?」
ミキ「そ。ここが、私の店!」
ミキが無い胸を張った。
女「…店、って」
私とリンは、目の前にある可愛らしいコテージ風の建物を仰ぎ見た。
リン「レストラン、か?」
ミキ「そう!ここの海で獲れたお魚とか、山の山菜とかフルーツとか、あと私が育てた鶏の料理が自慢なのっ」
女「え、え。これ、ミキ…さんのお店?」
私は目を丸くして聞き返した。
私のお店に連れて行く、なんて息巻かれた時には、まさか怪しげなパブなんじゃないかと思ったが…。
リン「意外だな、こんな趣味のいい店とは」
リンと珍しく意見が合致した。
ミキ「さ、入って入って〜」
ミキが少女のような足取りで白い階段を登り、ドアを開ける。
ちりん、と錆びた年月を感じさせないベルの音がした。
マリン、…海。か。
白と淡い水色を基調とした外装を見回してから、私は促されるまま中に入った。
322 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:10:40 ID:A04
レストランの中は、しんと冷えていた。
女「…わあ」
リン「どういうことだ」
リンが首を掻く。私は思わずミキを振り返った。
女「…綺麗」
ミキ「あらぁ、そお?」
ミキがにんまりと笑う。そう、綺麗なのだ。
店内には錨をモチーフにした小物、赤や青といった旗
…それから、あれは何て言うのだろう。漁で使うための、ガラス質なボール。
そんな、趣味がよく可愛らしい小物が散りばめられていた。
女「…すごい」
テーブルは、そんなに多くない。4人用のものが5つ
それから、カウンターに一人掛けようのイスが8脚。
リン「綺麗だな」
ミキ「やあだ、そんな褒めないでよう」
リン「劣化のあとがない」
リンが真顔で言い放った。ミキの表情が「ん?」で固まる。
リン「埃も、劣化のあとも、何も無い。そのままだ」
女「そ、そう。私もそれ思った」
ミキ「ちょ、ちょっと!あんたらまさか、内装を褒めてたんじゃなくて、ボロボロになってないって言いたかったの!?」
リン「ああ」
ミキ「きぃいい!!」
324 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:25:56 ID:A04
リン「誰かが手入れしてるみたいだな。…生存者か」
ミキ「ちょ、待ちなさいよあんたら。そんなのいないってば」
リン「じゃあ誰がこの状態で店を保つんだ」
ミキ「私以外に誰がいんのよ!!」
女「あ、ミキさんが?」
ミキ「そりゃそうでしょ!?借金してやっと持った自分の店だもん、綺麗にしときたいでしょうが!」
リン「几帳面だな。意味も無いのに」
ミキの表情が、少し曇る。
ミキ「…そーね。綺麗にしてたって誰も来やしない」
女「私達が、来たよ」
ミキ「ふふ」
ミキの唇がわれ、白い歯が輝いた。あ、と思った。
彼は化粧で味こそ損なっているが、端正な顔立ちの青年だったのだ。
ミキ「ふたりとも、そこのカウンターにかけなさいよ。お茶いれたげる」
リン「安全か」
ミキ「もち。自家栽培のカモミールだもん」
そういうと、ミキは滑るようにカウンターの奥に消えていった。奥がキッチンのようだ。
女「リン、座らないの?」
私は天井に据え付けられたシャンデリアを見上げるリンに声をかけた。
リン「お前こそ」
リンは海に面したテラスで突っ立っていた私に返した。お互い、ここを調べる気まんまんなようだ。
リン「…ようこそ、小波のレストラン“marine”へ」
リンがレジ横のパンフレットを取り上げていた。走りよって、後ろから覗く。
リン「店主、イトカワ ミキ…。あ、やっぱあいつなんだ」
指で示す先には、満面の笑みでピースサインをするミキの写真があった。
325 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:34:28 ID:A04
女「28歳、だって。すごいね若いのに」
リン「ああ」
ん、とパンフレットの可愛らしい字体を凝視する。
女「…オーナー兼、シェフ兼、…ボーカル?」
リン「そう書いてあるな」
リンがページをめくった。
「marineでは、美味しいお料理とお酒だけでなく、ささやかな癒しも提供しております」
「毎日午後8時からは、一旦オーダーをストップさせていただき、店主のステージをお楽しみいただけます」
ステージ。
女「…」
リン「お前、今何を考えてる」
透ける布を纏ってポールに絡みつくミキ。
女「…リンは?」
リン「…」
リンはパンフレットをラックに戻すと、テーブル席のほうへ歩きはじめた。
白い板張りの床が、きしきしと音を立てる。
女「…あ」
海を背にした、大きなガラス窓。
その前に、グランドピアノとスタンドマイクが置いてある小さなステージがあった。
リン「歌、か」
女「えー、すごい!」
私は艶々と黒を放つピアノに近づく。滑らかな曲線に、曲がった私の顔が映った。
ミキ「あらあ、見つけた?」
気づくと、後ろにポットを持ったミキがいた。
327 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:39:55 ID:A04
女「ミキさん、ここで歌ってたの?」
ミキ「そうよぉー。ベップっていう従業員にピアノ弾かせてね」
ミキの目が懐かしそうに細められた。
リン「でも今はそいつもいないや。私、ピアノ弾けないし…。今では意味の無いものね」
女「そうなんだ」
私は少し目で合図を取ってから、ステージにあがった。
ミキが微笑んで私の動作を見守る。
女「…触っていい?」
ミキ「ええ」
女「…」
まだ楽譜も置いたままのピアノを撫ぜ、そっと白い鍵盤に触れる。
ポロ、ン。
学校のピアノとは違う、重厚で威厳に満ちた音が響き渡った。
リン「高そうだな」
リンの意見は現実的だ。私はそっとイスに腰掛けた。
ミキ「え、女ちゃんまさか」
リン「おい?」
すう、と息を吸い込む。
私は姿勢をぴんと正し、両手を鍵盤に置いた。
328 :名無しさん@おーぷん :2015/09/22(火)16:47:52 ID:A04
ぽろん。
私の指が鍵盤の上で跳ねる。
ぽろん、ぽろん。
美しい音を、紡いでいく。
リン「…」
ミキ「…」
最後に優しく鍵盤を叩き、私は息をついた。
女「いやー、気持ちいいね」
リン「…おい」
晴れ晴れとした気持ちでイスから立ち上がった私に、リンのじとっとした視線が絡む。
リン「…なんだ、それ」
女「猫踏んじゃった」
リン「お前ピアノ習ってたの?」
女「ううん」
リン「だろうな!けどな、この流れでそれはないだろ!」
女「え、なんで?駄目なの?猫踏んじゃった」
リン「猫踏んじゃったに罪はねえよ!悪いのはお前だ馬鹿」
ミキ「…ぷっ」
あははははっ、とミキが豪快な笑い声をあげた。
ミキ「オーケーオーケー。私も一瞬ピアノ経験者かと思っちゃった。オチがすごいわね」
女「えーと、ごめん」
ミキ「いいのよお。楽器なんて見たら誰でも触りたくなるもんね」
そういうと、またお腹を抱える。
女「…そんなに笑わなくても」
口を尖らした私の横で、リンが片頬をあげてにやついた。
344 :名無しさん@おーぷん :2015/09/26(土)15:33:43 ID:8sv
ミキ「昔はバンドもやってたんだけどねぇ」
かちゃり、と白い陶器のティーカップをおきながらミキが溜息をついた。
ミキ「全然売れなくってさ、やめちゃった」
リン「そんなもんだ」
女「ふーん」
カウンター席のスツールは少し高くて、足がぶらぶらする。
ぼんやりとミキの精悍な横顔を見ていたら、リンが横で足を組みなおした。
リン「…まあ、とにかくあんたの素性は分かった」
ミキ「そお」
リン「俺たちには色々あんたに聞かなきゃいけないことがある。な?」
女「うん」
リン「…あんたは遊園地にいた子どもとも違う。分別がある。だから、教えてくれ…知ってること、全部」
ミキの指が、ティーカップの縁をなぞる。
ミキ「そうね、いいわ。私も話し相手が欲しかったとこだし」
彼の瞳が、カラーコンタクトの奥で輝いた。
ミキ「…何から聞きたい?」
347 :名無しさん@おーぷん :2015/09/26(土)15:54:46 ID:8sv
え?
私が生きてる頃の話、って。
あはは、てっきり生存者のこと聞かれるかと思った。
女ちゃん、変わってるわね。…はいはい、リンの質問にはあとから答えるから。順番。
…そうねー。
私は、生前知っての通り、ここのオーナーをしてたわ。
従業員は5人。結構経営はカツカツだったけど、雑誌にも掲載されたりして、忙しい日々だったわ。
あの日。…あの日はね。
私、…病院にいたのよね。
ううん。近くのじゃなくって、大学病院。
…入院してたの。
1ヶ月くらい前から。…喉頭ガン、って分かる?
あ、よく気づいたわね。そう、この喉に巻いてるのも、ここを保護するためなの。
大手術も控えててさー。折角仕事も軌道に乗り始めてたのに、もうサイアクだったわよ。
そんで、ニュースでいきなりパンデミックが起こったこと、知ったの。
病院はもう、パニックよ。
私、そのとき思ったの。
店に帰りたいな、心配だな、って。
349 :名無しさん@おーぷん :2015/09/26(土)16:06:02 ID:8sv
私、気づいたらベップ…。あ、従業員のヒョロい坊ちゃんなんだけど。
そいつにメールしてた。
ベップって変な奴でさ、すごく堂々としてるっていうか、何事にも動じないの。
だからニュース見てても、大して動揺もしてなかった。
ベップ、避難する?って聞いたら、
「いやあ、しないっすよ。どうせどこ逃げても一緒だし」
呆れたけど、こいつらしいなあって思った。
私、ベップに迎えに来てくれるよう頼んだ。
そしたらベップ、一言「死ぬかもしれませんよ」って言った。
私、いいよって返した。
最後に店のことやってから死ねるんなら、本望だって。
ベップは、すぐに迎えに来てくれた。
病院はあわただしくて、抜け出すのは簡単だった。
点滴も医者もないし、なんかダルくてベップの補助なけりゃ歩けなかったけど、とにかく店に来た。
…え?
どうして、って
どうしてそこまでして店に帰ったの?って?
…そうね。それは、ええと。…ナイショ。
まあ、とにかく私はフラフラの状態でここに来た。
店は私が入院してから閉じてたけど、綺麗だった。掃除してくれてたの、ベップが。
私は店の中でラジオを聴いてた。夕方まで、そうしてた。
ベップがさ、「オーナーは逃げなくていいんすか」って聞いてきたけど
なんだろう。私、喉を手術して声帯も取って、で、また転移して。
また手術、…。医者はさ、まだ希望はありますって言うのよ。でも、なんとなあく、そろそろかなって思ってたの。
350 :名無しさん@おーぷん :2015/09/26(土)16:14:16 ID:8sv
若いとガンの成長も早いって言うしね。
っていうか、…私、もう死んでたも同然だったのかなあ。
店にも出れない、料理も、接客もできない。
それにもう声なんか出ない。歌えない。
…あと、店を閉める前に「かなしいこと」もあってさ。
だから、もう生ける屍状態だったわけ。
でも、店に来た途端、元気になれた気がした。
だから私、もう病院には戻らなくていいやって思った。
ここでもう時間の許す限り過ごして、んで、死のって。
そう紙に書いて伝えると、ベップは一言、ふうんって言った。
夕方になった。
ベップが、ぼそっと言った。
「俺、生まれ変わってもここで働きたいっす」
なんで?って聞くと、
「なんとなく」って。
まるで今から死ぬみたいねって言うと、
「多分、死にます」って…
いつものベップと変わらない、真顔で言ってきたの。
「俺、来る途中に感染者の体液に触っちゃったんす」
「さっきから頭の中で、じゃぶじゃぶ水の音が聞こえるんですよねえ」
ベップ、本当にいつもと変わらなかったのよ。
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
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