女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
Part17
292 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)18:32:01 ID:0EH
リン「…歌ってない」
うそつけ。
女「歌ってたよー。これの日本語版みたいなやつ」
リン「気のせいだ」
女「すっごく綺麗な歌声だったよ。声の低い女の子みたいな、滑らかで澄んでて…」
リン「黙れ」
女「歌ってよ、リン。私、リンの歌好きだよ」
リン「黙れって!」
女「えー」
リン「気のせいだって言ってるだろ!勘弁してくれ」
そうかなあ、と口の中で呟いてシートに身を沈める。
リンはこれ以上話題を広げないためか、車内のオーディオを切ってしまった。
女「…」
静かな走行音だけが、響く。
私は腕につけたミサンガの、糸が細やかに交差した線、暖かな色合いを観察した。
やがて。
リン「…おい」
寝ていると思ったのだろうか。リンがためらいがちに声をかけてきた。
女「うんー?」
実際、うとうとしかけていた私は頭を上げた。
リン「ほら、外。見てみろ」
リンが窓の外を指で示す。 身を起こして、その方向を見ると。
女「…うわー!!」
目の前には、美しい水と、白亜の砂粒が広がっていた。
293 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)19:11:09 ID:0EH
「ようこそ の浜へ」
錆びてかしいだ看板が立っている。
リン「…潮の匂いだな」
女「うんっ」
私達は車を海岸の駐車場に停め、海の湿った空気を吸い込んだ。
女「ねえ、海に行って何するの」
返事は無い。リンは相変わらず地図と手帳の両方とにらめっこしている。
リン「…目ぼしい施設を探してから、計画を立てる」
女「…」
目の前には、こんなに綺麗な砂浜と海があるのに。
女「ん、」
そっとドアを開ける。
むせ返るくらいに濃い、潮の香りが鼻腔になだれこんでくる。
女「…」ウズ
海が、私を呼んでいるのだ!
女「先に行くね!」
そういい捨てると、私はサンダルを脱いで走り出した。
ふかふかのパンケーキみたいな感触と色を持つ砂を踏みしめ、走る。
海だ、海だ、海だ!!
女「うみーーっ!!」
遠い水平線に叫び、私は波打ち際へと足を踏み入れた。
川とはまた違った質感の水が、私の足を濡らして、引いて、濡らして、引いて。
女「リーン!海だよーっ!」
リン「…子どもかーっ」
階段の上からリンの呆れ半分、笑い半分といった声が聞こえた。
294 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)19:17:53 ID:0EH
女「リンも、おいでよーっ」
リン「はいはい」
リンがリュックを片手に階段を下りてきた。
鋼鉄を思わせる顔にも、なんだか無邪気さが浮かんでる気がする。
海だ。海は凄い。
「生命の母」…そう聞いたことがある。
その滑らかな波の前では、全ての生物は子どもへと還るのだ。
リン「クラゲとかいるんじゃないか」
女「いないよー?」
リン「…冷たいか?」
女「いいから、リンも入ってみなって」
リン「…」
リンがブーツの紐を解き、裸足になった。
少女のような曲線を持つ爪先を、ちょん、と水面にひたす。
リン「…海だな」
女「海だねぇ」
リン「…」
リンが腰をかがめ、水に触れた。
リン「…女ー」
女「ん?」
バシャッ。
女「」
いま、なにが。
顔がつめたい。そして服が湿ってる。
リン「…ぷっ。あはは、…グズだな」
295 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)19:21:36 ID:0EH
女「…」
リン「凄い顔、してる。…あははっ。マヌケすぎる」
女「こらぁあああああああ!!」
私は全力で水を掬うと、目の前のクソガキに浴びせた。
リン「はいはずれ」
リンは軽いステップで避ける。
女「馬鹿!避けるな!」
リン「だって遅いし」
女「きいいいいいい!!」
ばしゃばしゃと、だだっ広い海に二人の子どもの影が躍る。
母なる海が、そっと微笑した。
女「…はぁ、はぁ、…」
リン「運動不足だな」
女「なん、で…。息一つ切れてないのよ」
結局私は、リンにしぶき一つかけられなかった。
寧ろ逆襲で履いていたスキニージーンズがびしょぬれになってしまった。
女「くそー…」
リン「楽しいな、海」
女「どこが!」
297 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:12:07 ID:0EH
女「水着持って来ればよかったなー」
リン「そうだな」
二人で砂浜に並んで、海を見つめる。
お昼というにもまだ早く、お腹はそこまで空いていない。
ただただ、静かに砕ける波を見る。
リン「…なんか、休んでばっかだな。俺たち」
女「いいじゃん、色々大変だったし」
リン「ん」
女「…きもちいいねー」
穏やかな時間だった。 リンも少し眠たげな、リラックスした目をしていて。
いつもの少し事務的な様子が消え去ったようで、嬉しい。
女「…」
砂浜の上に、立ってみた。
中学校でやったダンスの授業を思い出す。
創作ダンスの振り付けのイメージを、先生がテレビで見せてくれたことがあるのだ。
白いワンピースを着た少女が、砂浜の上を、何かを求めるように踊って。
女「…」
踊って。
女「…あー」
気づけば、私は手足を繰りながら歌っていた。
298 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:20:42 ID:0EH
異国の歌だった。
北欧かどこかの、甘く切ない声を持つ女性シンガーの。
歌詞カードを見ても、外国語の発音は分からなくて。
でも、この胸を満たして全てを攫っていくような旋律を、口に出したくてしょうがなくて。
一生懸命、インターネットで調べて、発音と日本語訳を覚えたのだ。
女「…」
喉を開けて、胸をそらして。
歌った。
リン「…」
リンが静かに体を揺らした。
女「…」
回って、歌って、また回る。
そうして、舞台女優がするみたいに綺麗なお辞儀をした後、私は最後の音をそっと生み出した。
リン「…上手いじゃん」
女「そうかな」
少し照れくさい。
リン「誰の歌?英語とは少し違うようだけど」
女「えーと、…忘れちゃった」
リン「なんだそれ」
女「でも、これ凄く好きな歌だった。今じゃタイトルすら思い出せないけど」
リン「何ていってるの、それ」
女「ええ、と」
眉間をもんで、記憶を呼び起こす。
299 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:27:10 ID:0EH
女「…これねえ、自殺する女性の歌なんだ」
リン「はあ?」
女「一番目は彼女の遺書の内容。二番目は、海に入ったときの歌」
リン「それにしては綺麗なメロディだったな」
女「だって、彼女は怖がってなかったから」
リン「…どういうこと?」
女「全てを受け入れたから」
ざあ、と潮を含んだ風がリンの髪を揺らした。
彼の耳の横に見える牡丹が、頷くように動く。
リン「受け入れる、ね」
女「そう。自分は海から生まれたから、海に帰るのよ。ママの腕の中で、少女のように眠るのよ。…」
そういって、歌は終わる。
美しいピアノの音すら掻き消えたあと、ざあ、と波の音がするのだ。
リン「ふーん」
女「すごいよね、海って」
リン「ああ」
女「…」
リンにも、歌って欲しかった。
女「スタンド、…バイミー?」
リン「やだ」
女「なんでよー。歌ってってば」
リン「断る」
女「けち!」
300 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:30:20 ID:0EH
それでも、私はきづいていた。
私の歌を聴く彼の表情や、リズムをとる指の動き。
女「歌って、リン」
リン「…」
彼だって、この偉大な、たくさんの命を湛える海に捧げたいのだ。
女「…ねえ」
リン「…」
リンが大きく息を吸い込んだ。
空気が、ぴんと張った気がした。
彼の声が潮風を穿った瞬間、私は目を閉じた。
302 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:35:25 ID:0EH
夜が訪れ
あたりが闇に支配される時
月明かりしか見えなくたって
恐れることなんてないさ
怖がる必要なんてどこにもない
ただ君が暗闇の中ずっと
僕の傍にいてくれたら
So, darling darling
Stand by me
Oh stand by me
Oh stand
Stand by me
Stand by me
303 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:43:08 ID:0EH
リンの声は、綺麗だった。
少女の滑らかさと透明さ
そして少年の力強さを兼ね備えた、そんな声だった。
…私は彼の、海の一点をじっと見つめる横顔も、美しいと思った。
リン「…」
リンが最後の「スタンド・バイミー」を終えた。
長い長い息をつき、髪をかきあげる。
女「…リンっ」
私は少し恥ずかしそうに顔を伏せたリンのところへ、駆け寄った。
上手だった。なんだか、泣きそうになっちゃった。
女「やっぱ、うま…」
「ブラボォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
ん?
リン「…誰だ」
「んもう、二人ともすんごい!すんっっごいわよおおおお!」
女「…」
後ろから、少し荒いがさついた高音が聞こえる。
リンが、腰に手をやりながらすばやく振り向いた。
「もう私感動しちゃった!やばいわよ!マスカラ溶けちゃうっ!」
リン「…あ?」
庇うように差し出されたリンの手を下げ、私も後ろを向く。
女「…あっ」
そこには。
304 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:49:14 ID:0EH
黒いワンピース。白いカーディガン。
海風をはらみ、はたはたと翻っている。
そして、ブラボー、ブラボーという絶叫に合わせて何度も打たれる手のひら。
赤いネイルが、やけに眼に染みる。
…視線を上げる。
「あんたたち、将来が楽しみ!楽しみすぎるわっ」
女「リ、リン」
私は思わずリンの背中に隠れた。
女「…あ、あ、あの人」
透けていた。
コマリのように、白く煙のようにゆらゆらと。
リン「…大丈夫だ」
リンが私の手を握った。
女「…そ、それにさ」
そう。いや、まあ、煙であることに驚いたのではない。初めて見たわけじゃないし。
女「あの、人。…さあ」
あの人、いや、彼女。
…首に巻いた、赤いスカーフ。筋の浮いた、首。
「いやあー久々にいいもん聞いたわ!」
そうベラベラとつむぐ口には、ピンクの口紅が引いてある。
顔全体に施された、丁寧で上手な化粧、なん、だけど…。
「あら、なぁにその顔」
女「…お、」
リン「男か」
そう。 彼、だ。
306 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:52:43 ID:0EH
遠巻きでも分かるほど、白く透ける不審者の体は、ゴツかった。
足首なんか、ヒールのストラップがはちきれそうに逞しい。
あの肩幅なんて、ふんわりしたワンピースでも隠せないほどだ。
女「…」
307 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:59:59 ID:0EH
遠巻きでも分かるほど、白く透ける不審者の体は、ゴツかった。
足首なんか、ヒールのストラップがはちきれそうに逞しい。
あの肩幅なんて、ふんわりしたワンピースでも隠せないほどだ。
女「…」
はじめてみる種類の人間に唖然としていると、リンが前へ進み出た。
リン「…俺は、リン。こいは女。二人で生き残りを探す旅をしてる」
「あら、ご丁寧に。しっかりしてるのねえ、ぼうや」
リンの眉間に一瞬皺が寄った。
「私の名前は、ミキ。うふふ、そんなに引かないで。見ての通り男だけど」
女「…あ、あのっ」
ミキ、と言う風貌に沿った女性的な名前の彼に、声をかける。
ミキ「あら、なに。お嬢さん」
女「…生きて、ますか」
単刀直入な私の問いに、ミキがくすりと笑った。
ミキ「…いいえ。死んでるわ」
リン「…残念だ」
ミキ「あなたたちは?」
女「生きてます」
ミキ「そお。それは良かったわね。元気ー?」
彼はやけにフランクだ。私は思わず、オネエタレント、と呼ばれた人々のことを思い出していた。
リン「…歌ってない」
うそつけ。
女「歌ってたよー。これの日本語版みたいなやつ」
リン「気のせいだ」
女「すっごく綺麗な歌声だったよ。声の低い女の子みたいな、滑らかで澄んでて…」
リン「黙れ」
女「歌ってよ、リン。私、リンの歌好きだよ」
リン「黙れって!」
女「えー」
リン「気のせいだって言ってるだろ!勘弁してくれ」
そうかなあ、と口の中で呟いてシートに身を沈める。
リンはこれ以上話題を広げないためか、車内のオーディオを切ってしまった。
女「…」
静かな走行音だけが、響く。
私は腕につけたミサンガの、糸が細やかに交差した線、暖かな色合いを観察した。
やがて。
リン「…おい」
寝ていると思ったのだろうか。リンがためらいがちに声をかけてきた。
女「うんー?」
実際、うとうとしかけていた私は頭を上げた。
リン「ほら、外。見てみろ」
リンが窓の外を指で示す。 身を起こして、その方向を見ると。
女「…うわー!!」
目の前には、美しい水と、白亜の砂粒が広がっていた。
293 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)19:11:09 ID:0EH
「ようこそ の浜へ」
錆びてかしいだ看板が立っている。
リン「…潮の匂いだな」
女「うんっ」
私達は車を海岸の駐車場に停め、海の湿った空気を吸い込んだ。
女「ねえ、海に行って何するの」
返事は無い。リンは相変わらず地図と手帳の両方とにらめっこしている。
リン「…目ぼしい施設を探してから、計画を立てる」
女「…」
目の前には、こんなに綺麗な砂浜と海があるのに。
女「ん、」
そっとドアを開ける。
むせ返るくらいに濃い、潮の香りが鼻腔になだれこんでくる。
女「…」ウズ
海が、私を呼んでいるのだ!
女「先に行くね!」
そういい捨てると、私はサンダルを脱いで走り出した。
ふかふかのパンケーキみたいな感触と色を持つ砂を踏みしめ、走る。
海だ、海だ、海だ!!
女「うみーーっ!!」
遠い水平線に叫び、私は波打ち際へと足を踏み入れた。
川とはまた違った質感の水が、私の足を濡らして、引いて、濡らして、引いて。
女「リーン!海だよーっ!」
リン「…子どもかーっ」
階段の上からリンの呆れ半分、笑い半分といった声が聞こえた。
294 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)19:17:53 ID:0EH
女「リンも、おいでよーっ」
リン「はいはい」
リンがリュックを片手に階段を下りてきた。
鋼鉄を思わせる顔にも、なんだか無邪気さが浮かんでる気がする。
海だ。海は凄い。
「生命の母」…そう聞いたことがある。
その滑らかな波の前では、全ての生物は子どもへと還るのだ。
リン「クラゲとかいるんじゃないか」
女「いないよー?」
リン「…冷たいか?」
女「いいから、リンも入ってみなって」
リン「…」
リンがブーツの紐を解き、裸足になった。
少女のような曲線を持つ爪先を、ちょん、と水面にひたす。
リン「…海だな」
女「海だねぇ」
リン「…」
リンが腰をかがめ、水に触れた。
リン「…女ー」
女「ん?」
バシャッ。
女「」
いま、なにが。
顔がつめたい。そして服が湿ってる。
リン「…ぷっ。あはは、…グズだな」
295 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)19:21:36 ID:0EH
女「…」
リン「凄い顔、してる。…あははっ。マヌケすぎる」
女「こらぁあああああああ!!」
私は全力で水を掬うと、目の前のクソガキに浴びせた。
リン「はいはずれ」
リンは軽いステップで避ける。
女「馬鹿!避けるな!」
リン「だって遅いし」
女「きいいいいいい!!」
ばしゃばしゃと、だだっ広い海に二人の子どもの影が躍る。
母なる海が、そっと微笑した。
女「…はぁ、はぁ、…」
リン「運動不足だな」
女「なん、で…。息一つ切れてないのよ」
結局私は、リンにしぶき一つかけられなかった。
寧ろ逆襲で履いていたスキニージーンズがびしょぬれになってしまった。
女「くそー…」
リン「楽しいな、海」
女「どこが!」
297 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:12:07 ID:0EH
女「水着持って来ればよかったなー」
リン「そうだな」
二人で砂浜に並んで、海を見つめる。
お昼というにもまだ早く、お腹はそこまで空いていない。
ただただ、静かに砕ける波を見る。
リン「…なんか、休んでばっかだな。俺たち」
女「いいじゃん、色々大変だったし」
リン「ん」
女「…きもちいいねー」
穏やかな時間だった。 リンも少し眠たげな、リラックスした目をしていて。
いつもの少し事務的な様子が消え去ったようで、嬉しい。
女「…」
砂浜の上に、立ってみた。
中学校でやったダンスの授業を思い出す。
創作ダンスの振り付けのイメージを、先生がテレビで見せてくれたことがあるのだ。
白いワンピースを着た少女が、砂浜の上を、何かを求めるように踊って。
女「…」
踊って。
女「…あー」
気づけば、私は手足を繰りながら歌っていた。
異国の歌だった。
北欧かどこかの、甘く切ない声を持つ女性シンガーの。
歌詞カードを見ても、外国語の発音は分からなくて。
でも、この胸を満たして全てを攫っていくような旋律を、口に出したくてしょうがなくて。
一生懸命、インターネットで調べて、発音と日本語訳を覚えたのだ。
女「…」
喉を開けて、胸をそらして。
歌った。
リン「…」
リンが静かに体を揺らした。
女「…」
回って、歌って、また回る。
そうして、舞台女優がするみたいに綺麗なお辞儀をした後、私は最後の音をそっと生み出した。
リン「…上手いじゃん」
女「そうかな」
少し照れくさい。
リン「誰の歌?英語とは少し違うようだけど」
女「えーと、…忘れちゃった」
リン「なんだそれ」
女「でも、これ凄く好きな歌だった。今じゃタイトルすら思い出せないけど」
リン「何ていってるの、それ」
女「ええ、と」
眉間をもんで、記憶を呼び起こす。
299 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:27:10 ID:0EH
女「…これねえ、自殺する女性の歌なんだ」
リン「はあ?」
女「一番目は彼女の遺書の内容。二番目は、海に入ったときの歌」
リン「それにしては綺麗なメロディだったな」
女「だって、彼女は怖がってなかったから」
リン「…どういうこと?」
女「全てを受け入れたから」
ざあ、と潮を含んだ風がリンの髪を揺らした。
彼の耳の横に見える牡丹が、頷くように動く。
リン「受け入れる、ね」
女「そう。自分は海から生まれたから、海に帰るのよ。ママの腕の中で、少女のように眠るのよ。…」
そういって、歌は終わる。
美しいピアノの音すら掻き消えたあと、ざあ、と波の音がするのだ。
リン「ふーん」
女「すごいよね、海って」
リン「ああ」
女「…」
リンにも、歌って欲しかった。
女「スタンド、…バイミー?」
リン「やだ」
女「なんでよー。歌ってってば」
リン「断る」
女「けち!」
300 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:30:20 ID:0EH
それでも、私はきづいていた。
私の歌を聴く彼の表情や、リズムをとる指の動き。
女「歌って、リン」
リン「…」
彼だって、この偉大な、たくさんの命を湛える海に捧げたいのだ。
女「…ねえ」
リン「…」
リンが大きく息を吸い込んだ。
空気が、ぴんと張った気がした。
彼の声が潮風を穿った瞬間、私は目を閉じた。
302 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:35:25 ID:0EH
夜が訪れ
あたりが闇に支配される時
月明かりしか見えなくたって
恐れることなんてないさ
怖がる必要なんてどこにもない
ただ君が暗闇の中ずっと
僕の傍にいてくれたら
So, darling darling
Stand by me
Oh stand by me
Oh stand
Stand by me
Stand by me
303 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:43:08 ID:0EH
リンの声は、綺麗だった。
少女の滑らかさと透明さ
そして少年の力強さを兼ね備えた、そんな声だった。
…私は彼の、海の一点をじっと見つめる横顔も、美しいと思った。
リン「…」
リンが最後の「スタンド・バイミー」を終えた。
長い長い息をつき、髪をかきあげる。
女「…リンっ」
私は少し恥ずかしそうに顔を伏せたリンのところへ、駆け寄った。
上手だった。なんだか、泣きそうになっちゃった。
女「やっぱ、うま…」
「ブラボォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
ん?
リン「…誰だ」
「んもう、二人ともすんごい!すんっっごいわよおおおお!」
女「…」
後ろから、少し荒いがさついた高音が聞こえる。
リンが、腰に手をやりながらすばやく振り向いた。
「もう私感動しちゃった!やばいわよ!マスカラ溶けちゃうっ!」
リン「…あ?」
庇うように差し出されたリンの手を下げ、私も後ろを向く。
女「…あっ」
そこには。
304 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:49:14 ID:0EH
黒いワンピース。白いカーディガン。
海風をはらみ、はたはたと翻っている。
そして、ブラボー、ブラボーという絶叫に合わせて何度も打たれる手のひら。
赤いネイルが、やけに眼に染みる。
…視線を上げる。
「あんたたち、将来が楽しみ!楽しみすぎるわっ」
女「リ、リン」
私は思わずリンの背中に隠れた。
女「…あ、あ、あの人」
透けていた。
コマリのように、白く煙のようにゆらゆらと。
リン「…大丈夫だ」
リンが私の手を握った。
女「…そ、それにさ」
そう。いや、まあ、煙であることに驚いたのではない。初めて見たわけじゃないし。
女「あの、人。…さあ」
あの人、いや、彼女。
…首に巻いた、赤いスカーフ。筋の浮いた、首。
「いやあー久々にいいもん聞いたわ!」
そうベラベラとつむぐ口には、ピンクの口紅が引いてある。
顔全体に施された、丁寧で上手な化粧、なん、だけど…。
「あら、なぁにその顔」
女「…お、」
リン「男か」
そう。 彼、だ。
306 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:52:43 ID:0EH
遠巻きでも分かるほど、白く透ける不審者の体は、ゴツかった。
足首なんか、ヒールのストラップがはちきれそうに逞しい。
あの肩幅なんて、ふんわりしたワンピースでも隠せないほどだ。
女「…」
307 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)20:59:59 ID:0EH
遠巻きでも分かるほど、白く透ける不審者の体は、ゴツかった。
足首なんか、ヒールのストラップがはちきれそうに逞しい。
あの肩幅なんて、ふんわりしたワンピースでも隠せないほどだ。
女「…」
はじめてみる種類の人間に唖然としていると、リンが前へ進み出た。
リン「…俺は、リン。こいは女。二人で生き残りを探す旅をしてる」
「あら、ご丁寧に。しっかりしてるのねえ、ぼうや」
リンの眉間に一瞬皺が寄った。
「私の名前は、ミキ。うふふ、そんなに引かないで。見ての通り男だけど」
女「…あ、あのっ」
ミキ、と言う風貌に沿った女性的な名前の彼に、声をかける。
ミキ「あら、なに。お嬢さん」
女「…生きて、ますか」
単刀直入な私の問いに、ミキがくすりと笑った。
ミキ「…いいえ。死んでるわ」
リン「…残念だ」
ミキ「あなたたちは?」
女「生きてます」
ミキ「そお。それは良かったわね。元気ー?」
彼はやけにフランクだ。私は思わず、オネエタレント、と呼ばれた人々のことを思い出していた。
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
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