女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
Part16
268 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:17:55 ID:ePK
リン「馬鹿?」
リンが死んだ表情で首を傾けた。
女「なんでよ!何もかからない棒を持ってるより、こうしたほうが良いに決まってるでしょ!」
リン「…」
女「もう話しかけないで!集中できない」
リン「まあ、なんだ」
リン「…頑張れ」
リンが竿を引き、腰を下ろした。
リン「俺はもう十分取ったし、休むからな」
女「ふうん。勝手にすれば」
リン「…コケるなよ」
そういうと、リンはリュックを枕にして横になった。
女「…」
水面をじっと見つめる。
リンの安らかな寝息は、研ぎ澄まされた神経には入ってこなかった。
ああ、山際に熟れた蜜柑のような日が沈んでいく。
女「…」
開始早々、苔を踏みつけ転倒してしまった私。
その濡れそぼった体を、夕焼けが赤く染めていく。
リン「で」
昼寝から目覚めたリンが、胸元をかきながら言った。
リン「どうなんだ」
女「…」
私は、答えない。
269 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:23:40 ID:ePK
リン「…」
聞いても無駄と判断したのか、リンが私の持つバケツを覗きこんだ。
リン「…」
はあ、と溜息。
リン「大漁だな」
私のバケツには、うっかり川に落としてしまったスニーカーだけが入っていた。
女「…」
何もいえない。
リン「さて。…お前、着替えろ。濡れた服は洗って、ロープにかけておけよ」
リンはぼりぼりと頭をかき、車の方に向かっていった。
女「…」
こいつのバケツ、蹴り倒してやろうかなあ。
…いや、やめた。多分殺されるし、虚しいだけだ。
女「あー…」
私の晩御飯は、ないようだ。
リンが火をおこし、見たことのある黒い箱を上に吊るした。
女「…飯ごう?」
リン「お、知ってるのか」
女「そんなものあったんだ」
リン「ああ。たまに使う」
ふうふうと焚き火を吹いた後、リンは飯ごうに水とお米を入れた。
女「…」
なんとか主食は確保できた、…のか?
270 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:31:46 ID:ePK
しゅわしゅわ、と音がして、細かい泡が飯ごうから吹き出る。
女「…泡出てるよ?」
リン「そのままでいいんだ」
女「ふーん」
リンは少しだけ飯ごうをずらし、何時の間に処理したのか、串刺しの魚を焚き火にかざした。
女「…」
少し、唾を飲む。
女(お、…おいしそう…)
リンはてきぱきと4匹の魚を火にかける。
女「…」
私の恨めしそうな視線を、飄々とかわす。
一時間も経たないうちに、ご飯と焼き魚はできあがった。
日は沈み、穏やかな川のせせらぎと虫の音があたりに響く。
リン「ほら」
リンが茶碗にご飯をよそってくれた。
女「ありがと」
受け取ったが、少し悲しくなった。
271 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:37:33 ID:ePK
女「…すごい。おこげできてる」
リン「上手くできた」
女「じゃ、いただきまーす」
お箸を手に取り、白いご飯を口に運ぼうとした瞬間。
リン「…ん」
横から、何かが差し出された。
女「え」
リン「食え」
香ばしく焼きあがった魚が、こちらに向けられている。
女「え、で、でも。リンがとったやつでしょ」
リン「4匹も食えるか。こどうせこんなことだろうと思って、多めに釣ってたんだよ」
女「…そ、そうなの?」
リン「いらないんなら」
女「いるっ。いりますっ」
頭を下げながら、魚を受け取る。
女「ありがとう、リン!リン様!」
リン「…調子の良い。ま、今度からもう少し辛抱強く待つことだな」
リンが私のほうを見ないようにしているのが、分かった。
…頬が赤いのは、焚き火の光が映っているからか。
リン「いただきます」
女「いただきまーす」
二人同時に、魚にかぶりついた。
ほのかな塩味と、柔らかい身が口いっぱいに広がった。
女「〜〜〜っ」
リン「美味いな」
272 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:42:54 ID:ePK
女「…ふぃんへぃへ」
リン「飲み込んでから言え。行儀が悪い」
女「…んぐ。人生で、一番美味しい魚かも」
リン「言いすぎだろ」
女「本当!すっごく美味しい」
リン「大げさすぎる」
リンの白い歯が、綺麗に身を削いでいく。
私も一生懸命、魚にかぶりついた。
二人無言で、頬張る。
生きてるな。 ふと思った。
女「ねえねえ」
リン「ん?」
女「何か今、すっごく幸せかも」
リン「単純だな。魚ごときで」
そうじゃないんだ。
目の前に温かい火があって、空には宝石のようにちりばめられた星があって、
美味しいご飯があって、川のせせらぎが聞こえて、
リン「…何だよ?」
女「ん、何もー」
こんなにすぐ傍に、彼がいる。
商店街で暮らしていたときは、何だって一人だった。
ご飯を美味しいと、思うことすらなかった。
273 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:48:35 ID:ePK
女「リン」
リン「ん」
焚き火をぼんやりと眺めていたリンが、珍しくこちらに顔を向けた。
女「ありがと」
リン「お前な、そんなに魚ごときで恩を感じなくても」
女「そうじゃない。あのね、私を連れ出してくれてありがとう」
リン「…」
リンが視線をそらした。
眩しい物を見た、というように、片手で目を覆う。
女「本当に、今、生きてるって思える。全部リンのおかげだよ」
リン「…あ、っそ」
女「ありがとう、リン。本当に感謝してる」
リン「…」
ついにリンがそっぽを向いた。
女「私、リンと旅するの、楽しいよ」
リン「分かった、分かったから」
リンの指が、意味も無く砂を掘っている。
もう止めておこうかな。言いたいこと、言えたし。
女「…洗い物してくるね」
私は食器と飯ごうを手にし、立ち上がった。
ついでに久々に水だって浴びたいので、着替えの袋も持つ。
リン「…ん」
女「リンは車に戻ってていいから」
リン「…」
あれ。前に行けない。
274 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:56:00 ID:ePK
女「…リン?」
視線を下に向けると、私のシャツの袖を白い指が捕まえていた。
リン「…」
リンの唇が、震える。
声は、無い。
女「ど、どうかした?」
リン「…」
リンが黙って、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
リン「これ」
再び見えた彼の手は、何かを握り締めていた。
女「え?」
リン「…」
無言で、拳を突き出す。
恐る恐る手を出すと、手のひらの上に柔らかなものが降ってきた。
リン「やる」
口の中で呟くように、リンが言った。そしてすぐそっぽを向いた。
女「…ミサンガ?」
ピンクと黄色の、ふわりとした色合いのブレスレッドが、手の中にあった。
リン「…」
リンが無言で頷く。
女「これ、リンが?」
リン「…」
また頷く。
リン「…簪。選んでもらったから。おかえし」
275 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)22:00:20 ID:ePK
女「…何時の間に作ったの?」
リン「今日の昼」
何時にもましてぶっきらぼうな口調のリンが、ポケット両手を突っ込んだ。
女「ありがとう。可愛い」
嬉しかった。
人から贈り物を貰うって、こんなに嬉しいことだったんだ。
リン「…行け」
しっしっと、犬を払うように手を振るリン。
私はその眉間に皺を寄せ、心持ち赤くなった顔に、微笑みかけた。
リン「…行けって」
リンの手の動きが、激しくなった。
川で体を洗い、丁寧に拭いたあと、ミサンガをつけた。
腕に巻き、固く結ぶ。
ミサンガが切れるとき、願いが叶うという。
女「…」
願い。
このミサンガが、リンからの小さな贈り物が、
女(…どうか切れませんように)
一生私の手首にあれば、どんなに良いか。
276 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)22:04:27 ID:ePK
車に戻ると、リンはさっさと毛布に包まって背を向けていた。
女「…リン、つけてみた」
その背中に声をかけると、ぴくりと動いた。
女「どう、見て。似合う?」
リン「…」
もそもそと、こっちに顔を向ける。
女「ほら。似合う?」
手首を顔に近づけると、リンはちらりとミサンガを見て
リン「…普通」
そう言って、目を閉じた。
女「なんじゃそりゃ」
私は少し笑って、自分の毛布を引き寄せた。
軽く体にかけて、横になる。
リン「…」
女「おやすみ、リン」
リン「…おやすみ」
リンは背を向けなかった。
私は、彼と向き合った姿勢のまま目を閉じた。
静かなリンの呼吸が、子守唄のように心地よ、く耳の中に響いていた。
277 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)22:05:19 ID:ePK
今日はここまでです。
次の投稿は、「海とレストラン」編始まります!
278 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)23:05:46 ID:85T
乙!待ってるよ!
279 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)23:06:03 ID:xGc
面白い!
次回も期待
乙!
288 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)18:13:17 ID:0EH
ハローハロー。
海とレストラン編、はじまりです。
289 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)18:18:59 ID:0EH
女「…ふんふーん」
リンの運転する車は、ゆったりとした速度で山道を下っていく。
曲がりくねった道に気分が悪くなることもない、優しい運転だ。
リン「やけに機嫌が良いんだな」
女「え?」
リン「鼻歌歌ってる」
女「うそ。気づかなかった」
リン「…これか?」
リンがサイドポケットに入れてあるCDを一枚取り出し、私に手渡す。
女「…ん?これって、今流してるやつ?」
そう。
外国人男性の、低く荒い声。
その力強い歌声が、時々リンのきまぐれで車内に流れるのだ。
女「スタンド、…バイミー?」
古いジャケット写真を見て、遠い昔の知識を頼りに英語を読む。
リン「そ。ベン・E・キング。…知らない?」
女「ええと…知らない」
リン「だろうな。大分昔の歌手だし…。同名の映画なんかもあったんだぞ」
女「へー?」
リン「どうせお前なんか、アイドルとかふにゃけたバンドの歌しか聞かなかったんだろ」
女「ま、まあ。だって皆聞いてたし」
290 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)18:23:20 ID:0EH
女「ふーん…。英語の歌なんだ」
リン「ああ」
女「…」
ふと、思い出す。
あの、夜のことだ。私が彼を見つけた日。
どこからか美しく這い寄ってきた歌声は、この曲調に似ていた。
…英語ではなく、日本語だったけど。
女「リン」
リン「なに」
女「リンって、…歌うまいよね?」
リンが物凄い勢いでこちらを向いた。車体が少し揺れる。
リン「…何で知ってる」
女「え?」
リン「お、お前の前で歌ったことなんて無い」
女「初めてリンとあった日とか、…あと、私が寝てるときとか、歌ってたよ?」
リンの顔色が絶望の青白さへと変わった。
291 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)18:26:55 ID:72h
ハローハロー。
待ってました!
リン「馬鹿?」
リンが死んだ表情で首を傾けた。
女「なんでよ!何もかからない棒を持ってるより、こうしたほうが良いに決まってるでしょ!」
リン「…」
女「もう話しかけないで!集中できない」
リン「まあ、なんだ」
リン「…頑張れ」
リンが竿を引き、腰を下ろした。
リン「俺はもう十分取ったし、休むからな」
女「ふうん。勝手にすれば」
リン「…コケるなよ」
そういうと、リンはリュックを枕にして横になった。
女「…」
水面をじっと見つめる。
リンの安らかな寝息は、研ぎ澄まされた神経には入ってこなかった。
ああ、山際に熟れた蜜柑のような日が沈んでいく。
女「…」
開始早々、苔を踏みつけ転倒してしまった私。
その濡れそぼった体を、夕焼けが赤く染めていく。
リン「で」
昼寝から目覚めたリンが、胸元をかきながら言った。
リン「どうなんだ」
女「…」
私は、答えない。
269 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:23:40 ID:ePK
リン「…」
聞いても無駄と判断したのか、リンが私の持つバケツを覗きこんだ。
リン「…」
はあ、と溜息。
リン「大漁だな」
私のバケツには、うっかり川に落としてしまったスニーカーだけが入っていた。
女「…」
何もいえない。
リン「さて。…お前、着替えろ。濡れた服は洗って、ロープにかけておけよ」
リンはぼりぼりと頭をかき、車の方に向かっていった。
女「…」
こいつのバケツ、蹴り倒してやろうかなあ。
…いや、やめた。多分殺されるし、虚しいだけだ。
女「あー…」
私の晩御飯は、ないようだ。
リンが火をおこし、見たことのある黒い箱を上に吊るした。
女「…飯ごう?」
リン「お、知ってるのか」
女「そんなものあったんだ」
リン「ああ。たまに使う」
ふうふうと焚き火を吹いた後、リンは飯ごうに水とお米を入れた。
女「…」
なんとか主食は確保できた、…のか?
270 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:31:46 ID:ePK
しゅわしゅわ、と音がして、細かい泡が飯ごうから吹き出る。
女「…泡出てるよ?」
リン「そのままでいいんだ」
女「ふーん」
リンは少しだけ飯ごうをずらし、何時の間に処理したのか、串刺しの魚を焚き火にかざした。
女「…」
少し、唾を飲む。
女(お、…おいしそう…)
リンはてきぱきと4匹の魚を火にかける。
女「…」
私の恨めしそうな視線を、飄々とかわす。
一時間も経たないうちに、ご飯と焼き魚はできあがった。
日は沈み、穏やかな川のせせらぎと虫の音があたりに響く。
リン「ほら」
リンが茶碗にご飯をよそってくれた。
女「ありがと」
受け取ったが、少し悲しくなった。
271 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:37:33 ID:ePK
女「…すごい。おこげできてる」
リン「上手くできた」
女「じゃ、いただきまーす」
お箸を手に取り、白いご飯を口に運ぼうとした瞬間。
リン「…ん」
横から、何かが差し出された。
女「え」
リン「食え」
香ばしく焼きあがった魚が、こちらに向けられている。
女「え、で、でも。リンがとったやつでしょ」
リン「4匹も食えるか。こどうせこんなことだろうと思って、多めに釣ってたんだよ」
女「…そ、そうなの?」
リン「いらないんなら」
女「いるっ。いりますっ」
頭を下げながら、魚を受け取る。
女「ありがとう、リン!リン様!」
リン「…調子の良い。ま、今度からもう少し辛抱強く待つことだな」
リンが私のほうを見ないようにしているのが、分かった。
…頬が赤いのは、焚き火の光が映っているからか。
リン「いただきます」
女「いただきまーす」
二人同時に、魚にかぶりついた。
ほのかな塩味と、柔らかい身が口いっぱいに広がった。
女「〜〜〜っ」
リン「美味いな」
272 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:42:54 ID:ePK
女「…ふぃんへぃへ」
リン「飲み込んでから言え。行儀が悪い」
女「…んぐ。人生で、一番美味しい魚かも」
リン「言いすぎだろ」
女「本当!すっごく美味しい」
リン「大げさすぎる」
リンの白い歯が、綺麗に身を削いでいく。
私も一生懸命、魚にかぶりついた。
二人無言で、頬張る。
生きてるな。 ふと思った。
女「ねえねえ」
リン「ん?」
女「何か今、すっごく幸せかも」
リン「単純だな。魚ごときで」
そうじゃないんだ。
目の前に温かい火があって、空には宝石のようにちりばめられた星があって、
美味しいご飯があって、川のせせらぎが聞こえて、
リン「…何だよ?」
女「ん、何もー」
こんなにすぐ傍に、彼がいる。
商店街で暮らしていたときは、何だって一人だった。
ご飯を美味しいと、思うことすらなかった。
女「リン」
リン「ん」
焚き火をぼんやりと眺めていたリンが、珍しくこちらに顔を向けた。
女「ありがと」
リン「お前な、そんなに魚ごときで恩を感じなくても」
女「そうじゃない。あのね、私を連れ出してくれてありがとう」
リン「…」
リンが視線をそらした。
眩しい物を見た、というように、片手で目を覆う。
女「本当に、今、生きてるって思える。全部リンのおかげだよ」
リン「…あ、っそ」
女「ありがとう、リン。本当に感謝してる」
リン「…」
ついにリンがそっぽを向いた。
女「私、リンと旅するの、楽しいよ」
リン「分かった、分かったから」
リンの指が、意味も無く砂を掘っている。
もう止めておこうかな。言いたいこと、言えたし。
女「…洗い物してくるね」
私は食器と飯ごうを手にし、立ち上がった。
ついでに久々に水だって浴びたいので、着替えの袋も持つ。
リン「…ん」
女「リンは車に戻ってていいから」
リン「…」
あれ。前に行けない。
274 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)21:56:00 ID:ePK
女「…リン?」
視線を下に向けると、私のシャツの袖を白い指が捕まえていた。
リン「…」
リンの唇が、震える。
声は、無い。
女「ど、どうかした?」
リン「…」
リンが黙って、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
リン「これ」
再び見えた彼の手は、何かを握り締めていた。
女「え?」
リン「…」
無言で、拳を突き出す。
恐る恐る手を出すと、手のひらの上に柔らかなものが降ってきた。
リン「やる」
口の中で呟くように、リンが言った。そしてすぐそっぽを向いた。
女「…ミサンガ?」
ピンクと黄色の、ふわりとした色合いのブレスレッドが、手の中にあった。
リン「…」
リンが無言で頷く。
女「これ、リンが?」
リン「…」
また頷く。
リン「…簪。選んでもらったから。おかえし」
275 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)22:00:20 ID:ePK
女「…何時の間に作ったの?」
リン「今日の昼」
何時にもましてぶっきらぼうな口調のリンが、ポケット両手を突っ込んだ。
女「ありがとう。可愛い」
嬉しかった。
人から贈り物を貰うって、こんなに嬉しいことだったんだ。
リン「…行け」
しっしっと、犬を払うように手を振るリン。
私はその眉間に皺を寄せ、心持ち赤くなった顔に、微笑みかけた。
リン「…行けって」
リンの手の動きが、激しくなった。
川で体を洗い、丁寧に拭いたあと、ミサンガをつけた。
腕に巻き、固く結ぶ。
ミサンガが切れるとき、願いが叶うという。
女「…」
願い。
このミサンガが、リンからの小さな贈り物が、
女(…どうか切れませんように)
一生私の手首にあれば、どんなに良いか。
276 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)22:04:27 ID:ePK
車に戻ると、リンはさっさと毛布に包まって背を向けていた。
女「…リン、つけてみた」
その背中に声をかけると、ぴくりと動いた。
女「どう、見て。似合う?」
リン「…」
もそもそと、こっちに顔を向ける。
女「ほら。似合う?」
手首を顔に近づけると、リンはちらりとミサンガを見て
リン「…普通」
そう言って、目を閉じた。
女「なんじゃそりゃ」
私は少し笑って、自分の毛布を引き寄せた。
軽く体にかけて、横になる。
リン「…」
女「おやすみ、リン」
リン「…おやすみ」
リンは背を向けなかった。
私は、彼と向き合った姿勢のまま目を閉じた。
静かなリンの呼吸が、子守唄のように心地よ、く耳の中に響いていた。
277 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)22:05:19 ID:ePK
今日はここまでです。
次の投稿は、「海とレストラン」編始まります!
278 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)23:05:46 ID:85T
乙!待ってるよ!
279 :名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)23:06:03 ID:xGc
面白い!
次回も期待
乙!
288 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)18:13:17 ID:0EH
ハローハロー。
海とレストラン編、はじまりです。
289 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)18:18:59 ID:0EH
女「…ふんふーん」
リンの運転する車は、ゆったりとした速度で山道を下っていく。
曲がりくねった道に気分が悪くなることもない、優しい運転だ。
リン「やけに機嫌が良いんだな」
女「え?」
リン「鼻歌歌ってる」
女「うそ。気づかなかった」
リン「…これか?」
リンがサイドポケットに入れてあるCDを一枚取り出し、私に手渡す。
女「…ん?これって、今流してるやつ?」
そう。
外国人男性の、低く荒い声。
その力強い歌声が、時々リンのきまぐれで車内に流れるのだ。
女「スタンド、…バイミー?」
古いジャケット写真を見て、遠い昔の知識を頼りに英語を読む。
リン「そ。ベン・E・キング。…知らない?」
女「ええと…知らない」
リン「だろうな。大分昔の歌手だし…。同名の映画なんかもあったんだぞ」
女「へー?」
リン「どうせお前なんか、アイドルとかふにゃけたバンドの歌しか聞かなかったんだろ」
女「ま、まあ。だって皆聞いてたし」
290 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)18:23:20 ID:0EH
女「ふーん…。英語の歌なんだ」
リン「ああ」
女「…」
ふと、思い出す。
あの、夜のことだ。私が彼を見つけた日。
どこからか美しく這い寄ってきた歌声は、この曲調に似ていた。
…英語ではなく、日本語だったけど。
女「リン」
リン「なに」
女「リンって、…歌うまいよね?」
リンが物凄い勢いでこちらを向いた。車体が少し揺れる。
リン「…何で知ってる」
女「え?」
リン「お、お前の前で歌ったことなんて無い」
女「初めてリンとあった日とか、…あと、私が寝てるときとか、歌ってたよ?」
リンの顔色が絶望の青白さへと変わった。
291 :名無しさん@おーぷん :2015/09/20(日)18:26:55 ID:72h
ハローハロー。
待ってました!
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
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